- 『タナトス』作者:片瀬 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
- あたしは、あんたを殺してでも死ねるのだろうか。
- 全角2326.5文字屋上のフェンスに寄りかかってみた。
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原稿用紙約5.82枚
古くなってきしむそれは、錆びて血のにおいがする。
あたしも、三十分後には、このフェンスと同じにおいがする物体になるだろう。物体。なんとも、都合のよい言葉だが。
死のうかなあ、なんて呟いてみる。
まるで、覚悟が決まっていないみたいで馬鹿らしかった。
死のうかなあ、ではなく死ぬ、のだから。
もう決めた。今日死ぬ。
ずうっと考えていた。もうこれ以上生きたくなかった。
毎日、今日こそ死のうと考えていた。
何となく。そんな言葉が似合っている。
退屈な学校、窮屈な家庭、卑屈な自分にうんざりしてるんだ。
たったひとりで食べるお弁当も、敬虔なクリスチャンで口うるさい母親も、外で女を孕ませた父親も、何もかも他人のせいにしてしまう自分も、だいっきらい。
あたしだって、だてに生まれてから数年、クリスチャンだったわけじゃない。
自殺が大罪である事は十分わかっている。
でも、これ以上、存在したくなかった。
三時間目の始業を告げるベルが鳴った。
初春の風が、頭上を通り過ぎていく。
せめて最後は、とセットした髪の毛がふわふわと舞う。
(そして、セットしたとしても、どうせ落ちるのだから意味がないと気付く)
日差しが温かくて、床に寝転がってみる。
ああ、今日も死ねないのかもしれない。
少なくとも、これから死のうとしてるのに、太陽の誘惑に負けたあたしはばか。
明日、明日、明日。
毎日思ってきた。先延ばしにしてきた。
今日こそ、今日こそ、今日こそ。
毎朝そう唱えながら家をでて、友達と適当な挨拶をし、二時間目が終了すると屋上へ向かう。
そして、死ねない。死なせてもらえない。アイツが来るから。
一度だけ、本のしおり――本当は、本を落とそうと思ったのだが、それでは騒ぎになると思ってやめた――を落としてみたことがある。
あたしの体重よりもはるかに軽いそれは、下に落ちることなく、一度舞って屋上の床に落ちた。
なんだ、しおりは死にたくないのか。
そのとき、あたしは鼻で笑った。
生きてもいないくせに。と。
そのときのあたしが、フェンスの数センチ先に立っているような気がした。意地の悪い顔で手招きをする。
死にたくないの?生きてもいないくせに。
意固地になったあたしはフェンスに脚をかける。
しゃん、と音が響く。
どこかの教室の窓が開いているのだろうか、とんちんかんな朗読が同時に響く。
違う。
……この朗読は現代文の授業でもなんでもない。アイツだ。
「『船乗りたちは恐怖に陥り、それぞれ自分の神に助けを求めて叫びをあげ、』」
「……ヒロ」
「『積荷を海に投げ捨て、船を少しでも軽』」
「旧約聖書?」
「おー、よく知ってるね」
「どうせ、官能小説でも隠すのに使ってるんでしょ」
「おー、よく知ってるね」
「繰り返すな気持ち悪い」
あたしは脚を戻す。
それでも、向こう側のあたしは意地悪く笑ってる。
来て欲しかったんでしょ、ヒロに。
「お前さ、また死のうとしたでしょ」
「……別に。フェンスを越えたかっただけよ」
「クリスチャンのお前ならわかるよね、自殺は大罪だよ」
お前のかーちゃん、いっつも言ってたじゃん。
「わかってるわよっ」
つい声を荒げる。
ヒロは悲しそうな目でこちらをみた。
「何?助けに来たの?教えを説きに来たの?」
ヒロは何も言わない。
「いっつも、しつこいわね!」
やっぱり何も言わない。
「ほっといてよ、死なせてよ」
ヒロは乱暴に聖書を置いた。その拍子に一緒にはさんであった官能小説が広がる。
「簡単に死ぬなんて言うなよ」
毎日のように、彼女の自殺とめにくるほうの身にもなれよ。
ヒロはあたしの顔を両手で包む。
じょじょに、手の力は強まる。
あたしのほっぺたに、ヒロの涙が落っこちた。
一粒、二粒。
「死にたい」
「マユ、言うな」
「死にたい」
「言うなって」
「死にたい」
「お願いだから」
「死にたい」
「言うなよ!」
苦痛に歪むヒロの顔。
対照的に、あたしは自分の高ぶっていた感情がやわらいでいくのがわかった。
ヒロの顔越しに、あのときのあたしが笑ってた。
ヒロに死ぬなって言って欲しくて、やってるんでしょ。
本当は、死にたくないくせに。死ねやしないくせに。
そうだ。いつだってそうだ。ヒロに、こうしてもらいたくて死のうとしてる。
ヒロがとめにこなくても、あたしは死ねない。
ヒロは床に座り込む。
「ごめんヒロ。嘘だよ」
いよいよ本格的に涙を零し始めた彼を抱く。
あたしは、こうしてヒロをいじめて満足してるんだ。
心底自分が気持ち悪いと思った。
心からの謝罪だった。もう一度ゆっくり、はっきりと発音する。
「ごめんね」
ねえ、
震える声でヒロは呟く。
「もし本当に死にたくなったら、」
「え?」
俯いたヒロの顔を覗き込もうとするが、表情は読み取れない。
けれど、かすかに唇が歪んでいた。
「お前を自殺させてしまうくらいなら、」
「俺が、お前を殺すから」 - 2006-04-22 19:19:47公開 / 作者:片瀬
■この作品の著作権は片瀬さんにあります。無断転載は禁止です。 - ■作者からのメッセージ
お久しぶりです。
相変わらず暗い……です。
前回のcity of damnedはログ流れしてしまったので、
これからは短編で精進していきたいと思います。
少しずつ、長いものが書けたら……。
どうかよろしくお願いします。
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「死にたい」「死にたい」と繰り返す主人公の心情が、残念ながらパターンとしてしか伝わってきませんでした。自分も高校時代あたりには人並みにそんな気分にとらわれた一時期もありましたが、このシンプルな表現だと、初めから同調可能な選ばれた読者にしか、なかなか共感は難しいのではないでしょうか。
それと、「お前を自殺させてしまうくらいなら、俺が、お前を殺すから」のすばらしい科白が、これもまたヒロ君の側に充分な工夫がなされていないので、『なんかそれらしいキメ科白』の段階に留まってしまったように思われます。
このすばらしい科白を立派なキメ科白として生かすためにも、また片瀬様の心にある情感を片瀬様と違う形の心を持った読者に伝えるためにも、主人公やヒロ君の全人格を、片瀬様のものとなるまで把握してみるのも一興かと。そうすればこの情景は、5枚に縮まるにしろ30枚に増えるにしろ、より普遍的に『キメられる』と思います。
2006-04-23 00:26:33【☆☆☆☆☆】バニラダヌキ的確なアドバイスありがとうございます。
もう少し冷静に、客観的に見なければ……と反省しております。
たしかに、ヒロの「お前を…」を言わせたくて書きました。
白状してしまいますが(笑)。
もっと主人公とヒロ、そして背景にある家族問題などに踏み込んで、
より深いものにしたいと思います。
もう少し練り直して、大幅に加筆・修正したいと思います。
そのときは、またご感想をいただけると幸いです。
本当にありがとうございました!2006-04-23 09:52:58【☆☆☆☆☆】片瀬はじめまして。読ませていただきました。毎日のように彼女の自殺を止めにくる身にもなれよという部分なんですが、これはあたしの自戒をこねた心内文なんでしょうか、それともヒロの心内なんでしょうか? ヒロの心内なら書いてはいけないのではないかなと思います。暗い話が好きなので(おいっ)面白かったです。バニラダヌキ様が言うように少しラストがいいのに弱い気がしました。あの長めの空白に風景か、ヒロの描写がほしかったです。自分はできないくせに偉そうにすみません。次回作お待ちしてます。2006-04-23 10:26:32【☆☆☆☆☆】buchiMお久しぶりです。藤崎です。
今回は短編、ということで。全体を通しての雰囲気も最後の台詞も、とても私好みでした。ですが、雰囲気そのものを重視しすぎているような感じが否めません。率直過ぎる心理描写に全てが飲まれてしまっている感が、最後の台詞の弱さに繋がるのではないでしょうか。『死にたい』よりも、彼にそう言ってもらいたいということが本物なのだと認めるきっかけに、もう少し強い印象が欲しいようにも思いました。
グダグダと偉そうなことを並べましたが、次回作も期待しております。2006-04-25 16:23:50【☆☆☆☆☆】藤崎作品を読ませていただきました。死にたいという理由の一つ「何もかも他人のせいにしてしまう自分も、だいっきらい」が伝わってきづらかったです。死の上辺だけと綴っていて、その奥底にあるものには言及していないという印象があります。また、ヒロとの関係が曖昧なため、ラストのセリフが宙に浮いてしまった感があります。ラストのセリフを活かすためにも、主人公のヒロへの感情とか、ヒロが主人公に対する心情を示唆するようなリアクションがもう少し欲しかったです。では、次回作品を期待しています。2006-04-26 07:43:48【☆☆☆☆☆】甘木buchiMさま、藤崎さま、甘木さまへ。
はじめまして、こんにちは。
ご感想、ありがとうございます。
次回までの克服点を挙げ、
ここに勉強する事を誓います!(何じゃそりゃあ)
・風景・心理描写がともにたりない。
・雰囲気重視の傾向をすてる。
・ヒロくん(笑)をもっと前面に。
ヒロの存在をもっと前面にだし、
主人公の家庭環境、そしてヒロの生活環境など、
細かく描いて、加筆修正したいと思います。
みなさんの感想を念頭に置き、精進いたす所存です。
2006-05-04 05:03:15【☆☆☆☆☆】片瀬計:0点 - お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。