『漆黒の語り部のおはなし・6』作者:夜天深月 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 御機嫌よう。またお会いしましたね。おやおや、皆様揃いも揃って怖い顔していますねぇ。何か機嫌が悪くなるようなことでもありましたか? 特に前回に面白い解答を出してくれた、其方の貴女。すごく怖い顔になっていますよ。どうかされたのですか? 私でよければ話してみて下さい。
 ……はい、すいません。私が皆様の怒りの原因なのに、少し調子に乗りすぎましたね。
 ですが、前回解答を教えずに皆様を元の世界に帰したことは、そんなに怒れることでしたか? 私としては、解答を教えられなかったぐらいでそんなに怒るとは思わないのですけどねぇ。え? …………。なるほど、解答が気になって貴女は仕事に身が入らず上司に怒られてしまったのですか。……お気の毒と言いたいところですが、それは自業自得なのでは?
 さて、そろそろ今回の世の中についてお話ししたいのですがその前に質問をしましょうか。おっと、そんなに身構えなくてもいいですよ。単なる質問なのですから。そう身構えられては、こちらも質問しづらいですからね。それでは気を取り直して。
 世の中には色々な方がいます。綺麗な人。醜い人。賢い人。狡賢い人。優しい人。厳しい人。感情的な人。冷静な人。明るい人。暗い人。器用な人。不器用な人。
 このように色々な人が世の中にはいます。それでは、皆様はどんな人が最も怖い人だと思いますか?
 それでは……そちらの貴男。貴男はどんな人が最も怖い人だと思いますか? あ、言っておきますが『正解』はありません。人それぞれ価値観が違うので、それぞれの『答え』があるだけです。ですので、どんな答えでも恥ずかしがることはありませんよ。
 それではそちらの貴男。どんな人が最も怖い人だと思いますか? …………。なるほど、貴男は争いを好む人が最も怖い人だと思うのですね。結構ですよ。人それぞれ価値観が違うので、それぞれの『答え』があるだけなのですから。『正解』はありません。
 それでは、色々な世の中を見てきた私の『答え』を教えしましょう。私が、最も怖い人だと思うのは―――心に仮面を被った人です。今回はそんな人が出てくる世の中です。
 さて、そろそろおはなしを始めましょう。
 おはなしの始まり、始まりぃ。


第六の世の中『暇潰しと最高の玩具』


 教室での放課。
 高校受験も、もうすぐある冬休みが終えたら直ぐに迫っていた。だが、せめて放課だけでも、と言い訳するように授業と授業の間にある放課は息抜きするようにほとんどの者が談笑している。喋って、聞いて、戯けて、笑って、そんな風にして教室を明るい色で彩っている。
 そうやって談笑しているのが大半で、真面目に高校受験の勉強をしているのと読書をしているのが少数。そして、自分の席に座って窓の向こう側を眺めているのが一名と、その一名に話しかけているのが一名。その二名が、畠山 祐一と柏 恭二だった。
「空を見てて、面白い?」
 恭二が、祐一に話しかけた第一声だった。親しい者に掛けるような声で、でも馴れ馴れしい感じはしない不思議な声だった。眼にも親しげな笑みを浮かべている。
 窓の向こう側に視線を向けていた、祐一の視線が恭二へと移る。能面の小面のような眼で数秒ほど一瞥したが、直ぐに窓の向こう側へと視線を戻し、
「……べつに」
 呟くように恭二の問いかけに、答えになっていない答えを返した。声にもどこか、気怠そうな感じが含まれていた。
 恭二は、苦笑いをした。
「べつに、か……。それ答えになってないぞ」
 まあ、無言よりはマシなんだけどね、と恭二はまた苦笑いをした。
 すると祐一はそれを咎めるように、恭二をジロッと見た。相変わらず、気味の悪い能面の小面のような眼で。
「無言よりマシなら、べつにと答えただけ良いだろ?」
「ま、まあな……」
 恭二は、あまりにも的確な祐一の物言いに思わずたじろいだ。そして、苦し紛れにか困ったような笑みを浮かべて、右手で頭をガリガリと掻きむしった。
 瞬間、鋭い視線が恭二を射た。笑みの浮かんでいた目が、一瞬で凍り付いた。
 その鋭い視線を射たのは、祐一だった。能面の小面のような無機質な視線とはうって変わり、鋭く冷たい視線を射る般若に変わったかのようだ。
「ねえ、一体なにしに僕のところに来たの?」
「……何って、ただ単にお喋りしに来たんだが」
「へえ、今まで一度も喋った事のない奴と? 友達でもない奴と?」
「…………」
 教室には、いつの間にか恭二と祐一の二人だけになっていた。次の授業の音楽で、皆音楽室へと行ったからだ。恭二も祐一も、段々と談笑する声が消えていき皆音楽室へと行ったのだ気付いていた。だが二人とも成績優秀というやつなので、こんな大事な時期でも一回送れても平気だと思っている。
 今、教室には恭二と祐一だけしかいないからか、二人の間にある沈黙はより際だっていた。そして、祐一の問いつめる言葉に、恭二は言い返す言葉が直ぐに出てこなかった。
「次に、なんで来たの?」
「…………」
 沈黙が続く中、祐一は尚も問いつめた。しかし、返ってくるのは無言。恭二は一向に喋ろうとしなかった。まるで、口に硬い鍵を掛けられてしまったかのように彼は喋らない。
「……もういい。そろそろ、音楽室行かないといけないから。それじゃあ」
 今まで射ていた鋭い視線を外し、祐一は立ち上がった。そして、机の中から、筆記用具と教科書を取り出す。その筆記用具と教科書を取り出す様が、どこか荒っぽかったのは何も答えない恭二に怒れたのだろう。
 恭二は、なにもせず祐一をぼんやりと見ていた。最初に、眼に浮かんでいた笑みは消え去っていた。まるで、今さっきまであった花畑が一瞬にして砂漠となったかのような、そんな錯覚を覚えさせる。
 祐一は、そんな恭二を一瞥したがそのまま立ち去っていった。恭二、祐一と沈黙だけがある教室に祐一の立ち去っていく足音が響く。
「暇潰し」
 祐一が、教室の出入り口手前に差し掛かった時だった。背後から、恭二の呟いた声が聞こえた。その声は、温かくも冷たくもない空気のようだった。
「暇潰しだ。お前のところに来たのは。来た理由も、暇だったから」
 再生機のように、一本調子に恭二の言葉は続いた。どこか、不気味さも感じてしまう。
 祐一はその言葉を、振り向きもせず淡々と聞いていた。聞くだけなら、恭二を視界に入れる必要など無い。そんな考えが、祐一の態度から感じ取れた。
「……暇潰しって漠然に言ったけど、具体的には何をするつもりだったの?」
 祐一は訊ねた。そして、背後から息を吸う気配を感じた。
「お前の内側を見るつもりだった」
 声が響いた。恐怖さえ抱いてしまう、その声が響いた。



 教室での放課。
 冬休みを終えただけで、随分と放課の景色が変わった。もう談笑する者などおらず、皆真面目に受験勉強に取り組んでいる。数式、年号、歴史人物、ことわざ、熟語、英語。それらが言葉となって、忙しく教室内を行き交っていた。
 でも、畠山 祐一はのんびりと窓の向こう側を眺めていた。冬休み前と変わらず、のんびりと窓の向こう側を眺めていた。そして、相変わらず能面の小面のような眼をしていた。
「よう、また空を見てたのか?」
 親しい者に掛けるような声で、でも馴れ馴れしい感じはしない不思議な声。
 それが聞こえた途端、誰が此処に来たのか祐一は悟った。
―――柏。
「空なんか見てないって。僕が見てるのは雲だ。いつも言ってるじゃないか、柏」
「そうだっけ? まあ、空も雲も同じようなもんだ」
 恭二は快活に笑った。それを祐一は見て、呆れたように歯の間から息を吐いた。
―――いつからだろう?
 ふと、そんなことを思った。いや、考えるまでもない。こいつが、近寄り始めたのはあの時―――つい一ヶ月前の放課だ。あの時を境に、僕とこいつは放課の時によく喋るようになった。友達になったわけではない。こいつは僕の内側を見たがっていて、僕はそれを暗黙の内に許可をしている。たったそれだけだ。
「どうした、祐一? なんかボーッとしてたが?」
「……いや、なんでもない。ついでに言うけど、下の名前で呼ぶな」
―――なんで許可をしている? 何をしようとしている?
 僕は、こいつにそう聞かれたら考えた挙げ句こう答えるだろう。
―――暇だから。そして、お前の内側を見ようとしている。
 暇だから。そんな下らない物でも、理由は理由だ。そして、興味が湧いた。心に仮面を被っているこいつに興味が湧いた。だから、こいつの内側が見たい。心に仮面を被っているこいつの内側を見たい。
「え? なんでだよ? べつに良いだろ?」
「良くない。下の名前は、あんまり好きじゃないんだ」
「なんだ? もしかして、昔祐一って名前をもじって裕ちゃんって呼ばれてたのか? うわー、メッチャ恥ずい!」
 恭二は、勝手な妄想を展開して勝手に盛り上がった。
 祐一はそれを冷めた眼で見たが、やがてフッと微笑んだ。その笑みは、一ヶ月間嘘の笑みを浮かべている恭二を見て覚えた嘘の笑みだった。
 仮面を被るのなら、こちらも仮面を被ろう。なあ、柏。お前の内側はどうなっている?



 夕日で、全てがオレンジ色に染まる頃。
 祐一は、一人で帰宅をしていた。だが、一人でいることが苦だとは祐一は思っていない。祐一は一人でいることが楽だと思っていたし、他人を簡単に信用できる人間ではなかった。もしかしたら恭二は、人を信用できない祐一の内側に興味を持ったのかもしれない。
 住宅街の道を暫く祐一は歩いていたが、目の前にある十字路を右に曲がり進んでいく。すると、右から左へ、左から右へと忙しなく車が行き交う車道へと出た。この車道を渡り車道を沿って右に歩いていけば、後五分程で祐一の家に着くだろう。しかし、車道を行き交う車はかなり多くて、なかなか渡ることが出来なかった。
 祐一はいつものことだから、何もせずに気長に待っていた。ボーッと突っ立って、行き交う車を自然と目で追った。
―――あ
 ふと、行き交う車の合間から、車道を渡ったところに人影―――恭二が見えた。行き交う車が邪魔して見にくいが、祐一から見て恭二は車道を沿って左から右へと歩いていた。
―――今だ。
 そんな言葉が脳内に過ぎった。今なら、あいつの内側を覗ける。そんな気がした。
 運までも味方をしてくれたのか行き交う車が段々と少なくなって、車道を渡れるようになった。勿論、祐一がこの好機を逃すはずがなかった。祐一は、思わず走り出して車道を渡った。喜びに満ちた、笑みを浮かべながら―――そして、その笑みは一瞬で凍り付いた。
 視界を邪魔する車が消えたことにより見えた物は、全く想像していなかった物だった。
 恭二の左側、つまり祐一から見て恭二の向こう側に小柄で、短髪の少年がいた。祐一と同じ制服、色で学年を識別する名札が祐一と同じ色だった。つまりその少年は祐一と同学校に通う生徒で、祐一と同学年ということだ。だが、その少年を見て祐一は驚いたわけではない。恭二が、自分の他に内側を覗こうとしている奴が知っても不思議ではなかった。
 驚いたのは、恭二がその少年に対して浮かべていた笑み。無邪気で、明るい笑みだった。祐一は、直ぐにそれが祐一の本当の笑み―――祐一の内側だと解った。
 祐一は頭の中が真っ白になった状態でも、防衛本能が働いたか車道を知らぬ間に渡りきっていた。だが頭の中が真っ白なことは変わりなくて、目の前にいる恭二と少年に話しかけることが出来ない。身体の主導権が奪われたように、身体が動いてくれない。
「恭二、知り合い?」
「ああ、まあな。……翔、悪いけど先行っててくれるか?
「ん、いいよ。じゃな」
「おう。じゃな」
 嗚呼、恭二と少年―――翔が僕を不思議そうに見ながら、喋ってる。翔って奴が小走りで去っていく。なあ、恭二なんでそいつには内側を見せてるんだよ?
 祐一は、今目の前にいる恭二を虚ろな目で見つめる。そんな祐一を見て、恭二は、
「全部暇潰しだ」
 嬉しそうな笑みを浮かべて、囁くように言った。まるで、祐一の心を読み取ったように。
「ハッキリ言って、お前の内側とかどうでもいいんだ。俺にとって大事なことだったのは、お前が俺の手の平で俺の思い通りに動いて俺を楽しませてくれることだったんだ」
 声は続く。祐一は、その声を聞いて悟った。全部計算だったんだと。祐一に近づいたことも。嘘の笑みを浮かべていたのも。そして今日、態と内側を晒して翔と一緒に帰っていたことも。全て、恭二の計算だったのだ。
 呆然と立ち尽くす祐一を、恭二はまた嬉しそうに笑った。そして、
「お前は最高の玩具だったよ」
 その一言を言った。
 祐一はふと正気に戻って恭二を見ると、嘘の笑み―――仮面を被っていた





 皆様どうでしたか? 今回の世の中は。正直このおはなしを聞いて、仮面を被っている人が最も危険な人だとは全く思わなかったでしょう? はは、結構ですよ。
 でも、私の話を聞いて頂けないでしょうか?
 人は皆、絶対に内側を隠します。ですが、大半は表に晒け出している。だから、信用することができるんです。ですけど、心に仮面を被っている人はどうでしょう? 内側を全く去晒け出してない人はどうでしょうか? 騙されて、利用されて、捨てられてしまう。こうなってしまうのが、ほとんど―――いや、絶対でしょう。
 どうです? 怖いと思いませんか? 仮面を心に被っている人は。
 さて、そろそろお別れの時間ですね。ですが、その前に何故私が皆様を此処に来させているかという答え教えましょうか。おやおや、そんなに嬉しいですか? そんなに騒いでいたら私の声が聞こえませんよ。……途端に静かになりましたね。まあ、いいでしょう。
 何故私が皆様を此処に来させているかという答え。それは―――皆様に世の中を教えたいからです。たったそれだけです。質問などは、またお会いした時お願いしますよ。
 それでは、さようなら。また会いましょう。
2006-03-15 20:50:57公開 / 作者:夜天深月
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