『カレーなるダンス』作者:時貞 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 私はカレーが大好物である。
 毎日毎日カレーが食べたい。それも、一日三食。
 カレーのことを考えるだけで……あああああ、もう……う――ん、タマランチ! ってな感じである。――いや。あああああ、もう……う――ん、サマーホリデー! ってな感じのほうがしっくりくる。
 どれほど私がカレー好きかということが、いまの表現で充分理解していただけたことと思う。
 しかし世の中には、カレーがあまり好きじゃないという奇人変人や、カレーが嫌いだ! などとぬかしやがる狂人も存在する。私にとってそのような連中は、宇宙人以外の何者とも思えない。だってどう考えたって、カレーは美味いでしょうが。美味くて美味くてたまらんでしょうが。
 私にとって大切なものに順位付けをすると――。
  一.カレー。
  二.自分の命。
  三.家族。
 なのである。
 恋人? 趣味? 仕事? ノー、ノー、ノー、ノー! そんなもんはず――っと下のほうにランク付けされてしまう。一応、二位と三位にカレー以外のものを入れたけれど、本音を言ってしまえば、一にカレー、二にカレー、三、四が無くて五にカレーといきたいところなのだから。
 こんなことをしゃべっているうちに、またまたカレーが食べたくなってきてしまった。そうと決めたら食べるっきゃない。私が好きなカレーはどんなカレーかって? それがですね、いかなる種類のカレーも大好きなんだな、これが。
 本格的なインドカレーも大好物だし、日本の典型的なカレーライスも大好き! それに、タイやインドネシアやスリランカのエスニックなカレーもたまらんですなぁ。――あ、ちなみにレトルトのカレーも大好きよ、私。保存もきくし、最近は色々なレトルト・カレーがありますから。もち、昔ながらの<ボンカレー>もイカしてると思うしね。
 ああ、もうダメだ……。頭の中がカレールーになってきてしまった。よっしゃ! とびきり美味いカレーを食べに出かけるぞ――!
 私は手短に着替えを済ませると、木造アパートを急ぎ足で飛び出した。

       *

 最近のお気に入りである、Jポップミュージシャンのヒップホップ・ナンバーを聴きながら、山手線に揺られること十五分。私は目的のお店の最寄り駅である新宿駅に到着した。ホームに降り立った瞬間、頬を突き刺すような寒風が吹き付けてくる。ふと見ると、鉛色をした空から小雪がちらつき始めていた。
 私はダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んだまま、新宿東口方面への出口に向かった。
 あいにくの空模様ながら、週末の新宿は相変わらず人でにぎわっていた。前を歩いている、女子高生と思しき少女の栗色の巻き毛。私にはそれがカレーうどんに見えてしまい、思わず腹の虫が大きな声をあげて鳴いた。ちなみに私は、カレーうどんもカレーパンも大好きである。
 私はさらに足を早めた。

 本格インドカレー店――<マハラージャン>に到着したときには、もう私の空腹は臨界点に達しようとしていた。店から漂ってくるカレーの香りに、思わずよだれが滝のようにあふれ出す。私は流れるよだれもそのままに、店内へと足を踏み入れた。
 聴き慣れたインド音楽がゆったりと流れる店内は、いつもながら金色の装飾品で飾り立てられていた。テーブル席は、ほぼカップルなどのグループ客で埋まっている。私はいつものように、カウンターの一番隅に腰を下ろした。
 枯葉色のメニューを手に取る。
 出された水を一口含みながら、私は胸躍る気持ちでメニューを開いた。ランチメニューに目を落とす。この店のランチメニューは、日によって内容が変わるのだ。
 マトンカレーセット、チカンカレーセット、キーママサラセット――と、ここまで目を通したところで私は思わず息を飲んだ。
 ――マハラージャン開店一周年記念! 本日のみ、スペシャルランチセットにタンドリーチキン付きで千円!――。
 スペシャルランチセットとは、好きなカレーを三種類チョイスすることができ、サラダにスープ、そしてワンドリンクにデザートまでもが付いてくるという、その名のとおりスペシャルなランチセットなのだ。通常なら千五百円するところが、今日に限ってタンドリーチキンまでもが付いて千円とはッ! 
 私は迷わずスペシャルランチセットを注文する。ドリンクはもちろんラッシーだ。そして――ここにきて私は、おおいに迷うこととなる。
 ランチに限らず、この店はサフラン・ライスかナン(インド風のパンみたいなもの)のいずれかを選ぶことが出来る。いつもなら、その日の気分でサっと決めてしまうところなのだが、何しろ今回は<スペシャルランチセット>である。
 ――パラパラのサフラン・ライスと絡み合う、カレーの深い味わい……。
 ――バターがたっぷりとろけたナンに付けて食べる、カレーのうま味……。
 私は思わず頭を抱えた。
 『だったらとりあえずサフラン・ライスを頼んで、ナンを単品追加すればイイじゃん』――なんて、無責任なことは言わないで欲しい。私はそれほど金があるわけでは無いのだ。
 ああ、神よ――。
 サフラン・ライスにすべきか。
 ナンにすべきか。
 ――生きるべきか、死ぬべきか――。
 私は生まれて初めて、ハムレットの苦悩に共感した。ああ、悩ましい……。これは究極の選択である。私は意を決し、一人ジャンケンで決めることにした。右手が勝ったらサフラン・ライス。左手が勝ったらナンを頼むのだ。
「ジャ――ン、ケ――ン、ポンッ!」
 そう叫びながら、目の前に右手と左手を同時に突き出す。店内全員の鋭い視線を感じたが、そんな些細なことにかまってはいられない。
 右手、グー。
 左手、グー。
 あいこである。ミュージシャンのアイコではない。私はもう一度、一人ジャンケンにチャレンジした。
「ア――イ、コ――デ、ショッ!」
 右手、パー。
 左手、パー。
 またもやあいこである。もう一度言うが、ミュージシャンのアイコではない。私の心の中の葛藤が、無意識に<あいこ>を出させてしまうのだろう。こんなことではいけない! これではいつまで経っても、美味いカレーにありつくことが出来ない!
 私は自分自身を叱責すると、心を完全なる<無>の状態にすべく、目を閉じて瞑想をはじめた。こんな私の姿を見て、周囲の人々はきっと聖なるものを感じているだろう。
 深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。これを数回繰り返すと、心が次第に穏やかになっていくのが感じられた。
 ――スースー……、ハーハー……。スースー……、ハーハー……。スースー…………ハッ!
 私はカっと目を見開いた。そして力強く、両手を振り上げる。
「ジャ――ン、ケ――ン、ポンッ!」
 …………。
 右手、パー。
 左手、…………チョキ!
「や、やった! 決まったッ!」
 私は店員の手を強く握り締めながら、感動に震える声で注文した。
「ナ、ナンでお願いします――」

 私の眼前に、きらびやかなスペシャルランチセットが運ばれてきた。ひときわ大きく見えるナンが、バターとガーリックの香ばしいにおいを漂わせている。
 至福の時間――。
 私はナンを大きめにちぎると、まずはマトンカレーをたっぷり付けて口に運んだ。ピリっと辛目のルーに、マトンの濃厚な香り。そして、それに絡まるナンの優しくて芳醇な味覚。
「うッ、うんめえ――!」
 私は夢中で食らいついた。
 マトンカレーにチキンカレー、そしてキーママサラの魅惑のトリプル・ダンシング! ラッシーをグビっと飲み干し、タンドリーチキンにしゃぶりつく。かすかに皿に残ったルーを指ですくい取り、天にかざす。そしてもったいぶった仕草で、その指を口に運ぶのだ。
「し、至福――」
 ああ、なんて美味いカレーなのだろう。
 なんて素晴らしいカレーなのだろう。
 カレーを最初に作った人物は偉大だ。――いや、聖者だ。神だ。アインシュタインやエジソンなんて、とてもその足元には遠く及ばない。
 私はナンの最後の一切れにタンドリーチキンの肉片を挟み込み、ゆっくりと口に運んだ。感涙で目の前がかすむ。
「う、ううう……美味すぎる……」
 私は最大のエクスタシーを迎えていた。本当に、このまま昇天してもかまわないとまで思った。

       *

 万感の思いで<マハラージャン>を後にした。
 やはり本格インドカレーは最高に素晴らしい。
 私は実感した。
 どの国のカレーにもそれぞれの味わいと文化があって、どれも本当に素晴らしいことは確かなのだが、やはり最終的には生まれ故郷のカレーが一番なのではないか――と。
「ナンよ……ありがとう……」
 思わずこみあげてきた涙が、私の褐色の肌を濡らした。
「今年こそ、インドの実家に里帰りしよう」
 雪は止み、雲間から真冬の太陽が顔をのぞかせていた。



       了
2007-01-05 18:04:09公開 / 作者:時貞
■この作品の著作権は時貞さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
90%以上の皆様、はじめまして。神出鬼没の時貞と申します。以後よろしくお願いいたします。
カレーが食べたい気分の一日だったので、一気に書き上げてみました。これを読んで、「ああ、カレーが食べたいなぁ」と思っていただけたなら幸いです(笑)
コメディーながら、最後はバリンジャーの《赤毛の男の妻》を意識して――なんて言ったら巨匠に怒られちゃいますね(汗)

甘木様>前回投稿した【刑事ダンス】に貴重なお言葉を頂きながら、お返事が大幅に遅れてしまい、誠に申し訳ございません。気管支炎でぶっ倒れておりました(汗汗)

それでは、一人の方にでもお読みいただけることを願って。
この作品に対する感想 - 昇順
 こんばんは、一週間カレーを食べても飽きない座席です。
 私はナンが大好きですが、ライスも好きです。特にカレーの味がしっかり舌に感じられる甘口が好みだったりします。それでいてチキンカレーなら最高です。
 あさってあたりはカレーにしよう、うん。オーバーな描写もカレー好きなので頷きながら読ませていただきました。
2007-01-05 18:54:51【☆☆☆☆☆】座席
いやぁ、私もカレー好きです!主人公の気持ちが分かりますね。楽しく読ませていただきました。
2007-01-06 23:00:18【★★★★☆】ララ
 新年明けましておめでとうございます。始めまして、コーヒーCUPという者です。
 読ませていただきました。今、夜中の二時前なんですが、PCの前でクスクス笑っている自分がいます。いやー、本当に面白かった。最初のほうから笑かしにくるんですから……序盤のほうで作品にはまってしまいました。
 オーバーな表現がとても面白かったです。カレーを作った人が神だ、という主人公に爆笑していました。本当に楽しませていただき、ありがとうございました。
 では次回作期待しております。
2007-01-07 01:50:18【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
初めまして、こんばんは。
目黒と申します、作品を読ませていただきました。カレーのことを異常なまで愛する主人公……が、インドに帰ろうと思うまでの……話? でしょうか。
一応“お笑い”の分類には分けていないようですが、お笑いでも通用するぐらいの描写力をお持ちだなぁと感じています。ただ、物語のテーマがテーマなだけに、話の強弱が薄いというか……ただカレー好きな人がカレーを美味しく食べれて、良かった! で終わった気がしました。でも、それが時貞さんの伝えたいことなら良いと思います。また、伝えたいことが特にあるわけじゃなくて、ゆるい気持ちで読むのが良い作品なのかもしれません。いつも肩肘はって小説書いたり読んだりしているので、ちょっと癒されました。
2007-01-07 02:17:59【☆☆☆☆☆】目黒小夜子
作品を読ませていただきました。
少しオーバーな表現がスパイス(カレーということもあって)のように効いていて、主人公がカレーを愛する気持ちが文章から伝わってきました。オチも「そういうことだったのかぁ」と画面越しにニヤニヤとしながら読ませていただきました。アドバイスですが、<マハラージャン>に辿り着くまでに、主人公に降りかかるアクシデントみたいなものや、スペシャルランチセットを待っている間の、主人公の心理描写があっても面白かったと思います。時貞さんのオーバーながらも、面白い描写に満腹にならせていただきました。色々と書いてしまいましたが、次回作も楽しみにしています。
ではでは、
2007-01-07 15:08:35【☆☆☆☆☆】こーんぽたーじゅ
作品を読ませていただきました。いい! 冒頭からのテンションの高さがモロツボにはまりました。これだけカレーに愛着をもてる主人公が笑えます。ただ、テンションの高さに対して描写が追いついていなかった感もありました。各イベントに対してもう少し細かい描写があると、より作品の面白さが引き立ったと思います。それと、ラストのオチが弱かったですねぇ。カレーだからという意図が見え見えになっていたのが残念です。しかし、全般を通してニヤニヤとさせていただきました。
私はカレーとハンバーグとスパゲティーが嫌いな人間なのですが(食べれば食べられます)、カレーの素晴らしさが伝わってくる作品でした。では、次回作品を期待しています。
2007-01-07 21:18:32【☆☆☆☆☆】甘木
[簡易感想]軽く読めてよかったです。
2007-01-08 01:49:50【☆☆☆☆☆】アナハイム
ははは。こんにちは、お久しぶりです。冒頭から貴方のお笑いネタが楽しめそうな予感で一杯でしたが、スピード感のある作品で愉しませて頂きました。確かに少しトラブルに見舞われるとより一層笑えて流石は時貞様! となったでしょう。私はこの話しではインパクトの強い落ちを敢えて望みませんね。一人じゃんけん、笑かして貰いました。では、また。
2007-01-09 10:36:31【☆☆☆☆☆】ミノタウロス
お久しぶりです。拝読しました。一行目からハイテンションな文体は何ともいえない笑いがこみ上げてきます。そんなわけで私もカレー大好きです。牛スジカレーとか作って食べたりもします。もうこれが美味しくておいしくて……。一人じゃんけんで私はきちんとじゃんけんできます。それが特技みたいなもんです。あぁ、今週はカレーにしよう……そう思えるような作品でした。。
2007-01-09 16:45:49【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。