『ショウちゃんとハク君』作者: / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
何歳になっても五歳のままのショウちゃん。彼の唯一の友達は、冷酷な父親が拾ってきた、子猫のハク。彼はハクを愛するあまり……。
全角2481文字
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原稿用紙約6.2枚
「ショウちゃん、大きくなったら何になりたい? 」 
 「ニンゲン! 」
 ショウちゃんは、大きな瞳を輝かせて、いつもそう答える。五歳のときからそう言い続けている。小学校の六年生になった今でも、答えは相変わらず「ニンゲン」のままだ。
 「あいつはニンゲンなんかになれねぇよ」
 ガンちゃんは、吐いて捨てるように言う。
 「あの顔見るだけでムカムカするんだよ、ババア、どっか捨てて来いよ」
 ショウちゃんは、ガンちゃんを恐れている。すぐに殴るし、大きな声で怒鳴るからだ。ショウちゃんには、ガンちゃんが怒っている理由がよく分からなかった。
 ショウちゃんが小学校1年生くらいの頃、冷蔵庫から出したイチゴジャムを使って、壁に絵を描いた。真っ赤な船が、真っ白な空を飛んでいるところを描いたのに、ガンちゃんは、何も言わずにショウちゃんを壁にたたきつけた。ピアニカのホースで、牛乳を飲んでいたときも、横っ面を張り倒された。牛乳が、床に飛び散った。
 トイレから出た後、パンツとズボンをすぐに履かなかった、それけでも、ガンちゃんを怒らせた。そのまま遊びに行こうと玄関のドアを開けて、ガンちゃんと鉢合わせしたのだった。ついでにその時は、靴も履いていなかった。
 とにかく、ガンちゃんが気に入らないことをすれば、怒られる。それだけはショウちゃんにも分かっていた。
 だから、ショウちゃんはガンちゃんの前では、石になることにした。何も話さない。動かない。ガンちゃんに命令されたことだけをする。そうしていれば、あまり殴られずに済むからだ。 
 たまに、ガンちゃんが喜ぶことがあった。
 「おいバカ、てめぇのババアを呼んでこい! 」
 そう言われて、ミカさんを呼んで来るときがそうだった。
「おい、こいつ、そんなにバカじゃねぇぞ、ババアが誰かは、分かるらしいからな」
 ガンちゃんはそう言って、何がおかしいのか、上機嫌で笑うのだ。
 ミカさんは、悲しげな顔でショウちゃんを見る。五歳のまま、自分より大きくなってしまった息子が、無抵抗に夫に殴られているときも、自分がガンちゃんに殴られているときも、やっぱり同じ目をしていた。ミカさんの表情は、いつからかずっと固まったようにそのままだった。

「翔太、ママと一緒に、遠いところにいこうか? 」
 ミカさんは、まだショウちゃんが小さかったころ、細い両腕で彼の体を抱き締めながら、時々そう言った。
 ショウちゃんは、やっぱり大きな瞳を輝かせて、
 「うん! いっしょ、いく! 」
 いつもそう答えた。
 その言葉を聞くと、ミカさんは肩を震わせて泣いた。
 「やさしいね、翔太は」
 けれども、結局、ショウちゃんとミカさんは、遠いところに行かなかった。

 ある日、一人っ子だったショウちゃんに弟ができた。薄汚れた小さな男の子を、ガンちゃんが道端で拾ってきたのだ。名前は、ハク。
 ハク君は、ショウちゃんにすぐに懐いた。まるで兄弟のように、いつも体をくっつけて、内緒話をしては笑いあった。二人は言葉を話すことが上手ではなかったけれど、気持ちだけは通じ合っていた。
 ガンちゃんは、それが気に入らなかった。ハクは、自分に一番懐くべきだと思っていたのだ。
 「誰に拾ってもらったと思ってんだよ、バカに懐きやがって! ハク! てめぇなんか、殺してやるよ! 」
 ハク君は、助けを求めるように、ショウちゃんの顔を見た。
 ショウちゃんは、真っ青になった。
 (ハク君、殺される……)
 ショウちゃんは、ハク君の小さな体を抱いて、ガンちゃんに見つからないところに隠そうと、狭い家のなかをウロウロと歩き回った。そして押入れの中の衣装ケースのなかにハク君を隠すと、助けを求めるように鳴くその声に耳をふさぎながら、押入れをそっと閉めてしまった。
 
 「おい、ババア、ハクがいねぇぞ? 」
 異変に最初に気づいたのは、ガンちゃんだった。ミカさんが、慌てて家中を探した。
 押入れの衣装ケースの中で、ぐったりしている子猫のハクを見つけて、ミカさんが悲鳴を上げた。

「ハクを殺したのは、てめぇだぞ、翔太」
 ガンちゃんは、この時はショウちゃんを殴らなかった。その声は、いつもと違って、静かだった。
「ハク君はね、遠いところにいっちゃったのよ」
 ミカさんが、そっとショウちゃんの背中をなでた。
 
 「あいつ、今度は人をヤるぞ」
 子猫を弔った後、ガンちゃんがいつになく真面目な声でミカさんに言ったのを、ショウちゃんは知らない。
 「翔太は、優しい子よ……」
 ミカさんはその時、珍しくガンちゃんに逆らうようなことを言った。
 「優しいとかそうじゃないとか言ってられねぇだろ。あいつには、やっていいことと悪いことの区別がつかねぇ、って話だよ。体ばっかりでかくなりやがって」
 
「大きくなったら、何になりたい」
そう聞かれるたび、ショウちゃんは、大きな目を輝かせて答える。
「ニンゲン! 」
 ショウちゃんは、五歳の心のままで、二十歳になっていた。
 新しくショウちゃんの家になった場所に、ガンちゃんはいなかった。ミカさんもいなかった。
 たまにミカさんが、ショウちゃんに会いに来る。ガンちゃんは一度も来たことがない。
 ハク君は、遠い所にいってしまったけれど、ここにはハク君に似た友達がたくさんいて、皆で仲良く暮らしている。
 ショウちゃんの一番の友達は、尻尾なんてないのに、自分の尻尾を追いかけて、一日中ぐるぐる回っているリク君。それから、彼がほのかな恋心を寄せているのは、窓の所に座って、一日中外を眺めて幸せそうな顔をしている、言葉を持たないメイちゃんだった。
 
 ガンちゃんに怯えなくて済むようになってから、ショウちゃんはふと気がついた。
 そうだ、あの時、ハク君を隠さなくても、ガンちゃんをどうにかすれば良かったんだ……、と。
 
2006-10-16 16:08:19公開 / 作者:碧
■この作品の著作権は碧さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
読んでくださった方にお礼を申し上げます。

子どもって、時々とんでもないことをしますよね。その無知な優しさは、時として残酷です。
金魚にえさをあげようとして、一袋全部水槽につっこんで全滅させたり。
寒い冬には温かい水の方がいいだろうと、亀をお湯の中にいれてみたり。
そこから思いついた短い話です。
ハッピーエンドにしたかったのですが、これが精一杯でした。
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読ませていただきました。
この話、ショウちゃんは知的障害者ですかね? でも、最後の方を読むと精神障害者のような気もしますね(精神病患者と思われる人物の描写があったので)。碧さんがこの作品で描きたかったことは、子どもの無知がもたらす残酷、でしょうか? もしも、これでショウちゃんが本当の子どもだったら、少し良い話という方向でまとまったのかもしれませんね。
私のような未熟者が言うのも何ですが……子どもの話にするか、知的障害者の話にするか……どちらかに絞った方がわかりやすかったのではないかな、なんて思いました。なんとなく、両方をとってしまって、結果的に中途半端になってしまった感じがしたもので。もしも知的障害者の話にするなら、病気の特徴をよく調べて、それを基に話をつくることも可能だと思います。子どもの話ならば、それこそ碧さんのような方なら、たくさんのアイディアが浮かぶと思います。
大口を叩いてしまってすみません。次回作を楽しみにしています。
2006-10-17 01:20:32【☆☆☆☆☆】目黒小夜子
目黒小夜子さま 

いつもありがとうございます。これは、「何年生きても5歳のままの子ども」の話として考えていたので、知的障害や精神障害は考えていませんでした。実際、ショウちゃんみたいな子どもは知的障害者と言われていますよね。それは私も知っているけれど、当のショウちゃんは、そんなことは永遠に知らないのかも。
 ショウちゃんの父親は、ショウちゃんをわが子として全く受け入れられず、自分のことを父親と呼ばせないし、母親のことも「ババア」と呼ばせます。5歳のこどもとして扱えないので、すぐに殴ったり、怒鳴ったりします。でも、息子との力関係がいつか逆転することには気づいています。 母親の方は、彼が5歳のときには5歳の子どもとして抱き締めていたのに、体が12歳になって自分より大きくなってしまうと、どう扱っていいのか分からず、距離を置いてしまっています。彼の周囲の人間は、中身と外側にギャップのある彼と、どう接していいのか分からないので、友達もいません。彼を恐れずに近寄ってきたのは、父親が拾ってきた子猫だけ。
 ショウちゃんにとってのハッピーエンドは、怖い父親のいない場所に行くこと。彼を受け入れてくれる仲間のいる場所で暮らすこと、それ以外に私は思い浮かばなかったのです。 
 こどものもつ、無知からくる残酷さから思いついた、と書きましたが、そのことを書きたかったわけではなくて、自分を守ることで精一杯な、大人の残酷さを書きたかったんです。もっともっと、その辺を書かないといけませんね。中途半端な印象を与えているということが分かったので、これもまた、書き直してみます。
 
2006-10-17 08:04:30【☆☆☆☆☆】碧
拝読しました。えぇと、親も子どもも皆子供のように見えた私は相当ひねくれてるのかもしれません。人間大抵そうなんですけれど、自分の子が自分の思ったとおりに育たないから感情に任せて怒る親なんてまるで子供みたいで相当気持ちが悪いと思ってしまいますが、そういう風に感情を起伏させられる文やストーリーというのは凄いのだろうと思います。ところで、ショウちゃんは人間になりたいのだとしたら「今」は何なのか大変興味があります。
2006-10-17 22:26:54【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
>水芭蕉猫さま

そこなんです。私が書きたかった、というより、読んでいる人に「やっていいことと悪いことの区別がついてないのはオマエのほうじゃ! 」みたいなツッコミを入れてもらいたいんですけど、お父ちゃんをもっとメッタメタの悪人に描かないとダメでしょうか。お母ちゃんも、ボーっとしてんと、なんとかせえや!みたいにツッコミいれてもらいたい。でも、どうやって罠を張れば、読む人がするすると落っこちてくれるんだろう。読む方だって、ははん、ここで落とそうとしてるな? って分かってしまったら、素直に落ちてくれませんよね。ショウちゃんは、「ニンゲンになりたい」と答えていますが、実は「おおきくなったら何になりたい? 」という質問自体、理解できていません。「大きくなったら」という言葉の意味が理解できないんです。「ショウちゃんは、何? 」と尋ねられていると思っています。だから、「ニンゲン(何になりたい?と尋ねる人、あなたと同じだよ)」と答えるのですが、分かってもらえないんです。って、ちゃんと書けよ私、ですね。一人ボケツッコミ状態で申し訳ありません。
2006-10-17 23:19:22【☆☆☆☆☆】碧
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