『手向け』作者:狂人 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 意識が果てる、その時、僕は眼を開いた。
 開いた僕の眼に最初に飛び込んできたのは、酷い顔で眠る『僕』の姿。
 青白い肌、似合わない禿頭、骨と皮だけの四肢。それでも人工呼吸器で命だけは繋ぎ続け、醜態を曝し続けている。
 そんな『僕』を見つめる僕に、姿は無い。
 漂う空気の様に透明で、流れる雲の様に静かだ。『僕』を見る僕の存在には誰も気付かない。『僕』の傍で泣き崩れる両親でさえ。
 いつも、こうなのだ。きっと。父さんと母さんは、『僕』が眠りに落ちる度にその醜態に項垂れ、涙を流しているのだ。『僕』が意識のある内は笑顔を絶やさず、背中をさすり続けてくれているのに。
 なんて親不孝なのだ。起きている間は両親に無理をさせ、眠っている間は泣かせてしまっている。
 『僕』の体内を蝕む多くの瘤が、僕以上に両親を苦しめている。
 いっそ、全部の瘤を抱えて消え去りたい。醜態を曝すのはもう沢山だ。

 されど、『僕』は激痛で目覚める。僕の眼が主である『僕』に引き寄せられた。

 『僕』が目覚めると、両親は慌てて涙を拭った。そして、母さんはまた『僕』の背をさする。
 『僕』はその手を払った。そしてその刹那、吐血した。『僕』が母さん手を払ったのは、『僕』の血でその手を濡らしてしまわない様にだ。
 鮮血がシーツを濡らし、床まで届いた。
 ああ……母さんの眼から涙が。血よりも見たくない、苦しそうな雫が、溢れ出る。
 ああ……父さんの手が震えている。いつも冷静を装って、『僕』に人生を説いた父さんの手が。この世で最も見たくない、その人の動揺と恐怖がまざまざと見える。
 今すぐ謝りたかった。しかし、喉に血が絡まり、言葉は湿り気を帯びて上手く発音されない。変わりに喉を引き裂いた様な激痛が奔る。
 また、『僕』は意識を絶たれた。そして僕の眼が両親の背後で開く。

 僕は乾いていた。涙も、吐血も無い。ただ見つめ続ける。惨状を。
 痙攣し、全身の穴と言う穴から血を吹き上がらせる『僕』と、そんなグロテスクな『僕』を血の海から必死に抱き上げる父さん。そして、むせび泣く母さん。
 やめてくれ。こんな『僕』を見ないでくれ。無理をしないでくれ。普通に気色悪がって、何処かに行ってくれ。泣かないでくれ、触らないでくれ、見ないでくれ!
 僕は眼しか無い。言葉は出ない、両親は掴めない。眼を閉じる目蓋も無い。
 こんな景色、見たくない……死なせてくれ……。
 不意に、医者と看護婦が駆けつけ、父さんから『僕』を取り上げた。
 そうだ、そのまま窓の外にでも放ってくれ。そうすれば、死ねる。
 しかし、医者は静かに『僕』の胸に手を当てただけだった。
 そして――静かに首を振った。横に。
 その光景を僕は確かに見ている。
 僕は――死んでる? 僕は死んでるのか?
 しかし眼は閉じない。両親の発狂しそうな背中を見つめ続けている。
 僕に何をさせたい? 僕に何を見せたい? 僕に何が出来る?
 僕の眼は両親を見つめ続ける。

 やがて。


 母さんが、震える声で呟いた。


「良かったね、楽になれて」
 と。


 楽? ……違う。こんなのは僕の求めた死じゃない。僕は全てを無に返したかった。両親の涙も、『僕』の醜態も。だけど、僕はここに居てしまっている。誰も見えないが、僕は居る。

 誰にも構ってもらえず、心配もされず、されど苦しくも無い。


 ああ、これが死で、無か。




 最悪だ。……僕……生きたい。
2007-06-03 14:06:16公開 / 作者:狂人
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