『死に直面した後に』作者:poruru / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
一ヶ月という余命宣告をされた少年、一ヶ月前に一ヶ月と余命宣告された少女。二人は短い残り時間をお互い過ごし意気投合するが、死は急ぎ足で差し迫る。ある夜少女は少年に思いを伝え、二人はこれから歩もうとするのだが…。
全角23794文字
容量47588 bytes
原稿用紙約59.49枚

――――――手術は成功です―――――――――

 深夜の病棟。残留麻酔で朦朧としている意識。白いカーテンの向こうに見える3つの人影。
 医師。そして俺の両親だろう。
 会話からして、今日の手術の結果か。

――――――が――――本日切除した部分の更に奥深――――――広範囲にわたっての転移――――――見つかりま―――――――非常に残念な事ですが――――――――

 途切れ途切れに聞こえる声は無機質で事務的だった。
 これから聞こえるであろう最悪の言葉が思い浮かんでも、なぜだか落ち着いていられた。今までに無いほど冷静だった。
 そして

――――――もう助かりません――――――
 
 一つの影が倒れそうになるのを二つの影が支えた。
 酷くしゃがれた声、良く聞き覚えのある声が聞こえた。
「余命はいくつほどですか……」
 かすかに声が震えていた。いつもの覇気が全くない。

――――非常に――――――1ヶ月―――2週間―――――。

 さらに小さくなった声はほとんど聞き取ることが出来なかった。
 だが、きっとそれは間違っていると思った。直感だけど。自分の事は自分が一番しってる。
 たぶん、1週間持たないとおもう。このまま眠ってしまったらもぅ起きれないかも知れないとさえ思えた。
 それでも、落ち着いていられたのは、まだ麻酔で半分眠りかけているのか、もうすぐ死ぬという事をしっかり理解しずに現実逃避しているのか。
 開いていた目を閉じて耳を澄ます。
 かすかに嗚咽が聞こえてきた。そして、ゆっくりとカーテンが開き、しばらくしてから再び閉じられた。
「明日。退院手続きを出来るようにします。もし、よろしければご家族そろって時間をお過ごしください」
 足音が遠ざかり、廊下の扉がゆっくりと閉じられた。
 
 しばらく耳を澄まして辺りの静けさをうかがった。近くの田んぼから蛙の声が聞こえるし、遠くの方で甲高い車の音が聞こえてきた。
 ゆっくりと体を起こし、ベッドから降りてみる。素足に伝わる病室の冷たい床の感触がやけにはっきりと感じ取れた。
 白いカーテンを開けて、点滴台をゆっくりと動かして窓辺に移動する。歩くという事にこれほど意識した事は無かった。気を抜くとその場にへたり込んでしまいそうだった。
 かちんっとロックをはずしてそっと窓を開けると、涼しいけれど、少し湿っぽい、初夏独特の風が部屋に吹き込んだ。カーテンが大げさに揺れ動く。
 外はやたらと明るかった。木々の陰がくっきりとアスファルトに移っている。
 空を見上げるとやたらと綺麗な真ん丸な月があった。
 そういえば、今日の朝は雨降ってたからなぁ…。そのおかげかな。
 そして、しばらく月を眺めていた。何も考えずに。
 そんな静寂を場違いな電子音が遮った。
 某有名な赤い帽子をかぶった親父が、緑のきのこをとった時に残機が増えるときの音。
字で書けば、ぴろりろりろん♪
 メールの着信音である。
 こんな時間に一体だれだ。
 もしかしたら、神様からのメールで、あなたの病気を治してあげましょう。とか書いてあったりして、それでこの先も生きていられて…。
 携帯を手にとった瞬間、そんな思いがすっと頭の中を流れた。あまりの馬鹿馬鹿しさに口元がにやけてしまった。
 携帯を開くと暗闇に慣れた目には少々きつすぎる液晶の光が焼きついた。
 しばらく目をしばしばさせながら痛みに耐え、ゆっくりと画面を見る。
 新着メールが届いていた。相手は
「麗夢(れいむ)か」
 この病室の隣からだった。
『起きてる?』
 短くそんな一文が書かれたメールだった。
 直ぐに返信で、おきてる。と打った。
 そして直ぐに返信が返ってくる。
『気分は?』
 わるい。それだけ書いて直ぐに返信する。
 また返ってきた。
『痛い?』
 あんまり。
『気持ち悪くない?』
 それほど。
『点滴してる?』
 してる。
 ここで、いったんメールが帰ってくるスピードが少し落ちた。とは行っても1分ほど遅れただけである。
『暇?』
 そりゃそうだろう。こんな時間に病人が忙しかったらおかしいだろ。
 暇。と返信する。
『なんだ。一人忙しく自家発電に勤しんでるのかと思っちゃったww』
 ちょっwwwおまっwww手術後にそんな激しいことしねぇよwwww
 にやけて仕方が無い口元をどうにかしようと、左手で頬を引っ張りつつ返信。
 また返ってくるのに少し時間が掛かった。今度は5分ほど。

『じゃぁ、屋上に行こう』

 からからから、と台車を動かしながらゆっくりと病室から顔を出す。見回りの看護士さん達は見当たらない。と、同じように麗夢も扉から顔だけ出してこちらを見た。そして、にやりと笑い、同じように点滴台を
「おい。点滴台傾けるなよ」
 長さを短くした点滴台を方にひょいと担いだ麗夢がすばやい身のこなしで向かい側のトイレ(男子)にさっと隠れ、再び顔を出し廊下をうかがう。そして、身を低くして素足で廊下をぺたぺたぺたと早足に進みはじめる。
 同じように点滴台を持ち上げ、なるべく足音を立てないように麗夢の後に続く。しかし、思った以上に歩くのが難しかった。
「おぉっ!?」
 バランスを崩し倒れそうになる。浮かしていた点滴台を廊下に付いてバランスを取ろうとした。
 がしゃんっと何気にやかましい音が静まり返った廊下に響き渡り、先を歩いていた麗夢の方がびくくぅっと反応したのが見えた。はっきり言うと、ものすごく笑えた。
 麗夢はばっと振り返り、ぺたぺたぺたぺたっと早足で近づいてくると
「何音立ててるのよ!」
 押し殺した声でかなり怒ってきた。いや、本気で怒ってる。
 ごめんごめんと謝り、再び立ち上がろうとするが
「…っ」
 まだ麻酔が抜け切っていないのか、今度は廊下の壁に肩をぶつけた。音はそれほどしなかったが、麗夢の機嫌が悪くなったのは言うまでも無い。
「全く。どんくさいにも程があるわ。どこのひ弱な女の子?金玉ついてる?手術で取っちゃったの?」
 ナイスな毒舌。傷つき疲れきった体にはそれだけでもかなりのダメージを与える。
「仕方ないわね。そんなんじゃいつ倒れるかわからないし」
 少し考えて、
「おまっ!点滴取るなよ!!」
 腕に刺さっていた点滴を、その取り方はやばいんじゃないのかな?という感じですっぽぬき、自分の点滴台はトイレ(男子)の中へ隠した。
「ほら。肩貸すからしっかり歩け」
 唖然としている俺の左側に周り、腕を肩に掻け、腰に手をまわして支えてくれる。
 それだけでとても歩きやすくなった。
 屋上への階段を一歩一歩着実に上り、背後から迫る看護士さんの懐中電灯の光に少々焦りながら、思い鉄の扉を開き屋上へ出た。
 

「すずし〜い」
 屋上のコンクリートの上に俺を座らせると、一人フェンスの近くに走っていく。白銀色の髪の毛が月明かりに照らされて、青白くきらきらと輝いている。
 小高い丘の上にたつこの病院、そしてその屋上とならばさぞかし眺めは良いことだろう。
「きれ〜い」
 少しばかり強すぎる風になびく髪の毛を抑えて右から左へと町を見下ろしている麗夢。
 俺は点滴台を杖代わりに立ち上がり、ゆっくりとフェンスの近くまで歩いていく。
「見ろ!人がごみのようだ!!」
「人見えねぇだろ」
 フェンスに寄りかかり同じように町を眺める。
 町の中心地を横断している高速道路を走る車のライトがイルミネーションのようで綺麗だった。
「私の家は〜あそこの辺りだ!」
 びしっと指差して底からすーっと右へ移動。
「学校があそこ」
「私立のお嬢様学校か」
 ここからでも良く見える馬鹿でかい時計塔。わざわざ下からライトアップされているため、ここからでも良く見える。
 俺はしばらく考えて、
「あの辺りが俺の家」
 左へ指を持っていき、
「あそこが学校」
「おっ。一応進学校じゃないか。やるねぇ」
 肘でわき腹をつついてくる。
「お代官様ほどでは」
 町を見渡しながら棒読みでそう切り返す。むぅ、この頃乗りがよくなってきたな。などと感慨深く頷いているのは麗夢。
 しばらく二人、じっと町を見続けて、俺は体の向きを変え、コンクリートに座り込みフェンスに背中を預ける。がしゃしゃん、とフェンスが揺れた。

 二人で黙り込んだまま数分が過ぎだ。
 少しだけ暖かい風が吹き抜けてから、かすかに笑い声が聞こえた。
 目の前に立つ霊夢を見上げると、丁度月と重なって見えた。まぶしくて少し目をしばたたかせる。
「重病人が二人して何してるんだろうね」
 麗夢はフェンスから離れ、屋上の中央辺りへ歩いていく。
「酷い風邪だと思って病院へ行ったら、なぜだか精密検査。そして突如入院」
 腕を水平に広げて月を見上げる。
「そして訳のわからない点滴が続いて、あっという間に髪の毛は銀色」
 風車のようにくるくると回り出す。
「片方の目は失明」
 回るのをやめ、いつもの雰囲気とは打って変わって真剣味溢れ、そして憂いを帯びた表情で。
 黒い左目と、白い右目がじっとこちらを見つめる。
 こちらに一歩踏み出し
「頭痛」
 また一歩踏み出し
「肩こり」
 一歩
「食欲不振」
 一歩
「めまい」
「吐き気」
「情緒不安定」
 残り3歩のところで一度立ち止まり、大きく息を吸って
「筋肉痛!」
「筋肉痛」
「筋肉痛?」
 ばっとしゃがみこみ、コンクリートに手をついて身を乗り出す。吐息が感じられるほどの距離
「欲求、ふ・ま・ん」
 白と黒の瞳が見つめてくる。少し動けば唇が触れそうな距離に彼女の真剣な顔がある。
「……そおぃっ!」
 突如襲った額への衝撃。その勢いで後ろのフェンスががしゃがしゃとやかましい音を立てる。
「いったっ!いったぁぁぁ!!」
 いきなりの猛攻に全く対処できなかった。まさにヒットアンドウェイ。麗夢はすでに安全圏に逃げている。
「おっおのれぇぇ!」
 突然の頭突きは前面の額に直接ダメージを与えた後、背後のフェンスに髪の毛を挟まれるという追加攻撃まで備わっていた。
「油断大敵。点滴で欲求不満になるわけないじゃないか」
 ば〜か。と大げさに笑いながらその場に座り込む。そして、ごろんと仰向けに倒れた。
「それにしてもでっかい月。」
 言われて見上げると、部屋から見た時と同じように綺麗な月が浮かんでいた。違うところといえば、月の回りに少し雲があることぐらいだろう。
 雲はゆっくりと東の方へ動いている。月明かりで影ができあがり、雲がやたらと立体感を持って見えた。
 

「後どれぐらい生きられそう?」


 雲が月から離れ、新しい雲が接近してきた。それを見つめながら、いたって普通に
「医者は1ヶ月か2週間だって。多分そう聞こえたから。…でも」
 雲から視線をはずし、麗夢へ。
 彼女は足を投げ出し、上半身を起こしてこちらを見ていた。
「ぶっちゃけ1週間生きられる自身がないんだよね〜」
 まいっちゃうよ。
 自重気味に笑い、ため息をつく。
 そして麗夢も同じように大きいため息をついた。また仰向けに倒れる。
「はいはい。1ヶ月以内死亡確定してる人2名ここにいますよ〜」
 た〜す〜け〜て〜、と月に向かって元気なさげに叫ぶ。
 声がむなしく闇に吸い込まれるように消えていく。
「…やっぱお前も1ヶ月以内なのか…」
 独り言のつもりで呟いたのが、思った以上に大きかった。
「まぁね。私は1ヶ月は最低生きられるだろうって言われたよ。丁度1ヶ月前にね」
「一ヶ月前って、俺がここに来て10日ぐらい経った頃か」
「そう。それで、あんたと出会ったのが、死の宣告された2日後。」
 そこで一旦区切り、少しだけ笑って、上半身を起こし、
「まさか人生も終わりに、例えて言うならニコニコ組曲のきしめん弾幕の辺りで、こんな風に出会いがあるとは思わなかったわ」
「ごめん。その例えよくわかんない」
 そっか〜。あんな面白いの見ないのは損だよ。
 再び仰向けに倒れ、
「――っぐじゃっ!」
 ………
「今の何?」
「さぁ」
 麗夢はずっと月を見上げたまま起きない。そして、
「――ひっぐじゃっ!っぐじゃ!っっっぐじゃんっ!」
「それくしゃみか?」
 上半身を起こし、鼻をぐずぐずさせながらうあぁーとうめいて
「ティッシュなー?」
「ハンカチなら」
「ナイス」
 麗夢は、むくりと起き上がると、こちらにぺたぺたと歩いてきて、俺がポケットから取り出したハンカチを奪い取り、問答無用で使った。



「はい」
「返すな!」
 俺の左側に、同じようにフェンスにもたれて座った麗夢は躊躇無く使用済み核燃料をこちらに渡そうとする。
「え〜。きたない」
「お前のだよ!」
「ハンカチ本体がきたない。鼻水はたいしたことない」
「………」
 仕方なく使用済み核燃料(微量ながら放射能を垂らしている)を受け取り、右側の少し離れた所に置いておく。
 麗夢は鼻をぐずぐずさせながら、
「さっきの話。あんたは医者から直接余命宣告されてないの?」
「普通しないだろ」
「そうなの?私は普通に言われたんだけど。阿部っちに」
「………」
 ふと浮かぶ阿部医師はなぜか女性からは人気があるが、男性陣からは多大なる不評を買っている。
「俺は大尉と親の話が聞こえてきただけだから、あまりはっきりしないな。まぁ、当たってるとは思うけど」
「大尉?」
「小早川医師だよ。なぜか看護士さん達に大尉って呼ばれてるから。確かにどこか軍人っぽい貫禄がでてるし納得できるよ」
「どうでもいいことね」
「…お前が聞いてきたんだ」
 二人してため息を吐く。
 あ〜、幸せが逃げた〜。などとぼやく麗夢。
「……良くそんな平気そうでいられるな」
 ん?と麗夢は首をかしげた。
「ほら。阿部さんに余命宣告されて、俺とそれから結構一緒にいたじゃん。でもさ、全然そんな雰囲気が無かった。余命1ヶ月とちょっとって宣告されたら普通もっとパニックになって、俺と一緒にいるよりも、親とかと一緒に居るんじゃないのか?それを、一ヶ月、ずっと病院に居て、手術の前も手術の後も真っ先に見に来てくれて。それに、………あれ?なんか違うな。こんな事言おうとしてるんじゃなくて。えっと…」
 上手い言葉が見つからなくてしばし黙って考える。
 むー、と唸る俺を見て、麗夢はな〜んだ、そんなことか、とどうでもよさそうに呟いた。
「そんなの簡単」
 今度は俺が、え?と聞き返した。
「私が親と一緒にいるよりも、残りの私の人生をあんたと居たいと思っただけ。たったそれだけの事。だから私は阿部っちに感謝してる。もし余命宣告してくれなかったら、私はあんたと一緒にいられなかったかもしれない。今ごろ家でお父さんとお母さん、真理沙に囲まれて泣いてるだけだったかもしれない。でも」
 一呼吸間をおいて、大きく息を吸い、
「きっと私は今幸せなんだと思う。お父さんたちに囲まれてるのも幸せなのかもしれないけど、やっぱり自分の好きな、……ううん。…愛してる人と一緒に過ごす時の方がずっと幸せなんだ」

 その時
 時は止まるなのだと
 俺は初めて知った。

 麗夢はこちらをじっと見つめてくる。そして、少しだけ戸惑った表情を見せてから、決意を瞳に宿らせ、徐々に近づいてくる。
 そして俺は……
 徐々に退いていく。
「……なぜ逃げる?」
「……あまりの恥ずかしいせりふに鳥肌が…」
「んなッ!?」
 驚きの表情が怒りの表情に変わるまでに要した時間は0.113秒。それこそ、熟れすぎた果実のような真っ赤な顔をした麗夢は怒涛の勢いで詰め寄ってきた。
「私がどんな思いで話をしたのか、そのミニマムな脳みそは理解できてないの!?そんな役に立たないものは切り取って金曜生ごみの日に台所の残飯と混ぜて捨てなさいよ!大丈夫!腐った生肉と一緒に捨てれば、ば・れ・な・いぃぃぃぃ!!」
 こめかみに親指をぐりぐりと押し込まれ、猛烈な頭痛に襲われながらも頭は意外と冷静だった。麗夢に言われた事を反芻してたりする。
『残りの私の人生をあんたと…』
『今幸せなんだと思う』
『好きな、……ううん』

『愛してる人と一緒に過ごす時の方が』


『ずっと幸せなんだ』




「麗夢」
 きっと今までで一番接近していただろう。ほとんど鼻先がくっついてもおかしくないほどの距離だ。
「なによ!」
 ぐりぐり攻撃を一時停止して白と黒の瞳でにらみつけてくる。
 俺は、全く意識していなかった。
「嬉しいよ。一緒にいてくれて」
 自然と顔がほころんでいたなんて
 知らなかった。

「…………」
「…………」
 もう一度時間が止まった。
 いや、止まっていたのは今度は俺じゃない。俺はしっかりと時を刻んでいた。
 止まっていたのは麗夢だった。
 何を言われたのか理解できていない顔をしていた。
 でも、それが徐々に嬉しそうに笑って
 それから悲しそうな…でも嬉しそうな、泣き笑いになって
「おっ…お…………おそ……い…」
 しゃくりあげながら、言葉をかみしめるように呟き
「おそい〜〜〜!!! ばか〜〜〜〜!!」
 ゼロ距離アタック!!などと悠長な事を言ってる場合ではない。
 やけに滑らかで細い指先が頬に添えられたと思った瞬間には、なにやら、やったらめったらやわらかい唇が、俺の唇と、
 超人結合!!
 断じて違う!!(ちょっと正解)
 簡潔に言おう。諸君。俺は、俺は

 キスしちまってた。

 苦節17年。もう直ぐ人生も閉幕というこのギリギリで、俺は最高の幸せという奴を感じているかもしれない。
 だが、問題がある。
 俺、ものっすごい勢いで後ろへ押し倒されてるんだ。 
 このままだと、かなりの確立で後頭部が屋上のコンクリートとキッス。元へ。超人結合しそうなんだ。赤い液体のエフェクト撒き散らして。
 さすがにそれは避けたい。これから残る1週間。このまま生き残る展開だと、色々期待が大きい。お互い愛しあってるんだからな。もしや…な展開もあるかもしれない。
 だから。ちと手術後で腹筋に力を入れるのはどうかと思うが、死ぬよりはマシだろう。
 ゼロ距離アタックの威力を殺すために、急制動をかける。頭の奥底までしびれるような感覚はキスの感覚ではない。キスなんぞの甘い、とろけるようなトロピカルな感覚は、手術後の傷口が開くか開かないかの瀬戸際であるこの痛みの前には
「んんんんんっんんん!!」(唇でふさがれてます。)
 必死の奮闘が功を奏したのか、血みどろエフェクトは免れそうだが、たんこぶエフェクトは未だに健在である。眼から星エフェクトも準備万端である。
 まぁ、死ぬよりはマシだろう。
 そんな考えが頭をよぎり、俺は腹筋からの痛みを跳ね除け、麗夢から受け取る甘い感触を味わおうとして、

 ぐちょり

 見事後頭部はコンクリートに軟着陸。たんこぶエフェクトも目から星エフェクトも出ません。ただし、なにやら不気味な感触が甘い甘いキッスに酔いしれようとしていた脳内に割り込んできました。
 位置は俺が座っていた場所から右側の少し離れた場所。
 使用済み核燃料(微量な放射能が垂れている)を一時保管していた場所。
 甘い甘い魅惑の感触は突然の放射能によって緊急隔離されます。制御棒が投入されました。
 一度感じてしまったらもうそこにしか集中できません。
 じわりじわりと髪の毛の隙間をくぐり抜け、ついに頭皮にご対面です。冷たい感触のおまけつき。
 背筋に寒気が走りました。
「ぷあっ!」
 やっと唇を離した(ここまで約3秒)麗夢はトロンとした表情でこちらを見ています。
 俺のまたの間からお腹の上辺りに乗るような体勢で。大切な部分が圧迫されてますが、今はどうだっていいことです。
「麗夢…」
「なに?」
 とっても妖艶で、綺麗で、…いや、そんな言葉で表現できるような表情ではありません。
 俺は一瞬言葉に詰まるほど見とれてしまいましたが、しかし、どうしても後頭部の核廃棄物が気になる次第です。
「すまん。場所移動をお願いしたい」
「大丈夫。今の時間に屋上ほど安全な場所は無いわ」
 そういうと、再び唇を重ね合わせようとしてきた。それを押しとどめ
「屋上は問題ない。後1mほど横にずれて欲しい」
 麗夢はしばらく身を起こし、考え、頭を左右に巡らし、
「だ〜め♪」
 いや、だめとかじゃなくて〜、と言おうとしたが、既に唇はふさがれていた。
「ほんなななめのひぃはひょほ、んっ、ふほくのぁ、んちぅっ」
 いぁいぁ、何言ってるかわっかんねぇ。
 心の中でぼやきつつ、徐々に頭の中がほわほわしてきた。
 もぅ、被爆していいや。
 そんな思考に早々と切り替えた。
 麗夢から受け取る感覚以外はすべてノイズキャンセラーが自動排除。
 そして、初めてはっきりとした唇の感触、麗夢の体温、鼓動、香り。

 何よりも
『生きている』と
 感じた。



「疲れた…」
「…私も…」
 お互い、いやというほど唇を重ね合わせ心身ともに疲れきり、屋上で大の字に寝転がる。
 しばらくして
「ねぇ…」
 月を見上げながら彼女がぽつりとつぶやいた。
「寒くない?」
「寒いね」
 身も心も温まってはいるのだが、心は温かいままでも体はそうはいかない。
 夜の涼しい風に体温を奪われ、はっきりいってこのままでは風をこじらせ更に寿命を縮めそうだ。
「…戻ろか」
「そうしよか」
 俺と麗夢は立ち上がり、服の乱れをお互い直しながらもう一度町を見下ろした。
 空が徐々に明るくなりかけている。既に朝が近い。相当長い間ここに居たようだ。
 熱くほてった体に当たる風が心地よかった。
「いこ」
 そう言って、麗夢は手を差し伸べてきた。
「あぁ」
 俺は笑顔でその手を握り返した。
 しかし、そこで麗夢は思いとどまったように足をとめ、東の空を見上げた。
 もう直ぐ日の出が始まる。
「……見ていこうか」
 俺は麗夢の手を引いて、東側のフェンスまで歩いていった。
 空は着々と白み始めている。暗闇につつまれていた町が徐々に輪郭を現している。
 
 夜中の0時に日は変わるけれど、人が動き出すのは、この日が現れ、地表を照らしてから。

 二人並んで東に立ち並ぶ山脈を見つめた。
 麗夢の握る手が一層強くなった。
 いよいよ、日が峰から顔を出し始めた。世界が光に包まれ、目が一瞬視力を失う。
「賭けをしよう」
 麗夢が真っ直ぐ、昇り上がる日をじっと見詰めたまま、独り言のように呟いた。

「どちらが先に死ぬか」

 太陽が半分ほど峰から顔を出す。俺は呆然とした表情で隣の麗夢を見つめていた。
 繋いだ手をさらに、絶対離さないように握る。それに答えるように麗夢も握り返してくる。
 一呼吸一呼吸をゆっくりと、確実に、生きているのを感じるかのように、そして一つ一つの言葉を選ぶように
「死んだ方が勝ち」
 じっと太陽を見つめ続ける。
「負けた方は罰ゲーム」
 じりじりと屋上に日が差し始め、二人のならんだ影がコンクリートに長い影を描く。
「罰ゲームの内容は、死にかけてる方の願いをどんな手段を講じてでも叶えること」
 そこで、初めて麗夢はこちらに向き、目を合わせた。
「そして、もう一つ」
 光に包まれた屋上で、お互い向き合い、
「もし、その願いが叶えられたのなら、勝った方は、負けた方が後を追いかけてくるのを待つこと」

 日は完全に昇りきった。

「どんなに遅くても。絶対先には行かずに待つ」
 これから町は動き出し、人々の生活が始まる。
「それが、願いを叶えてもらった者への条件。守れないなら…」
 麗夢は繋いでいる手とは反対の手で、俺の胸倉を掴み、強引に引き寄せた。再び急接近する。
「守れないなら、私が直々に地獄に送ってあげるわ」
 その瞳は嘘をついていなかった。
 心の底からそう思っているようだった。
 俺は頷くしかない。だが、その条件を拒否する気もさらさらなかった。
 いや、むしろ、そんな賭けをしなくたって
「俺は君を待ち続けるよ」
 たとえ、一億と二千年経っても


 二人で病室へと戻るべく、俺は再び麗夢に肩を貸してもらいながら階段を折り始めた。
 そこで、麗夢は気付いてしまったのだ。
 俺が今の今まですっかり、きれいさっぱり忘れていたことを。
「ねぇ。あんた、頭の後ろに何くっつけてるの?」
 背中に寒気を覚えながら手を後頭部へ。
 そこにはパリパリになってしまった核廃棄物が張り付いていた。


 翌日、と言っても屋上から病室に戻り、男子トイレで一番奥から聞こえる荒い息とくぐもった声で喚いてるのを無視し、しっかり頭を洗浄。その後2時間ほどの仮眠を取り、俺は退院手続きをしに来た両親にわがままを言って、もう少しだけ病院に居させてくれるように頼んだ。
 少しでも長生きしたい、何かあったときにここなら安心できる。
 色々難癖つけて俺は退院を延期させた。
 もちろん、そんな事は二の次三の次四の次。
 一番の理由はもちろん麗夢と一緒に過ごす時間を確保するため。

 ところが
 あいつは、言うだけ言って、その日の午後。
 俺に何も言わずに、 
 イっちまいやがったんだ…………

 温泉に。

 ちょっと、いや、かなりむかついた。一言ぐらい断ってから行けよ、と。
 家族旅行なら仕方ないけど、びっくりするだろ?いきなり消えたら。おまっいきなりかよ!って。
 だが、今の時代、便利な物があるのだ。
 そう、携帯。これさえあればいつでもどこでも麗夢と会話が出来る。
 ほらほら。そんなことを話している間にも麗夢からメールが届くぜ。
 俺の携帯が『ぴろりろりろん』を連発して残機うpだ。

『びっくりした?』
 びびった。逝っちまったかと思った。一言ぐらい挨拶してからいけよ。
『ごめん。いきなりお父さんに旅行だって言われてね。阿部っちにダメだって言われるだろうと思ったら、すんなり許可が下りて、薬の服用だけきちんとしておけって。それだけ。今私とお母さん、お父さん、真理沙と旅館にチェックインするところ』
 そっか。あんまり邪魔するのも悪いし、暇な時にメールして。楽しんでこいよ。
『いわれずともwwお土産買っていくから。期待しないでまってろいw』
 
 それからも、定期的にメールが入った。
 温泉の場所がここから車で30分ほどの場所。
 夕食のマグロがスーパーの味がしたこと。
 温泉に飛び込んだら水風呂で、危うく心臓麻痺で逝ってしまうところだったということ。
 
 そして、夜10時。病院は消灯となり廊下の非常灯以外の明かりが消された。電気が消えると同時に再びぴろりろりろん。
『そっちは消灯だね。おやすみ』
 おやすみ〜。
 速攻で返事を出し、俺も布団にもぐり目を閉じた。

 ぴろりろりろん
 再びメール着信。
『大好き♪おやすみ♪』
 
「………」
 誰か。言ってくれ。この幸せ者めっ!と。
 そして殴ってくれ、このにやけずらが止まらないこの馬鹿な俺を!
 俺はにやけてにやけて仕方が無い頬を引っ張り抓り、叩きながら
 俺も。麗夢のこと、大好き。
 そんなバカップル全開なメールを送った。
 送信した後、やたらと興奮して、とてもじゃないが寝付けなかった。


 翌日。窓から差し込む日差しを浴びて俺はまぶしさに目を細めた。
 外は快晴。このところ、もう夏じゃないの?という程に気温が高い。
 病院内は空調が付いており、一定温度に保たれているが、窓を少しあけ、手を外に出してみると、ねっちょりとした空気が腕に絡み付いてくる。
 とても余命2週間ほどとは思えないほど心も体も軽い。
 とりあえず、屈伸をして、アキレス腱を伸ばす。

 ぴろりろりろん。

 条件反射で携帯に手を伸ばし、速攻で新着メールを見る。
『ご登録ありがとうございます。つきましては下記銀行口座に12万7800円をお振込みいただきますようお願いします。なお、支持に従わない場合は裁判沙汰になりますので、その辺りのこと、よ〜くお考えになりますよう』

 …………

 やっちゃったZE
 変なの開いた!
 あまりの浮かれテンションに件名も見ずに開いたこの俺の馬鹿さ加減が嫌になるぜ。みろ。この件名。

『イヤン♪私の恥ずかしい写真大公開♪by麗夢  よく見て』

 …あれぇ?おかしいな。最後になにか書いてある。
 件名通りにもう一度本文を読み直してみる。

『ご登録ありがとうございます。…省略…お考えになりますように。
↓↓↓↓↓↓
 びっくり〜。どよ。なかなかはらはらした?ちょっと心臓に悪かったかな?
 でも眠気は吹き飛んだでしょ?冒険でしょでしょ?
 旅館で寝てたらものすごくいい夢見れたんだ。
 あのね。私とあんたがね…………』

 最初に本文を読んだ素直な感想を述べると。
 テンションたっけ〜。
 朝から俺のテンションもあがっちゃうZE
 まぁ、それはいいんだけど、思春期によくある暴走だ。大人の方たちは生暖かい目で見守って欲しい。
 しかし俺は困った。返信に困った。
 俺も適当にファイトな妄想をメールに乗せて、大空のかなたへ〜…ってのは引かれるよな。かぎりなく遠ざかるよな。

 無難に、もちつけ。そして、おはよう。と返信した。

 ちょうど、俺が病院食を食い終わって、さて、今日は確か、阿部さんが独自で開発したマッサージをしてくれるらしいので、ちょっと期待に胸を膨らませてみたりしているのだが、

 ぴろりろりろん

 来たよ。メールが。速攻チェックだ。しかし件名には気をつける。
『まず最初に言うことがあります。今朝送ったメール。この世から抹消しておいて。あなたの脳内記憶も抹消しておいて。無理なら私がしてあげるから。外部に漏らさずにそのまま保存しておいて。
それと、ホントごめん。テンションがやばかった。今は落ち着いて、今メール見直して、やべぇ、私死んでる。とか思ったから。ホント。アレは見なかったことに。お土産、ちょっと奮発するから』
 やはりテンション高かったか。
 予想通りにいったことに少しばかり調子に乗りつつも、メールは冷静に。
 わかった。メールは削除するよ。脳内は極力努力するが、何かの拍子にぽろっと落ちるかもしれない。許可を。

 ぴろりろりろん

『うん♪それ無理♪外部流失は問答無用で打ち首だから。それと、確かメールで阿部っちにマッサージしてもらうって言ってたよね。あのね。噂だけど、色々と危ないらしいから、気をつけてね。じゃぁね♪今日は和菓子食べに行くよ。夕方にはそっちに戻るからね♪』
 気をつけて。楽しんで来てね。いてら〜。
 無難に返信し、
「危ないってなんだよ……」
 気分はどん底へ。
 そんなところに、メールではない着信音。
 俺はコール1回半でそれに対応する。
「はいはい」
 相手は麗夢からである。向こうから電話してくれるとは嬉しい限り。
『おはよ』
 おはよ。
『メールでも言ったけど、絶対に削除して、記憶も消して、忘れなさい』
 そんなに何度も言われると余計記憶に残りそうだ。
『……じゃぁもう言わない』
 わかった。努力する。それで、どんな用件?こんなこと言うために電話したの?
『…いや、別にそうじゃなくて、その、なんとなく、声が聞きたいな〜っと』

 俺は幸せ者か?
 なんだか、人生閉幕間際の神モードに突入してる感じだ。

『ん〜。まぁ、声も聞けたし、というよりも、声を聞くのが第一目標だったような気がする』
 なんだそれ〜。どうせ夕方帰ってくるんだろ?
『まぁね〜。あっ。真理沙が呼んでるから行くね』
 うぃ。気をつけて楽しんできなっさい。
『うん。じゃね。…えへへ……』
 
 麗夢は最後にこんな言葉を残していきました。
 でも、最初の部分は雑音でよく聞き取れなかった。
 たぶん俺の名前を呼んだのだと思う。今となってはわからない。

『――――っっ大好き!!』と。

 お昼ちょい前から阿部さんの独自マッサージを開始した。この際回復に役立ちそうなことはなんにでも手を出し始めたのだ。
 俺は午前中は怪しげな薬草ときのこを混ぜた緑茶を飲まされ、今気分は最悪である。
 そんな俺の気分を鏡に移したように天気はどんよりとして、ついさっき雨まで降り出した。
 阿部式マッサージはなんというか、ものすごく気持ちよかった。危ない所など一つも無い。そのままころっと眠ってしまいそうに成るほどの快楽と睡魔が襲ってくるが、やはりあの摩訶不思議緑茶が睡魔を強制退去させているのか、あくびはでるものの、眠れなかった。
 何気に安部さんが気合を入れてマッサージしてくれたおかげで、お昼を食べ終わった後は体は朝と同じようにすっきりと快調だった。気分はいまいちだが。
 マッサージ終了後になにやら阿部さんが浮かない顔をしていたのが少し気になったが。


 午後3時過ぎ。男子トイレ一番奥から聞こえる荒い息を無視して用を足していると、突如ぴりりりりっという電子音が個室から聞こえた。そして、
「私だが。今取り込み中なのだ。後にしてくれたまえ」
 阿部さんらしき声が聞こえました。
 俺は手っ取り早く用を済ませ、手を洗いアルコール消毒をして自分の病室へと戻ろうと廊下を歩き出した。

 病室の扉に手を伸ばしかけた瞬間、背後から聞こえた轟音に慌てて振り返ると、アルコール消毒液のボトルに両手を突っ込んだまま、下半身丸出しの阿部医師が青筋を立てて廊下を走り去っていきました。
 何事だろうな、と思いながら俺は病室に戻りました。
 そして、携帯が新着メールのお知らせ、オレンジ色のLEDライトが点灯しているのを確認して少しにやけました。
 この携帯アドレスをしっているのは両親と麗夢のみ。他のメールは迷惑メールですがその可能性は限りなく低い。
 きっと麗夢からのメールだ。
 俺はうきうき気分で新着メールを開きました。
 やはり麗夢からでした。
 件名はありません。
 本文を開きました。

 たったの4文字だけが、
 そこに綴られていました。

『ごめんね』と。


 雨は本降りになりはじめました。窓にぶち当たる雨粒はガラスをやぶるような勢いです。
 雷も鳴り始め、徐々に近づいてきているようです。

 足元がおぼつかない。
 
 俺はベッドに腰をおろし、もう一度メールの本文を確認しました。下の方に
『な〜んてね。びっくりしたでしょ?冒険でしょでしょ?』
 とか書いてあったりするかもしれません。
 でも、スクロールできない。
 本文にはその4文字しか浮かんできません。
 この4文字の意味は何なのか。
 どこかで何かが警鐘を鳴らしています。
 どこで。
 誰が。
 ふっとトイレが思いつきました。
 トイレ…阿部さん。
 阿部さんがキーポイントのようです。
 阿部さんといえば。ホッ……いぇ、人を見かけで判断してはいけません。
 阿部さんといえば、…………

 フラッシュバック

『さっきの話。あんたは医者から直接余命宣告されてないの?』
『普通しないだろ』
『そうなの?私は普通に言われたんだけど。阿部っちに』
『………』

『……だけの事。だから私は阿部っちに感謝してる。もし余命宣告してくれなかったら、私はあんたと一緒にいられなかったか………』

そんな言葉が、まるで、待ってましたといわんばかりに頭に浮かび上がってきた。
 余命宣告。つまり、それは……


「阿部さんは麗夢の主治医っ!」
 そしてその阿部さんが見たことも無いような形相でトイレから飛び出していった。
 何か合ったに違いない。何が。
 そしてこのメールは。
 この意味は。

 繋がる。
 何かが繋がる。

 件名のない。本文4文字。
 よほど時間が無かったのだろう。
 そして切羽詰まった阿部医師。

 知らない間に手が震えていた。それだけじゃない、体全体が振るえ、ベッドがその振動にガタガタと揺れた。
 持っていた携帯を取り落とし、それを慌てて拾い上げた。
「…ま……さ……か………」
 もう一度雷が鳴った。今度はかなり近い。光ってから音が届くまでの間が短かった。そして、かすかに、その雷鳴に混じるように聞こえる音。
 ここに着てから頻繁に聞こえるようになった。
 朝でも、夜中でも、
 その音は命を繋ぐ一本の綱。

 かすかに聞こえた。聞こえてしまった。
 
 今……一番聞きたくなかった音が

 
 確信は無い。麗夢からのメールだってあと1分後に
『びっくり?』
 とメールが着そうなのだ。
 だが、この胸のわだかまりはそんな思い込み、希望的推測では解消できない。なぜなら、麗夢の主治医である阿部さんがあの慌てようである。
 病室を半ば転げ出し、階段を転がり落ちるように落ち、
「おい!少年!!」
 大尉とすれ違ったがそれを無視して階段を落ちる。
 あと1階。
 聞こえていたサイレンは既に消えていた。
 到着したのだ。

 誰かが。
 命の灯火が消えかかっている人が。

 誰だ。誰なんだ。
 1階の廊下まで後半分。ちょうど廊下の見える踊り場に転がりこんだ。
 下から上がってきていた看護師さんがびっくりして、注射器を落とした。
 派手な音と、派手な悲鳴が上がった。

 その背後を。

「どいてください〜!」
「急患です!道空けてください!」
「部屋は!」
「C室の準備が完了しています。既に阿部医師が待機しています!」

 見えた。
 酸素マスクをして
 苦しそうな表情で
 大勢に囲まれて運ばれていく麗夢を

 ……見てしまった。

 足の力が抜け、踊り場に膝をつく。
 でも視線だけは彼女に釘付けになり、全ての映像がスローモーションのように鈍く感じる。

 そんな視界の中を彼女は
 薄目をあけてこちらを見て
 笑ったんだ。
 心底嬉しそうに。

 すべての音が断絶した。
 足元の感覚は既にない。
 上も下もない。
 左も右も。前も後ろも。

 俺はその瞬間、
 人間じゃなくなった。


 気が付いたら手術室の前で大尉と看護師さん達に取り押さえられていた。腕に注射を打たれていた。
 俺は途方にくれたような、状況把握できていないような表情で周囲を見渡した。
「落ち着いたか」
 両頬に猫にでも引っかかれたかのような生々しい傷跡をつけた大尉が優しそうに微笑んでいた。
 良く見ると他の看護士さん達もどこかぼろぼろになっていた。
「おい少年。とかちつくちて、と言ってみろ」
 よくわからなかった。俺が何をして、ここになんの目的があってきたのか。
「少年!俺の目をみるんだ!そして叫べ!とかちつくちて、と!」
 病室を飛び出したのはなんとなく覚えている。そして、確か何かを見たんだ。

 なんだ。
 思い出せ。
 俺にとって、自分の命よりも大切な何かを俺は見たんだ。
 目の前で叫ぶ大尉は、視界に入っているもののその声は聞き取れない。
 何かを思い出しそうだ。
「ダメだ。焦点が合ってない」
 大尉は、少々手荒いが許してくれ。と呟き、

 とんっ
 
 背中と首の間のあたり、詳しい事は良くわからないあたりを、ストン、と延髄チョップ。
 たったそれだけで、視界は暗くなり、気分が楽になった。


 目がさめた。 
 外は相変わらずの雨模様。だが、今は少々落ち着いているようだ。
 腕には身に覚えの無い、やたらめったらどでかい点滴がくっついていた。
 俺は自分でも気がつかないまま、素足のままで部屋を出ていた。
 ぺたぺたと廊下を歩き、向かったのは隣の部屋だった。
 中には阿部医師、っそして男性、女性、黒を基調にしたふりふりふわふわな服にロングスカート。トンガリ帽子という魔女っぽい服装の女の子が居た。
 そして、その中心に静かに眠る人。
 いつのまにか後ろに居た、屈強そうな看護師さん数名と大尉が身構えるのがなんとなくわかった。
 男性と女性がこちらを見て、軽く会釈してきた。それに答え、会釈を返す。
「あの…娘は起きるのでしょうか…?」
 女性が阿部さんに向かってそう問うた。

 阿部さんはベッドの近くへ歩み寄り、一台の機会にポンと手を置いた。そこには一本の緑色の線が直線に引かれていた。
「これは脳波計。人は何も考えていなくても、実際には色々考えてます。その動きを計測し、表すのがこれ」
 男性と女性は頭の上にはてなマークを浮かべています。
「簡単に言いましょう」
 阿部さんは一呼吸置いて
「この脳波計。本来ならばこの緑の線がうみょうみょするはずです。しかし今これは直線。これが意味する事は」
「脳死」
 阿部さん。男性女性、そして、俺もその声の方を向いた。
 魔女さんが感情の無い声で話し始めた。
「脳幹を含めた脳全体のすべての機能が非可逆的に停止した状態」
 聞きなれた言葉に背筋が凍った。
 ドラマとかでよく聞く言葉。
 体は生きているのに、脳が死んでいるため、動くことも話すことも見ることも出来ない。

 彼女は生きたまま死んだ。
 そんなことが許されるのか。
 俺を待っていてくれるんじゃないのか?
 まだ最後の願いを聞いてない。
 叶えてやるよ。
 東京タワーから飛び降りろといわれたら飛び降りてやる。
 逆立ちで東京――名古屋間を完走してやる。
 
 だから

 だから、目を覚ませ。
 5分、いや3分でいい。
 俺は地面に膝をついた。男性と女性はすでに泣き始めた。
 阿部さんも大尉と今後についての話をし始めた。
 魔女さんはじっと麗夢の顔を見ている。
 
 おい。死神とやらがいるとしたら。
 お前はカップラーメンが出来る時間すら待てない心の小さいやつなのか?
 お前、絶対5分かかるカップうどん食えないな。
 あんなに上手いの食えないなんてどうかしてるぜ。
 どうだ。ここでいっちょ3分我慢してみるか。
 5分に挑戦は今度だ。
 とりあえず、3分我慢する訓練だと思ってやってみんか。
 そうだ。3分。秒にしたら180秒。
 どうってこったない。楽勝だ。
 そうだ。やってみろ。お前ならできる!



 ピッ ピッ ピッ ピッ

 阿部さんが大尉を放り投げてベッドの脇にすっ飛んでくる。
 精密機械をばしばしぶったたくが、その緑の線は

 うみょうみょ動いていた。

「麗夢!!!起きろ!!」
 飛ばされた大尉は壁に突き刺さって身動きが取れない。残るのは屈強そうな看護師さんだが、愛の前にそんなものは通用しない。
「麗夢!いつまで寝てるんだ!!起きろ!」
 俺は迫り来る白い天使を足蹴にしながら必死でベッドにしがみついて名前を呼び続けた。
「お姉ちゃん!!」
 じっと麗夢を見つめていた魔女さんが突如叫んだ。
 奇行に走った俺を追い出そうとする看護師さん達も驚き、俺はその瞬間に抜け出しベッドのそばへ急行する。
「お姉ちゃん!わかる?真理沙だよ!ねぇ!」
 その手を握り締めて叫ぶ真理沙。
 そして
「「麗夢!!」」
 見事に重なった男性と女性の叫び。
 
「…や…ほ〜…」
 覇気の無い、そしてあまり生気の感じられない声だが

 確かに麗夢は話していた。

 麗夢は時間がない、と前置きして、父、母、妹の順に最期の別れを告げていった。特に妹、真理沙には
「絶対黒魔術で私を死者蘇生しようとしちゃだめ。いい?お姉ちゃんと約束して」
「でも。良い生贄が見つかったらどうするかは、わからない」
「大丈夫。お姉ちゃん自力で戻るから。絶対」
 ね? と微笑み、そのとんがり帽子を取って妹の頭をなでる。
 その妹は今まで我慢していたのか、ベッドに突っ伏して泣き始めた。
 それを優しく麗夢が抱きしめて背中をさすってあげる。

 そして、残る俺は待ってましたと言わんばかりにベッドへと詰め寄り
「さて。これで用件は全部済んだので、もう思い残すことはありません」
 そんな麗夢の発言に一瞬意識がすっ飛び。慌てて戻ってきて、その麗夢の手を取った。
「ッ冗談ぴょンよ」
 あまりの必死さに少々引かれながらも、
 麗夢はあの夜のように、
 言葉では言い表せないような表情で
「じゃぁ、私の最後の願い」
 そっと耳元でささやいた。
 俺はそれに耳を疑った。
 まるで俺に来るな、といっているようなものである。
 それを見透かしたかのように、くすっと笑い、
「どんだけ頑張ったって1ヶ月でしょ?」
 そう毒づいた。
「でも、それだとちょっとさびしいかな?」
 麗夢は自分の周りを見回して、衆人観取がちょっと多いけど、と呟き
「じゃぁ、もう一つ追加でお願い」
 にっこり微笑んで。
「キス」
 俺はそれに頷き、ベッドに片手を付いて身を乗り出す。
 あの夜とは比べ物にならないほどの軽いキス。
 だけど、あの時とは思いの量が違う。あの時がメガなら今はテラだ。
 重なり合った唇をそっと離した。別れ惜しそうな顔をする麗夢を見ると、どうしようもなく胸が苦しくなる。このまま死んでしまうのかもしれないと思うほど苦しい。
 抱きしめたいのを必死でこらえ、拳を強く握り締めた。

 麗夢は、さってと。と呟いて全員を見回し、
「私は幸せだった」
「大好きなお父さんお母さん、真理沙と一緒に過ごせて」
「面白くて親切な阿部さんに体調管理を完璧に整えてもらえて」
 そしてなにより。

 運命の人に出会えたことが一番の幸せでした。

 俺を見て、にっこりと笑い。でも、その瞳に涙が溢れているのを見て、もう、俺は自分を抑え付けられなかった。
 とても優しく抱きしめるなんてものじゃない。
 死神にだって取らせはしない。
 そんな覚悟で麗夢を抱きしめた。
「……!」
 そんな俺の行動に麗夢はびっくりして、でも、ゆっくりと背中に手を回して
「ばか…もう少しかっこよくしなよ。情けない…」
 優しく背中をさすってくれた。
 俺は絶対に声を出さないと決めた。きっと話をした瞬間に震える声が泣いていると悟らせてしまうから。
 とにかく抱きしめた。筋力の衰えきった力で、出せる限りを尽くして。
「ばか………ば…か……っ」
 肩が冷たかった。でもお互い様だ。
 麗夢の肩だって俺のせいで冷たく濡れてしまっているんだ。そう。お互い様。
 この幸せすぎる時間が永遠に続けば、それだけで生きていけるような気がしてならなかった。
 だが、無常にも3分という時間は短すぎる。
 俺は今だけ、なぜカップラーメンすべてが5分じゃないのかと全国の神社にわら人形と五寸釘をもって巡礼し、呪ってやろうかと考えた。
 麗夢は俺をそっと押しのけて、涙を指で拭い、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「見苦しいところを見られちゃった…」
 
 そして、こほんっとかわいらしく咳払いをして、
「最後はかっこよく決めなくちゃ」
 そう呟き
 右手でピースを作り俺に向かって突き出し、
 今までで一番の、ランク付けできないほどの笑顔で

「残念!賭けは私の勝ち!!のろまなあんたはゆっくり来いよ!」

 そう叫んだ。
 でも、その笑顔の口がへの字に曲がり、
 ベッドから落ちるのもかまわず麗夢は俺に飛びつき

「嫌だよ…死ぬのは嫌だよ!私はもっとあんたと居たい!死にたくない!これからもずっと!ず〜っと!!!一緒にデートとかして!クラスメイトに冷やかされて!どきどきしながらラブホとか行って!!それで最後は幸せになりたい!!私は!私はっっっ

 あなたと一緒にいたい!

 まるで糸の切れた人形のようにふっ、と何かが抜けたのがわかった。
 そのまま俺にすがりつくように倒れこみ、

 心配停止を意味する電子音が病室中に響き渡った。

 それはまるで
 魂を乗せた蒸気機関車が出発の汽笛を鳴らすように
 やけに甲高く、透き通って聞こえた。

 俺は早足にあの部屋を飛び出した。
 足は自然ともう一つの場所を目指し。
 階段を駆け上り。
 鉄の扉を開く。
 外は嵐だった。
 小康状態だった雨は勢いを盛り返し、痛いほどの雨粒を叩きつけてくる。雷はほぼここを中心になっているのか、光と音がほぼ同時に来る。
 俺は、そんな風雨の中を歩き、フェンスに寄りかかった。
 見上げる空に月はなく。
 吹き抜ける風は優しくない。
 そして、隣に麗夢はいない。

 屋上の中心付近。麗夢が仰向けに寝転がっていた場所に同じように倒れてみる。
 それで麗夢の心がわかれば、少しはこの傷の痛みも和らぐのかもしれない。
 こうやって思い出の場所を回り、麗夢の事を考えても、この心に空いた穴は一向にふさがる事は無い。むしろ、逆に開いていくようだった。
 徐々に傷は深まり、最後には己自身を食い殺してしまう。
「風穴みたいなものか」
 ポツリと呟いて起き上がる。
 また雷が落ちた。今度は直ぐ近く、病院内のイチョウの木に落ちたようだ。
 真っ二つに木が裂けて、めきめきと音を立てながら倒れた。

 こうして、頭を冷やされて考えると、俺はこの先、生きていけるのかが不安になる。
 この思いが引いてくれるとは思えなかった。むしろ日を追うごとに悪化の一途をたどりそうだ。
「それに…」
 残す俺の推定余命は1週間無い。運がよければ2週間。奇跡が起これば1ヶ月。
 今死のうが、一ヵ月後に死のうが、あまり関係ない気がした。
 そして、一ヵ月後に死ぬぐらいなら、今この場で死に、麗夢の後を追うのも悪くない。
 
 フェンスに手をかけた。
 一番上まで上り、反対側へ回り込む。
 30センチほどの出っ張りに座り込み、足を宙に投げ出した。
 しばらく足をぷらぷらとゆする。
 地上5階建て。普通の俺なら目がくらんで四つんばいになってることだろう。飛び降りようとするなど、たとえ下が水でも絶対拒否する。
 しかし、そんな思いは微塵も浮かび上がらない。
 飛べば楽になる。
 麗夢の後についていける。それに、今なら待っててくれるだろう。
『はやっ!?』
 とか怒られそうだけど。
 でも、こんな生殺し状態で生きてろ、って方が酷だ。
 強風吹き荒れるなか。30センチしかない足場の上に立ち上がった。
 ひょいっ、と一歩踏み出せば、麗夢が待っててくれる。
 幻覚すら見え始めた。雨風吹き荒れる中に、しょうがないなぁ、と困った顔の、でもちょっとだけ嬉しそうな顔の麗夢が待ってる気がした。
 片足を上げた。
 後は前に体重をかけるだけ。
 だが、そこで動きが止まってしまった。
 手が意思とは反対にフェンスをがっちりと掴んで離さない。
 違った。フェンスから手が生えていた。
 それも違った。
 フェンスを素手でぶち破った阿部さんと大尉が、それぞれ左手と右手を掴んでいた。
「おぃおぃ。男を知らずに逝っちまうのはどうかと思うぜ?」
「どうだい。やらないか?」
 それが冗談だとも判断のつかないうちに、引きちぎって開けられたフェンスの穴から屋上のコンクリートの上に引きずり倒された。

「とんでもない少年だ。」
「やらないか?」
「阿部。少々黙っててもらえないか?」
 大尉に怒られおとなしくなる阿部さん。
 大尉は胸ポケットからライターと葉巻を取り出し、火をつけようとするが、
「むっ。湿っているな。」
 当たり前だ。と心のなかで突っ込んでおいた。
 大尉は胸ポケットに葉巻をしまいこむと
「少年!!」
 ぐわっしっ と両肩を掴まれた。俺の眼前に大尉の暑っ苦しい顔が間近に迫る。
「少年!さきほど少女にささやかれた約束はどうした!漢として情けないぞ!!漢たるもの、女との約束事は、命をかけて守り通す。それが日本男児なんじゃないのか!」
 前後ろ前後ろと体をゆすられて脳みそがシェイクされる。
「少年!さきほどの少女はこう耳元でささやいたのだ。」
 やけに分厚い胸板に引き寄せられ、圧死寸前まで締め上げられ、そして耳元で
「やらないか?」

 まさに悪魔のささやき。
 そのまま麗夢の元へ旅立ってしまいそうだった。
「すまん。少年。少々せりふを間違えた」
 もう一度チャレンジ。
 再び迫る分厚い胸板。圧死寸前まで締め上げられ、耳元で、

『できる限り生きて』

 頭では反応していない。
 脊髄反射で立ち上がっていた。
 大尉の顎に強烈なヘッドアタックを食らわし、周囲を凶悪な目つきで見渡す。
 この屋上にいるのは、悶え苦しむ大尉と背中を向けてのの字を書いている阿部さん。そして俺。
 どう考えても今の声は大尉から出されたものではなかった。
 嫌でも聞き覚えのある声。
 自分の思い人。

 麗夢

『何死のうとしてるの?』
 声は全方向から聞こえてきているようだ。そして、その声は大尉と阿部さんには聞こえていないようだ。
『あんたが私のこと愛してくれてるのは良く知ってる。でも』
 屋上を走りまわって、隅から隅まで声の元を探った。
『自分から命を絶って、私のところに来たら、絶交よ。それも一生』
 走り回るのに疲れて再び同じ位置に戻る。
『そ・れ・に。』
『私との約束。忘れたわけじゃないわよね?』
 カッツーン と甲高い音が聞こえた。
 反射的に振り向いたその場所は
 二人で日の出を見た場所
 そして、一つの賭けをした場所

『私は賭けに勝った。そして、あんたに願いを叶えてもらったから、私はずっと待ち続ける』

『そして、約束を守らなかったら』

「私が直々に地獄に送ってあげるわ♪」
 背中の直ぐ後ろに、懐かしい気配がした。それに、耳元で声がしたのだ。
 でも、振り返った場所に人はいない。目に入るのはいじけ続ける阿部さんと悶え続ける大尉。
 幻聴で満足できるレベルではなかった。第一、二人だけの秘密を知っている。第三者の可能性はない。
 ついに俺の頭が精神病者レベルで崩壊したのか、ホントに奇跡が起きたのか。
 俺に判断しろというのは酷だろ?
 それぞれに判断はゆだねる。
 でも、一つだけ決めた。
 残りの1ヶ月。
 麗夢が生きられなかった時間を俺が代わりに引き受ける。


 少年が鉄の扉を開け、病棟に入っていくのを見届けて、阿部と小早川は安堵のため息をついた。
「なかなかハードな戦いだったぜ」
『全くだ』
 阿部の声に合わせて麗夢の声が聞こえた。
「しかし205号室の患者がこんなハイテクな物を持ってるとはな。蝶ネクタイとはなかなかおしゃれじゃないか」
『全くだ』
 やはり阿部の声に合わせて麗夢の声が聞こえる。
「あれだろ?トイレの個室につれこんでリアルファイトしてたら、2回目にこれを差し出されて手を引いてくださいと?」
『その通り』
「しかし、もらうものはもらって2回目のリアルファイト続行と?」
『その通り』
「阿部よ。それはなかなか鬼畜だな」
『だがそれがいい』
「同士よ!!」

 分厚い胸板と分厚い胸板がぐわっしぃぃんと結合。その間に挟まったかわいらしい蝶ネクタイ型声変機は1ミリの厚さにプレス。一瞬でただのごみになりました。
「さぁ、阿部よ。今日は少女の命日だが、少年の新たな旅立ちでもある。記念すべき第三回目のリアルファイトを決める良い機会ではないか?」
「全くだ」
 阿部さんと小早川大尉は鉄の扉を軽々と開け、病棟へと入っていく。

「むっ?」
「どうした阿部よ」
 阿部さんは階段の途中で振り向き、屋上の扉を見上げた。
「いや、気のせいか。彼女の声が聞こえたような気がしたのだよ」
「何を。蝶ネクタイは壊れてしまった。きっと雷の音だ」
 阿部さんは少しだけ微笑んで再び階段を下りはじめた。


 彼女は振り返ることなく手だけを振って去ってゆく2人を見送りながらもう一度つぶやいた。
『ありがとう…』と。






2007-08-21 13:44:37公開 / 作者:poruru
■この作品の著作権はporuruさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お初にお目にかかります。この作品はこんな物を書きたいなー、ともやもやしながら書いた結果生まれてきたものに修正をしたものです。文章など稚拙な部分も多々あるかと思いますが、最後まで読んでいただければ幸いです。そして何かしらの感想やアドヴァイス等いただければと思います。是非宜しくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして。

作品を読ませていただきました。序盤は引き込むように情景描写が出来ているのに、集中力が切れてしまったためなのか、途中は会話と主人公の心の声しかなかったりと、物足りない印象がありました。また、会話の中に“♪”があったり、主人公の心の声とはいえ“w”があったりと、個人的には“ちょっと稚拙な表現方法かもなぁ”と思ってしまう部分が多々ありました。

ストーリーそのものは、厳しい言い方をすると、薄かった気がします。そもそも主人公は、何の病気だったんでしょうか? 転移という医者の言葉から、腫瘍かな? という雰囲気はありますが、どの部分が侵されて、どういう障害が起きていて……など、キャラクターにもっと愛情を注いでしっかり設定してあげてほしかったです。何となくこういうストーリーにしたいな。という理由で、感受性に任せて書いた印象を受けてしまったのです。病気について全て調べろと言いたいのではないんですが……個人的には、もう少しリアリティを求めてほしかったです。そうすれば、主人公と同期できる気がしたんです。でも、脳死状態だった人間がいきなり目を覚まして(それはありうる話なのかもしれませんが)、その後いきなり色々と話し出すなど、“ちょとそれは難しいんじゃないかなぁ?”と感じてしまう部分が多く、物語そのものに集中できませんでした。
一度意識を失った人間が目を覚ました時、口にするのは。?「お母さん……(そこにいる人の名前)」?「ここどこ?(場所についての疑問)」?「今日、何日?(日時の確認)」だと教わったことがありましたので、麗夢というキャラクターの発する言葉がどうにも現実味を損ねていた気がしてしまいました。

それから……。『』は、本のタイトルを使うときに用いるのが一般的らしいです。“!”や“?”の後ろにはスペースを1つ開けるようです。会話分の一番最後は、句読点をつけないようです。ここの掲示板を利用する前に読んでほしい文章表現のページがあったはずなので、読んでから修正・投稿したらもっと良かったのかなぁと思いました。
色々と大口を叩いてすみません……。
2007-08-25 20:04:25【☆☆☆☆☆】目黒小夜子
 こんにちははじめまして。拝読いたしました。
 部分部分では面白いところや美しいところがとてもたくさんありました。文章のリズムもよくて、的確な表現をする文章力をお持ちの方だなと思いました。キャラクターも生き生きしていて、良い部分がたくさんありました。
 ただ、全編をひとつの小説として読むとき、ちょっと首を傾げざるを得ません。余命数週間という人たちがこんなに元気で、しかもこんなにあっさりと死んでしまうなんて、いくらなんでも無理があるんじゃないでしょうか。失礼な言い方で申し訳ないんですが、死について真摯に考えてお書きになりましたか? ガンや脳死についてお調べになりましたか? 死を「感動」のための道具としてご都合主義的に使っている感がぬぐえません。作者が死について正面から考えて書かなければ、読者を感動させることはできないと思います。

 もうひとつ、目黒さんのおっしゃっていることとも重なるかと思いますが、ストーリーの重さと比べて文体がずいぶん軽いなあ、と、ちょっと驚きました。たとえば、

>ちょっwwwおまっwww
>何気にやかましい音
>人生閉幕間際の神モードに突入
>緑の線がうみょうみょするはずです

 こういう部分ですね。こういうネット的な俗語表現って、たとえばぼくなら、どんなに軽い作品でも絶対使わないです。「もちつけ」って何ですか? なんで餅を搗かにゃならんのですか。もちろん人によるけど、30歳以上の一般読者には読むに耐えない表現なんじゃないかと思います。
 ちょっと判断しかねているのですが、こういうのってporuruさんの素の文体なのでしょうか、それとも、こういうストーリーをあえてこういう文体で書くという挑戦(あるいは実験)としてなさったのでしょうか。しっかりとした文章力をお持ちの方だと思うので、たぶん後者だと思いますが……。もし前者なら改善の必要があると思うし、後者なら、志の高さは買いますが、成功だとはちょっと思えないです。死と向き合っているはずの人物の言葉としては軽すぎて、きつい言い方ですが、不快感がありました。
 でもこれは、ぼくの言語感覚が古いのかもしれないですね。それだったら、仕方ないです。


 あとは、リアリティの問題ですね。医者がちょっと……あまりにも医師失格です。いくらなんでも、重病患者に延髄チョップをかます医者がいますか? それと、脳死判定ってこんなに簡単にできるものじゃないようです。法律に基づいて、脳死判定経験のある医師が二人で、6時間かけなければならないそうです。また、脳死者からの臓器移植を行う場合しか、脳死判定はできないそうです。それに、一旦脳死と診断された患者が蘇生してべらべらしゃべったりしたら、これはどえらい誤診で、大問題だと思いますよ。「脳死」とひとこと書く前に、そういうことを調べられましたか? 「そんな堅いこと言わないで」とおっしゃるかもしれないけど、最低限のリアリティがなければ感情移入も感動もできないと思います。ぜひご再考ください。(それと、入院病棟で携帯って使えるんだろうか。電磁波問題で禁止の病院も多いと思うんですが、どうなんでしょうか。ちょっと分かりません)

 それと、最後に、誤字に気づいたのでお知らせまで。

>1週間生きられる自身がないんだよね〜 >>自信
>自重気味に笑い、ため息をつく。 >>自嘲
>心配停止 >>心肺

ですよね?

 長々と、こまごまと、ねちねちと、偉そうに失礼しました。ごめんなさい。でも、見るべきところ、生かすべきところがたくさんある作品だから惜しいと思ったので……。失礼します。
2007-08-26 09:05:07【☆☆☆☆☆】中村ケイタロウ
目黒小夜子様、中村ケイタロウ様。適切な感想を頂き、誠に感謝いたします。

こうして指摘を頂くと、なるほど。確かに、と頷かされます。
こんな稚拙な文章を最後まで読んでいただき感想までいただいて本当に嬉しいです。

文章を書くに当たっての基本事項すら出来ていなかった事を深くお詫びします。

自分でも確かに「死」というものを軽々しく考えていた気がしますし、まだまだ書く上においての知識が足りていないようなので、今後、もっとリアリティーの高い作品を目指して行こうと考えています。

何度も言うようですが、感想、ありがとうございます。

2007-08-26 12:35:35【☆☆☆☆☆】poruru
poruruさん。

私も中村ケイタロウさんも、あなたの人格を否定したわけではありません。
ただ、“この話を小説として見るとどうなんだろう?”という視点から、小説にするために必要な部分の感想を書いただけですから。
だから、そんなにお詫びしないでください……っていうのもヘンですかね。(笑)

上を目指そうと思ってくだされば、感想を書いた人もこれほど嬉しいことはないと思うのです。
だから、修正をするにせよ、次の小説に挑むにせよ、頑張ってほしいです。
長々ごめんなさい。失礼します。
2007-08-26 19:20:50【☆☆☆☆☆】目黒(小夜子)
計:0点
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