『犯罪者』作者:こーんぽたーじゅ / TXyX - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
心に深い傷をもつ刑事小宮健児は妻と二人暮らし。しかしひょんなことで任された事件が犯人と自分の傷を繋がっていく……果たして健児は事件を解決できるのだろうか
全角18659文字
容量37318 bytes
原稿用紙約46.65枚
 【第一話 チェンジ】



 小宮健児(こみや けんじ)は目を覚ます。
 スーツのままで寝ていたようだ。
 ひどく頭が痛い。二日酔いだろう。
 昨日まで担当していた連続強盗事件の解決を祝い、みんなで久しぶりに飲みに行った。
 おそらく健児は尋常でない量の酒を飲んだのだろう。そうしなければ、記憶をなくしたり、ここまでひどい頭痛になったことはいままでになかったからだ。
 頭を抱えながら階段を下りると、妻の玲奈が、
「大丈夫? 昨日平井さんに担いでもらってきたけど、その後そのままベッドで寝てたもん」
 平井とは私と同期の刑事である。
「少し頭が痛い。でも大丈夫だ」
「そう。朝ごはんできてるよ」
「怪我してないか? 」
「してないよー」
 普通の会話からきたらこの会話は変に思うだろう。しかし、玲奈は目が見えないのだ。生まれつきではないらしいが幼いときに頭を強く打ち、その拍子に視神経を麻痺させてしまったそうだ。
「朝ごはん、おいしいな」
 健児がそう言うと玲奈はにっこりと目の前にいるであろう健児に微笑んできた。
 朝ごはんを食べ終えた私はかばんをもち、スーツをみにまとって玄関へ向かった。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
「あ、傘もって行ったほうがいいよ。今日たぶん必要だと思うから」
 玲奈の予言はよくあたる。予言は言いすぎだが天気なんかしょっちゅう当たる。これは世に言う第六感が鋭いひとなのだろう。
 健児は折り畳み傘をかばんに入れ家を後にした。
 健児は電車で署まで行く。家から歩いて三分ほどの場所に駅があるからだ。
 駅に着いた。ホームで電車を待ってると、
「小宮さん。おはようございまーす」
 そう話しかけてきたのは新米刑事で私の大学の後輩である浅倉宗孝(あさくら むねたか)であった。
「もしかして小宮さん二日酔いっすか」
 まったく。こいつはいつもいきなり核心をついてくる。
「僕も少し頭が痛いっすね」
 浅倉はふっと私のかばんからはみでている折り畳み傘を見るなり、
「こんな晴れてるのに、雨なんか降らないっすよ」
「いや。降るよ」
 健児はこのいいかげんな若者より、玲奈のほうを絶対的に信じる。これは当然のことだろう。
 そんな会話をしているうちに電車が来た。ここから署のある東知名(ひがししりな)駅までは十五分ほどで着く。
 朝の満員電車の中でも浅倉はどうでもいい話を振ってくる。健児はひどく頭が痛いので聞き流すことにしている。
 東知名駅駅に着いた。ここから署までは目と鼻の先だ。
 署に着くと、上司の中村が、
「小宮、浅倉、今担当ないだろ? 」
「ありません」
 健児は答えた。
「連続通り魔事件を知ってるだろう。あっちの担当に回ってくれ」
 連続通り魔事件とは今世間を騒がしている登下校中や塾の行き帰りの小中学生を後ろからバイクで近寄って鎌のようなもので体を切りつけるという卑怯な犯行である。
 幸いまだ犠牲者は出ていない。しかし負傷した子供が関東を中心に五十人はいる。
「しかし、傷害事件は担当したことがありませんが」
 健児が聞くと中村は、
「人手が足らないんだ。いい経験だろう。さっさと行って来い」
 人数あわせなら必要ないじゃないか。健児は思った
「まずは病院で事情聴取っすね。これってほんとの刑事みたいでかっこいいっすね」
 浅倉の言葉にさして意味はないと思うただ盛り上げるだけに行ったのだろう。
「遊びじゃないんだぞ」
「へーい」
 浅倉はまるでおもちゃを買ってもらえなかった子供のようなふてくされたような目で健児を見た。
 病院までは浅倉が運転する車で行く。ステレオからは彼がすきそうなヒップホップが流れてきた。健児はこんな曲は好きではなかった。むしろ車の中では音楽は聴かない派である。
「小宮さん。着きましたよ」
「私は先に病室に行っている。車を止めたら来てくれ」

 健児は病室で腕に包帯を巻いた小学生から話を聞いた。犯行手口はやはり今までといっしょだ。
 すると、浅倉があわてた顔で入ってきた。
「小宮さん。大変です。ついに犠牲者が出てしまいました」
「なんだと? 」
 二人は急いで車に乗り込み現場に向かった。

 現場は悲惨な状況だった。明らかに今までと手口が違う。
 そこには首から血を流したまま動かないこどもや怪我をして泣いている子供が五人はいる。
 動かない子供を抱きかかえた母親がその子の名前を呼びながら絶叫している。
 健児は思い出したくもない過去を思い出した。

 健児には兄が一人いた。その兄は、健児が小学六年のころにひき逃げによって死んだ。
 健児は泣き叫ぶ母をただ見ているだけだった。
 捕まった犯人は裁判の末、執行猶予付きの判決で終わった。
 
 今ここで泣いている母親と昔の母がかぶって見えた瞬間、健児は吐きそうになった。そのとき中村から着信が入った。
「また一人殺られた。場所は……」
「分かりました。今向かいます」
「そっちの状況は? 」
「被害者は安藤雄太くん六歳。他負傷者多数。雄太君の母親はそこの学校で教師をしている安藤圭子三十二歳」
「そうか、向かってくれ」
「了解」
 健児は浅倉の待つ車へ向かった。
「小宮さん顔色悪いっすよ」
「大丈夫だ。次に行こう」
「わっかりました」


 五分くらい経っただろうか健児は知らない間に眠っていた。
 浅倉が、
「小宮さーん。起きろー」
「すまない。寝ていた」
「じゃあまたまってますよ」

 健児は現場に向かった。次の被害者は女子中学生だ。制服は血でまっかにそまり、元の色がわからない。
 しかし次は確信があった。犯人が凶器の鎌を落としていったからだ。健児はこの鎌を鑑識に回した。
 すると、女性鑑識官が
「こんなものが現場に」
 それを見て健児は驚愕した。犯人からの挑戦状だった。内容は

  切りつけるだけじゃ飽きちゃった。
  今私はノーアウト満塁のチャンス。
  チェンジになるまで攻撃をやめない。

 ばかな。と思ったこんなものをしかも肉筆で。
 健児はふっと被害者の家族を見た。
 母親は泣き崩れて動かない。このすがたがまた母とかさなった。
 しかし父親は兄弟たちに死んだ娘を見せ物にして、
「わしに逆らうとこうなるんだ」 
 と、威張っている。
 健児の頭には血が上っていくのが分かった。爆発する次の瞬間目の前が血のように真っ赤になり、そして夕闇のように真っ暗になった。
 健児は気を失ったようだ。 



  □□□□

玲奈は見えない目で必死に家事をしていた。しかし、なんかいやな予感がする。もしや健児に……。と思った瞬間電話が鳴った中村からだった、
「小宮が倒れました」
 玲奈は思わず受話器を床に落とした 



 【第二話 自首】



 玲奈は健児が倒れたと聞き、愕然とした。
 病院に行きたい……しかし玲奈の第六感でも病院までの道のりをそれで乗り切るのは至難の業だった。
「どうしよう……」
 玲奈は受話器を拾った。
「あの……」
「わかってますよ玲奈さん。ちゃんと私が病院まで連れて行きますよ」
「ありがとうございます」



  □□□□

 健児が目を覚ますとそこは病院のベッドの中だった。
 ふと横を見ると浅倉と医者らしき人、そして母がいる。
 三人とも健児が目を覚ました瞬間、安堵の表情を浮かべた。
「小宮さん! 目を覚ましましたか」
「健児。大丈夫? 母さんあんたまでいなくなるような気がして気が気じゃなかったよ」
「そんなわけないだろ母さん」
 健児は母を落ち着かせるように言った。
 すると主治医が、
「過労ですね。今日ゆっくり休めば明日には退院です。それじゃあお大事に」
「はい」
 そう言ったものの、健児はあの現場が忘れられずにいた。
 わが子を失ったちょうどその現場を見てしまったからだ。
「小宮さんそれではまだ仕事があるんで、僕はこの辺で」
「浅倉。すまなかったな」
「困ったときはお互い様ですよ」
 浅倉は病室を去った。 
 続くように母も
「父さんを待たせてるからね。早くかえらなきゃ」
「母さんもありがとう」
「照れくさいよ。ありがとうだなんて」
 すると母とほぼ入れ変わりに中村に連れられた玲奈が入ってきた。



  □□□□

 玲奈は中村の車の中で複雑な気持ちでいた。
「健児さん大丈夫なんですか? 」
 玲奈は自分でもわかっていたがさっきからこの手の質問を何度もしている。中村はそれにうんざりするようなしゃべり方はせず、毎回玲奈の質問に答えていた。
「病院についてみなきゃわからないが、おそらく過労じゃないかな」
 ラジオからはDJの話し声が聞こえる。すぐ近くにステレオがあるのだが、玲奈にはまるで長い廊下の向こうにあるようなそんな疎外感を感じていた。
 ここがどこなのかさえ目の見えない玲奈には分からない。
 もしこの男が犯人で私を殺しに来たのかさえ玲奈は思った。
 しかしこの予想は外れた。
 中村はちゃんと病院まで連れてきてくれた。
 どこまで続くか分からない廊下を玲奈は中村の袖に掴まりながら歩いていた。
 鼻には病院独特のにおいがする。
 しばらくすると中村の足が止まった。どうやら病室に着いたようだ。
 ドアの開く音がする。中からは健児の声がする。
「玲奈よくきたね」
 玲奈は声のする方へ走った。
「よかった。生きてたのね」
「縁起の悪いこと言うなよ。安心しろ。ただの過労だ。明日には退院する」
「よかった」
 玲奈の目からは大粒の涙がこぼれた。



  □□□□


 あの後面会の時間も終わり健児はすぐに床に付いた。
「もう寝よう」
 久しぶりに早めの就寝となった。

 朝になった。
 浅倉が買ってきたテレビカードを刺し込み、テレビをつける。健児の目には信じられないニュースが飛び込んできた。
「たった今、東知名署に連続通り魔事件の犯人が自首してきました」
 こうなったらもう入院どころではない。早く署に戻りたい。
 健児は立ち上がり、壁にかけてあるスーツを身にまとって急いで病院を後にした。
 なんと玄関には浅倉がいた。
「やっぱり急いで飛んできましたね。乗ってください」
「わかった」
 浅倉の車は署まで飛ばしていった。普通ならスピード違反のスピードだ。
「犯人は? 」
「それが第一の被害者の母親安藤圭子なんですよ」
「何? それなら安藤は我が子を自分の手で殺めたとでも言うのか」
「世の中何が起こるかわかりませんね」
 あくまで浅倉は楽天的に振舞う
 署に付いた。
 玄関はマスコミ、報道陣でごった返している。すぐに二人も囲まれた。
「犯人の様子は? 」
「原因は何ですか? 」
「ノーコメントです」
 浅倉はきっぱりと断った
やっとのことで部署に到着できた。
 中でもたいへんな騒ぎになっていた。
「中村さん」
「小宮か、お前が一番現場を知ってるだろう。取調べに回ってくれ」
「はい。浅倉、お前も来い」
「はい」

 取調べのときも安藤圭子は淡々と否定することなく語った
「私のクラスは学級崩壊してまして。親からも厳しい指摘が。きっと子供が憎かったんでしょうね。わが子を殺せば自分は被害者。疑われないと思ってました。でも私の心には良心が残ってたんでしょうね。そうでもなきゃ自首なんてしませんよ」
 彼女の言葉には信憑性があった。辻褄も合う。しかし健児は安藤圭子が犯人であると言うことが腑に落ちなかった。
 それは、現場での彼女の泣き叫ぶ姿だ。あれは演技では到底ムリだ。
「あなたには自覚がないんですか? 」
「はい、まったくありません。でもわたしがやったことに変わりはありません」
 健児はあの手しかないと思った。 
「浅倉、筆跡鑑定を」
「はい」
 さらに、浅倉は、
「筆跡を取らしてもらっていいですか」
「いいですよ。どうせ私が犯人なんだから」
 筆跡をとり、浅倉は鑑識にそれを回した。

 その日の夜警察は容疑の固まっていない安藤圭子を殺人および殺人未遂などの疑いで逮捕したと記者会見を開いた。
 健児は、中村に、
「今すぐ会見を中止してください。彼女はやってない確信があります」
「しかし、それは本庁の命令だ。逆らえない」
「くそっ」
 健児は本庁の存在を憎んだ。あんな母親が犯人なわけがない。
 家に帰っても健児は珍しく玲奈に話しかけなかった。
 すると玲奈が、
「犯人、自首したんだね。事件解決じゃん。でもびっくりしたなぁ犯人は被害者の母親なんでしょ」
「いや。解決してないんだ。俺が実証してみせる」
 玲奈はこんな態度の健児は結婚して以来感じたことがなかった。
 時は非情にも警察を地獄へとつきおとすカウントダウンを始めていた。そのことを警察は知る由もなかった。
 そして運命の日。

 
  □□□□

 鉄の柵の向こうでも安藤圭子はおとなしく過ごしていた。
 それを見た監守が見てて気持ち悪くなるほどのおとなしさだった。 
 安藤圭子は小さな鉄格子から月を見た。
「満月だよ。雄太。きれいだね」
 その表情は殺人犯の表情ではなかった。
 

 

 運命の日。 

 早朝、安藤圭子が釈放された。
 原因はただひとつ筆跡が一致しなかったのだ。
 そのまま安藤は病院に搬送された。精神状態が芳しくない。
 昔の哲学者はこう言っただろう。
「人間にはやってもないことをやったと勘違いするひとがいる」
 彼女はひどい精神状態からその感情を引き出したようだ。

 警察は大失態を犯した。
 容疑者の名前を公開していたからだ。
 名前だけではない、住所、年齢もだ。
 マスコミはとことん安藤圭子を調べ上げて報道していた。
 いまや国民の半数以上は知っているだろう。
 ネット上の掲示板では騒がれまくっている。
 法律の専門家は、
「これは名誉毀損に値する。いますぐ法的措置をとらざるを得ないでしょう」
 と述べている。
 この責任を取って警察庁長官は辞任するだろう。


 安藤圭子釈放から一ヶ月がたった。
 浅倉がふっとこう漏らした
「なんかこの挑戦状上品な字ですよね」
 確かに、言われてみればそうだ。しかしこの字、どこかで見た覚えが……しかし思い出せない。
  

 警察は着実に容疑者を絞っていた。


  □□□□

 玲奈は最近健児が倒れた日よりもいやな胸騒ぎがする。
 それは日に日に強くなる。
 洗い物をしながら玲奈は、
「明日。明日何かが」
 ガラスのコップが玲奈の手から落ちた
「ガッシャーン」
 割れた。
 玲奈はうかつに動けなくなった。
「痛っ」
 玲奈は足を切ってしまった。
 玲奈の足から滴り落ちた血は真っ白な床に落ちた。
 電話は届かない。玲奈はそこで立ちすくんでしまった。
 
 一時間後健児が帰ってきた。
「玲奈ぁー。おーい」
 健児は台所で足から血を流す玲奈を見つけた。
 玲奈はほっとした。
「足、切っちゃったの」
 健児は信じられないスピードでガラスを拾い、応急処置をした。
「これでだいじょうぶだ」
「ゴメンね健児さん。ごはんつくれてない」
「いいんだよ。今日は出前にしよう」

 お腹いっぱいになった健児と玲奈はお互い床に付いた。
 その夜健児は眠れないでいた。
「玲奈がうっかりしてたのか」
 健児は今まで注意することがあっても玲奈が怪我をしたのはこれが初めてだ。
 しかしそのことに深い意味を感じることなくいつの間にか眠った。

 次の日玲奈は健児より早く起きた。
 胸騒ぎはピークに達していた。
「とめなきゃ。健児さんが危ない」
 健児は目を覚ました。
 朝食をいつもどおり食べ玄関に向かった。
 すると、玲奈が、
「行っちゃ駄目。いやな予感がするの。今日は休んで」
「わかってるだろう。今は休めないんだ」
 健児は玲奈を振り切り署に向かった。
 玲奈の言葉を無視したのはこの日がはじめてだった。
 玲奈は健児に何事もなく帰宅することを願うしかできなかった。




【第三話 闇】



 玲奈はやはり健児のことが心配でたまらなかった。
 最近する胸騒ぎにはあまりにもおぞましい何かを感じるのだ。
 誰かに相談するにしても今日は平日の朝、みんな仕事に出かけている時間だ。
「一人で行こう。駅まで」
 駅までなら持ち前の第六感で行ける。そう確信したのだ。
 そうならば話は早い。玲奈は急いで家を飛び出した。
 しばらくすると交差点らしきところに着いた。玲奈は迷うことなくそこを左に曲がった。
 道はあっている。しかし人が多い。なかなか前に行かしてもらえない。
「危ない」
 そう直感で思ったときには玲奈の体はホームにあった。
 生暖かい風が玲奈を包む。
 玲奈の体が中年らしき男にぶつかった。
 この男が中年であることはにおいで分かった。
「何かあったんですか? 」
 玲奈が聞くと中年らしき男は答えた
「いやぁ。そこにね電車が変な場所で止まってるでしょ。男の人が突き落とされたんですよ。電車が止まったら派手な服を着た同僚みたいな人がレールの上に降りてね。その人の名前を呼んでるんですよ。確か名前は『小宮』だったかな」
 『小宮』もっともその男の口から出て欲しくない名前を玲奈は聞いた。
 玲奈の心の支えになっていたすべてが崩れ落ちた。
 夢であって欲しい。運命は非情だ。玲奈は思った。
「健児さん……」
 



  □□□□
 

 健児は駅のホームで玲奈の言葉が気になっていた。
 横には浅倉がいるのだが、彼の声は聞こえない。というかむしろ聞こえてこない。そんな心理だった。
 ふいに後ろに気配を感じる。
 列車が迫ってくる。
「小宮さん危ない」
 浅倉の声がしたときには健児の体は宙に浮いていた。
 体がスローモーションのようにレールへ落ちていく。
 二十メートルくらい前だろうか、列車は叫び声にも聞こえるブレーキ音を立てながら迫ってくる。
「玲奈……」

 電車からもれた生暖かい風が健児を包む。
 健児は一瞬ここが天国か。と思った。
 しかし、自分の体はレールの上にあった。すぐ目の前には大きな鉄の塊が牙をむいている。
 生きてる。どうやら助かったようだ。
「小宮さん。小宮さん」
「私はどうしたのか」
「何者かが小宮さんを突き落としました。くそっ。犯人はこの騒ぎに便乗して逃げました」
「そうか」
 健児は起き上がろうとした。しかし全身が痛んで立つのも一苦労だ。
「無茶しないでください。僕の肩に掴まって下さい」
 健児はホームに目をやった。たくさんの人がいる。奥のほうに女性がいる、玲奈だ。
 健児は痛む体を引きずりながらホームに上がり玲奈の下に駆け寄った。

 玲奈はもうこの世が終わってしまえばいい。そう思っていた。
「いま事故にあったのは私の主人です」
 玲奈は中年らしき男に言った。
「主人は死にました。たぶん。私の心の支えでした」
 そこにはもうその男はいなかった。
「勝手に殺すな」
 玲奈はこの声は幻聴かはたまた悪戯かと耳を疑った。
「玲奈、生きてるぞ。間一髪で助かったんだ」
 健児は玲奈の手を握った。
「生きてたの? 私はてっきり……」
 玲奈の目からは涙がこぼれた。
「家までは送っていくよ」
「また行くの? 」
「ああ」
「気をつけてね」
「止めないのか」
「信じてる。ちゃんと帰ってくるって」

 健児は玲奈を家まで送り、署に向かった。



 ■■■■


 犯人は路地から登校中の子供たちを見ていた。
 手には鎌を握っている。
 犯人はターゲットを絞ると、バイクのアクセルを踏んだ。
 犯人は狙った獲物は逃さない。
 まるでライオンがシマウマの首に噛み付くかのように鎌を振り上げた。
 刃が獲物の首筋に食い込んだ。
 子供たちの笑い声が叫び声に変わった。
 犯人はヘルメットの向こうで静かに微笑み走り去った。

 東知名署に通報が入ったのはその十分後だった。
 中村は、
「小宮。まただ。急いで現場に」
「小宮はまだ来ていません」
「そうか。なら……」
「遅れてすいません小宮です」
 中村は健児を見るなり、
「なぜ遅れた」
「小宮さんはですね、電車に引かれかけたんですよ。何者かに押されて。もしかして知らなかったんですか」
 浅倉が言うと、
「うるさい。さっさと現場に行け」
「はいっ」
 現場に向かう途中、浅倉は思った、
「電話したはずなのに」

 このとき裏で本庁では闇の容疑者リストが作られていたことを中村以外の人間が知る由もなかった。


 健児たちは現場に着いた。
 実況見分を終えた浅倉が、
「今回も凶器は鎌ですね」
「例の連続通り魔で決定だな」
「今月だけでもう五人目っすよ」
「最近犯行が大胆になってるな」
「そのうち犯人が分かっちゃうかもしんないっすね。小宮さん」
「そんなに簡単に分かってたまるかよ」
「実況見分も終わったことだし、署に帰りましょう」
「そうだな」



  ■■■■


「長官、例の連続通り魔の容疑者が絞り込めそうです」
「何故だ」
「今日、小宮健児が駅のホームで殺されかけたと中村から聞きました」
「それにどんな関係が」
「この事件を調べている小宮が狙われたと言うことは小宮が何かを知っている、もしくは犯人が小宮と顔見知りということです。そうなると、この挑戦状の筆跡の正体を小宮が知っている、だから証拠隠滅のために小宮を殺そうと思った。そう考えるのが妥当です」
「そうか、任せたぞ」
「はい」


 その日の夕方本庁から東知名署に連絡が入った。
 中村の手が震えている。
「小宮、驚かないで聞いてくれ、今本庁から指令が入った」
「それがどうか」
「小宮玲奈を連続通り魔の件で任意で事情聴取をする」
「ばかな。中村さん。玲奈はそんなことしない。第一玲奈は目が見えない、しかもおそらく犯人は今日私を殺そうとしたやつと同一人物だろう。でもそのとき玲奈は遠くにいた」
「おちつけ。まだ犯人と決まったわけでは」
「浅倉、車を出せ。私の家に向かうぞ」
「は、はい」

 健児が我が家に着いたとき家の前には数台の覆面パトカーが取り囲んでいた
 健児は家の中に入る、中には警察官が数人いた。
 机の上にはメモがあった。

  ちょっとでかけてくるね。

 メモにはひらがなでそう書いてあった。
 健児は、
「玲奈は今日のような緊急事態でなきゃひとりで外出しない。なあ玲奈、お前が犯人なのか。今日私を殺そうとしたのもおまえなのか」
 健児は呆然と立ちすくむしかできなかった。
 本庁の人間は私を軽蔑するような目で私を見ている。

 二時間後本庁の人間から電話で話を聞かされた。
「奥さんのことは公表しません。しかし普段一人で出かけない奥さんがいくら第六感が鋭いとはいえ駅まで行けると思いますか? 到底ムリです。こういうのはどうですか、本当は目が見えていて、それで犯行を繰り返してただけでは。それなら疑われませんよね」
「うるさい。だまれ」
 そう言いきり健児は電話を切った。
 健児は半ば玲奈を疑った。
 そんな自分が健児は許せなかった。
 その直後電話がかかってきた、電話の主は玲奈だった。

 




【第四話 監禁】


「健児さん、ごめんね。ちょっと出かけてて。夕飯遅くなりそう」
 健児はこの玲奈の声が事件を犯した殺人犯の声にしか聞こえなかった。
「今日、家に警察が家宅捜索に入った」
「え? 何で? 」
 健児はもう玲奈に対するいろいろな感情があふれ出した。
「お前が連続通り魔事件の犯人なんだろ? なあ玲奈」
「ちがう。私はそんなことしないよ」
「うるさい。本当は目が見えているんじゃないのか? 」
「何でそんなに疑うの? あなたが一番理解してくれる人だと思ってたのに……」
「僕も刑事だ、犯人を捕まえることが仕事。僕は間違いなく君を愛していた。しかし、僕はそんな君を捕まえなければならない。それが刑事の運命だ」  
 電話が切れた。きったのは玲奈のほうだ。それは意識のような無意識のようなそんな会話の終わりだった。
 健児は何であんなことを言ったのか。何で最愛の人を疑ったのか。分からなかった。そんなことばかり後悔している。
 健児の頬を涙が伝った。


 □□□□

 玲奈はなぜ自分が健児や警察に疑われているのかが分からないでいた。本当は寂しいのになぜ電話を切ったのかそれも分からなかった。
 玲奈の後ろから何者かがせまってきた。
 犯人だ、玲奈はこの犯人に監禁されているのだ。
 近づくなり犯人は、
「携帯で話をしていたのか」
 玲奈の目はおびえている。見えないはずなのにその瞳には犯人の顔が移っている。
「すいません」
「誰と話をしていた」
「主人とです」
「お前の夫はデカだったよな。監禁されているようなことは言ってないだろな」
「言ってません」
「もしこのことを言ったら命の保障はないよ。今この手には何人もの子供を傷つけた鎌があるのよ。だけどあなたは目が見えない、これが何よりの恐怖」
 そう言い残して犯人は去っていった。
 玲奈には犯人が女だと分かった。しかも聞き覚えのある声だ。





 健児は悔やんでいた。
 玲奈が犯人ではないと言ったのは紛れもなく自分だ。
「私は警察。そして今疑われているのはその警察官の妻」
 犯人を捕まえたい。しかし本当に犯人が玲奈なのかもしれない、その場合は捕まえたくない。矛盾だ。
 そのとき電話がまた鳴った。健児は藁をもすがる思いで受話器をとった。浅倉からだった。
「小宮さん。また事件です。こんなときですが行きますか? 」
 健児は迷った。健児は刑事と言う立場のほうをとった。
「ああ。行こう」
「もうすぐ着きます。外で待っててください」
「わかった」
 電話は切れた。
 立ち上がろうとしたが体が鉛のように重たい。これが容疑者の家族の心理なのか、健児はこのとき刑事と言う職業の重たさを初めて知った。この事件を担当するまでいろんな逮捕の現場を見てきたが、こんなに残された人は重たいのか。
 健児は玄関に無造作にかけられた傘を見て、
「玲奈。今日は雨は降るのか? 」
 返事は無い。当然だ。健児はその重苦しい戸をあけた。
「小宮さん。行きましょうか」
 浅倉の声が飛び込んできた。こいつは何でここまで明るいのか。
 健児は浅倉の車に乗った。
 車のステレオからは相変わらずヒップホップが流れている。この日はこんな歌も良いな、そう思うような気分だった。
「俺は絶対小宮さんの奥さんは犯人じゃないと信じてるっす」
「お前は信じてくれるのか」
 健児は世の中がみんな玲奈のことを犯人だと思っているのだと勘違いしていた。
 健児の心に風が吹いた。
「当たりまえっす」
 現場に着いた。
 現場はさらに残虐化していた、被害者の少女の脳天から後頭部にかけてぱっくりと裂けている。
 健児の前に一人の男が現れた。中村だ。
「小宮。玲奈さんは今容疑者だ、お前にはこの事件から降りてもらう」
「そんな、中村さん、玲奈はやってない、それを突き止めてやるのが夫の仕事でしょう」
「だめなんだよ。上が決めたからには、そうするしかない」
「玲奈から連絡がありました」
「何だって!? どんな会話をした? 」
 現場を立ち去りながら健児は、
「夫婦喧嘩ですよ」

  ■■■■

 警察庁では極秘の会議が開かれていた。
「長官、小宮玲奈の逮捕状を取りますか」
「マスコミに嗅ぎつかれる。安藤圭子の件もある。ましてや今回は警察官の妻だ、このことが知れたら日本警察の信頼はがた落ちだ。決定的な証拠が出ない限り逮捕状は取らん」
「長官、たった今中村から小宮健児のもとに小宮玲奈から電話があったそうです。内容は、夫婦喧嘩だそうですが」
 するとプロファイリングの専門家の柴田洋介(しばた ようすけ)が、
「長官、もう一度電話は来ますね。逆探班を派遣したほうがよろしいかと」
「そうか、柴田が言うのなら仕方ない、小宮健児の家に逆探班を派遣しろ」
「はい」
「柴田、他に分かることは」
「みなさんの意見に反するかもしれませんが、小宮玲奈は犯人ではないかもしれません。それは犯人ならまず連絡はしない、なぜなら場所が特定されるからだ、連絡した理由は三つ、
?犯行をカモフラージュするための嘘の電話。でもこれでは場所が分かってしまう。
?本当に知らなかった。しかしこれは白々しすぎる。
?自分の身に危険が迫っている。それは犯行場所を通りかかり犯人に見つかった。もしくは監禁されていてそれを教えたかった。これなら一番辻褄が合うのかと」
「じゃあなぜ喧嘩を? 」
「それは簡単、小宮健児が小宮玲奈を疑っているから」
「分かった。今日はこのあたりで」




 健児が家に帰ると家の中には無数の機械と、数人の人間がいた。
「おい。人の家で何をしている」
「逆探知をさせていただきます。もう一度奥さんから連絡があったときのために」
「疑うのもいい加減にしろ。何度も言う妻はやってない」
「入電!! 」
「小宮さん電話に出てください」
 その冷酷な目に健児は従うしかなかった。
「小宮です」
「健児さん。玲奈です」
「玲奈なのか」
「落ち着いて聞いて、私は今監禁されてるの。場所は分からない。でも何か石油のにおいがする。私の直感だけど……」
「おい電話はするなといったはずだ」
 犯人だ、
「旦那さん。聞いてますか。この電話をつないだまま奥さんの最期の瞬間のこえが聞きたいですか? あいにく私はこの女をまもなく殺します。場所は山本建設第二倉庫です。捕まえれるものなら捕まえなさい。あなた方警察がつくころにはもういないだろうでしょうが。そして倉庫には奥さんの亡骸が転がってるでしょう」
 電話は切れた、横にいるメガネの男は、
「長官、小宮玲奈は犯人ではありません。犯人はいま山本建設第二倉庫に立てこもってます」
 メガネの男が振り向くと健児はいなかった。
 健児は急いだ。そして署に着くと、
「小宮、犯人を確保するぞ、拳銃所持を認める急いで現場に」
「小宮さん行きますよ」
 浅倉が気がつくと後ろに立っていた。
「ああ」
 健児は手の中にある拳銃の冷たい感触に触れていた。犯人をしとめるならこの手で。そう決心していた。
 現場に着いた、本庁からの部隊がたくさん待機していた。
 どうやら犯人はまだ中にいる。




【第五話 突入】


 本庁の刑事は今にも突入しそうな気配をピリピリさせていた。まだ開かぬ扉の向こうには犯人、そして玲奈がいる。
 本庁の刑事たちは、
「長官、突入命令を」
「シールドは前に配置させろ」
 などと話している。
 健児は陣頭指揮をとっているらしき人物、柴田洋介に近寄った。浅倉も後ろからついて来た。
「中には私の妻がいます。もし突入したら妻は間違いなく殺されます」
「君が小宮健児か、中に奥さんがいるのは知っている。しかし長官の突入命令が入ればそのときは犯人確保を第一に行う。そのためには多少の犠牲も警察は垣間見ない」
 健児は聞いて呆れた。
「市民を守るのが警察の役目でしょう。それを犠牲が出てもいいなんてそんなことあっていいはずが無いだろ」
「もう十五人以上が犠牲になってるんだ。えん罪の件もある。なんとしても警察は容疑者を確保しなければならないのだ、その点はわかってくれ」
 健児は正義より世間の評判をとった本庁に怒りを覚えた。
「一つ、お願いがあります」
「何だ? 」
「私にこの現場の指揮をとらせていただきたい」
 無理だ。そんなことは分かっている、しかし玲奈を助けたい。しかし玲奈を無事に救出することが妻を一度疑った夫の、警察官の役目だ。 
「ここの指揮は長官の命令の下私に指揮権があるのだ。ましてや被害者の君に指揮をとらせたら大変なことになる」
「じゃあ、部隊の一員として入れてください、容疑者の顔をこの目に焼き付けておきたい」
「駄目だ、本庁の人間以外は入れん」
「そこを何とかお願いします」
 柴田の元に一通の電話が入った。
「小宮君、すまない」
 そう言い柴田は健児の前を去っていった
「はいこちら柴田です」
「私だ、長官だ。至急、小宮健児と浅倉宗孝を部隊に編入させろ」
「長官、なぜ」
「あの二人は何かを知っている。この騒動に便乗して殉職と言う形で始末するんだ。これ以上ややこしくされては困る」
「しかしそれは」
「長官命令だ。二人を入れたらタイミングを見て突入せよ」
「……了解しました」
 柴田が健児の下に戻ってきた
「小宮君、浅倉君、長官からの命令だお前らも部隊に入れ」
 健児はとっさに何かおかしいと思った、今まで反対していた長官がいまさら賛成だなんて。こんなときに玲奈がいたら……。
「はい」
 口が勝手に動いた、しかし健児には迷いは無かった。
「皆、よく聞け。突入はこれより十分後の三時二十六分ジャストだ。気を引き締め容疑者確保に専念するように」
 健児たちの後ろでは轟くような返事が返ってきた。
  
  突入まであと十分。


  ■■■■

 
 倉庫の中では犯人と玲奈が会話をしていた。
「ちっ。警察めこんなに早く来るとは、小宮玲奈お前は警察が突入するまでは生かしてやる。お前は盾になるんだ」
「あなたが持っている凶器は何? 」
「そうか。自分が何で切り刻まれるのかが知りたいか、鎌だ」
「警察は拳銃を持ってます。鎌では勝てません」
「減らず口をたたくな、何なら今楽にしてやろうか? 」
「……」
 玲奈は黙り込んでしまった。
 
  突入まであと五分


  □□□□

 東知名署に一本の電話が入った、それは突入七分前の出来事であった。
「はいこちら東知名署」
「柴田です、元気そうだな。中村」
「何か用でも、もう事件はそっちが解決していただけるのでは」
「ああ。突入前にいっておきたいことがある。今私の部隊に小宮健児と浅倉宗孝の二人を編入した」
「なぜ、あの二人を」
「長官命令だよ、われわれ警察もこの事件を早く解決したくてね。殉職に見せかけてあのふたりを始末する」
「柴田。お前立場を分かってるのか」
「口封じですよ。中村さんも決して漏らさないように」
「分かった。しかしお前らがやろうとしてるのは犯罪だ」
 電話は切れた 
 中村は一斉に部下たちに命令を下した。
「平井、小笠原、辻、谷口、安間、今から現場に向かえ。小宮と浅倉が危ない。援護に向かうんだ」
 
  突入まであと三分

  ■■■■

 倉庫では犯人と玲奈の会話が続いていた。
「お前の夫は突入時先頭で入ってくるだろうな」
「……」
「まったく馬鹿な夫だ。妻の死の瞬間が見るというのに」
「健児さんは馬鹿じゃない。絶対私を助けてくれる」
「死ぬ前に聞いておこう、この鎌でどこを切って殺して欲しい? その細い首筋? 静かに動く心臓? そのちっちゃな頭? それともじわじわと殺されたい? 」
「私は死なない。あなたに殺されるぐらいなら舌を噛み切って死にます」
「まったく哀れな夫婦だ」

  突入まであと二分

  □□□□

 健児と浅倉は突入の準備を進めていた。
「浅倉、命も覚悟しとけよ」
「こわいっすよ」
「私は真っ先に玲奈を助ける」
 柴田が呼んだ
「そろそろ突入だ皆配置につけ」
「行くか」
「行きましょう」

  突入まであと一分

  ■■■■

「外が騒がしいな、突入してくる気だ、こっちに来い」
「でも……」
「まだ殺さない」
「……」

  □□□□

「いいか私の合図で突入だ。三、二、一。突入せよ」
 彼の合図で一斉に捜査員が突入する。健児たちも続いた。

  三時二十六分突入開始。



【最終話 犯罪者】

 捜査官たちは倉庫の中に入った。中は意外と広くて、ドラム缶が無造作に並べられている。
 シールドを張った捜査員の後ろで柴田が、
「犯人に告ぐ、今すぐ人質を解放し出頭するように」
 当然のごとく犯人は出てこない。倉庫の奥はどこまでも暗闇が続いている。
 捜査員たちはシールドの裏に隠れつつ奥へと進んでいった。
 捜査員たちの三十メートル先でぽっと光が現れた。それは本当にごくわずかの光、いや火だ。この倉庫に保管されているのは油などの引火物だうかつに近づくと玲奈も、ここにいる捜査員たちの命が危ない。
 健児は真っ先に火のあるほうへ走っていった。柴田は、
「小宮、やめろ。一人で先走るな」
 捜査員たちも柴田の指示に従い健児の後を追う。
 健児の目に飛び込んできたのはおびえた表情、むしろ放心状態の玲奈と、そしてこの事件の犯人。
 犯人の顔を見た健児は仰天した。
「お、お前は――」
 健児にはこの状況が把握できなかった。


  □□□□

 東知名署の刑事たちは中村の指示で覆面パトカーに乗り込み倉庫に向けて走り出した。
『小宮と浅倉が危ない』
 ものすごい剣幕で中村が言ったことを刑事たちは犯人に狙われていることだと過信していた。まさか同業者の上の者たちに狙われていることなど考えもしなかっただろう。
 中村は後悔していた、上に逆らってよかったのか。上が二人の命を狙っていると言ったほうがよかったのか。
「全てを教えなければ」
 中村は無線で刑事たちに言った
「小宮と浅倉が狙われているのは犯人ではない、本庁の刑事だ。奴らは二人を殉職と言う形で口封じのため殺そうとしてるんだ。それだけは阻止しろ」
 無線は途切れた。刑事たちは驚きを隠せなかった。当然だ同業者、しかも警察が警察を殺そうとしてるのだ。小笠原は無線で、
「皆、本庁に逆らえるか? 私は無理だ」
 すると平井が、
「僕はあの二人を助けますよ。二人を見殺しにはできん」
 安間は、
「本庁には逆らえません僕は小笠原さんに賛成します」
 谷口と辻は、
「平井。ついて行くぞ。本庁の暴走を止めるぞ」
 平井は、
「自信のないやつは抜けて良いんだ。しかしお前らは二人を見殺しにしたのと一緒だぞ」
「平井さん、ついて行きますよ、刑事安間、命を懸けます」
「すまねぇ。やっぱり命は惜しいわ。刑事小笠原、抜けさせていただく」
 刑事は減った、しかし恐れるものなどない。
 刑事たちは倉庫にたどり着いた。

  □□□□

 健児は犯人がなぜそいつなのか分からなかった。なぜならばそいつは一番痛みを知っている人物だったからだ。
「お、お前は――母さん」
 鎌を持って玲奈を人質に取っていたのは、昔息子をなくした健児の母、光代だったのだ。
「母さん、嘘だろ? あなたは一番子供を亡くした痛みを知っているはずだ」
「健児。近づくな。この嫁を殺すわよ」
 鎌がだんだん玲奈の首に当てられていく。玲奈の首からは血が流れだして、その真っ白な首が赤く染まっていく。
「お義母さまだったの犯人は」
 玲奈の口調からは徐々に生気が薄れていく。はやく助けねば。
「母さん、玲奈を放してくれ」
「いやだね。私はこいつを殺す。殺さねばならない」
「なぜ、なぜ玲奈を? 」
「お兄ちゃんがひき逃げで死んだことはしってるよね。お兄ちゃんを殺した犯人はこのあんたのお嫁さんの父そのものだったの」
 健児は大事なことを忘れていた、玲奈の旧姓は風間、確か犯人の苗字も風間。
「玲奈。知ってたのか」
「黙っててごめんなさい。知り合ったときはそんなこと知らなかった。でも健児さんがお兄さんの話をしたとき分かったの、お父さんが殺した男の子の弟だって。でも言えなかった、嫌われるのが怖かったの。本当に今まで黙っててごめんなさい」
 玲奈の目からは大粒の涙が傷を負った首を伝う。
「馬鹿。黙っててどうするんだ。俺はそのことを知ったって君を嫌いになんてならなかった。たとえその子の父が自分の兄を殺した人だとしても」
 母の口からは次々と真実が語られていく、
「健児。その子が何で目が見えなくなったのか知ってる? 」
「そ、それは自宅で転んだんじゃ……」
「違うわ。真実はねお兄ちゃんのことの裁判の日、その日は雨だった。私はその判決に納得いかなかった。お兄ちゃんを殺した男には女の子がいた、そう玲奈さんよ。執行猶予がついたことで私の中には殺意が芽生えた。そしてその日、その子を後ろから突き飛ばした。彼女は転倒し頭を強く打った。最初は死んだと思ったわ。それが生きてたと知ったのはあなたがその子を家に連れてきてから。名前を聞いたときは驚いたわ。まさか生きてたなんて。それと目が見えないと知ったとき私の中に未完成だった殺意がよみがえった。同じような悲しみをたくさんの人間に味わってもらうため。私は連続通り魔犯になった」
「私が目が見えなくなったのがそんなことだったなんて」
 玲奈は驚きを隠せずにいた。
「おい玲奈知らなかったのか? 本当のこと」
「あの日の記憶無いの。気が付いたら病院で。お父さんがこけたって教えてくれたの。まさかお義母さんがやったなんて。ねぇ視力を返してよ」
「うるさい。この小娘ぇ。殺してやる。あの世で目の見える生活でも送っとくが良いわ」
 母の手に持っている鎌が勢いよく振り上げられた。
「バァーン」
「パァーン」
 健児の耳には二つの銃声が聞こえた。後ろを見ると浅倉の持つ拳銃の銃口から煙が出ている。もう一発は柴田の銃からだ。
 当たった先を見る、一発は犯人の胸に、もう一発は浅倉の首に――。
「浅倉あぁぁぁぁぁ」
 東知名署の刑事が駆け寄ってきた。
「浅倉、死ぬな。死ぬな」
「こ、小宮さん……。奥さん守りましたよ」
「バカヤロー。自分の心配をしろ」
「辻さんも、安間さんも、谷口さんも、平井さんもありがとうございます」
 浅倉の体から力が抜けた。
「死んだ」
「いや、まだ脈はある」
「私が病院まで運びます」
「頼んだぞ安間」
「容疑者のほうはどうなった? 」
「死にました」
 玲奈の首には切り傷があるものの命には別状はなさそうだ。しかし母が、犯人が死んだ。
 中村が倉庫に入ってきた、
「柴田洋介、殺人未遂の現行犯で逮捕する」
「私は犯人を狙った」
 中村はポケットからカセットを取り出し
「これが証拠だ」
 その中には健児と浅倉を殺す内容の会話が残されていた。
「堪忍するんだな」
 柴田の手に手錠がかけられる。
 こうして連続通り魔事件は終わった。

 あの後、被疑者小宮光代は死亡のまま書類送検された。マスコミでも拳銃使用の是非や犯人が警察官の母親であったことで持ちきりになった。玲奈も事件直後は相当なショックを受けていたが今では立ち直っている。事件解決から三ヵ月後警察庁の裏側が家宅捜索により明らかになった。そのときの幹部は全員解雇となった。

 事件解決後のある日の朝、
「玲奈、行ってきます」
「傘もって行ったほうがいいよ」
「わかった」
「早く帰ってきてよ」
「ああ」
「行ってらっしゃい」
 そこには前から変わらない日常があった。玄関の前には、
「小宮さん。行きますよ」
「浅倉、首は大丈夫か? 」
「オッケーっすよ」
 浅倉も大手術の結果一命を取り留めた。
 私はたまに本庁に出かけると白い目をむかれる。しかし東知名署にはいつもの笑顔がある。
 私はふっと思う
  犯罪者は自分のすぐそばに潜んでいるかもしれない。
  もしかしたら組織全体が犯罪者なのかもしれない。



  ――了――
2006-09-09 11:26:37公開 / 作者:こーんぽたーじゅ
■この作品の著作権はこーんぽたーじゅさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
小説を書くのは初めてです。長編ものにしようと思ってるので暇なときに見ていただいたら光栄です。まだまだ初心者なので厳しい指摘や感想をいただけるとありがたいです。
この作品に対する感想 - 昇順
はじめまして。時貞(ときさだ)と申します。御作品を拝読させていただきました。今作のようなサイコ色を感じさせるサスペンス小説は大好きです。今後のストーリー展開に興味をそそられるような導入でもありました。文章から全体的に淡白な印象を受けてしまったので、もう少し描写を増やして肉付けしていただけたら、更に緊迫した第一話になっていただろうと思われます。そして、作中で一人称と三人称とが混合してしまっております。これは致命的です。いまのうちにどちらかに統一すべきでしょうね。っと、戯言を述べましたが、今後のご活躍をおおいに期待しております。それでは、乱文失礼いたしました。
2006-08-29 14:42:45【☆☆☆☆☆】時貞
[簡易感想]
2006-08-29 20:15:54【☆☆☆☆☆】無関心ネコ
時貞さん私の作品を読んでいただいてありがとうございます。そして、ご指摘ありがとうございます。時貞さんの指摘した致命的な部分は直したつもりですが、まだあるようならまた指摘してください。第二話からは肉付けや描写をより利用し、見ごたえと緊迫感をより引き出せるように努力しますので今後ともどうかよろしくお願いします。
2006-08-29 21:23:07【☆☆☆☆☆】こーんぽたーじゅ
読みましたよ、えぇと始めてやのに何故か結構上手いですね、悔しいです。
作品の内容は面白そうだよ、うん、刑事ネタでも中々珍しいほうの作品になると予想する。
 アドバイスと言ってはなんだが、『。』と『、』は使い分けたほうが良いかと。
それともう少し……なんというか模写っていうやつを増やしたほうがいいと思うよ。
 二話期待してますんで、それじゃあ!
2006-08-31 02:27:27【☆☆☆☆☆】コーヒーCUP
コーヒーCUPさん。
そうですね。『、』や『。』の使い分けは大事ですよね。以後、第二話や修正で気をつけさせえてもらいます。
あと、時貞さんにも言われましたが、描写を二話以降増やしていこうと思います。
それでは私の作品を読んでいただいてありがとうございます。
2006-08-31 08:11:47【☆☆☆☆☆】こーんぽたーじゅ
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。