『夏の夕空』作者:winds / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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           第一章 全てはこの日から




ただ今の推定気温25度、湿度67%。
暑さに耐えながら俺は待ち合わせの場に居た。予定の時間は4:10だった。しかし現時点でそれは10分は超えている。
午前中に雨が降る中サッカーの試合をして、蒸し暑くなったので皆でプールに行こう!というノリの良さがなんとも子供らしくて、それが彼らに好意を抱かせる所以でもあるのだろう。
「オイ、お前ら遅ぇんだよ」
ようやく待ち合わせていた二人、山野尚志と賀川啓が来た。
「悪いな、達也。ちょっと遅れたか」
「ちょっとじゃねぇよ!時間無ぇんだぞ!急いで行くぞ!」
そういって、プールに向かい自転車を進ませる。プールへの道は坂道で、キツイ。
また、よく晴れた太陽が水を水蒸気に変えて、汗をよく出させる。
「マジでキチィ。切り替えがぶっ壊れてるし」
重たい切り替えのまま自転車を先に進ませる啓を横目に、俺と尚志は先に進む。
「おっ先〜」
「お前ら、先輩を裏切ってるんじゃねぇ!」
そう、啓は先輩だ。一学年上だが、体が小さく、話しやすい分、後輩になめられる事がよくある。それが下級生と仲が良い理由でもあるのだが。
市民プールが見えてきた。他の先輩達は先に来てるはずだ。
「翔君とか、葵君達ってもう入ってるのかな?」
「さぁな?孝太は先に来てるだろ。」
翔も葵も啓と同じく先輩だ。孝太は、尚志と俺と同じ中学2年だ。
「達也達、遅ぇ」
翔達が外で迎えてくれる。先に入らず待っていた様だ。中学のジャージのままなのは、恐らく着替えるのが面倒くさかったからだろう。
「いやー。啓達が来るのが遅くて」
「何でだよ。尚が遅かったんだぞー。迎えに来るのがさ」
翔達とともに切符を買い、ロッカールームに入っていく。翔達はプールで借りたキャップを利用している。
「翔君、ゴーグル二つ持ってねぇ?俺、家探したけど見つからなくて」
「んー。ゴーグルは無ぇ。わりぃな」
仕方なくゴーグル以外のものを着用し、シャワーを浴びる。啓もゴーグルを忘れたようで、仲間を見つけた気がして少し安堵した。
屋外のプールに出て、水につかる。少し肌寒いが、どうしても無理というほどでは無い。
「あー。ゴーグルがねぇってキツイな」
「そうだなー。。あ、なんかカニの死体っぽいのがある」
ゴーグルを借りて見てみる。確かにカニの死体があった。
「それがどうした。確かに汚いという気もするが、川なんかもっと居るだろ。死体だからあるの方が正しいか」
「どっちでも良いんだよ。そんなのは。なんで死体がプールに?みたいなノリになれよ」
ハイテンションな奴だ。孝太と葵は水中で鼻から息を出し、泡を作る練習をしている。
「あー。浅いほう行ってくるわ。ゴーグル無くて泳ぎにくいしな。あっても50Mも泳げないしな」
そう言って、隣接する深さおよそ110センチのプールに移動する。柵を乗り越えようとすると、監視員が睨んで来たがシカトして渡る。
風が吹く。心地好さに一時身をゆだねる。
「んー。もう、後10分で5時になるな……」
 この市民プールには午後5時には中学生以下は帰らないといけないという、面白くない規則があるため、5時には何もしなくても追い出される。
「そろそろ中に入ろうぜ。寒くなってきたし」
「っしゃ。競争な!」
そう言って走り出したのは何時でも元気な翔だ。葵達が後ろに続き、中のプールに飛び込む。
「温っ!温泉かよ。此処は」
確かに温かい。水温30度位だろうか。プールに適した水というよりは、ぬるくなった湯の方が正しい表現だと思う。
「あー。俺温泉行こうかな。タダ券持ってるし」
「良いんじゃねぇ?ま、一人で行くのは寂しいけど」
翔が言い返してくる。
「一人じゃ行かねぇよ。葵あたりでも誘って行くし」
なんにせよ中学生が遊びに行く場所じゃ無いだろ、とツッコミたくなるが、遊びに行く場所なんて人それぞれだから言うのは止めておこう。確かパチスロとかふざけた事をしている奴も居たはずだ。
「そーですか。そろそろ出ようぜ。5時だろ」
 そういってプールからロッカールームに戻り、シャワーを浴びる。暖かい湯が全身を包んでいく。プールに入るのとは違う心地よさがあった。 
「これからどうするよ?」
 追い出されるとはいっても所詮5時だ。家に帰るのには早い。
「取りあえず、公園に行こうぜ。すぐそこだろ」
着替えを済ませて、プールを出て行く。誰もジュースを買わなかったので、自分もそれに習う。
公園に着くと、皆で話し合った結果、鬼ごっこをする事になった。これまた中学生がする遊びでは無いのだろうがこのノリが好きだ。
「じゃ、尚が鬼な。20秒数えろよ」
 皆で走り回る。シャワーで落とした汗がまた髪を、顔を、首筋を濡らしていく。
「あちーっ。眠ぃなぁ」
プールに入った後に走り回り、眠たくなると同時に、水で冷やされた体温がまたもや上がっていく。
「啓が鬼か……皆、つかまんなよ!啓は足が遅ぇから走れば捕まらねぇ!」
皆が一斉に走り出す。それを追いかける啓。皆が笑っている。ただ一人、翔を除いて、だが。
―どうしたんだろう?
彼の顔を見ていると啓にタッチされそうになる。
「アブネェ!」
「チッ。惜しいな」
またもや走りだす。後ろから追いかけてくる啓。他の皆は隠れている様だ。これでは鬼ごっこではなく、かくれんぼだ。
「啓ごときに捕まるかよ!」
 一応先輩だが友達だ。呼び捨てで挑発する。
「ふざけんなよ!」
彼が怒って追いかけてくる。それを走って逃げ切ると、隠れていた皆が一斉に飛び出して、また逃げる。
「ちっ。逃げきらせるかよ!」
啓が皆の方を見た瞬間に、俺は皆が逃げたのとは逆側に走り出す。
「人数掛けやがって」
そう言って皆が逃げたほうに言った啓を見ながら、ベンチに座る。公園の無駄に4つもある大きなウォータースライダーの水無しバージョンの滑り台から降りてくる。
「だーっ!ウゼェ!もう裸足でいいや!」
啓が置いた靴を拾って、プラプラとさせながら、
「イェーイッ。靴ゲーット!」
そう言って逃げ出したのは翔だ。先ほど見せた不安そうな顔は何だったのか気になるが、元気に走り回ってるのを見ると少し安心した。
「あぁ!俺の靴ぅ!返せよ!」
 啓がムキになって翔を追いかける。 
「ヘイ!達也、パス!」
投げてきた靴を拾って尚志に返す。皆でパス回しだ。
「あー。。なんか疲れたなー」
葵がそう言ったのを聞いて翔が、
「休憩しよーぜーーー!」
と、叫ぶ。啓の靴を返し、皆で自動販売機に行って、思い思いのジュースを買う。
尚志達と雑談をしていると、翔が一人で黄昏ているのが見えたので、彼の方へ歩を進めて、隣に座り込む。
「どうしたんだよ?」
彼の返事はおよそ想像しないものだった。
「いや……いつまで……いつまでこういう風にお前らと馬鹿できるかなって、思って、さ」
今まで知っていた明るい翔では無く、どこと無くセンチメンタルになってる翔を見て少し驚いた。
「いつまでって、俺達はダチだろ?ならいつでも遊べるじゃんか」
分かってる。彼が言いたいのは高校進学のための勉強や、その後の事を指して言ってるのだ。
「そういう事を言ってるんじゃねぇよ」
彼は苦笑して見つめてくる。
「分かってるよ。忙しくなるって言うんだろ?一歳上の『先輩』だもんな』
今まで敢えて意識しないようにしていた先輩という単語を強調して言ってみる。
「……まぁ、な」
彼が俯き、沈黙する。
「大丈夫だって!翔君は俺が認めてるんだぜ?絶対これからもどうにかなるって!」
「……そう、かな?そうだよな……」
それでも不安そうに見つめ返してくる。
「じゃあ、約束だ!」
「約束……?」
聞き返してくる彼に、
「うん。翔君がちゃんと高校に進学したら、俺も同じ学校に行く。そしたら、いままで通り遊べるだろ?」
「あぁ。そうだな、そうだよな。」
彼がようやく微笑んだのがうれしくて、俺も微笑み返す。
「約束な?」
手を握って翔の前に突き出す。
「約束、だ」
彼も握った手を差し出して握った手同士をぶつける。ぶつかった指に力を込める。
―そう、約束だ。忘れない、いつまでも。
「そろそろ帰るぞー」
時計を見ると時間は7時を越えてる。日が沈みかけている。
「あー。もうこんな時間かよ。今度は花火でもしよーぜ」
「それ良いなー。まぁ、今度な。 今はさっさと帰る!」
皆が自転車に乗り、坂を下る。行きは切り替えが重いと言った啓も今は簡単に下っている。
―ここが俺の居場所だ。皆と居られる。それが俺の、幸せだ。
空を見る。月と星が見える。今日は満月だ。いつもの夜より、少し幸せな気がした。
2006-06-18 19:01:14公開 / 作者:winds
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前作のデータが引越しでまたもやぶっ壊れました。
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