『血だらけの学校祭』作者:風神 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
学校祭は、楽しむ人と楽しまない人に分かれる。意見のすれ違いは、痛くて切ないんです。
全角23563文字
容量47126 bytes
原稿用紙約58.91枚
 死体がムクリと起き上がる。死体のくせに起き上がるなんて生意気だぞ、おい。死体はあーとかうーとか言いながら、ヨロヨロと私に近づいてくる。
「どうして、俺を殺したんだ」
 死体は棒読みでそう言った。もうちょっと感情込めなさい。
「貴方が嫌いで嫌いでしょうがないからよ」
「そんな! 俺はお前の事が好きだったのに」
「あら、そう。じゃあ死ぬ前に何か貢いでくれれば良かったのに。そうね、ブランド物のバックとか」
「なんだと!」
 と、死体は怒ったが、その後五秒ぐらい沈黙が続いた。ヴィトンのバックにするかグッチのバックのどちらかにするかで悩んでるのかな? だとしたら私はヴィトンのバックとグッチのバックがいいな。
「……次の台詞、なんだっけ?」
「俺はお前を死んでも許さない」
「あぁ、そうそう。俺は……お前を死んでも許さない!」
「カァット!」
 という、一年G組の教室に大きく響き渡る白井綾監督の声で、撮影は一旦終了。

 そもそも、私はこんな事やりたくない。では何故やってるかというと、後もう少しで学校祭がある訳で、うちのクラスはビデオ映画とダンスの二つで多数決の結果、我が一年G組はビデオ映画を撮る事になった。出演者は四人。少ない方がキャラが立つという意見から、ビデオ映画にしては少ない人数だ。まぁ本当の所は、皆なるべく出演者を減らしたかったんだろう。そりゃあやりたい奴なんてそうそういない。じゃあなんで多数決でビデオ映画になったんだというと、皆ダンスは更に嫌なんだろう。
 他の出演者の三人は、まず白井綾。綾とは深い関係では無かった。ていうか、私は暗くて不器用な性格なので、そもそも深い親交を持っている友達は少ない。でも綾はすごーく優しくて、一人でいる事が多い私を見つけると、必ず話かけてくれていた。明るくて、前向きで、積極的で、可愛くて、私の理想的な女の子。
 良いなぁって、たまに思う。でも私みたいな不器用で口下手な奴は、黙っている方がいいんだ。
 後は西羽(にしぱ)勇樹君。私の好きな人。このビデオ映画を機会にほんの少しでもお近づきになりたいと思ってる。そうだな、撮影が終わった後に、今日は疲れたねお疲れ様真岡(しんおか)さん。なーんて言ってくれたらマジで幸せ。
 あ、本当はは出演者は三人の予定だったんだけど、役決めから二日後には、気づいたら勇樹君は四人目として加わっていた。まぁ詳しい事は知らないけど、気が変わって出演者の方に回りたくなったんだろう。
 最後に茂岩修治。私と同じ明清西中学で、中二の頃同じクラスだったけど、ほとんど話したことは無い。いつもふざけてるけど、だからといってアホっぽいイメージは無い。
 ちなみに、私以外の三人は出演者に立候補しての事だが、私は違う。私は地味な小道具がよかったのに、四人目の出演者がどうしても決まらず、しょうがなく行われたジャンケンで負けてしまった。
「ねぇ紗月。ぼーっとしないでよ」
「あ、ごめん綾」
 綾はビデオカメラを茂岩に押し付けて、言った。
「もう。それと茂岩! 台詞今日忘れたり間違えすぎよ。やる気あるの? 無いのね、そうなのね? アンタねそんなんじゃすぐにクビよ、クビ。代わりは他には沢山いるのよ」
 いないと思うが。まぁ、綾は本気で今の台詞を言ったんじゃないと思う。これは綾なりに、今日の事を反省してまた明日頑張れ! と言っているのだ。
「白井、その辺にしておけ」
 勇樹君が止めに入る。良いリーダーシップだ、うん。
「甘いわよ。学校祭まで後一週間よ。時間は無い、根性が無い、台詞覚える記憶力が無い。これじゃあダメなのよ!」
「女のヒステリーは見苦しいな」
 と、茂岩。女の前でそれを言うかこの野郎。
「ねぇわかってる? 私達は真剣なの」
 ごめん、私は全然真剣じゃない。
「アンタ達ね、紗月を見習いなさい。このクールで地味で冷たい台詞の言い回し。すんばらしいわよ」
 そのすんばらしい台詞は意図したものではなく、いつもと変わらぬ調子で言っているのだが……。綾、私はちょっと傷ついたぞ。
「あら、紗月そんなに私の事見つめてどうしたの?」
「え? えっと、うーんと。……なんでもない」
 ここで皮肉交じりに笑いながら今思った事を言えば、綾はノリが良いから、ごめーんさつきぃ。とか言って笑いあえただろうに、私は何も言えない。はっきりしない子ね、と親に何回も言われてきた。その親がうざくてたまらない。
「残りの一週間で頑張りましょうね」
「なぁ、このビデオ映画でさ、ちゃんと人集まるかな。俺ちょっと自信なくなってきたよ」
 勇樹君がそう言った。大丈夫、きっと成功するわよ」
「大丈夫、きっと成功するわ。ねぇ紗月」
「う、うん」
「そう……だよな。真岡さん、演技上手いしな」
 有難う。死ぬほどマジで有難う。
「でも、俺たち宣伝とかしてないよな」
 と、茂岩。確かにそうだ。私達はチラシも何も作ってない。
「大丈夫だって。私を誰だと思ってるの? 我が明清東高校の新聞部の部長はこの私よ。学校祭の三日前には、学校中に明高学校祭特別号を貼りまくり配りまくるわ。今日、早速原稿を書かせるわ」
「あの、綾」
「なぁに?」
 手伝ってあげるよって、言いたい。
「あ、もしかして手伝ってくれるとか?」
 頷く。
「今、私の言った事聞いてた? 書かせるわって言ったの。駿に全部やらせるから大丈夫。もちろん、新聞の三割をこのビデオ映画特集にするように命令しておくわ」
 なるほど。ちなみに駿というのは、私のクラスの海藤駿っていう男の子。詳しい事は知らん。話した事も無い。綾の新聞部は綾と海藤君の二人だけで、綾は海藤君と出来てるって噂がある。どうやらその海藤君に全部やらせるらしい。
 ごめんね、海藤君。
「あ、ていうか皆ごめんね。私のわがままで遅くまで撮影延ばしちゃって」
 いやいや、別に全然大丈夫よ。家帰っても暇だし。
「それでお詫びにといってはなんだけど、今日クッキー作ってきたの」
 そう言うと、綾はたかたかと教室の後ろの棚にかけより、クッキーの箱を持ち、黒板の下で座って休んでいる私達の所に戻ってくる。
「じゃじゃじゃーん!」
 という効果音と共に箱のふたを開けると、おいしそうなクッキーが沢山入っていた。幾つか砕けてしまってるけど、こういうのって、凄く嬉しい。
「綾すごい。私、う、嬉しい!」
「う、嬉しいだってぇ。紗月おもしろーい」
「白井って料理うまいんだなぁ。おい茂岩、大きいのばっかり食うな」
 むぅ。ちょっと綾にジェラシー。今日は家に帰る途中に、クッキーの作り方の本を買おう。……いや、ダメだ。勇樹君は甘い物が好きらしいから、チョコレートの作り方の本にしよう。
 綾は砕けたクッキーをパクパクと食べる。私は遠慮がちに数枚食べる。
「あら紗月。沢山あるんだから、もっと豪快に食べていいんだよ」
「そうだぞ真岡さん。沢山食べないと大きくなれないぞ」
 茂岩がそう茶々を入れてきた。お前、あれか。身長の事じゃなくて胸の事だったら、私の頭の中のブラックリストのA級戦犯に抜擢するぞ。つーかクッキーで胸は大きくならん。
「おい茂岩。女子に向かってそういうこと言うな」
 勇樹君がフォローする。有難うございます。
 窓にふと目をやると、もう外は暗くなりかけていた。
「もう夜になっちゃうね。……皆、明日も遅くなるかもしれないけど、いい?」
 本音を言えばあまりやりたくはないけど、綾もいるし勇樹君もいるし、良いよ。途中で投げ出したら皆に迷惑かかっちゃうしね。
「俺は別にいいよ。なぁ勇樹?」
 西羽勇樹。カッコ良い名前だよなぁと、ぼーっと考える。
「さーつーきー!」
「は、はひ!」
 いきなり綾に呼ばれたのでビックリした。
「反応面白すぎるわよ。紗月、明日遅くなっても大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
「有難う紗月。じゃあ、今日は解散!」
 と言って、私達四人は一緒に教室を出た。
 そして玄関で三人と別れたのだが、綾が凄く不安そうで今にも泣きそうな顔で、てくてくと闇の中に消えていったのが気になって、その日はなかなか眠れなかった。

 翌日教室へ入り、一人でぼーっと椅子に座る。暇なのでホームルームが始まるまで本を読む事にして、私は鞄から、椅子に座っている女子高生が表紙の本を取り出す。栞を挟んでいるページを開く。
 ……頭に入らない。周りがうるさい。それに、一人で教室で本を読むというのはなかなか居心地の悪い事である。
 慣れてると思ったんだけどな、こういうの。いじめられた事は無いけど、どーせ私は人付き合い苦手だし言いたい事言えないしまず趣味からしてゲームだし告られた事も無いし綾みたいに可愛くないしそれプラス綾みたいに化粧上手くないしふと勇樹君を見てみると女の子と楽しそうに話してるし……。
「さっちゃん!」
 ……誰だ?
「さっちゃんってば!」
 少し間を置いて、マヌケな返事をした。
「え、私?」
「貴方しかいないじゃないの」
 さ、ささささっちゃん! そんな親しい呼ばれ方は初めてだ。
「あの、えっと。海藤君と話してたのに、いいの?」
「え、なんで?」
「だって海藤君とは」
「ちょっと誤解しないでよ。あのアホとは新聞部が同じ部活仲間。それ以上のそれ以下でもないわ。あ、ほら見てみて。今めんどくさそうにノートに何か書いてるでしょ? さっきビデオ映画の事を重視した原稿を今すぐ書けって言ったら、素直に従ったわ。そうね、仲間というよりは部下よ。部下」
 綾、死ぬほど顔が嬉しそうだぞ。ていうか、親しい男の子と話すのを中断して、一人寂しく本読んでる私に話し掛けてくれるその親切心が、たまらなく嬉しいよ。
「……何か言いたそうな顔してるわね?」
「だって、綾凄い幸せそうな顔し」
 綾は私の持っていた本をぶんどって口を押さえて、私の言葉を遮った。本がストンと落ちると、綾は仁王立ちで、座っている私をじーっと見下ろしていた。肩より下まで伸びた長い髪を右手でふぁさっと揺らす。色白で体の線が細くて、目は大きくてまんまるだ。控えめにマスカラをまつ毛にのせているのが凄く似合っていたので、つい見つめてしまった。
「どうしたの? そんなに見つめちゃって。悪いけど私、女の子にそういう興味は無いのよね」
「そうじゃなくて!」
 綾はニコリと笑って、自分の鞄から化粧ポーチを持ってきた。
「紗月もやってみる?」
「私、似合わないよ」
「さっちゃん可愛いから似合うよ。だから似合わないなんて言わないの。嫌味に聞こえるわよ」
 と言って、さっとマスカラをつけてくれた。すると綾はいきなり、教室の窓のあたりで、女の子と話していた勇樹君の腕を強引に掴んで拉致してきた。
「ほらほら西羽勇樹君。この子、昨日と何か違わない?」
「うーん……」
 じーっと私を見つめて本気で考えている。ヤバイ、これはヤバイ。顔が一気に赤くなっていくのが自分でもわかる。
「……顔が赤い」
「違うわっ!」
 綾が必死に突っ込む。
「もっとこう、ほら、何かないの?」
「……あぁ、わかったぞ。真岡、お前化粧しただろ。うん、似合ってるぞ」
 今日、私は家に帰ると、まず最初に自分の部屋ではなくリビングへ行き、うざくて嫌いな母親に「産んでくれて有難う!」と言った。案の定気持ち悪がられた。

 授業時間。私はぼーっと考えていた。
 今思えば、この地味な私がジャンケンで負けたとはいえ、ビデオ映画の主人公とは……。もしも今のメンバーじゃなかったら、私は登校拒否でもしたかもしれない。
 この明清東高校は、学校祭がやたら盛んな事で有名なのだ。だから私は、主人公役に決まった時は、プレッシャーやら絶望感やら、色々な負の感情に襲われて心がズタズタになった。先に他の三人は決まっていたが、そんなの考える余裕は無かった。
ホイミでもベホイミでも治らないぐらいに私は落ち込んでいた。
 でもまぁ、撮影をやっているうちに、綾がいるからなんとかやれると思えてきた。綾は、いつでも私の味方だ。これまで私には上っ面の無い、いつでも絶対に味方してくれるような友達はいなかった。始めてだ。綾みたいな人間は。
 別に、友達なんかいらないわ! 的な思考は持っていない。そりゃあ私だって、友達と一緒に学校帰りにジャスコをふらふらしたりとか、友達の家に泊まったりとか、そういう深い親交? みたいなのを築きたかった。
 でも私には無理だ。不器用だから人付き合いが全然上手く出来ない自分が、死ぬほど嫌いだ。もう私は自分に自信なんか持っちゃいない。人生を送るにつれて、自分の才能の無さに落ち込んでいった。勉強頑張ったけど志望していた公立高校(明清東は私立なのだ)は落ちるし、ピアノ習ったけど全然上手くならないし、何かを頑張って成功したというためしがほとんどなく、あるとすればRPGでパーティメンバー全員のレベルをマックスにして、隠しダンジョンの超強敵隠しボスを撃破したぐらいだ。
 あぁ、なんだろうね、この行き難い世の中は。
 ……そんな事考えてると、憂鬱になってきた。もういい、寝る。
 私はペンを置き、机に突っ伏した。一瞬、苦笑いしている綾の顔が見えた……。

 放課後、綾の新聞部の部室を借りて、軽く今後の事について打ち合わせをする事にした。だが、綾は新聞部の事で生徒会と話があるらしく、先に待っててと言い残して、テケテケ生徒会室へ去っていった。
 私は部室のある三階へ向かった。
 そして、部室のドアを開けて、ちょっと驚いた。
 広さは普通の教室と同じ。ドアから見て横方向で真ん中に長テーブルが置いてあって、パイプ椅子が幾つか無造作に置いてあり、小さい棚と、先生が使うようなスチール製の机が、部屋の角にポツンと置いてある。そして驚くべきは、何故かスチール製の机にデスクトップパソコンが置いてある。綾はどんな権力者なんだろう?
 そして更に驚いたのは、勇樹君がちょこんと椅子に座って、パソコンをいじっていたからだ。……あ、茂岩もいる。
「あ、真岡じゃないか」
 と、勇樹君。
「真岡さん、白井さんは?」
 どうやら茂岩には、綾が遅れるという事は伝わっていなかったらしい。茂岩は、長テーブルに頬杖をついて、カフェラッテをごくごく飲んでいる。
「遅れるって」
「そっか」
 私は勇気を振り絞って勇樹君に近寄って、パソコンをひょいっと覗いてみると、見たことの無いサイトが表示されていた。
「これ、何のサイト?」
「これか。小説を投稿するサイトだよ。投稿すると必ず感想が返って来る」
「勇樹君って小説書くんだ?」
「勇樹の小説はつまんねーけどな!」
「凄いなぁ。ゆう……西羽君の小説、読みたいな。私の家、ネット環境揃ってるんだ」
 私がそうアピールすると、勇樹君は照れ笑いをして、なんなら今度読んでみてよ。このサイトのアドレス教えるからさ。そうだ、メールで教えるからさ、携帯のアドレス教えてよ。と言ってくれた!
 手の震えをごまかし、アドレスを交換する。よし、勇樹君も私と同じドコモだわ!
「……真岡、ついでに俺も」
「あぁ、まぁ別にいいけど。西羽君に送ってもらえば?」
 メモリに西羽勇樹、茂岩修治の二人が追加される。友達少ない私にとっては奇跡だ。こんな短期間に三人もメモリに追加されるなんて! これは今日、帰ったらポチ(私の飼ってる犬)に報告だ。待ってろよポチ!
「なんか、真岡さんって意外だな」
「え?」
「なんつーか。おとなしい子だと思ってたけど、別にそうでもなかったな! 俺、誤解してたよ」
「いや! そんな、事、ない、です!」
「そう。そうやっていきなり変な言葉遣いになる所とか、凄い面白いよ」
 そ、そこは誉められてもちょっと微妙かも……。
「あの、一つ聞いていい?」
「なんだ?」
 と茂岩が答えたので、私はギロリと茂岩を睨んで黙らせた。
「役決めの日、出演者は私と綾と茂岩だけだったよね。でも、役決めから二日後に、勇樹君いきなり出演者に加わってたよね。どうして?」
 そう言うと、勇樹君は静かに「座って話そうよ」と言ったので、パソコンの前で突っ立っていた私は長テーブルに移動して座る。勇樹君はその場で、椅子を私と茂岩の方に向けた。
「気が変わったんだよ」
 私は何か言おうとしたけど、勇樹君は続けた。
「なんつーか、明清東は学校祭盛り上がる事で有名とか、二日間やるだの他にくらべて開催時間が長いとかいうけどさ、結局の所やる気ある奴らと無い奴らで五分五分なんだよ」
 私はスカートのポケットからガムを取り出し、二人に渡す。
「有難う。……でさ、自分で言うのも変なんだけど、俺はやる気のある方でね。あ、茂岩はやる気の無い奴だけどな」
 じゃあ何故茂岩は出演者に立候補したんだろうか。別にどうでもいいけど。
「俺は楽しみたいんだ。地味な小道具は嫌なんだ。なるべく何もやらずに、いざ本番が来たら適当に学校をふらふらすればいいやっていう考えは、俺嫌なんだ」
 心が痛む。私は勇樹君が嫌だと思う考えをもっている、やる気のない人間なんだ。
「ま、だから出演してみようかなって思ったんだ」
「そっかぁ。そうだよね……」
「ただ、今回のビデオ映画、問題がある」
 勇樹君は険しい顔になった。勇樹君の言葉を待ったのだが、茂岩が喋り始めた。
「真岡さん知ってるか? 今回の脚本の事について」
「え? 全然知らない。誰が決めたの?」
「真岡さん、あの役決めの次の日、風邪で休んでたか知らなくても不思議じゃないね」
 確かに休んでいた。まぁ、それは別に主人公役に決まって落ち込んだから休んだのではなくて、その役決めの日は朝から調子が悪かったのだ。
 つまり役決めの次の日にストーリーを決め、その次の日に全ての最終決定が行われた。私はストーリー決めの日だけ休んだ。だから最終決定の日に、いきなり勇樹君が四人目に加わっていたから、すっごい驚いた。
「真岡さんが休んだ日、早速ストーリーをどうするかって話しになったんだ。で、このクラスで一番脚本を書けそうなのは、今も少し話しに出たけど、唯一小説を書いてる勇樹だ」
 私は頷く。
「確かに勇樹は素人だし、ただ趣味の一つとして書いてるぐらいのレベルだけど、小説書いていない奴よりかは少しはマシだろ? 俺達のクラスで一番本を読んでるのは勇樹だしな。だから俺は、脚本書くのは勇樹が一番向いてるんじゃないかって提案したんだ」
「俺と白井も、自分達が演じるんだから、ストーリーは自分達で決めるって言ったんだ。俺は自分の小説が凄いなんか思ったこと無いけど、他の人達よりはほんの少しはストーリーとか上手く考えれると思ったし、白井さん達もいたから、脚本は俺達四人で十分だと思ったんだ。なのに……」
 私は、唾とガムを飲み込んだ。
「あの裏方軍団、逆に脚本は自分達で考えるとか言い出した。俺たちは特にする事ないから、脚本ぐらいやらせろ。良い所ばかり持ってくなだってよ。あいつら、一度でいいから映画のストーリーを考えて、世に見せたかったらしいぜ。それが学校祭でビデオ映画として流れるんなら、まぁ自己満足には浸れるだろうよ」
「ひどい! あんなに出演嫌だとか学校祭なんかくだらないとか言ってたくせに……。私達は駒じゃないのよ」
「そう。でも四人でクラス全員を敵に回して勝てる訳はない。だから、あんなふざけたストーリーに……」
 ストーリー。もんの凄く簡単に説明すると、こうだ。
 恋人が喧嘩をした。女(私)はつい男(茂岩)を殺してしまった。男はある日幽霊として女の前に現れる。そして女も殺される。しかし男はまだ人を殺そうとしていた。ちなみに喧嘩の原因は女がとある男(勇樹)に惚れてすったもんだあったせいだ。
 なので幽霊男は、喧嘩の原因となったその男と、その彼女を殺すことにした。そして最後にそいつは、死んでから三人も人を殺してしまい、成仏し最後にはそして誰もいなくなった……というストーリーだ。
 この脚本考えた奴は、今すぐアガサ・クリスティに土下座してほしい。マジで。
 まぁ、陰湿な人間ドラマがあったり、殺した理由が実は他にも!? とか、幽霊男は変な勘違いをしていたとか、一応そういう嫌なリアルな人間関係は書かれているのだが……。
 感想を言えと言われれば、ふざけるな、だ。くだらない所じゃない。リアルな人間関係を書けばストーリーはなんでもいい的な思考は捨てて欲しい。こんな恥ずかしいストーリーを演じるなんて、本当は嫌なんだ。
 そもそも今ふと気づいたが、何故カメラマンがいないんだ。出演者四人でカメラ回して撮るなんておかしいだろ。裏方は小道具だけじゃないぞ、おい。
 だから、未だに四人全員出るシーンはまだ一回も撮っていない。なんだか、急に裏方組みに腹が立ってきた。
 何ににって、そりゃあ無気力で無責任なクラスの人達にだけど……。
 このビデオ映画に心から参加したいとは、思っていなかったからだ。
「ストーリー決めたくせに、演出には口出してこねぇしな」
 茂岩がカフェラッテを潰し、そう言った。
「演出とか面倒な事はお前らがやれって事だろ?」
「それでさ、勇樹。血糊の事なんだけどさ、あれだけじゃ少なくないか?」
 今の言葉で、何か違和感を感じた。
「まぁ、確かに四人も死ぬんだからな。用意した血糊、確かに少ないな。やっぱ追加するか?」
 なんだろう、うまく言えないんだけど、なんか妙な気持ちになる。
「そうだよな。白井にも後で相談してみようぜ」
 と言った所で、突然綾がドアを豪快に開けて登場した。
「遅れてごめんね。じゃあ行くわよ!」
 なんとも無駄の無い言葉だ。私達はゾロゾロと教室を出た。ていうか、打ち合わせするんじゃなかったのか。

 私達は学校の近くの商店街を歩いていた。といっても、ほんの数分あるけばすぐに商店街からは抜けてしまう。外にワゴンを置いて一冊十円で古本を売っている古本屋、落ち着いた雰囲気の喫茶店、靴屋、アクセサリショップというありきたりな店から、なんか怪しげな中古パソコンショップもあれば、アダルトDVDを売っている怪しさマックスの店まで様々だ。
 活気は無いが、まぁそこそこの人は歩いている。これが休日ならもう少し人は増えるだろう。
 今日は、本屋での撮影だ。何故本屋かというと、えーと……なんでだ?
「ねぇ綾。どうして本屋なの?」
「知らないわ。なんか、リアルを出すために実際の店でどうのこうのとかあいつら言ってたけど、なんかもう面倒だから聞き流しちゃったからさ。渡された脚本はまんまストーリーしか書いてないし。何よ、あいつら」
 ちなみにさっきからクラス批判をしているが、騒ぎ立てて無理矢理脚本を書いた男子は数十名で、女子はどちらかというと色々と相談に乗ってくれたりする。ほんの数名の男子は、脚本すらも面倒らしく、完全に試合放棄の態勢だ。
「ていうか、本屋で撮影なんて許されるの?」
「それなら大丈夫。私の家、実は個人経営の本屋なの。お父さんにお願いしたら、勝手にやれって言われた」
 それは有り難い話だ。……まぁ、考えてみれば、学生四人が本屋でちょっと怪しげな雰囲気で怪しげな会話をして、それをビデオカメラに収めるだけだし、別に問題は無いないだろう。そう思いたい。
 綾の家……本屋の前まで行くと、男の子が立っていた。
「駿! 早かったわね」
 綾と噂の絶えない海藤君だった。海藤君は不機嫌だ。実は、今日は四人全員が出るシーンがあるので、綾が海藤君をカメラマンに抜擢したのだ。何故か勇樹君もどことなく不機嫌な顔をしている。……か、確執でもあるのかな?
「面倒な事は嫌いなんだけどな」
 どこかで聞いた台詞だ。
「おい海藤。そんな嫌そうな顔するなよ」
 勇樹君がそう言いながら、海藤君を小突いた。海藤君は一気に笑顔になり、小突き返す。
「真岡さん」
「あ、えっと。はい!」
 私は超人見知りなので、始めて話す時にはどうも声が裏返り、オロオロしてしまう。だから高確率で一歩引かれてしまう場合があるのだが、海藤君は嫌な顔一つせずに、言った。
「カメラ、渡してくれるかな」
「あ、う、ううん」
「ううん?」
「うんって言ってるのよ」
 綾が翻訳してくれた。私はつい緊張して、海藤君の胸にどんっとビデオカメラを押し付けた。
「有難う。……なんか、真岡さん意外に面白い人だな」
 綾が一瞬私をジロリと睨んだのは、まぁ気のせいだろう。

 本屋に入ると、早速撮影に入る。撮影といっても、たったの二、三分程度だ。
 私はぐるっと本屋を見回す。結構小さい本屋だ。こじんまりとした雰囲気がなかなか居心地が良い。本棚を幾つか見てみると、とりあえず一通り人気のありそうな雑誌、漫画、小説を揃えてみました的な感じだ。人はあまりいない。
 本屋は長方形(入り口から見ると縦方向だ)で、真ん中に大きい、横に長い棚がドシンと置かれていて、本屋を左右に仕切っている。たまたまその長い棚の左側に人が溜まっていたので、私達は棚の右側で撮影する事にした。右側には、運良く人は誰もいなかった。
 ちなみに、もちろん長い棚は、長方形の本屋の端から端まで置いてあるわけではない。入り口側には、そこそこ人が通れるスペースはあるが、反対側はかなりスペースが狭く、棚の右側から左側を確認するのは普通に無理だ。
「ねぇ、駿。本屋の全体シーンも撮りたいわ。ぐるーっと、この棚の周りを一周しながら写しといて」
「あいよ」
 海藤君はそれに従い、ぐるりと一週する。狭いからすぐに戻ってきた。
 撮影は順調に進み、気づけばもう最後の綾と勇樹君のシーン。この二人は恋人役なんだけど……。綾が羨ましい。
 でも、向井あって話し合う二人は、妙に似合っていた。やっぱ、ダメだよな。私なんか綾みたいな良い性格じゃないし、なんか陰湿だし……。いや、今はそんな事を考えてる場合じゃないね。撮影に集中しないと。
 撮影はそこそこ順調に進んだ。撮影時間が短いので、すぐに本屋を後にした。そういえば本屋を出た時に、うちの学校の制服を着た男子が二人程いた気がする。その二人は、海藤君の持っているビデオカメラを見て驚いていた気がするけど……。まぁ、考えてもしょうがないか。
 本屋の撮影が終わった後、その後はひたすら公園で撮影を続けた。終わったのは夕方だった。そして全部の撮影が終わった後、綾は人差し指をおでこに当てて、うーんと唸っていた。……なんでだろう?
「おい、白井」
 海藤君が綾を呼んだので、綾はハッとして海藤君の方を振り向いた。
「今日の撮影はもう終わりか?」
「あ、うん」
 今日は予想してたよりも少し早く終わったので、まだ空は青い。
「俺この後暇なんだけど……」
「あ、私もよ。じゃあ、私の家に寄っていかない?」
 そう海藤君に言った。私達の方は向いていない。もちろん気を使って、三人でさっさと帰る雰囲気になったので、家で何しようかと考えていると、勇樹君がせっかくだから遊んでいこうと言ったので、商店街をぶらぶらする事になった。
 制服のまま遊ぶなんて、凄く久しぶりだ! えっと、最後に制服のまま遊んだのは……。
 幼稚園の頃だった。

 私達はあてもなく商店街をふらふらし、喫茶店コロポックルンに入った。こ、ここが喫茶店というものか!
 椅子に座る。私の向えに二人が座る。勇樹君はアップルティー。茂岩はアイスコーヒー。私はオレンジジュース。
「なぁ、勇樹」
 茂岩はぶっきらぼうに話し始めた。
「白井に血糊の事について、相談するんじゃなかったのか」
「なんだ、覚えてたのならお前が言えば良かったじゃないか」
「無理だよ。海藤がいたから、白井に死ぬほど話し掛けずらいよ。付き合ってるという事実が無いから、余計にだよ」
 勇樹君は何やら深刻な顔つきになったので、私はつい見つめてしまった。
「あぁ、そうか。真岡さんは知らないか。勇樹はな、白井さんの事が好きなんだぜ」
「……え?」
「そうだよな。勇樹」
 勇樹君は小さく頷いた。
 その後の会話は覚えていない。三十分ぐらいいたけど、なんにも聞いてなかった。

 喫茶店を後にし、家に帰る途中で、一つの疑問を感じた。さっき、勇樹君と茂岩は脚本は四人で書きたかったけど、結局裏方連中に押し切られ、あのふざけた脚本は裏方連中が書く事になった、という話をしていた。
 だが、ここで一つ思い出したことがある。私の休んだ日には、ストーリーを決める話し合いが行われたらしい。で、私は休んだ次の日に学校へ行き、何気なく黒板を見ると、何やらごちゃごちゃと書かれていた。多分、私の休んだ日のロングホームルームの時に書いた物が、まだ残っていたんだろう。すぐに日直が消したからしっかりとは見ていなかったけど。
 そしてそこには裏方の具体的な事も書かれていた。裏方の役割は小道具だけじゃない。裏方の役割はカメラ、脚本、ビデオ編集が書かれていた。
 だが、さっきの話を聞く限りでは、「脚本は誰が書くか決まっていなかった」という事らしい。でも現実は、最初から脚本は裏方がやる事になっていたんだ。
 という事はだ、さっきの脚本についての話は嘘になる。
 あの二人は、私が休んだ日のことを知らないのをいい事に、ありもしない脚本騒動の事を私に話した。では何故そうする必要があったのか。そして何故茂岩は、いきなり勇樹君が綾の事を好きという話を持ち出したのか。さっきの話の切り出し方は、まぁ不自然といえば不自然だ。
 確実な答えは出せないが、もしかしたら二人は、私の気持ちをなんとなく感じ取っていたのではないか。でもここでまた疑問が生まれる。
 綾の話についてはすぐに予想は出来る。そう、茂岩はこう言いたいんじゃないか。勇樹は白井綾が好きだから、諦めろ、と。そして更に、勇樹にデレデレした、少し抜けた状態でビデオ映画をやられては、立候補した三人に失礼だと。茂岩はそういう事を伝えたかったのかもしれない。それに茂岩は、私と中二の頃同じクラスだったから、他の二人よりも私の事はしっている。だから予想以上にビデオ映画にそこそこに参加しているのが、凄く不自然だったのかもしれない。
 えぇそうよ。勇樹君がいなかったら、ここまで真面目にやってなかったわよ。では、脚本の嘘話はどういう意図があったのだろうか?
 私の頭に、急に閃光が走った。
 あの役決めの日の事を思い出す。そういえば、あの日は私と、綾と、茂岩だけだった。休み明け、いきなり勇樹君が四人目として加わっていたのだ。
 もしかして勇樹君は、地味な裏方が嫌だから出演者側になったんではなくて、綾と一緒にいたいから出演者になる事にしたんじゃないか。
「死んじゃえ」
 私は、一人でそう呟いていた。涙も出ねぇ。……でも、いざ夜になってベッドで寝ようとすると、この事しか考えられなくなって大泣きしていた。
 一人じゃおかしくなりそうだったので、その夜はポチを強く抱きしめながら寝た。涙はポチの体で拭った。ポチは私を裏切らない。

 私は翌日、学校を死ぬほど休みたかったが、気力を振り絞った。私が休んだら、綾に迷惑がかかる。綾だけには、迷惑をかけたくなかった。
 家を出ると、ポチが出迎えてくれた。昨日は夜中寝ているところを強引に部屋の中へ引っ張り出したので、ちょっと怒ってるかもしれない。
「ポチ、おはよ」
 ワン! と答える。多分おはようと言っているんだろう。
「昨日はごめんね」
 ワンワン! と答える。多分気にするな、大丈夫と言っているんだろう。
「有難うね、ポチ。今日は学校帰りにいつもより高い餌買って来るからね」
 私は、尻尾をぶんぶん振り回すゴールデンレトリバーの頭を撫で、学校へ向かった。……うぅ、胃が痛くなってきた。

 学校へ行き、教室へ入ると、吐き気に襲われた。なんかもう人間全員が敵に見えてきた。そうだ、周りの人間を全員ポチだと思えばいい。ポチ、ポチ。ポチポチポチポチ……。
「何呟いてるの?」
「わぁ!」
 綾がカチューシャを頭に乗せながら近寄ってきた。今、綾に強烈な嫉妬をしている自分が嫌だ。
「もう……。しっかりしなさいね」
 綾は私を見て、何かあったのかなと察したみたいだが、何も聞いてこなかった。その優しさに乾杯。
「ねぇさっちゃん。あのね、面白い本があるんだけどね……」
 明るく話し掛けてくれる。でも、今は放っておいて欲しい。
 私の心がズタズタになろうと、どっかの国で内戦が起きようと、どっかの市が財政破綻しようが、チャイムがぶっ壊れようが、学校のスケジュールが狂う事はなく、授業は始まる。
 授業中、ふっと隣にいる綾を見ると、一生懸命ペンを走らせていた。でもノートの上に何やら小さい手紙が見えた。どうやら手紙を書いているらしい。
 手紙を書き終えると、綺麗に折りたたみ、ちょっとかがんだ姿勢になり、机の下から手紙をサッと投げる。うん、ナイススウィングだ。ちなみに綾の前には、私と話したことの無い女子が座っている。
 あぁ、楽しそうだなぁ。悩みなんて無いんだろうなぁ。
 ぼーっとしたまま、授業はどんどん進む。やがて昼休み。やがて放課後になる。
 放課後は、また新聞部の部室で打ち合わせをする事になっている。
「真岡さん」
 急に茂岩に話し掛けられた。
「何よ」
 ついぶっきらぼうに答えてしまう。
「俺も一緒に行くよ」
「あぁ、そう」
 私は完全に不機嫌モード爆発だったが、茂岩は何も言わずについてきた。

 部室へ入ると、綾と勇樹君がいた。しかし、綾が何故か激怒していた。私はつい驚いて、手に持っていたイチゴジュースを落としそうになった。
「これは事件よあっちゃいけないのよ絶対許さないわ!」
「あ、綾どうしたの?」
 そう聞くと、綾は私に目をやり、ほとんど叫ぶように言った。
「この部室にビデオカメラ置いておいたんだけど、無くなってるのよ!」
「え! それ本当?」
「本当よ。勇樹君とついさっきここに着てね、この長テーブルに置いてあったはずなのに、どこ探しても無いのよ!」
 綾はゴンゴンと長テーブルをグーで殴ってそう言った。確かにこれは穏やかじゃないぞ。盗難だなんて。
「ビデオカメラにはテープも入ってたんだぜ。マジで犯人許せねぇ」
「おい勇樹、そんな怒るな」
 興奮している勇樹君を、茂岩が止めに入った。
「なんだ、お前。あのテープが無かったらこれまでの事が全てパーだぞ。学校祭はどうなるんだ? 俺はこのまま何もないまま学校祭を迎えるなんて嫌だぞ」
 本当にそう思ってるんだろうか。今の言葉も綾の気を引かせるためなんじゃないか?
「怒ったところで何がある。物事っていうのは冷静に考えないとダメなんだ。もちろん今から人に聞いたりして探すぞ。でも、お前は探さなくていい。邪魔だ」
 も、茂岩が凄い怖い顔で勇樹君を黙らせようとしている。どこだ、普段のあのどことなくおちゃらけた感じの茂岩は、どこ行った。今、この二人は向かい合ってお互いを睨みまくっている。私と綾は呆然と、少し離れた所で突っ立て、その喧嘩を眺めていた。
「怒らない方がおかしいね!」
 そう言った途端、勇樹君は手をグーにしていた。ヤバイ、この雰囲気と展開はヤバイ。
「わ、わぁー! こ、このイチゴジュースすっごいおいしいよぉ!」
 私は頑張った。意味不明な台詞で場を和ませようと努力した。
「茂岩、お前普段台詞忘れたりして、やる気ないんじゃないのか? お前、頭悪いからこういうの無理なんじゃないか」
「俺は頑張ってやってるつもりなんだがね。俺の記憶力の無さをバカにしてるのか?」
「今度はそうだなぁ! メロンジュースに挑戦してみようかなぁ!」
「大体、勇樹は最初裏方希望だっただろ?」
 そう言った途端、ついに勇樹君が拳を振りかざした。すると、ふっと綾が勇樹君の背後に移動した。
「うるさぁい!」
 という綾の叫びと共に、綾の強烈なミドルキックが炸裂した。ミニスカート蹴りはなるべくお止め願いたい。
 少し前の私なら勇樹君に飛びついて大丈夫? と聞いただろうが、どうとも思わなかった。いや、少しは心配になったが、別に今となっては特に深い感情は込みあげてこなかった。
 勇樹君がもしも、心の底から私を邪魔扱いしてあぁいう話をしたなら、最低の人間なんだから。
「全く……。男子はどうしてこんなに幼稚なのかしらね」
 というと、綾は痛みにこらえきれずに、床に崩れ落ちている幼稚な男子を上から見下ろしていた。
「あのね、苛立つのはしょうがないけどさ……。頭悪いって何よ、酷いじゃない。ちょっと頭冷やす必要があるわね」
 綾はそう言うと、何やらメールをカタカタ打ち出した。どうしていいかわからず、私はずっと黙っている事にした。
 二分ぐらい四人で黙っていると、部室のドアがゆっくりと開いた。海藤君だった。明らかにジャンバーを羽織って鞄しょって、今から帰りますスタイルだ。多分、綾のメールが来るまでは、玄関かもしくはもう外にいたのだろう。……パシリ?
「回収に来ました」
「ご苦労さん。あの背中をさすってる男を回収してちょうだい」
「お前、また男子蹴ったのかよ……」
 ちなみに、教室で海藤君が蹴られているのを、私は二回程目撃したが、あの時は二回とも軽く蹴っていた。だが、今回の綾の蹴りは普通に痛そうだった。つーか、よく背の高い勇樹君の背中まで、楽々と足が伸びるもんだ。
「はい、じゃあ西羽勇樹回収しまーす」
 海藤君は、勇樹君の首根っこを掴み、ずるずると引きずっていった。
「一日放置しておけば、頭冷えるでしょ。あ、茂岩気にしなくていいのよ」
「気にしてなんかないさ。……真岡さん」
「あ、うん」
「今日喫茶店で会えるかな」
 茂岩は真剣な顔でそう言った。
「大丈夫だよ」
「あら、お二人さん喫茶店行くの? ……そうね、勇樹はいないしビデオカメラは無いし、撮影は中止ね」
「うん……そうだね」
 綾は溜息をつき、私に聞いてきた。
「ねぇさっちゃん。ビデオカメラの事で、何か心当たりない?」
 私はなんかもう全てが嫌になってきた。なんか、綾に変な嫉妬を覚えている。私は勇樹君がいるからこのビデオ映画をサボらず毎日参加してたけど、その勇樹君は綾目当てだったんだ。なんか、私凄くバカだ。
「……」
「何も知らないのね?」
「そうなんじゃない」
 つい、ぶっきらぼうに答えてしまった。
「そんな冷たい言い方しなくてもいいじゃない」
 私は黙っていた。すると、綾は突然キレた。
「黙ったり適当な返答ばっかしないでよ! 貴方いっつも何も言わないんだもん。私は貴方に近づいてるのに、貴方は私に近づかないじゃない。私が何か聞いたりしても、貴方は何か言いたそうな顔して、まぁこういう返答が妥当かなみたいな返事しかしない。ねぇ、どうしてよ。なんでそんなに黙ってるのよ。思ってる事言いなさいよ。私一人で貴方に近づきまくって、なんか私バカみたいじゃない。一人相撲程寂しいものないわよ!」
「白井さん。何もそこまで……」
「うるさい!」
 と言って、綾はダッシュで部室を出て行った。
 気づくと私は、涙をボロボロ流していた。どんどん大粒の涙が流れてきた。私は大切な友達を失ってしまったんだ。私は最低な奴なんだ。
 結局、夕方まで私は部室の机に突っ伏して泣き続けた。茂岩は私が泣き止むまで、ずっと椅子に座って待っててくれた。
 さすがに泣き続けると、いつか泣き止むときが来る。私が顔を上げると、茂岩は静かに言った。
「喫茶店、来てくれるか。奢るよ」
「……パフェ食べる」

 茂岩と二人で学校を出る。男の子と一緒に帰るなんて初めてだし、二人きりで喫茶店なんて初めてだ。
 相手が茂岩なのに、何故か緊張している自分がいた。今こうして学校近くの住宅地を歩いてるだけで、ロマンチックでもなんでもない。でも心臓の鼓動は高まっていく。そうだ、やっぱり相手をポチと思えばいいんだ。ポチポチポチ……。あ、今日はポチに高い餌買ってあげる約束してたんだ。
 ……何か頭の中で他の事を考えないと、またさっきの事を思い出して泣き出しそうな自分がいる。私は一生懸命、どうでもいいような事を考えていた。
「なぁ、真岡さん」
「あ、うん」
 ていうか前から気になってた事がある。私は恥ずかしかったけど、頑張って言う事にした。私も綾みたいに言いたい事をズバズバ言わないとダメだ。
「あ、あの」
「うん?」
「私の名前は真岡紗月で……」
「そんなのわかってるよ」
 茂岩はケラケラと笑った。
「いや、だから。真岡、でいい。紗月でも、いいよ……」
 茂岩はキョトンとした顔になったが、すぐに笑顔になった。
「そっか。えーと、さつ……」
 茂岩の顔が紅潮していくのがわかった。
「さつ……。いや、真岡」
「うん」
「喫茶店、どこがいい?」
 私はてっきり前の喫茶店に行くのだと思ったが、どうやら察してくれたらしい。あの喫茶店では嫌な話を聞かされたので、あまり行きたくなかった。
 でも、喫茶店なんか私知らないもん。
「どこでもいい」
「んじゃ、前行った商店街の喫茶店の近くに、もう一軒あったの知ってるか? そこにしようぜ」
 と言って、商店街に突き進んだ。住宅地を抜けるとすぐに商店街につく。
 ふと思った。こうして二人で歩いてると、付き合ってるように見えるのかな? み、見えるんだろうなぁ。
「ほら、ここだよ」
 と言って茂岩は店の前で立ち止まった。その店はなんというか、バンガローみたいな造りの喫茶店だった。店名はニポポ。
 なにやら怪しげな一メートルぐらいの大きさのニポポ人形(木で作られた人型の人形だ)が、店の前にのっそりと置いてある。
 ……まぁ、私は人の趣味にいちいち突っ込む性格は持ち合わせていないが……。茂岩、ちょっとアンタの趣味を疑うわ。
「何ぼーっとしてんだ。入ろうぜ」
「う、うん」

 店内は、意外と普通だった。ちょっと狭くて、店の真ん中にまるーいドーナッツ状ののカウンターが置いてあって、そこには八個の椅子が置いてある。後は壁際に小さい席が幾つか用意されている。テーブルも椅子も、全て木だった。
 やたらこの店の人は木が好きらしい。不思議な雰囲気の喫茶店で、私は気にいった。……って事は、私も茂岩と同じか。
 店長は若い女の人だった。化粧はしてないけど、美人さんだった。ショートカットの髪型がよく似合っている。
「まぁ座れよ、真岡」
 茂岩は自分の家でも無いのに、私に席を勧めた。すぐに美人さんの店長が寄ってきた。
「真岡、何にする?」
 やたら茂岩はポンポン私に質問してくる。まぁ、私は自分から何かを言うのは苦手だから、先に言ってくれると有り難い。
「うんとね……。このニポポパフェと、ニポポメロンソーダ」
「じゃあ俺はニポポ紅茶で」
「わかりました。すぐにお持ちしますね」
 店長が消えると、茂岩は早速喋りだした。
「なぁ、あの店長美人だろ」
「そうね。茂岩はあぁいう人が好みなの?」
「俺の趣味としては、髪が適度に長い方がいいな」
 その時、茂岩が私のセミロングヘアーをちらっと見てた気がするが、まぁ気のせいだろう。
「それでさ、話なんだけど……」
「ニポポパフェとニポポメロンソーダ、ニポポ紅茶お持ちしました」
「あ、有難うございます」
 私はニポポパフェとニポポメロンソーダとはなんだろう思ってたら、別に普通のパフェとメロンソーダだった。紅茶も普通。なんでもニポポとつければいいってもんじゃない。
 私はまず、パフェの上にちょこんと乗っかっている苺を食べた。茂岩の顔は、かなり真剣だ。
「脚本の話覚えてるか」
「うん」
「あれ、嘘なんだ」
「知ってる」
 茂岩はかなり驚いて、紅茶を少し拭いた。私は無言でティッシュを差し出す。
「有難う。……なんで気づいた?」
「黒板」
 茂岩は納得したように頷いた。
「じゃあ説明は省けるな。たしかに、勇樹は面倒だからといって、裏方組みに入った。脚本も書きたがってたしな。でも、前も言ったけど、勇樹は白井さんの事が好きなんだ。その白井さんは出演者組みだった。だからあいつ、気が変わって皆に頼み込んだ。まぁ皆裏方が一人減ろうが出演者が一人増えようがどうでもいいから、すぐにあいつは出演者側になれた」
 私は生クリームを崩しに掛かった。
「……うまい?」
「うん」
「でも勘違いしないで欲しいんだ。勇樹言ってたの覚えてるか。地味な裏方で何もせずに終わるのが嫌だって。あの言葉、今は信じてもいいと思う。あいつ俺に言ったんだ。ビデオ映画の撮影やってるうちに、こっちの方が楽しいってね。何もせずにぐうたらしている裏方じゃなくて良かったとも言ってた」
「……コロコロ気の変わる人なのね」
 茂岩は紅茶を少し飲んだ。予想以上に苦かったらしく、少し顔をしかめる。
「まぁ言っちゃえばそうだな。だから、出演者組みに入ろうとした動機は不純だけど、あまり悪く思わないで欲しい」
「じゃあ、なんであんな脚本の嘘話でっちあげたのよ」
 茂岩は一層真剣な顔になった。
「真岡も、勇樹と似たような感じなんだよ」
「……どういう事?」
「俺は中学から真岡と同じだから、他の二人よりは真岡の事を知っているつもりだ。ほとんど話した事の無い奴でも、三年以上も身近にいれば、詳しい性格は気づいたらわかってくるもんさ。……お前、本音を言うとやる気なんかゼロなんだろ?」
「……そうよ。やりたくないわよビデオ映画なんて。私は裏方で楽に行きたかったわ。ジャンケンで負けたから仕方なくよ。いや、それでも勇樹君がいなかったらサボってたかもしれない。でも、今はもう勇樹君は理由にならなくなったの。じゃあ、今私がビデオ映画にサボらずに何故参加しているか。それは綾がいるからよ。綾にだけは迷惑かけたくないもん」
「その考えが、一番白井さんにとっては迷惑なんだよ」
 私はよくわからなかった。だから茂岩の言葉を待った。
「最初は三人の予定だっただろ。勇樹が途中から入って四人になったけどさ。で、真岡はジャンケンに負けて三人目になった。という事は、自ら立候補したのは白井さんと俺だけだ」
「うん」
「だから、勇樹とか真岡みたいな、不純というか、そういう動機でやられたら、俺と白井さんにとっては迷惑なんだよ。こっちはただ単に学校祭を楽しみたいとか、真面目にやりたいと思ってる。俺は台詞覚えるの苦手だけど頑張ってる。でも、なんだよお前らは。勇樹は白井さん目当て。前の真岡は勇気目当て。今の真岡は白井に迷惑かけたくないから。なんだよそれ。真面目にやってる俺たちがバカみたいじゃないか。そういう態度でやられたら、困るんだよ」
 言われてみれば、そうだ。私は真面目にビデオ映画を成功させようとしている綾を見て、ただ迷惑をかけないようにと思い、渋々参加していた。でも、私はこれっぽっちもビデオ映画を成功させようと思った事は無かった。
 確かにそうだ、綾と茂岩からしてみれば嫌な話だ。
「話はよくわかった。でも、脚本の話とどう繋がるの? 喫茶店で、勇樹君は綾の事が好きっていう話題を出したのも、二人が仕組んだんでしょ? 勇樹君が綾の事が好きだという事を私が知れば、確実に私は勇樹君を理由にビデオ映画に参加する事は無くなる。それだけで十分じゃない」
「確かにそうだ。……でも、真岡」
「何?」
「約決めが決まったのが十月二十五日。今は十一月十日。約二週間やってみて今の真岡の考えはどうだ。あの脚本の話をされた時、真岡はどう思った? 思い出してみろ」
 今の茂岩の言葉は、私の心に鋭く突き刺さった。そうだ、そうだ!
 私はあの脚本の嘘話をされた時の自分の事を思い出す。私達出演者組みを駒としか思ってなく、ふざけた脚本を書いたあいつらに腹を立て、カメラマンの役すらやろうとしない事に理不尽さを覚えて、裏方組みに怒りを覚えた。
 もしかして、茂岩と勇樹君は、その事をわかってほしかったんだろうか。それならあの嘘話に対して怒りは覚えない。
 ……でも、だとしたら勇樹君は何様よ。自分の事を棚にあげて、私にちゃんとやれと示唆する。それってなんかとても気分の悪い話だ。
「もうわかっただろ。……これからは、違う気持ちで参加出来るよな?」
「うん」
「なんか真岡が悪いみたいな事言ったけどな、白井さんに迷惑をかけたくないっていうのも、真岡の優しさから来てるものだってのはちゃんとわかってる。……もしかして、じゃあ勇樹は何様よ! とか思ってる?」
「思ってる。すっごい思ってる」
「その事なら許してやってくれ。俺、ちょっと前に勇樹に長々と説教しといたから。これでおあいこって事にしてくれないかな」
 茂岩は小さい子供のような笑顔でそう言った。
「まぁ……私も最初は不純な動機だったしね。別に、いいよ。それに貴方がそこまで言うなら、ね」
「そっか! 有難う真岡。あ、後は白井さんと仲直りしないとな。まぁ、大丈夫だよ。白井さんはそこらへんの女子みたいにしつこい性格じゃないから、今だって真岡と仲直りしたいと思ってるぜ。ビデオカメラの件は心配だけど、こればっかりは人に聞いたりするしかないよな……」
 私は今、とある事を思った。こういう事は恥ずかしくて、今まで言えなかったが……。今は、いえる。
「有難う」

 私と茂岩は喫茶店を出て、別れた。途中でポチのために、お高い餌を買った。そして商店街を歩いていると、綾の本屋の前を通りかかって、ピンと来た。
 わかった。わかったぞ! ビデオカメラを盗んだのは、多分あいつらだ!
 もしかしたら綾、帰ってるかもしれない。私は本屋に飛び込んだ。
「あ、あのぉ!」
 と叫ぶなり、エプロン姿で、本を棚にしまっている綾と目があった。
「ど、どうしたの……?」
「ビデオカメラ盗んだの、あいつらよ!」
「あいつらって誰よ!」
 私は深呼吸をして、言った。
「この本屋で撮影した時の事、覚えてる? あの時、私たまたま見かけたのよ。本屋を出る時に、うちの高校の男子生徒がこの本屋から出てきてたの。その時に、海藤君の持ってるビデオカメラを驚いた顔で見てたわ。多分、そいつらよ!」
「で、でもだとしたらどうして盗んだの?」
 私は考えた。あの狭い店内は、真ん中に置かれた長い棚が置かれていた。私達は右側で撮影した。という事は、あの男子生徒二人は左側にいた事になる。それなら、店の外に出た時に、始めてビデオカメラが回っていたことに気づいたんだろう。
 もしもあいつらが盗んだとしたら、もちろん何か後ろめたい理由があるんだろう。私が思いつくのは……万引きだ。
 だが、万引きだと話はおかしくなる。だって、私達は右側で撮影を行っていたから、左側は撮っていないのだから、もしも万引きしていたのなら、写ってはいないはずだ。だったら盗む理由なんてない。
 ……いや、待てよ。あの時海藤君は本屋をぐるりと一周したんだ。だが一周したとしても、本屋は小さいから、すぐに戻ってきた。確か戻ってくるのに十秒ちょっとだったはず。
 それなら、万引きをしている最中、もしくは万引きをやろうとしている自分達の背後を海藤君がカメラを持って通ったのには気づかないのではないか。そしてカメラの中に自分達が写っている可能性は高い。
 だが、あの男子生徒二人が店を出た後にカメラに気づいたのなら、高確率で自分達は撮られてないと思うはずだけど……。
 いやしかし、万引きをやっている方からしてみれば、少しでも犯罪の証拠が残っている物は、この世から消したいのではないか?
 私は、とりあえず今の話をわかりやすく綾に話した。綾は興奮していた。
「確実な証拠とは言えないけど、絶対に無い話じゃないわ。さっちゃんお手柄よ。ちょっと待ってね……」
 もう、綾は喧嘩の事など忘れているらしかった。
 綾はまず勇樹君に電話をして、今の説明を興奮した口調で勇樹君に説明した。少し話すと、電話を切った。
「勇樹も覚えてるって。今の話を聞かないと思い出しもしなかったらしいけどね。あいつらの事、勇樹知ってるってさ。一年B組みの山田と川島だってさ!」
 知らない人達だ。
「で、どうするの?」
「うん。とりあえず勇樹、明日さりげなく聞いてみるって。あいつ、意気込んでた。本当にこのビデオ映画の事、大切に思ってるらしいわね」
「……あ、当たり前じゃない。私の名演技が消えたら困るわ!」
 そう私が言うと、綾は満面の笑みなった。

 翌日、昼休みになると、勇樹君はB組みへ飛んでいった。そして昼休みが終わる五分ぐらい前に、勇樹君がビデオカメラを持って教室に戻ってきた。
「ゆ、勇樹! さすがだな、お前は最高だ!」
 茂岩がそう言いながら、勇樹君に飛びついた。
「飛びつくな馬鹿野郎! 大丈夫、ちゃんとテープも生きてる」
 そう言うと、勇樹君は私の方を見て、言った。
「見事に真岡の言う通りだったよ。あの二人、万引きの場面が写ってるかもしれないっていう恐怖に耐えられなかったらしいぜ。まぁ、確かにそういうあって気持ち悪い物は、なるべく消したいよな。あぁ、万引きのシーンなんか写ってなかったぜ」
 ……でもそれだと、一つ疑問が残る。
「ねぇ、ちょっと待って。じゃあ、なんでその二人は、テープ捨てなかったの? しかも律儀にビデオカメラにテープ入れて、学校に持ってきてるの?」
「もちろん俺もそう思った。だから聞いたんだけど……」
「聞いたんだけど?」
「そればっかりは、何も言わなかったよ」
 私は一つの仮説を立てた。まずあの二人はビデオカメラを盗む。そして家で確認する。早送りしながら、あるいは後ろから巻き戻しながら見たかもしれない。
 でも、もしも。ちょっと気が向いたとか、なんか暇だったからとか、そういう些細な理由で、最初から最後まで見たかもしれない。そして結局万引きと思われるシーンは写ってなかった。
 そして良心が動いたのだとしたら……。
 まぁ、いいか。仮説ばかり立ててもしょうがない。こうして、無事にカメラは戻ってきたのだから。
 
 放課後、私達はまた飽きずに、新聞部の部室にいた。新聞部の海藤君は、ビデオ映画の事をかなり重視した内容の学校祭特別号の新聞を、部室の隅で一人でいそいそと書いている。有難う、海藤君。
 そして、勇樹君はパソコンをいじっている。これまで毎日、地道に撮影したデータを編集していたらしいのだが、大分完成したらしい。
 最初からざっと見て一つ気づいたのだが、一つ抜け落ちてるシーンがある。本屋での綾と勇樹君のシーンだ。本屋では四人全員出るシーンもあったが、あの本屋でのメインは、綾と勇樹君とのシーンだった。
「さっちゃん、何不思議そうに画面見てるの?」
「いや、綾と勇樹君のシーンはどこにいったの?」
 と私が言うと、綾は手で私の口を押さえて、襟首を掴んで、私を部室の隅に引っ張った。
「あのシーン撮影してる時、貴方がすっごい羨ましそうな顔で眺めてから、こっそり昨日消しちゃったのよ」
 私は、凄くなんともいえない気持ちになった。私はあんなに綾に嫉妬したりしてたのに!
「気遣わせてごめんね」
「別にいいのよ。一つぐらいシーンが抜け落ちても、まぁなんとかなるでしょう」
 綾は屈託のない笑顔でそう言った。ビデオ映画、必ず成功させなきゃなぁ。
 そして私は、前に妙な気持ちになった事を思い出して、あの時は言えなかったけど、今なら言える。
「ねぇ、茂岩」
「うん?」
「血糊の量、多くするって言ってたよね」
「あぁ、そうそう。忘れてた。四人とも死ぬっていうふざけた話だからな。用意した血糊じゃあ、足りないんだよな」
「いらない」
 私はこれまで、言いたい事を言えずにもどかしい気持ちになってたけど……。今なら、言いたい事をちゃんと、相手に伝えれる。大丈夫、不器用は徐々に直していけばいいんだ。
「私、人が死んだり、血が沢山出るお話、嫌いなの。だから血糊はいらない。人が誰も死なないストーリーが良い。だって、出演者が全員死んで、しかも血だらけになるなんて、あまりにも悲しすぎる」



 その後、急ピッチで撮り直しが行われた。

2007-01-16 23:23:09公開 / 作者:風神
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