『約束 −第一幕−』作者:流浪人 / Ej - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
時は第二次世界大戦前の日本。政府に抗うことさえ許されず、人々は黙って従うほかなかった。そんな中でも政府に抗い続ける組織『レボリューション』、“普通”の少年・神田清十郎。二つのピースはやがて交わり、物語は加速してゆく。時代のうねりは、止められるのだろうか。
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『序章』

 力こそ、全てだった。いかなる思想家も、戦いの手段を持たない者は皆、殺された。人権などそこには存在せず、数え切れない命がゴミのように捨てられていった。
 感情など、表せなかった。生き抜くために感情を押し殺し、ただひたすら頭を下げ続けた。強い者に取り入ることしか、弱者にはできなかった。
 
 世界はかつてない緊張状態にあり、いつ第二次世界大戦が起きてもおかしくなかった。かつてない被害を世界中にもたらした第一次世界大戦。その反省は、何一つ生かされていなかった。
 
 おれは、そんな時代に生まれた。

『第一幕』



「ちょっと、清十郎」
 呼ばれた少年は、木刀を振る稽古を中断し、振り向いた。
「隣村のタカコちゃんの家に届け物をしてくれないかい?」
 清十郎は木刀を背中に差すと、「はぁ」とため息をついて言った。
「まったくしょうがねえなぁ。母ちゃんはおれがいなきゃ何も出来ないな」
 母親から荷物を受け取ると、「爺ちゃんのとこ寄るから、遅くなる!」と言い、駆け足で家を出た。

 雲行きが怪しい。いつ降るかわからないが、急ごう。とは言っても、爺ちゃんの家にまず向かう。
 清十郎が『爺ちゃん』と呼ぶ相手は、村の東の隅に住んでいる、武村茂三(タケムラシゲゾウ)である。清十郎の親友である少年と共に、昔から暇さえあれば茂三の家で遊んでいた。
 爺ちゃんの家は、隣村へ続く山道とは方向が違うけど、気にしない。なんなら、荷物を届けに行くのは明日だっていい。どうせ母ちゃんの用なんて、いつもみたいに大したことじゃ無い。
 そんなことを考えながら走っていると、茂三の家が視界に飛び込んできた。しっかりとした木造建ての家は、茂三の自慢の種である。
「爺ちゃん、今日も来たぞ!」
 茂三の家には、扉がついていない。昔はあったが、しばらく前の台風に吹き飛ばされてしまった。
「おお、清十郎。龍之介も来とるぞ」
 居間には、髪がすっかり抜け落ちてきた茂三と、膨大な量の書物を楽しそうに読んでいる龍之介がいた。
「龍之介、今日も早いな。それより爺ちゃん、いい加減扉つけなきゃ泥棒が入っちまうぞ!」
 茂三は部屋の奥から『清十郎専用』と書かれた湯呑み茶碗を持ってきて、やかんの中身を注いだ。
「いいんじゃよ。泥棒なんぞ、わしが追い払ってやるわい。ふぉっふぉっふぉ」
 清十郎はヘヘッと笑い「ならいいんだけどさ」と言いお茶をすすった。「どうだ、龍之介。何か収穫あったか?」
 清十郎と龍之介は、昔からこの家に来ては数え切れないほどの書物を読み続けている。理由は一つ。伝説の組織『レボリューション』に関する資料を見つけ出すためだ。
「いや、無い」
 龍之介はいつものように首を横に振って、ため息をついた。「爺ちゃん、本当に資料なんか残ってんの?」
「うむ、間違い無い。わしが所属していた頃の作戦計画書や組員名簿があるはずじゃ」
 茂三はお茶をズズッという音をたててすすった後、考え込むような素振りを見せて言った。「そういえば……」
 清十郎と龍之介は、寝転がっていた体をガバッと引き起こした。「なんか思い出したの?」
「うむ。ずっと言おうと思ってたんじゃが……」
「なになに?」
「資料を見つけて、そしてその後どうするつもりじゃ?」
「なんだよ! そんなことかよー」
 二人の少年の表情が、期待はずれという気持ちを見事に表している。
「あの伝説の人に会いに行く。それがおれと清十郎の夢なんだ」
 龍之介は感慨深げに語った。そしてチラッと清十郎の顔を見ると、口を大きく開けて信じられないというような表情をしていた。視線は入り口の方に向いている。龍之介も、恐る恐る入り口の方を見てみた。
「あ、あ、あ……あなたは……し、し、しぶ……」
 二人とも、言葉にならなかった。短く刈り上げた髪。整えられた細い眉。そして何といっても、眼力のある眼。茂三から話は聞いていたが、実際に見るとやはり違う。
「お久しぶりです、茂三さん」
 静かだが皆の心に響くような声。男の全てが、二人にとって憧れの対象だった。
「こいつらがわしの家に来るようになってから大体六年くらい……ということは、八年ぶりになるかのう?」
 急に茂三が、輝いて見えた。憧れの人と対等、いやそれ以上の立場で話している。茂三の昔話どおりだった。
「もう八年ですか……長いようで、短いもんだ」
 入り口に立っていた男は、清十郎と龍之介の憧れの男―――若くして日本最大の組織の頂点に立った、渋嶋栄吾(シブシマエイゴ) その人だった。



 渋嶋さんのことは、初めて爺ちゃんの家に来たとき聞いた。爺ちゃんは、冒険心だけで家に入ってきたおれたちを温かく迎え、昔の話をしてくれた。
「昔な、わしは『レボリューション』という組織に所属していたんじゃ。組織の目的は、政府を倒し戦争を終わらせることじゃった。ふぉっふぉ、こんなこと子供に話してもわからんか」
 おれたちは何も言わず、首を横に振った。初めて入った家で、よくわからないけどすごい話を聞いたと思った。
「組織を仕切ったのは、渋嶋という男じゃった。しかしな、渋嶋はある出来事で死んでしまったんじゃ。跡を継いだのは、息子の栄吾じゃった。栄吾は若かったが、長の素質に満ち溢れておった。そして組織が解散したのが八年前。それからわしはこの村に戻ってきて、のんびり暮らしとる」
 ゴクリとつばを飲んだ。組織、長、渋嶋栄吾……知らない単語がたくさん出てきた。爺ちゃんの言葉の意味を全て理解したわけではなかったけど、知りたいという衝動に駆られた。
「爺ちゃん……」
 先に口を開いたのは龍之介だった。「また来てもいい?」
 すぐさまおれも続けた。
「こんなに本があるんだから、今の爺ちゃんの話について詳しくわかるよね?」
 爺ちゃんは「ふぉっふぉっふぉ」と微笑んだ。
「そうじゃな、資料は残ってるじゃろうな。いつでも来て探すと良い」
 今思えば、爺ちゃんは寂しかったんだと思う。きっと、おれたちに来て欲しかったんだと思う。だからおれたちが興味を持ちそうなことを話したんだ、多分。

「今日来たのは他でもない、茂三さん、預けていたものを返してもらいに来ました」
 茂三は「うむ」とうなずくと、奥の部屋に消えていった。
 茂三が戻ってくるまでの三分間、清十郎と龍之介は緊張して動けなかった。憧れの人が目の前に居る、という状況がまだ信じられなかった。
「ほれ、これじゃろ」
 茂三は手に持った二枚の紙を、渋嶋に手渡した。
「……これです。茂三さん、長い間預かっていただいてありがとうございました」
 清十郎と龍之介は首を伸ばして紙を盗み見しようとしたが、わずかに見えない。
「栄吾。わしはもう引退した身じゃ。だが、一つだけ聞きたい」
「……どうぞ」
「今、この国で何が起きてるんじゃ? お前がその資料を必要とするということは、すなわち、『レボリューション』の再結成に他ならないはずじゃ。もう一度組織を作らなければならないほど、情勢は緊迫化しておるのか?」
 渋嶋は少し黙った後、静かに口を開いた。
「このままいけば、もう一度世界大戦が起きるでしょう」
「馬鹿なっ!!」
 茂三は激しくちゃぶ台を叩き、怒りをあらわにした。「そんなことが……なんということじゃ……」
 清十郎は、十三歳ながらも必死に理解しようとした。茂三がここまで取り乱しているのを、今まで一度も見たことがないのだから。
「渋嶋さん!」
 突然、龍之介が叫んだ。「おれをレボリューションに入れてください!」
 渋嶋は龍之介の目をじっと見つめ、静かに首を横に振った。
「駄目だ、坊主。お前が死んじまったら、母ちゃんが悲しむぞ」
「死にません! おれは絶対死にません!」
「そう言って死んでいったやつを、おれは何人も見てきてるんだ」
 静かだが力強い声で、渋嶋は言った。「おれは失うものが無いやつしか仲間には入れない。だからレボリューションの組員は、みんな家族が居ない。もちろん、おれもだ」
 龍之介は、もう返す言葉が無かった。父親が死にどれだけ渋嶋が悲しんだか、それを想像するのは難しくはなかった。
「じゃあ、おれはこれで」
 渋嶋は立ち上がり、家を出ようとした。「待て、栄吾」
 茂三は、渋嶋の大きな背中に言葉を投げかけた。
「……死ぬなよ。生きてまたここに来い」
「もちろんですよ」
 渋嶋は右手を上げ、去っていった。
 清十郎はすぐさま茂三を責め立てようとした。
『爺ちゃんの嘘つき! 資料は密かに隠し持ってたんじゃないか! おれたちがどんなに探したって、見つかるわけなかったじゃないか!』
 そう言おうとした。しかし、思った。もしおれたちが資料を見つけたら、もうこの家には来なくなるかもしれない。それが怖かったんじゃないか――
「ったく、寂しがりやの爺ちゃんだなあ。母ちゃんもおれがいなきゃ何も出来ないし……あっ」
 独り言のようにつぶやき、ふと思い出した。そういえば母ちゃんに、届け物を頼まれていた。
「爺ちゃん、龍之介。おれ、ちょっと届け物あったんだ。じゃ、また明日!」
 駆け足で家を出て、隣村へ続く山道へ向かった。と、視界に渋嶋の姿が目に入った。目指す方向と同じ。こっそり追いかけてみよう。
 しばらく上りが続いて、慎重さが欠けていたのかもしれない。突然、渋嶋がこちらを振り返った。
「誰かと思えばさっきの坊主の片割れか。おれを追いかけたって、なにも良いことはないぞ」
「あ、いや、その……」
 言い訳のしようがなかった。確かにこの道を歩く理由はあるが、こっそり歩く理由などあるはずが無かった。
「母ちゃんに隣村への荷物頼まれてて……そしたら渋嶋さんが居て、つい……」
 渋嶋が大きな手を上げたので、びくっとした。だが、大きな手のひらは力強くおれの頭をなでた。
「そうか。そんなら堂々と来い。さあ、一緒に行こう」
 予想外の事態に、喜びを隠せなかった。憧れの人が、隣に居る。それなのに、いつか会った時に聞こうとしていた質問が、一つも思い出せない。
「あ、あの」
 渋嶋が「ん?」と言っておれを見る。あの渋嶋さんが、だ。
「さっき、失うものが無い人しか仲間には入れないって言いましたよね。レボリューションを継いだ時、家族が居る人はいなかったんですか?」
 渋嶋は「ほう」と言ってうなずいた。「良い質問だ」
「おれが継いだ時、茂三さんを除く全員が家族を持っていた。だからおれは、茂三さんを除く全員を脱退させた。そして自分の手で再び仲間を集めたんだ。もちろん、かなりの時間を要した。約一年ってとこだ。しかしな、話はそう簡単には終わらなかった。脱退させられた奴らが暴走したんだ。奴らは皆、口をそろえてこう言った」
 渋嶋の眼には、光など灯っていなかった。あるのは闇のみ、待つのは死のみ。そういう人々の眼だ。
『お前だって母親が居るじゃないか』
 渋嶋の歩く速さは全く変わらず、感情を反映することは決して無かった。
「母親は殺されたよ。そしておれは今度こそ一人になった。それを境に奴らの暴走は終わり、新生レボリューションが動き出したというわけだ」
 しばらく何も話さずに歩いた。おれは、この質問をするべきじゃなかっただろうか。だが、知らなければならなかった気もする。そんなことをずっと考えていた。
「お、ついたぞ。じゃあな坊主。元気でな」
「……はい」
 渋嶋は手を振り、さらに山道を進んでいく。おれはその背中をずっと見つめていた。



 ついに雨が降り始めた。清十郎はタカコおばさんの家を見つけると、急いで届け物を済ませた。
「いつもありがとね、清十郎や」
「気にすんなって! それじゃまた!」
 雨はだんだん激しさを増してゆき、すぐに地面の色を変えた。水気を含んだ土は、清十郎の走りを妨げる。
「くっそ、最悪だよ!」
 それでも必死に走り続けた清十郎の視界に、見慣れた『影里村(カゲサトムラ)』の風景が入ってきた。「やっとついた」とつぶやき、我が家を見つけて再び全力で駆け出した。
 だが、そこでいつもと違う光景に気づいた。我が家の扉の前に、村長が立っている。しかも、こんな大雨の中。
 村長は、清十郎が自分の前で立ち止まったのを確認すると、「入ってはならん」と静かに言った。
 何がなんだかわからなかった。自分の家なのに、入ってはいけない? そんな馬鹿な話があるわけがないと思い、無理やり扉をこじ開けようとしたが、村長に右腕をつかまれた。
「何だよ村長。いっつもおれがイタズラしてるからって、嫌がらせ?」
 ただの嫌がらせにしては度が過ぎていると思ったが、聞いてみた。村長は静かに首を横に振った。
「入ってはならんのじゃ……」
「何言ってんのかわかんないよ! ここはおれの家だぞ!」
「黙れっ!!」
 初めて聞いた村長の叫びに、清十郎は驚きを隠せなかった。あの温厚な村長が怒っている。何が起きた、何が……。
 入ってはいけない。それはつまり、家の中で何かが起きたということだ。家の中で何かが起きたのに、おれが入ってはいけないとなると、まさか――
「そこをどけよ!!」
 最悪の想像を打ち消したくて、清十郎は叫んだ。「どけって言ってるんだよ!!」
「子供のくせに、村長に対する口の聞き方をわきまえんか!」
「関係ねえよそんなこと! ここはおれの家だ! 何が起きたのか、おれには知る権利がある!」
 しばらく、沈黙があった。激しい雨が二人を濡らし、そして地面を少しずつ削っていく。
 先に口を開いたのは、村長だった。びしょ濡れの白髪を手でかきわけ、清十郎をじっと見据えて言った。
「……いいんじゃな、清十郎。家に入れば、もう後戻りはできんぞ。お前はこの先、死ぬまで戦い続けなければならんのじゃぞ?」
 死ぬまで、という言葉が清十郎の耳に残った。だがそれもわずかな間だった。「わかった」
「だからどいてくれ、村長」
 村長はゆっくりと扉から離れた。清十郎は扉の取っ手に右手をかけ、静かに横に動かした。
「母ちゃん……」
 家の中で横たわったまま動かない母を見て、清十郎は言葉を無くした。ある程度予想はしていたが、実際にその光景を目の当たりにすると、一気に感情の波が押し寄せてきた。
 悲しみより先に、怒りが溢れた。そして次に、何故、という思いが強くなった。
 もう二度と動くことのない母のそばに歩み寄り、かがんで頬に手を当てた。まだわずかに温もりがあった。それが妙に現実的となり、清十郎に改めて母親の死を実感させた。
「村長……」
 なぜ母親は殺されたのか。それがわからない今、涙など出なかった。「一体、何が……?」
「政府じゃよ」
 村長は静かに言った。「清十郎や。お前は渋嶋栄吾に深く関わりすぎてしまった。だからお前の母さんたちは殺されたんじゃ」
 その瞬間、全身の力が抜けた。母さんたち? まさか、爺ちゃんと龍之介まで……。
「渋嶋栄吾は、政府から最も危険視されている男じゃ。あの男に関わった人間は、生き地獄の刑に処される。それはすなわち、家族を含む交友関係のある人々を全て抹殺されるということじゃ」
 生き地獄。まさにそれだった。居るのが当たり前だった母親。いつも悪口ばかり言っていたけど、本当は好きで好きで仕方が無かった。失ってみて初めて気づいた母親の大切さ。清十郎はようやく一筋の涙を流した。
「もちろんそんなことが許されるはずはない。だがな、渋嶋栄吾と関わっただけで裁かれるのが、今のこの国の現状なんじゃ。この国は狂っておる。危険の芽は、出来るだけ早いうちに摘んでおくということじゃ」
 ずっと憧れていた人と話して何が悪い。おれもいつか、と思って何が悪い。
「……村長。ちょっと一人にしてくれないか」
 村長は何も言わず、家を出て行った。それを確認すると、清十郎は横たわった母に向けて語りかけた。
「母ちゃん……届け物、済ませてきたよ」
 おれが爺ちゃんの家に寄らず、すぐに届けに行っていれば。そしたら渋嶋さんと関わることはなく、母ちゃんはまだまだ生きることができた。少なくとも、こんな死に方はしなかった。
『母ちゃんはおれがいなきゃ何も出来ないな』
 おれはバカだ。大バカだ。母ちゃんにはおれが必要だった。おれが支えだった。なのにおれは、一番大事なときに守ってあげることができなかった。
「途中から雨が降ってさ、びしょ濡れだよ! ……いっつもみたいに、早く脱いで干しなさいって言うんだろ? わかったよ。干すから、自分で干すから……だから……だから目を覚ましてくれよ……」
 母ちゃん、でもおれは、渋嶋さんが間違っているとは思わない。狂ってるのはきっと政府の方だ。戦争。今まで子供だからって目をそらしてきた現実。もう目をそらすわけにはいかない。
 おれは母ちゃんを殺したやつを絶対に許さない。いつかこの手で、おれの手で――
 
 裁いてやる。
 


 清十郎は、村のはずれにある丘の上に、大の字になって横たわった。
 青い空。どこまでも続く空。始まりも終わりも無い。不思議な話だ、と思った。
 母ちゃんが死んでから、もう三日になる。あの後すぐに爺ちゃんの家に駆けつけたが、そこには無傷の爺ちゃんだけが居た。
「龍之介は子供だからって、連れていかれた。わしは老いぼれじゃから、殺す価値も無いと判断されたようじゃ……」
 事を済ませた政府の人間は、村長のもとへ行き全てを伝えたらしい。そして村長がそれをおれに伝えた、というわけだった。
「おお清十郎、こんなところにおったか」
 見上げると、茂三のしわだらけの顔があった。だが清十郎は何も返事をしなかった。
「今日は天気がいいのう」
 老いぼれだから殺す価値が無い? そんなはずは無い。渋嶋さんと深く関わった全ての人間が抹消されるなら、元レボリューションの爺ちゃんは間違いなく一番最初に殺されるはずだ。なのに爺ちゃんは無傷だった。そして母ちゃんと、龍之介だけが未来を絶たれた。
「どうした、清十郎。元気がないのう」と茂三は微笑みながら言った。
 おれの考えから導き出される結論は、たった一つしかない。なのにあんたはなぜ微笑んでいられる? おれと龍之介が初めてあんたの家に行った日から、こうなることは決まっていたのか? 資料を隠し、いつか渋嶋さんが取りに来た時、おれたちの夢にこういう結末を用意していたのか?
「ふざけんなよ……」
 自分にしか聞こえない程度の小さな声。激しく震えていた。
「爺ちゃん……」
「なんじゃ?」
「渋嶋さんとの約束、果たせそうにないね」
 あんたと渋嶋さんの約束。渋嶋さんが生きてまたあんたに会いに来るという約束。
「約束?」
 清十郎は一瞬で起き上がると、背中に差していた木刀を瞬時に抜き取って、茂三の頭に思い切り叩き込んだ。うっ、という呻き声が漏れたが気にせずに、倒れかかっている茂三の腹部に思い切り突き刺した。支えるものを失った茂三の体は、ドサッという音を立てて横たわった。
「はぁはぁ……なんでだよ! おれはあんたが好きだったのに!! なんで誰も信じられなくなるようなことをするんだよ!!」
 倒れている茂三の顔面に、何度も全力で木刀を叩き込んだ。だんだんと血が滲んでいく。
「渋嶋さんのこと、政府に密告できたのはあんたしかいないんだよ! おれが一番信じていた、あんたにしかできないんだよ!!」
 もう恐らく死んでいるであろう茂三に向けて、清十郎は叫び続けた。
 誰かを信じればその先に裏切りがあるというのなら、おれはもう誰も信じない。だけどきっと、人間はそんな生き物じゃない。信じあって、支えあって生きていく生き物だ。そう、全ては――
「あんたを信じたおれがバカだったってことか……」

 清十郎は十六歳にして、絶望を知った。絶望の先には希望がある。そう信じて、生まれ故郷を飛び出した。
2007-03-10 01:34:50公開 / 作者:流浪人
■この作品の著作権は流浪人さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
数年前にこのサイトで投稿し、未完で終わった作品を再び書き始めました。
感想、批評などお待ちしております!!
この作品に対する感想 - 昇順
終戦前の日本の組織なのに名前が英語なのはなぜでしょう。日本国民のほとんどが万歳をして戦争を応援していた時代、極少数の反対派は非国民と呼ばれ、大衆は全体を通してほぼ天皇を崇拝する北的な国であったと知識では記憶しています。読む以前に作品説明の時点で勉強不足の雰囲気がただよい、正直まともに読むことはできませんでした。
2007-03-14 19:00:08【★☆☆☆☆】アナハイム
コメントありがとうございます。確かに勉強不足がある点は認めますし、それゆえに皆様からのコメントを聞いて成長したいと思っております。ですが、必ずしもノンフィクションでなければならないのでしょうか? もちろん自分も中学、高校と歴史を勉強してきたので日本がそのような国家であったことは存じ上げておりますが、政府に抵抗しようとする考えを持っていた人たちがいたという設定はそんなにまずいことなのでしょうか? 政府に対抗し、外国の文化を取り入れようとしている人々ゆえに英語を使ったという設定にしたのですが、いけないのでしょうか?
コメントお待ちしております。
2007-03-18 00:50:56【☆☆☆☆☆】流浪人
追記です。もしや、架空の要素を含む歴史モノは歴史のジャンルを選んではいけないのでしょうか?
そうだったら申し訳ありません。ご指摘がありましたらジャンルを変更したいと思います。
2007-03-18 01:06:50【☆☆☆☆☆】流浪人
そういう設定であればいいと思いますが、レスで説明されても読者側としては困るばかりですよ。なぜその明確な違いを世界観として導入に入れないのですか。設計図を見ているのはあなたであり、読者ではないことを認識してください。私が読む限りでは、いま初めて知った事実です。
そういった意味でも、読者の先入観と作者のイメージのギャップを穴埋めするため、序盤の背景描写は欠かせません。ここは特に注意して書くべきです。
またジャンルについてですが、改変歴史小説ならば歴史+ファンタジー、リアル+ファンタジーなどと作者の意思が歴史に組み込まれていることを示唆した方が、私のような読者は減ると思います。ずけずけと失礼しました、申し訳はありません。
2007-03-18 19:53:32【☆☆☆☆☆】アナハイム
コメントありがとうございます。仰られるとおり、作者にとっては当たり前のように認識していることでも読者にとってはまだ物語に足を踏み入れたばかりですよね。もっと序盤の背景描写をしっかりさせなければ、と感じました。ご指摘ありがとうございます。
ジャンルについても改変歴史小説であることを示唆したほうがやはり良いようですね。申し訳ございませんでした。本当に貴重なご意見ありがとうございました。勉強になります。
2007-03-18 22:30:21【☆☆☆☆☆】流浪人
計:1点
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