『一度割れたガラスは、元に戻らない』作者:あひる / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
貴方はガラスを割ったことがありますか。そのガラスを、元通りに出来ましたか。
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「愛海、あたし好きな人できた」

 愛華とは幼稚園からの付き合い、所謂幼馴染である。皆からは兄弟と言われるまで仲が良くて、あたしも正直愛華が死んだら生きていけないような気さえもする。
 そんな愛華が、あたしに初めて恋愛系の話を持ち出した。
『自分に好きな人が出来たら、絶対に教え合おうね』
 そういえば、こんな約束をした。
「え、誰々? 教えてよ」
 あたしは耳を手で覆うような仕草をしてみせた。愛華は赤面した顔であたしの耳に口を近づかせる。
「えっとねー、愛海は知ってるか分からないんだけどー……」
言葉を濁す愛華、あたしは何故か息を殺して耳を近づける。それはとても重要な申告だというかのような、リアクションをかます。
「麻生要君」
 その途端、あたしの中の何かが冷たくなった。
 ひやっという感覚と共に、冷や汗が流れ落ちる感覚までもがリアルに想像される。
「麻生……?」
 そう言う自分の声が、震えてないか心配だった。
「ほら、知らないじゃん! もう、恥ずかしいなあ、何度も言わせないでよ」
 愛華は顔を赤面させて、恥ずかしそうに机に突っ伏した。
「え、あ……そうだね、知らない。先輩? 後輩?」
 あたしは躊躇いながらも、適当な言葉を探り出し、声を出す。
「同い年だよ、Aクラスの人。めちゃカッコいいんだよ。けど、不良っぽいとこもあるんだあ」

 知ってるよ。
 心の中で、小さく呟いた。
 麻生要。
 中学に入って、一目惚れした。今まで一生懸命情報収集して、麻生君の好みの女の子になった。
 愛華には近々言おうと思っていた。
 だが、麻生君は特別目立つ子でもなく、成績は少し悪目で不良っぽいところがあった為、言い辛かったのだ。冷やかされるのも好きじゃなかったし、「あたし、麻生君が好きなんだ。協力してね」なんて嬉しそうに言えるタチじゃなかった。それにこんな事が起きるなんて、思ってもいなかったから。

「愛海?」
「ああ、ごめん。それで?」
 あたしは延々と、愛華の「麻生君はカッコいいのよ」という話を聞かされていた。
 どれも知っている事ばかりで、退屈だった。けれど愛華は幸せそうに頬を赤らめて話す。そうなると聞かなくてはいけないような気がする。
 けど、落ち着いてこんな話を聞いていてはいけない。あたしも麻生君が好きなんだよ、という事を言わなくちゃいけない。そう思った。約束をしたんだ、破るわけにはいかない。

「でね、あたしがハンカチを……」
「愛華、あのね」
 勇気を持って、けど躊躇いながら、愛華の言葉を遮り話す。愛華は話を中断されて少し嫌そうな顔をしたが、あたしが何か必死になって話そうとしているのを察し、笑顔になる。
「え、何? 愛海」
「あたしも……す……」
 本番となると、言葉が詰まる。あたしは本番に弱い方なのだ。けど、親友にも教えられない秘密があるなんていけないんだ。ちゃんと言うべき事が言えないなんて、弱すぎる。
 けど、駄目だ。どうしても愛華に躊躇ってしまう。言葉が、詰まってしまう。これからどんな恐ろしいことが待ち構えているのか、考えてしまう。
 そんな無駄なことを考えていると、すぐに愛華の言葉が来る。あたしの言うべき時間は終わってしまったのだ。
「え、何々? 愛海にも好きな人が出来たの? えー、うっそー誰? 教えて」
 違う風に解釈されてしまった。冷や汗が胸元を流れる。
 好きな人が出来た、のではない。同じ好きな人だってことを、申告しなくちゃいけないのに。
「ううん、なんでもない!」
 笑顔でそう答えたが、心の中では奈落の底に落ちているような感覚だった。
 チャンスを、自分で踏み躙った。あの時でこそ言えることであって、今になってはもう言う勇気すら失っていた。
「そうか、それならいいんだ。あ、愛海も協力してね!」

 うん、と言ってしまおうか。
 そしていっその事、麻生君を諦めてしまおうか。どうせ一時の恋だ、叶わない恋だ、そこまで凝る事はないだろう。
 大切な親友の、願いなのだ。親友の初恋なのだ。上手くいかせてあげようか。ボロボロの雑巾のようなあたしより、愛華のほうが可愛いし、麻生君に似合うじゃないか。
 けど、あたしの恋心が許さなかった。締め付けるような「麻生君が好き」という気持ちがそんな気持ちを阻止した。
 やっぱりあたしは麻生君の事が好きで、好きで、たまらなくて。友達の為だと言っても、諦め切れなくて。
 複雑な心境が、胸を痛める。
「え、と……」
「え、何? いいの? 有り難う!」
 彼女の悪い癖だった。
 聞き逃したところを、自分のいいようにしてしまう。
「……うん」
 そうなるとこう言いざるを、得なかったのだ。悔しくて、悲しくて、情けなくて、言葉も無かった。

 ある日の事だった。
 昔、ずっと昔に、麻生君への想いを暴露してしまった古い友人がいた。その友人とは、ある事が切欠で、現在進行形で喧嘩をしていた。その友人は、愛華が麻生君を好きだと知り、言いふらしたのだ。
「知ってる? 愛海って、麻生君の事が好きなんだって。実はマブダチの愛華もそうらしいよ」
 噂は広まった。悪いカタチで。
「あのね、愛海が愛華の事を嫌いで、愛海は愛華に復讐しようとして麻生君を取ったんだって」
「愛海って、酷いね」
「うん……愛華って子、騙されていたんだね」
 その噂を聞いた途端、あたしは学校を引き返してしまった。
 トボトボと、学校と反対の通りを通ると、
「今は学校の時間なのに」
そんな視線が、痛いほどに突き刺さる。
 悲しくなって、公園のブランコの上で泣いていた。
 そんな時、冷たく硝子のような声が聞こえる。

「嫌いなんだ、あたしの事」
背筋が凍るような感覚がして、あたしは一気に立ち上がった。ブランコの鎖が、嫌な音を立てる。
「……愛華!」
 愛華は公園の門に寄りかかり、冷たい視線をあたしに向けていた。
 その瞳には、同情なんて優しい言葉は見せない。
「好きだったんだ、麻生君の事」
「違うの、愛華! あたしの話をきい……」
 愛華の冷たい視線に、あたしの言葉は遮られる。あたしは情けないながらも、たかが愛華の視線に怯んで、一歩、そしてまた一歩と後退りをしてしまった。
「裏切ったんだ」
 そして、涙。愛華の瞳から、大粒の雫が流れ落ちる。曇った表情は、なおもあたしのことを睨み続ける。
 なんで、なんでよ。泣きたいのはこっちなのよ。
「違う、愛華……」
「約束したのに、好きな人が出来たら教え合おうって。愛海はとっくに忘れちゃったんだね」
 泣いている曇った声で、愛華は訴えるようにあたしに言う。こうなると、あたしが悪役みたいだった。
「まなっ……」
「そうだよね、あたしの事なんか嫌いなんだもんね。忘れるのも当然だもんね……」
「聞いてよ、愛華あ!」
「もう、元には戻れないんだね」
「そんな事ない、戻れる! だから、あたしは……」
「言い掛かりはやめて! 何を言ってもいいのよね、アンタは。どうせ傷つくのは……あたしだけなんだもの」
 その言葉で、何かがプチッと切れた。

「―――あたしだって、あんたより先に好きになったんだからね!」
 愛華に向かって突進して、髪の毛を毟ったり、頭や足を殴った。愛海も対抗したけど、あたしの方が力は強かった。
 この結果、どうなろうとあたしには関係ない。その勢いで愛華を殴り続けた。
 もう、悲しくて、自分では抑え切れないほどの感情が、あふれ出た。
「もぉ……やだよ……」
 あたしは、そう一声泣いて、起き上がる。
 ぼろぼろになった、愛華を置いて。

 ぱりん。
「僕の車あ……おたんじょびに、買ってもらた車あ……」
 何かが割れた音と同時に、幼い子の泣き声が聞こえる。
 あたしが何の音かと首を傾げると、男の子が泣きながらあたしの足元を指す。あたしの心が割れた音かと思ったが、違ったみたいだ。
 少しだけ、足をあげてみると、そこにはぐちゃぐちゃになったミニカーの姿が。
「ごめんね、今すぐお姉ちゃんが直して……あげるから」
 あたしは震える声でそう言い、男の子と同じ背丈までしゃがみ込む。
 同情するような瞳で問いかけるが、男の子は聞く耳を持たずミニカーを食い入るように見つめている。
 するといきなり男の子は意外にも、首を左右に振った。
「もう……元に戻らないよぉ……」
 泣きじゃくる男の子。あたしを訴えるように見つめるが、やがて力尽きたように地面に座り込んだ。
 あたしは呆然と男の子を見ていたが、やがてどうでもよくなった。
 ははは。
 あたしは笑った。
 男の子は顔を引き攣らせてあたしを見る。
 何やってるの、この人。
 公園にいた人たちの視線が集まった。
 あたしの目からは次第に涙が流れてきた。頬を滴る雫はとても汚くて、汚れていて、自分でも悔しくなるくらいの屈辱色だった。
 あたしは分からなくなって、悲しくなって、どうでもよくなって涙で歪んだ顔で笑った。
 こんな幼い子は、理解しているじゃないか。
 一回壊れたモノは、もう元に戻らないと―――
2007-01-30 18:58:46公開 / 作者:あひる
■この作品の著作権はあひるさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 お久しぶりです。
 前は長編を書いていた者ですが、気分変わってSSを書かせてもらいました。
 今回は実体験を取り入れていたので、その人物、会話、状況、などをメインにして書いてしまいました。なので、描写などがあまりなく、分かりにくい面があるかもしれません。
 そのようなところがあったら、是非ご指摘お願いいたします。
この作品に対する感想 - 昇順
途中、どうして愛海と現在進行形で喧嘩をしていた友達が、愛華の好きな人のことを知っていたのか……がちょと気になりましたが脳内処理しました。

ショートショートにしてはやや放り投げた感が強いですね……起承転で止まった辺りで終わりを迎えた感じ、とでも言えば良いんでしょうか。読み手側としては、男の子のミニカーを壊してしまった経緯を伏線として利用しつつ、愛華と仲直りエンドってな流れにまで持っていって欲しかったです。

構成としてはオーソドックスな読み切りものに今一歩で足りず、文体はやや平板で読みやすいものの、もう少し工夫を凝らしてもよいのでは、と思ったり。愛海と愛華以外の登場人物がやや記号的に用いられている感が強いのも留意すべき点だと思います。
2007-01-31 02:24:59【☆☆☆☆☆】中田町圭吾
此方でお会いするのは初めてでしょうか。
では改めて、初めまして。

文章の流れが速過ぎているところが、幾つかあります。
そこを改善していけば、元々いい作品なのでよりいい作品へと仕上がるでしょう。
そのほかに、誤字雑事等。
気をつけてくださいね。
2007-02-01 15:04:39【☆☆☆☆☆】kill you★辛口評価員
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。