『とある日々の、とあるゲームにて。』作者:ピカット / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角27915文字
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原稿用紙約69.79枚
 とあるところに、射撃の腕だけは確かな。マジでリアルのび太みたいな、おじさんがいました。彼の名前は大槻啓二。名前のまんま、仕事は刑事さんなのです。リアルのび太だから、頭も悪い。死ぬほどバカなのです。そんな啓二くんは、十年前に死にました。たまたま出くわした銀行強盗に無謀にも得意の拳銃すら持たずに突っ込み、ナイフを胸で刺されたのでした。さすがに銀行強盗も、いきなり人を刺すことになるとは思わなかったのか、自分の立場なんて忘れて動揺し、その隙に全員人質は逃げていき、犯人はすぐに御用となっちゃいました。怪我の功名ってやつかな。実際、そういうことあるんだよね。助かった人質六人。御用になった犯人一人。勝手に死んだ男一人。
 ホント、バカな啓二くん。責任感とか正義感は人よりもずっとずっとたくさんある代わりに、バカだから正義感や責任感をセーブする理性なんかが極端に欠如してる。結局頭でっかちで、バランスを崩し、転んでしまったのです。
 その啓二くん。理性が全くないもんだから、自分に家族がいることすら忘れてしまったのかもしれません。かわいいかわいい、娘の存在すら忘れてしまっていました。
 そう。その娘が、あたし。大槻南佳なのです。

 あたしは、ふぅとため息をついた。体から一気に力が抜けていく。

 無駄に明るい口調も、ここまでが限界。
 四歳という、なんとも中途半端な時期に無邪気な笑顔だけ残して死んで行ったあたしの父さん。ホントバカだ。死ぬほどバカだ。死ぬならもっと早く死んじゃえばよかったんだ。もっと小さかったら、あたしは彼の笑顔を知らずに済んだ。当然、彼の存在を思い出して、泣くこともなかった。
 そんなあたしのことを言葉で説明しようとなると、けっこう難しいけど。そんなブスじゃないってことは確か。その証拠にあたしには慶太っていう、チョーカッコいい彼氏もいる。だから、もう啓二くんを思い出して泣くこともない。
 でも、問題は山積みです。難しい問題は出来すぎたRPGみたいに、倒しても倒してもどんどん現れてきます。勉強は極端に難しいし、親譲りなのか、あたしはすこぶる頭がよくないし。あたし、けっこうマジにビビって毎日生きてます。チョーカッコいい彼氏を持ったあたしなんかは特に。女の子はめっちゃ大変なのです。

 くさいドラマみたいに、あたしには毎朝、彼の遺影に手を合わせるなんてことはしない。
 ただ、ときどき心の中で問いかけてみることはあったりするんだよね。「あたしはあなたとは違うでしょ?」って。

1、

 なんで、数学なんてやんなきゃいけないんだろ。別に人生にそれほど必要じゃないよね。でも、あたしは父さんよりバカにはなりたくないから。先週配られた志望校調査書にはけっこう背伸びして、県内一の進学校を書いた。
 最近、勉強がすごく難しくなってると思う。因数分解は最初から良く分からなかったし、二次関数なんて図形が特に苦手なあたしは、ほかの人に比べて絶対不利だ。でも、絶対理解する。あたしは強い思いと共にペンを握る。
「あーあ、みっちゃん。また勉強してるぅ」
 真由子の声だった。あたしは曖昧に相槌を打ち、目の前の問題に向かう。その間、真由子の視線を肩に感じてる。そんな重くない視線だ。
「みっちゃん、良く飽きないよねぇー。せっかくの休み時間だよ? バレーでもしようよ」
 あたしだって、好きで休み時間を因数分解なんかで潰してるわけじゃない。最近、実は立場が逆なんだろう、と思う。あたしが因数分解に時間を「使ってる」んじゃなくて、因数分解があたしの時間を「食ってる」んだ。
「あと一問だけ」
 あたしは軽く答えた。しかし、その言葉が過ちだったと気づく。発展問題のB。あたしの軟弱な思考回路で導き出せる答えはなんにもなかった。
「ねーぇ。あたし先に体育館行っちゃうよ?」
 あたしのペンが息切れしたのとほぼ同時、痺れを切らしたように真由子は言った。
「へぃへぃ。行きますよー」
 あたしは問題集とノートをたたんで、シャーペンを筆箱にしまった。
 真由子と麻衣と体育館まで続く階段を下りていると、三階のところで歓声を聞いた。男どもの声だ。その男たちの、野太かったり細かったり、さまざまに交じり合った声は地を這うように、あたしたちの耳元に届いた。
「助けて」と。その声の間をすり抜けて、甲高い……男のよわっちい声。
「やられてんの。あの出っ歯でしょ?」
「そうそう。あのキモいヤツ」
 あたしは答えた。
「笑い声もキモいよねぇ」
「うんうん。聞いた瞬間、逃げたくなるよぉ」
 あたしたちは笑いあい、しばらく階段を下りると、やがてその声は聞こえなくなった。
「そーいえば、みっちゃん」
「なーに?」
「慶太とは順調?」
 慶太は、あたしの彼氏だ。中二の前半ごろから付き合っていて、今でもゾッコンラブ。ワックスで固めた短髪に、バスケ特有のスラーっとしてて、かつ堅さを持つ男っぽい体つき。男らしさを象徴してるような、とにかくため息が出てしまう。今でも見とれてしまうことがあるくらい。
「順調ってのは?」
「どこまで進んだのよ」
「バカ。そんなことするわけないじゃん」
 もちろん、今まで考えなかったわけじゃないけど。慶太が優しすぎて、そこまで至ることが全然ない。
 そう。彼の優しさに触れるだけで、あたしはとりあえず満足なのだ。

 五十分授業の六時間だから、水曜日はけっこうウザい。でも嫌いにならないのは、慶太と遊びに出れる唯一の時間だからだ。
 あたしと慶太はワリカンでおいしいと評判のたこ焼きを買って、公園のベンチに座る。あたしたちは別の塾に通ってるから、放課後の時間は折り合いがつかないことが多い。でも水曜日だけはお互いフリーだったりするのだ。
 本当は、六時間の水曜日じゃなければいいんだけど。
 でも、こうなってしまった以上仕方ない。あたしは気を取り直す。
 たこ焼きを買った頃にはすでにもう日は暮れていた。なんだか、良く分からないケド。冬至に近づいているんだっけ。えーっと、南中高度が小さくなるから、光が分散して、寒くなるんだよね。
「南佳の初恋の子って誰?」
 実は寒い公園のベンチにたこ焼きのぬくもりだけを頼りに、あたしたちは座っていた。
 こうやって、水曜日はいつも取りとめのない話をする。こういう、無駄に時間が流れていく感じがなんともいえず楽しい。なににもとらわれないというのが嬉しい。なんだかわかんないけど、こういう時間もけっこう好きだ。
「初恋の人? そうだねぇ。やっぱ慶太が一番かなっ」
「うっそ。そうなの、マジで?」
 彼は何気、嬉しそうにたこ焼きを頬張った。猫舌な彼は口の中で大きなたこを冷まし、少しずつ食べていく。その間彼は言葉を発せられない。だからその間、あたしは彼のことをずっと見ている。
 横顔、声、オーラ、汗のにおい。全てにおいて好きだ。本当に好きでたまらない。彼のためなら、あのたこ焼きになってあげてもいい。……というのは少し言いすぎかな。
「慶太の好きだった子は?」
「げんちゃんのこと好きだったよ。けっこう。昔コクッたこともあるし」
「えーっ! マジでぇ?」
「マジマジ。大マジ」
 嫉妬なんかしない。冗談であたしは彼の頬をつねった。慶太はちょっと気持ちよさそうに痛い痛いと呻いた。けっこうエムキャラなんだよ。コイツ。そして、たぶんこのことを知ってるのはあたしだけだ。
「そういえばさ。藤堂克哉――」
 たった今、口に放り込もうとしたたこ焼きが口の中で大きく跳ねる。はふ、はふって、けっこうみすぼらしい声が出た。慶太は笑う。そのあとで、どうしたの? と聞いた。
「実はその名前を聞きたくなかったのよ」
 あたしは素直に答えた。でも、同時にあまりよくなかったな、とも思った。そうしたら必ずその理由を聞いてくるだろうから。
「なんで?」
「だってキモいじゃん」
 とっさの機転であたしは上手く答えた。 こういえば、誰も疑わない。疑う余地がないんだ。それほど、アイツはキモいヤツだ。
 案の定、慶太はそうか。と答え、気に留めなかったみたい。ギリギリセーフってヤツかな。
「アイツさぁ。オレ達がせっかく仲間になってやろうっていうのに」
「それ、ホントにいじめっ子みたいだよ?」
「ハハハ。それ言える」
 慶太がソイツ――藤堂克哉を『いじっている』のは知っている。そして、それらの中心的存在なのだとも、知っている。
 『いじめてる』とは言わない。だって、少し聞こえが悪いじゃん。だから『いじっている』。トイレに呼んで、好きな女の子を聞き出して、告白させたり。先生の悪口を言わせたり。同級生の女の子に対して、けっこうえっちなことをやらせたり。まぁ、そういうこと。
 殴ってあざをつけたり、死ね死ねと音頭であおったり、そんなことはしない。まぁ、余興というか、ゲームみたいなものだった。
 あたしは本格的に参加したことはないけれど、一部の女子も参加しているらしい。男子だけじゃ出来ないゲームも女子がいることで随分遊び方が広がるんだよ。下手な男子なんかより、女の子のほうが、ずっとずっと怖いんだから。
「あ、あの」
 あたしが最後のたこ焼きを爪楊枝代わりの割り箸でつついたのと同時、不意に声がして、あたしはたこ焼きを落としてしまった。
 あたしは、笑って「三秒ルールだよ」とたこ焼きを拾い上げ、同時にその声の主を探した。暗闇に紛れていたが、誰かいる。それも、ウチの制服だ。
 ドクリ、と胸が大きく反るのを感じた。
「南佳……さん」
「あぁ?」
 無駄にどすを利かせた声と同時に、反射的に慶太は立ち上がる。暗闇でも分かるほど慶太の目はギラギラと光っていた。
「お前、なんだ?」
 彼の声に怯えてか、一瞬、ヒッと軽く悲鳴のような声が聞こえた。あたしはつい胸が苦しくなる。アイツだ――背筋が冷たい掌で触られたみたいに、全身の毛穴が広がるのを感じた。
「克哉じゃねぇか。どうした。南佳に何か用か?」
 アイツの名前が克哉の口から発せられて、あたしは完全に言葉を失った。彼がこっちを振り向かないのを必死で祈る。体が震える、やめてよ。もう。それに今日、占いじゃ「おとめ座」は最下位なんだから。
「南佳さん、助けてっ! 話がしたいんです」
 お願いだから、早く行ってよ。あたしはあんたなんかとウダウダするのはめっぽうゴメンなんだから!
 喉元まで出る声が口で急にしぼむ。ダメだ、こんなところで大声だして言うことじゃない。
「その話はオレがいつか聞いてやるからよぉ。今オレ達は嬉しく楽しくたこ焼き食ってんだ。邪魔すんじゃねぇ」
 慶太はアイツの胸元をすっと持ち上げる。一年生まれるのが遅かったなんて関係ない。バスケ部だけあって、慶太は学年で一番体が大きかった。彼を目線くらいまで持ち上げるだけで、随分高さが出る。
「分かったな?」
「待ってください。本当にお願いですっ」
「お前いい加減黙れよ」
 不意に手を離されたアイツは重力に逆らえずに、だらしなく尻もちをついた。
 まぁ、学校で禁止されているワックスを頭につけて、ネクタイを緩ませて時点ですでに不良とされるのかもしれないけど。それじゃホント、不良だよ慶太。
「南佳さん。本当に、助けて」
 もう、消え入るような声だった。その割りに甲高い声が耳を掻く。男らしくないし、マジウザい。本当に邪魔しないでほしい。
 帰ってよ、早く。だいたいアンタの声で「南佳さん」なんて気安く呼んでほしくなんかない。けっこう気に入ってる名前なんだから。アンタの声なんかで、汚さないで。
「うるさいなぁ。アンタなんてしらねぇよ」
 あたしがついに大声を張り上げると、アイツはあたしのことを一旦見上げ、弱弱しく何度か瞬きする。不慮の事故で視線が合い、それをあたしが突き放すと、アイツは悔しそうに顔を俯け、尻もちなんかついちゃったままで、公園から逃げ、そのまま闇に紛れて、すぐに消えた。
 慶太はケッと……実際唾を吐くわけじゃないけど、そのまねだけして見せて、不愉快を全身で表現して見せた。
「なんか、南佳の名前呼んでたな。アイツ」
「さぁ、ねぇ」
 胸に何かつっかえる。言い訳を考えるよりも前に、あたしはアイツの寂しそうな後姿への怒りが先立つ。呆れた、小さい頃ちょっと遊んでたくらいで、少しくらい血がつながってるくらいで、そんなことで。あたしに頼るないでよ。
「アイツのこと、知ってんの?」
 彼の視線で分かった。今日あたしが、「おとめ座」が最下位の理由。
「昔、遊んでことあるんだよ」
「ふぅん。なんで?」
「さぁねぇ。だけど、本当にちっちゃい頃の話だから」
 本当は「きっしょいなぁー」とか言って、笑ってくれればよかったんだ。そっちのほうがずっと楽だった。
 もう、そんな真面目な顔しなくてもいいじゃない。アイツを知ってるのは、少なくてもあたしの責任じゃない。
 あの日、父さんが、連れてきたんだよ。そう、ウチの父さんはバカだけじゃなくお節介でもあったのです。
 だから、そんな冷たい目、しないでよ。

 ホントっ。サイテー。

2、

 父さんが死んじゃってから、母さんは働きに出ている。調理師の資格を持ってるらしくて、今では大手チェーン飲食店の幹部らしいという話だ。
 だから、きっと料理は上手いはずなのに、母さんはめんどくさいとか、家まで帰って仕事したくない、とかいう理由でゴハンは私に作らせる。お陰で、あたしはすっかり手料理のできる女になってしまった。
 フォローのつもりか、女の子は料理だ、と母は繰り返すが、私は一生使わないような気がする。少なくても、中学生には全く不要のスキルだよ。
 そういえば、というと何か言い訳くさいけど。何年か前はアイツといつも一緒に居た。善悪の判断も、好き嫌いの判断も曖昧だったあの頃の話だ。
 いつからだっけ。アイツがあんなうっとうしくなっちゃったの。いや、アイツに対してだけじゃなくて、物事がうっとうしく感じられるようになったのって。
「みなちゃん。そういえばさぁ」
「え、なに」
 あたしの思考回路は、何か仕事をしながら回転できるほど、高性能じゃないんだった。母さんの声で気づいた。フライパンが不気味にカタカタ揺れていることを。たまねぎはあめ色どころか、真っ黒に近い。
 惨劇を目の当たりにした母さんは、声を上ずらせる。
「ひゃー、みなちゃん。どうしたの、珍し…くもないか」
「うっさい。グータラばばあのクセして人の事心配できんの?」
「出来るわよ。あんたになら」
 あっさりと、きっぱり。母さん独特の声色。耳に焼き付いて離れない、強いインパクト。
 それは母さんの性格にもそのまま当てはまり、そのままあたしの性格にもなってしまうという。そうかなぁ、とは思うんだけど、あまりにも親戚のみんながそういうもんだから。実際そうなんだろうな、と少し諦め気味だったりする。
「あたしって母さん似なんでしょ?」
 若干焦げたが、一応野菜炒めにしては上出来だと思う。味付けには絶対の自信があった。
 野菜炒めをワザワザ焦げたたまねぎから手をつけ「おいしくねぇ」と不満を漏らしたあと、母さんは思い出したように答えた。
「でも、あたしは父さんとも十分似てると思うけどね?」
「なんで?」
「いろいろ、だよ」
 あたしは、啓二くんほどアホじゃないよな。ふと思い出すように思った。
 母さんは「ピーマンはおいしいねぇ」とかいいながら、テレビを見ていた。テレビでは最近売れてきた自虐系のお笑い芸人が珍しく他人のことをけなしていた。
 テレビから黄色い声が聞こえる。正直耳障りだ。
「そういえばさ、父さんといえば彼。藤堂さんのとこ。元気?」
「えー?」
 藤堂克哉――正直、一番出して欲しくないワードだったかな。
 テレビの中で、タキシードを着た島田紳助が自虐を徹底的にいじめてる。母はゲラゲラと笑ってるのに、あたしはなぜか笑えなかった。
「元気だと思うよ?」
「なにその無責任。同じクラスでしょ?」
 相変わらずゲラゲラ笑う母だけど、口調は鋭いままだった。少し、胸がツーンとするのに気がつく。
「いいや、忘れた? アイツ後輩だよ。あたしのいっこ下」
「下……? だっけ」
「母さんアホボケばばあだからそうなるんだよ」
 そうねぇ、年かなぁ。真に受けた母さんはしきりにずっと首を捻っていた。
 ……アホボケばばあは、ちょいセンス悪かったかな。
「……でも、イタズラされてるんだって、聞いたよ?」
 思わず、口に含んだ牛乳を噴出しそうになる。あたしは慌てて母さんのほうを見た。険しい顔だった。
「イタズラ……?」
「ちょっと、濃いイタズラらしくてね。彼も困ってるみたいだから」
 あたしは声を呑んだ。……知ってたんだ。
「彼が困ってたら、あんたが助けてあげるのよ?」
「やだよそんなの」
「なんで?」
「なんであたしが、わざわざ火の粉かぶりに行かなきゃなんないわけ? あたしだって、けっこうビビって生きてるんだよ?」
 母は、その答えを聞くなり、何もなかったようにまたゲラゲラ笑い始めた。
 怒られるより、ずっと。ムカついた――。

 あたしは電気もつけず、真っ暗闇のベットに横たわった。それから、手探りでMDプレイヤーを引っ張り出し、スイッチを入れる。
 藤堂克哉は体の弱い子だった。別に病気とかそういうのがあるわけじゃないんだけど、体が弱かった。偏差値にするとたぶん40も行かずに止まっちゃうような、子。
 体の弱い子だけど、自分の言いたいことはしっかりという、というのが小さい頃のあたしの印象。――といっても、その印象が刻まれた年からまぁ大体十年くらい開きがあるんだよね、
 十年くらい前、あたしとアイツは仲が良かったらしい。行動はいつも一緒だったらしい。「らしい」とつけてしまうのは、ぶっちゃけ小さいときの記憶が全然ないからだ。そんな、記憶力のなさ丸出しのバカなあたしだけど、一つだけ記憶に残ってることがあって。
 あたしが迷子になったとき。アイツが夜中一人で家から抜け出し、あたしを迎えに来てくれたのだ。まぁ、今話せばきっと妙にウケてしまうとこなんだろうけど、あの時のあたしはアイツをカッコいいとすら思ったんだ。でも、みんなは知らないんだよ。アイツが一番輝いてた時を。アイツ、何気にカッコよかったんだよ。みんな、今のキモいところしか見てないから、想像しろといわれても分かんないかもしれないけど。映画での、のび太を見てるのと同じなんだよ。あんな冴えないメガネなんて……とか思うかもしれないけどね? のび太くんくらいと比肩してしてもまだ「のび太が」かわいそうなくらいなんだ。いまのアイツ。
 アイツがいじられてるらしいと知ったのは大体中二の後半に差し掛かってた頃だ。まぁ、十年くらい経てば人も変わっちゃうのかもね。それが時の流れってヤツなのかもしれない。
 アイツは変わった。本当に変わった。昔はもっともっと、強気だった。それで、あたしはそれが嫌いじゃなかったのに。中学校に入ってからくらいからか、急に下手に出るようになって、それから、サッパリになってしまった。
 バカで、出っ歯で、いつも臭くて、体も弱くて、声はひょろっちい。そんなあんたから、強気とか優しさを取ったら一体なんになるっていうんだろう。答えはきっと限りなく「0」だ。あたしは断言してもいい。彼をひっくり返しても、出てくるものはガラクタばかりだろう。いい部分なんて、もうきっとない。
 なんで変わっちゃったんだろうな。

 起きると、体がだるかった。肩が強く張っていて、腰に鈍痛がある。どうやら、あたしはあのまま寝てしまったらしい。制服のスカートにはすごいしわが寄り、ブラウスなんて、正直原型をとどめてすらいない。
 慌ててあたしは、アイロンを引っ張り出してくる。電子レンジを使うとブレーカーが落ちちゃうから、電子レンジがないのを見計らって、あたしはスイッチを入れた。
「あら、制服で寝たんだ?」
 こしょうの香りとフライパンとフライ返しが出会う音が、交互に空腹を打った。木曜の朝だけは珍しく母さんがゴハンを作ってくれる。
「へぇ、ほうれんそうのバター和えとベーコンエッグ。そのまんま楽ちんメニューだね」
「うっさいなぁ。あんた、作ってもらってるだけいいと思いなさいよ」
 母さんのスクランブレイク。確かにおいしい。あたしはとにかくパンと目玉焼きを素早く口に運んだ。
「……父さんも好きだったんだよ。このメニュー。無駄に簡単で、あたしが飽きたときに作ってたんだけどさ」
「へぇ。父さんも」
「あんた、同じ顔してるのね」
 ふっと。母さんの言葉に体が止まった。
「認めなさい、父さん似なのよ。みなちゃん」
「……そうかなぁ」
 昨日も言ってたっけ、そんなこと。
「あたし、父さんほどアホじゃないよ?」
「そうね」
「それに、あたしそんないい人じゃないし」
 パンにバターを塗りながら、母さんはあたしを見た。
「あら、なにしょぼついてるの?」
「……あたし、落ち込んでる?」
「なに言ってんの、あんたこそバカになったんじゃない?」
「うっさいなぁ」
 少しいいわけくさいけど。あたしだって、あんなこと好きでやってるわけじゃないんだよ。ぶっちゃけていえば、イヤなんだって。でも、アイツなんかのために自身を犠牲にできるほど、自分は心が広くないし、犠牲を払うまでの価値がアイツにあるとも思わない。
 あれは、真由子と一緒に居たときだった。周りにはたくさんの男子も女子もいた。男子と適当に話していると、アイツが廊下で近づいてきた。もしかしたら、あたしと喋りたかったのかもしれない。男子は目で合図しあった。そして、その視線はあたしたちに向けられた。目で、やけに大袈裟な動きで「逃げろ」と指示した。
 先手は真由子だった。「近寄ってこないでよぉ」とかって、声色を妙に上げて。
 そのときのあたしを思い出すと、その自分に反吐を吐きつけてやりたくなる。そうだ。正直言えば、動揺してた。昨日の夜と同じように。
 サイテー。気持ち悪りぃよあたし。
「寄らないでよ! ばい菌」
 結局、あたしの体は大きく跳ねて、アイツから遠ざかった。ワッと周囲で歓声があがった。あたしは怖くてアイツの顔は見えなかった。
 中二の秋の話だった。ちょうど、アイツがいじられはじめた頃だった。
 最初の方はまだ、良かった。中二の頃はただ無視されたりするくらいだったんだ。
 中三に入ってからだ。どんどんいじりがひどくなってきたの。
 でも。きっと。あたし、もう一度あの境遇に陥ったら、あの時とまた、昨日とまた同じようにアイツを無視するだろう。理由は単純で、そこでアイツをかばったりしたりすれば、ルール違反なんだ。そう、あれはゲーム。「いかにアイツをいじり、嫌がらせるか」っていう全員参加型のゲームなんだ。このゲームはプレステみたいに二人までしかできないっていうゲームじゃないし、ゲーセンみたいにお金を無駄に入れる必要もない。
 そして、ルール違反した人は当然罰を受けなくちゃいけない。あたしはその罰にいつも怯えて生きている。
「南佳、元気だった?」
 木曜日。もう崩れそうなくらいの冬の日差しの中。彼は突然あたしの隣に現れた。
「慶太。どうしたの?」
「いや、昨日メールあげたのに、微妙な返事だったから」
 彼の声がかなり寂しげなところに、少し安心してしまう自分が少し悔しかった。
「ごめん。実は昨日すぐ寝ちゃってさ」
「ふーん。克哉のやろぉが変なこと言い出すからか」
 慶太が半分冗談、半分本気といった顔で言った。あたしは胸の中を悟られないように、あえて大きな声で笑った。
「だよね。気持ちわりぃわりぃ」
 神様がいるとしたら、こういうところもきっと見てるんだろうな。いつか、アイツと話できる環境ができないだろうか。五分でいいから、「アンタから優しさと強気取ったらどうなんの?」その一言だけでいいから。言わせて欲しい。
 なんでだろ。そんなことを一瞬でも思った自分が不思議だった。
「なぁ。南佳?」
「なぁに?」
「お前って、男子の裸って見たことある?」
「も、もう。なに言ってんのよぉ」
 慶太は独特の乾ききった笑い声を上げた。それから、少し真面目な顔をして見せて、
「今日、もしかしたら見れるかもしれないぞ?」
 物心ついたころから、男子の裸とか想像したことがない、とはいえない。抱きつかれたい、思ったことがないはずがない。
 でも、そんなことが実際におこったら困るんだ。
 アイツは、本当に情けないカッコをしてた。男子の裸、みちゃったよ。じゃすまないくらい――ただ不愉快なだけだった。
「みなちゃん、あれって」
 若干興奮しながら、真由子の声。あのキモいのでも、男子は男子の裸らしい。
「真由子、えっちーえっちー」
 笑顔は出るのに、声が妙に角ばるのを感じた。

3、

 一糸纏わぬ姿で、かけっこをさせられたアイツ。だせぇ、なんかで済む話じゃない。
 一応断っておくけど、あたしはアイツがいじられること自体そんな悪いことだって思わない。まぁ、全裸ってのはやりすぎだと思うけど。
 あたしだって、むしゃくしゃすることはある。そういうとき、はけ口が一つあると楽になる。たぶん、みんなだって、苦しいことをたくさん持ってて、どこかにはけないとどうにもならないんだよ。
 そりゃあね。道徳の教科書を読めば「イジワルは悪いことです」って書いてあるに決まってる。あたりまえじゃん、そんなの。でも、世の中それだけで済む問題だけじゃないんだよ。
「アイツ、ゲロったらしいよ」
「うわぁー」
 さっきまで、自身の持つ「男子の裸論」を熱々展開していた真由子だったが、嘔吐の知らせを聞くと、なぜかため息をついた。
「キモいよなぁ、アイツ」
「マジそうだよね」
 あたしはその会話には混じらず、遠巻きに教科書を読んでいた。別に勉強しようとしてるわけじゃなくて、昨日の今日でその話題には混じりたくなかった。
「慶太もやるよねぇ」
「彼、やり手だねぇ。エスキャラ?」
 実際そんなことはないんだよ――と、イマイチ言い切れないあたし。どーなんだろ。ちょい、彼女失格かな、なんちゃって。
「みなちゃん? どーしたの、さっきから何かおかしいよ?」
「いや。そうかなぁ」
 普通に喉を震わせれば声は出る、はずなのに。上手く声が出てこない。
 ため息を吐いた。落ち着けあたし。なに、そんな動揺してるのよ。あたしらしくもない。あたしはもっと、テキパキしてて、ズバズバしてなきゃ。
 あたしは教科書を閉じる。何だかんだ言って真由子も麻衣もいい子たちだし、あたしが何かに悩んでるってことくらい分かるんだろうな。
「あたしたちさぁ」
 いきなり切り出したからか、麻衣はひゃぁ、とすっとんきょうな声を出した。彼女は少しおっちょこちょいなところがあるのだ。
「なんだよもう、ビックリさせないでよ」
「ごめんごめん」
「んで、『あたしたち』がどうしたって?」
 真由子を見る。
「ううん、なんでもない」

 イエスかノーの世界になればいいのにな、とか思う。数学の答えとかもぜーんぶ、「はい」か「いいえ」で答えられれば、世界はきっと平和になる。
 でも、現実問題「はい」と「いいえ」の中に「ビミョー」とか、入ってくるからややこしくなる。ばば抜きみたいに、単純に全て進めばいいのに。キングが足りなかったり、ジョーカーが三枚あったり。現実はばば抜きみたいに上手く行かない。
「アイツ、体壊したのかぁ」
 独り言を言ってみる。周りには誰もいない。
 無理もないよな。もともと体は強くないし、ひょろっちいし、もう気温は最高でも二桁になることは稀だ。そんな中で何も着ないなんて、自殺行為にも程が過ぎる。
「ただいま」
 誰もいないはずの家に帰ると、珍しく母がワイドショーを見ていた。相変わらずのゲラゲラ笑いが耳に障った。
「なんで、母さんがいんの?」
「悪い? たまには有給休暇使って」
「悪いよ。なんでいきなり」
「今日、コンサートがあるのよ。SMAPの」
「いい年してキムタク言ってんじゃないよ」
「うっさいねぇ」
 あたしはカバンを投げ捨てて、マンションのリビングに倒れこんだ。カーペットは思いのほか薄く、体に衝撃が強く伝わった。
 今日は塾だ。宿題は、まだ終わってない部分がある。立ち上がれ、大槻南佳。あたしにはやらなきゃいけないことがたくさんあるんだ。
「あぁ、今日塾の先生が急に熱出しちゃったらしいんで、あんたは来週の水曜日行ってだって」
「はぁ?」
 あたしは思わず声を荒げた。熱を出すのは勝手だ、それで塾ができないのも構わないが、水曜日はあたしの一週間のフリーダムなのだ。邪魔はさせない。
「そんなのやだよ」
「なんで?」
「……慶太と遊ぶし」
「あー、あんたの恋人?」
 こっくり頷く。付いているワイドショーでは、冬本番を迎え更にさんさんたる状況のゴミ屋敷の話題から中学生の自殺の話になっていた。
「別に、付き合うのは構わないけど。子供作って帰ってこないでよ? あたしゃまだ孫は見たくない」
「あんた、そういうことしか言えないの?」
 母が宙を見上げた。どこを見てるのかと思って、視線を辿ったら、乾かしている洗濯物がそこにあった。母さんは立ち上がり、ねっころがったあたしをまたぎ、洗濯物を取った。今日はあまり天気がよくなかった。太陽は朝の放射冷却だけ、たっぷり行って、雲に隠れてしまっていたのだ。
「あぁ、また自殺だって」
 母さんはテレビを見ながら、嘯く。
「自殺ぅ?」
 口にしてみると、また軽い響きだった。もちろん軽い響きになっちゃいけないんだろうけど、重々しくいうと、それはそれで何か冗談っぽいし、ニセモノっぽい。
「自殺ねぇ。考えたこともなかったなぁ」
「母さんは100%なさそうだね」
「ええ。あたしゃ、そんなヤワじゃないからね」
 ……悪魔のような考えがその次の瞬間に過ぎって行った。母さんはヤワじゃないからいいけど、ヤワだったらどうするんだろう。
 アイツ、自殺とかしないよね。さすがにヤワのうちに入らないよね?
「ねぇ、母さん」
「え?」
「藤堂さんちの電話番号って分かる?」
 けっきょくあたしは、ゲームのルールを少しだけ破ることにした。

 あたしはアイツのことが嫌いだ。勝手な分類で行けばAクラス相当のキモさ具合だ。
 でも、あたしはアイツのことを死ぬほど嫌いってわけじゃない。
 それにしてもヤワかぁ。今日ではっきり分かった、時間の流れっていうのは人格も変えてしまうものなんだ。裸にされて、首輪つけられて。エムキャラかどうかなんて、ぜんっぜん興味ないけど、よほどのエムキャラじゃなきゃ、ふつー拒むよ。拒まないから、ゲームにされちゃうんだ。
 正直、アイツのおかあさんに会うのは怖かった。いじりゲームの対象になってることは、おかあさんも知ってるだろうし、あたしは同じ学校だ。なにより、今日が今日だし。……アイツ、すっぽんぽんにされちゃったこと、おかあさんに話したのかな。それとも、センセーたちが伝えたのかな。
「南佳ちゃんーっ!」
 アイツのおかあさんと会うなんて、二年ぶりくらいかもしれなかった。相変わらずアイツとは180度反対の典雅な表情をしている。
 これといって怒ってる様子はなかった。息子のことを、強烈に気にかけてる様子もなかった。もっとも、あたしの洞察力がないだけかもしれないけど。
「今日はどうしたの?」
 出されたお茶のおいしさに密かに感動してる途中、不意に尋ねられたので、思わず口のものを吐き出しそうになる。
 むせそうになったところを、おかあさんは上品に笑った。
「いえ、克哉くんの体の調子のほうが気になりまして」
「心配してきてくれたんだ? 昔から南佳ちゃんは優しいんだからぁ」
 きっとそんなことはないとは思いつつ、否定する言葉も見つけられずに、あたしはとりあえず、お茶を飲んでいた。
「アイツ……違った、克哉君の部屋に行ってもいいですか?」
 ひとしきり、おかあさんと話したあとで、あたしはできるだけ自然に切り出した。
「ええ、全然構わないわよ」
 あたしは、階段を上る。
 ここまで来るのは、五年くらい前だろうか。ポケモンの新バージョンを最後にやったときだったような気がする。
 アイツの部屋は見事に纏まっていた。ウチのリビングより、ずっとずっときれいだ。それに、予想していたようなイヤな臭いもせず、広い部屋の奥に置かれた白いベットの中にあのマズイ顔はあった。
「よ、よぉ。元気?」
 あたしは、いつの日かの口調を思い出しながら、肩のところくらいまで手を挙げた。
 それなのに、あのマズイ顔は妙に肩を震わせて、「元気だよ……」消え入るような声だった。たぶん体調だけのせいじゃないんだろうな、とは思うけど。普段のアイツの喋り方をあたしはよく知らないから、そこんところは良く分からなかった。
 それから、会話がなかった。アイツはあまり喋る気もなさそうだし、あたしも言葉を捜すのに必死になってしまっていた。
「なんで、来たの?」
 思ったよりも鋭い声だった。もう亡くしたのだと思っていた彼の影が、少し覗いた。
 あたしは頬が少し緩むのを感じた。
「あんたが、素っ裸にされてるから。落ち込んでるんじゃねぇかって思ってきてやったんでしょ?」
 それでも語調が緩まないのは、今のアイツが目の前にいるからなんだろうな、とも。
「南佳。変わってないんだね」
 もし「南佳さん」なんて呼ばれたらアイツの顔の一つ、ぶっ放すところだった。その呼ばれ方、今でもイマイチ気に入らない。むしろメチャクチャ嫌いだ。今でも思い出すだけで、むしずが走る。
「変わってない? 本当に?」
「変わってない。そのなだれ込むような口調とか」
 ふーん。あたしは鼻をならしてみせた。
「あんた、大丈夫だったの?」
「大丈夫なはずないじゃない」
 あたしの記憶自体そんな正確なものじゃないかもしれないけど、紛れもなく、寸分も違えずあの時の声と変わらない。声変わり自体まだなのかもしれない。
 その声で、弱音吐くなっつーの。
「あんたさぁ、そんな態度だからいじられるんじゃねぇの?」
 無言が返ってくる。あたしは、ため息をついて更に畳み掛けた。
「あっちだって、いじりたくなるよ。あんたの態度見てりゃ」
 やっぱり返ってくるのは無言だった。アイツの声から一瞬覗いたさっきの強気はどこにいっちゃったんだか。
「……オレ。イヤだな」
 蚊の鳴くような声っていうと、正直わかんないんだけど。きっと、それはこういうことをいうんだろう。
「なにが?」
 あたしの返答は虚しく、部屋の重たい空気に埋もれた。
「もう、なんでそんなこと……」
「あんたねぇ。ホント、そんなんだからそうなるのよ。あの時の強気を思い出しなさいよ」
「ごめん……」
 ダメだこりゃ。あたしは怒りに身を任せて、アイツの上に被さった厚い布団を引き剥がし、頬を思いっきり叩いた。
「あんたがいるせいで、学校であたしはビビって生きてんだよ? しっかりしなさいよ」
「……でも」
「慶太だって、あんたがめっちゃ嫌がれば、何もしないわよっ! ボケ」

 風が冷たかった。吐く息も白い。
 街路樹。黄葉しきった銀杏が落ちて、アスファルトのグレーを真っ黄色に染めていた。マフラーの首元だけ温かく、スカートの足元は極端に寒い。頭寒足熱って言うのに、なんで女の子はこんなカッコしなきゃなんないんだか。
 ――結局あたし、何しに行ったんだろ。ルール違反をするつもりだったのに、結局あたしはゲーム路線から離れることができなかった。
 ホント、アホらしい。あたしってなんでこんなアホの子なんだろ。……実際、アホの娘だからかなぁ。だとしたら、手の施しようがないか。
 アイツは確かに情けなかったよ。でも、大槻南佳はアイツを励ましに行くつもりじゃなかったのか。もしかしたら、死んじゃうかもしれないとか思ったんじゃなかったのか。
 周りで人が、死ぬのはイヤだ。けっこうマジで感じたはずだったのに。結果はこれだ。どうしてあたしって、こんな短気に生まれたんだろうか。そんなに育ちが悪いのか、あたしって。
 ため息をつく。ため息なんて人生のうち何千回近くついてきたと思うけど、そのなかでもトップクラスに重たいため息なんだろうな。
 これで、アイツ死んじゃったり、しないよね? あたしの言葉が引き金になって――なんて、マジやめてよね?
 そこで、コートの内ポケットに入っているケータイが小刻みに震えた。このバンプ、真由子からのメールだ。
 タイトルはなく一行『きんきゅーしれー』と書かれている。あたしはすぐに返信を返してポケットに入れた。大体、緊急指令ならひらがなで書くなっつの。緊迫感のかけらもない。まぁ、それが真由子のかわいいとこっつったら、そうなんだけど。あたしは立ち止まって、メールを打った。
 歩き出そうとする前、三十秒もせずに返信が帰ってくる。『今日、暇?』真由子はあたしがいつもこの時間塾だって知ってるくせに。珍しいな、そういうとこちゃっかし者なんだけど。あたしは顔文字でイエス。と返す。今度は少し時間が掛かって長文のメール。『今から街に出ない? 慶太もいるし』
「慶太もかぁ」
 あたしの声が急に甘く変わった。
 でも、お金大丈夫かな。最近ケータイ使いすぎて、おこづかい大幅カットされてるんだけど。
 そこで、あたしは一つの失敗に気づく。確かに家に出る前、バックに入れてサイフを持ってきたはずなのに。そのバックがない?
「アホだ。マジ」
 置き忘れたといえば、一つしかない。
「そうねぇ。ここにはないから、克哉のところかしらねぇ。今、いないからさ」
「いないって?」
 一瞬、女性誌のやけに華やかなテンションそのままの、自殺ゴシップ欄を思い出した。
「アイツ……大丈夫ですか?」
 言った瞬間失敗したな、と。おかあさんの前でアイツって言っちゃったし、それ以上に、なにが「大丈夫?」なのだろう。そして、おかあさんはアイツがひどいいじりに会ってることは知らないはずだ。説明するのか、あたしが。
「ううん、あの子も私が止めたんだけど。『風邪なんだから、外に出るなって』」
「あ」
 そっか。そういう取り方もあるよね。いや、むしろそこまで勘ぐるようなことはしないか。
 一瞬で、自身の行き過ぎた杞憂に気づかされ、何か心臓が引っ張られるような感じを引きずりながら。あたしはアイツの部屋に向かった。
 ドアを開けると、あたしのちょうど座っていたところにバックがあった。アイツも気づけないはずなのに、なんで教えてくれなかったんだろ。
 ――当然か。あのときのあたし、サイテーだったし。
 あたしは、バックの中身を確認してから、少し部屋を見渡した。本当に整然としている。ものがない、ということかもしれないが。その部屋の片隅に黒いウィンドウのパソコンが置いてあった。ディスプレーの電源は切られていたが、パソコン本体の電源は着いているようで、ほのかにタービン音が耳についた。
 あたしは、ふとした出来心から、ディスプレーの電源を入れた。プチッという音と共に、画面が揺れて、そのときの状況が再現されようとしている。
 でも、ディスプレーは黒いままだった。インターネットエクスプローラーはしっかり開いているし、どうやら黒いページを見ていたようだ。
「アイツ、変なの」
 少しブラウザをスクロールした、その瞬間。
 その文字は目に飛び込んできた。

 しにましょうよ

 黒い画面に決して相混じ会うことのない、赤い楷書で。細く。

4、

 アイツが教室から居なくなって、もう一ヶ月に近い三週間が経つ。もともと、アイツとは住む教室も住む階も違うクラス。だから、空白のアイツの席に、無理な責任感を感じることもない。アイツの話題は二週間であっさり途絶え、ゲームの主役を欠き、増して新しいゲームを始める気力もなし。
 あたしたちは私立の願書も出し終わって、季節は十二月のクリスマス…違った、一月から始まる受験に向けて動き始めたのでした。
 そんな中らしいんだ。いきなり全校集会が開かれたの。
 新米らしいというのがもっぱらの噂の新しい校長がもともと軽そうじゃない口をより重々しそうに開いた。
「この中でイジメをやったことがあるものは、すぐ手を挙げろ」
 一瞬で、館内の空気が凍りついた。あたしたちの間で活発に行き交っていた私語は一瞬で消え落ち、するとやけに仰々しいセンセーたちのヒソヒソ声だけが耳に障った。
「集団の力は人ひとり潰せるだけの力を持ってるんだ。イジメなんてくだらないこと、やめなさい」
 イジメじゃねぇっつの。
 こういうのもなんだけど、こんなあたしが反発するくらいなんだから、みんな反発してるんだろうな。というのは容易に想像がついた。
「イジメは立派な傷害罪です」
 大体、万が一でも、こんなことで、ゲームが終わるはずがない。あたしの脳みそでも分かるってば。『罰ゲーム』を受けるのと先生に殴られるの。どっちが怖いかって。絶対前者だね。

 三週間の間、滞っていた「ゲーム」の流れが、再び動き出した。

 生徒が教室に戻るのと、センセーが教室に戻るのとでは、かなりのタイムラグがある。
 慶太たちはさっき溜まったと思われる苛立ちとか不快感とかを、いきなり全開で放出し、教室は未だかつてない空気に包まれていた。
 センセーが、反省文をこってり書かせる分の原稿用紙を大量に持ってきた。センセーはいらだった顔で、反省文を書け、と。一言。
 それからセンセーは苛立ちを殆ど隠せきれてない顔を揺らして、激しくドアを開け、教室から出て行った。
「たぶん会議だよね」
 朝っぱらから。一時間目だというのに。まぁ、一番苦手な数学が消えてくれて少し嬉しくないといったらウソになるけど。
「なんで今頃? 先公たちも分かってたことじゃね?」
 麻衣が珍しく、口調を荒げた。あたしはその理由を知っている。
「アイツが親にチクったんだよ」
 あたしの声が、こんな簡単に教室中に広まるとは。分かってたつもりだったけど、正直想定外だった。そうなると、今まで校長やセンセーに向いていた怒りの矛先が、すぐにアイツへと向く。
「なぁ。この手紙。アイツがどうせ見ることになるんだよなぁ」
 慶太の腰ぎんちゃくっていうと、なんだか言い方悪くてキレられそうだけど。深田っちは頭悪いくせに、こういうところだけやけに機転が利く。
「なら、思いっきり悪口書かね?」
「それ、いい! ナイスアイディアー! 深田っち」
 クラスの流れは、強力だった。その『粋なはからい』は同様に反省文を書かされている三学年全てのクラスにあっという間に広がった。クラスに一人くらいは授業中、ケータイを我が物顔で使えるような子がいるもんだ。
「ゲームなんだって。バカらしー、ゲームなんだよ。ムキになっちゃってさー、カッコわりぃったらありゃしねっつの」
 深田っちが、大声出した。
 クラスの流れには従わなきゃ。ずっと、生活を共にしてきた仲間だもんね――っていうのは建前。
 みんな、サイテーを共にしてるのに、一人だけいい子になろうとするなんて、もっとサイテーだよ――っていうのも建前。
 あたしには実際、そんなカッコいい理屈はない。
 実は、あたしが持ってる理屈は「罰ゲーム」が怖い。それだけだったりする。
 慶太や深田っち達は小学校で習ったはずの作文用紙の使い方を思いっきり無視して、赤い丁寧な字で「死んじゃえよ」と書いた。

 作文を書いてないのがいよいよあたしくらいになったとき、あたしも覚悟を決めた。思いっきりかわいい字を赤……にはしない、オレンジのマーカーで「早く死ねば?」と大きく書きこんだ。マーカーのキュッキュっていう音が、胸を切りつけるギロチンの音にも聞こえる。
 あたしはただ、そのギロチンが迫るような恐怖に耐えられず、そのあとに本当に小さく鉛筆で「自殺」という字を書き、その上に×を重ねた。それから欄外に、気づいてもらえるかどうか、マジで分からないほど小さい字で「勉強しろよバカ」と書きこんだ。あたしは、こっそり用紙を机にしまった。
 それから下手に頭がいい深田っちが、センセーの目に触れる前に全員の「作文」を集めていた。どうやら、アイツんちのポストに直接入れてくるらしい。ホント、悪知恵が働くヤツだな、と。逆に感心してしまうあたしがいた。

 水曜日のデートに今日は真由子と麻衣も誘った。「カラオケもゲーセンも、二人だけじゃつまんないよね?」という真由子の提案だった。
「どうした? いつも変な南佳が、よりパワーアップしてるけど?」
 麻衣や真由子があたしを「みっちゃん」や「みなちゃん」と呼ばず「南佳」と呼ぶときは、おふざけなしの真剣モードなのだということを意味している。
 しっかり者の真由子に指摘されるならともかく、いつもおとぼけてる麻衣に指摘されているのだから。今日のあたしはやっぱり変なのだろう。いつもは、進んであたしたちを二人っきりにしてくれる彼女達が、今日わざわざついてきたのも、そのためなのかもしれない。
「気分悪いなら、休むか?」
 慶太が優しくあたしに声をかけてくれる。いつもならこんな慶太をじゃんじゃんはやし立てる二人組なのに、今日は別らしい。
 あたしたちは二人きりで、デパート内のベンチに座りこんだ。あの子達はちょっと服を見に行くとか言っていたが、やっぱり、あたしに気を使ってくれたんだろうと思う。だって、あの二人「デパートでいい服なんか買えるはずない」とか言ってる子たちだよ?
「ほら、南佳好きだろ。コンスープ」
「ありがと」
 かじかんだ手に、温かいというよりは熱い、といったほうが正確なくらいのコンスープの缶。その温度差に手の感覚がうっすらとぼやけ、しばらく手が動かなかった。
「慶太さあ」
「なんだよ、もう。そんな改まっちゃって。別れ話は遠慮しとくよ?」
 あたしは顔だけで笑った。
「あたしのなにが好き?」
 慶太はカッコいい。ここに何の疑う余地もない。でも、優しさに少しだけ疑う余地を残していた。
「なにって……」
 彼はその質問にしばらく戸惑っていたが、少なくても今のあたしには優しい彼は、あたしに都合のいい答えを探しているに違いなかった。でも、その優しさも今日だけはいらない。
「例えばさ。ぶっちゃけ、あんまいい例えじゃないけど、もしあたしが『実は男でしたー』なんて言っても、慶太はあたしのことが好き?」
「好きだけど、なんで?」
 即答。「今日は晴れですね」「今日は寒いね」そんな朝の挨拶と一切違わぬ慶太の優しさ。
「慶太、実はね。あたし藤堂慶太と知り合いなんだ」
 少しだけ、間が開いた。彼って、ウソがつけない人だから、表情に考えてることが大体浮き上がってくる。そして、この顔はあの時、慶太が見せた哀れみの顔と同じだった。それでも、あたしの正面切った告白に、彼は言葉を懸命に捜しているようだった。
「なんとなく、そうだとは思ってたけど」
「親戚どーし。どう思う?」
 沈黙が答えになる。
 街の雑踏がスローモーションが掛かったように見えた。
「……いじってて、ゴメン」
「でも、あたしアイツのことなんて大っ嫌い」
 分かりやすい。彼の表情がいきなり安堵に変わった。
「良かった。なんだか、オレ悪いことしてるのかと思っちゃった」
「アイツのウダウダっていう性格、あたしも嫌いだし。ぶっちゃけ学校から居なくなってせいせいもしてる」
 声が震えそうになる。ウソを言ってるつもりは微塵もないのに。
 誤魔化すために、あたしは笑ってるフリをした。
「さて、田口慶太はあたくし、大槻南佳のことがまだ好きですか?」
 彼はまんざらでもなさそうと言った顔で笑い、笑い声で収まりきらなかった衝動を体で表現した。肩を揺らし、手を叩き、本当に気持ちよさそうだった。
「南佳が大好きだよ?」
 心の中で小さくガッツポーズをしてみる。
 これで、少しくらいおせっかいしても、問題ないよね?
 慶太は優しい人だ。そんなこと分かりきってたことだ。なんで、そんなことで悩んでたんだろ。
「イジメが起きるのだって、全部が全部オレ達が悪いわけじゃないよな」
 彼は、あたしの前で何度も繰り返した。
 あたしは色々知っている。慶太がバスケの強豪高校に入っても代わり映えないように、毎朝の朝練を欠かしてないことを。慶太が居ない父親の代わりに新聞配達を手伝っていること。私立なんかに入らないために、あたしなんかの倍以上の勉強量をこなしていることを。その間を縫ってあたしなんかと遊んでくれていることを。
 それくらい頑張ってる彼を責めることは絶対できない。少しくらい遊んでもいいじゃないか、とも思う。アイツには悪いけど、慶太に少しくらいゲームをさせてあげたっていいじゃないかって。
「でも、殺しちゃダメなの」
「え?」
「いや、なんでもないよ」
 でも、この違和感はなんなのだろう。いじりがどうのこうのとか、そういうのじゃない。もっともっと遠い位置にある、強い炎症のような違和感にあたしはやっぱり苦しんでいた。

 慶太と別れ、家路につく途中の河原でアイツに会った。河の岸辺は道路よりも随分深い位置にあるので、フツーなら気づくはずないんだけど、見つけてしまったのは、いつかの自殺ゴシップが頭を強く叩いていたからだ。
 河にはとっくに沈んだ太陽に変わって、たぶんしし座らしき星群と、ポッカリと割れた半月が、今にも凍てつきそうな冷たい水の上におぼろげな白い影を落としていた。
 あたしはポツンと佇んだアイツの隣に座り、転がっていた石ころを月の影に向かって投げた。見事なコントロールで大きな白の半円に落ちた石は、影を一瞬揺らして、水に沈んだ。
 隣に座ったはいいのだけど、なにを言っていいのか分からなかった。それはたぶんお隣さんも。なんだかんだで三週間会話をしていない。もともとそんな良好な仲でもないあたしたちに、そう簡単に会話が生まれるはずがない。
 あたしは石を投げながら、アイツを見ていた。せっかく今、かける言葉を探しているというのに、腰を上げて、走り出されたらショックが大きすぎる。
「寒く、ねぇの?」
「あ、うん」
 そういえば、夜中に男子と会ってるなんて……しかもその相手がアイツだと知ったら、慶太はどう思うだろう。
 しかし、アイツほど異性の存在を意識することがない男子は未だかつていただろうか。こんな暗闇なのに、サッパリどきどきすることのない男子。悪く言えば色気がない、良く言えばがっつかない、理性的。……まだあったじゃないか、アイツのいいところ。
「ありがと、な。オレのこと心配してくれて」
「別に? ただ、ウチのオヤジがあんたのこと守れって言うからさ」
 実際そんなことはない。単に照れくさいからついた、でまかせのつもりだったのに、口にしてみると、それが本当に実際あった出来事のように感じられるから不思議だ。もしかしたら、本当にそうだったのかもしれない、なーんて。
「知ってる? あんたがいじめられる理由」
 そういえば、初めてだった。アイツの前で「いじめる」という言葉、使ったの。
 アイツはあたしの言葉に、ただでさえ陰気くさい顔をしかめて、より表情にかかる影を深いものにしていた。
「わかんねーよ。そんなの」
「ゲームなんだよ」
「ゲーム?」
「そう、ゲーム。あんたが主役の」
 アイツの言葉をあたしは繰り返した。
「慶太、そんな悪い人じゃないんだよ」
「それは、南佳の恋人――! ……友達だから、そう思うんだよ」
「いいよ、恋人で。実際そーだし」
 アイツは俯き加減だった顔を思いっきり倒して、草に倒れこんだ。あたしの視界からアイツが消えた。
 何かボソボソ呟いていたけど、あたしの耳までは届かない、小さな小さなみみっちい声だった。
「え、どうした?」
 あたしの言葉に、アイツの体は大きく揺れた。「覚醒」という言葉が、なぜか頭に浮かんだ。
「ゲーム……か」
 その声がやけに冷たくて、あたしは思わず手と首を大きく振った。
「悪い意味じゃないんだよ。あんたにそんな責任はないって話で……」
「いや。そういう考え方もあるんだなって。面白いと思ったよ」
 背筋が凍るってこういう思いを言うんだろうなって思った。胸が押されたように苦しく、あたしは思わず咳き込んだ。
「オレ、死のうかなぁ」
 頭の中で、強くリフレインするあの言葉。

 しにましょうよ

 ひらがなで、何の飾り気もない行書体。目に焼きついて離れない、赤。
 思い出す。
 そして、吐き気すら感じる。

4、

 世界で一人。こんな言葉を使いたくはないけれど。アイツを救うことができたのはあたしだけだった。
 そして、結果的にあたしはアイツを救うことができなかった。
 学校に行ったら、アイツに逢ったら、小声で言ってやろうと思った。「死ぬな」って。昨日、言いそびれて結局言えなかった言葉を。今日の今。

 学校に入ってから、異様な空気には気がついていた。あたしの第六感がやけに悪い想像だけを助長するのも、無視できなかった。
 ウソだよね、ウソだよね?
 そこから悲鳴が聞こえたのは、本来ならホームルームの八時半を過ぎてのことだった。
 ドラマで出てくるような、軽々しい悲鳴じゃない。本当の悲鳴は聞いた人間の心をも大きく揺らす。重々しい悲鳴なんだ。
 尋常じゃない雰囲気に気がついていた頃。あたしたちは校舎の外に避難することになった。一生使わないと思っていた避難訓練に裏打ちされた経験か、尋常ならざる緊迫感からか、あたしたちクラスが校庭へと避難するのは異常なほど早かった。
 体が宙に浮いてるみたいだ。体が自分のものでないような感覚。体が感覚神経から取り入れた情報に追いつききってない。そんな感じだ。みんな、一言も喋らなかった。
「ねぇ、なにがあったの?」
 麻衣が一言呟いた。たぶん誰もが麻衣の声を耳にしたんだと思うけど、誰も答えてくれなかった。

 あたしは、全てを知っていた。
 目覚めは異様なほど良かった。朝の六時。いつもなら、絶対起きられないような時間帯に、あたしは目覚めた。ケータイが、遠くで鳴っていた。慶太からのメールだった。「おはよ」三文字だけの、奇妙なメール。ケータイ買ったばかりの男子みたいだった。あたしは、不思議でたまらなかったが、適当に返信して、その次に「寝るね?」と付け加えて、あたしはまた眠りにつこうとした。
 眠れない、そのことに気づいたのは時計の長針が「3」をさした頃だった。あたし、寝つきだけはいいはずなのになぁ、とか独り言をブツブツ。
 思い切ってあたしは、リビングに出た。柄にもなく、朝勉強でもしてやろうと思ったんだ。朝飯を作るにしても、まだ時間があったし。なにより、期末テストが近づいていた。
 漢字練習帳をおもむろに開いて、昨日小テストで間違ってしまった漢字を何度か書いていると、あっという間に長針は「7」に近づいて来ていた。それなのに、音という音が一切耳に入ってこない。母さんの普段うるさい寝言もいびきも、大袈裟なくらい寝返りを打つ音も、本当に聞こえなかったんだ。耳につくのは、何かを刻むように早く細かく動く秒針の音くらいで。今思えば、これが嵐の前の静けさだったんだろうな。人間の体の奥底に残った動物としての危険回避能力が、「異常」が持つ独特の臭いを感じていたんだろう。
 朝食を作り終えたあとだった。慶太のケータイから着信があったのは。メールじゃない、このクソ忙しい時間帯に電話。しっかりしてる慶太にしては不思議すぎたから、あたしはリダイヤルを押した。
 聞こえた声は慶太のものじゃなかった。ひ弱だと、少し触ったら崩れそうなくらいボロっちい声が、電話口に響いていた。
「南佳。良く聞いてよ――」
「なに?」
 あたしの声は震えていた。
「ゲームだって、言ったよね? オレが主役の」
「うん……」
 上手く声が出ない。あたしは大きく息を吐いた。右耳がやけに熱を持つ。
「ゲームは終わるよ? 今日中に。必ず」
「それって」
「ただし、オレは負けっぱなしは悔しいからね。勝つのはオレ、罰ゲームを受けるのは慶太先輩ってことで、いいよね?」
 電話が切れる。唇がパサつく、冬だというのに脇の下がやけに冷たい。派手な運動も、なにもしてないのに動悸が激しい。あたしは、何も考えられなくなって。握力をも失った右手から、ケータイが音を立てて落ちた。
 メールの着信を告げる着うたが鳴ったのはそのすぐ後だった。

 アイツが、屋上にナイフを持って立てこもってるのだということを聞いたのは、慌てて学校に出て行ってからだった。

 ゲーム。
 頭のなかで何度もリフレインする、ことば。
 その独特の軽い語感。だからこそ、場合によってその軽さが重みになる。
 場合によってはきつく胸を切り裂くものなんだって、なんで今まで気づかなかったんだろう。
 なんで、あたしはアイツに教えちゃったんだろ。あたしのせいだ。

 あたし、ゲームは楽しいだけのものだと思ってた。慶太のストレスが、そこで解消されるなら、それはそれで全然いいものだと。
 でも、盲点があった。ゲームには罰ゲームがある、それ以前に。ゲームで痛い思いをしないのだと、誰が決めた? そんな決まりは一切ない。いくら楽しいサッカーだったとしても、足を引っ掛けて痛い思いをする可能性だって、十分にあったじゃないか。
 確かに、慶太にはゲームに参加する権利がある。そして、アイツはゲームに、主役として参加している。
 参加している以上、アイツにも慶太たちに反撃する余地が残っているんだ。
 なんで、それだけのことに気づかなかったんだろう――。ホント、なんて性能のわりぃおつむなんだ。
 あたしみたいに、アイツは別にルール違反なんてしてない。ゲームのルールに乗っ取った、正常な行動だ。
「ごめん、メシは勝手に作って?」
 あたしは、身支度もそこそこに家を出ようと、ドアに手を掛けた。
「ねぇ、ちょっと」
 背後から母さんのストレート声が突き刺さる。
「急いでるから」
「本当に、ちょっと待って?」
 あたしは仕方なくドアノブから手を離し、背後の母のほうを振り返った。
「あたし、急いでるんだけど」
「今日、父さんを拝んでいきな?」
「はぁ? なんで?」
 母の以外な一言に、あたしは大袈裟にため息をついてみせながら、ぞんざいに両手を合わせた。
「いってらっしゃい」
 母さんの声がやけに遠くに感じられた。

 あたしは走り出した。

 アイツは確かにルール違反は犯してないよ。そう、ゲームのルールに乗っ取った正常な行為だ。慶太を殺して自分も死ぬ、と。
 でも。
「そんなんで、命落とすなんて、啓二くんの二の舞じゃん」
 校舎に向けて走り出す。でも、真由子の声があたしを追い抜いた。
「……南佳?」
 真由子の声には黒い影が落ちていた。今日はやけに止められる日だな。
「あんた、無茶するんだもん。ほら、保奈美のときもさ」
 笑っちゃう。本当に、おかしい。
 あたし、結局父さんと変わんないんだ。あんなに頑張って、それでも父さんなんだ。
「慶太……そうだけどさ」
 彼女の声は悲しみに震えていた。マジ、バカみたい。泣きたいのはこっちのほうだってば。
 なのに、なんだか、あたしも悲しくなってきて。目が熱かった。
 冬の寒さで一気に冷やされた人差し指で目を擦る。なのに、熱は消えない。どころか、何割増しになってるような気すらする。
 ――そだよね。これでも、生理の日まで教えあった仲だもんね。
 啓二くん、今まで誤解してたことがありました。
 あなたは、バカではないんです。アホです。ただのアホです。
「けっきょく、あたし。父さん似か」
 あたしは走り出した。
 制止の声が、粉々にくだけた硝子の欠片みたいに、体に降りかかった。
 冬の突き刺すような寒さが鼻を刺した。
 あたしは走り出す。
 目が熱いのに、寒かった。

 今日、あたしは。二度目のルール違反をします。
 ゴメン。悪いのは分かってる、ゲームなんだって。バカらしー、ゲームなんだよ。ムキになっちゃってさー、カッコわりぃったらありゃしねっつの。たかがゲームなんかにさ。そ、深田っちの言うとおり。
 でも。
 あたしはルールを侵す。ゲームなんかで命を落とすのは、絶対に間違ってる。根拠はないけど。そうだ。
 ぶっちゃけ、ゲームなんてどーでもいい。ただ、人が死ぬのは胸くそ悪い。その後味の悪さはあたしの中にしっかりと刻まれている。砂をかむ、どころの話じゃない。もっともっと気持ち悪くて、重いことなんだ。人が死ぬってのは。
 根拠はきっと、それだけ。

 校舎に入ってから、少しくらいまでは、センセーがあたしを追う不規則な足音が聞こえたもんだけど、その音はすぐに消えた。変わりばんこに、パトカーの叫ぶようなサイレンが、耳を劈いた。実は、このサイレンがあたしを引き止めるみんなの叫びのような気がして、足が一瞬止まりかけたけど。ここで出てくるだけはゴメンだよな、キモいのもいいとこだよ。なんて、思っちゃったりして。けっきょく足は止まりきらなかった。
 屋上に出る階段に差し掛かったというのに、足は震えなかった。案外冷静なあたしは、もっと足が震えるんだろうな、どうしようなんて考えてもんなんだけど。一階でセンセーたちに追われたときよりも、胸はずっと安定してる。
 慶太と比べると、身長が半分にも感じられるアイツが、アイツの首元にナイフを突きつけているのはなんとなく不恰好だった。
 慶太は、いつもと変わらないジャージ姿で、廃品回収で雑誌を束ねるような紐で、縛られていた。いつもは見えない角度から、慶太の横顔が覗く。見るだけで、胸が痛んだ。
「南佳……さん」
 やっぱ、慶太の前だと「さん」がつくんだ。なんて、思うよりも先にナイフの鋭利さに、体がすくんだ。それが、あたしの体に刺さったら、まして慶太の体なんかに刺さったら。人間、ひとたまりもないんだろうなって、容易に想像が出来てしまう。思い出したくもないのに、かえるの解剖実験を思い出し、腹がむかついた。
「あんた、バカでしょ」
 慶太があたしの言葉に、ヒッと声をすぼめるのが分かった。近くで見ると、彼の身体は小刻みに震えていた。かっこ悪い、とは思ったけど。きっと、あたしもそんな感じなのだろう、お互い様だ。将来、もっと汚い部分だって見せ合わなきゃなんないんでしょうが。
「バカ……かもしれないけどね」
「まず、ナイフ離してよ」
「できない」
 きっぱり、とはしていなかった。
「なんで?」
「オレが、今先輩を殺してないのは。見せしめにしたいしさ。みんなが見てる前で、先輩を殺せば。さぞかしかわいそうだろうなって思ってさ。それで、あとは勝手にオレも殺せば良い。マスコミも騒ぐだろ、学校も問題になる」
 アホだ。見てるだけで痛々しいし、様になってない。
 やっぱ、バカだよあんた。中途半端な人間が無駄に大きいことやろうとするから、失敗するんだよ。正義感とか、気の強さくらいしか、とりえがない人間が。人を殺せるはずがない。
「ダメだよ。だって、あんたはそれなりのいい人だから。きっと」
「ゲームだって言ったのはそっちじゃないか!」
 アイツの、磨り減ってない声は、冬の空には上手く響かず、ドラマみたいに上手く耳には残ってくれなかった。
「ゲームなんかで命を落とすのは間違ってるよ」
 しばらく、音がなかった。パトカーのサイレンすら、耳に届かなかった。
 そして、大声。
「なんで、そんなこといえる?」
「あたしが悲しくなるからに決まってんだろ、いい加減気づけよ、アホ!」
 極限まで、乾いた喉が悲鳴をあげるのを感じた。
 あたしの大声に慶太は、悲鳴を上げて肢体をくねらせて、アイツはバカみたいに涙を流して。
 一瞬の静寂が、あたしたちに流れた。
 次の瞬間には脆くも崩れ去る静寂。パトカーのサイレン。いつしかサイレンが止まっていることに、あたしたちは気づかなかった。

 おまわりさん達は一斉にドアからこちらに駆け込んでくる。
 その光景に、アイツははじけるようによろめいて、フェンスにまで引き下がり、右手に持っていたナイフは、雑草が生えてるアスファルトの上に音を立てて落ちた。
 アイツは目を大きく見開いた。
 おまわりさん達の足音が、どんどん大きくなっていく。どこからか、拳銃を構える音も聞こえた。
 アイツはナイフを拾い上げる。大きく振りかぶった瞬間。
「やめろ!」野太い声は、震えずしっかりしていた。
 振りかぶり、勢いを得たナイフの先は、縛られて横たわってる慶太に向かおうとしていた。

 あたしは、走り出す。

 倒れるように、加速づいた銀のナイフは冬の脆い陽光を受けて、鈍く輝く。
 あたしは、飛び込んだ。加速は止まらない。
 野太い声は、悲鳴に変わった。

 血しぶきが大きく散った。

 途端に、胸で呼吸ができなくなるのを感じた。
 あーあ。



 あたしは紐をほどかれた慶太を見上げた。いつの間に、あたし、倒れてたんだか。カッコわりぃなぁ。
 血の臭いが鼻をつく。自分の血の臭いって、こんなんなんだ。けっこうショック。ぶっちゃけ、くさいったらありゃしない。
「バカっ!」
 慶太の涙があたしの頬に落ちる。ホント、優しい子だ。優しい子なんだよ。サイレンの音と共に、アイツはおまわりさんに囲まれて、手錠をかけられていた。子供だから、手錠をかけられるわけないと思ってたのに。違うのかな。
「なんであんなことしたの!」
 慶太は叫ぶ。ちぇっ、自分はあんな怯えてたのに。これでもけっこう、都合良いところがある、慶太がちゃっかし者だってのもあたしだけが知ってる秘密の一つだ。
「しゃーないじゃん」
 と。
 ふと、何の抵抗もなく言葉を発した瞬間、急に痛みが増すのを感じた。瞼が重くて、動かない。そういえば、極端に視界がせまくなっていた。
「バカっ!」

 慶太の声が遠のいていく。



 この、罰ゲームはけっこうキツイかもしれないな。
 遠い遠い、慶太の叫び声を聞きながら、ふ、と思った。
2006-12-03 23:15:51公開 / 作者:ピカット
■この作品の著作権はピカットさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
このたびは「ある日々の、とあるゲームにて」のほうを読んでいただきましてありがとうございます。みなさまの目には、この作品がどう、うつりましたでしょうか?

実はこの作品、イジメで自殺する人間にエールを送ろうという企画の一端として書かせていただきました。「あなたのペンで、誰かを救ってみませんか?」という企画です。(興味があれば、参加の程よろしくお願いします。)
それで、この作品を書くに当って、決めていたことが二つありました。一つが作中で「イジメが悪いこと」だとはいうまいと。イジメの善悪の判断は最終的に読者に委ねよう、と。事実、主人公の南佳自身、自分の手を汚すのはいやだけど、いじめは別にあってもいい、いいじゃないと考えてます。
もう一つが「罰ゲームは平等に与えよう」と。けっこう残酷なのですが。このゲームで罰ゲームを受けなかった人間は居ないのです。南佳はナイフに倒れ、慶太は大事な南佳を失い、克哉は警察に捕まって日常を失った。
実はピカット自身の短い人生経験では、どうしても誰が一番悪いのか、なんて結論は出せなかったものですから。こんな形にするしかなかったのですが。考えてみれば、ゲームである以上、そうなってしまうのかもしれません。南佳は書いててけっこう好きな子だったので、正直苦しかったですが。
けっきょく、誰が一番悪いんでしょうね。何もしない傍観者がいじめを支えているのは確かですが、主犯格も悪いし、だからといって克哉が悪くないのかといわれれば、悪いんでしょうし。誰にも酌量の余地があり、一番を決めるのは難しいかと思います。
だから、いじめが日常に蔓延って離れようとしないんだ、とも思いますが。

ピカットの頭には、話がどうこじれて、けっきょくどうなるのかは浮かんでいたのですが。実際動いていくのは登場人物たちですから。書いているうちに色々発見がありました。
克哉が最初からそんな根暗でなかったことや(きっと、イジメを受けてるうちに変わっていったんでしょう)ピカットが書いてて一番驚いたことは、南佳がこれほど正義感のある子だと思いもしてませんでした。傍観者なりに色々なことを考えて、頑張ってくれました。
けっきょく、ゲームに巻き込まれてしまう南佳ですが、最後も最後で南佳らしく書けたのは数少ない成功だと思ってます。

書くのが実は一番楽だったのは、慶太です。慶太も南佳もリアルにモデルが居ますから、という部分もあるのですが。慶太ほど、当たり前な子は居ないと思いますから。小説に書くのはある意味一番楽なのでしょう。
彼はコンスープをさりげなく奢る優しい部分もあるのかと思えば、克哉にはいきなり強く当ったり。南佳と同じく早くして父を亡くしているのですが、母を助けるために働いてるかと思えば、いじめゲームでストレスを発散している。
表だけ見れば、非常に明るくて優しくてカッコいい子なんだと思います。表だけじゃなくて、ピカットも彼のことをいい子だと思ってますし。繰り返しますが当たり前の子です。どこに居てもおかしくない。
ですが、当然誰にでもある、裏の顔がこう彼を不幸にしてしまう。彼もまたゲームの被害者なのです。

克哉は一番曖昧に生まれました。昔は優しい子だったという子、ただ家ではいわゆるマザコンっぽい。小学校ではなんともなかったみんなとのズレが中学校になった途端、大きなズレとなって彼を苦しめる。
実は、もっと書きたかった登場人物でした。

ピカット自身、人をいじめた事がないかといえばウソになりますし。案外いじめっ子になっちゃう時もあるのかな、と思ったりします。
ですが、これだけはハッキリしています。
「もっともっと気持ち悪くて、重いことなんだ。人が死ぬってのは。」
人を殺しちゃいけないんです。ぜったい。それがどんなことでも。
「ゲームなんかで人が死ぬのは間違ってる」んですから。
……こんなんで、エールを送れているのかは、全くの未知数なのですが(汗


皆さんは、誰が一番不幸に感じられましたか。また、誰が一番悪いのだと思われましたか。
そんな声も厳しい感想や叱咤激励の言葉とともに、伝えていただければとても光栄なことに思います。

では、失礼します。
この作品に対する感想 - 昇順
はじめまして、走る耳です。受験前というと、中三なのか、高三なのか、どちらにせよおそらく十代の方なのでしょう。それでここまで構成力が高いというのはほんとに、感嘆の一言です。中三のいじめの話ということで、内容は重いものではありますが、登場人物の配置が上手くリアリティの高さを感じました。慶太はいじめっ子の主犯格なのだけれど、その彼女視点の話であるため、キチンと悪部分も書くことができている。逆に、藤堂克哉が昔から弱い人間という訳ではないことも。少しお父さんの扱いが勿体ないような気もしますが、力を全く発揮できていなかったわけでもない。ただ一つ注文をつけるとしたならば、冒頭文は変えたほうがいいかもしれません。登竜門では、冒頭文だけで読むか読まないかを判断する人が沢山います。その一人が僕でもあるのですが、読みきった後ならば納得できないことも無いけれども、魅力的な冒頭文であるとは言いがたいです。
非常に丁寧で、心のこもった物語であることを感じました。次回作にも期待しています。
2006-12-03 00:54:05【★★★★★】走る耳
アドバイス、そしてもったいないほどのお褒めの言葉ありがとうございます。2ptももらえるとは思っていませんでして、ちょっと…涙目に近いです。中学三年生のピカットです。
お父さんは、確かにもう少し使いたかったですね。実はもっと丁寧に書きたいと思ってたのですが、南佳がせっかちなのもあるのかもしれません。思った以上に物語のスピードが増していってしまったので、描写が足りなかったのでしょう。

冒頭文、確かに魅力がないですね。
あまり、冒頭文を意識したことはないのですが、確かに書き出しはあまり得意じゃないですし。これでは誰もついてきませんね。

ありがとうございました。
2006-12-03 18:20:32【☆☆☆☆☆】ピカット
ああ、感想で書き込みミスするなんて……。
“その彼女視点の話であるため、キチンと悪部分も書くことができている”→“その彼女視点の話であるため、キチンと善の部分も書くことができている”
申し訳ないです。
2006-12-03 19:09:48【☆☆☆☆☆】走る耳
 はじめまして。上野文と申します。
 初めて聞く企画ですが、そういうものもあるのですね……。
 個人的な感想になりますが、この物語の場合、誰が悪かったとか、言う事はできないと思います。
 誰もが選択を間違え、罪を背負ったように、書かれてますから。
 私は、ペンなんぞでいじめは救えないと思います。
 一度でもいじめを受けたものなら、「救ってあげる」なんて偽善は、苦笑いを浮かべるだけでしょう。
 人を殺しちゃいけない?
 だから被害者は自殺するんです。
 他人を殺さないために自分を殺して。
 本当の悪党は、自分は手を汚さずに被害者ぶって笑ってますよ。

 ごめんなさい。熱くなりました。

 ピカット様に考えていただきたいのは、南佳の死が無価値だということです。
 彼女が身を挺して、誰が救われました?
 奇しくもピカット様が書かれた様に、誰も救われていない。
 彼女が救ったのは、慶太でも、当然克哉でもない。
 自分自身の「自己満足」です。

 そんなもののために命を捨てるな!

 彼女の父の死には意味がある。
 彼は職務を全うしようとし、何よりも、銀行強盗から「誰か」を守って死んだのだから。
 もしも、エールを送りたいのなら、弱きものは牙を磨げ。理不尽に足掻き、大切な何かを守るために怒りを燃やす、そんな小説を書かれるのがいいのではないでしょうか?

 文才も筆力も、非常に高く、羨ましいほどのものがあると思います。
 頑張ってください。では。
2006-12-03 23:43:14【☆☆☆☆☆】上野文
作品を読ませていただきました。登場人物を等身大に描いているところに好感を持ちました。しかし登場人物は等身大ですが、イジメという行為及び関わる人間を一歩退いた立場で描いているため、良くも悪くも他人事のようにしか感じられません。ですから、ラストでの南佳の行為が御都合主義に感じられました。
元いじめられっ子甘木の愚痴を……。イジメを押しとどめ自殺を防止するには、他者を理解しようとする努力が必要(苛める方、苛められる方、双方ともですが)。イジメをゲームとしか捉えられないのならイジメはなくならない。上辺だけの安直な救済は苛められる人間の心を傷つけるだけ。それゆえに、この作品は苛められる人間にとってエールにはならない。御不快に感じられたら謝罪致します。また、二度と感想を書くなと言われれば素直に従います。だけどこれが、貴殿の後書きに対する率直な感想です。
では、次回作品を期待しています。
2006-12-05 23:49:38【☆☆☆☆☆】甘木
計:5点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。