『空が青くないなんてことはもう知っている』作者:くじらぺんぎん / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約4.33枚

 時がとまればいいのに、なんて。
 思うことがあったら、それだけで幸せ。

空が青くないなんてことはもう知っている

 マニキュアがよれた。ていうか畳にもついた。
「なにすんの。」
 抑えた声でにらみつけた相手は、見たこともないような顔でこっちを見ている。
「手。つかんでる。」
「分かってるよンなこたぁ。」
 手、でかいな、と思う。相変わらず。会ったのは一年ぶりで、変わったのは向こうだけで、結局あたしはがりがりのやせっぽちのちびのままだ。
 男の子ってのはずるい。完膚なきまでにずるい。あっという間に追い越していく背も、簡単に地面を飛び越える筋肉も、なにからなにまでずるいとあたしは思う。
「なんで。」
「は? 」
「なんでってきいてんの。」
 相変わらずいっていることの意味が分からない。第一文才というものがないのだ。この男。
「さっき言ったでしょ。事情が変わったのよ。」
 仕方なくあたしは口を開く。いい加減その手はなしてほしいんですけど。
「お母さんから電話があったの。あたしのこと手放したくないのよ、あの人。」
指に残ったマニキュアをふき取る。親指の腹がきらきらひかる。
「明日、帰らないといけなくなったの。何か文句ある? 」
 葉は不満げな顔でしぶしぶその手を放した。
 葉とかいてヨウと読む。あたしの名前は紅という。紅とかいてベニと読む。二人合わせて紅葉というのだからばかげている。あたし達は燃えさかる紅葉の季節に生まれたのだ。二人一緒に、手を取り合って。
 あたし達は似ていた。何をするにもどこへいくにも一緒だった。葉が全てを飛び越える足をもち、あたしが痛みとともにとがる胸をもつまでは。
 二人でおそろいの服を着た。あたしはいつも右側を歩いた。葉がいつも左側を歩くからだ。あたしはいつも左手をつないだ。葉がいつも右手を差し出すからだ。あたしたちは木漏れ日を選んで歩き、セミの鳴き声で同時に目を覚ました。いつのまにかあたしは綺麗でもない髪を伸ばしはじめ、葉はかわらず短い髪であたしの側にいなくなった。
あたし達は似なくなった。あたしは爪まで伸ばすようになり、葉はますます地面を離れていることが多くなった。
一年ぶりに会ってみればこのざまだ。母さんの心配なんてまったくの杞憂。葉の背骨は空に向かってまっすぐ伸びて、昔住んでたこの家に入りきらない。浮き出た血管も日に焼けた肌もくっきりしたのどぼとけも、あたしが知っている葉じゃない。
あたしが母さんについてこの家を出てから、葉はいちども、あたしに触れることがなくなった。どんな夏休みでさえも。
一週間だけ、一週間だけよ。それをすぎたら、ちゃんと帰ってきてね。母さんは毎年あたしに言い聞かす。今年はとうとう、三日しかいられなかったけれど、それはもう仕方ない。この家へ帰ってきても、待っているのはあたしが捨てた父さんと、あたしの知らない男の子だけだ。一瞬の閃光で、あたしの視界を切り裂いてしまう男の子だけだ。
その瞬間、視界が暗くなった。
「夕立」
 葉がつぶやいた。途端に大粒の雨の音がばらばら和室に跳ね回る。
「洗濯物」
 あたしは急いで庭に下りた。濡れた土と、夏の雨の匂いが足元からわきたつ。頭と肩を次々と雨粒が侵略していく。縁側に放り投げる洗濯物を、葉が粗雑にかき集めている。空から低い音が響いてくる。
「雷」
 葉が空を見上げた。遠く、鮮烈な白い光が雲を切り裂く。雷は好きだ。美しくて、圧倒的で、眩しい。あたしは黙ってそれを見ていた。
 後ろに葉がたっているのは気付いていた。それでも黙ってあたしは雷を見ていた。勢い良く吹き付ける雨の中、二人ともびしょぬれで庭に立ち尽くしていた。あたしはずっと黙っていた。葉も黙っていた。
本当はまっていたのかもしれない。分かっていて、まちかまえていたのかもしれない。葉が後ろからあたしを抱きしめるのを。

 あたし達は似ていた。どこでも一緒だった。
 あたし達はもう似ていない。あたし達はもう一緒じゃない。

 それでも少しだけ願った。時間が止まればいいって。

2006-04-25 02:46:33公開 / 作者:くじらぺんぎん
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この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、くじらぺんぎんさま。
河野つかさと申します。作品、拝読させていただきました。
この葉さんと紅さんは実の双子、と考えてよろしいんですね。
男女では明らかに成長の速度も達する所も違っていて、弟のいる姉である私としても、自分の経験と重ねて読ませていただきました。
養さんの様子を描写する一人称の言葉が、とても奇麗で、それでいてわかりやすく、イメージしやすい表現だったと思います。
アドバイス、とまではいかないのですが……
「時間がとまれば……』の二行と『空が青くないなんてことは…』の一行、どちらか一つにした方が、印象が強いような気がします。私もよく使う手法なんで、気になりました。
最後の一行も起点と連動しているので、それも含めて、冒頭句を決めたと思います。個人的にはタイトルを落ちで使うと、短編の場合読後感がすっきりします(あくまでも、個人的意見ですので、あまりお気になさらないでください)
全体的に読みやすく、ふとした時に記憶から蘇る作品だと思います。
次回作も楽しみに致します。頑張ってください。
2006-04-25 07:11:27【☆☆☆☆☆】河野つかさ
どうもありがとうございます。このサイトを見つけて、すぐに一時間ぐらいで書き上げたので、勢いはあっても細かいところがまだまだですね。ネット上での見易さ等も考え、じっくり練っていきたいです。そのときはまたよろしくお願いします。
2006-04-25 19:37:45【☆☆☆☆☆】くじらぺんぎん
初めまして。今日このサイトを知って初めて感想を書かせていただきます、澄香です。
風景を表現する中に紅の感じることが繊細に書いてあって、読みやすかったです。成長するとつい思ってしまう昔は…って気持ちがよく出ていたと思います。気持ちが丁寧に描写してあって共感できるところが多々ありました。
あとは、私的にですが最後の部分が好きでした。今まで読んできた本文の気持ちが上手くまとめられているというか、読んだ後に気持ちがすんなり入ってきました。
えっと、何だかよくわからない感想です。気持ちについてばかり。
でも優しい雰囲気がして私は好きでした。
次回も楽しみにしています。
2006-04-25 20:49:13【☆☆☆☆☆】澄香
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