『ショコラとアジサイ』作者:Tom / RfB/΂ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
ショコラとアジサイの日常を描いた小説。
全角6913.5文字
容量13827 bytes
原稿用紙約17.28枚

ショコラとアジサイ

太陽が今日一日の役目を終え地球の裏側に帰宅の準備を始め、
代わりに夕焼けが差し込む放課後の学校。
数時間前に授業を終え、生徒は皆しばらく前に部活動に精を出すか、帰宅するか、
はたまた彼女彼氏と青春の一ページを彩るか、各々自由に解散した。
窓からは春の始まりを告げる、少し冷たくて、でも気持ちのいい風が入り込む。

(もう春なのだ…。)
しみじみと季節を感じながら、少女は校門の前の桜の下で、爽やかに待ちぼうけをくらっていた。

放課後どころか一年中使われていない通称物置部屋という名の本館1階北に位置する空き教室。
歩けば埃が舞うような、薄暗く人の出入りもなければ滅多に換気すらされないその場所は、
人が過ごすにはとてもハウスシック(動詞)。
閑散とした風景と静寂に満ちているはずのそこは、今現在は物置部屋ではなく、
一人の生徒の寝室と化していた。

あまりに景色に溶け込んでいて、まるでその存在を感じさせないが、
一見無人にも見えるその教室の後ろ隅には、
机の上の両腕に顔をうずめ夢の中で放課後を過ごしているものが一人。

不規則なリズムですぴー…すぴーと小動物に似た可愛らしい寝息を立ててはいるが、
それがオスの発するものであると分かるといなや途端に殺意が芽生えるのは何故だろうか。
あぁ不思議だ。
その殺意を誘う可愛らしい寝息を立てている、しかしやっぱり青年は
一向に目を覚ます様子もなく現実世界への帰還は期日未定。
その青年は春になるまで誰も気づかずにこの場所で冬を越したのではないか、
と疑うほどに一枚の絵として背景に溶け込んでいた。

ちなみに絵にタイトルをつけるなら「粗大ゴミとムスカー」。
「…見ろ、青年がゴミのようだ。」

しかしこのまま放置プレイを続けようものなら梅雨にはカビが繁殖し、
夏にもなれば粗大ゴミどころか生ゴミに分別されてしまいそうだ。
だが幸運な事にその屍が待ちぼうけの少女に発見されたのは、
実際青年が時期はずれの冬眠をはじめてからたった3時間後の事だった。

「…まるで屍のようじゃ」

幼い声で少女はぽそりとつぶやく。

夕日のオレンジが一層濃くなった頃、
放課後の青年の屍が置かれた無人の教室に一人の少女、「アジサイ」の姿があった。

六月(むつき)アジサイという名の少女は来月を迎える事で、
親から鋭利じゃない刃物でへその緒を切られてから早いもので17年目になる。
少女というには語弊のある年齢ではあるが、
アジサイの容姿は少女と呼称されても別段違和感のないものだ。
可愛らしい顔立ちに加えクセのついた穏やかな波を作る髪は一層幼さをかもし出してるし、
瞳を覗けば少女マンガよろしくキラキラと輝く宇宙の星空が見え、
その輝きは何故だかサンタの存在を信じて疑わないでいた愚かな幼少期を思い出させる。
身長150に満たないであろうその姿は、仮にランドセルを背負って小学校に向かったとしても
その光景に疑問をもつ人間は皆無であろう。
XSサイズの制服でさえ身に余るそれを身に着けるアジサイは、
一部のニーズのから見れば発作を起こしかねないほどの愛らしさを持っている事は事実である。

そのアジサイはノイズ(寝息)を発するはた迷惑な粗大ゴミもとい青年の前に腕を組んで、
むむむっとなにやら思案顔で仁王立ちしている。

粗大ごみはその存在に気づくはずもなくin dream。夢みる青年を続ける。
アジサイはふ〜とため息をつき、ひとりごちる。
「むぅ…それにしても埃が…は、はぶっ…っ。」
埃舞う部屋に顔をしかめ、空気の悪さから必死にくしゃみを我慢する。
口と鼻をその小さな手で押さえている様は口に種をつめすぎたハムスターを連想させる。
必死でぷるぷると体を震わせながらくしゃみを我慢するのだが、努力の甲斐もなく

「へくちっ」

…我慢記録3秒。
「がんばりましたで賞」くらいはあげてやりたいと思うのだが、どうだろうか。
くしゃみの衝撃で部屋にぶわっと埃が舞い、一層室内環境を悪化させる事になり、より事態は悪化した。
部屋中の積み重なった埃が部屋を自由奔放に舞う様は、桜舞い散るかのよう。あぁ、春の終わりか。
「くちっ!…へぶちっ……は、はぶちっ! ……ぐっち!!」
埃濃度60%を超える空気環境に耐え切れず、
アジサイは外の新鮮な空気を求め脱兎のごとく教室から飛び出していった。
走り去るアジサイの足音が聞こえなくなると、部屋には青年の寝息のみの静寂が戻った。

そうして教室に差し込むオレンジの穏やかな夕闇が黒を帯び始めていく。
それから花粉症用マスクをつけてアジサイが戻ってきたのは17分後のことである。

そのアジサイ(マスク装備済み)はノイズ(寝息)を発するはた迷惑な粗大ゴミもとい青年の前に
むむむっとなにやら思案顔でデジャヴしている。
そして何かを決断し、アジサイは右腕をゆっくり上げて頭の上でアイスラッガーを形作り、
息をふっと吸い込み。

「てぃ!」

小動物の鳴き声を思わせるか弱い泣き声にも似た掛け声とともに、
右腕製アイスラッガーを青年の頭頂部に勢いよく移譲する。
アイスラッガーの移譲式だろうか?
ならば地球の未来は青年に託された。
というわけではなくいわゆるチョップだ。
ペコっという小さな衝撃音とともに、つづく小さな静寂、
近隣の住民に迷惑をかけていた青年の寝息は音を止めた。
ついに粗大ゴミ、もとい青カビ、もとい青年、もとい

「我糖(がとう)ショコラ」は
夢の世界より現実へと帰還する時が来た。

同時刻夢の世界、勇者ショコラは魔王との最終決戦中にいきなり目の前ブラックアウト。
「…ひ、貧血だと!!?」

勇者の遺言である。
無論この後勇者を欠いたパーティ一行は全滅を余儀なくされるのであるが、それはまた別の話。

Dead End


「…ぬぉ!」

ショコラは両腕にうずめていた顔を大根のごとく一気に引き抜いた。
最悪のエンディングを迎えた勇者ショコラは額に大量の冷や汗をかき、
そうして3時間ぶりに現実世界へと帰還を果たした。
乱れた呼吸を落ちつかせようと深呼吸を2度繰り返し、額の汗をぬぐう。
そしてもう一度深呼吸。
状況がよく分からない、ここはどこ、私は誰?
少なくとも勇者ではないようだな、などと思案してから軽く周囲を見回して
今現在の自分の状況を把握する。
そうしてはじめて目の前のアジサイの存在に気がついた。
アジサイは挙動不審なショコラを前に両腕を胸の辺りで交差させ、
意味はないが防御体制で様子を伺っていた。

しばしの沈黙。

13秒後、無言の駆け引きを破ったのはショコラだった。

「…朝か?」
首をかしげて尋ねる。

「夕方」

ショコラは「はて、おかしいのぅ。ふがふが。」などと、
存在しない髭をもしゃもしゃする手振りをみせ小首を傾げてみせる。
アジサイは意味のない防御体制を解きつつため息混じりに返答した。
「まったくもぅ、校門で待っててって言ったのに、どぅしてショコラくんは寝てるのかなぁ。…ひどぃよ。」
ひまわりの種を詰め込んだハムスターよろしく頬をぷくっと膨らせる。
ショコラはといえばアジサイの返事聞いていたのかどうかも怪しいままに視点が定まらないまま、
あ〜だの、う〜だのと息を漏らしのっそりと立ち上がり、
机の横にかけてあった鞄から携帯を取り出して画面を見つめる。

「ショコラくん!」

ぷんぷん、とアジサイはボリュームを3つほど上げて自己の存在をアピールしてみたり。
本人は怒っているつもりなのだがこの姿があまりに愛らしくて、なかなかどうして頭を撫でてやりたくなる。
しかし当の本人は時間だけを確認すると携帯をパタンと閉じ、
目の前の小動物を無視してそそくさと教室から出て行こうとする。
アジサイはその背中を精一杯にらんで、

「ショコラくん!ねぇ!」

と叫んではみるが華麗にシカト。
泣きそうになるのを必死にこらえてぴょんぴょんとカンガルーのごとく早足ジャンプでショコラを追い抜き、
そして教室のドアの前で両腕をバっと広げて「とおせんぼ」の構えをとる。

「ショコラくん…ひどぃよ、なんで無視するの。」

う〜っと正面から瞳に涙を潤ませつつ上目遣いに精一杯の抗議をしてみる。
けして高いほうではないショコラの身長も、アジサイと対峙すれば父と娘ほどの開きがあった。
ショコラは目の前に立ちふさがるその娘を見つめてわざとらしく額に手を当てて、
便座カバーについた小便のシミでも見るように目つきで言う。

「俺は校門で待ち合わせをしていた筈だ。
 角さん助さん水戸黄門さんでもなければ僕の肛門でもない。
 学校の校門だ、なんで君がここにいるのかな。」

しれっとそれだけを言って、なおも便座カバー以下略な視線をつづける。
その傲慢な態度にカチーンときたらしく、アジサイはさらにボリュームを上げて、
飛び立つのかと思うほどに両手をぶんぶん上下させながら叫ぶ。

「だってだってだってショコラくん、今何時だと思ってるの!?」

「…うむ、俺は3時だと思っている。しかし携帯は5時13分を表示していた。
 なぁアジサイ…これはどちらを信じるべきなのだろうか?」

「携帯に決まってるよ!」

アジサイは両腕をパタパタと上下に振りながら、しかし飛び立つことはなく抗議する。

「そうか…アジサイは僕より携帯を信じるんだね。」

一転表情を曇らせて、ショコラは夕暮れのオレンジに染まった教室の黒板に水気を持った瞳を逸らす。

「当たり前だのくらっかー!」

場の雰囲気に飲まれることなくアジサイは言い放つ。
またしばしの沈黙。

「…そうだね、当たり前だよね。ううん、いいんだ、そう全部僕が悪い。
 アジサイは何も悪くない、泣かないで」

「泣いてなぃ、それにまったくもってその通りショコラくんが全部悪ぃ。」

「…いやでもな、やっぱり携帯も悪いと思う、俺は。だから携帯の分も俺が謝る、」
                   携帯「すまん。時間の表示を間違えたお」
 
ショコラはポケットから携帯を取り出し、開けたり閉めたり口の動作をして腹話術をしてみせる。

「携帯は悪くなぃよ!」
無実の携帯を弁護する敏腕弁護士アジサイ。

「うん、じゃ無罪。よかったな携帯。んでな、僕はそろそろ帰る、もう5時過ぎてるし」

法廷は開いたと同時に終わりを告げた、ありがとう敏腕弁護士アジサイ、さよならフォーエバー。

「え…わ、もうこんな時間。うん。そだね早く帰らなくちゃだよ。」

ショコラは無罪を勝ち得た携帯をポケットに戻し、アジサイの横を通り抜け教室を出て行く。

「あ、待ってよショコラくんっ…へくちっ」

それに続いてアジサイはテコテコと飼い犬のごとく主人の後を追いかけていった。
夕闇に照らされた校舎は、外から見ればオレンジと白が混ざり合い、
それだけで少し寂しくなるような幻想的な雰囲気をかもし出す。


部活動を終えた生徒数人とすれ違い、アジサイは新学期が始まって友達になった子達と
軽く挨拶を交わしたりもしたが、ショコラはそんなアジサイを待つこともせず一人足を進める。
そのあとをアジサイは友人らに軽く別れを済ませ、必死にテクテク追いかけてくる。
下駄箱で上履きを脱いでから外靴に履き替え、
自転車を取りに二人は校門横の学生駐輪上へ移動した。
校舎内は薄暗くて気づかなかったのだが、オレンジ色の夕闇に照らされて、
アジサイはハッと自身の服に付着したすす汚れにようやく気がついた。

「あ〜ぅ〜…制服が埃まみれだぁ…。」

ハウスシック効果で鼻頭がほんのり赤く染まったアジサイは腕を広げたり背中を引っ張ったりして、
気づけば灰色に染まっている自分の制服を見回した。

「汚ぃ…まだ新学期始まったばっかなのにぃ…一着しかないのにぃ。うぁぁ…」

同様にショコラも自身の制服を見回し、軽く汚れを叩きつつ落ち込むアジサイの肩に手を置き、

「メソメソするな、誇りを持つことは大事だと僕は思う、それに汚れた女の子、僕は大好きだよ。」

などと字違いかつ意味不明なフォローをしてみせるが、空気を和ますどころか逆に火をつける結果となる。

「ショコラくんのせーだよ!大体ショコラくんなんであんなところで寝てたのさ!
 私が行かなかったらそのままショコラ死してたよ絶対!」

「…ショコラ死?…いやまぁ探し物をしてたんだよ。
 落とした母の形見の10円玉がたまたまあそこに転がり込んでね、ついついスリーピング。てへっ。」

「てへっ、じゃないよ!
 しかもお母さん生きてるでしょ!事あるごとに殺したりしたらダメだよ!
 ていうかそもそも何で10円が転がり込んだ教室で寝てるんだよ!
 校門の前で僕と約束してただろ!大体僕が起こさなかったら本当に学校に閉じ込められてたよ!」

「うむ感謝してる、
 だから早く自転車に乗れ。そして漕げ馬車馬のごとく。
 俺は後ろから鞭で叩くから泣き声はひひ〜ん!だ、できる限り卑猥にな。」

 馬の顔まねをしてみせるショコラは一人でひひ〜ん!、ケラケラと笑ってみせる。
 寂しいやつめ。

「…私が漕ぐのはいい、ショコラくんが後ろに乗るのもいい。うん…いつもの事だもん。」

「おお、今日は素直だな、おじさん素直な子は好きだよ。
お礼に精一杯叩いてあげる、この鞭でひひ〜ん!卑猥に!ぁひぃっひぃ〜ん!」


ぱし〜んっ!!!と地面のコンクリートに鞭を振るい、気持ちのいい音を響かせて見せる。

「それだよ!なんで鞭なんて持ってるの!?どこからそんなもの持って来たんだよショコラくん…」

「ん、校長室に落ちてた、何でだろね?」

「…知らない、とにかく捨てるか戻すかどっちかにして!
 そうじゃないショコラくん後ろに乗せてあげないよ!」

「冗談だから平気だって、
 僕がアジサイにそんな卑猥な泣き声を公衆の面前で叫ばせるような真似するはずないだろ。
 僕たちとってもプラトニックな関係ひひん!」

「…だめ!プラトニックだろうとアブトロニックだろうとその鞭を捨てないと乗せてあげない!」

「ひひ〜ん!卑猥に!ぁひぃっひぃ〜ん!卑猥に!あひぃぁひぁぃひぃあひぃ〜ん!」

「…ショコラくん、僕今日一人で先に帰る、歩いて帰ってね。」

「ちょ、分かっ、アジサイ、捨てるから、ね、まったくもうツンデレ、捨てる、冗談なのにまったく」

ちぇっ、と舌打ちをして鞭を捨てにトボトボ駐輪場横のゴミ箱に行く、
と思いきやショコラはぐぃーんと方向を転換して見知ったアジサイの自転車の前に立ち、

「フン!」

と男気あふれる掛け声で出所不明のスパナで自転車のロックをぶん殴り、一撃で破壊して見せた。

「…え?」

そしてアジサイが正常な思考回路を取り戻す前にその自転車にまたがり、のろのろと漕ぎ出し、
立ち尽くすアジサイのすぐ横で停止するかと思いきや軽やかにスルー、
ロナウジーニョ棒立ちの華麗なフェイントで通り抜けて一人校門を出て行った。
優雅な春風を感じつつ夕日に照らされたショコラの横顔は、どこかやり遂げた男の顔だったという。
その2秒後、アジサイの思考回路が正常値を取り戻す。
そして我に返りコンマ3で事態を把握してすぐさま追いかけようとするが、
すでにショコラの背中はアジサイの胸に仕込んだぺったんこなまな板よりも小さくなっていた。

「仕込んでないしぺったんこじゃない!てか比喩が分かりずらい!」

律儀につっこんでくれるアジサイだが、人類の生み出した人力車は実に合理的だ、

生身の人間では追いつく事など、いやはや。
「ちょ!!まって!!!本気!?ねぇ!!ショコラくん!!!ねー!!!」
遠ざかっていくその背中、いつしかその姿は闇に溶け込み、アジサイは一人、その場に取り残された。

少女の苦難はつづく。
2007-05-28 00:24:54公開 / 作者:Tom
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