『灰白―かいはく―』作者:バター / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
夏の暑い日だというのに、目の前に白いモノ……季節外れの雪のようなものが降ってきた。美しいソレは、とても悲しい「雪」だった。
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 はらはら、空から白いものが降って来た。中には何やら黒いものも混ざっていて、この真夏の暑い時期に雪でも降っているかのような錯覚に陥ってしまう。

 よくよく見ると、とても高いビルの屋上から、黒い服を着た女が……その白いモノを空に向けて撒き散らしているようだった。好奇心からか、私の足は自然とそのビルの方向へと向かっており、エレベーターを使えばいいのに、地道に階段を登っている。

 階段の途中にある小さな小窓から、その白いモノが見えるからだ。



 息を切らし、ようやく僕は屋上に辿り付いた。女のことを勝手に少女だと思いこんでいたが、実際は30代を目前とした年齢の女性のようだ。どこか哀愁の漂う、不思議な女性。余りにも見つめすぎていたせいか……彼女は僕に気付き、にっこりと微笑んだ。

「あの、何をしているんですか?」

 恐る恐るそう聞いてみた。彼女は微笑みながら答えてくれた。微笑むと年齢が嘘のように若返って見えるようで、それは少女のようにも見える。

「雪を、降らせているのよ」
「この暑い中、雪……ですか?」



「本物の雪じゃないから、溶けないのよ」

 彼女は屋上の柵の方を向いてそう言った。先程の微笑とは違って、少し物悲しそうな顔をしている。僕は何だか居た堪れなくなってしまい、顔をそちらに向けることが出来なくなってしまって、ただただ俯いてた。

「キレイでしょう? 夏の雪は……」

 そんな僕の様子に気付いたのか、彼女はまた優しくそう語りかけてきた。けれど僕は頷くことしか出来ない。はらはらと舞うその白いモノは、穏やかに空へと舞い上がっている。


 急に、風向きが変わった。


 今までビルの外……この空に舞っていたその白いモノが、風に乗って僕の方へとやってきた。白い……雪のようなそれは、やはり冷たくはなくて……僕を通り越した後、雑踏の中に吸い込まれて行った。

 通り過ぎて行くあの瞬間、焦げたような匂いがしたのは、気のせいだったか。



「……キレイ、ですけど……これは一体なんでしょう?」



 思い切って僕は聞いてみた。その時の彼女の笑顔ほど、恐怖を感じるものはなかった。赤い口紅が映える唇を吊り上げて嬉しそうに彼女は笑う。僕は一歩も動けなかった……動きたくても何かがそれを邪魔した。

 黒いスカートをはためかせて、彼女は笑いながら言った。

「ユキ、よ。キレイでしょう? こうして舞っていると本物の雪になれるんですって。けれど冬は寒くて……そんな中降る雪は嫌いだから、夏に舞いたいと我侭を言うのよ。だから、こうして……」

 服の裾辺りから、彼女は小さな箱を出した。どうやらその中に『ユキ』なるものがあるらしい。ひとつまみソレを取り上げると、彼女はまた空にそれを放った。はらはら、それは空に舞い上がり、風に乗って本物の『雪』になる。

「……死んでから、雪になりたいと言ったのよ」
「これは、灰……?」
「そうよ。あの子の……私のたった一人の娘のね」



 急に突風が吹いた。


 箱の中身が、一斉に空に舞い上がる。それは春ならば花吹雪のようで、しかし今は夏の最中。それなのに季節は冬になったかのように一面を白く染め上げる。風に舞い上がりながらも、嬉しそうにその女の周りを飛んで居るようだ。



「ユキ」



 彼女は小さくそう呟き、静かに涙を零していた。これ以上此処には居れないと思って……僕は、その場を後にした。







 数日後、僕は新聞のとある記事に目を奪われた。都内に住む、32歳の女性がビルから飛び降りて死んだのだそうだ。それは、小さな小さな記事であった。

 その女性は小さな箱を大事に抱えたまま、死んでいたそうだ。血だらけになり、黒い服が血で少しばかり汚れていたそうだが、何故か彼女の死体の周りには、白い雪のようなものがうっすらと積もり、彼女を守るようにはらはら、はらはら空から舞って来たのだと言う。


「あの人、死んでしまったのか」


 何故だか僕は泣いていた。一筋、頬を涙が伝った。








 白い雪が舞い散る季節になると、あの光景を思いだす。黒い服……きっとあれは喪服だったんだろう。それを着た女が、我が子の遺灰を空へと撒き、そしてそれに抱かれながら自分の命を絶つ。親子の愛と言うには、余りに狂気に満ちた感情。けれど、どこかそれは美しい。



 雪は、この冬も舞うだろう。



 彼女も舞うのだろうか。母と二人、白い灰になって「雪」になったあの子は、また舞うのだろうか。キシキシと音を慣らし、足跡を付けながら雪路を踏み……僕はそんなことを思った。


 蘇る、声。






『ユキ』









 あの声が、忘れられない。




2006-09-22 01:41:57公開 / 作者:バター
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■作者からのメッセージ
ここまで読んで下さってありがとうございました。
前回指摘くださった、描写不足という短所を克服すべく頑張って見ました。しかしながら他者の目で見て始めてわかる欠陥というものがあります。お気づきになられたことを指摘くださると有難いです。
この作品に対する感想 - 昇順
作品を読ませていただきました。綺麗に纏まった作品ですね。しかし、淡泊な感じがしました。雪様のものが降る情景、それを見た時の主人公の心情が弱く、「夏の雪」という幻想感が弱かったです。また不必要に行間が空いているのが作品から淡泊な印象を受ける一因だと思います。では、次回作品を期待しています。
2006-09-23 08:13:39【☆☆☆☆☆】甘木
読ませていただきました。厳しい・ひねくれた読み方をすると、不可能要素が満載だと思います。小説なんだから、と無視することも可能ですが、やはり脳内で“現実的じゃないなあ”とのバイアスがかかってしまう一読者でありました。が、それを別にしても、なんだか違和感を感じるのが、『』や・・・やカタカナや空白の多用でございます。「ここが大事だ!」「ここで沈黙だ!」との主張をビンビン感じます。それは、まぎれもなく作者様の意図そのものでしょう。これは、いわば、攻略本を片手にゲームしてるのとまったく同義でありましょう。読者のワクワクな期待や隠されたメッセージを読み取ってやろうという根性を正面から否定する行為、といっては過言でしょうが。そういうことです。
また、たとえば・・・とは、沈黙や静けさといった意味を持つでしょう。・・・と書けば、伝わります。“誰が書いても””誰にだって”伝わります。便利です。簡単です。そういう用途の記号だから当然です。しかし、その沈黙や場面の静けさ、会話の間を、文章・文字で表現するとなるといかがでしょう。難しいでしょう。それは、書き手の技術・感性・個性の見せ場となるでしょう。・・・で表される静けさと文字で伝えられる静けさ、どちらに読み手は感銘を受けるでしょうか。一読者的には、後者だと思います。厳しい物言いでアレですが、記号や空白に頼らず、なるたけ言葉で伝えていただきたいと思います。
最後に、「美しい〜」「不思議な〜」との形容詞(でしたか?)それらも、ある意味では記号と同じだと思います。一言そえるだけで、伝わる便利で簡素な言葉ですが、やはりそれ以上の効果はもたらしません。どういう様子が、美しいのか、あるいは不思議なのか、読者には見えてきません。その様子を伝えるのが、描写です。(たぶん)屁理屈になってきましたが、作者様の頭の中に描かれた雪や女性を、文章として転写し、それを読者が読んで「美しいだろうなあ」「不思議だなあ」と読み取ったのなら、それは最上でしょう。ではでは
2006-09-26 03:18:06【☆☆☆☆☆】一読者
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