『月に螢火』作者:ゆるぎの 暁 / t@^W[ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 ――消えた月に願ったのは、一体何だっただろう?――



 月に螢火
 

 
 瑞々しい色を湛える月が空に浮かんでいた。
 その色は見たことがないほど美しい、まざり気のない金。冥(くら)い空の唯一の煌めき。
 周りで揺らめく灰色の雲は、その美しさが恐れ多くて近寄れないようだった。
 星でさえも今夜は小石並みの存在でしかなくなる今夜。
 そう、今夜は特別な夜なのだ。他の誰かにとってそうではなくても、少年にとって。
 ポツンと少年が荒れ果てた小屋の中に佇んでいた。窓際に月の光を差し込む傍らで、ただ沈黙していた。
 その瞳に映るのは、無造作に散らされた植物の成れの果て。枯れ果てた茶色とまだ辛うじて生き延びている緑が、哀しげに引き裂かれている。床に転がったその無惨な姿は、少年の心に影を落とす。
 あぁ、まるでこれは僕みたいだ。
「フェイ」
 ピクリ、と肩が震えた。ゆっくりと振り返り、口を開く。
「何? ミランジャ」
 振り返った先には、一人の少女が立っていた。
 チョコレート色の長い髪に、透き通るような白い肌、艶やかな唇。けれど一番先に目が行ってしまうのは、その深い蒼の瞳。まるで深海に落ちていくような感覚を覚える。
「何? じゃないでしょ。私は貴方とお話がしたいの、お解り?」
 形のいい唇を尖らせて、軽く頬を膨らます。その仕種はどうしようもなく可愛らしい。
「けど、今夜は特別だもの。一緒に月を見ない?」
「嫌。貴方の見ていたものは月じゃない。本当は別のことを考えていたんでしょ?」
 サラリと事実を指摘されて、思わず言葉に詰まってしまう。
 その反応に、ミランジャは拗ねたようにまた口を尖らす。
「まだ後悔しているの? 貴方は何も悪くないのに」
 ちょっと棘のある言い方。それを聞いて、思わず苦笑する。
「そういう訳には行かない。結局、何もかも壊したのは僕自身だもの」
「そんな事ないわ。貴方が壊したのは壊してよかったものよ。貴方は何も悪くない」
 静かに注ぎ込まれる言葉に耳を傾ける。けれど、それは虚言でしかないのだ。
 一つ、ため息を漏らす。そして、一つ一つ言葉をかみ締めるように紡いでみる。
「それなら、何故君はここにいる? ミランジャ」
「私が居たいからに決まっているじゃない。馬鹿な事をいわないで」
 当然の事実のように呟く彼女は、本当にわかっているのかいないのか?それが問題だった。
「うん。それでは質問を変えてみようか。何故君は僕のそばに居る?」
「いちゃいけない? 貴方のそばに居てはいけない?」
 縋りつくような声に、思わずつられそうになってしまう。内心、ドキリとする。
 恐ろしい子だ。声だけで揺らがすなんて。
「僕は君に聞いている。ミランジャ、君はどうして僕のそばがいいのかな?」
「……どうして? 何でそんな事を聞くの?」
 ミランジャの体が儚げに傾ぐ。チラリと覗く桃色の舌。涙があふれそうな瞳。白さが目立つ頬が紅潮していく。それは怒りによるものか、それとも哀しみによるものなのか。
 それを知りながら、話題をそらした。チョコレート色の髪を見つめながら。
「今夜は本当に綺麗な満月だね」
「ねぇ、フェイ。何故さっきから私の方を向いてくれないの?」
 激情を押さえるような声音。喉を震わせているのがよくわかる。
 ――あぁ、やはりそうなんだ。
 フェイはそうして、すべてを思い知った。
「……ねぇ、ミランジャ。外はとても綺麗な満月だよ」
「ええ、そうね。貴方の言う通り綺麗な満月だわ。だからこっちを向いて」
 苛立ちを抑えた様子で、声は必死に呼ぶ。まるで引き戻そうとするかのように。
「やっぱり君は嘘をついているよ」
「……何を言っているの?」
 さぁ、これで最後。
 胸にたまった空気を吐き出す。そして、
「だって今日は『満月』じゃない。『三日月』だよ」
 後ろで息が止まるのを感じた。
 クルリと体を反転させる。目前にはミランジャの顔。目を見開いて、今にも壊れそうな表情だった。焦点の合わない、海色の瞳。深い、深い、海底へと堕ちていく――その華奢な体が倒れそうになるのを支える。フワリと、彼女の髪からは甘い香りがした。ビクビクと震わせる体は、恐怖でいっぱいだった。
 窓際に、彼女を寄り掛からせる。見えないとわかっているのに、ミランジャは上空を見つめていた。
 見えない彼女の代わりに、再びフェイは空を見上げる。まるでナイフのように鋭い、三日月。それは金色の両刃にも見えた。
「君の瞳はもう何も見えない。きっと壊れてしまったんだよ。だって僕が何もかも壊してしまったから」
 ミランジャの顔はどうしようもなく蒼白で、そして全身を震わせていた。縋りつくものを求めて、彷徨う子供。
 だから、優しく耳に囁いてあげる。
「……もう一度聞こうか? 何故、君は僕のそばに?」
 すべてを終わらせる言葉を。
「あ、あ、あなたの、そばにいなきゃ、わたし、は……っ」
 しゃくりあげる喉を懸命に動かす、子供。虚ろな海は何も映さず、ただ見上げる。
「わたしは?」
「いきら、れな……からっ」
 呆然とした様子で、ミランジャは外を見る。何も見えないはずなのに、食い入るように空を見ていた。そして、か細い手は握り締めるようにフェイを離さない。
 うっすらとフェイは唇に微笑みを湛えた。それはとてつもなく空虚な微笑。
(ほら、やっぱり僕は何もかも壊してしまう)
 絶望も建物も憎悪も愛情も人間も、何もかも壊してしまった。僕が愛したこの子でさえも。
 満月の日のまま、彼女の記憶は止まってしまった。それは憐れむべきことなのかもしれない。けれど、僕には都合がいいことだった。
 彼女は盲目で頼れる者もいなくて、ここで僕と二人っきり。どんどん老いていずれは骨のようになって死んでいく。腐った死体もいずれは風化して地に還る。そう、彼女をいつまでも大地に留めておける。共に在れればそれでいい。
 例え、月日の流れが僕を置いて、彼女を死に至らしめても。
 いつか僕の正体を思い出して、彼女が僕から逃げ出すまでは。
「ミランジャ、僕は満月が大嫌いなんだよ。それはきっと前の君なら知っていた事だけど……もう思い出さなくていいよ。もう、二度と」
 ゆっくりと彼女の頬を撫でる。慈しむように触れてみた。まるで優しい人間みたいに。
「……僕は、君を壊したりしないから」
 何も見えないはずなのに、ミランジャもつられたかのように微笑む。無邪気な幼子のように。
 ――それを見た異端の銀色の瞳からは、透明の雫がぽろぽろと伝っていった。

 細く尖った三日月が、胸を刺す。
 ふくよかな満月が、心を覆うように狂気を生み出す。
 すべてが月によって狂わされた。
 もう戻らない。戻れない。
 ただ、君を守りたかっただけなのに。
 時を戻せるならきっと戻してみせるのに。
 人間ではない妖(あやかし)が人間を求めてはいけなかったのに。
 どうして、僕は夢見てしまったんだろう?
 流れる血が違うのに、どうして惹かれてしまったんだろう?
 どうして、どうして、どうして、どうして……

 ――三日月の夜、荒れ果てた森で哀しい狼の声がこだました。









月に螢火=似て非なるもの



2006-10-04 11:45:22公開 / 作者:ゆるぎの 暁
■この作品の著作権はゆるぎの 暁さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 はじめまして(もしくはご無沙汰です)、こんばんわ。ゆるぎの 暁(あき)と申します。以後、どうぞおつきあいのほどよろしくお願いします。いや、ここを読まれているということは既にこの物語の欠片を読んで頂いたのですよね。ありがとうございます。本気で嬉しいです。もし感想、ご意見などございましたら是非是非ドシドシ叩きつけて頂けると…本当に感謝の極みでございます。
 今回のもの、私にしては珍しく短い物語の部類に入るかと思います。ショートショートなどはいずれチャレンジしてみたいものですが…要修行、ですね(苦笑)実を言うと、今回のお話はキャラクターに成り行きを任せるまま書いていましたら…うん、ちょっと行き当たりばったりなのがバレバレやもしれません。けれど、キャラクターはやはりお気に入りです。ミランジャは一発変換すると「未蘭麝」とか凄い変換になるので、辞書登録が必要でした(笑)はっ、違う違う。それはどうでもいいとして、お話ですね。
 情報を明かさないように書くことって難しいですね。ミランジャの目が見えないのに途中で気づけるように書いてみようとしたのですが…できていないかもしれません。「文章量を少なめ、秘密多め」を目標にした物語でしたので、私的には実験作品になったかと思われます。いや、まったくストーリーに意外性ありませんが;;;
 この物語が少しでも皆様の心に残るものがあったらいいな、と思いつつ文章を〆させて頂きます。本当にここまでお読み頂きまして、ありがとうございました!
この作品に対する感想 - 昇順
[簡易感想]軽く読めてよかったです。
2006-10-04 09:42:43【☆☆☆☆☆】Sitz
Sitzさん
 コメントありがとうございます!自分でも予想外に短い物語で、投稿した後にビックリしてしまいました(笑)けれど、自分にできる限りのものを詰め込んだ物語となっていると思うので、次回のいい経験になったと思います。もしよろしければ次回も感想など頂けるとありがたく思います。本当にありがとうございました。
2006-10-04 11:49:34【☆☆☆☆☆】ゆるぎの 暁
はじめまして。作品読ませていただきました。読んだ感想を言いますと、幻想的でなおかつ切なさを感じる作品だと思いました。あと、ゆるぎの 暁さんは描写がとても上手な方だと思いました、描写は僕は苦手なので、的確な描写を学べる良い作品でした。次回作も期待しています。それでは、
2006-10-04 15:42:30【☆☆☆☆☆】こーんぽたーじゅ
こーんぽたーじゅさん

 はじめまして、こんばんわ。読んで頂きまして、ありがとうございます!描写がうまいなどと言って頂けるとは思いませんでしたので、非常に嬉しいです。ありがとうございます。私は機敏な動きと言いますか(アクションシーン)が描けないものですから、一度はそんな物語を書いてみたいです。そうですね、まずは「じゃんけん勝負3番勝負」とかでアクション描写を(ぇ)
 感想ありがとうございました。次回も感想頂けますと喜びます。
2006-10-04 20:44:03【☆☆☆☆☆】ゆるぎの 暁
幻想的、というこの作品の雰囲気は、決して否定いたしませんが(実際静かで幻想的な景色だと私も思います)、幻想さを重点に置いて見るなら、もっと詰められるような気もしなくはないです。
まず、この男の子と女の子との間には、誰が見てもすぐに分かるような、特徴的なハンディキャップがありますよね。お話のネタばれになって申し訳ないのですが、目が見えなかったり、男の子が人間でなかったり、そういうことですね。誰が見てもすぐに分かるような特徴的なハンディキャップというのは、読者の人たちに、割かしストレートに感動を伝えることができますよね。分かりやすいハンディキャップは、使いやすい反面、力量がないとちょっと危ないような気がします。登場人物たちの感情のヴェールを、何十、何百にも重ねに重ねて、ようやく形になるものなんじゃないのかなぁ、と私は思います。
ともかくも、二人があまりに公平でない立場ゆえ、特に感情描写には気を配ってお書きになるといいと思います。
2006-10-06 00:55:12【☆☆☆☆☆】エテナ
エテナさん
 おはようございます!お名前はつねづねお見かけしておりますので、はじめましてな気はしませんが、はじめまして!今回は読んで頂けて嬉しいです。ありがとうございます。
ハンディキャップ。そうですね、確かに両極の二人。あまりそういうものをしっかり区別して書いていなくて、精神的(少年の心理状況)に考えてしまったせいで失念しておりました。うあ、本当によく考えてみれば対極な組み合わせ。うっかりしすぎた。
これほど短いお話を手直しするのは(投稿分量少ないですし)問題かなぁと思うのですが、エテナさんのご意見聞いてましたら修正したくなってきました。うん、ちょっと練ってから一度だけ手直ししてみようと思います。本当に貴重なご意見ありがとうございます。またよろしかったらお読み頂けると嬉しいです。
2006-10-06 11:23:52【☆☆☆☆☆】ゆるぎの 暁
作品を読ませて頂きました。柔らかい雰囲気だったのが途中から冷たい雰囲気になっていく。その変化が面白かったです。登場人物が冷たいというわけではなく、物語が持つ切なさが硬質的な雰囲気を醸し出していた。その雰囲気は良かったです。ただ、映像的な幻想感が前面に出てしまい、登場人物の厚みがなかったようにも感じられました。文章量が増えてもいいから、もっと心理描写を入れてもよかったと思います。戯れ言を失礼しました。では、次回作品を期待しています。
2006-10-07 10:16:57【☆☆☆☆☆】甘木
甘木さん
 お久しぶりです。雰囲気を褒めて頂きまして、ありがとうございます。嬉しいです。
登場人物に厚みがないというのは、うん、そうかもしれません。この二人は本当は別の設定で生まれた存在なので、今回のお話はパラレルに近いものがありますし。ミランジャの方はそれほど大差ない設定なのですが、フェイが性格と設定ともに別人と化してしまったので私も彼の内面が読み取れず外見しかなぞれなかった気がします。エテナさんと甘木さんともに言われた点が感情描写、心理描写なのでそこに重点を置いて手直ししようと思います。お読み頂き、本当にありがとうございました。
2006-10-07 14:39:14【☆☆☆☆☆】ゆるぎの 暁
 はじめまして。ゆるぎの 暁さま。
 上野文と申します。
 『月に螢火』を読みました。
 非常に幻想的な描写でぐいぐいと引き込まれたのですが、少々気になる点もありました。
 フェイの困惑は想像できます。
 おそらく過去に何らかの形で人外の力を振るい、「壊した」のでしょう。
 で、ミランジャは惨劇で視力を失い、記憶を失った。

 気になったのは、なぜそうまでしてミランジャがフェイを慕うのか、でした。
 それが愛ならいい。
 これではまるで、「フェイに縛られているよう」。

 無礼なことを書いて申し訳ありません。
 とても興味深かったです。
 
2006-10-08 14:38:29【☆☆☆☆☆】上野文
ども初めまして……かな。読ませてもらいました。
綺麗で読みやすい文章でした。だけど、私的にはそれ以上でもそれ以下でもないなぁと感じたのもまた事実です。
コメントで書かれてあったとおり、秘密が多すぎて、読後は「?」という感じでした。
秘密――設定があるのは非常に良いことなのですが、隠して良い秘密と、隠しては駄目な秘密があるかと。
雰囲気が良かっただけに、その辺が勿体ないなぁと強く感じました。

ではでは〜
2006-10-08 17:21:41【☆☆☆☆☆】rathi
どうもはじめまして、コーヒーCUPという者です。決して怪しい者じゃございません。
僕は小説書くの上手くないので、アドバイスはできません。お役に立てず申し訳ないが、許してください。
 しかしですね、上手いですね、何がって模写が。素晴らしいものがありますよ、僕から見ればですが。
不思議的な感じが上手く出せていて、すごいな、と思いました。僕は不思議的な感じを出すのを得意としないので、羨ましいです。
 ストーリーも楽しめましたし、読んでよかったです。
 特にたいしたことは言えませんでしたが、今後ともゆるぎの 暁さんの作品期待してます。
 それでは失礼します。
2006-10-10 00:10:10【★★★★☆】コーヒーCUP
上野文さん
 はい、お初にお目にかかります。いや、やはりお名前は何度かお見かけしているのですが…うん、やはりはじめましてで正解ですよね。お読み頂きまして、ありがとうございます!
 大変貴重なご意見、ありがとうございます。そうですね、確かに感情の動きがおぼろすぎますね。何故フェイが戸惑っていたのか?ミランジャは本当にフェイを好いているのか?このお話は手直しする予定ですので、その辺りの描写も入れてみようと思います。もしよろしかったら、またお読み頂けると非常に嬉しいです。

rathiさん
 はじめまして。読んでいただきまして、ありがとうございます。本当に嬉しいです。
 「それ以上でも以下でもない」そのように批評していただけるとは思いもよりませんでした。けれどまさに「その通り」だと思います。文章を綴るのに必死で、彼らの生が表現できていないのですから。的確に批評していただけて、思わずドキリとしてしまいました。隠してよい秘密と駄目な秘密。うーん、この境界線がいまだに掴めなくて本当に困りものです。これも書き続けるにつれて分かってくるのでしょうね、きっと。頑張ります。日々精進!次回もお読み頂けると嬉しいです。

コーヒーCUPさん
 こんばんわ、はじめまして。お読み頂きまして、ありがとうございます。そして、1点をもらうのは初めてでしたので、とても嬉しかったです。ありがとうございました!
 お褒めいただけると何だか照れてしまいますね。けれど、ここは素直に大喜びしようと思います(笑)まだまだ文章を書けない青二才ですが、これからも頑張りますのでまたお読みいただけると嬉しいです。よろしくお願いしますね。
2006-10-10 20:55:39【☆☆☆☆☆】ゆるぎの 暁
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。