『スラム街には女子高生』作者:風神 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
父親が同級生に銃で殺された。もう、目の前には絶望しか見えない訳で……。
全角14019.5文字
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原稿用紙約35.05枚
 私の目の前で銃声がして、気づいたら私のお父さんは地面に倒れていた。
 思考は完全に止まった。周りはシーンとしてて、人が住んでいるのか住んでいないのかも解らない、ボロっちい建物が並んでいるだけ。そんな人気の無い所で、私のお父さんが銃で殺されるなんて、信じることは出来ない。
「お父さん」
 呼びかけても、反応は無い。反応があるとすれば、胸から流れ出す血。地面の雪がどんどん赤くなっていく。思わず顔をそむける。
 そして、私は倒れているお父さんから視界を上げてみた。そこには、銃をしっかりと握り締めた、同級生の神戸和幸(かんと かずゆき)が見えた。神戸は、綺麗な夕日の下で、複雑な笑いを浮かべている。
「ど、どうして……?」
 私は、ただお父さんと買い物帰りにこの道を通っていただけなのに、何故神戸は私のお父さんを殺したの? 何故、ごく普通の高校一年生が銃を持っているの?
「なぁ、的米(まとまい)」
 虚ろな目で、ニヤリと笑ってる。こいつ、どこかおかしい。
「俺、的米の父親殺しちまった。俺、もうダメだ。俺は生まれた時から全てが終わってたんだ。物心ついた時には、父親に虐待を受けてたし、兄貴はドラッグに手を出した。しかも、俺と兄貴は母親の事なんか、何も知らない。気づいたら、兄貴にドラッグを教わってた。この銃は、兄貴が東南アジアから持ってきた。一体どんなルートから持ってきたんだろうな……」
 神戸はどこか遠くを見つめながら喋り続ける。私は、何も考える事が出来ない。
「俺は頼れる奴も信頼出切る奴も一緒に雑談出来るような奴はいない。唯一、そういう人だと思えるのが的米だった。的米なら俺の事を理解してくれると思ったけど、ダメだった。俺、お前の事好きだ。でも、これまでに何回も告白したけど、お前は俺の事を拒否するだけだった」
 神戸は、ニヤリと笑った。
「なぁ、お願いだ。俺もう人生に疲れたんだ。生きるの嫌なんだ。この銃で、俺を殺してくれ。でもお前は優しいから人は殺せない。でも、俺はお前の父親を殺したんだ。憎いだろ。殺せるだろ?」
 そう言った途端、神戸はいきなり叫び声を上げて、その場に倒れた。ドラッグのせいで、何か幻覚でも見たのか……?
 私は、気づくと携帯を握り締めて、警察に電話をしていた。顔の筋肉は、一ミリも動かない。
 ノロノロとしたつまらない日常を送っていたのに、私の人生は、一瞬でアクセル全開のトップスピードで、非日常の領域へと進んでいった……。

「夕張市は、かつては明治初期から炭鉱で栄えていた町だった。しかし、時代は流れていき、昭和三十年代になると、エネルギー革命により石炭から石油へと、エネルギーは変わっていった。このエネルギー革命によって、炭鉱は相次ぐ閉鎖に追い込まれ、いつしか十一万六千九百八人いた夕張市の人口は、なんと現在の二千十一年での人口は、たったの約八千人となってしまい、小中高それぞれ一つずつしか無い状態となった。市は炭鉱から観光へと、テーマーパークを次々と建設するも、失敗に終わり、現在は財政難で、市民税はどんどん引きあがり、ゴミの収集も有料化になった。そしていつしか夕張市は「日本のスラム街」と呼ばれるようになった」

 私は、ため息をつきながら「夕張の歴史」という本を静かに閉じた。
 今日でお父さんが殺されてから一ヶ月。まだ死んだっていう実感が湧かない。
 ていうか、神戸が捕まっていないから問題だ。私はバカだ。お父さんにしがみついて大泣きして、警察が来て、気づいたら神戸の奴いないと来たもんだ。謎の叫びあげて倒れたから、おかしくなってて逃げる事は無いと思ってた……。
 あそこまで非日常なありえない事が目の前で起きたんだ。今も頭はボーっとしてる。あの出来事が信じられない。
 私の人生は最悪だ。母親は小さい頃に事故で亡くすし、お父さんはイカれたガキに殺されるし……。もう泣きすぎて涙も出ない。
 もう全てが嫌になった。こんな人生望んじゃいない。
 私は夕張はともかく、北海道が好きなのに、私はお父さんの弟夫婦の住んでいる神奈川に行かなきゃダメなになった。
 あーあ。嫌だなぁ。叔父さんにわがまま言って、冬休みの間だけは夕張にいても良い事になったけど……。
 今更、新しい環境に馴染めるかな。ていうか高校で転校? 編入試験とか、そこらへんのシステムはよく解らない。
 これから私はどうすればいいんだろう? 今後の事を考えると、頭と心が痛くなる。今後の自分の人生が不安で不安でしょうがない。今すぐどこかに逃げ出したい。でも、逃げても「諦めるんじゃない」とか励ましてくれる人はもういない。
 このまま、なんかつまんなそうな男に抱かれて、意味の無い結婚をして死んでいくんだろうか。それなら、今死んでもいいと思ってる。
「あの、ちょっといいですか」
 いきなり声かけられたけど……誰だ、この人。
「はい?」
 見上げると、それはそれはお世辞抜きで可愛い女の子が立っていた。ながーいストレートヘアーがキラキラと目立つ。ほっぺたのえくぼも可愛らしい。多分、私と同じ高校生かな? 身長は私と同じ百六十センチぐらい。と軽く分析する。
「貴方、夕張の人?」
 私は眉をひそめた。なんか馴れ馴れしい人だな。私は人見知りだってのに……。
「はい」
「わぁー。嬉しい! こんな田舎の夕張で、私と年齢近そうな女の子に会えるなんて!」
「……貴方、夕張の人じゃないんですね」
 夕張に高校は一つしかないから、この人の発言ですぐに他の所に住んでる人だと解った。
「まぁねー。十歳までは夕張に住んでたんだけど……。色々と都合というか事情があってね、十歳か十一歳ぐらいの時に、釧路に引っ越したんだ」
 釧路か。夕張から極端に遠いって訳じゃないのね。
「夕張の歴史。うーん。難しい本読んでるわね!」
「うん、まぁ」
 曖昧な返事をしてしまう。
 最初は警戒をしていたのだが、三十分ぐらい他愛のない話をしていると、気づくと私はこの子に完全に心を許していた。この子、凄く良い子で、面白い。
「ねぇ、貴方の名前はなんていうの?」
「的米実奈よ。貴方は?」
「私はね、西羽優(にしぱゆう)っていうの」
 にしぱ……ゆう?
「か、変わった名字ね」
「でしょでしょ? でね、ニシパってアイヌ語で裕福って意味なの。すっごい偶然よね!」
 アイヌ。古くから北海道を中心に住んでいる民族。と、頭の中で知識を確認する。
「私ね、冬休みの間だけ、親戚の家に泊まることになってるの。だから嬉しい。冬休みの初日から友達が出来たわ!」
 優は私の右手を両手で掴み、ぶんぶんと振り回してくる。
「嬉しいのわかったからぶんぶんやめて!」
「実奈の照れやさん! ね、冬休みが終わっても、たまに会ったりしようね!」
 悲しかった。元々最悪だった私の人生は、神戸のせいでどんどん崩れ落ちていく。友達のいない私にやっと友達が出来たのに、神戸のせいで私は神奈川へ行かなきゃダメなんだ……。
「……私ね、冬休みが終わったら神奈川へ行くんだ」
「うそぉ!」
 でも、優は特に追求してこなかった。それが優の優しさだとすぐに解った。
「ねぇ実奈。実奈ってどこの小学校だった? 私達が小さい時はまだ小学校二つあったから、お互い違う学校だったと思うんだけど」
 そりゃそうだ。もし同じ小学校だったのなら、「キャー優ちゃん久しぶりぃ!」てな感じで抱き合っていたのだろう。
「私はねぇ、夕張北小学校よ」
 そんなありきたりな会話でも、私は常に笑顔で喋る。私、多分普通にしてたら結構暗い顔だから、暗い子って思われたくないもんね。……性格は、顔に出る?
「あーあ。私、南だったわ。同じだったら良かったのにねぇ」
「うん、そうだね」
「まぁ、知り合うタイミングっていうのは、早いからいいってもんじゃないかもね。とにかく、宜しくねみーちゃん!」
 みーちゃん! 私、友達なんか全然いないから、そんな風に呼ばれるなんて初めてだ。むしろ実奈と呼ばれる事すら珍しい。
「ねぇみーちゃん。私、みーちゃんの家に行きたいな」
「うん、いいよ」
 完全に優のペースに乗せられている。悪い気はしない。

 私の家に案内する間、ずっと優は喋り続けてくれた。私は喋るの苦手だけど、嫌われないために一生懸命喋りまくった。
 やばい、泣きそう。嬉しくて泣きそう。もう私の人生はこのままつまらなくて辛いまま終わると思ってたら、優が心の空白を埋めてくれてる。優だぁーいすき!
 家の玄関に入ると、優は幸せそうな顔から、ちょっと険しい顔になった。
「……なんか、静かね。お家の人は?」
 触れないでほしかったけど、まぁ無理もないか。出かけてると嘘を言おうと思ったけど、どうせバレるか。
「……二人とも死んだよ」
 優の顔が、凍りついた。
「……えっと、私の部屋は二階なの。上がって上がって!」
「あ、うん!」
 良い子だなぁ。気になる事はあるだろうに、何も言わないでいてくれる。
 優は私の部屋に入るなり、いきなり歓声をあげた。
「可愛い! 何このぬいぐるみの数!」
 お友達いなくて寂しかったから、気づいたら沢山ぬいぐるみが増えてたのえへへ。……と言える訳もなく、笑ってごまかす。今更だけどうっわ私寂しいな、おい。
 優は丸い小さいクッションを抱えて、体育座りの姿勢でちょこんと座っている。私は壁を背もたれにしてゆっくり座った。
 こ、こうやって友達と家で雑談するなんて、何年ぶりだろう?
「ねぇ、みーちゃんっていっつも休日何やってるの? 夕張って娯楽ほとんど無いから暇よね」
 私はちょっと考えた。確かに夕張は娯楽が少ない。だから札幌の街に行ったときは正直驚いた。あの時は、お父さんにゲームセンターに連れて行ってもらったなぁ。
「勉強かな」
「……ベンキョー?」
 優が外国人みたいな発音でそうリピートするもんだから、ちょっと吹き出した。
「友達全然いないし、何もやる事無かったもん。でもその分、勉強だけはやりまくったわ。後は……ドラクエでレベル上げに勤しんでた」
 心の中で「それとお父さんとのんびりお話」と付け加える。
「あはは。ドラクエは皆共通よねぇ。て、みーちゃんって高校では成績はやっぱトップ?」
「学年四位。社会なら任せなさい。西羽君」
「女の子なのに社会得意なの? 憧れるわぁ」
 そんな事で憧れちゃうの?
「優はどう? 学校は」
「えっへん。なんとなんと学年三位! まぁ、私はスポーツが好きなんだけどね」
 それを聞いた瞬間、私と優が全てにおいて違う人間に見えた。私はだらだらとして地味で勉強しかやる事なくて、しかも小さい頃から身体が弱いからスポーツは苦手。でも、優はどうだろう。頭良くて運動神経良くて活発で、しかも可愛い。
 私とは別世界の人間なんじゃないか?
「すっごーい。優なんでも出来るんだね。私なんか、なーんにもない夕張で、つまんなく生きてるだけ」
「でもさぁ。みーちゃん可愛いからさ、こんな人の少ない田舎だったら、モテて大変じゃない?」
 確かに神戸も含めて、何人かに告白された事はあるが、まず夕張では”若い女の子”は大抵モテるからなぁ。
「ここだったら誰でもモテるわよ」
 優は「なにそれー」と言いながら、屈託のない、そして曇りのない、見てて気持ちの良い笑顔を私に向ける。
「ねぇ、みーちゃん」
「なぁに?」
「夕張って素敵な所だと思わない?」
 いきなりそんな事を言うので、驚いた。
「ゆ、優。夕張は今、悲しきかな日本版スラムと言われてる所よ? 市の職員なんて、ちょっと前までは約三百人いたけど、今じゃ八十人ぽっきりよ?」
「確かに、若い人はみーんな夕張を出てくわ。それに市は赤字だらけで、マスコミがテレビでたまに取り上げてるわ。私、それが許せない。夕張をスラムなんて、言わせない」
 その時の優は、強い意思みたいなものを、顔に滲ませていた。
 そして優は、数回深呼吸をすると、顔つきがまた優しくなった。
「……机の中、みーせーて!」
「乙女の机を見るなぁ!」
 優が机の引き出しを開けた。そして、私と優の時が止まった。

 引出しの中にあったのは、拳銃。

 次の日、優からメールが来た。「今から遊びに行ってもおっけ?」という内容だったので、快くおっけした。
 でも何故か、メールしてから三秒後にインターホンが鳴った。
「みーちゃん!」
「アンタ家の前でそういうメール出さないの! まだ髪のお手入れしてなかったのに……」
 サラサラの髪は、ちょっと自慢だ。
「ふんだ。どうせ私の髪は硬くてバサついてますよ」
「そ、そんな事言ってないじゃない!」
 私は優の背中をぐいぐい押して家に入れた。そして部屋へと上がらせる。優はまた体育座りの姿勢をとる。両手で犬のぬいぐるみを抱いている。
「で、みーちゃん」
「はい」
「昨日の拳銃の事なんだけど」
 柔らかい言葉の中に、キツイ単語が含まれているので、違和感抜群。昨日は、拳銃見た瞬間に優が驚いて走って帰っちゃったから焦ったなぁ。電話で誤解を解くのに二時間かかった。携帯のメルアドと番号交換しといて良かった……。
「……心当たりはある」
「ちょちょちょっとみーちゃん! 健全な女子高生が拳銃なんかに心当たりあって良いの?」
 良くない。全くもって良くない。
 私は腹をくくった。そして、全てを優に話した。

「……」
 全てを話してから三分間、沈黙が続いた。そりゃ、話のスケールが大きすぎるもんなぁ。
「かん……と?」
「え? うん。神戸和幸」
「かんと……かずゆき。ドラッグ、けんじゅう……」
「ゆ、ゆう?」
 優が壊れた。
「みーちゃん。そいつの父親って、祐二って名前じゃない?」
「……な、なんで知ってるのよ!」
 優は、いきなりニコっと笑った。
「友達付き合いって、ミステリアスな所があった方が、面白くない?」
「ちょ、ちょっと優。どういう事? ていうか恋人じゃないんだからさ、ミステリアスなんかいらないよ!」
「大丈夫。いずれ、わかる」
 この瞬間、何かが動いた気がした。アクセルは徐々に強く押されていく。嫌だ。私はもう嫌だよ。もう辛い事は嫌だ。何よ、なんのよ。何が起ころうとしてるのさ。どうして優が神戸の父親の名前知ってるのよ。私は、なるべく苦労無く、嫌な事少なく過ごして、そのまま何事もなく死にたい。なのに、嫌な事、悲しいことが多すぎる。
 このまま嫌な事が起こり続けるなら、やっぱり死にたい。
「……えっと、それは置いといて。まぁ、今の話を聞いたところによると、百パーセント神戸が拳銃を机の中に入れたと見て間違いないわよね」
「神戸が見つかってない事も大問題だけど、いつの間に入れたのかしら……」
「みーちゃん、外出はどの程度したの?」
「この一ヶ月で外出といえば、しばらくは学校休んでたし、買い物には行ったけど、ほとんど家にいたよ。優とは図書館で会ったけど、ここ一ヶ月で図書館に行ったのは、あの時が初めてだしね。……あ、後」
 優が小首を小鳥のようにちょこんと傾げる。
「病院……。カウンセリングが、あるから……」
「え、えっと。ていうかみーちゃん。肝心な事を聞くけど、鍵は?」
「……私、悲しくてずっとぼーっとしてたから、鍵をかけてないかも。かけた記憶が無いもん。」
 優は辛そうな顔になった。
「うーん。じゃあ、銃を机に入れる隙はあったのね」
「うん。ていうかね、優」
「なぁに?」
「私、優に話してない事がまだあったわ」
 私は少し間を置いて、言った。
「お父さんがあぁなった時、神戸は私にこう言ったの。この銃で、俺を殺してくれ。……ってね」
 優は大きい瞳を、更に大きくした。
「じゃあ、神戸が銃を引き出しに入れたのは……」
「私に殺してくれっていうメッセージでしょうね、きっと」
「ちょっと待ってよ! 殺してくれっていうメッセージを残したって事は、みーちゃんの目の前に現れるって事じゃない!」
 何が怖いって、本当に神戸を殺しそうで怖い。
「ねぇ、みーちゃん。神戸の事、まだ警察は見つけれないの?」
 優は床をグーで思い切り殴ってそう言った。確かに、それは物凄く不思議な事だ。
「それが不可解なのよ。一ヶ月よ。早く捕まって刑が決まらないと、そろそろ私の頭おかしくなりそうだよ」
「みーちゃん……」
「でも、神戸は私に殺してほしい。という事は、いつか私の目の前に現れる。という事は、捕まえるチャンスはある」
「みみみみーちゃん! ねぇ危ない事考えてない? 頭の中整理しようね。神戸はイカれてる。貴方のお父さんを……。そういう目に遇わせた。そして、神戸はその銃で自分を殺してほしいと言っている。そんなヤバイ奴を捕まえようとか思っちゃダメだよ! つーかさ、普通に考えて警察に伝えなきゃダメだよ。……一ヶ月も子供一人見つけれない警察だけど」
「ねぇ、優」
「……うん」
 優は真剣な眼差しで私を見つめる。
 私は静かに拳銃を手にした。
「結構軽いわね。この拳銃」
「みーちゃん?」
「復讐は、正義だと思う?」
「……思わない。くだらない。復讐なんて、なんの意味もないわよ」
 でも、でも。こんな、こんな理不尽な事は……。くだらなくても、神戸だけは許せない。
 優は、更に真剣な目つきで私を見て来た。
「正義って、ダサくない?」

 机から拳銃が見つかってから、三日が経った。
 拳銃の事は、警察には言わなかった。神戸さえ見つけれない警察になんかもう頼れない。優は警察に言えってしつこいから困っちゃう。
 なーんか私もう、人生に疲れた。人生ってつまらない。人生は、環境によって決まっちゃうんだ。私は出だしから思い切りコケたんだ。両親いねぇわ友達いねぇわ、初めて出来た仲の良い、上っ面じゃない本当の友達の優とは、冬休みの間しか一緒にいれないわ、挙句の果てにイカれた神戸に殺してくれって頼まれるわ、将来においては夢も希望もやりたい事もやるべき事もありませーん。
 もう、私は死にたい。うん、いいよね。でも、死ぬ前に仇は自分で討ちたい。
 ポストに、紙切れが一枚入っていた。もちろん神戸からだろう。「今日の夜十一時に公園にて待っている」と殴り書きしてあった。
 えぇ、待ってなさい。

 夜の十時半頃外に出ると、優が家の前に立っていた。
「ねぇ、みーちゃん」
「ゆ、優どうしたの? どうして、ここにいるの」
 優はニヤリと笑った。
「貴方のお友達だから」
「答えになってない!」
「まぁ落ち着きなさいよ。友達同士、ミステリアスな所があった方が面白いじゃない」
「前も聞いたよ」
 優は、いつかみたあの素晴らしき笑顔になった。優の笑顔は、見ててどことなく和む。でも、今は和まない。
「……ねぇ、優」
 私がいきなりうつろな目で、聞き取りづらい声で言ったので、優は眉間に皺を寄せた。皺なんかよせちゃせっかくの可愛い顔が台無しよ。
「私ねぇ。もう人生に疲れたっていうかね。もう全てが嫌なんだ。こーんな人生なんか生きてても意味無いよねぇ?」
「みーちゃん?」
 私はそのまま続けた。
「私、もう死にたい。そして神戸がやたら私に殺して欲しいらしいの。今日、公園で待っているっていう手紙が来たの。全く、この私のどこに惚れたのかしらね」
「ちょっと、みーちゃん。大丈夫?」
「だからさぁ、私はもう生きるのが嫌なのよ」
「ねぇ、そういう事言わないでよ。冬休みずーと一緒に楽しく遊ぶんじゃなかったの?」
 私はふと妄想を初めた。両親にずーと育ててもらって、そこそこ都会に住んでて、イケメンで本当は良い子の神戸と付き合って、毎日、優と楽しく雑談。テレビで殺人事件のニュース見て「キャー怖い!」って優と言い合う。そういうごく普通の人生を歩みたかった。
 ……気づいたら、涙がどんどん出てきた。
「ダメだよ。死にたいとか思っちゃダメだからね。ゲームみたいにリセットボタン無いんだからね?」
 私は、銃を高らかに空に掲げてみた。
「私が死にたいんだから、死んでもいいじゃない。でも、死ぬ前に仇を討ちたい。前も言ったけど、これが私なりの正義よ」
「バッカじゃない! 何が正義さ。そんなのただのバカだよ。なんでたったの十六年しか生きてないのに死んじゃうのさ。もったいない」
「でも……。私はいつも心に何かしら不安と絶望がある。もう、この不安と絶望と共に悶々と生きるのは嫌なの。私、もう疲れた! だから私はもう死にたいの。でも、その前に神戸だけは……。何回も言ったけど、私にとって、私からすればこれは正義なの」
「そんなの間違ってるよ。そんなのくだらないし意味無いよ」
 優の言葉の最後の方は聞こえなかった。いきなり銃声がしたのだ。
「何!?」
 優は咄嗟に私の頭をわしづかみにして、その場に伏せた。
 銃声の方を見てみた。あれは……。
「神戸!」
「久しぶりだな。的米」
 声が出ないまばたき出来ない息が出来ない思考が停止した手が動かない足が動かない雪に思い切り伏せてるのに冷たさも感じない。
 感じたのは……恐怖。
「的米、来るの遅いんだよ。俺から来ちゃった。なぁ的米。前も言ったけど、俺はさ、産まれた瞬間からコケたんだよ。人生なんかな、結局最初から決まってるんだよ! なんで、俺はよりによって虐待親父の所に産まれちゃったんだ?」
 何、私と似たような事を言ってるんだ。
「なぁ的米。その拳銃で俺を殺してくれ。俺さ、死にたいけど死ねない情けないガキなんだよ。自殺なんて怖すぎるよ。だから、せめて好きな奴に殺されたい」
 私のお父さんは、殺したくせに。
「なんだよ。なんなんだよその目は。……あぁ、そうだよ全てが怖いさ!」
 神戸がそう怒鳴った瞬間、こちらに走り寄って来た。優は私の襟首を掴んで走り出した。私は怖くて怖くて、引きずられる形で走る。そして、走りながら優は凄い勢いで喋りだした。
「やっぱりビンゴじゃない。助けに来て良かった! あいつ、どうせアンタ道連れにして自殺する気だったのよ。アンタに殺されたいけど、でもやっぱり一人で死ぬのは怖いのよ。人を殺したくせにね。アンタ、私に感謝しなさいよ? 忘れてるでしょ。今日は神戸和幸の誕生日よ。命日にピッタリじゃない!」
「な、なんで知ってるの?」
「それは後。……ねぇ、みーちゃん。今、どういう気持ちだった?」
 私は死にたいと思ってたはずなのに……。
 神戸の目を見たら、死にたくないと思った。心の底から、そう思った。

 とにかく走った。私、小さい頃から身体が弱くてスポーツは苦手だけど、何故か走るのだけはかなり速い。実際、優を追い越しそうになったし。
 夕張の小さい商店街を走り抜ける。右を向くとレトロな映画の看板。左を向くとしょぼい個人経営の商店。
 初めて夕張をしっかりと見た気がする。……うん、なかなか味があって良い町じゃない?
 気づくと私と優は倉庫の中に逃げていた。かなり狭く、暗く、そしてダンボール箱やらなんやら、ガラクタがぼんやりと見える。
「疲れたー! みーちゃんの嘘つき! 何がスポーツ苦手よ。すっごい走るの速いじゃない」
「走るの……だけはね」
 一瞬、静寂が降りる。お互い深呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻す。
「みーちゃん。さっき怖かったでしょ。死にたくないと思ったでしょ」
「……うん」
「さっき死にたいとか連呼しまくってたわよね。罰として反省の言葉を言いなさい」
 それはもう優しい口調だった。
「……確かに、さっき死にたくない、死んじゃダメだって思った。でもね、やっぱり私はもう生きたくない」
「そんな……」
「でもね。また神戸の事を見たら死にたくないって、私は思うはず」
 優は泣きそうな顔で私の話を聞いてくれている。
「私は、もう死にたいのに、死にたくない」
 私は続けて言った。
「結局私は、生きるのも嫌。死ぬのも嫌。生きるが怖くて、死ぬのも怖いの。ダメ人間なの」
「ねぇ、どうしてそんな事言うのよ」
「どうして? 大好きなお父さんが目の前で幼なじみの同級生に殺されたのよ? もともと人生なんか嫌だったけど、あんな事があったのよ……」
「あのね、貴方は今凄く不安定なの。不安定な気持ちになるのはわかるけど、落ち着いてよ。自暴自棄になっちゃダメよ。ほら、早く神戸の事を警察に伝えましょう。やっと神戸の姿を見たんですもの。これで神戸は捕まえられるわ」
 優がそう言った瞬間、目を疑った。倉庫の扉をスッと開けて神戸が入ってきた。
「的米。俺はもう全てを失ったんだ。だから怖いものは何も無いと思ったけど、違ったな。死ぬのって簡単な事じゃねぇ。だから的米……」
「神戸和幸。神戸祐二」
 ゆ、優? いきなり優がぶつぶつと呟きだした。
「アンタの父親、神戸祐二だろ」
「誰だお前。なんで俺の親の名前知ってるんだ」
「私の名前教えてあげましょうか。西羽優よ。にーしーぱーゆーう」
 神戸は少し考えると、いきなり笑い出した。なんだこいつ。やっぱおかしい。
「なんだ。お前があいつの娘か。へー。結構可愛いじゃないか」
「ちょっと優、知り合いなの?」
 優は私の質問には答えてくれない。
「俺の親父が悪い事したな。まぁ、悪く思うな。お前も俺と同じ。最初からそういう辛い人生が待っている運命だったんだよ。だから、そんなキツイ目で俺を見るな」
 な、なんの事? 全然話が見えない。
 今の神戸の発言で、優はキレてしまったらしい。可愛い顔から怖い顔へと急変した。そして、いきなり私のポケットから拳銃を奪い取った。
「それ以上言ったら殺すわよ。人生嫌なんでしょ? 優しい私が殺してあげましょうか?」
「おい」
 神戸がいきなり体をぶるぶると震わせ出した。
「何が的米に殺されたいよ。貴方、本当にドラッグでおかしくなったのね。アンタのせいで、みーちゃんみたいな良い子が壊れちゃったじゃない」
 神戸が何か言った気がするが、優は無視して続けた。
「こーんな可愛い女の子に殺されるなんて、なかなかアンタは幸せな男じゃない」
「お、おい! 止めろ!」
「正義は色々な方向から見れるわ。私の正義は、私から見れば綺麗な正義なの。私は、貴方を殺したい」
 優は何を言ってるんだ。おかしい。皆おかしくなっちゃったの?
「ねぇ、優止めなよ。おかしい。絶対おかしいよ。ねぇ、何がどうだったのさ」
 優は優しい笑顔を私に向けた。
「救ってあげましょうよ。神戸をドラッグから。神戸、死にたいって言ってるじゃない。これも正義だと思わない?」
 思わない。優の言ってる事は全くもって的外れもいい所だ。
「なぁ、西羽。ほ、本当に止めてくれ……」
 鈍い音がした瞬間、神戸は既に倉庫の外に出て行き、凄い勢いで走り去った。
「優……?」
「あらびっくり。女の私でも撃てるなんてね。私結構力あるのかしらね」
 優は両手でガッシリと銃を握っている。
「そんな目で見ないでよ。あのね、ただの女子高生が銃なんか撃てるわけないでしょ」
 そう言いながら優が天井をクイッと顎で示すので、天井を見てみると小さな穴が開いていた。
「……ごめんね、みーちゃん」

 神戸が消えてから数十分、ずっと沈黙のまま座り込んでいたけど、優が沈黙を破った。
「詳しい事情はよく解らないんだけどね、お父さん借金作っちゃった。しかも闇金に手出しちゃったの。信じらんない。非日常ってこの事よ全く。で、その闇金の業者の中心人物が神戸の父親だったの。で、神戸の父親がね、私のお父さんをそれこそ地獄の果てまで追い詰めて、お父さん耐えられなくなって、蒸発しちゃった」
 私は、自分の時が数時間止まった気がした。
 もう頭が働かない。最近非日常な毎日にも程がある。自分が、まさか自分が、親が同級生に殺されたり、銃を握ったり、銃を撃つ女の子を目の前で見たり、その女の子の父親が、私の同級生の父親のせいで蒸発……。
 うん、そうだ。これは夢だ。こんな少し間違ったらファンタジーになってしまうような事はありえない。そんなの小説かドラマの話だろう。
 私は今起きてる現実を現実と信じたくなくて、ほっぺたを思い切り叩いた。もちろん、夢からは覚めない。
「キャ! み、みーちゃんどうしたの」
「貴方がどうしたのよ。優、私に言ったじゃない。復讐なんてくだらないって」
 私は静かにポツリ、ポツリとそう呟いた。
「ごめんなさい。自分でも、間違ってるってわかってる。変な事を言ったし変な事をやったのも解ってる。でも、自分の感情を抑えれないの。自分の感情に勝てないの。復讐心に負けちゃうの」
 もう、全てがダメになり、全てが終わったような気がした。
「なんか、もう疲れたな。何もかもが終わりな気がする」
 私はついそう呟いてしまった。
「私もずっとそう思ってた。今は見苦しいところ見せちゃったけど、今はそう思ってない」
「どうして……?」
「落ちる所まで落ちたのなら、もう落ちようがないじゃない。後は、上に行くだけじゃない?」
 その言葉を聞いたとき、私は凄く嬉しい気持ちになった。
「お父さんが蒸発してからね、大変だった。私は夕張が好きだったの。確かに田舎だけど、田舎だから何よって感じだったのね。だって、田舎って良い所よ。私は夕張の雰囲気が好きだった。でも、釧路の母親の実家に引っ越す事になった。前に言ったわよね。十歳か十一歳の頃に引っ越したって。辛かったな。これまでの十年間、私が大好きな夕張で築きあげてきた人生が全てリセットされたんだもん。もしも引っ越す理由がお父さんの仕事の都合とかなら、まだ納得出来たかもしれない。でも、私はそれから全てに反発し続けたの。理由が親の蒸発よ。なんでそんな理由で引っ越さなきゃダメなんだ! って泣き叫んだ。どうしようもない事だと解ってたけど、でも現実を認めたくなかった」
 優はふう、と息を大きくはいて、話を再会した。
「心閉ざしちゃってね。釧路の小学校ではいじめられたわ。それ、全て人のせいにしてたけど、違ったわ。私が心を閉ざしてたのも少なからずいけなかったの。お父さんの蒸発から、もう私は終わりだとか、こんな人生なら死んだ方が良いと思ってたけどね、だんだんと気づいてきたわ。これまで築き上げたものはゼロになってしまったけど、じゃあまた一、二と築きあげたものを増やしていけばいいんだってね。人生長いんだし、子供のうちに人生終わりだなんて言っちゃダメ」
 私は優の言葉の一つ一つに、希望を感じたかもしれない。
「……うん、もう大丈夫。一回キレたら、大分落ち着いた」
「良かった。そうね、優の言う通りかもしれない。私は弱かったのかな」
「えぇ、弱いわね。だから、強くなりなさい。……って、取り乱した私が言っても説得力無いけどね。でも、さっきのでちょっと吹っ切れた気がする」
 私は両手を大きく上げて深呼吸をした。
「優に言われて気づいたよ。でも、起きた出来事が出来事だから、すぐには吹っ切れないと思うけど、少しずつ、私の人生を良い方向に見つめなおそうかな。……あ、まずは、神戸がまだこの近くに居る事を、警察に伝えないとね!」」
 私がそう言うと、優は右手の親指をビシッと立てて、元気に言った。
「それでこそ、私の一生の親友よ」

 外に出ると、凄く静かで、世界中の時が止まっているような錯覚に陥った。
 二人でゆっくり歩いていると、不意に前方に人影が見えた。あれは……嘘だ信じられない。神戸だ。
 神戸は私達を発見すると、物凄い勢いでこちらに走ってきた。すぐに私達の目の前に来た。そして、響き渡る銃声。
「危ない!」
 優がそう叫んだ瞬間、優は私の前に倒れかかったかと思いきや、凄い勢いで後ろに吹っ飛んだ。
「優!?」
 すぐに私はしゃがみこんで、倒れている優を見た。血がドクドクと流れ出ていた。
 あの時と同じだ。お父さんの時と同じだ。
「的米。前も言ったよな。俺の人生は初めからコケてたんだ。悔しいよ。なぁ、助けてくれよ」
「さっき実奈にも言ったけど、まだ人生わからないじゃない……。まだ、人生逆転のチャンスはあるかもしれないのに……」
「ちょっと優、喋っちゃダメよ!」
「ねぇ、夕張の名前の由来って知ってる? アイヌ語でユーパロっていう言葉があってね、そこからユーバリになったの。そしてね、私のお父さんはユーバリのユーを取って優っていう名前にしたの。前に言ったわよね。ニシパは裕福って意味だって。
裕福、夕張。あのね、お父さんは私に、この素敵な夕張で、裕福な人生を過ごして欲しかったんだって。でも、もう無理ね。お父さんの願いを果たせそうにない。それに、さっきあんな偉そうな事を言ったけど、私はやっぱり、今でも人生に疲れきって嫌気がさしてるんじゃないかと思ってた。でも、みーちゃんと一緒にいて、さっきみたいなお話してわかったの。私は、人生には疲れてない。人生は嫌なんかじゃない……。でも、ダメだね。私、もう助からないんだ」
 優は、さっき撃ったばかりの拳銃を、ポケットから取り出した。しっかりと神戸に狙いを定める。そして、撃った。
 鋭い銃声が鳴り響き、神戸はその場に倒れた。
 そして、優は小さい声で、ボソボソと言った。
「ミナってね、アイヌ語で笑うっていう意味なの。アンタは、ずっと笑いながら生きなさいよね」
「優……」



「バイバイ、みーちゃん」
2006-12-09 16:47:31公開 / 作者:風神
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