『The Book!!―アインシャルテの日々』作者:Syou / t@^W[ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
ファンタジーの世界にあるカフェ。リアルと同じようでちょっと違う。剣と魔法の世界に生きる普通の女の子の物語。
全角3056文字
容量6112 bytes
原稿用紙約7.64枚
アインシャルテの日々




  チリンチリ〜ン


 「ありがとうございましたー」

という鈴の音と共にお客さんが出て行った。
働き始めた頃からの変わらない、お気に入りの音色。
さっきのお客さん、初めてだったな。
綺麗なブロンドの髪を後ろで結っていて赤色のちょっときつい眼鏡をかけていた。
パッと見たところ、どこかのやり手のキャリアウーマン。
人は見かけによらないとは言うけれど、大抵は見た目どおりだ。
このお店で働くようになって、見た目どおりでない人にも沢山であったけれども。



 「フレーズのタルトとティーを。 あぁ、ロウセンティーはある?じゃ、それ」

初対面で馴れ馴れしくというのも困り者だが、
ここまでツンとトゲのある抑揚で話されるとドキドキしてしまう。
綺麗な人だから、笑ったらステキなんだろうな、などと妄想しつつ注文を受ける。

「ミルクとシュガーは…」

 私の働いているお店、ソルンはアーヴァンハルトの都市部からちょっと離れた川沿いにある。
ソルンというのは、店長の昔住んでいた国の古い言葉で、「繋がり」という意味なんだそうだ。
店長さんは、フラリスさんという、穏やかなお姉さん。
お客さんとの話を聞き耳していると、たまに古いミュージシャンの話を
「なつかしいわねぇ〜」
なんて言っているから、見かけによらず実は結構いっているのかもしれない。
10代と言っても通じてしまいそうな肌、ちょっと羨ましい。
何度か暗に尋ねてみたことがあるけれど、ふふっ と笑われて流されてしまった。

 水を火にかけて沸騰させる。ロウセンの入った缶の蓋を開ける。
このまえ新しくあけたやつだ。ロウセンの強くて芯のある香りが鼻をくすぐる。
個人的にはライレックの、優しい果物のような香りが好きだけれども。
けれども、やっぱり開けたての茶葉の香りはどれも素敵だ。
お湯がグツグツ言い出した。沸騰した後はまず、ポットとカップを暖めるために注ぐ。
そして、その後お湯を流し、ティースプーンを取り出して、一杯…二杯……っと。
そしてそのあとティサーバーにむけてドバアアアアァァァ っと注ぐ。
この、ドバアアアアァァアと注ぐのがコツなのだそうだ。
カップを宝石を磨くかのように拭いて、
(実際、宝石もびっくりなくらい綺麗で可愛いカップなのだ)
沸くまでに用意していたタルトとティーサーバーを持ってお客さんの場所へ向かう。
一番緊張する瞬間だ。毎回変わらぬこの緊張は、自分でもどーかと思う。いい加減慣れてもよさそうなのに。
それでも、心内を隠してスタスタと歩けるようにはなった。
働いて間もない頃は、毎日のように常連さんに弄られたけれども、それは別のお話。
今はこの目の前にあるタルトとティーを転ばぬように、そして出来る限り優雅に運ばなくてはならない。

「お待たせ致しました。フレーズのタルトとロウセンティーです」

 窓際の、一番川に近いその席はたくさんの人が愛用する。
午後の強い日差しが少しまぶしくて、ちょっと熱いけれども、川から吹き抜けてくるさわやかな風がとても心地良い。
窓を覗けば爽やかな大空と、きらきらと輝く川の水面。
時間がゆーーっくりと、流れる。そんな空間。
けれど、このお客さんは眼鏡をかけて何やら難しそうな資料とにらめっこを続けている。
急ぎの仕事なのだろうか。私が持っていっても、
「ん」
とだけ言って、その資料を見続けている。
もったいないなぁ…なんて思いつつ、そんなことを口出しするのは野暮ってものだ。
人には人の時間がある。
昼下がり、アフタヌーンティーの時間にはちょっとはやい、そんな時間。
子供は太陽の下で駆け回り、大人は暑さにくたばる人も。犬は木陰で猫は日向で腹を表にぐったりと昼寝の時間。
店内にはお客さんが4組。お母さんがニコニコしながら子供の話を聞いている、若い奥様方だろうか?が3人井戸端会議中。
そして、常連さんである、シム爺。毎日これぐらいの時間になると汗をかきながらふらりと元気にやってくる。
最後に、さっきロウセンを運んだお客さんだ。

 やっと資料を読み終わったのか、少し冷めたであろうロウセンにそっと口をつける。
ピンと伸びた背筋に艶やかな唇。窓からそよそよと風が舞い込んできてブロンドの髪で遊んでゆく。
タルトを一口、二口。
ソルンのちょっと小洒落た雰囲気とあっていて、どこかの博物館においてある絵のようにも見える。
一通りの仕事を終え、つかの間の休息。洗い終わったグラスやカップをやわらかな布巾で拭きながら、
店内の様子をぽーっと眺める。
いっぱいの人と、ちょっと騒がしい雰囲気の店も大好きだけれど、
こういうゆったりした雰囲気も捨てがたい。とはいえ、中々こういう時間は続かないもので…。

 「おーい、アインちゃん」
おっと、早速シム爺がこちらへきた。昔は中々の勇往な男だったんだぞ!と、本人の弁だけれど、角の無いほんわかした人。 
とてもとてもそーは見えない。
「なんですか?シム爺。なんだかご機嫌ですけれど」
いつもニコニコな爺だけれど、今日はいつにもましてニコニコだったので尋ねてみる。
すると、待ってましたとばかりに、
「みてくれよ、これ」
そっと閉じた手のひらから、赤い胴体にキラキラの目、綺麗なトンボをモチーフにしたチャームのようなものが出てきた。
「わぁ…綺麗ですねぇー」
「そうだろそうだろー?」
ニコニコを通り越して、なんと言うか、ニマニマというか、デレデレというか。文学らしく言うならば、まさに満面の笑みってところだろうか。
どんどん顔がふにゃけてくる。
「私にプレゼントですか?」
「んなわけあるかぃ!」
冗談だったのだけれど、すっぱりと否定され、さらに笑顔で言われるとなんだかむしょーにムカーなのは気のせいだろうか。
「これはだなー、俺の孫が俺に誕生日プレゼントっつって昨日くれたんだよ」
「ほおおお!もしかして、これ、手作りですか?」
「よく気づいた!さすがはアインちゃんだ」
よく見ると、ちょっと不恰好。でも、それが手作りの証と言うのなら、それも自慢の種だ。
「それはそれは、わたくしめが頂けるものではございませんねぇ」
「うむうむ」
そう頷いて、満足そうに自分の席に戻っていった。
 それと入れ違うように、ブロンド髪のお客様が会計にやってきた。
「ルレーズに…ロウセンですよね。1100フラーネになります」
「あら、思ってたのより安いのね」
と言い財布をカバンから取り出す。あ、スリャータの財布だ。
「可愛いな」
おっと、思わず口に出してしまった。?という表情を浮かべているので続けて、
「スリャータの財布ですよね?それ。好きなんです、私」
あぁ、と納得顔。
「はい、これ」
そう言いながら、細くて綺麗な指がお金を差し出される。
「はい、丁度ですね。ありがとうございました」
すっと出口のほうへ向き直り、コツコツとヒールを鳴らしながら一歩、二歩。モデルさながら、思わずうっとりしてしまう。
「あ」
と言いながら振り返り、そして、


「おいしかったわ、ありがとう」

気品のある笑み共に――――――
2006-10-11 20:17:11公開 / 作者:Syou
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■作者からのメッセージ
始めまして、Syouです。
新人作品なんかでよく目にするのですが、何を書けばいいのか悩みますね。
ゆったりとした流れに生きる女の子のほのぼのとした感じをちょっとでも受け取ってもらえればと思います。
最後まで目を通してくださって有難うございました。
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