『悪行撲滅奮闘記』作者:神楽 時雨 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
裏世界も多種多様。博打にギャンブル人攫い。そんな中にも正義はいた。彼女の名前はマオ。第二の人生を歩む彼女は、あるヤクザの構成員。人事を尽くして天命を待つのはもう古い。人事を尽くしたらあとは腕力がものをいう時代。 組の構成員は二十人にも満たないが、マオは頭の弥勒と共に今日も悪どい商売をしている裏企業を懲らしめに行く。
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原稿用紙約12.84枚
二人の男女が視線を交差させながら互いを睨み続けていた。
 男は時代劇にでも出れそうな地下足袋に和風じみた黒装束。対する女性はというと、ランニングシューズにジョギング用であろうかダサすぎる赤のラインが入ったジャージと上はタンクトップというなんともいえない軽装だった。
 二人は視線を逸らさず、一定の間合いを保ちつつ様子を見ている。
 互いの獲物は身の丈もある大剣と一対の双刀。
 ちなみに大剣を持っているのが男性で双刀を構えているのが女性だ。
 しかし見た目有利に思える大剣を構えている男のほうが息が荒い。
 当然だろう。相手は小回りのきく小太刀に対し、こちらの大剣は一撃にのみ重点を置いている斬馬刀だ。
「さっさとそこ退いてくれる? あんたのアジトにいる頭の首獲るのにただでさえ人手が足りないんだから」
 女性の見下した態度と声に、男性は顔を真っ赤にして憤慨した。
 斬馬刀を地面に突き刺して女性に指を突きつけて怒鳴り始める。
「貴様ん所の頭が、うちの組の子分十人からカツ揚げしなけりゃこんな抗争にまで発展せずに済んだんだろうが!?悪いのはどっちだ!」
 ………そりゃあ、と少し黙り込んでから彼女は男を指差す。
「お前のところの舎弟が弱すぎたんだよきっと。うん、きっとそうだ」
 深く頷く女性に対し、男はさらに全身から湯気を立ち上らせて全身ワナワナと震え出した。
 そして地面に刺していた斬馬刀を持ち上げると勢い良く振り上げ、女性に向かってためらいなく振り下ろした。
 ズドンッ! とデカイ音が同時に二つ。一つは男が振り下ろした斬馬刀の音、そしてもう一つは女が双剣で受け止めた際に足が地面にめり込んだ音だった。
「…無駄な力をもう少し社会貢献にでも利用したら?」
 女は十字の形にクロスさせて受け止めた大剣を、「よっ」との一声で横へと払いのけ、片方の刀の切っ先を相手に向けた。
 突きつけられた切っ先を見て、そして女のほうを見て、男はまるで化け物を見るかのような目つきで女を凝視し、震える声で男は呟く。
「な………なんで生きてるんだお前!?」
 斬馬刀を取り落としたのにも気づかず男は女に向かって指を突きつける。女はその指を掴むと、勢い良く反対方向へと反り返らせその指を折った。
「ぎゃあぁぁあ!」 男の絶叫があたりに木霊し、次の瞬間その喉元には女の細指が食い込んでいた。
「ギャアぎゃあ×2うるさいんだよお前。黙ってろ、死にたくなかったらな?」
 次いで聞こえてきたのは悲鳴ではなく手を叩く拍手の音だった。
「いやぁ。まさか一人でチームの人間全滅させるなんて大したものですねぇ」
 瞬間、女性はすばやく背後を振り返ると持っていた刀を背後にいる何者かに向けて突きつける。しかし次の瞬間には刀と男を取り落として背後にいる男性に片膝を折る。
「あぶないっすよ。刀なんて僕に向けたら。怪我はイヤですからね?」
 背後にいたのはやけにハイカラなアロハシャツを着こなしている二十代前半の若い男だった。それなのにその男はこんな危険な場所にいるのに笑顔を崩さない。静かに男は落ちた刀を拾い上げ、女の腰につるしてある鞘に収めてやる。
「いつ頃ここにいらっしゃったのですか若?」
 女が心底驚いた声で告げた言葉に対し、若と呼ばれた男は片手を左右にブンブンと振って「違うでしょ?」と女を咎める。
「僕の名前は若じゃなくて『如月 弥勒』でしょ?何度言ったら直してくれるのマオちゃん?」
 弥勒と名乗った男はマオと告げた女の頭に手を置いて軽くなでる。それが恥ずかしいのか、マオと呼ばれた女はその手から離れるように距離をとって先ほどの言葉を言い直す。
「弥勒様はいつ頃からこちらの現場にいらっしゃったのですか?」
 告げられたマオの言葉に、今度こそ弥勒は頷いて応えてくれた。
「うん。ついさっき着いたんだけど背後に二人ぐらい狙撃手がいたから始末しといたよ」
 告げてポケットから二つの赤外線スコープを取り出して地面に放る。
 マオはそのことに気づかなかった自分への叱咤と、若である弥勒の手を煩わせてしまったことに対して激しく落ち込んでしまう。
 その事を察してか、弥勒は笑いながらマオを立つように促すと、我先といわんばかりに敵のアジトへと足早に突き進んでいく。
「置いてくよ〜?」
 間の抜けた声に一瞬呆けてしまったが、慌てて弥勒の後を追って走り出した。
 途中出てきたヤクザ達はまるで相手にならなかった。弥勒は拳銃から出る弾丸の軌道を瞬時に見抜くと、数ミリ差で回避しながら一切の打撃も無く彼らを通り越していく。
 その身のこなしはまるで牛若丸の再来のようにも思えた。
 対するマオは、目の前に来る弾丸を、これまた軌道を見切って刀で弾道を逸らして引かずに走り続ける。途中ナイフや短刀を持ってくる奴らには容赦なくすれ違いざまに死なない程度に深手を負わせてすり抜ける。
 その動きはまるでルパ○三世の五右衛門を彷彿させた。
「おっじゃましま〜す!」
 弥勒の軽い叫びが聞こえてから二秒後、マオも軽く息を弾ませながら事務所へと到着した。
「おやおや? これはこれは弥勒君じゃありませんか?お久しぶりですねぇ?」
 椅子に座っていたのは年齢的には二十代前半の青年だった。しかし手にはデザートイーグルが寸分の狂いも無く弥勒の心臓を狙っていた。
「若!?」とのマオの叫びは、弥勒の穏やかな笑顔で遮られた。
「この前は御免ね。いきなり君の子分が僕に『金貸して』なんていうからさ。ちょっとお仕置きしちゃった」
 弥勒の変わらない笑顔に、目の前にいる青年は頬を二回痙攣させて「ちょっと?」と呟く。
「うちの舎弟十人中軽傷者一名、残り九名は最低でも全治五ヶ月の怪我だぞ!どこがちょっとだ!?」
 唾を撒き散らしながら怒鳴る青年に、弥勒は溜息をついて「一人軽傷でしょ?」と言ってのけた。
 ふざけるな! とい言葉とデザートイーグルが爆発したのは一瞬。
 次の瞬間には椅子に座っている青年の目の前に、マオの双刀のうちの片方が突きつけられていた。
「これ以上喋るな。弥勒様にご迷惑だ…」
 マオはそれだけ告げると、爆発した方の腕を押さえながらうずくまる青年を無視して早々と部屋を出た。そして弥勒を急かそうと後ろを見ると、弥勒は痛がっている男のほうへ何か投げるような仕草を一瞬。そして何事も無かったかのようにマオの隣に並んで一緒に歩き出した。
「いったいあの拳銃はなんで爆発したんでしょう?」
 なにもわからなかったマオは、そこで弥勒から変わったものを見せてもらった。
 それは一本の小指サイズの小さな矢だった。よく見れば腕先には小さな発射用の装置が仕掛けられていた。
「暗器の一種だよ。これがあれば袖を振る仕草だけでも人を殺せる」
 そう言って弥勒は先立って歩き出した。
 かなわない。と一人感じつつ、マオはその後をついて歩き始めた。

 後日談だが次の日にはその組は一斉検挙。そして組長は頭にボウガンの矢を打ち込まれて絶命していたとのことだ。


<第一話 〜その日は雨だった〜 >

 その日は雨だったのを覚えている。
 路地裏で今にも死にそうだった私を、「珍しい、捨て人間だ」と言って拾ってくれたのが弥勒様だった。
「腹空いただろ? 今なにか作らせるから」
 そう言って彼は未だ意識が定かでない私を置いて少しの間部屋から消えた。
 そして戻ってきたとき、その手には暖かい御粥の入った小鍋が握られていた。
 彼は私の身体をゆっくり起こすと、近くの座椅子に私を移動させ、小さな蓮華を使って私に御粥を食べさせてくれた。
「熱いよ?」 そう言って彼は私の口へ蓮華を近づけてくれた。
 ……いい香り。梅の匂いかな?
 薄らとした意識で、私は機械的な動作でゆっくりと御粥を口へと運んだ。
 一口…二口と噛み締める度に、私の目元からも一滴…二滴と涙がこぼれた。
「おいしい…」 涙と共に、彼のもとで発した初めての言葉だった。
 それから数日が経ち、私は自らの力で動けるようになるまで回復した。そして改めてこの家、もとい『屋敷』の広さを垣間見た。
「大きい…」 私は見上げるほどもある塀を、そして池を、そして家全体を見てそう呟いた。

 拾われてから一週間が経った。私は泊めてもらっている弥勒という青年にことの次第を話し始める。

「実は私は人身売買の商品としてあの近くのビルに連れ去られてきました。もとより借金の過多に私は親に売られた身でしたので、連れ去られたという表現はおかしいですね。ちょうど警察の検問が近くであったせいか、私は途中で車を降ろされて知らない路地裏を転々と歩かされました」

 そして隙を見つけて逃げ出したのだと彼女は言った。

「一瞬警察官が横切るのが見えたんです。それで私は男達から逃げるために大声で叫んだんです。そしたら男のうち一人がその警察官を刺して、それから私は怖くなって必死で逃げたんです。男を突き飛ばして。幸い手は縛られてなかったのでいろんな場所へ向かいました。駅にも、交番にも、でも変質者として見られるかもしれないし、何より人目の多いところだと逆に見つかるかもって思って」

 それで路地裏へ? と弥勒は静かに聞いた。

「はい。幸いビルの裏手には隠れられる場所が無数にあったので、二日は逃げられました。ですが体力も気力も尽き果てて、そのうえ雨まで降ってどうしようかと思ったときにあなたに出会いました。この御恩は一生かかっても返しきれるものではありません!」

 彼女は静かに、そして深々と頭を下げて一つのお願いをしてみる。
「私をこの屋敷で働かせてもらえないでしょうか!?」
 その言葉の後、弥勒の行動はすばやかった。
「いいよ」
 なんと即答。
「こっちも人手不足でさ。未だにこの屋敷にいる構成メンバーは二十人いなくてね。ちょうど君みたいな子を探してたんだよ」
 大歓迎! と弥勒の背後から襖を開けて一人の少女が飛び出し、弥勒へと抱きついてきた。
「歓迎するよ!え〜と?」
 そして彼女は「ああ!思い出したマオちゃんだ!」と両手をポン!と叩いて名を告げた。
 彼女自身は見知らぬ名前で戸惑いを隠しきれない。それを察してか、弥勒が彼女にマオという名前について教えてあげた。
「マオって言うのはうちの組の構成メンバーの一人で、先日行方不明になったばかりの名前だよ。君と入れ違いに消えちゃったのかな?まあ実家にでも帰ったんだと思うけど」
 これからは君が『マオ』ってことだよ。忘れないようにね?
 状況の理解についていけない彼女を気遣ってか、弥勒はここがどこだか教えてくれた。
「実は僕たち一応は慈善事業を生業としてるヤクザって呼ばれてる団体なんだよね? ああ!怖がらないで、別に売り飛ばそうなんて考えてないから。まあ、この業界も何かと競争が激しいからさ。そろそろ僕達が表舞台に出て一花咲かせようかな?なんて考えててね? そこで構成メンバーを集めてとりあえず大きな仕事をやってみようと」 
 人集めを?とマオが呟くと「せいかい!」と後ろの少女がパチパチと手を叩いた。
 そして弥勒は背後の少女に、マオがいたビルの周辺の組を調べるように手配した。
「裏も含めてすべてだよ雀?」
 雀と呼ばれた少女は「任せて!」と意気込んで襖の向こうへと走り去っていった。
「私はどうしたら…?」
 マオは心細くなったので弥勒に聞いてみた。弥勒はマオの頭を静かに撫でると、その手を滑らせて頬へと当てる。
「君は今は元気に走り回れるように身体を休めるといい。身体は大丈夫でも心はもう少しの時間が必要だからね。治ったらここの業界でやっていくための知識をいろいろと教えてあげるから覚悟しとくといいよ」
 笑いながら弥勒はマオを抱えて<マオは顔を真っ赤にさせて>布団の上まで運ぶと寝かしつけた。
「また来るよ。それまでには静かに寝てるんだよマオ」
 弥勒が部屋を去っていった後、マオは静かに目を閉じる。
 聞き慣れない自分の新しい名前を耳に入れ、マオは言われたとおりに身体を休める事にした。
 これがマオと言う、当時まだ十五歳になろうという少女が世に生まれた瞬間でもあった。



2007-02-19 22:08:41公開 / 作者:神楽 時雨
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■作者からのメッセージ
流れに身を任せた結果生まれた第三弾の小説です。
今までに書いている小説を書く上での必要な要素はまったく含んでいませんので、この作品は新鮮な内容です。
本来ならバトル系で一気につなげようかと思いましたが、とりあえずは前置きという事でマオと言うキャラクターの昔話で終わらせていただきました。
 続きは他の作品と同時進行で書く予定ですので、どうかお見逃しください。
 内容的には短いですが、作品上必ず必要になるかと思う身の上話です。
どうか見て感想をや意見をお願いします。
呼んでくれた皆さんありがとうございました。
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