『邪界黙示録 第一話』作者:隻眼 / ِE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
異世界戦記ファンタジーです。
全角17564文字
容量35128 bytes
原稿用紙約43.91枚
人は、死してなお『死後の世界』へ行く…

……『邪界』……

そこは『地獄界』『天界』よりも、はるかに遠い存在で邪な世界…

…地球界に存在していた遥かなる野望…

…地球界にいた時の多大なる憎しみ、悲しみ…

…そして強大なる『邪悪心』…

以下を持った者が死を味わえば『邪界』へ通じる道を開くこととなる…

そして、また新たなる『世界』で歴史を築き上げる…

そう…これを邪界人は『邪界黙示録』と告げていた…




          第一章   『四天王』結成


 西暦2600年…地球界の中心には、広大な土地が目立つワイール大陸が存在する…。
その大陸には、この年、北西の領地に『レガニアル連合』という国が建国された…。
その国の国王となったレイラスが若くして新国家樹立を宣言し、群雄割拠の時代に参加することとなる。
 長身で細く鋭い目付きに、がっしりとした白い甲冑、繊細な生地で作られたレッドマント…国王としては、もの珍しい身なりのレイラスは、周囲を威圧させるほどの『雄大なる魅力、武勇、思想力』を持っていた。
 レイラスにとってはその『魅力』で得た、忘れられない出来事が一つあった。
その出来事とは?
 ある日、レイラスの側近・エイガーが『4人の騎士』達とレガニアルの城郭前で出会っていた…。
「国王直属の側近兵に仕えたい…ですか……困りましたねぇ…」
エイガーが困り果てていた表情で言っていた…。
その困った理由とは、『4人の騎士』達の壮絶たる実績の事にあった…。
昨年、北東の領地に『リム』という悪逆無道な山賊大集団が存在していた頃…。
『4人の騎士』達は、レガニアル傭兵ギルドに属していた。
4人の戦線功積は、S級の傭兵団はおろか、ギルドの総大将さえも遥かに上回っており、彼らの右に出る者は、一人もいなかった…。
そしてある日の事、ついにギルドに大掛かりな仕事が廻ってきた…。


  『リム山賊大集団を討伐せよ!』


『4人の騎士』達は、さっそく動き出し、北東の地・『トーファス』に早々到着し、リムの前、横一列に並んで立っていた…。
「お頭ぁ、あの4人…何考えてるんだ?」
「どうやら、『僕たち、お馬鹿ちゃんを虐めて下さい』って言ってると思うぜ!」
山賊達がゲラゲラと笑っている間に『4人の騎士』達がリムに向かって走り寄って来る…。
「おい、来たぜ!…なぶり殺しだ!」
散々に馬鹿にしていた山賊達が『4人の騎士』達と突撃した瞬間、とんでもない光景を目の当たりにする…。
「おい!…マジかよ…」
山賊達は、『4人の騎士』達に無惨にも蹴散らされていく…。
何の抵抗もできずに…。
「お頭っ!…逃げやしょうっ!!」
「ああっ!このままだと……全滅する!!」
さっきまで意気揚揚としていた山賊達が焦り始めて逃げ出した…。
しかし、勢い付いた4人から逃げることはできず、あっという間に山賊団は全滅し、リムの頭目の所まで追いついてしまった…。
「す…すまんっ!馬鹿にしたことは誤るっ!!だから、命だけはっ!」
頭目が必死に誤るが『4人の騎士』達は、何の返答もなしに頭目の首を刎ねた。
頭目の首からは、真っ赤な鮮血を『4人の騎士』一斉に浴びさせる。
そう…これが『4人の騎士』達にとって、『勝利の貫禄』と決まっていた…。
その後、後から駆けつけてきたレガニアル傭兵団、総勢8000人にも及ぶ傭兵達。
『4人の騎士』達が頭目の返り血を浴びた姿と約5000人のリム山賊団の死骸の光景を見て、総大将が言った…。
「やはり…あの騎士共は、計り知れんな…」
『4人の騎士』達は、ただ、呆然と立ち尽くしている傭兵団達の横を通り、レガニアルへ帰っていった…。
それからというものの、『4人の騎士』達は、大きな仕事が来なくなった傭兵ギルドをやめ、レガニアルの各地で賊と転戦し、今に至ったわけである…。
側近と『4人の騎士』達が話していた時に、丁度、レイラスが散歩していて、彼らと出くわした。エイガーがレイラスに気付き、慌てて報告する…。
「あ!これは、国王陛下様…先ほど国王陛下様、直々に仕えたいというものが現れまして…」
レイラスは、『4人の騎士』を見て、即座に答えた。
「歴戦の武将と見た…名をなんと申す?」
『4人の騎士』達は、順番に名を名乗っていき、ここまでの自分達の実績を一人ずつ述べていった…。
「うむ、立派だ!…貴殿等をこれから、私の側近兵とする…。」
エイガ−は、困った表情から驚いた表情に変わり、レイラスの方へ向いた…。
疑問に思ったのだろう…。
それもそのはず…彼ら『4人の騎士』達の実績は、並外れたものであるにも関わらず、簡単に受け入れてしまったのだから…。
「なんだ?エイガ−、私の顔に何か付いているか?」
「いえ…なんでもございません…」
その時、レイラスはひらめいたのか、『4人の騎士』達に話し掛ける。
「そうだ…貴殿等に新しい団名を名付けよう……『黒炎豹騎団』よって『四天王』でどうだ!」
『4人の騎士』達は大変喜び、この事を一生忘れないとレイラスに『永遠の忠義』を誓うため、直属部隊に属したのであった…。



              第二章   謀反



 レガニアルの民からは、レイラス国王を『神の申し子』と謳われ始め、大きな象徴ともなっている…。次第に民から高い支持率を経て、町並、商業、あらゆる政治が著しく発展した。だが、レイラスは、『雄大』な能力を持ってしまった為にいつしか、自分の部下に無理難題な命令を押し付けている事すら気付かず、一部の部下や兵士達から嫌われ始めていた。

…『邪悪神のいたずら』…

レガニアルの予言師達は、新国家を完璧なまでに築き上げた英雄レイラスを『ここまで酷く蝕まらせた理由』とそう言っていた…。次第に国王から信頼をなくしていった部下から裏切りが多発する中、内政官がいなくなり内政面はことごとく崩落…。手をつけられない状態となった…。そして、国に対する支持率とともに民忠は徐々に低下し、いつ日か、民からの一揆が出現。
 西暦2612年には、民や元レガニアルの兵士達だった一部が混ざる本格的な反乱軍が結成…。連合軍3万の軍勢と反乱軍10万と圧倒的な数の軍勢で『レガニアル戦争』を起こす。多勢の反乱軍を率いるは、ヴァネッサ=エルリーン。彼は依然、南西の地・マイトレウム聖都に住んで、兵士達の訓練を行っていた。だが、彼の親族が急に商売用事でレガニアルに移住するといった伝言を聞いて、心配になりヴァネッサも移住する事となった。ヴァネッサは、かなりの武勇の持ち主であり、都にいた頃は、『奮迅龍』と命名されたほどの功績者であった…。数々の武勲を積んだヴァネッサの率い方は、強烈かつ精密性を備えており、開戦当初、凄まじい進撃を見せた…。その頃、銃弾や砲弾が飛び交う中、人間同士が争っている光景を見たレイラスはこう言った…。
『新国家を主義とした国は、争いは付き物だ』と…。
結果、連合軍は反乱軍の猛烈な攻めに対抗できず敗北…。1万と少し生き残ったレガニアル兵達は、レイラスがいるレガニアル城の城内に退却命令を出すのであった…。
「冗談じゃねぇ…。こんな裏切り反乱軍どもに負けてたまるか!!」
「そうだ!戦え!…俺らは、聖兵団だっ!無駄に朽ち果てるものかっ!!」




事が進むに連れて城内戦に突入。反乱軍率いるヴァネッサの部隊が計略を発動させ、レガニアルの兵士達を混乱させ、凄まじい勢いで蹴散す…。そのまま、ヴァネッサ部隊は、別々に分散し、ヴァネッサのいる部隊がレイラスのいる王宮へ、城内にいる連合軍を一掃する両部隊に分かれた。そして、一掃部隊が王宮近くまで行った中、あの『リム』を無惨にも瞬時に蹴散らした『黒炎豹騎団』が現る…。
黒の甲冑、マントを装着し、一人一人がただならぬ戦気を発している四天王…。
 黒色の髪を後ろに束ねている、大剣使いのライガン。長く伸ばしている白髪に両目が紅色で四天王の中でだんとつに殺気を際立たせている槍使いのアシュリング。四天王でただ一人兜を装着した大斧使いのヴィルツ。そして、岩をいとも容易く粉砕する鉄拳の持ち主、隻眼のロイデス。 圧倒的な数で連合軍を蹴散らし続けた勝気の一掃部隊であったが、『黒炎豹騎団』四天王の出現により一掃部隊は一瞬にして怖気付き、部隊の動きが止まった…。
そして、ライガンが思っていた事を微笑みながら口にする。
「フフ…我らが出ただけで怖気づいたとは…『リム』以来だな…」
立て続けにアシュリングも微笑みながら答える。
「どうやら反乱軍は、『質』より『量』…『リム』だ…」
その答え方に対して、一部の反乱兵達は腹が立ったのか四天王に一斉に襲い掛かる。
「ふざけるなっ!…たかが4人だ!やっちまえっ!」
 約1000人の反乱兵達が四天王を集中攻撃。
だが、四天王にかすり傷をつけることはおろか、攻撃さえも当たらないでいた…。
それもそのはず、アシュリングが「『質』より『量』」と言ったがまさにそうであった…。
所詮、農民や商民出の者ばかり…。闘いを生きがいとしている者にかなうはずもない。それにもかかわらず、依然と反乱兵達は、四天王に猛攻撃を加えようとしていた…があっという間に四天王達に全滅寸前にまで追い込まれていた…。
「ぐふぁっ!……な…なぜ攻撃が当たらないんだ!」
1000人中最後の一人の反乱兵がライガンの大剣で胴を半分まで裂かれ、苦し紛れに言う。
そして、ライガンが答えた。
「答えは簡単…。貴様等に『闘いの意味』が分かっていないからだ」
ライガンは、大剣を胴から抜いて倒れた反乱兵が最後の一言を述べた…。
「フ……たしかに…そう……だ」
その1000人の反乱兵達の死骸を見た、残りの一掃部隊は、完全に戦気を失っていた…。
「ああ…もうだめだ……殺されるぅっ!!」
完全にゆっくりと後去っていく一掃部隊に対して、四天王が猛然と一掃部隊の方へ真っ直ぐに寄っていく…。
そして、十字路に出くわした…その時!
十字路の左右と四天王の後路にいた、ヴァネッサ部隊が伏兵を用い、ヴァネッサの合図とともに四天王に向かって進撃を始めた!
「今だ!! 一気に潰しにかかれぇっ!!」
絶体絶命の窮地に立たされた四天王の全員が混乱した!
「くそっ!読んでいやがったか!!」
その時、伏兵からの数十本と並んだ幾多の数の槍が、ヴィルツとアシュリングの甲冑の胴体部分を完全に貫く!
「ゴ…ゴヴァッ!!!!」
「ぶふぁっ!!」
ヴィルツとアシュリングは、いきなり滅多刺しにされ、大量の血を噴出し、絶命した…。
その返り血を浴びた、ライガンとロイデスは、完全に理性を失い暴走し…ヴァネッサのいる方へと反乱兵達を蹴散らし、物凄い速度で強烈な快進撃を始めた…。
「ヴァネッサ総大将!! こっちに襲って来ています!!!」
一人の部下が焦りながらヴァネッサに聞いた。だが、ヴァネッサは、常に冷静さを保った状態で答える。
「うむ…少し待て!」
暴走してヴァネッサの元に兵士達を蹴散らしながら猛襲してくる、ライガンとロイデス。
だが、思わぬ罠にはまってしまったのだ…。
中間点に達した時、ヴァネッサが事前に用意しておいた『落とし罠』が作動…。
ライガンとロイデスは、奥深く掘り当てられた穴に落ちていったのだった…。
反乱兵達は、ただ呆然と落とし穴を見ていた…。
「……よしっ!連合軍の部隊は、もう全滅だ…。皆よ…王宮へ向かうぞ!!」
ヴァネッサ部隊が全て合流し、一丸となって王宮に向かうのであった…。


第三章  レイラスの『終わり』と『始まり』


ヴァネッサ部隊の兵一人が王宮の大扉を開けた…。
その先には一人、剣を持ち、構えていた人物がいた。
そう…その姿は、レイラスであった…。
「フフ…来たな! 元レガニアル兵団団長ヴァネッサとその雑魚風情ども!!」
冷静にヴァネッサは、受け答える。
「レイラス国王陛下は、演説していた時より、だいぶお口調が変わられたご様子ですね…」
一斉にヴァネッサ率いる兵達がレイラスに向かって睨みつける。
「昔の国王とは、天と地の差だ…。皆よ! もう昔の「レイラス国王」は、死んでしまっているぞ!!」
「だまれぇぇぇっ!!」
レイラスは猛然とヴァネッサの方へ走って行き、剣をヴァネッサに向けて、力任せに振りかざした…がいとも簡単に避けた…。
「さらばだ…「邪悪神・レイラス」!貴様の時代は、ここで遂げてもらうっ!!」
ヴァネッサの大剣がレイラスの胴体を白の甲冑ごと貫いた。レイラスは、奇声を上げたと共に真っ赤な噴水のように血を噴出しながら倒れた…。続いてレイラスに恨みを抱えた者が一斉に切り刻む…。
…これが「レイラス」の末路であった…。
「よくも、よくも俺の家族をぉぉぉ!!」
「このド畜生がぁぁぁぁ!!」
反乱兵達の確固たる剣撃でレイラスは、既に原型を留めていない死骸となっていた…。
「皆よ、もう止めるがよい…奴は、もう肉の塊と化している…。」
理性を失い始めていた兵達がヴァネッサの声により正気を戻した。
「はっ!……申し訳ございません、 ヴァネッサ総大将っ!」
「よい、皆のレイラスの恨み事もこれで晴れたであろう…。だが彼は、「レガニアル連合」という国を立派に築いた者…。後で手厚く葬ってやれ……。」
「ははっ!」
肉塊と化したレイラスを二人の兵士達が拾い集め、王宮の外へ持っていった…。
その後、ヴァネッサは、大剣を天に向け誓った…。
「これからは、我らで新しい国造りをしていこうぞぉっ!!!」
「おおーっ!!」
ヴァネッサの兵士達は、力強い唸りを上げ『新しい国造り』を同意…。ここで長時間に渡る『レガニアル戦争』は、終戦を迎えたのであった…。
 そして、わずか12年たらずで、レガニアル連合及びレイラス国王?世は滅び去り、ヴァネッサがレイラスの野望に終止符を打ったのである…。




ヴァネッサの謀反によりレイラスは死んだ…。

『地球界』からいなくなった…。

だが、彼は、消えたわけではなく…。

『死後の世界』で確かに存在していた…。

どこの世界か?…。

ヴァネッサに対しての膨大な憎しみ…。

それとは、別に『邪悪心』…。

そう…彼は…

未知なる異界『邪界』で復活を遂げたのであった…。 





第四章    死後空間の規制




『地球界』…あれは、現だったのか…、幻だったのか…。
おそらく私が最期に見たであろう、あの城から見た青空、揚々と光り輝く山吹色の太陽、北西の地平…。
全ては私が得ていた膨大なる咎…。
散ってゆく『運命』とは何とはかないものなのだろう…。
死後空間…そこは普段、人間や物体も何も存在しない静かなる場…。
人間が死ぬと必ずここへ誘われ、『導く者』に制裁を下される。
そして、『地獄界』『天界』どちらに逝くか『導く者』に判断され、界に逝った者は、そこで新たに在住することとなる。
『地球界』で生きていた頃、苦痛あるいは、悲哀な人生しか続けていなかった者には『永遠なる幸福』を授け『天界』へ…。
道楽な人生しか送ってきていない者には、『無限の苦痛感』を与え『地獄界』へ…。
つまり、元世界にいた頃とは、まったく反対制となる訳である。
死後人の制裁すなわち、『導く者』を務める重大な役目であり、使命なのでもある。
死後空間の面積は死後人の思想力で無限に広がり、森羅万象の如く『閃功気』(主に死後人が持っている魔力、筋力、俊敏力)が生じている。
この『閃功気』は個人差によってより強大な力と化し、その力は本人に新たなる力となり覚醒される。
更に、一人一人が死後空間で感じた『気』の捕らえ方により、その者達には『新・人格構造成』(元世界とは全く違う人格として新形成されることをいう)が生じ、元いた世界とは、まったく別な人格となる。
これ等を身体と気が一つに合理することから『循環気成』と基づいているのだ…。


邪悪が完全に蝕んだレイラスは死後空間の丁度、中心に横たわっていた…。
「ここは……どこだ?」
目を開けたレイラスは、瞬時に暗黙たる空間が目に飛び込んできた。
頭を掻きながら横体勢から起き上がり、何もない空間をあたかも、不思議そうな表情で辺りを見回していた。
「『死後の世界』……か?」
 部下の謀反で虚しくも滅び去り、初めて『死後の世界』に来たレイラス…。
だが、頭の中に刻まれ、今更忘れることなんてできない『数奇な過去』を早く忘れ去りたいと頭を抱え込むレイラスであった。
その時、レイラスは死後空間で謎の異変を捕らえ、倒れる。
「なんだ? 急に体が動かなくなったぞ…」
そう…、今まさに『閃功気』がレイラスの奥深くに眠っていた潜在能力から覚醒されようとしていた…。
レイラスは、急に手足が不自由となり、身動きがとれない状態となる。
その後、徐々に視覚、聴覚、思考覚の3つの感覚を失ってしまう…。
死後空間で急に身体が不自由になる状態…。
これは、本人自らの心に深く眠りし『潜在能力』を引き出しているためであるので、本来、地球界の『天文説』(異世界の仕組みについて)を学んでいるのであれば、何も不思議がる問題ではないのだ。
死後空間でのこういった『神秘性』を含めた現象を『地球界』の天文説では、『神秘の授法』とも記されている。
だが、レイラスの場合は、なぜか3つの感覚が不自由となっていた。
これは、『邪悪心』を持った者でしか起こらない、未知なる遭遇でもあったのである…。
何もかも感じなく恐怖に慄くレイラスは、自分自身の奥深くの『邪の結界』中枢部に陥ってしまっていた…。
そして、聞えたのである…。
『邪界を統べる者』の声が……。


……人々を欺き……

……神をも欺いた『邪悪心』を持つレイラスよ……

……汝は今『邪の結界』の中にいる……

……今、永遠の自由を選択するのであれば……

……『導く者』を殺すのだ……

……そして、自らが持つ邪悪なる力で……

……新たなる道を切り開け……

……汝には少しだけの猶予を与える……

……これは『邪悪心』を装った汝の使命……

……失敗すれば汝は永遠に『邪の結界』からは出られぬと思え……




邪気がみなぎり、『循環気成』で『閃功気』を完全に得たレイラスは『邪の結界』から一時開放され、身体と感覚の自由を取り戻し、『邪の結界』から聞えてきたお告げを行動へ移したのである…。
ふと気付けば、目の前にはレイラスが『地球界』で使っていた剣『リヴォルト』が死後空間の地面に刺さっている。
レイラスは何の躊躇なくその剣を抜き、ただじっと『導く者』の出現を待ち続けていた…。
とその時、暗黙たる空間から突如、扉が現れる。
「空間から扉が現れた!?」
扉は、一刻の間を明けず突然開かれた…。
扉の中から堂々と姿を現したのは、邪界を統べる者が告げていたあの『導く者』の姿であったのだ…。
「我は、死後空間を司る『導く者』ぞ!」
「お前が『導く者』!」
「汝には…邪気を感じる……死後人よ」
「貴様を……殺す!」
『導く者』は、レイラスの返答を聞いた途端、その場で笑いを我慢できず、高々と大笑いしてしまう。
「死後人である貴様が我を『殺す』だと! 笑わせる! そんな途方もない事を言うならば、異世界に逝ってから言うがいいっ!」
笑いを瞬時に止めた『導く者』は真剣な顔つきとなり、『黒炎豹騎団』を遥かに上回る戦気を発し、死後空間の周りの気を一挙に揺るがせた。
そして、『導く者』の体の周囲には小さい稲妻が走り始める。
「死後人よ…そこまで大口を叩くという事は『我を殺す決意がある』…という事だな…そう…受け取ってよいのだな…?」
レイラスは本格的に剣を構え始める。
「『邪悪心』が宿った俺の『使命』だ! 悪く思うな…」
「いや…、『使命』ではない…」
『導く者』も大剣『ジャッジメント』を淀みない動作で肩に乗せ構えて、幻影を見ているかのような気迫が真っ向にあたる。
「それがお前の装う数奇な『運命』…だ!」
そして、二人はお互いの決着をつけるため、激突したのであった…。

先攻をきったのは『導く者』である。
大剣『ジャッジメント』が死後空間の全ての閃功気をとり巻いては解き放つ袈裟斬り、逆袈裟斬り、横斬りを一遍同時に繰り出し、亜空間を駆け抜けた…。
だが、レイラスはその剣撃を『導く者』の股へ滑り抜けて避け『導く者』の後方に着く。
だが、『導く者』の確固たる猛烈な連撃はまだ終わってはいなかった。
後方にゆっくりと振り向いた『導く者』の顔は正に鬼…。
瞬時『鬼神』の如く豹変した『導く者』はジャッジメントを刀身を描く軌跡のように振り回し、容赦なくレイラスに襲い掛かる。
「我を超える技量を持っておると言うのかぁぁっ! 貴様っ!!」
レイラスは、『導く者』の連撃を全て『リヴォルト』で受けながら、自信有り気な声で答える。
「持ってはいないが……一ついえることがある…」
 『導く者』の連撃を全て受け続ける結果、その隙ができた『導く者』にレイラスの剣撃一閃が胴体部分に浅く打ち込まれる。
「お前は、『力任せに汚点がある』という事だ!!」
この、反撃からして確かにレイラスは、『閃功気』の力で強くなっていた。
『導く者』は、レイラスの一閃に悶え苦しむ。
「ぐふぁっ!! なぜだ!? 動かん! 傷は浅いはずだ!!」
『導く者』が浅く入ったにも関わらず苦しんだ理由は、レイラスの剣事態にあった。
『次元化』を遂げた剣…、すなわち、どんな者でも斬られた者には、強烈な抑止力を与えることを『循環気成』により、剣本来の性能に上乗せされ、実現していたからなのである。
「浅はかだった……、だが甘い……我の本気はここからだ…」
『導く者』は、抑制されたのにも関わらず、立つ体勢に切り替わる。
そして、またも全身に稲妻が走り出し、姿、人格、全てが豹変したのであった…。
『鬼神』から『破壊神』となり、レイラスの前に立ちはだかる…。
「私の名は、『メルキセデク』…、『天界』を司る者でもあります…」
全てが変わったわけだが、『導く者』には変わりはなかった。
メルキセデクを見たレイラスは、自分より遥かに強大な力を感じ取ったのか、大きく上段に構えを取る。
たしかに今の段階では、二人の強さは、天と地の差だった…。
だが、レイラスは相手が先攻を踏まれると焦ったのか、疾風迅雷の如くメルキセデクに襲い掛かったのである。
「ぬああああっ!!」
思い切って、縦斬りを試みたレイラスだが、いとも容易くメルキセデクは避ける。
「くっ!」
 またも、攻撃を仕掛けようと剣を振り回したが、逆に反撃を受けたレイラス…。
だが、なんと、なにげないメルキセデクの反撃が、レイラスに致命傷を与えたのである。
メルキセデクが反撃として空中から5本の光の武具を神聖的に現して放ち、レイラスの胴体、脚部、腕部と全てにわたり、貫通してしまった事態であった…。
これは、もう致命傷と言うではなく既に即死の領域であったのだ。
レイラスは、メルキセデクの壮絶たる反撃により、無限死後空間の遥か遠くに突き飛ばされていった。
 その時、『導く者』が現れた扉から、『導く者』が死後人に襲われているという情報を聞きつけ『天界』からの精鋭騎士団がやっと到着した。
「これは…メルキセデク様! どこもお怪我はないでございますか!?」
「ええ、大丈夫です…、それより、あの者がどうなっているか、確かめてきてもらえますか?」
「分かりました!」
精鋭騎士団は、一丸となって意識不明状態のレイラスの所へ向かい始めたのであった。


レイラスは意識がない中『邪の結界』の方へいた。




……レイラスよ、やられてしまったようだな……

……だが、案ずるな『邪の結界』からは、閉じ込めはせぬ……

……メルキセデクが出てきてしまったからには仕方がなかろう……

……選手交代だ……

……今こそ『邪界人』フェンリルを解き放つ……

……彼は、お前の『一人の化身』だ……

……元は、お前と同様生きていた者だ……

……そして、今度こそ『導く者』を殺させてもらう……


「なんだ…死後人に稲妻が生じてきたぞ…」
倒れているレイラスを軽く蹴飛ばした一人の精鋭騎士が後ずさりながら言った。
そう…今、まさにレイラスは『導く者』と同様に姿、人格が『邪界人フェンリル』に変わり始めていたのだ…。
そして、変わり終わると死後空間の地に再び立ち上がった…。
「皆よ、気を付けるのだっ! 攻撃態勢に入れっ!!」



第五章    残虐の悪鬼



フェンリルは、不適に笑った。
目の前に広がる敵の数を見て観念して笑ったのではない。
それは、これから、あの数の人間を殺すことができるという、いびつな考えからの笑いであった…。
フェンリルの手には、大剣『羅刹金剛』がある。
名刀とか神刀類いの剣ではなく、明らかなほど『羅刹金剛』からは、邪気が立ち昇っている。
 それは、『妖刀』だ。
その切れ味は、鋼をも両断しうる、又いかな武具であっても打ち合えば、1合で破壊する特性を備えてある。
 言うならば『呪印』…。
『羅刹金剛』を手にした者の行く末を呪い、身体を蝕み、そして精神を滅ぼす…。
そんな『羅刹金剛』を彼は愛刀と証し、相棒とも呼ぶ。
 フェンリルは、肝胆の溜め息を吐くと地を蹴り、精兵騎士団等を肉迫した。
「ええいっ!! 後方部隊! 目標に向けて射撃しろぉっ!!」
 後方部隊は、騎士団団長の合図を下に、フェンリルに目掛け嵐のような矢の雨が容赦なく降り注いだ。
矢は、フェンリルの眉間、右目、脇腹、右脚、つま先、喉、胸あらゆる個所を刺さり貫通。
一瞬の刻、地獄の針の山と化した。
フェンリルの口部からは、滝のような鮮血が流れ、傷口からも大量出血している。
「コノ、イタミ…、『邪界』二イタコロヲオモイダス…」
フェンリルは血の泡をたてながら呟く…。
「ツギハ、コチラガ『殺戮』スルバンダ」
 針の山と化したフェンリルは、騎士団にラッシュを繰り出す。
その速さは、視点が置けられないほどの壮絶たるスピード。
騎士達の戸惑いがやがて、悲鳴に変わる。
フェンリルの腕と身体が竜巻の如く振り回される度、『羅刹金剛』に騎士達の血液が吸われていく、正に血戦。
その騎士達の絶命たる様は、絶叫と苦悶の血肉オンパレード…。
今更、彼の猛襲を止めることなど誰も考えてもいないだろう…。
肉は鮮血、臓器は血だまりと化し、螺旋を起こして巻き上がらせる様は、人間の視点に写るものとして絶望画に等しい。
返り血と自身の血で血盟したフェンリルは、次第に螺旋から赤い羅刹を起こさせるのであった。
そして、一直線に目指すは、『導く者』…。
未だ、フェンリルの『殺戮』は止まる事を知らない。
彼の周囲、前方に存在していた騎士達は、『羅刹金剛』でなぎ払われ、鋼と化す腕で顔を
百列連打の如く殴られ、次々と命を吸収されていく。
辺りから発せられる悲鳴は、フェンリルの高揚心を徐々に上昇させる。
「今だっ! 鎖を放て!!」
金属がお互いにこすれ合わさる音と共に空間を切って、フェンリルの身体に巻かれた。
肉と鎖がきしむ音を立て、フェンリルの身体に刺さった矢が何本か折れ、締め付ける。
フェンリルは『殺戮』を中断された。
だが、彼は、さもつまらなさそうに自分の身体に巻きついた鎖を眺めやると、それを彼の最大のほんの一部の腕力で引きちぎる。
鎖を冷や汗と共に握っていた数人の騎士達は、フェンリルによって手繰り寄せられ、空中を飛んでいる事実に慄き、恐怖の絶叫をあげる。
そう…まだ、生き残っている騎士達に助けを求めているかのように…。
「うわぁぁぁっ!!! まだ、死にたくねぇよぉぉっ!!」
フェンリルは口元を歪め、矢が刺さっていない左目で隙なく、『導く者』メルキセデクを見て三度、突進を開始した。
とそこへ『四人の重装騎兵』トレイス、ヤンデリック、ウォルトレイ、ガイウェルが立ちふさがる。
「悪いが、ここからは『立入禁止』だ…」
 四人の重装騎兵の内、最も好戦的なトレイスが神速たる槍撃を繰り出す。
ぞぶっと生々しい音を立てながら槍の矛先は、フェンリルの胸骨を切断し、心臓を刺し貫いた。
フェンリルは、一瞬気を失った。
「へっ、まさかな…、生きてるわけがない…」
だが、それでも彼は生きていた。
気を取り戻したフェンリルは、手にしっかりと握っていた『羅刹金剛』で槍の中央部分を切り落とす。
そして、返す手でトレイスの胴をなぎ払う。
「あぶねっ!!」
 トレイスは後方に飛び下がり、『羅刹金剛』を避ける。
フェンリルは、追い討ちをかけるように咆哮を上げるとトレイスを一刀両断しようとした。
そこへ巨大な岩石が投げつけられたような、重い衝撃を彼は右肩に受ける。
それは、矢であった。
白羽の矢が白い煙を上げて彼の右肩中心部分に深く食い込む。
その矢を射たのは、ヤンデリックである。
ヤンデリックは、矢継ぎ早でフェンリルに矢を射た。
矢はどれも命中したが、彼はそれでも生きていたのである。
「これは…、馬鹿げた不死者ですね…。正直、何本射ても無駄な気がしてきましたよ」
そうも言いながら矢を射る手は、一向に緩めない。
「とどめは、わしがやる! 情けはかけんぞっ! くらえっ!!」
 そこへ大刀を装備しているガイウェルがフェンリルの胴体を斬り裂こうと突進した。
それで勝負がつくと誰しもそう思った。
だが、フェンリルは、その大刀に矢の雨を浴びながらも打ち落とし破壊する。
そして、ガイウェルの左腕を切り落とす。
「っぐぬっ…!!」
ガイウェルは、溢れ出す痛みの本流を歯を噛み締めながら耐えた…。
「ガイウェルさん! お…お前の相手は僕がしてやる!」
そして、両手に小型の二斧を持つウォルトレイがフェンリルに詰め寄る。
フェンリルは、新たに現れた生贄を見つけて斬りかかった。
完璧に首を捕らえた一閃は空を切る。
 その少年身なりのウォルトレイは、目にも止まらぬ速さでフェンリルの攻撃を避け、両手に握っている二斧で滅多斬りにする。
がその速さにも劣らぬ速度で『羅刹金剛』がウォルトレイに襲い掛かる。
それは、フェンリルの自我ではなく、『羅刹金剛』本体が自我を持ったような速さだった。
ウォルトレイは、想いもよらぬ猛攻撃を受け、古来より受け継がれてきた神器と謳われる斧を永遠に失った。
 『羅刹金剛』を真っ向から受けて持ち主であるウォルトレイの代わりに、その二斧は、砕かれたのである。
そして、フェンリルは、左腕でウォルトレイを殴り飛ばすと、矢を射続けているヤンデリックに猛然と突進をした。
 ヤンデリックは、その猛牛めいた突進を軽快に飛び上がり避ける。
だが、フェンリルは、半ば予期していたかように空中を飛ぶヤンデリックを斬り裂く。
 ヤンデリックは、本来足で着地するはずの地面に腰から着地した。
その横に彼の切断された血まみれの下半身が血肉を撒き散らしながら落ちてくる。
彼は、即死だった…。
空中に飛び上がったヤンデリックは、灼熱を浴びたかのような痛みを感じ、死後空間も何も存在しない漆黒たる闇の中へ意識を鎮めていったのであった…。
それがヤンデリックのせめてもの救いだったのかもしれない。
「ヤ…ヤンデリック……。テメェェェッ!!!」
 新たに槍を構えたトレイスがフェンリルに怒号の矛先を向ける。
トレイスの槍は、寸分たがわずフェンリルの急所を貫く。
眉間、心臓、喉元…。
それは、矢より速く、ヤンデリックの仇を含め、大斧より重い一撃であった。
フェンリルは、初めて後方へよろける。
それを千載一遇の好機とみたトレイスは、背を低くかがめながら後方へ疾走し、黒色砲弾を思わせる一撃をフェンリルの身体目掛けて放つ。
フェンリルも負け時と『羅刹金剛』放つ体勢を構える。
勝負は、一瞬だった…。
トレイスの放った槍の一撃は、フェンリルの左肩から左腕を吹き飛ばし、フェンリルの放った『羅刹金剛』は、トレイスの心臓を貫いた…。
永遠とも思わせる静寂の中、トレイスがその静けさを打ち破るように倒れる。
フェンリルは、『羅刹金剛』をトレイスの胸部から引き出すとトレイスに近ずく。
「へっ……、ま…だ動けんの…かよ、何食えば…そ…んなデタラメな…身体つくれんだ? 教えろよ…フェンリル」
 トレイスの疑問の答えは、横に払われた『羅刹金剛』の鈍い光をもって、永遠に機会は、失われた…。





彼にとっては、致命的な傷であった。
元より彼の身体は、呪印により不死体となっている。
大傷を負おうが痛みを感じない身体、流血しても寒さをものともしない身体…。
そのような身体が羨ましいと思える者がいれば、それは、浅はかな考えしか持たない奴か、不死者に対して特別な思い入れがあるものだけなのであろう…。
 自分自身の身体が斬られ流血している。
それなのに痛みはなく、又傷口が腐っていくことも感じない…。
あるのは、彼の心の奥にある、溶岩のように真っ赤に煮えたぎった闘争心…。
 そして、それさえも『羅刹金剛』の呪印の一環であった。
『羅刹金剛』を振るうたびに、彼の身体と精神は、呪印という透明の鉤爪により、裂かれ、えぐられ、穿れ、斬られる…。
気が付けば、彼は『羅刹金剛』のオブジェと化していた…。
今、彼の身体を占めているのは、『羅刹金剛』の呪印により何倍にも膨れ上がった病的なまでの闘争心だけ…。
 言わば、『羅刹金剛』に洗脳された戦闘殺戮兵器……。
そんな、フェンリルにとってトレイスの放った一撃は、目を覚ますに足りる痛恨の一撃だったのだ。
 それがわずかの間だけ男に許された最期の自我だった…。



「レイミア……」
フェンリルの目の先には、『天界』で静かに暮らしているはずの銀色に輝く剣を持った騎士が立っていた。
それがかつての『地球界・マイトレウム聖戦』とも言われている戦争で、フェンリルが唯一背中を預けた戦友であり、又、恋人でもあった。
 フェンリルは、自分の身体が満足に動かせないことに気付き自身を省みる…。
そこでフェンリルは、自分の身に何が起こったのかを知った。
右手に握っている『羅刹金剛』…。
まがまがしいというより神々しいに近い輝き…。
それが見る者を誘惑し、『邪界』に突き落とす為の巻き添えだということは、フェンリルには、十分すぎるくらいわかっていた。
それを理解しながらも彼は、剣を取った。
聖戦を早く終わらせる為に…。
苦しむ人々を一人でも多く救う為に…。
その後の記憶は思い出すことができない…。
右目から突き刺さった矢が脳を傷つけた、傷ついた場所は、記憶を司る場所…。
つまり、彼は、過去を思い出すことができない
それは、不可能という範疇である。
それでもかすかに傷つかず残っていた脳が、彼の記憶を呼び覚ます。
決して笑うことのなかった騎士…。
想像を絶する苦悩を持ちながらま泣き言一つ言わない騎士…。
そして、誇り高き理想たる騎士…。
彼女が今無表情で俺を見つめている。
否、他人から見れば無表情に見えるだけ…。
(おい、おい…やめろよ、そんな顔するなよ、これは、自業自得なんだってば!
 沢山殺してきた奴の哀れな末路…、だからお前がそんな顔することないんだってば……
 そか…、お前のことだ、責任感じてるんだろ? バカだなぁ。まぁ、お前をそんな顔させちまった俺が一番バカか……。)
トレイスは口元に微笑を浮かべた。
それは、彼女の知っていた男の顔だった。
「……トレ……イス?」
 口汚く互いにののしりあったが裏を返せば、それだけお互い気の合った者同士だったのかもしれない…。
フェンリルは昔からの悪友の槍を受け、一時の自我を持つ事ができたのだ。
だけど、それが彼女にとって無性に悔しかった…。
トレイスは、何事か呟き自分の身体を見下ろす。
そして、空を見上げる。
トレイスの目には、理解の光が灯っていた。
(そうか、俺やっぱり剣に飲まれちまったんだな…)
その目がそう語っていた。
 レイミアが幼かったとき立てた誓いにうむを言わずに着いて来てくれた。
いつの頃からだろう…フェンリルがレイミアにとってなくてはならない存在になったのは…。
いつの頃からだろう…レイミアを愛しいと思い始めたのは…。
(できることなら、俺も『天界』に逝きたかったよ…レイミア)
そして、フェンリルは、ゆっくりレイミアを見つめ、微笑を浮かべると右手に持った『羅刹金剛』で自身の身体を斬り裂く…。
二度と立ち上がれないように…。
二度と剣を握れないように…。
二度と『邪界』で目を覚まさないように…。
レイミアは、唇を噛み締めながら叫ぶ。
「邪界人・フェンリルは敗北を認め、自ら命を絶った! 我々の勝利だ!」




死後空間の中央地…、ここに長期にわたる悪鬼との死闘は幕を閉じた。
仲間の死をいたわり、涙を流す騎士達もいれば、勝利の余韻に酔いしれ、剣を振り回す騎士達もいる…。
そんな中、メルキセデクは身が切り裂かれたフェンリルの所へいた。
「なんと酷い…、妖刀に過去を呪われた者を利用するとは…。『導く者』を狙ったのも全ては『邪界を統べる者』…。この悪行…、決して許しませんよ!!」
 メルキセデクの拳が万力のように握り締められ、次第に血が滴り落ちる。
そんな、怒りの後姿の彼を見て、銀の騎士レイミアが言う…。
「彼は、私のために幾多の戦いを経て、今の今まで生きていてくれた…。そして、掛替えのないものを最期の最期で私にくれた…」
彼女は、一滴、一滴の悲哀な感情をこもった美しい涙を零しながら、フェンリルの顔をやさしく撫で、『最期にくれたもの』の答えを悟った…。



「人を労わる『清き人情』よ…」



邪界を統べる者は、フェンリルの死の膨大な悔やしみに耐えていた…。

……永遠の眠りに着いたフェンリル……

……我が忠実たる僕のフェンリル……

邪界を統べる者は、ついに激怒の感情をあらわにする。

……おのれっ!! なぜ、殺せなかったのだ!!!……

……なぜ、生きて帰ってこなかったのだ!!!……

……そして…、なぜ!?……

強気な感情が一挙に悲しみへと変わる…。

……なぜ、最期に『邪界』を嫌ったのだ!?……

……なぜだ!?…、なぜだ!?…、なぜだ!?……


そんな、悲痛の言葉を延々と繰り返し、自分の下した命令に大後悔をしていたのである…。
今の統べる者には、レイラスの存在などとうに忘れ去っていた…。
 その時、レイラスは一時、結界から目を覚ましていたのである。
そして、覚ました目に映る視点の先には、漆黒の闇に一人佇んでいるフェンリルがいた…。
「君がレイラス君か、思ったよりもたくましいな…。想像していた人物像とちょっと違っていたかな?」
「フェンリルさん! 聞かせてくれ! 俺は『邪界』に逝ってどうすればいいんだ!?」
その質問にフェンリルは、レイラスの眼差しを直視して断固、否定した…。
「君は『邪界』になんて逝くんじゃない! 統べる者にとことん利用され、誘われているだけだろ!」
 フェンリルの否定にレイラスは首を振って返答する。
「『邪界』に逝く真実はもう誰にも変えられないんだ…。『邪悪心』が既に蝕んでいるから…」
「それは違う…。君は今からでも『天界』に逝けばそんなもの、一刻もあれば克服できるはずだ! メルキセデク様はまだいらっしゃる…、一緒に逝くんだ!!」
レイラスは、彼の答えに猛反発した…。
「いやっ、克服なんてできやしない!! あなたは誇り高き『兵士』であった…、でも、俺ははたから見れば、邪者の操り人形国王にすぎないっ!! お互い、呪いの重みと立場が決定的に違うじゃないか!!」
 レイラスの理屈には決定付けるものがあった…。
フェンリルの場合は兵士であり、他者を守る為、妖刀に手をかざし、本来『天界』に逝くものを自ら破棄してしまったが…。
レイラスの場合は自ら破棄できない、否、破棄することができない…。
要するに端から別の理由があった…。
地球界のレイラスによって、苦の生活を送られていた一部の人々や部下に恨まれていた…。
その恨みは、正に不即不離…。
醜い憎悪の塊となった『邪悪心』は、永遠の賜りとなってレイラスの心に執着していたのだ…。
 つまり、今更その心を捨て去る事など、当の昔に置き去りにしてきてしまっていた…。
という事にレイラスが猛反発を起こした一番の問題でもあった…。
「いいんだ…、俺は『陥る身』であった…。 天界に逝くことなど、最初から未練の欠片すら感じないよ…。前に『導く者』が言っていた…。正にこれが『運命』だよ…」
 そう言うとレイラスは、微笑を浮かべ、地面にへたり込む…。
その、微笑の奥にくっきりとした不安感を感じ取るが、素直に思ったことをフェンリルが彼の目の前で言う。
「君は…」
 最後の一言をレイラスに言おうとしたが、レイラスは、瞬間的に漆黒の闇から消えてしまった…。
そして、フェンリルの後方から徐々に姿を現していくトレイスが、彼の肩を腕で組む。
「君はそのような人間ではない…」


「レイラス…。決して邪悪など装ってはいないよ…」

「もちろんだ! 邪悪者など存在しねぇよっ!!」

漆黒の闇は、さらわれるように消えていった…。

2006-04-15 02:55:30公開 / 作者:隻眼
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■作者からのメッセージ
初めまして、初投稿した隻眼です。

『第〜話』シリーズとして書いてきたいので、アドバイス、批判等ありましたら、お気軽におねがいします。
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