『父と娘のクリスマス【前編】』作者:コーヒーCUP / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角9203文字
容量18406 bytes
原稿用紙約23.01枚
 
 第一夜(クリスマス・イヴ)【父の悲しきクリスマス・イヴ】


 十二月二十四日、つまり今日はクリスマス・イヴだ。日本だけでなく、だいたいの豊かな国は盛り上がっているに違いない。もちろん、この日を嫌っている人も、世界のどこにいるだろう。宗教とはとてもややこしい。
 週間天気予報では、今日から明後日まで関東地方は晴れだそうだ。ただ明後日から北のほうから低気圧が近づいてくるらしい。天気予報では、お正月は雨になる所が多くなる見込みです、と言っていた。初詣のときが面倒くさいな、というのが私の感想だった。
 私は会社帰りのごく普通のサラリーマンだ。先月、五十五歳を迎えたばかりだ。後五年で定年退職になる。
 駅のホームで電車を列に並びながら待っていた。腕時計を見ると、丁度六時半だった。夏だったら六時半といえば、まだ日が出ていて明るいだろうが、今は冬でそとは真っ暗になる。真っ暗という表現は間違っていた。何たってここは東京だ、街頭がたくさんあるし、クリスマスのイルミネーションが町を照らしている。決して真っ暗などではない。
 また腕時計を見た。六時半から針は動いていない、強いていうなら秒針が二十秒分動いていた。
 今は会社帰りの大人たちや、学校帰りの学生たちが駅のホームにたくさんいる。クリスマス・イヴということもあってか、親子連れもたくさんいる。そんな人々が数分後に来る電車に乗るために列を作っている。私はホームの端に近い列の真ん中あたりに並んでいる。
 会社帰りの私は、黒い鞄を持って、茶色いジャンバーを着ている。どこからどう見ても、普通の親父だ。いや、もう若い子からしてみたら爺かもしれない。
 そんな私の前には同じく会社帰りのサラリーマン達が列に並んでいる。前に並んでいる彼らは、誰もが私よりはるかに若い。ああ、私も三十年ほど前はあんな感じだったのだろうか、なんて思っている。
 私の後ろには、クリスマスではしゃいでいる五歳くらいの女の子と、彼女の手を握って並んでいる若い父親がいた。女の子はきっとクリスマスプレゼントを買ってもらったのだろう、手には有名なおもちゃ屋の名前が書かれた袋を持っていた。彼女はとても幸せそうな顔をしている。
 父親はそんな女の子の手を握りながら、女の子を見下げていた。彼もとても幸せそうな顔だ。これが私が体験することのなかった、幸せな親子、という奴なのだろうか。それとも、一般的な親子、なのだろうか。
「ねえパパ、サンタさんは来てくれるかな?」
 女の子の声が後ろから聞こえてきた。クリスマス定番の親子の会話だ。もっとも、私はそんな会話は娘としたことはない。
「来てくれるよ。サンタさんは、いい子だった必ずきてくれるよ。アヤは今年、いい子だったかな?」
 父親が訊くと女の子は、うん! と元気な声で答えた。
「なら来てくれるさ。とにかく、今日は家に帰って、ママの作ったクリスマス特性のご馳走を食べて、ケーキを食べて、いっぱい楽しもう。なんたって今日はクリスマス・イヴなんだから。それでゆっくり寝るんだ、朝起きるとプレゼントが届いてるはずだよ」
 父親がそういうと、女の子は喜びの声をあげた。それは駅ではうるさいものだが、今日に限って、皆を幸せな気分にさせる声だった。
 私は後ろの親子の会話を聞いて、自分の情けなさを痛感する。なんで自分はこんな事もできなかったのだ、と。
 私には今年で二十三歳になる一人娘がいる。矢姫という名前だ。
 矢姫と私は、血液関係がちゃんとある親子だ。矢姫の体には、当然ながら、私の血が半分流れている。しかしそれは彼女を苦しめているかもしれない。
 私と矢姫は、後ろの親子のような会話などしたことがない。いや、会話自体したことがない。なんたって私は彼女が一歳の時に、彼女と妻と残し家を去ったのだから。
 昔は仕事熱心なサラリーマンだった。仕事熱心、というと響きはいいが、実際は家族とろくに会話もしないダメ男だ。朝起きて仕事に行き、夜遅く帰ってきて、酒を飲んで寝るというのが、当時の私の生活だった。
 そんな私を見て、妻は嘆いた。
「少しは私たち家族のことも考えて!」
 そんな声にさえ、当時の私は耳を貸さなかった。何か言い合いになるたびに、誰のために働いてると思ってるんだ! と怒鳴っていた。今考えると、自分でも馬鹿だったと理解できる。
 そうこうしている内に矢姫が生まれた。彼女の誕生は当時ギクシャクしていた私と妻の関係を少しだけ和らげる物になった。矢姫が生まれてから半年間は仕事も以前とは比べ物にならないくらいに休んだりした。その半年間だけは、家庭に「幸せ」という文字があった。
 しかし、よく聞く言葉で幸せは長くは続かないらしい。実際に我が家でも長くは続かなかった。いや、私が続くはずだったのを、断ち切ったのだ。
 当時の会社の上司が、娘の誕生にうかれている私に言ったのだ。そんな調子じゃ他のやつに抜かれるぞ、と。その言葉に恐れた私はまた家庭を放り出して、また仕事に打ち込んだ。そうして我が家の短過ぎる「幸せ」は終わった。
 また仕事に打ち込んだ私に見かねた妻は、離婚を申し込んできた。矢姫が生まれてから十一ヵ月後の話だった。
 私は何の文句もいわず離婚に応じて、家を出た。妻ともうすぐ一才の誕生日を迎えるはずだった矢姫を置いて。
 養育費だけは矢姫が大学を出るまで、つまり去年までは払い続けていた。しかし矢姫とは会ったことがなかった。会いたいと思ったことはあったが、会ってもかける言葉がないし、それに矢姫は私のことを恨んでるに違いなかった。
 たとえ私が毎月養育費を送っても、それだけでは母子二人の家庭は苦しかった。妻がパートに出ても、その苦しい生活は続いた。
 私は矢姫を大切に思っていた。だから苦しい生活が続いていたときに妻と二人で会い、再婚しないかと持ちかけた。これは矢姫のためだし、そして俺とお前のためだ、なんて言ったのを覚えている。しかし妻は断ってきた。理由は、矢姫が嫌がるから、だった。
 せめてもの報いとして毎月送っていた養育費を増やした。後日、妻から感謝の手紙が届いた。

 高校に入った矢姫は軽音楽部に入って、バンドというやつを組んだらしい。彼女はヴォーカルで、他にもベースやギターがいたらしい。ちなみにこれらの情報はすべて、たまにかかってくる妻の電話から得たものだ。
 矢姫たちのバンドは高校の文化祭で一気に他校の生徒たちからも人気が出た。そのままバンドメンバー達と大学に進学したらしい。
 大学が終わると駅周辺でライブをやるのが彼女たちの生活になった。そして大学を出た彼らは今も駅周辺でライブをするらしい。そして今日はその彼らが、駅の近くで公園でクリスマスライブをすると妻から聞いた。
 
 そして今私はその駅に向かう電車を待っている真っ最中である。また腕時計を見る、電車到着まで後一分。
 駅のアナウンスが流れた。もうすぐで電車が到着するようだ。
 すぐに電車が来た。この駅で大量の乗客が降りていき、そして入れ替わるように私たちが入っていく。後ろに並んでいた親子も同じ列車に乗った。
 クリスマス・イヴということで電車内は満員だった。座る席などあるはずもなく、満員電車で他の客たちに挟まれるような形で立っていた。目的地の駅はここから二駅先だ。それまでの間、ずっと挟まれとくしかない。
 ガタンッガタンッと揺れる電車内。ふと窓の外を見ると、イルミネーションされた町が一瞬だけ見えた。すると近くからさっきの女の子の声が聞こえてきた。
「みて、クリスマスツリーがあったよ」
 人ごみの中にまぎれていてわからないが、きっと近くにいるのだろう、声は結構聞こえた。女の子はどうやら窓の外にクリスマスツリーが見えたらしい、今は当然通り過ぎて見えない。
 電車に乗って十分ほどで、目的地の駅に着いた。満員電車から降りたら、すぐに息を大きく吸った。電車内は息苦しくて仕方ない。
 駅のホームを駆け足で出た。そして改札も出て、駅自体からも出た。そして今、公園に向かうために駅の近く大通りを通っていた。大通りは人が多く、満員電車と似たような感じだった。
 大通りにを行き交う人は、恋人同士だったり親子だったりと、みんな幸せそうな顔をしていた。私は矢姫に、その笑顔をさせてやることができなかった。
 何か、彼女にプレゼントでも買っていこうか、と思いついた。矢姫に何か買ってやりたい、と思ったの今日だけじゃないが、今ほど強く願っているのは初めてだ。
 駅から公園に向かって歩いている最中にケーキ屋があった事を思い出した。そうだ、あそこでケーキでも買っていってやろう。
 私は財布の中の残金を確かめるためにポケットから財布を出そうとしたが無かった。またポケットに手を入れる。財布がない。別のポケットやかばんの中も歩きながら探したが無い。どうやら落としたようだ。
 引き返そうか、このまま行くべきか、そう迷っていると袖を小さな力で二回引っ張られた。いくら小さな力といえど、急に引っ張られたので驚いた。すぐに後ろを振り向くと、さっきの女の子が立っていた。
 赤い女の子用のジャンパーを着ていて、頭には暖かそうな白い帽子をかぶっていて、手にはピンクの手袋をしていた。その手の中に茶色い財布を持っていた。間違いなく、私のだった。
 女の子はニコッとした笑顔をして、財布を私の差し出してきた。 
 私は少し戸惑ったが、ゆっくりとその差し出された財布に手を伸ばし、財布を受け取った。それを確認した女の子は更に笑顔になった。そして、バイバイ、というと笑顔のまま入ってどこに行ってしまった。
 私は人ごみの中に消える彼女の背に、なぜか矢姫と近いものを感じた。
 すぐに我に返った私はまた大通りを歩き始める。しばらく歩いていると、ケーキ屋が見えた。私はそのケーキ屋に駆け込んだ。クリスマス・イヴの影響でケーキ屋は大繁盛だった。何たって店の中でレジ待ちの列ができていたのだから。
 私は商品を見ずに、その列の最後尾についた。買うケーキはショートケーキと決めていたから、ケーキを選ぶ必要がなかった。なぜショートケーキなのかと聞かれると、矢姫が好きだからだ。
 最後尾に並んだものの、順番は意外と早くきた。すぐにショートケーキを三個頼んだ。たしか矢姫のバンドのメンバーは矢姫を含めて三人のはずだ、適当なことを言って彼らに差し入れ代わりにあげればいいだろう。
 ショートケーキ三つはすぐに箱に入れたれ、私に渡された。私は料金をつりが出ないように払い、すぐに店を出た。時計を見ると、五時五十分だった。公園まで後三分までだった。
 

 公園に着いた私は唖然とした。確かに妻の話ではここで今日、矢姫たちのバンドのライブがあるはずなのだ。時間は六時寸前、しかしその公園でライブが行われる様子はなかった。その公園には人がいなかったのだから。
 滑り台やジャングルジム、ブランコなどある。公園の隅には忘れ去られたようにベンチが二個ある。クリスマスで大通りは盛り上がっているのに、その公園はシンッと静まり返っていた。どういうことだろうか? 確かに場所は間違っていないはずだ。
 公園を何度見ても、人はいなかった。クリスマス・イヴなのだから恋人たちがブランコにいてもおかしくはないが、それすらいなかった。
 まさか、今日は中止になったのだろうか? そんな事は妻から聞いていない。私はつい先日、妻からかかってきた電話を思い出した。
「あの娘たちのライヴがクリスマスに、○△駅の近くの公園であるの」
 電話口で妻は疲れきった声で言った。その声からは、私と家族だったころの元気さは感じられなかった。そんな妻の声に私は罪悪感を覚えた。
「……そうか」
 私は遅れて返事をした。私の声はきっと、妻には元気な声に聞こえただろう。
「見に行ってあげたらどう? 矢姫はあなたの事知らないけど、あなたは矢姫の事わかるでしょう? 前から会いたいって言ってたじゃない。いい機会だから、どうかなと思ったのよ」
「考えておくよ。仕事の予定とかもわからないし」
 私がそういうと、妻のため息が電話の向こうから聞こえてきた。そのため息は家族だったころよりずっと深いため息に聞こえた。
「また仕事なの? 結局、あなたは変わってないのね」
 そういうと妻は私の言い訳を聞こうとせずに電話を切った。受話器の向こうからツーッツーッという音だけが聞こえていた。

「あの、どうかなさいましたか?」
 
 突然後ろから若い女性の声がした。どうやら私にこえをかけたらしい。急いで振り返ると、そこにはセミロングくらい長さの黒髪での二十代前半の女性が立っていた。私はすぐにそれが二十年前、自分が妻とともに捨てた愛娘、矢姫だという事が分かった。
 かなり驚いた。どれくらい驚いたかというと、せっかく買ったケーキを箱ごと落としてしまうほど驚いた。私はそれを気にせず、彼女を見たまま突っ立ってしまった。そんな私を彼女は不思議そうな目で見ていた。
「どうかしたんですか?」
 矢姫は私が父親だと気づいていないようだ。当然だ、何たって妻は私の写真を矢姫に見せないために全て捨てたのだから。だから矢姫が私が父親だと気づくはずがないのだ。
「あっ、すいません」
 そう言うと私は落としたケーキの箱を拾った。箱を拾った私を見て、彼女が何かさびしげな声で訊いてきた。
「お孫さんのプレゼントですか?」
 彼女の顔を見ると、泣いていた。大粒の涙を両目から流していた。それを必死で止めるように彼女は目蓋を力いっぱい閉じていた。唇もかみ締めていた。流れた涙を袖で拭く、そしてシャックリをあげた。
 私は彼女になんて言葉をかけていいか分からなかった。何で彼女が泣いてるかさえ、理解できなかった。
 お孫さんのプレゼントですか、という質問に答えようがない私の前で彼女は泣き続けた。言葉もかけれない私は彼女を見つめたまま立ったままだった。しかし、次の瞬間、やってはいけない事をしてしまった。私は彼女の抱いていた。
 片手で泣いている彼女の肩を抱き寄せ、彼女の体を自分の胸に引っ付けていた。セクハラだ、と自分でさえ思った。彼女が叫ぶかもしれない、と考えた。しかし彼女は叫ばなかった。それどころか、私の胸の中で声を押し殺してないていた。彼女の手は私の服をしっかりと握っていた。
 彼女の鳴き声が聞こえた。この声を聞くのは二十二年ぶりだった。それが懐かしくてたまらなかった。気づけば私は彼女に「泣きなさい」なんて父親のような事を言っていた。
 確かに私は彼女の父親だが、そんな言葉かける資格など持っていない。


 彼女が泣き止んだのは十分後のことだった。その間には私は彼女を公園の隅にあったベンチに座らせて、どさくさに紛れて彼女の隣に座った。
 泣きやんだ彼女は私が貸してあげたハンカチで両目を周りを拭いた。グスンッと鼻を鳴らした彼女は、まだ幼い感じがした。
「あ……ありがとうございました」
 彼女はまたグスンッと鼻を鳴らしながら言った。そして貸していたハンカチを差し出してきた。私はそれを受け取ると、ポケットにしまった。私は彼女に何か言ってやろうと思い、何か言おうと口を開いた。しかし言葉が出てこなかった。
 私が何か言う前に彼女がまた訊いてきた。
「どうしてココにいたんですか? この公園って、不良グループとかの溜まり場で、あまり人が近づかないんですよ」
 どうりで人がいなかった訳だ。私はうそもつかずに、正直に答えた。
「今日ここでバンドグループのライヴがると聞いたんだ。でも、どうやら今日じゃなかったみたいだね」
 そういうと彼女は目を丸くした。そして、さっきまで泣いていたのに、急に笑い出した。それはもう本当に楽しそうにお腹を抑えて、笑い出した。それは私が一生見ることは無いと思っていた狩野の笑顔。一生聞くことができないと考えていた、彼女の笑い声。
 しばらく笑った後、彼女はククッと笑ったまま言った。
「す、すません。ちょっとおかしくて、つい笑っちゃいました」
「なにがおかしんだい?」
「私、そのバンドグループのメンバーなんです。一応ヴォーカルなんですよ」
 そんな事は知っているが、私は彼女に驚いたそぶりを見せた。それを見た彼女はまたクスッと笑い、説明を続けた。
「今日はライヴはないんです」
 やはり日にちを間違ったみたいだ。しかしおかしい。私は妻からクリスマスにあると聞いたんだが、妻が嘘をついたのだろうか? それとも妻自身も日にちを間違えていたのだろうか? 私はさりげなく彼女に訊いた。
「友人から今日ライヴがあると聞いたんだけどなあ。確かに友人は、クリスマスにあるって言ってたんだよ」
 私が言い終わると彼女はまた笑い出した。人の話を聞いて大爆笑するのはどうかと思うが、私は彼女の笑い声が聞けているだけ幸せなのだと思う。
 笑い終えた彼女は、今度は笑ったせいで出た涙を袖で拭き、小さく笑いながらいった。
「やっぱりです、そんな事だろうと思ったんです。その友人さんはうそをついてませんよ。だって今日はクリスマスじゃありません、クリスマス・イヴですから」
 私はそこではじめて自分の勘違いに気がついた。そうだ妻はちゃんとした情報をくれたのだ。今日は二十四日、クリスマス・イヴだ。そして妻はクリスマス・イヴではなく、クリスマスと言った。つまりライヴがあるのは、明日の二十五日なのだ。
「ああ、そういうことか」
 つい声が漏れてしまった。隣では彼女がやっと笑い終えていた。妙な静けさが、クリスマス・イヴの夜の公園を包み込んだ。どこから楽しそうな声が聞こえてきた。クリスマスで日本中がはしゃいでいる中、私のと彼女は何も喋らずに、ベンチに座っていた。
 そんな時間が数分だけ過ぎると、彼女の口が開いた。
「実は、一週間前、ギターのやつが事故にあっちゃいまして」
 驚きの事実だった。口があんぐりと開いた。そんな私を横に彼女は、さっきの笑い声とは正反対に、暗い声で話を続ける。
「たいした怪我じゃなかったんですけどね、それでも私心配だったんです。だから明日のライヴは中止しようって提案したんです。そしたらギターの子、すっごく怒っちゃって、私を怒鳴りつけたんです。馬鹿、アホ、マヌケ、なんて色々言われちゃいました。それに私頭にきちゃって、言い返したんです。何て言い返したか覚えてないんですよ。その子と喧嘩なんかするの初めてだったんで、私も必死でした。気づいたらその子の事を色々悪く言っちゃって……逃げ出すようにこの公園にきたら、おじさんがいたから、つい声をかけちゃったんです」
 話し終えると彼女はフーッとため息を吐いた。ため息は白くなり、すぐに消えた。私は彼女にかける言葉もなく、ただ彼女を見ていた。
「喧嘩の最中、その子、必死にこう言ってたんです。お前の目標のためにも、あしたはライヴしなきゃいけないだろうって」
「……君の目標ってのはなんだい?」
 やっと口から出た彼女に対する質問はどうでもいいものだった。そんな質問にも彼女は答えてくれた。
「有名になることです、有名になって、いろんな人に私の歌を聞いてほしいんです。私、そのバンドで作詞もしてまして、その詩をいろんな人に聞いてほしんです。特に、父に聞いてほしいんです」
 私はドキッとした。まさか彼女の口から私の話題が出るとは心にも思っていなかった。
「私の父は私が小さいころに家を出て行きました。それで私、すっごく父を恨んでるんです。だから、有名になって父に言ってやりたいんですよ。あんたなんかいなくても私は立派になれるんだってね。笑っちゃう話でしょう?」
 笑えるものか……笑えるものか。
 もう言葉が出なかった。手には汗を握っていたし、額から冷やせも流れていた。それでも私は何かを言おうとした。そしていった言葉は、未練がましい物だった。
「君は……お父さんを恨んでいるかい?」
 ばかげた質問である。恨んでないはずがないのに。
 彼女は回答に間をあけた。その間に冷たい夜風が吹き付けた。
「……恨んでます。すっごく、恨んでます。だから有名になって、もしも私の前に姿を見せたら一発殴ってやるんです。お前なんか父親じゃないって叫びながら……それが私の、目標なんです」
 私は心の中で言う。その目標はかなわないよ。だって私はこの老い先短い人生の間に、君に自ら父親だと名乗り出ることはないのだから、と。
「ところで、それはお孫さんへのプレゼントですか?」
 彼女が突然、私がひざの上に置いていたケーキ箱を指差して聞いてきた。私は頷けば良かったものの、つい首を振ってしまった。
「……娘に買ってきたあげたんだよ」
 娘とはつまり、君の事なんだけど、とは言わなかった。
「あっ、娘さんのですか? いいな。その娘さんはきっととっても幸せですよ。おじさんみたいないい人が父親なんだから。私も、おじさんみたいな父親がいならなあ」
「だめだよ」
「えっ?」
「私みたいなのが父親だと、きっと君を不幸にしてしまうよ」
 事実、そうではないか。
「そんなことありませんよ。きっと幸せですって。だってクリスマスにケーキを買ってくれるなんて、我が家じゃありえませんでしたよ。まあ、父親がいないんで当然なんですけど」
  彼女言い終わると、ベンチを立ち上がって、手を広げた。そして、呟くように言った。クリスマス・イヴですよ、と。

 私はベンチを立ち上がり、立ち去ろうとした。これ以上、彼女とはなすことは許されない気がした。公園の出口まできたところで、後ろから彼女に声をかけられた。
「明日はライヴあるんで、是非来てくださいね!」
 私は彼女のほうを振り向き、うなずいた。そして一言だけ言っておいた。
「君も喧嘩した友達と仲直りしときなさい」
 彼女は深く頷いて、はい! と言ってくれた。
 公園を出て、駅に戻るため、大通りのきた道を逆さに歩いていく。
 渡せなかったケーキが、とても重く感じた。
 
2006-12-24 22:25:12公開 / 作者:コーヒーCUP
■この作品の著作権はコーヒーCUPさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 前編と後編に分けて書こうと決めていました。前編は父親視線で、後編は娘視線で書きます。
 話の内容はもうベタ中のベタを使わせてもらいました。短く収めるつもりつい長くなってしまいました。
 「XmasにSing a Song」というをタイトルに持ってこようと思っていたのですが、話の中であまり歌が出てこないのでやめました。
 年内のうちに後編はUPします。とにかく皆さん、メリークリスマス。
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。