『死の舞踏』作者:PAL-BLAC[k] / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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深夜、今日も僕は家を出る。



愛しい人に逢うために。



怪しいまでに輝く月夜の中、僕歩みを進めていく。
人通りは、ない。
人家に灯りは、ない。
猫一匹通らぬ道を、歩んでいく。

愛しい人は恥ずかしがり屋さんだ。
どんなに頼んでも、日差しの下には現れてくれない。

寒い寒い、月明かりの田舎道を郊外まで歩いていく。
人里から隔絶されたあの場所、愛しい人との逢瀬の場所。
知らず知らずのうちに、足取りは速まっていった。
足取り?そんなものは始めから軽やかに決まっている。



愛しい人に逢うのだから。



逢瀬の場所は決まっていた。
広場の真ん中の菩提樹の下。
いつも、愛しい人は遅れて来る。
気づかない内に、脇に寄り添っている。

愛しい人の名を、僕は知らない。
愛しい人も、僕の名を囁いてはくれない。
それでもいいんだ。
一緒に夜を過ごし、舞踏会の相手をしてくれる。



愛しい人と踊れるんだから。


今宵も、静かに舞踏会は始まった。
客は、僕たち以外にない。
弦楽団もいない。
上品にワインを注いで回る給仕も、執事もいない。
でも、いいんだ。



愛しい人と踊れるんだから。



巷は、黒死病の流行に騒然としている。
しかし、世間の騒乱なんて僕らには縁がない。
そもそも、愛しい人は現の人なのか?
ふと、そんな疑問を抱くことがある。
でも、すぐに忘れる。
そんな些細な事、どうだっていいんだ。



愛しい人に逢えるのだから。



愛しい人の白く、ほっそりした手を取る。
なんて細い腕なんだろう。
まるで、骸骨のようだ。
華奢な手をそっと握り、そばまで引き寄せてみる。
愛しい人は何も言わずに、僕の胸へと寄り添ってくる。



大切な、大切な僕の愛しい人。



翌日、僕らの逢瀬は無惨にも終わりを告げた。
不粋極まるお節介焼きが、僕が夜な夜な出だしていることに疑問を感じた。
僕は、ふしだらの烙印を押された。
村のお偉いさんや、協会の坊さんがやって来て、僕を戒めようとする。
人がどう思おうと知ったことではない。
しかし、家に監禁されるのだけは避けたかった。



愛しい人に逢いに行けないから。



その夜、僕は発熱した。
自分自身は高熱を発しているのに、寒くて堪らない。
窓から月を眺めながら、震えていた。
翌日、村長と神父が倒れた。
黒死病の症状が出ていた。

そう、僕自身にも。


あっというまに、村人の間に黒死病は広まった。
神父が死んだ教会は、祈りの場から死体遺棄の場へと変わった。
尊きお方の足下に、看取られる事無く息絶えた、カサカサした、黒い棒が転がっている。



愛しい人は無事だろうか?



監視もなにも無くなった僕は、必死に病身に鞭打って郊外へ向かった。
そして、いつものように佇む人影を見た。



愛しい人は無事だった。



僕は、愛しい人を抱きしめた。
弱り果てた病窟が許す限りの力で。
そして、見た。






愛しい人は、死の舞踏の踊り手であったことに。

2003-11-14 20:54:40公開 / 作者:PAL-BLAC[k]
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■作者からのメッセージ
大学の講義中、居眠りをしました。
気づいたら、電子辞書で「ペスト」だとか「死の舞踏」だとか引いているんですよ。

そんなわけで、ペストの話をひとつ書いてみました。
「死の舞踏」の絵ってご存知ですか?あれがイメージです。
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