『月夜 1話』作者:花鳥風月 / ANV - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
 山奥にある、少し変わった学校に通う生徒達。何も無い土地も、仲のよい友人達となら楽園だと思える。そんな緑豊かな平和な地だと思っていたその土地にある日異変は起きる。
全角17347.5文字
容量34695 bytes
原稿用紙約43.37枚
 プロローグ


降りしきる雨、その中で1人たたずむ男。
 足元には何かよく分からないものの屍骸が複数散らばっている。
「渇きが治まらない」
 そんなことを呟いて俺はさらに森の奥へと進んでいった。
 その先は誰も足を踏み入れたことのない未開の土地。
 だが、俺は迷わず進んでいく。
 ただ、自分の中の渇きを潤してくれるものを探しに…。


 6月17日 火曜日

 今日は昨日が雨だとは信じられないぐらいの快晴のまま学校が終わった。
 時間とは流れるのが早く、高校3年の生活が始まってもう2ヶ月が経っている。
 あまりにも早い2ヶ月にとても驚いている。
 だが、自分にはそんな時の流れを止めることは出来ない。
 そんな、無力さを感じながら空を見ていた。

 僕の名前は前原 浩平(まえはら こうへい)どこにでもいるような普通の高校生だ。
 特に秀でた長所も無ければ、目立った短所も無い。
「浩平は何しているんだ?」
 声のした方を見るとそこには、神原 玲治(かみはら れいじ)が立っていた。
 身長は172cmの僕より少し小さいので、男子では小さい部類に入るだろう。
 少しきつめの顔立ちだが素直にカッコいいと思う。
 見た目は怖いが話してみればとてもいい奴だ。
「何となく空を見てたんだ」
 そう言うと、「そうか」と言って去っていった。
「いきなり声かけてそんな態度とるから、みんなに怖いとか近寄りがたいとか言われるんだよ」
 少し高い声で去って行こうとした玲治を注意しているのは、水原 舞(みずはら まい)、彼の幼馴染だ。
 身長は僕とほぼ一緒なのでかなりスレンダーだろう。
 性格はとても優しく、顔立ちもいい。
 その上、気遣いも出来るとあってとてもモテている。
 僕と玲治の付き合いは高校1年の時からでいつも玲治と一緒にいることは知っている。
 大変仲がよく、羨ましい限りだ。
「君たちはまだ帰らないのかい?」
 そう言って声を掛けてきたのは倉谷 誠也(くらたに せいや)だ。
 こいつはこのクラス1の成績で、性格はかなりのナルシスト。
 この性格が無ければもう少し友達も増えるんだろうけどな。
「僕はもう帰ろうと思っていたところだけど」
 そう言うと、玲治と水原も頷いた。
「なら、ボクも一緒に帰らしてもらっても…」
「却下よ、早く私たちだけで帰りましょ」
 水原がすぐさま断り歩いていったので僕たちも急いで後を追った。

「いくらなんでも今のは酷すぎじゃないか?」
「だって、あいつのことが嫌いなんだから仕方ないじゃん」
「何で、誠也だけにあんなに厳しい態度をとるんだよ?」
「生理的に受け付けないのよ」
 玲治と水原がそんな会話をしている。
 僕らが通っている慶蘭高校は少し町外れの所にある。
 周りに民家はほとんど無く、高校の裏手には山しかないという現代とは思えない場所に立っている。
 そのため、全生徒約600人中の98%が学生寮に住んでいる状態だ。
 この学校は全国でもレベルが高く、国からの支援も半端じゃないぐらい受けているから寮に入るのも気にならないんだろう。
 僕はこの学校に入りたかった一番の理由は、授業料が他の学校と比べて半分ぐらいだったからだ。
 他の奴らはいい大学に行くためだとか言ってるがご苦労なことだと思う。
 今の生活が楽しく穏やかに、自然が残っているこんな場所で青春を謳歌できたら良いと思うんだがね。
「みんなはこの自然の雄大さが分からないのかな?」
 僕は2人に向って言った。
「どうだろ?みんな良い大学に行くためにここに来たみたいだし、もう3年だし…」
 確かに僕たちはもう3年で進路などを考えなければいけない時期に来ている。
「でも、やっぱり自然に触れて安らげる時間も必要だよね」
 水原が笑顔でそんなことを言っていた。
 僕も彼女の言うとおりだと感じた。
「移ろい易い世界に生きているからこそ、安らぎというものが必要だ」
 玲治もいつもと同じような口調でそんなことを言っていた。

 僕は周りの人と比べたらマイペースかもしれない。
 けれど、ゆとりというものが無ければ人生は楽しくないのではないか?
 だから、学生でいられる間はゆとりを持って生きていこうと決めているのだ。
 この後、僕たちは学生寮までの10分ぐらいを他愛もない話をしながら帰った。
 女子寮と男子寮は距離的にはすぐそこなのだが、建物が違うため寮の入り口で分かれる事になる。

「それじゃ、また明日ね」
 水原は僕たちに手を振りながら女子寮に歩いていった。
「俺たちも行くか」
「そうだね」
 僕たちは自分達の部屋に向っていった。
 僕と玲治は部屋が隣同士なので歩いていく方向は一緒だ。
 男子寮、女子寮とも10階建ての建物の1室を借りて生活する。
 ホテルに住んでいるという感じがして最初の頃は慣れなかったのだが、3年にもなるとさすがにもう抵抗は無くなった。
 この部屋割りは、基本的に3年間変わることなく、ずっと僕は玲治の隣の部屋だ。
 玲治と少し話をしているうちに自分達の部屋に着いた。
 僕は801号室、玲治は802号室だ。
「また、夕飯のときに」
 玲治にそう言って僕は自分の部屋に入っていった。

 部屋に入ってまず溜まっていた洗濯物をして、風呂場を洗いに行った。
 ベットメイクと掃除と飯作り以外は基本的に自分ですることになっているからだ。
 自分で出来る範囲の仕事はしっかりとしろと言うことだろう。
 慣れた手つきで風呂洗いを終わらせて、テレビを見ておくことにした。
 風呂にはご飯が終わってから入ることにしているからだ。
 いつも見ているローカル番組のニュースに切り替えてそれをじっと見ていた。
「昨晩、紅市で熊に襲われて死亡している男性が見つかりました」
 このあたりは野生動物が多いからこういう事件もたまに聞くんだよな。
 本当に気をつけておかないとざっくり動物にやられかねかねないからな。
 昔、熊を見かけたことを思い出して、少し怖くなった。
 それにしても、最近物騒な事件が多いな。
 そんなことを考えながらニュースを聞いていた。

 ニュースも終わり、空をベランダから空を眺めて見ることにした。
 薄暗い空には綺麗な月が浮かんでいた。
「今日は十三日月だな。
後2日で満月だし、そろそろ月見団子を作る準備でもしておくか」
 僕は自然を見るのが好きなので、満月の日には毎回団子を作ってお茶を飲みながら月見をしている。
 月齢に詳しいのもそれが関係している。
 みんなには年寄りくさい趣味だと言われるが、別に自分が好きなことなんだから関係ないと思う。

 おっといけない、早く食堂に行かない晩飯に遅れるな。
 気づけば時計は19:49と表示されていた。
 食堂は19:00〜20:30までなのでそれまでに行かないと今日のご飯にありつけなくなってしまう。
 料理を作ってもらえば22:00まで空いているからゆっくり食べられるんだけど、申請していない生徒は20:30までに注文をしないといけないことになっている。
 部活などをしている人は事前に申請しているため、時間を遅れても問題ないんだけどな。
 そんなことを思いながら少し駆け足で食堂に向った。

 食堂は男子寮と女子寮の間ぐらいに大きい建物が立っている。
 大きさは3階建てで1階当たり150人は入るぐらいのものである。
 料理は和洋中生徒が好きなものを選べ(早い者勝ちだが)、レベルも大変高いものだ。
 費用は払い込んでいる分だけなので食堂を利用する際に生徒がお金を払う必要がない。
 何故こんなにも良い待遇で学生生活を送れているのか何かきな臭いがするが気にしても仕方の無いことだろう。
 それに、この学校から政界の要人や大企業の社長などを輩出していることを考えるとそう不思議でもない。
 食堂に入ろうとしたとき反対側から走ってきた人にぶつかった。
「痛いなぁ」
 目の前には女子生徒が1人こけていた。
 暗くてよく見えなかったが、左の掌を怪我しているようだった。
「ごめん、大丈夫かい?」
 ハンカチを取り出して女子生徒に渡した。
「ありがとう、今回はうちも前を見ないで走ってたから悪かった」
 そんなことを言いながらハンカチを使って掌の傷を拭いていた。
 その姿はとても小さく150cmちょっとといった背丈だろう。
 可愛らしいという表現がよく似合う女の子だ。
「ちょっと、待ってよー」
 そんなことを言いながら女子生徒の後ろから水原が走ってきた。
「水原の知り合いか?」
 走り疲れて息が少し上がっている水原に尋ねた。
「うん、青田 陽子(あおた ようこ)って言って、3-3組にいるんだけど知らないかな?」
「残念ながら知らないな」
 素直にそう答えた。
「じゃ、今から知り合いやね」
 そう言って擦り剥いていない右手を出してきたので、僕は左手を出して握手をした。
「うちらが今日知りあったんもなんかの縁やし一緒にご飯食べよ」
 いきなり青田は笑顔でそんなことを言ってきた。
「前原が嫌なら別に無理にとは言わないけど」
 水原は少し考えていたのを嫌だと勘違いしたのかそんなことを言ってきた。
「全然嫌じゃないさ。
 ところで今日は何の種類の飯にするんだ?」
「うちらは今日は中華にするつもりやったんよ」
 別に僕は何でもよかったので文句はない。
「それじゃ早く行こうか、腹が減って死にそうだ」
 そんなことを言って僕たちは食堂に入っていった。

 中華のフロアーは3階にある。
 僕らはすぐに3階に向った。
「こっちに座ろう」
 僕が空席を見つけたので2人をそっちの方に案内した。
 席を確保してから本日の料理を取りに行った。

「いただきます」
 僕たちはそう言ってご飯を食べ始めた。
「今度の月見どこでする?」
 水原が僕に尋ねてきた。
 いつも玲治と水原を誘っているから早い目に決めなくてはと思っていたからちょうどいい。
「ん〜、どこが良いだろうな…」
 いつもは寮の中の公園で見ているのだが、たまには違う場所で見たいと思う。
「あんまり、夜遅くに外に出たら怒られるからやめといたら?」
「いつもしてるし、今までに怒られたことなんて無いから大丈夫だよ」
 笑顔で答えた水原とは対照的に青田は心配しているようだった。
「大丈夫だよ、ばれそうになったらすぐに逃げるから怒られるようなことなんていさ」
 そう言うしっかり頼むね」と青田は僕に言った。
「今回は裏山に登って月でも見るか?」
「絶対駄目や!!」
 冗談半分で言った言葉を凄い勢いで青田が却下した。
 僕たちは思わず「何で?」と聞き返してしまった。
「だって、あの山って熊とか出るらしいし、事件だって多いから心配やん!!」
 そう、真剣な顔でそう言って来た。
 確かに、あの山はいろいろと事件が多いのは知っている。
 そんなところに本気で行こうなんて奴はこの辺りにはいない。
「冗談だよ、あんな気味の悪い山に月見なんて行くわけないじゃないか」
 大笑いしながら青田にそう言った。
「もう、うちは本気にしたんやで」
「冗談なんだし陽子もそんなに怒らないの」
 青田をなだめている水原の姿は微笑ましいものだった。
「今回も寮内の公園でするか。
どうだ、青田も一緒に月見しないか?」
「ん〜、行きたいけどうちは用事があるからパスやわ」
 残念そうに青田は断った。
「今回も3人で月見だね」
「そうだな、まぁいつも通りなだけだから良いんじゃないか?」
 その後、他愛もない話をしながら料理を食べ終えた。
 時計を見ると時間は21:29と表示されていた。
「そろそろ、お開きにするか」
 僕のその言葉でみんなで食堂を後にした。
「それじゃ、また明日学校で」
「またね」
 僕たちはそう言って食堂の入り口で解散した。
 さて、真っ直ぐ自分の部屋に戻るか。
 そう思ったが、もうすぐ公園に行かなくてはならない。
 公園は丘を登りきったところにある。

 丘を登りきった公園に玲治がいた。
「今日もトレーニングか?」
「ああ、浩平もどうだ」
「仕方が無い、今日も付き合ってやるか」
 玲治はいつもここで精神統一やら、筋トレやらをやっている。
 僕も一緒にこのトレーニングをやり始めたのは高1のこの時期ぐらいからだ。
 開始時間はいつも21:40なので約束しなくても僕たちは会える。
 最初は精神統一から。
 僕はその場で目を瞑った。
 雑念を捨て、気持ちを落ち着ける。
 そして、体の底からエネルギーがわきあがって来る様なイメージをする。
 それが全身に広がって行く。
 体が温かいもので満たされていく。
 完全に全身に行き渡った。
「よし、準備できたぞ」
 これをすることで身体能力の向上ができる。
 最初は信じていなかったが、実際かなり向上するので毎日鍛錬している。
 向上値は大体、普通の人間の身体能力の1.5〜2倍ぐらいだ。
「10秒か、少し時間がかかり過ぎている。
俺はそのぐらいだったら1秒かからずにできるぞ」
「だけど最初に比べたら進歩しただろ?」
 最初は全くできず、やっと1年かかって出来るようになり。
 15分ぐらいかかっていたものを今は10秒ぐらいでできるようになったのだ。
「だが、目をつぶっていたらいきなりこられたらつかえんだろ?」
 確かにそうだ、誰かに絡まれたときなんかえらいことになるな。
「だけど、しっかりイメージしても玲治の方が強いんだから仕方ないだろ?」
「それは能力の差だ」
 そんなことを言われてしまっては仕方がない。
「とりあえず、戦おう」
 そう言って僕は近くにあった石を上に投げた。
 それが地面に落ちたときが戦闘開始の合図。

 …カツン。

 石が地面に落ちた、僕は玲治との間にあった約5mの間合いを詰める。
 右の拳をボディーに向って思いっきり振るう。
 その拳を受け止めて投げようとする玲治。
 だが、それはフェイントだ。
 僕の本命は頭部に入るであろう左のバックブロー。
 回転力を生かし、そのままバックブローを放った。
 だが、確実に入ったと思われるそれは左腕によって阻まれていた。
「チェックメイト」
 玲治はそう呟き僕のボディーに右拳を思いっきり放った。
 僕は思いっきり飛びのいて勢いを殺そうとしたが、殺しきれずあっけなく吹き飛ばされた。
 全身に満ちていたエネルギーが吹き飛ばされてしまった。
 それは僕の意識が痛みに負けてしまったからだろう。
 心が淀むと、このエネルギーは失われてしまう。
 だから常に、冷静であらなくてはいけないと玲治は言っている。
「やっぱり、勝てないな」
 ズボンについた土を払いながらそう言った。
「だが、最近の成長は目覚しいと思うぞ」
 玲治は少し笑みを浮べながらそう言ってくれた。
「ありがとう、そう言ってもらえると日ごろの努力が報われる」
 そんな会話をしながら、僕らは寮に戻っていった。

「それじゃ、また明日学校で」
 僕は玲治にそう言って自分の部屋に戻った。
 すぐに浴槽にお湯を溜めて風呂に入る準備をし始めた。
 それから少しの時間が経ち、風呂のお湯が溜まったので入って今日の疲れと汚れを洗い流した。
 風呂から上がると、疲れのせいで激しい睡魔が僕に襲ってきた。
 今日はもう眠ろう…。
 そうして電気を消してからベットの上に寝転がり、心地よい世界に落ちていった。


 6月18日 水曜日

 朝、携帯電話のアラーム音で目覚めた。
 眠気を振り払い、すぐに制服に着替えて、身だしなみをしっかりと整えた。
 時間は7:02朝食は8:00までに取りに行けば8:20までゆっくり食べられる。
 だから、ゆっくりと食堂に向うことにした。

 朝は絶対に和食と決めているので迷わず1階の和食のフロアーに行く。
 そこで、適当に空いている席を確保して料理を取りに行く。
 慌しいのが嫌いなので、人があまり多くないこの時間に朝食を取るようにしている。
 朝食で最も込む時間帯は7:15〜7:45までの間なので今の時間なら少し急げばピークは避けられるからだ。
 僕は手早く朝食を済ませて自室に戻った。

 そして、いつも玲治と学校に行く8:10までのんびり部屋でテレビを見てすごしている。
「昨夜未明、会社員の豊島 重雄さん39歳が車で紅山から転落して死亡しました。
 見通しのよい道だったため、スピードの出しすぎが原因と見られています」
 全くこのあたりはスピードの出しすぎで事故を起こす奴が多いから困る。
 そんなことを考えながらニュースを見ていた。
 シリアスなニュースはこの1件ぐらいで、後はほのぼのとしたものばかりだった。

 あっという間に時間は7:58になった。
 そろそろ、玲治の部屋に行くか。
 そう考え自分の部屋の電気などを落として、部屋を出た。
「おはよう、誠也」
「おはよう、玲治」
 たまたま廊下に出たタイミングが一緒だったため、バッタリと出くわした。
 こういうことは少なくない。
「じゃ、学校に行きますか」
「ああ」
 そんな、何気ない会話をしながら僕たちは敷地の入り口に向った。
 それはなぜかと言うと水原とも一緒に行っているため待たなくてはならないのだ。

 待ち合わせ時刻は8:10に入り口集合なのに今はもう8:21だ。
 学校までは普通で10分、急いで5分なのでまだまだ余裕があるとはいえ少し急いで欲しいと思う。
 それからさらに5分が経過してから水野は来た。
「ゴメン、待った?」
「待たないときの方が少ないよね」
「そうだな」
 僕の意見に玲治も賛成のようだ。
「仕方が無いじゃない、女の子の朝は忙しいの」
「化粧もしてないのに?」
 僕は当然の疑問を口に出した。
 化粧をしなくても綺麗だから問題ないが、時間が何故かかるのかがとても気になったからだ。
「舞の場合はただの寝坊だ」
 玲治のその言葉に麗華は少し恥ずかしそうな顔をしている。
「そろそろ、行かないとのんびり行けなくなるぞ」
 水野が可愛そうだったため僕はそう切り出した。
 このおかげで、あの空気を切り替え学校に向うことが出来る。
 この後、僕たちは楽しい日常会話をしながら、自然あふれる道を歩いた。

 ………10分後

僕たちは自分達の教室に着いた。
今日はいつもと違い、担任の今山(いまやま)先生がもう教室にいた。
「何で今日はこんなに早いんですか?」
「連絡があってそれをみんなに伝えに着たんだよ」
今の時間は8:33で、開始時間は8:40なのでほとんどの生徒が寮暮らしとあってみんなこのぐらいの時間には学校についている。
「これで、全員揃ったから今から話をするぞ」
 そう言って今山先生が話し始めた。
「今日の午後からと明日の1日を学校を休みにするらしい」
「おー」「やったぁー」「ラッキーだぜ」「嬉しいわぁ」
 など口々にみんながそんなことを言っている。
「だが、これは生徒が自主的に勉強するための時間だからあまり羽目を外しすぎるなよ。
 今日は終礼をしないから4時間目が終わり次第帰って良いぞ」
 今山先生は最後にそんなことを言って出て行った。
 今日の午後から授業が無いと言うのなら今日のうちに団子の準備を買っておくか。
 そんなことを考えながらボーっとしていると、1時間目の授業が始まった。

 僕はあまり授業が好きではない。
 なぜなら、生きていくうえで必要の無いことをわざわざ貴重な時間を使って学ばされるからだ。
 今、本当に必要なのは知識では無く、経験だと考えている。
 いくら知識を蓄えていたとしても、それは実際体験しなければ有効に活用など出来るはずが無いからだ。
 だから、僕はただボーっと空を見て時間が過ぎるのを待っている。
 退屈で無意味な時間を苦痛を感じながら過ごす。

  ………そんな時間が4時間続いた

 やっと、今日の授業が終わった。
 学校からさっさと帰って明日の団子作りに必要な材料を揃えなきゃと考えていた。
「今日は水原はどうしたんだ?」
 いつもだったら一緒に帰っているはずの水原がいなかったので玲治に尋ねてみた。
「『舞なら、教師に呼ばれているから帰っておいて』と言っていた」
「そうか、なら今日は誠也も誘って帰るか」
 そんな話をしながら廊下に出ると誠也がいた。
「誠也、今日一緒に帰らないか?」
 そう声を変えると振り返った。
「すまない、今日は少し用事があるんだよ」
 そう言うと、誠也の後ろから青田が出てきた。
「青田いたんだ、誠也に隠れて見えなかったよ」
「どうせうちは隠れてしまうぐらい小さいですよ。
 それより誠也、早くしないと2人とも怒ってるで」
 僕の言ったことのストレスを誠也にぶつけているようだった。
「そういうわけなんだ、また誘って…。
痛い、痛い、痛い、急ぐからそんなに蹴らないでくれよ」
 誠也は青田に思いっきり蹴られながらどこかへと歩いていった。
「俺たちだけで帰るか」
「そうだねー。
 あっ、帰りに少し寮の購買に寄っていいかな?」
 僕がそう尋ねると無言で頷いてくれた。

 10分ぐらいかけ、寮の前の購買までたどり着いた僕らは、団子を作る材料と食糧を買い揃えて寮に戻った。
 今の時刻は13:09、午前中授業の日ならもう食堂が空いている時間だ。
 だけど、今日はなんとなく部屋で料理を作りたい気分だったので、昼飯の材料を購買で買っておいた。
「今日の飯は部屋で作るけど玲治も一緒にどうだ?」
 その言葉に玲治は難しそうな顔をして考えていた。
「まだ時間に余裕もあるし、ご馳走になろう」
「大したものじゃないけどな」
 そんな会話をしながら僕の部屋に荷物を持って向っていった。
 自分の部屋についてから荷物を今日つかうものと明日使うものに分けて、昼飯作りを始めた。
 今日のメニューは焼き飯だ。
 米は冷凍していたものを使い他の材料は買ってきたものを使う。
 基本的に食事は食堂なので、食材を買う必要は無いから冷蔵庫は空っぽで、冷凍庫に少々物が入っていると言った感じだ。
 玲治には食器の準備をしてもらって、僕は焼き飯をサッと作り上げた。

「いただきます。」
 そう言ってお互いに焼き飯を食べ始めた。
「そう言えば、時間気にしてたけど何か用事でもあるのか?」
「ああ、少し行っておかなければならない場所があってな」
 玲治は飯を食べながらそんなことを言った。
「いろいろと大変なんだな」
 そう玲治に言って僕も食事をバクバク食べた。

 ………15分後

「少し長居しすぎた、今日は美味い昼食をありがとう」
「ご希望ならいつでも作るよ」
 最後にそんな会話を交わして玲治が部屋を後にした。
 さて、今日はやることもないし少し眠ろうか。
 そう考え、僕は綺麗にされたベットに寝転がり、そのまま眠りに落ちていった…。


 幕間1

 優しくなりたい、賢くなりたい、強くなりたい。
 そう願った少年がいた。
 その少年はただそう願ってひたすら頑張った。
 血のにじむ努力をし、人では考えられない高みへとのぼった。
 何故少年がそうまでして高みを目指したか。
 それは、きっと…。
 誰かの愛情が欲しかったんだ。
 だが、少年は誰からも理解されず、世界から孤立した。
 愛を求めた行動が愛を遠ざけた。
 あまりにも悲しすぎる…。


 頭がボーっとする、なんだか夢を見ていたようだ。
 よく思い出せないが寂しさが胸の中に残っている、そんな夢…。
 目を覚ますと時計は18:34と表示されていた。
 風呂を洗って食堂に向うか。
 そう考えて、のんびり風呂を洗ってから食堂に向った。

「前原、玲治どこにいるか知らない?」
 男子寮を出てすぐのところで声を掛けてきたのは水原だった。
「今日はなんだか用事があるみたいだったけどな」
 そう答えると少し難しい顔をした後、
「そうなんだ、急ぎの用でもないし…。ところで今から一緒に食堂行かない?今まで部活でお腹ペコペコなんだ」
 いつもの優しい表情に戻ってそんなことを聞いてきた。
「ちょうど今から食堂に行くところだったからかまわないよ」
 笑顔でそう返事して2人で食堂に向っていった。
 「今日は何を食べるつもりしてたんだ?」
「久しぶりに洋食が食べたいなー、と思ってたんだけど。」
「じゃあ、洋食を食べに行くか。」
 そんな会話をしながら2階の洋食フロアーに向った。
 2階について、最初に席を確保してから食事を取りに行った。
 そのとき、急にズキンと頭が痛みその場に屈みこんでしまった。
「どうしたの、大丈夫?」
「多分大丈夫だと思う…」
 頭痛が引くまでほんの少しの間その場にじっとしていた。

 目を瞑り心を落ち着ける。
 それだけで痛みを和らげることが出来るのは玲治との日ごろのトレーニングの成果だろう。
「すまない、心配をかけた」
 申し訳なかったので水原に謝った。
「友達なんだから心配するのが普通じゃない。前原、今日は体調でも悪いの?」
「普通だ、今までにこんな頭痛に見舞われたことなんて一度も無い」
 頭痛に思い当たる節がなかったので、自分自身とても不思議に思っている。
「そっか、でも今日はゆっくり休んだ方がいいと思うよ」
 そんな会話をしながら僕たちは席に戻った。
「いただきます」
 そう言って、僕たちは食事を始めた。
「明日の月見は午後7時ぐらいから準備するから、協力よろしく」
「寮の購買にある調理室でいいんだよね?」
 男女で料理を作るときや、部屋にあるキッチンでは物足りないと言う人のために、購買でキッチンの貸し出しを行なっている。
 料金は無料、設備は店ぐらい揃っているという嬉しさだ。
 ただ、事前に申請をしておかないと使えないと言うのが少し面倒と言えば面倒だ。
「それで良いよ、他もいつも通りだから」
「了解でーす」
 笑顔でそう言って、水原は食事を再開した。

 20分ぐらいが経ち、2人とも食事を終えたとき、神原が姿を見せた。
「玲治、洋食って珍しいな」
「たまには、食べたくなるときもあるんだ」
 笑顔で僕の質問に返事をした後。
「言い忘れてたけど、明日用事があって準備を一緒に出来ないんだ。
月見までには間に合うと思うから、遅れてたら先に始めておいてくれ。」
 いきなり玲治がそんなことを言い出した。
「どうせ玲治のことだから僕たちには言えない用事なんだろ?」
 僕のその言葉に無言で頷いた。
「さっさと終わらせてきなさいよ!!私たちに迷惑をかけるんだから誠意の品も忘れないように!!」
「わかった、何かいいものを持って帰ってくる。」
 水原は玲治に厳しい口調でそう言っていた。
 本気で怒っているわけじゃないし別に良いだろう。
 僕はそう思って何も口出ししなかった。
「じゃ、ゆっくり飯を食えよ」
 玲治にそう言って僕たちは食堂を後にした。

「明日は2人で準備だね」
「ああ、そうだな」
「まー、玲治がいなくても何とかなるでしょ」
 水原は明るい声を出してそんなことを言っていた。
「準備だったら僕1人でも出来るし、水原も何か用があるなら別にいいよ」
 僕は水原に笑顔で言った。
 玲治がいないのに準備を手伝わすのは悪いと思ったからだ。
「用は無いし、私も一緒に団子を作りたいからさ。
やっぱり、自分で作ったほうが美味しいじゃない」
 そうか、確かに自分が作ったものを好きな人に食べてもらうのは嬉しいもんだ。
 僕にもその気持ちは痛いほど分かる。
「じゃ、遠慮なく手伝ってもらうことにするよ」
 そんな会話をしていると、もう寮の前まで来ていた。
「それじゃ、また明日調理室で」
「うん、また明日ね」
 水原が女子寮に入るのを見届けてから僕も部屋に戻った。

「やっぱり、2人っきりってのは緊張するな」
 そんなことをぼそりと呟いた。
 水原と2人になるとかなり緊張してしまう。
 ひょっとすると、食堂での頭痛はそのせいだったのかもしれない。
(好きな人の前で緊張するのは普通のことだよな)
 そんな風に自分に言い聞かせて、急いで風呂を洗ってお湯を溜め始めた。
(でも、水原は玲治のことが好きなんだろう)
 それは、言うまでも無いことだろう。
 普段から2人はいつも一緒にいるし仲がいいし…。
 どう見てもお似合いだと思うし、2人とも仲のよい友人だから応援したいと思う。
 僕はただ、水原のそばにいる事が出来るだけで満足だ。
 そんなことを見ながら空を見た。
 空には満月には少し届かない、14日月が輝いている。
 それは今の僕の気持ちを表しているようだ。
 一見、完璧に見えるその月。
 しかし、少しかけていて完全ではない。
 今の僕の気持ちもそうだ。
 そばにいれるだけで十分…。
 そう思っていてもどこか満たされない。
 そんな気持ち…。
 だが、完璧じゃないからこそ存在できる世界がある。
 それが、今の3人の関係だと思うから僕は満月を望まない。
 いや、どんな選択をしても、満月になることはないのだろう…。
 だから、少しかけた月でいいと思う。

 おっと、いけないそろそろ風呂が溜まってるな。
 僕は急いで風呂場に行って、一日の汚れと疲れを洗い流した。
 なんだか、今日はよく寝たのにまだ眠いな。
 髪の毛を乾かし、寝巻きに着替えてベッドに倒れこむと、そのまま夢の世界に落ちていった。


 幕間2

 暗い山を走る、ただ走る。
 目的はただひとつ、仇なす者を滅ぼすため。
 自分達の平穏を守るためひた走る。
 男は全てを見渡せる高い場所で動きを止めた。
(全てが始まり、全てが終わる。そんな日を俺の手で作り上げてやる)
 言葉が頭の中で聞こえてくる。
 風の音だけが辺りに響き渡る。
(お前は運が悪かった。時代が時代なら、きっと英雄になって世界を救っていただろう。だが、その時の世界はお前を許さなかった。そのせいで、お前は歪み、世界を恨み、全てを滅ぼそうと思ったんだろう。)
(しかし、それは仕方が無かったで許されるようなことではない。だから…)

 辺りが明るくなった。
 町並みを歩いている。
 とても気分がいい。
 日が沈んだ後の散歩は気持ちがいい。
 時間は7時か8時だろう。
 今日は一生懸命張り切りすぎたから力がもう残っていないや。
 でも、さっき作り終えた物で守り続けることが出来る。
 今、理解されなくても、未来の誰かが理解してくれる。
 受け入れてくれる、そんな願いを込めた物…。
 最後は自分の感情を込めて終わりだ。
 胸に刻まれた刻印を見ながら青年はそんなことを考えていた。
 人のためになるように、誰かを守れるようにと行動をしてきた心優しき青年。
 世界がこのような人しかいなければ、きっと平和は訪れるのだろう。

 ソレハ ムリダ
 コノ ショウネンハ
 スデニ


「うわぁぁぁーーーー」
 僕は叫びながら目を覚ました。
 時間はすでに17:49、とても長い時間眠っていたようだ。
 だが、そんなに眠っていたような気がしない。
 夢を見ていたからか?
 なんだか、感じの悪い夢…。
 あんな夢を見たら目覚めも悪い。
 今日は午後から調理室を予約しているから、なにか作りに行くか。

 そう考えて、テキパキと身だしなみを整えてから、団子作りの材料を持って調理室にいった。
 調理室に入って驚いたことは、僕の前に2人の使用者がいたこと。
 もう1つはその使用者が、僕の知り合いだったことだ。
 1人は関屋 錬(せきや れん)、身長が190cm近くあるでかいやつだ。
 性格が豪快なので一緒にいると疲れるやつだ。
 もう1人は石谷 弘人(いしたに ひろと)、僕よりも少し身長が高い1つ下の後輩だ。

「おう、鉄人じゃないか」
「それを言ったら浩平さんがおこるじゃないですか」
 関屋の発言を注意している石谷。
 何故鉄人と言われるのか、その理由は、学校の料理大会で優勝してしまったからだ。
 この2人も参加していたのだが、2人とも同着で2位という結果だった。
 石谷は僕のことを見ると料理を教えてくれと寄ってくるし、関谷は勝負しろと五月蝿く言ってくる。
「鉄人と言うな。
それと、何度言われようと勝負はせん」
 鉄人と呼ばれることが嫌いな僕は関屋にそう厳しく言い放った。
「お前の不戦敗だがそれで良いのか?」
「別に良いよ、そんなくだらないことはどうでも。僕は名誉のためや、誰かに勝つために料理を作るんじゃない」

 そんな風に言っている僕が何故、料理大会なんてものに出たか。
 それは、商品が調理器具セットで、それを水原が欲しいと言っていたからだ。
 どんな形であれ、自分の料理が好きな人の役に立つなら喜んで料理を作る。
 それが僕の料理に対する考え方だ。
「さすが、浩平さんだ。
カッコいいです、ボクを弟子にしてください」
「だから、教えれるほどの器じゃないって何度言ったら分かってくれるんだ?」
 全く、こいつらの相手は本当に疲れる…。

 そんなこんなで、こいつらと会話したり、器具の準備をしたりしているうちに水原が来た。
 あのうるさい2人は水原が来る少し前に帰っていたので、水原と2人っきりだ。
 意識すると緊張するので意識しないように頑張ろう。
 そう思ったとき水原が僕に言った。
「家庭科部の部室に忘れ物しちゃったんだ。もし、よかったらでいいんだけど前原ついてきてくれない?辺りが暗くて少し怖いんだ」
 たしか、水原はお化けとかが苦手だって言っていたな。
「分かったよ、綺麗な女性の1人歩きは危ないからね」
 僕は冗談っぽくそう言って、エプロンを作業台の上に置いた。
「この時間なら先生はいないだろうから私服でも大丈夫だろう」
 水原は制服だったが、僕は休みなのでもちろん私服だった。
 いちいち着替えに行くのも面倒だったので僕はそのまま行くことにした。
「うん、ついて来てくれてありがとうね」
 笑顔でそんなことを言ってもらえる僕は幸せだと思う。
 こうして、僕らは2人で学校に向って行った。

 学校には19:00ぐらいには着くだろう。
 そんなことを考えながら学校までの道のりを歩いた。
「今日は満月だから明るいだろ?」
 道を明るく照らし出す満月が空に輝いている。
「だけど、怖いものは怖いよ…」
「ま、何かが出たら逃げればいいさ」
 僕は明るく振舞って、水原を元気付けていた。
 こんなときに玲治がいたら、水原の力になってやれるんだろうな。
 そんなことを内心思って少し複雑な気持ちになった。
 怯える水原を宥めながら何とか学校までたどり着くことが出来た。
 凄く怖がっていたので、僕まで少し怖くなるぐらいだった。
「なんとも無かっただろ?さっさと用事だけ済ませて戻ろう」
「うん…」
 水原は元気なさげに頷き、僕らは夜の学校へと入って行った。

「靴ちゃんと履き替えなきゃ」
「別に誰もいないし、ロッカールームはもう施錠されているから無理だろ。」
 生徒は男女に分けられたロッカールームに荷物を置いておくのだが、校内で活動している生徒がいなくなると施錠されるのだ。
「あんまり怖がらなくても大丈夫だよ」
 僕は水原を励ましながら3階にある家庭科部の部室に向かった。
 学校は5階建てになっていて、北館と南館に分かれている。
 北館と南館は廊下で簡単に行き来できるが、北館は主に部室、南館は主にHRが割り振られているので、名前を分けている。
 家庭科部の部室は、北館3階の階段から少し歩いたところにあるので、北館の階段に向かった。
「電気が薄暗いから怖いね」
「そうだな」
 夜でも電気はついているが、普段と比べたら3分の1ぐらいの明るさしかないためかなり無気味な雰囲気だ。
 僕も少し不安になりながらも部室に向かい、やっとの思いで3階の部室前までたどり着いた。
 水原は部室の鍵を開けてドアを開けっ放しで中に入り、すぐ戻ってきた。
「お待たせ、わざわざついてきてもらってありがとうね」
「さっさと帰ろう、水原が怖がるせいで僕まで怖くなったよ」
 この雰囲気と水原のあまりの怖がり方に少し僕も怖くなっていたので急いで帰ることにした。
「急ごう、早く戻って準備しないと間に合わなくなる」
「そうだね」
 僕らは少し小走りで1階まで降りた。

 やっとここから出れる、そう思ったとき、僕の目に不思議なものが映った。
「犬?」
 玄関側に犬のようなものがいるのが見えたからだ。
「犬なんているわけ無いじゃない、脅かさないでよ」
 水原は頬を膨らせながら玄関に向かっていった。
「待ってくれよ」
 僕は水原を急いで追いかけた。
「止まれ!!」
 なんだか嫌な予感がしたのでそう叫んでいた。
 水原はビクッとしてその場に固まってしまった。
 急いで走り出し、水原の前に出た。
 体が軽い、玲治とのトレーニングのときは、こんなに早く切り替えが出来なかったのにな。
 そんなことが少し脳裏によぎったが今は気にしている余裕など無い。
 水原の前にでて廊下を凝視する。
「どうかしたの?」
 水原が不安そうに声をかけてきた。
「動かないで、なんだかヤバイ雰囲気だ」
 空気が冷たい、体が震える。
 この感覚を僕は知っている、この感覚は…。
 自分の身に危険が迫っているとき。
 初めて玲治と戦ったときの感覚に似ている。

 暗い廊下から影が飛び出してきた。
 犬の形をしたものだが、戦闘力は桁違いだろう。
 油断すれば殺される、そんなことを感じ取れる。
 相手の軌道を瞬時に読み、冷静に対処する。
 攻撃が見えるのであれば何とかなる。
 恐怖を精神統一で消し去り、相手が来るであろう軌道に右拳を放った。
 鈍い音が周りに響く、確実に犬の額に直撃したはずなのに臆することなく再び向かってくる。
「水原、後ろの廊下から逃げろ!!」
 階段のそばには南館に繋がる廊下がある。
 そこから水原には逃げてもらおうと思った。
「だめ、腰が抜けて動けない」
 くそ、確かにこの獣が出す殺気は女の子には厳しいか…。
 冷静に獣の動きを読み、攻撃を避けてカウンターを入れていく。
 だが、この獣にはダメージを与えられないようだった。
「落ち着け、焦ったら負けだ。」
 動揺する気持ちを必死に抑え、目の前の獣にのみ意識を集中した。
「おい、嘘だろ?」
 目の前に獣と同じ形をしたものが2匹増えて、3匹になっていた。
「流石に無理だな」
 僕は水原を抱えて後ろに走り出した。

 全ての力を足に注ぎこむ。
 追いつかれたら…。
 死が待っている。
 水原だけは絶対に死なせたくない。
 だけど、もうすぐ追いつかれてしまう。
「水原、もう走れるか?」
 そう、僕が尋ねると小さく頷いた。
「丁寧に降ろしている時間が無い。
後ろに投げるからちゃんと着地してくれ」
 僕はそう言って、水原を前に投げた。
 その直後、飛び掛ってきた3匹の獣に向かってまわし蹴りを放った。
 辺りに鈍い音が響く。
 上手く3匹ともを巻き込む形であたってくれたので時間稼ぎは出来た。
「あんたら、そんなとこで何してるんや?」
 廊下の奥の方から声が聞こえていた。
「こっちに来るな!!」
 僕の声が聞こえなかったのか声の主はこっちに向かってくる。
 獣達もその声の主に向かって行った。
「残念でした」
 そう言った次の瞬間、獣たちは一瞬で氷付けになっていた。

 なぜ…?
 今、起きた出来事に僕の脳は何1つ理解することができていなかった。
 人影がこちらに近づいてくる。
「全く、危ないところやったんやで、って前原やんか」
「なんで青田がこんなところにいるんだよ?
それよりもさっきのアレはなんなんだ、説明してくれよ」
 極力精神を乱さないようにして質問した。
「おい、陽子。見慣れない女子を保護したんだがどうする?」
 振り返ると水原が抱えられていた。
「水原!!」「舞!!」
 僕と青田は同時に声をあげ、水原の元へと駆け寄った。
「おいおい、陽子の知り合いかよ」
「2人とも、うちの知り合いや」
 青田と男は会話を…。
「おい、何で関屋がここで水原を抱えてここにいるんだ?」
「鉄人…、いや違った、前原こそなんでこんなところに?」
 わからない、いろんなことが急に起きすぎて何がなんだか分からない。
「とりあえず、弘人がいる空き教室まで戻ろぜ」
「そうね、前原達もついてきて、話をしないと駄目やし」
「来るなと言われても行くから心配するな」
 そんなことを言って僕と水原は2人の後を追って1階の端にある空き教室に向かった。
2006-11-15 22:20:29公開 / 作者:花鳥風月
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