『アインの弾丸 上』作者:祠堂 崇 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角45478文字
容量90956 bytes
原稿用紙約113.7枚




 世界は回る。回って回って狂うぐらい。
 終わることのない繰り返し。永劫。それはいつまでも続くもの。
 誰しもが知らない世界。
 誰しもが欲しがる世界。
 永劫はどこにもない。なのに言葉に在るのはどうしてでしょう。
 人は誰しも永劫を望む。
 永劫を生きる者は金も名誉も手に入る。永劫に。永劫に。
 でも、形の無いそれをどうやって手に入れるのでしょう。
 最後までそれを切望し、哀願し、そして……滅ぶ。
 私にはそれが切ないのです。哀しいのです。
 誰も永劫になどなれないのに、誰しも信じる。求める。
 私は涙流してそれを見つめる。時に文明となり、時に戦場となり、時に悲劇となる世界を私は見続ける。
 悪夢でしかない世界を、見つめ続ける。
 誰も求めなければ、永劫など存在すら信じられないで済むのに。
 世界は戦う。
 世界は争う。
 世界は奪う。
 そして、死ぬ。終わってゆく。その先は、無い。
 私は涙を流す。私には世界に触れることを赦されない。
 だから、唄いましょう。
 せめてこの存在を信じる誰かを愛するために。
 くるくる、クルクル、狂々。
 いつまでも繰り返される唄。
 さぁ、唄いましょう。
 永劫に、
 永劫に、

 永劫に―――――――















 Prologue     壊れた世界に音色は踊る





 キーン、

 弾かれたコインの小気味良い音が、夜の街に染み渡る。
 背の低い家が広がる学園地区。はるか向こうは光の奔流ともいえるほどのビルの輝きがちらほらと見えている。
 大都市と呼ばれる東京だけあって、区分された向こうのオフィス地区は二十四時間関係なしに眠らない。百メートル超の高層ビルがひしめきあう。空から見れたなら、きっとイルミネーションが作り出す天の川は、とても目を奪われる光景だろう。
 逆にこちらは民家と学園が密集するため、夜が深まると恐いぐらいの静けさと暗闇の世界に一変する。
 しぃんと静まり返った街並み。まるでゴーストタウンだ。
 誰も居ない学校の校庭。その中心に立っている青年は指で金のコインを弾いて暇を持て余していた。
 気持ちの良い音が繰り返される。何度も、何度も、コインの弾かれる音が木霊する。
 ふと、その一定の音階が止む。しぃんと静まり返った中に、人の気配が加わった。
「……さすが、でも五分前行動の女性は可愛げがなくなるけどねぇ」
「秒単位で定刻通りです。貴方こそ時間前行動をされるとは珍しい」
 青年の皮肉に、身も蓋もない凛とした声が返ってくる。
 金糸の髪を後ろで束ねた長身の青年は振り向く。
 そこに居たのは、突拍子もない姿であった。黒いワンピースの上からフリルのついたエプロン、いわゆるメイド姿の女性。
 後ろで纏めた黒髪にヘッドドレスを着けた綺麗な相貌。履いているのは膝下まで伸びるダッシュブーツ、少々足元が異常だが、なぜか女性と綺麗な調和を成っていた。ただし、今日びのオタクから離れた、一切の笑顔のない澄ました顔。
 かくいう青年も場違いという意味では同じだった。なんせ着ているのはタキシードだ。
 白いシャツに黒のスーツ、同じく漆黒のネクタイとサングラス。傍から見れば、マフィア気取りか喪中の意味を履き違えたか。それに、青年のほうは口元がにやけている。厭らしい類というより、常に小馬鹿にしたような曖昧な微笑。
 双方、場所を間違えた格好の二人。それでも闇夜に降り立つ二人の独特の気品が変とは言わせなかった。
 青年は指先でコインを弄りながら、女性に歩み寄る。
「で。解っちゃいるけど、どういうことなんだい?」
 珍しく話をこじらせなかったことに薄く驚きと疑念を抱いて、女性は口を開く。確かに余計なツッコミを入れて、『じゃあ、片っ端から話の腰を折りまくってあげよう♪』とか言われるよりはずっとマシだ。
「新たに適正の見られる人間が、居ると」
「うん、それは聞いた。で、どうして僕にそれを教えてくれるわけ? あ、もしかして遂に僕のメイドさんになる気に――」
「それはありません、有り得ません」
 すっぱりと言い切る女性。青年はちょっぴりうな垂れた。
「私が仕えるのは、御嬢様ただ一人に御座います」
「あっそ……その気になったら言ってね、僕は大歓迎だから」
 楽しそうに口元が笑う。女なら誰でもいいくせに、と言いたいがそれを堪えて睨むぐらいの無表情で女性は答える。
「適正が有るとは言え、契約を果たさなければ人間でいられるのです。しかし今、東京には適正者が多すぎるほど存在しています。仮にこれ以上関与し、オーラム・チルドレンを増やすつもりならば御嬢様も貴方を殺すと仰っております」
「物騒だねぇ、お姫様がそんな言い方しちゃダメだって伝えておいてよ」
「貴方に言われる筋合いはありません」
 迷い無き冷たい言葉。青年は肩を竦めた。
「別に僕は僕の意思でやっていることだしねぇ……無差別にやっているわけではないさ、覚醒めさせる相手は選ぶよ」
「だとしても問題です、貴方の場合は契約した者を野放しにするではないですか。ライオンを檻から放すようなものです」
 ふ、と青年は笑みを漏らす。その些細な態度にも苛立ちを覚える。
「詭弁だね、覚醒めさせたオーラム・チルドレンを侍女にしている君のお姫様はどうなるのかねぇ。形は違えど君達としていることは同じだ。僕の場合、スカウトが一等性に合っていたってだけさ」
「……」
 女性は言葉を選び損じる。確かにそれは正論であった。
「それに、僕自体は誰が適正するかなんて判らないしね。そもそも適正のある人間が居ると言ったのは君じゃないか」
 悠長な口振り。指先でコインを弄り続け、その視線は指先もコインも見ていない。虚空ばかり見つめている。
 女性は、この瞬間の虚空を見つめる青年が一番恐かった。何を考えているのか、解らない。
「で……もしこれ以上スカウトして回ったら、君はどうするんだい?」
 コインを手の平に握り、視線を向けてくる青年。女性も努めて冷静に答える。
「状況次第です。あくまで御嬢様と貴方は不可侵の間柄、場を弁えない輩さえ作らなければ支障とは思いません」
 しばし考え、青年は少しだけ声色を下げて窺うような視線を向ける。
「それは、お姫様が言っていたのかな?」
「不躾ながら、私の意でもあります。調子に乗らなければこちらから手を出すことはない、と」
 ふぅ、と青年は息を深く吐く。
「溜息を吐きたいのはこちらです。貴方一人のせいで我々《アマテラス》が危険に曝されるとあってはなりません」
「《ツクヨミ》と敵対するのはいいけどね、僕はあまり興味はない。対立戦争なら君達だけでやってくれよ?」
 女性は何も答えない。不承の返答はしないようにしているのだろう、良きメイド精神だ。
 コインを指で弾く。キーン、という音色がまた木霊した。
 女性はその小気味良い音色を引き金にし、目を伏せた。
「……言伝は以上です。あくまで不可侵である貴方と接触を過ぎるならば《ツクヨミ》が動きかねませんので」
「そのようだね、ここいらで御暇してもらおっかな」
「……? 何かなされるのですか?」
「え、僕かい? いや、そうだね……」
 特に考えての台詞ではなかった。確かに長引いていい接触ではなかったわけだが。
 青年は無思考を追及されて戸惑った。女の子にあんまり考えてない奴だと思われるのはさすがに辛い。
 見上げた先に、空を知る。
「星を見てから帰ろうと思うよ」
「格好つけるのは構いませんが、東京で星など見えるわけがありません。深夜には雨も予報されております」
 容赦の無い一言。
 曇り始めている空を見上げる青年を間抜けそうに一瞥し、女性は笑みも漏らさずに視線を外した。
 では、と小さく呟く女性。スカートの両側を指で摘んで、脚で会釈する。
 すると、そのままくるりと踵を返した瞬間、
 ザン!
 砂の地面を蹴ったような擦れた音が残り、女性の姿は跡形もなく虚空に消えた。初めからそこに居なかったかのように。
「お見事♪」
 もうそこに居ない女性へ賞賛を送るように、青年は愉快気に笑う。
 それから視線を上げる。
 曇ってきてしまった灰の空を見つめ、笑ったままの口元を動かす。
「さぁて、僕としては女の子の頼みを断るのは断腸の思いなんだけど……どうしようか?」

 キーン、

 手に収まっているコインが、弾かれたわけでもないのに音を奏でる。
 それを耳にして、青年はまた笑う。
 誰でもない虚空を嘲笑うように、小馬鹿にした笑みを浮かべて。
「そうだねぇ、僕が自分以外の誰かを信じるわけないじゃないか。甘い、甘いよ……」
 革靴で地面を踏みしめて進みだす。
「しかし、星空が見えないのは本当に残念だなぁ……そうは思わないかい? エルドラド」

 キーン、

 指で弾かれたコインの音が、闇夜に染み渡った。










 Bullet.?     転校生


 1


 七月の暑い入り。
 東京はその排気ガスによる気温が少し高い都市である。だとしても今日は随分と暑かった。隣りを歩いている若くて綺麗な女教師は澄ました顔でいたが、正直に言ってブレザーを着てきたのは失敗だった。
「……、先生」
「はいぃ〜、なんですかぁ〜?」
 ひどく間延びした声。本当に脱力してしまう声を聴きながら青年は自分の着ている服を摘む。
「ブレザー脱いでいいですか? さすがに暑くて……」
「あらあらぁ〜、御免なさいねぇ〜、もう脱いでも良かったのにぃ〜、先生ったらぁ〜」
 のんびりと微笑む教師。
 とりあえず青年はブレザーを脱いで腕に掛けた。それだけで随分と違う。
「貴方が入る一年C組はぁ〜、五階にありましてぇ〜、とにかく一番上の階の宿命であるぅ〜、日光ガンガンの部屋ですぅ〜」
 談笑のつもりなんだろうが、いかんせん舌足らずすぎて脱力しかしない。
 まあ、確かに暑いのは辛いが、夏である以上どこに居たって暑いときは暑いものだ。
「とぉっても手の焼ける子達ですがぁ〜、皆さんとっても可愛げある子達ですよぉ〜、C組の『C』はCoolの『C』ですぅ〜」
 ほんわかスマイルでそう言う女教師。
 悪い先生ではないのだろうと青年は思った。第一印象で人を決めるのは失礼だ。
「それにぃ〜、Cutupの『C』でしたりぃ〜、Crazyの『C』でしたりぃ〜」
「やんちゃは解るんですけど、狂ってるんですかそのクラスは……」
「あるいはぁ〜、Chameleonの『C』でしたりぃ〜」
「カメレオンって……確かに旨いですけど完全に生徒貶してません?」
「Chaffyの『C』――」
「?くだらない?ってあんたそれが教師の言う台詞かっ!?」
「あらあら、ツッコミ早いですねぇ〜、その調子なら英語の成績は安心ですぅ〜」
 あははー、と笑う女教師。
 前言撤回。もしかする以前に、キャスティングミスを起こしていると思う。
 少し沈黙を置いて、女教師は思い出したように視線を向ける。
「ところでぇ〜、本当にいいんですかぁ〜?」
「なにがですか?」
「転校先の学校ですぅ〜」
 のんびりしてはいるが、教師としての配慮は良く利くようだ。莫迦みたいな奴よりはどれほどありがたい事か。
「あ〜、いいです。いくらなんでもあんな学校からこっち来たなんて知れたらムカつく奴にしか見えないじゃないですか」
「県下トップの高校を僅か二ヶ月で蹴った生徒……ある意味ぃ〜、確かに先生もイラッときますですねぇ〜」
 なんとなく寒気を覚えた青年は話を変えたくなった。
「そういえば、校風とか校則とかあんま聞かずにここ来たんですけど、なんか変わったものとかあったりします?」
「……さりとなくムカつく言い方が込みでしたがぁ〜、そうですねぇ〜、特におかしな校風は無い極々ごぉ〜く普通の学園ですよぉ〜、昼食に屋上を使うも良しぃ〜、寮通い家通い選ぶも良しぃ〜、女子の制服は可愛いですしぃ〜」
 あ、と女教師は立ち止まる。
 青年もびっくりして止まる。どうもこのマイペースが読み難い。
「初めて聞くとぉ〜、首を傾げたくなる校則が一つだけぇ〜」
「首を傾げたくなる?」
「はいぃ〜、校則第一条ぉ〜、『生徒会は同期生徒会員の推薦を除いては立候補のみを起用』ですぅ〜」
「……は?」
 女教師の予想通り、青年は首を傾げてしまった。
 普通、生徒会は立候補なり推薦候補なりした生徒が学内の生徒全員の推挙によって選ばれる生徒を意味する。立候補した生徒がバンバン生徒会に入れるなら、そもそも推挙させる必要がないからだ。
 あるいは、生徒会に入りたくない連中が多いからそうなっているのだろうか。
「創設時から出来た伝統的な伝説だそうですがぁ〜、創設されたのは十五年も前なのでぇ〜、先生も詳細は知りません〜」
 そういう青年の思慮を見透かしたように、女教師はにっこりと笑う。
「まぁ〜、これからこの学園で生活すればぁ〜、嫌というほど解らされますぅ〜、今年の生徒会は凄いですからぁ〜」
(凄い……?)
 それは量がですか? とは訊けなかった。
「はいぃ〜、ここですぅ〜」
 女教師は振り向いた。
 廊下に連なる教室の扉。見上げたそこに、『1−C』と印刷された名札が掛かっている。
 新しい学園の、新しい教室。
 大した感動もなく、青年はそれを傍観する。これから舞台に上がる配役に加わるのだ。主役にも、悪役にも。
 女教師は手元のボードに目を通す。
「手続きが遅れて三時限目が終わったときにですがぁ〜、よろしいですねぇ〜」
「あ、はい」
「えーっと……可愛らしい苗字ですねぇ〜」
 青年は、すっと眉根をひそめる。
「反吐の出る苗字です。あんなのと同じかと思うと……」
 出来るだけ目を合わせないようにして、青年は言う。
 女教師は瞬時に理解し、それ以上の詮索をやめた。
「それでは恭亜君でいいですねぇ〜」
「……どうぞ」
 女教師はにっこりと微笑み返す。
 その時、予鈴が校内に鳴り響いた。
 どっとざわめき始め、扉を開けてスーツを着た男性が出てくる。灰の髪を撫で上げた閑静な面持ちの渋い男性だ。
「ん? 小早川先生?」
「すみません〜、ほらぁ〜、例の転入のぉ〜」
 短い単語で省略したが、男性はすぐに頷く。
「そうでしたか、では早めに切り上げて正解でしたな」
「あらあらぁ〜」
 簡単な談笑。
「それではこれにて」
 会釈し、ちらとこちらを一瞥。比較的鼻に突くことのない笑みを浮かべ、廊下を歩いてゆく。
「教師陣も良い方々ばかりですぅ〜」柔らかい微笑みを絶やさずに軽い補足をしてくれる女教師。「良き学園ですぅ〜、それから言い忘れてましたのでもう一個付足しておきますぅ〜」
「……?」
「C組の『C』はぁ〜」一瞬、その笑みに意地悪めいたものが混じった「Chainsの『C』でもありますよぉ〜」
 きょとんとする恭亜。
「ようこそ、紫耀学園へ♪」
 そう言い残して、女教師は教室へ入ってゆく。ふわり、と一房に結わえられた三つ編みから、甘い香りがする。
 青年はそこで立ち尽くす。目を細めて呟く。
「……Chains……?絆?、か」
 窓の外を眺める。
 曇ってしまっている空をねめつけて、
「点数は三角、単語としての用法では?束縛する?と間違われる……英語教師には向いてなさそうだな、あの人」
 誰にともなく、他人の決め台詞を採点してから教室に入った。


 恭亜は教室に入ると、ざっと辺りを見回す。
 整然と並べられた机。授業を終えたばかりで担任教師の闖入に驚いてまだ座っている生徒が多い。
 当然、全員がワイシャツ。男子は深い紅のズボンで、女子は純白のスカート。誰もブレザーなんて着ていない。
 それ以上に向こうは全員、何か奇異なモノでも見るかのような目でこちらを見ている。それもそうだ。同じ制服とはいえブレザー片手に入ってきた見も知らない人間まで担任と一緒に入ってきたとあれば、誰だって気にはなる。
 とある、一人を除いて。
 恭亜自身も気になった。
 それは、女子生徒だった。
 ただ、往来の日本人には無い奇抜な印象があった。
 なんせ、蒼銀の髪だ。蒼に近づきたい白銀の髪。首まで伸びたそれはぼっさぼさに乱れた長さ。ど派手にも程がある。
 しかもこの女子生徒、両腕を枕代わりでうつ伏せにしている辺り寝ているようだ。染めたって精々茶髪や栗毛なのが日本人だ。黒い頭の中で一色だけ白が混じっていると、一個だけ負けてあげるイジメ級のオセロみたいだ。
 白いワイシャツに、蒼の混じった銀砂の髪がとても映える。
 どう考えても、校則ぶっちぎりの奇抜な風体。だが覗いている腕が白く透いていて、異様さは無い気がする。
 明らかに浮いている景色の一部に恭亜が魅入っていると、不意に声が耳に入る。
「せんせ〜、その人だれっすか?」
 手を挙げてそう訊いたのは、四人程度で集まっている男子の集り。その、中心に居る茶髪が人工的な男子。
 栗毛の髪を結わえた三つ編みを左右に揺らして、女教師は黒板に一文書いている。どうも自分の名前だと気付くのに、五秒は掛かった。それだけ、あの女子生徒のインパクトが強すぎた。
 振り返って、女教師は微笑みながら答える。
「はい皆さん注目ぅ〜、大変なサプライズイベントですがぁ〜、今日転入生が来ることになってましたので紹介しますねぇ〜」
 のんびりだがソプラノの良く通る声に、教室がどっと騒ぐ。
 特に反響が強かったのは女子であったが、己のルックスについては相当鈍い恭亜は内心小首を傾げた。
 黒髪はとても艶めいていて、少しぼさぼさで結べそうな気もするが暑苦しさはない程度に切ってある。実際は容姿端麗と呼べる部類の恭亜だが、こと『異性に好かれる方法』を自覚しないため、恋愛は病的に疎いと言えた。
 恭亜は自然と、教室中の生徒の視線がどういったものかを見極めようと視線を巡らせた。もはや癖になってしまっている。
 女子の囁きがいまいちよく解らないが、男子の、特にあの集っている四人組みが気になった。
 その中心人物らしき青年。さっき訊いてきた男子の視線があまり良い意味を持っていない。つまり、睨まれているのだ。
 なんとなく嫌気は覚えるが、わざわざ転校初日から荒波立てるほどイベント好きではない。恭亜は視線をさらに巡らす。
 後はそれほど変わった生徒は居なかった。柄の悪そうな男子と、あの寝こけている蒼銀髪の女子ぐらい。
 女教師は振り返る。
「彼が転入してきたぁ〜」
 なんだか遅い口調に耐え切れず、恭亜は遮るように口を開いた。
「姫宮恭亜(ひめみや きょうあ)です。家庭の事情でこちらに転校させていただきました、どうぞよろしく」
 あまり使わない流暢な敬語。さらに自然な笑みを作ってみせると、きゃっと驚いた女子が顔を赤らめて目を逸らす。
 特に込めたる心情は無いため、なんで女子が目を逸らしたのか解っていない恭亜も内心で驚いた。
 瞬間、ちっと誰かが舌打ちをした気がした。
 反射的に視線を向ける。例の男子は周りの男子生徒にこそこそと話し合っている。
 何か引っ掛かるものを感じるが、傍らの女教師が口を開いた。
「他に何か言いたいことはありませんかぁ〜」
 どこかそのタイミングに人為性を感じたが、良いタイミングだったので感謝した。
「いや、特には」
「そうですかぁ〜、まぁ〜、転校生特有の質問の嵐は後ほどあるでしょうしぃ〜」
「そんな特別がられても困りますよ、実際みんなまだ全員の顔と名前一致してない人も居るでしょうしね」
 軽い冗談を挿むと、教室がまたどっと笑いに騒ぐ。
 懸念すべきことはあるが、なるほどボケればちゃんとした反応するんだなと恭亜は安堵の溜息を人知れずついた。
「というわけでぇ〜、これから頑張ってクラスの平均点上昇に大きく貢献してくださいぃ〜、恭亜君の席はぁ〜」女教師は指を差して、「あちらの空いている席ですぅ〜、席替えして空いた席なのでぇ〜、気になさらずにぃ〜」
 げ、と恭亜は声に出しそうになった言葉を飲み込んだ。
 指差している先にある、ぽっかりと空いた席。その右隣にはあの蒼銀髪の女子が居た。
 なんとなく言いたいことはあるのだが、それほど拒絶することでもない。決して転校初日から問題を起こすイベント好きの主人公にはなりたくはないから、これは辛いとカテゴリする確率ではないのかもしれない。
 恭亜はゆっくりと歩き出す。校風からかバックで来て構わないと言われたので、お気に入りの黒いバックを肩に掛け直す。
 どうも恭亜が座ったと同時に質問しようとしているのか、擦れ違う生徒達がうずうずとしているのが面白かった。
 そして、机の上にバックを置こうとした瞬間、

 隣りに眠っていた女子生徒が、いきなり半身を起こした。

 まるで、刺してもいないのに黒ヒゲ危機一髪が作動したかのような突然の動きに、バックを置こうとした恭亜は身が竦んだ。
 寝起きの意識の繋がりが生半可で、身体がビクっとした程度ならまだ驚くほどではなかった。彼女の場合、起きたと同時に恭亜を凝視していた。向こうも若干驚いたように眠たげな視線を見開いてこっちを見つめてくる。
 はっきり言って、その顔はとても綺麗で可愛らしかった。ぼさぼさの髪で目元が隠れてしまっているが、そんな程度では隠し切れない美しさがある。妖精のような、という前置詞が良く似合う可愛い相貌だった。
 ただ、バネ仕掛けのように跳ね起きた動きと、微動だにせずに凝視してくる行動の後なのがとても恐い。
 ひょっとして何か悪いことでもしたんじゃないのかと不安に駆られる。周りの生徒達も、固唾を呑んで見守っている。
 たっぷり十秒の停滞。
 やがて少女はゆっくり席を立つと、どこか危なっかしい足取りで歩きだした。良く見れば手や足に絆創膏が貼ってあるのが痛々しかった。ふらふらとした動きで教室を出てゆくと、安堵の息がそこかしこから聴こえた。
 なにが起こったのか分からない恭亜は、首を傾げながらも席に座る。
 恭亜の姿を見た女子生徒は、遅すぎるぐらいに近づいてくる。
「ねぇ君、姫宮君だっけ。こんな時期に転校って、どこから来たの?」
 それを引き金に、わんさかと生徒が群がる。一気に人の絶壁が出来た。
 監獄に閉じ込められた恭亜は微妙に嫌な気分になった。こういう目立ち方をするのがあまり好きではなかったのだ。
「ねぇってば。どこから来たの?」
 栗毛の髪を両端おさげにした、眼のくりっとした少女がまじまじと見てくる。にこりと笑うと、きっと覗く八重歯が可愛い。
 どうもこの社交的な愛くるしさを持つ少女がクラスのムードメーカーのようだ。皆一様にその質問の答えを待っている。
「いや、教えて引かれると困る」
「え〜大丈夫だよぉ〜、そんな堅っ苦しいのは抜き抜き♪」
 恭亜は少し本当に困った。
 こんなところで言っていいものか判らない。だが、言わない限り何か暑苦しいオーラは消え去ってはくれないだろう。
「いや――」
 だからといって、教えるわけにもいかない。これ以上ない言葉を出して、早くも浮いた存在になるのは御免だ。
「――あえて内緒にさせてもらう」
 作った笑み。
 おさげの少女は目をぱちくりと瞬かせたが、そう、と呟いて笑顔で返した。
 もしかしたら、今の作り笑いに気付かれたのかもしれない。『それには触れるな』と言われてると思ったのかも。
 なんとなく罪悪感を覚えたが、すぐに違う質問が来て紛れてしまった。
 趣味や得意科目、他にも色々と訊かれてはいたが、三時限目が終わった休憩時間だったため、すぐに予鈴が鳴った。
 教師が入ってきて、皆もすぐさま席に座る。
 初めから席に座っていた恭亜がそれを眺めていたら、予鈴が鳴り終わる寸前にあの派手派手しい少女は入ってきた。
 ただ、恭亜と違ってその派手な髪を三ヶ月見ている生徒や教師は見慣れているのか、大して奇異な視線を向けようとはしない。皆の流れに乗って自然な風に、しかし頭がふらふら揺れている少女は椅子に座る。当然、恭亜の隣りに。
 座るときに、また恭亜と視線が合った。
 蒼銀髪で少し目元が隠れた顔、とろんとしているがその相貌はやっぱり可愛い。白い肌に夜空のような瞳、正面から見ても銀の髪は良く合っている。かき上げたり結わえたりすればいいのに、と男の恭亜でも思った。
 だが、視線が合ったのはほんの一瞬、擦れ違いの瞬間だった。
 席に座ると、少女はいきなりうつ伏せになった。
 さすがに恭亜も驚く。まさかまた寝るつもりなのか。
「はーい、じゃあ授業始めるぞぉ〜」
 中年の教師が数学の授業を展開し始める。
 恭亜も事前に受け取っていた教科書をバックから取り出し、筆箱からシャーペンを取り出す。
 ここまでは、いい。
 後は、何も知られずに生活してゆけばいい。過去の因縁なんて背負う変わった境遇なんてまっぴらだ。
「……ん? そこの白い髪の子の隣りのお前は……」
「あ、今日来ました姫宮です」
「あ〜君かぁ例の――」
「授業……!」
 この中年教師、アレを言おうとした。咄嗟に恭亜は遮る。
 口を間抜けに開く中年。記憶の通りなら、確かこの教師も今朝の職員室での恭亜の黙秘について聞いていたはずだ。
 頭にくるぐらいの莫迦な教師。なんで遮られたのか分かっていないらしく、怪訝な顔をしている。
「俺のことはいいですから、授業お願いします」
「あ、ああ……そうか」
 遅すぎるぐらいに理解した中年はばつが悪そうに教科書を開いた。
 恭亜は失敗した、と思ったがすぐに自然な態度で流した。
 恥ずかしさから声を出したのかと思ったのか、皆何も不思議がらずに視線を戻す。
 ふぅ、と恭亜は息を小さくついた。
 大丈夫。大丈夫だ。
 なんのしがらみも無い世界に来たのだ。
 姫宮恭亜は、少しの懸念と少しの不安とを胸に、授業に没頭した。





 2


 四時限目が終わり、昼休み。
 席を立とうとした恭亜の元に、幾人もの生徒達が歩み寄る。
「ねぇ姫宮君、昼御飯は?」
 恭亜は視線を上げる。さっきのおさげ髪の少女だった。
「あ、どうしよっかなぁ……」
 実は恭亜は弁当の類は持ってきていない。そもそも学園の寮住まいをこっちに知れていなく、その手続きと荷物を入れるのに時間を食った。そのせいで三時限目の終わりに校舎に来るハメになったのだ。
「ここって購買とかあるのか?」
「もちろん、今年から購買が撤去されて本格的な食堂が出来たんだ。ワタシもそこだから案内しようか?」
「助かる」
 席を立つ恭亜。ふと視線を向けた先の蒼銀髪の少女は昼になってもまだ眠っている。
 むしろ呆れるぐらいの気持ちで視線を戻そうとしたとき、向こうの男子四人組と目が合った。
 すると、中心人物の茶髪の男子が口を開く。
「転入生は中々人気なことで。女の子に連れて行ってもらうなんて羨ましいぜ」
 嫌味を込めた口調で茶髪は言う。途端に三人も笑い出した。どうやらこの三人の男子、取り巻きのようだ。
「ちょっとカッコいいからって調子に乗りすぎるのも考え物じゃねぇ?」
「……、」
 恭亜は黙った。ここで波風立つ応答を繰り返すつもりはさらさらなかった。
 そうしている恭亜を見兼ねて、傍らに立っているおさげの少女がムッとした。
「檜山君、そういう言い方ないんじゃないかな?」
「べっつにぃ? オレはただ思ったこと口にしただけだし」
「でも、どーもワタシには嫌がらせにしか聴こえないんだけど?」
「オマエの気のせいだろ」
 辺りの空気が強張る。ひそひそと話し出す気配を物ともせず、おさげの少女が噛み付くような視線を向ける。
 まずったな、と口の中で呟く恭亜。
「なにオマエ、ひょっとしてそいつに惚れちゃった?」
 げらげらを笑う四人。
 あくまで抗議するだけのつもりだった少女は、感情の無い顔をする。
 前へ出ようとした少女を片腕上げて制する。
「別に俺はそんなつもりはなかった。知らないことを教えてくれることに感謝してるし、あんたの言い方が一般論だとも思ってない」
 そう努めて冷静な言葉で答えると、茶髪のニヤニヤした笑みがすっと消える。
「……なに偉ぶってんの?」
「だから俺はそんなつもりはないって。こっちも言わせてもわうけどさ、あんた……なにに怒ってるわけ?」
 ほんの一秒の沈黙。すぐに茶髪は立ち上がる。
 身長は平均としては少し高い。それでも恭亜とはあまり変わらない。
「……マジうっぜぇよオマエ」
 低く唸るように声を出す茶髪。
 すっと机を避けながら、それでも真っ直ぐと近寄ってくる。
 さすがにこれ以上は隠し切れないか、と恭亜が思った矢先、
 ガタン! と椅子の引く音が割って入った。
 文字通り、割って入ったのだ。なんせ恭亜と茶髪の男子との間からその音が鳴った。
 互いの視界に、蒼白銀の髪が映る。
 眠気眼の少女は、恭亜をじっと見つめる。
 睨んでいるのか、意識が覚醒しきってないのか、よく判らない虚ろな瞳。
 絡み合う視線はほんの五秒。銀の少女はすっと席を離れるとそのまま危ない足取りで教室を出て行ってしまった。
 それを見送る教室中の生徒。
 やがて、突発的な静寂に毒気を抜かれたのか、舌打ちをしながら茶髪は椅子に座り直した。
 と同時、しめたとばかりにおさげの少女が恭亜の腕を掴む。
「行こ」
 短く言う少女に、ああ、と答えて恭亜はおさげの少女に連れられて教室を後にした。


「ほんっと、失礼しちゃうよね。友達作らないならまだしも啖呵切るなんてさ」
 おさげ髪の少女、鵜方美弥乃(うがた みやの)はぷんすかと頬を膨らませる。
 廊下を歩く恭亜は、苦笑しながら美弥乃の背に声をかけた。
「いや本当、別に気にしてないから」
「でも……」
「いいスパイスの効いたイベントだったってだけだろ。お前まで気にすることじゃないって」
「……そっか」どこか不満そうだが、美弥乃は当事者の言葉だから素直に頷いた。「わかった、君がそう言うなら」
 美弥乃は気を取り直したようにはにかんだ。
 昼だけあって、廊下を擦れ違う生徒達は多い。
「そういえばさっき、本格的な食堂って言ってたな」
「うん、凄いよー」美弥乃は朗らかに答える。「なんせ改装設置されたのは今年、就任した三年部生徒会長が凄いのなんの」
 さっきの担任教師と同じことを言う。
「そんな凄い人なのか?」
「会えば解るよ、はっきり言って人間かって疑うぐらいワタシ達とは別次元の思考した人」
 あれ、と指を差す。その指先を追ったところに、寮がある。朝方訪れて荷物を運んでいたので、知っている。
「あの寮生制度導入も、購買潰して大規模で年中無休みたいな食堂造ったのもみんな今年の生徒会長の力。ある意味、ここの理事長以上の地位とそう言われるに見合うだけの実行力とバックボーン……もう一度言いたい、人間じゃあないね」
「確かに、俺にはそこまでする気力はないな」
「でしょ。もね、初代生徒会長はそれ以上だって聞いてたよ」
「初代……?」
「うん、初代」頷き返す美弥乃。「校則第一条のことは知ってるかな?」
 恭亜は記憶を呼び起こす。
「ああ、先生から聞いた。生徒会は立候補者のみ起用、だっけか」
「そう。普通おかしいでしょ? しかもね、なんと生徒会員に規約人数が設置されてないの」
「されてないの……!?」
 驚きに目を瞠る恭亜。
 それはつまり、その気になれば学園の生徒全員が生徒会員となってしまうことを意味する。
 あくまで生徒が生徒を統治するための組織だ。全員が全員を統治するなんて訳がわからない。
 だんだん思考が追いついていかなくなった恭亜を楽しげに笑う美弥乃。
「でもね、毎年こんな調子なのに、立候補する人が凄く少ないの」
「なんで?」
「したがる人がいないのよ」美弥乃はきっぱりと答えた。「要は後込みしちゃうわけ。生徒会長率いる三年部生徒会があんまりにも人間離れしたイベント考案するから、誰も生徒会に混ざる勇気が出なくなっちゃうの」
 まじすか、と呟く恭亜。
 ふと気になる言葉に気付く。
「ん……? 三年?部?生徒会ってなんだ?」
「ピンポ〜ン、良く気がつきました」
 美弥乃はぱちぱちと拍手する。
 ころころ表情の変わる子だな、と恭亜は内心で思った。
「実はこれも学園の名物システムらしくてね、生徒会にも担当する学年を区切ってあるの。三年の生徒会員は三年を、一年の生徒会員は一年を、ってね」
「それって……三年や二年は、一年生の生徒会員が何してるか知らないってわけ?」
「その通り、学年完全負担制。だから一年部生徒会がつまらないと、一年全体が凄くつまらないイベントになってしまうの。逆にイベント好きが集まる生徒会はそれだけ一生に残るようなイベント作ってくれるってわけ」
「それで相当の自信のある奴じゃなきゃ立候補しないわけだ」
 頷きながら納得の溜息を漏らす恭亜。確かに物凄いシステムだと思う。
「……じゃあ今年の三年部生徒会は」
「うん、良にも悪にもとんでもないってさ」
 その先の言葉を答えて、美弥乃はごろごろと猫みたいなくねり方をする。
「でもワタシとしては嬉しい限りだよ。寮制になって遅刻の心配しなくて済むし、朝も食堂やってるの。あそこ美味しいんだ」
 そうか、と苦笑して恭亜は廊下を進む。
 ふと、一人の生徒を思い出した。
「なあ」思わず美弥乃に訊いてしまう。「さっきの、派手な髪の奴って誰なんだ?」
「派手……あの銀髪の校則ぶった斬ってる子?」
 恭亜は頷く。
「あの子は蓮杖アインさん。一応言っとくけど、あれで地毛なんだって。当たり前のように入学当日に指摘されて、女性教師陣と一緒にトイレに行ってそれを証明したという伝説作ってるから」
「……?」地毛であることを証明するのになぜトイレ? と小首を捻る恭亜。「あいつってどんな奴なんだ?」
「どんな、と言われましてもねぇ〜」
 言い難そうに笑って、両開きのドアを潜る。
 その先の光景に、恭亜は感嘆の息を漏らした。
 距離にして百メートル。教室二個三個では足らないほどの大きなフロア。そこに教室の机よりも整然と並べられた白い横長テーブルがずらりと広がっている。もう写真で見る大聖堂のようだ。
 しかも、往来する生徒達もかなりの量だ。美味しそうなメニューをトレイに乗せてテーブルに座る。
「凄いな……」
「ほんと生徒会長サマサマだよねぇ〜、寄付金がバカみたいに凄い額だって噂らしいし」
「良く知ってるな」
「う〜ふふ〜」気味の悪い笑みを浮かべ、ポケットから黒い手帳を取り出す。「ワタシの情報ってば凄いよ〜?」
「ナニ情報だよ……」
「耳は長いのが自信ですよぉ〜」
 きっと八重歯を見せて意地悪な笑み。そのまま窓口に行って、仕事着の白いエプロンを着たおばさんに声を掛ける。
「おばさ〜ん、讃岐うどんネギ抜き汁だくホッカホカお願いしま〜す」
 身を乗り出すようにして元気に手を挙げる美弥乃に、はいよ、と答える四十代の女性。
「姫宮君は?」
 窓口の上に値段のついたメニューが書かれてある。
「んーっと……」恭亜は視線を上げ、愕然とする。「って、うどん一杯百円!? 安っ……!」
 あまりの驚きに、食堂のおばちゃんも苦い笑みを漏らす。見慣れた反応なのだろう。
 美弥乃も思わず苦笑してる。
「実はね、今年の生徒会長がうどん大好きなんだって」
「……、おいおいまさか……」
「うん。それでうどん類が激安価格。次の生徒会長が変えない限り讃岐うどんが餅入りでも百円で済むの」
「……なんて」
 学園だ、と心の内で呟く。
 とりあえず恭亜もうどんを選ぶ。良い感じに湯気を立てているうどんがトレイに乗って出てくる。
 ほこほこと湯気を立てるうどんで気付く。この食堂、ほのかに空調が利いている気がする。
「どんだけの金持ちなんだ、生徒会長」
「凄いの一点張りだね。学園の敷地を大幅に広げた上に、制服の新装、寮の建設、食堂の設立、プールを五十メートルに改装、第二体育館を造るって噂もあるし、他にも全部の教室に空調設備付けるとか」
 指折り数える美弥乃。
「億単位じゃないか……」
 もはや選ぶ言葉などない、凄すぎる。
 いくらなんでも三年しかいない場所をそれだけ徹底的に作り変えるなんて、どれだけ物好きなことか。
「変わってるなぁ……」
 思わず口から出る。肯定のつもりなのか、美弥乃もあえて何も言わなかった。
 席に座る。さすがに隣りはどうかと思ったのか、美弥乃は自然な流れで向かいに座った。
 箸でほぐしながら、美弥乃が視線だけ向けてくる。女の子の上目遣いはポイント高いですよとか恭亜は思ったが、堪えた。
「んでなんだっけ、蓮杖さんのことか」
 そういえば生徒会長の奇行話に忘れていたが、蒼銀髪の少女のことが気になっていたのだと思い出す。
 ずず、と麺を啜りながら、体育館並に高い天井を仰いで美弥乃は言う。
「最初の内はみんなも君みたいに驚いてたよ。でもあの性格だからね、みんなすぐに話の肴にはしなくなった」
「性格?」
「目の前で見たでしょ、あの通りナニ考えてるのか分かんないんだよね。いっつも寝てて、起きたら起きたでふらっとどこかへ行っちゃうの。顔はすっごく可愛いんだけど話しかけたら逃げちゃうし、彼女が喋ってる姿見たことないよ」
「……奥手ってオチか?」
「長く付き合えば判るかもね、いくらワタシでも三ヶ月で同性ラブラブフラグ立てるほど面白い趣味は持ってないよ」
「異性でも三ヶ月は無理だって」
 空笑いをする恭亜。
「……………君の場合そうでもなさそうだけどね……」
「は?」
 ぽつりと呟く美弥乃の声が小さくて聴き取れなかった恭亜は首を傾げるが、なんでもないと受け流された。どこまでも自分のルックスを考慮に入れない天然気質の恭亜君であった。
 麺を啜り、恭亜は思う。
「なんか、悪いことしたんかな」
 美弥乃も小さく頷いた。
 席に座ろうとした瞬間に凝視してきたあの行動。
 ひょっとして、隣りの席に座られるのが気に入らなかったのだろうか。
「気にすることじゃないと思うよ」美弥乃は真顔で口を開く。「ワタシの見解でだけど……蓮杖さん、悪い人じゃないよ」
「そうなのか?」
「うん。だって蓮杖さんも寮通いだからね、しかもワタシの隣室」
 学年だよりというパンフレットに書いてあったことを思い出す。
 寮区は学園の敷地並に大きく、一人一部屋の造りだ。
 シャワー室とトイレが共用である以外は五畳の部屋を独り占めというのがかなりのブルジョワ気分である。ただ、一目見て明らかに突貫工事じみていて、部屋同士の壁が薄いのが難点だとか。
「でも気になることはあるよ」
 うどんを啜っていた美弥乃は顔を上げる。
「気になること?」
「うん。夜になると全っ然静かなの。早く寝るのかなって思うんだけど、どうも出かけるみたいでさ」
「夜以降は外出禁止じゃなかったっけか」
 寮は許可無しで九時を過ぎたら門限破りで注意だそうだ。確かに奇妙だ。
 なんにしても、素行が悪い生徒なのかどうかは判らない。
「れんじょう、あいん……」虚空を見つめ、恭亜は言葉に乗せる。「……変わってるなぁ」
 落とすような恭亜の呟きに、美弥乃はにんまりと口の端を吊り上げた。
「気になるの? も・し・か・し・て」
「な、なんだよ……」
「べっつに〜?」
 うふふ〜、と笑いながら美弥乃は手帳を取り出して何か書いていた。
 凄く、恐い。
「変わってるというのは」なんだか恐くて仕方が無かったので、「お前も込みで言ってるんだけどな」
 仕返しのように言ってやると、手帳の上を奔っていたペンが止まる。
 熱心だった表情がちらとこっちを見る。
「……………君の中ではワタシは何属性なのかな?」
「耳年増。ついで八重歯っ娘」
 一瞬口をむぐ、と動かして沈黙する美弥乃。
 ざまぁみろ、と言いたげに恭亜はうどんを食べることに専念しだした。





 3


 六時限目。人知れず事件は起きた。
 科目は、体育。





「よっと……!」
 真っ直ぐと飛んできたボールを恭亜は避けた。
 縦に長い四角の中心を走る白いライン。二つの四角の中に区切られた生徒達がボールを投げ合い、取りこぼした生徒が外へ行き、外野の女子はきゃーきゃーと黄色い声を放っている。
 内容はドッジボールだった。
 というのも、どこもかしこも突貫工事の嵐でプール開きが予定より遅れ、本来プールをすべき生徒達があぶれたために仕方なくドッジボールとなった。まあ曇りだからいいか、と皆同意した。
 で、現状。
 後ろから来たボールを、難なくキャッチする恭亜。
「きゃ〜! カッコいい〜!」
「姫宮君頑張ってぇ〜!」
 という歓声がそこかしこから聴こえる。
 正直、やり辛い。
 ボールを外野にパスし、恭亜は周りを見る。つい、周りの状況を常に考慮に入れようとする癖が出てしまう。その洞察力こそがドッジボールに必要不可欠だということまでは考えていないのだが。
 ジャージ姿でボールを投げる生徒達。
 その姿をぼんやりと見つめていた恭亜はふと気付く。
 幾人か、人が少ない。
 男子が四人。女子が一人。
 檜山という男子の四人組と、蓮杖アインだ。
 恭亜にとって一番インパクトのある二組が光景に映らないのを不審に思いながらも、
「ほーらほらボサッとしてたら狙っちゃうよ!?」
 という声と共に横合いからボールが飛んでくる。
 だが、大したスピードが出ていない。
 恭亜はさっと横に身体を避け、飛んできたほうを見る。
 不意を突いて投げたのをあっさりと避けられたため、驚いて硬直している投げた体勢の赤いジャージに身を包む美弥乃。
 表情はまさしく、『げ……』。
 とりあえずどうしようかと思ったが、恭亜はふっと不敵な笑みを浮かべてみる。
 美弥乃はそれを見てムッとした。遊ぶと楽しいな、と恭亜は内心で笑った。
 考えるべきことが増えてはいるが、悪い学校ではない。
 すると、美弥乃が当てられ、最後に残った気弱そうな女子も当てられる。
「よっしゃ。俺らの勝ち〜♪」
「なによぉ、姫宮君が居てくれたからでしょう?」
「いやでも、俺らだって頑張ったよな!?」
「そーだぜ、俺なんか四人も当てたんだぜ?」
「四人とも女子ばっかだったじゃん」
 わいわいと騒ぎ遊ぶ生徒達。
 恭亜は汗ばんだ肌を腕で拭って、第三回戦を始めようとする輪から抜ける。
 すかさず気付いたのは、やっぱりというか美弥乃だった。さりとなく抜けようとしていたのに良く気付く。
「あれれ、姫宮君第三ラウンドは?」
「いや、ノド渇いたから少し抜ける」
「ん、行ってらっしゃ〜い」
 元気に手を振る美弥乃。
「ったく……ほんと元気な奴だなあいつ」
 苦笑しながら恭亜は水飲み場へ歩いてゆく。曇ってはいるが生暖かい空気の中を人並以上に動けば暑い。
 ほいほい避けるせいで、恭亜ばかり狙われた。まあ、ボールが二個三個無い限りは当たる気はしなかった。
 水飲み場を見つけ、恭亜は蛇口を捻り水を出す。
 ひんやりと冷たい水で顔を洗い、口に含む。喉を通る水の感触に、恭亜は深く息をついて落ち着く。
(……隠したものをそのままにしとくってのも辛いな)
 じゃばじゃばと流れ出る水の動きを見つめ、恭亜は目を細めた。
 気を取り直すように蛇口を締め、振り返る。
 その時になって、気付いた。
 振り返った先に、男子が立っていた。
 青いジャージを着た四人。いつの間にか居なくなった檜山とその取り巻きだ。
 瞬時に恭亜は警戒を意識した。相手は四人、こっちは一人、誰も来ない。となれば危機が孕む状況だと推測した。
 檜山がにやにやした口元を動かす。
「姫宮、だっけか……オマエ」
 あえて声をいくらか小さくして言う檜山。
 恭亜は少し揺らいだ心を、すぐに正常に戻す。
「そういうあんたは、檜山だったよな」
「ああそうさ。クラスの悪者扱いの檜山皓司だよ、人気者の姫宮君」
 嫌味を込めた物言い。だが恭亜は努めて冷静に口を開く。
「なにか用か?」
 檜山はちらと仲間内と視線を合わせてから、こっちを向いて鼻で笑う。
「別に。深い意味はねぇのよ、言いたいことがあるだけさ」
「……なんだ?」
 檜山はゆっくりと近づき、いきなり腕を伸ばした。
 対応できないことはなかったが、荒いことを受け流すにはまず大人しくするべきだ。
 ぐっと胸倉を掴んだ檜山は、打って変わったような冷ややかな目つきで言う。
「解ってんだろ? オマエ、うざいよ。たかが三ヶ月遅れで転入したぐらいでさっそくクラスの人気者ぶっちゃってよぉ」
 これ以上息が詰まる思いはしたくない。恭亜は片手を檜山の腕に掛ける。
「良識あるところから来たからな、たった半日で引かれるほど柄は悪くないさ」
「……テメェ、マジうっぜ」
「別に? 俺?も?ただ思ったこと口にしただけさ」
 嫌味を込め返した恭亜を睨む檜山。
「調子乗んなよ? オレの親は警察の官僚だぜ、テメェをここでボコったっていくらでも揉み消せるんだ」
 ぐっと胸倉を掴む手に力を入れる檜山に、恭亜は冷静に溜息をつく。
 恐くは無い。
 正直、面倒臭くなってきたのだ。
「あんたの親も警察の人間か……」
 そう呟くと、檜山は眉根をひそめた。
「んだよ、テメェもかよ」口の端を歪ませて暗い笑みを浮かべる。「階級どこだよ。精々がノンキャリの下っ端だろ?」
 げたげたと笑う四人。
 恭亜は、あわよくば最後まで隠しておこうと思っていたことを口にした。完全に頭にキた。
「総監」
 途端に、檜山だけ笑い声をぴたりと止めた。その檜山の変化に気付いて三人も怪訝な顔をする。
「……は?」
 聞き返すように言う檜山へ、恭亜は見下ろすような視線で答えた。
「俺の親父は警視総監だよ、悪いけどキャリアらしいし」
 ソーカン、の意味が解っていない三人と違い、檜山は絶句している。
「官僚だっけ、あんたの親。なら解るよな」恭亜は平淡な声で続ける。「三日もあればあんたの親をクビに出来る立場だ」
「う、嘘だろ……っ?」
 檜山は畏れ多いかのように身を退く。
 皺の出来たジャージを伸ばして戻す恭亜を睨む檜山は指を差す。
「嘘じゃないさ、姫宮の名前出せば解ることだよ。ちなみに俺がどこの学校から来たか教えてやる」だが恭亜は有りのままを答える。「あまり言いたくなかったんだけどな、楓鳴帝学院だよ。あそこから来たんだ」
「ふうめい、っ……!」
 完全に檜山は言葉を失った。
 恭亜が口に出したのは都内でも県下トップの学校の名前だ。自然な形での入学すらないと言われるまでの日本最高峰のエリート学校。確かにここも進学校としては有名だが、あそこを推薦無しで選ばれる人間はもはや神である。
 信じられない、と言いたげに後退りする檜山。得体の知れない存在に畏怖しているのだろう。
「……戻っていいかな?」
 わざとドスの利いた声を出す恭亜。
 取り巻きが頼りなく檜山に耳打ちしている。
「檜山、どうすんだよ……」
「あん!?」
「なんか偉いんだろ? ボコったらやばくね?」
 という言葉を耳に、檜山は幾分か冷静さを取り戻したように胸を張った。取り巻きに格好悪い姿は見せられないのだろう。
「ふんっ……どうせハッタリだろ。それに、もし本当だとしても手ぇ出したら問題になるだろうな」
「なんないよ、絶縁してるからあいつはきっと些事にすら思わない」
 恭亜は即答する。
 檜山は、言葉を止める。
「むしろ問題になってあいつが警察の面汚しになってくれたら、どれだけ嬉しいことかと思ってるんだ」
 自嘲するような笑みを浮かべて恭亜は言う。一歩前へ出た。
「戻っていいかな?」
 もう一度言うと、檜山は睨み返して詰め寄る。
「だから偉ぶんなっつってんだろがよ変人野郎、テメェの親がキャリアだろうがなんだろうが関係ねぇんだよ」
「そりゃそうだ、俺だってあんな奴の肩書きで偉ぶるなんて虫酸が走る。第一、官僚だなんだと威張ってたのはあんただろ?」
 図星を突かれ、かーっと顔を赤くした檜山。
「て、め――」
 そのまま、また胸倉を掴もうとした刹那、

「……なにしとんの?」

 ソプラノの清流のような声が緊迫した空気に染み渡った。
 弾かれたようにその場に居合わせる全員が視線を向けた。
 青いジャージの中で、一人だけ赤いジャージ。さらにぼさぼさの蒼銀髪が目立ってしょうがない、人形みたいな少女。
 蓮杖アイン。
 目を擦りながら、なんども欠伸をしてこちらを見ている。尻や肘に芝生の草がくっ付いているので、どうやらここで寝ていたらしい。
 病人のように頭をふらふらさせている。その度に首まで無造作に伸びた髪も揺れ、可憐な相貌が見え隠れする。
 桜色に潤んだ小振りの唇が、静かに動く。
「水飲むぐらい静かにできへんの……?」
 感情の無い気だるげな関西弁。容姿に似合わない口調なので、恭亜も檜山も対応に困った。
「寝てたんやから、静かにして」
 そこで、遅すぎるぐらいに檜山が動いた。なまじ三ヶ月間一度も喋る姿を知らないだけあって、恭亜以上にうろたえていた。
「な、んだよ……テメェが消えろクソ女」
 相手が少女だということで強気になったのか、声を低める。
 蓮杖アインはそれを聞いてもまるで反応しない。
 むしろ、彼女の視線はさっきからずっと恭亜を向いている。
「……喧しい」
 さらにぽつりと言う。
 どうも自分に言っている、と解釈した恭亜は何の気無しに軽く頭を下げる。
「悪い、ここで寝てると思わなくて」
「……ほんならいい」
 とだけ言って、蓮杖アインは澄ました表情で服に付いた芝生の草を払い落とす。
 そのやり取りに、檜山が頬を引き攣らせた。
 今の会話の中に、自分は全く除外されていた。そう気付いたのだ。
 この少女は、何一つ剣呑な空気を放つ自分など、何かの光景の一部にしか思っていない。いや、存在自体を見ていない。
 こんな、根暗な女に。
 檜山は足を出す。
 蓮杖アインの元へ猛然と突き進もうと。
 その檜山の肩を掴む手があった。
 恭亜だ。
「おいっ、女の子に手を出すつもりじゃないだろうな?」
 彼の言うことは正論だった。他の三人も、まさか女に手を出すわけないと思っていたようで、檜山の行動に目を瞠っていた。
 檜山は、そこで止められたことにすら怒りを覚えた。
「うるせぇ! オレに指図すんじゃねぇよ!!」
 振り返り様に檜山は握った拳を振るった。恭亜の顔面に見事に飛来する。
 はずだった。
 当たるはずの拳は空振り、檜山は体勢を崩す。
 忽然と姿を消したことに驚いていると、
「やめろって」
 背後から声がして振り向く。
 蓮杖アインを庇うようにして、恭亜は立つ。
 避けられたと理解し、逆上する。
「くそ、やろう――!!」
 駆けだし、目一杯に殴りかかる。
 だが恭亜は小さく息をついた。
 瞬間、檜山の視界が一気に流れる。
 天地がひっくり返り、背中から強かに打ち付けられる。
 かは、と檜山は短く息を吐き出し、すぐに噎せる。
 視界に映る恭亜は、何か武術の型のような構えをしていた。
 凄む勢いで睨んで見下ろす恭亜は口を開く。
「もう一度言うけど、やめろよ」
 檜山は数秒間地面を這いつくばっていたが、無理矢理手を突いて起き上がる。
「うぜぇ……うぜぇっつってんだろぉがよ!」
 がばっと立ち上がり、檜山は視線を滑らせる。
 大柄の男子を睨み、
「桐田ぁ! 出せよアレぇ!」
 アレ、というのが何か逡巡した男子は、すぐに眉根をひそめた。
「檜山、やばいって……護身用とか言ってたじゃんか」
 それを聞いて、檜山は睨みつける。
「おい……オレに逆らって生きてけると思ってんのかよ……」
 声を低くして言う檜山。
 桐田と呼ばれた男子は、強張った表情でポケットから取り出した。多分、本当に何かされると思い込んで恐くなったのだろう。
 差し出した物をぶん取る檜山は、かちゃかちゃと怒りに震える手でそれを突き出す。
 携帯用のナイフ。
 見たところ慣れた風な感じはしない。恐らくは即席で手に入れた威嚇の武器なのかもしれない。
「……檜山、」恭亜は刺激しないように静かに声を出す。「やめたほうがいい。それ以上はいけない、ナイフは取り返しがつかな
「だか、ら――」
 檜山はついにキレた。
 その落ち着いた顔が赦せない。
 多勢に無勢で、こっちはナイフまでちらつかせて、檜山が見たいのはそれに怯え許しを請う?今までの?生徒の姿だ。
 なのに、
 どうしてこいつ落ち着いてられるんだ?
 そうやって女を護りながら、ヒーロー気取りで、多少格好いいからって、いい気になって、
 赦せない。
 憎い。
 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!
「死んじまえよクソやろぉぉおおおお!!」
 兇刃を握り締め、檜山は襲い掛かる。
 恭亜の腹目掛けて、躊躇いなく突っ込む。その目は血走っている。もはや、狂ってしまっていた。
 ぎり、と刃を食いしばって恭亜は蓮杖アインの肩を軽く押す。
 さっきからふらふらしていたためか、あるいは華奢すぎる体が軽かったためか、くらっと後ろによろける。
 恭亜は逆に前に出る。たとえ刺されても、彼女だけは危険から遠ざけるべきだ。
 絡まれたのは自分、狙われたのは自分、受けるも受けないも被害を被るのは自分だ。彼女は関係ない。
 檜山の突進に、恭亜は脚を振るう。
 半脱ぎしたシューズをサッカーのようにすっ飛ばす。
 見事にそれは檜山の顔に当たり、檜山は顔を押さえて踏鞴を踏んだ。
「う、がっ……」
 すぐに視線を向ける。だが、その直後に檜山は凍りついた。
 視界いっぱいに恭亜。すぐ吐息のかかる距離まで詰めた恭亜が、毅然として立っていた。
「悪い、ナイフはさすがにやばいからな」
 という言葉の直後、右肩を掴まれる。優男な風貌に似合わない強い握力で掴まれ、檜山は苦悶の表情を浮かべる。
 次の瞬間、顔面を殴った。
 ごん、と重たい衝撃を受けて、檜山は地面を転がる。手からナイフがすっぽ抜け、コンクリートの地面にカランと鳴り落ちる。
 再び地面に這いつくばり、今度は脳を揺さぶられて立てずにいる檜山を見て、恭亜は息をつく。

「姫宮君……?」

 背後に声が掛けられる。
 はっとして振り返ったそこには、美弥乃が怪訝な顔つきで状況を窺っていた。
 ジャージ姿で、息を弾ませている。彼女も水を飲みに来たのか。
 美弥乃は恭亜と倒れている檜山、蓮杖アイン、取り巻きと順に見比べ、そして地面に落ちているナイフを見つけて驚く。
 檜山を一瞥してから、すぐに恭亜を見つめる。答えを待っている表情に、恭亜は真剣な面持ちで答える。
「なんでもない、なんでもないんだ……」
 その時、美弥乃の背後から生徒達が来る。
 それに気付いた美弥乃は、落ちているナイフを蹴って茂みに飛ばす。
「でさぁ……、あれ? 美弥乃ちゃんどうしたの?」
 女子生徒に、美弥乃は必死で作った笑みを浮かべた。
「ううん、なんでもないよ」
 そのやり取りを見ていた檜山は、三者の顔を睨んでから立ち上がり、その場を去る。
 何も言えずにいた取り巻き達も、戸惑いながら檜山を追っていった。
 恭亜はその背を見送ってから、すまなさそうな顔で振り向く。
「鵜方、悪かったな……」
 さっきから謝ってばかりだな、と苦笑を滲ませる恭亜に美弥乃は首を横に振る。
「いいよ、察しはつくから。大丈夫だった?」
「ああ」恭亜はさらに人が増える前に、ナイフをたたんでポケットにしまう。「蓮杖も、悪かっ――」
 視線を向けた瞬間、恭亜は口を噤んだ。
 そこにずっと立っていた蒼銀髪が居ない。
 煙のように消えた姿を、視線を巡らせて探す恭亜と美弥乃。
 さぁー、と風が吹いて、間もなく予鈴が鳴った。










 Bullet.?     死神


 1


 こんこん、とノックする音が聴こえる。
 五畳のこじんまりとした部屋で荷解きしていた姫宮恭亜は立ち上がった。
 ドアを開けると、そこに立っているのは鵜方美弥乃だった。白いTシャツとスパッツというラフな格好。おさげ髪はそのままだった。
「鵜方?」
「こんばんわ、ゴメンねこんな遅くに」
 八重歯を覗かせて笑う美弥乃に恭亜は破顔した。
「まだ八時だから大丈夫だろ?」
「いや〜それが点呼なる難関が八時半からあるんだよねぇ〜」
 寮区は学園と同等の規模、つまり寮通いの生徒が既に男女で百人以上居る。それだけの人数を点呼するとなっては、確かに三十分はかかっても仕方がないのかもしれない。
 さっき聞いた話だが、点呼を取るまでは寮を行き来してもいいらしいそうだ。曰く、これも生徒会長の動きだとか。
 さりとなく恭亜は思う。その生徒会長、性別はともかくオヤジ思考があるな。
「で、わざわざここまでどうしたんだ?」
 だが一応は異性、男子寮と女子寮とは離れている。だから女子が男子寮に来ること自体が?わざわざ?なのだ。
 うん、と美弥乃は頷いてから、
「ちょっと心配だったからね、檜山君のこと」
 体育の時間のことだろう。心配というのは報復のことか。
 恭亜は肩を竦めて薄く笑みを浮かべる。
「大丈夫さ、俺は怨まれるのはそれなりに耐性があるからな」
「そう……?」
「それより俺こそ心配だ。お前や蓮杖が報復されるのは酷いパターンがあるからな」
 遠回しに、異性という暴力のことを差した恭亜に美弥乃は真面目に頷いた。
「いいよそれも。蓮杖さんには判らないけど、ワタシは襲われたって訴えるつもりでいる」
 そこまで強い意志で言われると、恭亜も面食らった。
 なんだか低く見ていたみたいで、悪い気持ちになる。
「判った、もしもの時は言ってくれ」
 すると美弥乃は途端にムッと頬を膨らませる。
「あ、だめだよ姫宮君。汚れ役は俺〜とか思ってるんでしょう」
 図星を突かれた恭亜はう゛っと押し黙った。
 その時は彼女の言うとおり、ボッコボコにして道連れにしようと思っていたのだが、良い洞察力をお持ちのようだった。
 上目遣いで睨む美弥乃。
「ほんとにダメだからね。君は君の問題、ワタシはワタシだよ。ワタシの問題に君が巻き込まれるなんてまっぴら」
「……そうか」
 そうだ。
 彼女には彼女の護るプライドがある。それを蔑ろにしてヒーローを気取るなんて甚だしいにも程がある。
 本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「悪かった……」
「む、それも減点。君のせいじゃないでしょーが、これ以上自虐ったらさすがの美弥乃ちゃんでも怒りますよ?」
 指を立てて言う美弥乃。思わず恭亜は力ない苦笑を漏らした。
「ああ、わかった……ありがとう」
「ん、良しとする♪」
 にこりと笑う美弥乃。
 本当に、この学園に来て良かった。恭亜はそう心から思う。
 部屋に置いた目覚まし時計に視線を向ける、もうすぐ八時半だった。
「送るよ」
 そう言って恭亜が靴を履き出すのを見て、美弥乃は慌てた。
「い、いいよそんなっ! 悪いよっ」
「そういう訳にいかないさ、女の子なんだしね。それに」恭亜は指を立てて、「お前を送るのはお前のせいじゃない、だろ?」
 目を瞬かせてきょとんとしていた美弥乃は、えへへ、と頬を赤らめて笑った。










 檜山皓司は荒々しく玄関のドアを蹴破るように開ける。
 何事かと思って廊下に出てきたのは皓司の母親だった。病弱そうな雰囲気が痩せこけた顔に滲み出ている。
 水仕事で濡れていた手をエプロンで拭いて、恐々と笑う。
「皓司、お帰りなさい。今日は遅かっ――」
 言い寄った母親の顔を、躊躇無く皓司は殴った。
 いきなりのことに対応できず、母親は壁にぶつかってずるずると座り込む。
 それを見て、皓司はなんの感情も覚えない。それ以上の憎しみが強すぎて、ただ殴っただけでは気がすまない。
 足元に投げ出している脚を、皓司は思い切り踏んだ。
「うぁぐっ……!」
 苦悶の表情に歪む。その母親を見下し、皓司はどろどろとした感覚に苛付いた。殺してやりたくなった。
 踏んでいる足をどけると、母親はそれでも健気に笑みを繕う。それに腹が立ってしょうがない。
 舌打ちして皓司は階段を上る。
 打ち付けたせいで母親は噎せて声も出せないらしいが、そんなこと知ったことじゃなかった。
 部屋に入り、叩きつけるようにドアを閉める。
 床に散らばった雑誌やCDケースを蹴り壊し、シーツの布かれたベッドに倒れこむ。
 洗濯したのか、ほんのりと太陽の香りのするシーツ。
 あのクソ親また余計なことしやがったな、と皓司は思うが、正直有り難かった。
 綺麗な白いシーツ。これをぐちゃぐちゃに破ってやったら、どれだけ気持ちいいだろう。
 恍惚な笑みを浮かべながら、ポケットをまさぐる。
 そして、引き攣っていた笑みが徐々に無くなってゆく。
 ナイフを探していたのだ。それでぐちゃぐちゃにしてやろうと思っていたのに。
 そういえば取られたんだ。
 そう気が付くと、余計に感情がどろどろと粘着質に変わり、憎悪が生まれる。
 なんでこんなにイライラしてるんだろう。
 何か、それこそ今までにない苛立つ出来事があったのか。
 ぼんやりとした怒りの原点は何か。
 それを、記憶の中から探し当てる。
 何が、
 誰が、
 思い出す。
 姫宮、恭亜。
「――っ!」
 がばっと跳ね起きる。
 そうだ、あいつだ。
 どろどろとしていた心の泥が、一瞬にして憎悪に変換される。
 ナイフを取られたのもあいつだ。殴られた左頬が痛むのも、取り巻き連中の前で無様な格好をさせられたのも、その一部始終を蓮杖アインと鵜方美弥乃に見られたのも、蓮杖アインに無視され鵜方美弥乃に揉み消されたのも。
「くそっ……」
 全部あいつだ。あいつのせいで、こんな思いをしたんだ。
 憎い、殺してやりたい。ぐちゃぐちゃにしてやりたい。あいつの地位も実績も未来も恋人も家族も何もかも!
「くそがぁ……!」
 絶望から生まれる常軌を逸した妄想に、口の中を噛み切り血がシーツに滴った瞬間、

「へぇ……面白いね、君の領域は感情によるものか。《アマテラス》のお姫様や?魂喰らい?と同じタイプかぁ」

 部屋の埃臭い空気の中に、少し高めの声が聴こえた。
 のそりとした動きで視線を向ける。
 散乱した雑誌や砕けたCDケース。それらの落ちていないカーペットの一部に、その人物は立っていた。
 黒いスーツとズボン、黒のサングラスという格好。さらに金糸の髪を後ろで束ねた中性的な青年。一見奇抜な姿だが、口元が綺麗に整っているだけあって違和感は何故かなかった。
 自室に黒い姿の外人が悠々と立っていること自体が異質だったが、皓司は言葉が出なかった。
 青年の口元は歪んだように笑っている。微笑なのか、狂笑なのか、嘲笑なのか、判らない。ただ、笑っている。
 左手をポケットに入れ、右手の五指を忙しなく動かしている。良く見れば、金のコインを弄り遊んでいた。
 青年はなおも独り言のように囁き続ける。声が凄く小さいが、痛いほど静まり返った部屋にはよく染みた。
「さしずめ?憎悪?かな? うんうん、いいねぇそれ。負の感情は殺戮衝動への沸点と閾値を低めるからね」
 皓司は半身を起こすのが精一杯だった。
 それ以外の行動を体が受け付けなかった。
 青年から放たれる威圧感は独特だが強烈で、口を開くどころか呼吸すら止められてしまいそうだった。
 彼の言っている言葉も、ほとんど理解できていない。まるでオラクル(神の申告)に思えてしまえる。
「ん……? あぁそっか、ごめんゴメン。知らない人の闖入で驚かせたみたいだね」本当にすまなさそうに苦笑する青年。「でも大丈夫、君はそんなことどうでもよく思えてしまうほどの世界を手に入れるんだ。喜ばしいねぇ」
 さも嬉しそうだ。
 皓司はゆっくりと、一ミリ一ミリずつ動くほどゆっくりとベッドを降りて床に立つ。
 背は皓司とほとんど変わらない。スレンダーでスーツが良く似合っている。だが清潔ではなく淫靡に近い。
 不意に、青年は手の内で遊んでいたコインを親指で弾く。
 キーン、という心地よい音が染み渡る。何かの合図のように。
「どうかな。君さえ良ければ教えよう、君さえ望めれば与えよう、君さえ信じれば捧げよう。君の、君による、君のためだけの、世界」
「オレの……世界?」
 嗄れて掠れた声が、喉から出た。
 青年は頷きもしない。口の端に浮かべる笑みを一層深めて肯定に答える。
 皓司は猜疑よりも確信が勝った。神とも思える青年の言葉は、嘘には到底思えなかった。
 欲しい。
 誰にも変えさせない、自分こそが頂点である世界。
「くれるっていうのか? オレに、そんな力を」
「君次第だよ」求め始めた皓司に、穏やかな口調に直す青年。「世界は君を求める、世界が己を構築する真意を常に君に求め続ける。君は何も抵抗しなくていい、ただ在りのままに委ねればいい。壊すときも壊れるときも、君と世界は同義であり同志であり同一だ。背負うんじゃない、課すんじゃない。君と世界は同じになるんだ」
「同じ……」
「目を閉じてみるといい。今、君が、最も、魂の中心に表現できるモノ。それこそが力だ。世界を認めるんだ、世界を信じるんだ、君だけの世界こそが総てだ。その世界を強く願えば願うほど、僕と君の居るこの世界に力を体現できる」
 皓司には、言葉の大半を理解する余力はなかった。
 とにかく、この青年に縋ることで力を得ることしかなかった。
 復讐するために。
 あいつをこの手でぐちゃぐちゃにしてやるためだけに。
 憎い。憎くて憎くて仕方が無い。
 殺してやりたい。
 だから皓司は、前へ出た。
「いいさ、なんでもいい……あいつの総てを殺せるなら、なんでもいい! オレに世界を寄越せ!! オレの、オレによる、オレのためだけの、世界をっ! 憎しみだけで染めた世界を、オレに寄越しやがれぇ!!」
 怒号に近い声。
 だが、青年は静かに笑んだ。その時だけ、それが微笑だと区別できた。
「ああ、いいともさ。いい具合に気持ちの良い返答だ。?魂喰らい?や?不定名詞?も君ほど素直なら良かったのにね」
 青年は指でコインを弾く。
 キーン、という清涼な音。
 同時に青年は素早い動きで腕を伸ばす。
 掴むではなく、青年の指先だけが皓司の額に触れる。優しいまでに、そっと触れる。
「なら行ってくるといい。知るといい。そうして得た力だけを信じて、使うといい……エルドラド」

 ギィィィイイイイイン――!!

 宙をくるくると飛んでいたコインから、清涼とは真逆の耳障りな音が部屋を充満する。
 金に煌くコインが、さらに輝きを放つ。金色の光が部屋ごと皓司を包みこみ、皓司はゆっくりと眼を閉じる。
 最後に、また楽しそうに笑う青年が、ぽつりと呟いた。
「初めまして。お帰り。おめでとう。かける言葉は選ぶ必要が無いね、檜山皓司……いや」静かに、訂正への笑みを浮かべたまま、「【憎悪世界】のオーラム・チルドレン。シェイプネーム(真名)は君が決めるといい。君だけの世界だからね」
 その言葉に皓司が頷いたとき、檜山皓司は在るべき世界から逸脱した。










「ありがと、優しいんだね姫宮君」
 部屋の前で美弥乃は振り返る。
 曖昧に顔を引き攣らせて、恭亜は言う。
「……痛い。イマ、ココロがイタいです」
 あははー、と美弥乃は笑ってスルーした。
 なんせ彼は女子寮の中まで入って来ている。別に校則的な問題を言ってるんじゃなくて、女子が往来する秘密の園の廊下まで来るのは男の子として精神的に辛いと物申したいのだ。
 門の前でいいだろと思ったのだが、『どうせ送ってくれるなら最後まで〜♪』と言い出した。
 で、結局ここにいる。
 確かに送ると言い出したのは自分だし、危険かもとか格好いいこと言っちゃったのも自分だが、これはあんまりの仕打ちだ。
 まさか、昼食の時の仕返しの仕返しだろうか。というかまさか一人で女子寮を出ろというのか。行きで美弥乃に尾いてってるだけで擦れ違う女子に奇異の目を向けられていたのに、帰りはどうなるんだろう。悲鳴でも上げられるんですか?
 その辺は無情にも考えてくれていない美弥乃はにっこりと笑った。
「でも一番怒りを買ったのは君なんだから、気をつけてね」
「女の子に言われるぐらいに弱くはないんだけどね」
 投げた瞬間を見ていないので、あの強烈な光景を知らない美弥乃としては『檜山襲撃→姫宮抵抗→檜山転倒→自分登場→檜山逃亡』という構図が出来ているのかもしれない。まあ、悪い印象が無いだけましだ。
「じゃあ、もしもの時は言ってくれ。一応は俺の問題だし」
「……ほんと、優しいね」美弥乃は柔らかく笑いながら、「襲われたときは、責任とってくれたりする?」
 遊び半分で言ったのだろう。
 微妙に恭亜はムッとした。
「あのなぁ……」
 さすがに今の発言には注意しようとしたとき、
「うーい、そこにいるのは美弥乃っちじゃぁねーですかい?」
 横合いから女性らしき、だが酔っ払いにしか聴こえない声。
 少しぎょっとして振り向くとさらにぎょっとした。
 擦り切れたジーンズと明らかに胸を強調した黒いタンクトップが大胆な姉御肌ファッションの女生徒。もう少女と呼べない大人な風貌で、何故か右眼にモノクル(片眼鏡)を着けている。モノクルから伸びるチェーンがゆらゆらと揺れている。
 何か大きくて丸い物をビニール袋に入れて手に引っ提げていた。
 ただ、恭亜がぎょっとしたのは容姿やモノクルではない。その髪の色。
 緑のトンデモ色の髪。それを後ろで縛り上げて留めたため、扇みたいに広がっていた。正面から見ると確実に求愛に両翼を広げる孔雀のようである。
 ど派手と言えばそれまでだが、どう見ても酔っ払いか生来の変人としか映らない。目もどこかとろんとしている気がする。
 すると美弥乃は笑顔で深々とお辞儀した。
「会長、こんばんわ」
「ん〜、プライベートの時ぐらい気軽に喋りやがってくれていいのよぉ〜ん」
 べろんべろんに酔ったような口調で答える女性。
 恭亜は若干引き気味で美弥乃に囁く。
「会長って……鵜方、まさか」
「うん。この人が今年の生徒会長、稲城雪嬰(いなぎ せっか)先輩」
 その名前を聞いた途端、恭亜は眉を上げて突拍子も無い声を出してしまった。
「稲城ってっ、もしかしてあの稲城コンツェルンの稲城……!?」
 すると稲城雪嬰は嬉しそう目を細めた。
「あらぁ〜ん、知ってる子が居たのね〜ん。おねぃさんウレシーわぁ♪」
 といって美弥乃を抱きしめる雪嬰。
 何をしてるのかと思っている恭亜に、美弥乃が苦笑した。
「会長、抱き癖あるんだって。女の子限定で」
 猫のように頬擦りしている雪嬰は、ぴたりと止まって恭亜を凝視する。
 じーっと見つめながら、
「……顔は可愛いけど、男の子は抱けないわ」
「結構です。ていうか抱くって言わないでください、生々しすぎます」
「いやぁんなにこの子っ、ボケ甲斐があるわ……!」
 逆に感動される始末。
 だが恭亜は畏れ入るように後退りした。
 稲城コンツェルンといえば、今や日本の企業界では知らぬ者なしと言われた巨大企業統一連合体の頂点に君臨する名だ。
 消しゴムから次世代戦闘機まで商売対象は幅広く、国を動かすだけの資金を蓄えるほどにまで急成長したと聞く。当然、寮に食堂制服学祭校則改正等々、学園一個を買い取るどころか校風を総取っ替え出来て当たり前である。
 というより、稲城の令嬢がこんな所でこんな風体でこんな口調態度で何をしてるのだろう。
 大分大騒ぎもののはずだが、モノクルを着けた奇抜な髪の酔っ払いという外見から、擦れ違う人はみんなちらと一瞥するだけだ。むしろ彼女等の視線はどっちかっていうと、『なんで男子がここに居るの?』である。
「んっふふ〜。自分が会長ってのは一年には知れ渡っちゃないのよぉん、知ってるのは美弥乃っちと貴方ぐらいですねぃ」凄く聴き取りづらい喋り方を続ける雪嬰。「とあぁ冗談は言ってる場合にねぇですねぃ。男の子を連れるのはいただけないなぁ〜」
 人差し指で恭亜の鼻の頭を突付く雪嬰。
 もう片一方の腕に抱きかかえられている美弥乃が、顔を上げる。
「あ、送ってもらっただけですからいいんです」
「あらそぉん? 女の子送るだけのグッジョブなら許しましょうかなぁ〜。ほら、一応は敏感じゃなきゃダメなのよねぇん、寮長兼ですねぃ」
 にんまりと笑みを浮かべる雪嬰に、恭亜は底知れない悪寒を感じた。
「……なんですか?」
「べっつにぃ〜。人間ですからぁ〜、男の子と女の子ですからぁ〜♪」
 わざとらしく含み笑いを手で隠す雪嬰。
 美弥乃がかーっと顔を赤らめる。
「そ、そんなつもりで誘ったわけじゃないですよ先輩っ!」
「ん〜? そんなつもりってどんなつもりですかぃな?」
「あ、うっ……それは、えと」
 あわあわと口を動かしながらもドモってしまう美弥乃を憐れに見つめる恭亜。はっきり言おう、やっぱりこの人オヤジだ。
 さすがに可哀そうになってきた恭亜は助け舟を出した。
「いや、ちょっといざこざが有ったんです。それで俺が巻き込まれるだけならまだしも鵜方までとばっちり受けちゃって」
 それで、と説明した。すると雪嬰はなんのことかという表情をする。
「檜山君のことですねぃ」
「……っ、知ってたんですか?」
「だぁてに生徒会長やってなかぁですよん。情報の最先端に立つ身としては理事長と生徒会長は密接な立場なのねん」
 指を二本立てて敬礼みたいな動きをする。一見ふざけているが、言っていることの重みはひしひしと伝わる。
 すると雪嬰は美弥乃を解放し、手に持っていたビニール袋を美弥乃に渡す。バスケットボールぐらいの大きさがあるため、トスキャッチした美弥乃は取り落としそうになりながらも両腕で抱くように持つ。
「それスイカどぇす、ちょろま……もとい値切って落としたから美弥乃っちにおっ裾っ分けぇ〜♪」酔った言動をしていた雪嬰はモノクルを掛け直して振り返る。「さぁてそろそろ点呼なんで退散しよーと思いまぁ〜す。そんじゃ、気を付けてお帰りねぇ〜」
 廊下を歩きながら、ふと立ち止まる。
「……ここの壁薄いから、違う場所がお勧め。この時間帯は電配棟の後ろの茂みが穴場だとかぁ〜、雨除けもあるし」
 ? と小首を傾げようとした恭亜の隣りで、完全に顔を真っ赤にした美弥乃が叫んだ。
「せ、……先輩の、エロオヤジぃ!!」
 その声に楽しそうにスキップしながら、雪嬰は廊下の角を曲がってしまった。
 もう、と息をつきながら美弥乃はちら見する。
「ごめんね、あんなでもいい先輩だから……」
「いや、判るよ。意志が強そうではあるし……言葉通りのぶっ飛んだ人だな」
 ふっと笑みを零して、美弥乃は頷いた。スイカの入ったビニール袋を抱え直して、ドアを開ける。
「それじゃ、ありがとね。また明日学園で」
「ああ」
 ドアを閉めようとする美弥乃を見て恭亜は、制止する。
「鵜方っ」
「ん?」
 ちょこんと顔を傾けて見上げる美弥乃に、恭亜はさっきの言葉の返答をした。
「責任なんて取らない」ぐっと腹に力を入れ、「お前が傷つく前に、俺が護ってみせる。犠牲は出させない」
 一瞬、間抜けそうにきょとんとした顔をした美弥乃。
「絶対に」
 もう一度答える恭亜に、数秒してからやっと破顔した。
「……うん。やっぱ君はいい人だ」
 恭亜はゆっくりと微笑んで頷いた。
 かたん、と閉まるドア。
 木目を見据えるようにして、思う。
 自分がいたせいで犠牲の出る世界なんて、必要ない。
 父親なんかよりも、自分が自分の意志で護れることを認めさせてみせる。
 必ず、護る。
 恭亜は微笑みながらも、心の中でそう誓った。





 2


 翌々考えてみれば、帰りは男一人で女子寮出ることになることは忘れていた。
 たまに遊びに来る男子が居るらしいが、美男だけあって擦れ違う面々は驚いてちらちらと見る。
 物凄く居たたまれない気持ちのまま、そそくさと恭亜は寮を出た。
 といっても、寮は学年別に数個あり、まるで集落みたいに設置されている。門を出て『女子寮』という区域そのものから出ない限りは、逢う人遭う人女の子のオンパレードなのだ。
 夜であることが幸いした。点呼がある女子は皆外に居ないので、あまり目立たないように端っこ端っこを歩いた。
 早速失敗した出だしで迎えた学園生活だが、支障ではない。良い友達を作れた。
 徐々に、懸念すべきことを一つずつ直してゆけばいい。
 恭亜は横に伸びる家を冊子伝いに歩いてゆく。

「―――――――ん、そう」

 ふと聴こえるソプラノの声。
 会話にしては、外での話には妙だ。話し手が一人しかいない。
 そこで電話をしているのだと理解した恭亜は、何の気なしに一瞥した。
 家の途切れた裏手で電話をしているらしく、ここを通らなければいけないため仕方がなかった。
 悪いとは思ったし、小走りで早く通り過ぎてしまおうと思った。
 だが、家と家とが途切れる裏手を一瞥した瞬間、急に足が止まった。
 黒いキャミソールとハーフパンツを着た白い肌の華奢な少女。黒ずくめの服装の対象にするかのように、首まで切った髪をぼさぼさにしたまんまといういい加減さが窺える髪形。色は、現代日本人にない、蒼白銀。
 彼女だ。そう思った途端に足が止まってしまっていた。
 息を殺して、隠れる。
(って……俺は一体なにを)
 こんなことしていい訳がない。
 だが、これまでの彼女の奇行からして、どうしても気になった。それに、きちんと謝っておくべきだったのだし。
 不可抗力だと自分に言い聞かせ、恭亜は耳をそばだてた。
「大丈夫、大事にはなってへん。すぐに落ち着いた……うん……うん、そう……」
 黒い携帯。どこまで黒にこだわるのかと思うが、髪と肌が白い基調なので調和を成しているように思える。
「別にえぇよ。それよか出たんやね、また……」
(……出た?)
 なんのことだろう。女の子の電話で『出た』という単語が意味する会話内容は良く判らない。
 そうでなくたって彼女の声は凛としてはいるが起伏があまりない。関西弁のアクセントも辛うじて伝わるぐらいだ。
 眉をひそめている恭亜に気付かずに、彼女は続ける。
「うん、わかった……あは、なんでそこで訊くん? これがウチの仕事やんか」
 苦笑する呼吸が染み渡る。
 仕事。バイトかなにかかと恭亜は推測を続ける。
「わかった。うん……うん……廃屋街に、二体。わかった……」
 すると、携帯を切ってポケットに仕舞うと、裏手の茂みに潜っていってしまった。
 恭亜は裏手に出て、その背を見る。
 バイト、二体の何かをどうするつもりなのだろう。
 好奇心のようなものが強くなった。
「……廃屋街」
 恭亜は振り返り、駆け出した。










 寮の自室に戻り、ここに来るときに購入しておいた地図を取り出して学園を抜け出した。
 廃屋街というのは、ここから少し走ったところにある数百メートルに及んで店や公民館、公園などで構成された商店街の奥にある、市外付近にあるオフィス地区の残骸が残る場所のことらしい。
 一種のビル墓場というやつだ。建てられたビルを爆破で撤去することが出来ずに、街のまま捨てられたらしい。そのせいで不良の溜まり場になったり犯罪者の隠れ家になったりするという。そんな危険な場所に彼女が向かったのか。
 万が一に商店街で鉢合わせしたりしないように、恭亜は商店街を迂回した。
 さすがに蒸し暑い夜を疾走すると、Tシャツ一枚とはいえ汗ばんでしまう。
 曇っていて灯りがない。入り組んだ家々を見回し、街灯の下で地図を開いた。
 廃屋街はそれなりに広い。市街地とオフィス街とがきっちり区分された外れにある廃ビル密集区域は、それこそ街一個分と呼ぶに相当する大きさがある。漠然としすぎて、廃屋街と呼ぶほか細かく表現できないのだ。
 恭亜は地図を畳んでズボンのポケットに入れると、早足で歩いた。


「……ここ、か」
 廃屋街への入り口に辿り着いた恭亜は、一歩踏み入る。
 これだけの大きな街を囲むには経費を注ぎ込みたくないらしく、木の杭を並べてそこに鎖でバリケードを造っているだけ。しかもバリケードと言ってもたわわに垂れていて、簡単に飛び越えられる。
 市街地も夜が深ければかなり暗い。だがここは違う。都市の形状を丸ごとほったらかしにしてるだけあって、高層ビルが立ち並んでいるのに一切の光を放っていない。街灯も点いてない。これこそが真のゴーストタウンだ。
「こんなとこに、蓮杖が居るのか……?」
 さすがに疑いたくなった。不良だの犯罪者だの確かに危険な懸念はあるが、それを彼女が理解できないとは思えない。
 まさか、その不良か犯罪者に彼女がそうだという
「――っ!」
 恭亜は、自分の顔を思い切り殴った。
 右頬に、じわじわと痛みが広がって熱くなってゆく。
 思った以上の打撃に、殴った自分がくらっとした。
「バカか俺は……」
 疑う相手を間違えるなんて、何を考えてるのだろう。そもそも、誰が悪いかを考えること自体が悪だ。
 恭亜はぐっと歯を噛み締め、歩き出した。
 街灯が機能していない上に、曇り空のせいで全くの闇だ。ところどころ道が荒んでいて危ない。
 ただ声を出すのは憚られた。大声を出したら、それこそ崩れてしまいそうなほど古めかしい気配が漂っていたからだ。
 ゆっくりと踏みしめるように車道を歩きながら、辺りを見回す。
 嘘であってほしい。何かあるよりは、勘違いで終わってくれればそれでいい。
 ただでさえ、檜山の復讐の相手にされかねないというのに。
 その時、ぽつ、と恭亜の頬に冷たいものが触れた。
 頬を擦りながら天を仰ぐ。雨が降り始めていた。真上を向いている恭亜の顔にぽつぽつと雨が掛かる。
「……蓮杖っ」
 胸騒ぎがする。どうしても、探さなければならない気がして仕方がない。
 恭亜は雨に追い立てられるように、走り出した。





 頬を掠める冷たい感触。雨が降ってきたようだ。
 キャミソールのせいで肩を叩きだす雨の冷たさを、蓮杖アインは上を向く。
 正直、昼が凄く暑く感じたので、このぐらいが丁度良かった。この時期の雨もそんなに嫌いじゃない。
 ずらりと立ち並ぶ廃ビルのひとつの屋上に立っているアインは、ぐるりと一周見渡す。
 雨雲を一瞥してから、アインは下を覗く。
 間違っても高層ビルだ、落ちたら潰れたトマトの形容詞に適った光景が目に浮かぶ。
 アインはすぅ、と息を吸い上げる。肺の中に酸素を満たし、そっと目を開ける。
「……星空見えへんの、ちょっとさみしぃな」
 両手を広げる。
 少しずつ本降りになってきた雨を抱きしめようとするように、逢音は小さく呟いた。
「仕事や。そろそろ行こか、ファイノメイナ」

 リイイイィィイン――、

 鈴の音が、夜の世界に染み渡る。
 強引な侵蝕を成さない優しくも凛とした音。
 瞬間、煌々とした白銀の光がアインの右手に燈る。
 拡散した光の結晶が右手に凝縮され、銀の姿を形成してゆく。
 ぎち、という短い音を最後に、アインの右手に場違いな銃が握られていた。口径は五十、アインの華奢な体躯では一発撃つのも肉体的な酷使に繋がる大きな白銀のリボルバー。フォルムは、スミス&ウェッソン500。
 それを抱きしめるように胸元に持ってきて、アインはもう一度呟く。
「晴天に昏きを、夜天に煌きを、空に瞬く常光よ永劫で在れ――ファイノメイナ(星空)」
 アインは、寝ぼけ眼の瞳に輝きを燈し、音も無く駆けた。





 いよいよ本格的に降ってきた雨。
 恭亜はもやもやと溜まっていた不安が募ってゆくのが判る。
 焦り始めた表情で恭亜はビルの合間を覗き、すぐさま走り出す。
「どこ行ったんだあいつ……!」
 すると、公園のような場所に出た。
 恐らく会社員が昼食用に造った場所なのだろう。ブランコとベンチ、なけなしのジャングルジム以外に無い簡素な構造だ。
 恭亜は上がってしまった息を整えるため、公園の中へ歩きながら入ってゆく。
 それでも雨を除ける場所がなく、腕をかざして歩く。
 公園の真ん中の噴水の縁に手をつき、恭亜は気付く。
 薄く張っている水に映る、自分の顔。
「……くそ、護るとか言ってなにやってるんだ。そうだよ、俺は蓮杖とは関係ないじゃないか」
 思う。
 今、蓮杖アインがすることは恭亜には関係ない。
 雨の中こんな場所で息を荒げて駆けずり回って、それは蓮杖アインがしてほしいことなのか?
 違う。ただ、首を突っ込んだだけ。迷惑に違いない。心配だからなんて、甚だしい。
 恭亜は体を起こしてポケットから携帯を取り出す。
 時刻はもう十時を過ぎている。
 ぱたんと携帯を閉じて、深く息をついた。
 やめよう。
 美弥乃が言っていたことじゃないか。自分のことは自分の問題だ。それは他人がずかずか乗り込んで解決すればいいことではない。
 これは、彼女の問題だ。
 何をしてるかなんて、恭亜には関係ない。
 胸騒ぎがなんだ。不安がなんだ。そんなもの恭亜の利己的な言い訳にしか過ぎない。
 恭亜は歩き出す。公園を出て、来た道を戻ろうと地図を取り出す。辺り一面暗闇なので、携帯の明かりで照ら

 ガゥン……!!

「――、」
 遠くから鉄に穴を開けるような木霊、銃声が聴こえた。
 恭亜は弾かれたように振り向く。地図を取りこぼし、耳を澄ます。
 さぁー、という流れる音に紛れて、また銃声が鳴る。
 憶えていない頃から子守唄代わりに聴いてきた類の音だ、間違いない。
 恭亜は一気に不安が押し寄せるのを感じた。こんな街に銃声、それに蓮杖アインが居るかもしれないのに。
「れ、んじょう……!」
 走り出す。
 銃声が聴こえたのは背の低いビルが連なっている辺り。危険だとは判っていても、走り出さずにはいられない。
 次の瞬間、何か鉄骨機材が崩れるような壮大な音が響く。
 雨が、どんどんと増してゆく。





 たん、と地面を蹴って跳躍する。
 五十口径の銃はかなり大きく、両手で持たないと素早く動けない。なんせ、銃を握る両腕が常に垂れ下がっている。
 アサルトブーツが壁を蹴り、一足の間に十メートルを跳ぶ。
 直後、彼女が蹴った壁が巨大な腕によって粉砕される。
 宙を回転し、舞い踊るように地面に着地。さらに脚を曲げて後ろへ下がりながら、銃口を向ける。
 ドン!! という、拳銃に特有とすべき乾いた音とは程遠い、まるで大砲でも発射されたような音が鳴り響く。
 車のエンジンすらぶち抜く弾丸が、その壁に突き刺さっている腕を貫き、鮮やかな紅が弾ける。着弾の衝撃があまりにも強烈すぎて、飛んだ血が地面に派手に散らばってまるで一種のアートのように降りかかる。
 雨によって滲む血溜まりから、丸太のような腕を引き抜いて異形が咆哮した。
 熊のような巨躯。泥を煉って造ったような褐色の肌。首がなく、口と目以外は何も無い。
 脚よりも腕のほうが極端に長い。極太の腕力でコンクリートの壁を粉砕する力を遺憾なく発揮し、轟音を伴って鉄球のように吹き荒ぶ。当たったら、人間さえ一瞬で肉の塊に変えられてしまう。
 それでもアインは臆することなく、ぎりぎりを避ける。
 まるで蝶のようにひらりとかわして、鈍いまでの動きに銃口を突きつける。
 口径に見合った反動が襲うが、アインは撃った瞬間にその衝撃を後ろへ逃がして緩和する。撃つ度に軽い体が吹っ飛び、最小限の動きで着地して屈折するように避ける。
 それを繰り返され、弾丸すら通さないはずの鋼の皮膚に弾痕が刻まれる。岩の上にも三年、同じ箇所を何度も撃った上に、大口径の衝撃が強力で巨人の左腕はもう引き千切れそうになっていた。
 アインはそれでも攻撃の手を止めない。
 雨が強く、視界が悪い。一瞬の気の弛みで粉々にされるのは勘弁したい。
 濡れそぼった蒼銀髪が水滴を弾く。
「ゴォォオオオオオオオオ―――――――!!」
 爆音にも近い咆哮。
 びりびりと頬を叩く音響を真正面から捉え、アインは銃を両手で持つ。
 まるで剣を握るように、前へ跳躍。
 左腕をだらりと垂らした巨人は、右腕を振りかぶる。
 ハンマーの如く振り下ろされる右腕の手首に、銃を向ける。
 ドン!!
 銃声が鳴り、右腕の手首を掠る。
 本当なら毛ほどの抵抗にも感じないだろう。だが、銀の銃より射出される弾丸は、夜に煌く白銀の閃光と化して腕を掠る。鉄を穿つ弾丸の生む衝撃で、巨人の体が腕ごとぐらついた。
 腕がそのまま落ちてくる。
 コンクリートの地面を叩き割り、水を飛ばし血を散らし衝撃が地震にも似た波動を描く。
 ざぁー、という雨の音が静寂に紛れて過ぎる。
 だが次の瞬間、一発の白い弾丸が指で弾かれ宙を舞う。
「……雨に濡れて、傷が痛むやろ」
 疲れたような声が、雨を通り過ぎ巨人に届く。
 振り落とされた腕の上。開けたシリンダーからじゃらじゃらと薬莢が水溜りに落ちて、じゅっと熱を奪われる音を奏でる。
 そして、真上に弾かれた弾丸が、そのまま垂直に落下し、見事にシリンダーに収まる。
 それを片手を振るだけで戻し、アインは銃を向けた。巨人の、光るような目に突きつける。
「深淵へお帰り、ゆっくり寝るとえぇ」
 穏やかに微笑み、引き金を絞った。
 ドン!!
 大砲のような轟音。白銀の閃光は吸い込まれるように巨人の右眼を打ち抜き、後頭部を破砕する。
 腹を打つ低い悲鳴。
 断末魔と共に巨人の体躯が前へ倒れる。
 そして地につくよりも早く、巨躯が霧のように爆ぜ、虚空に溶けて、雨に流され、闇夜に紛れた。
 巨人が作り出した撃痕を残した車道に立ち尽くし、アインは小さく息を零した。
「お前もお休み、ファイノメ――」
 ふと、言葉が止まる。
 気配が後ろからする、かなりの速度で近づく気配にアインは呼吸を殺す。
「……二体って言うてたのに、今度はなんや」
 ビルの合間を縫って駆けてくる足音。
 アインはその角に隠れた。
 どんどんとこっちへ向かう気配に、アインは銃のリロードをしながら相手の足音と呼吸のタイミングを合わせた。
 六歩、五歩、四歩、あと三歩。
 そして、相手が二歩目を踏んだ瞬間、アインは飛び出した。
「――っ!?」
 いきなりの突撃に相手が驚く。雨が強くて顔がわからないが、頭の位置を特定するのは無理ではなかった。
 身が竦んで立ち止まろうとした相手の足の下に、自分の足を置く。
 アインの足を踏んで体勢が崩れた相手の首を掴んで一気に引っ張る。
 ぐるん、と一回転して相手は背から地面に倒れる。
 何が起きたのか判っていない相手は半身を起こすが、アインは銃を突きつけた。
「動かんといて、撃つで」
 銃に驚きぴたりと止まる相手。

 そこで、やっとアインは気がついた。

 ズボンとTシャツというラフな格好。黒い髪まで艶やかに濡れた美男子。
 突きつけられた銃口に、目を見開いて硬直している。
 いや、そんなことはどうでもいい。
 その人物の顔を、アインは知っていた。
 今日の午後からやってきて、席替えしたときから何故かぽっかりと空いていた席に座った男子生徒。
 そして、アインに最も近しい力を持つ青年。
 名前は確か、姫宮恭亜。
「……………蓮、杖?」
 尻餅をついた青年が恐る恐る窺う。
 互いに動かない二人。
 ざぁー、と。
 強かに雨が降り続けていた。





 3


「……これ、どうしよう」
 美弥乃は目の前のスイカを相手に途方に暮れていた。
 まさか生徒会長にこんなものを貰うとは思っていなかった。一介の女子高生でありながら切り分け出来る美弥乃。困惑する原因は調理の域ではなく、『これ一人じゃ食べきれないよ』という問題であった。
 もちろん、寮の部屋に冷蔵庫なんて無い。
 かといって調理室の冷蔵庫に入れておいたら、誰かが勘違いして食べてしまいそうで恐い。
 どうしようかと思って窓を見たら、美弥乃はさらに驚いた。
「うわ、降ってるし……」
 六等分したスイカを載せたお盆を前に、美弥乃はノックアウトよろしくテーブルに上半身を寝そべらせた。
 どうせなら隣室にお裾分けしようと思ったが生憎と片一方は点呼の手伝いで不在、片一方は相変わらず居ない。
 オマケに雨が降ってくる。
「うわぁ〜、鬱うつウツぅ〜」
 天井をぼーっと見つめる。
 ぼんやりとしながら、今日のことを目を閉じて思い出す。
 思うのは、一人の青年。
 季節外れの転校生。クラスメイト。自分より他人を考えてしまう、優しいひと。
 美弥乃は薄っすらと笑んで、天井を触ろうとするように腕を真っ直ぐ伸ばす。
「姫宮君……か」
 ほんのりと頬を赤らめ、彼の名前を呼ぶ。
 美弥乃は、正直言って一目惚れした。格好良くて、性格良さそうで、生徒会長に気軽に話しかけられる珍しい生徒。
 テーブルに顔を乗っけてぼんやりしていると、テーブルに置いてある携帯が目に付く。
 なんとなくそれを手に取って、ぽつりと呟く。
「番号、訊けないかな……」
 自然とそう呟いて、それに気付いた美弥乃はかーっと顔が熱くなるのを感じた。
「わっ、うわっ、ワタシなに考えて!?」
 がばっと立ち上がり、壁に寄りかかる。
 携帯を見つめて眉をひそめながら、だがゆっくりと体が脱力してゆく。
 つつつ、と指でなぞりながら、美弥乃は窓の向こうを眺めた。
「姫宮君……恭亜君って読んだらマズいかな」
 美弥乃は時計を見てからテーブルの上のラップを取り、一切れずつスイカを包む。
 一個置いて、残りのものを冷蔵庫に入れる。その上に『横取り厳禁、鵜方美弥乃』と書いた紙を置く。
 それから、スイカを載せた皿を片手に、美弥乃は電気を消して調理室を出ていった。










 静かな夜に雨が降る。
 ひとつの廃ビルに入り込んだ恭亜は、少し離れたところで電話をしているアインを見る。
「そう。例の、うん……誤魔化せへん、もろ銃突きつけてもうた」
 今更雨除けしても、二人ともずぶ濡れでほとんど意味が無い。
 しかもアインのほうはキャミソールの下に何も見につけていないらしく、凄く、目のやり場に困る。
 かくいうアイン本人はまるで事務的に返答しているだけ。
「えぇよ、大したことやあらへん。心配性やなハイネは」
 ハイネ、変わった名前だなと恭亜は思った。まあ、アインも大分変わった名前ではあるが。
「うん、ウチがなんとかする。なんかあったらまた電話する。うん、うん……わかった、うん……ほな」
 ぷ、というボタンの音を仕切りに、雨の音だけが痛いほど鳴り続ける。
 階段のところに腰掛けていた恭亜は、ゆっくりと立ち上がる。それに気付いたアインは振り向いた。
 恭亜は言葉が見当たらない。
 月夜すらない闇夜。なんとかわかる程度の暗いなかに、蒼白銀の髪の少女の姿がある。まるで、自分から輝きを持っているような不思議な感覚を覚える。
 だが彼女の表情がほとんどないのが、その先の答えを暗示しているようで掛ける言葉が見つからない。
 逡巡している恭亜を見つめ、逢音はその小振りの唇から感情の失せた声が出る。
「なんで来たん? すくなくとも、ウチを追って来よったんやね」
 綺麗なソプラノ。だが関西弁であること以外に感情の見当たらない声に恭亜は背筋が凍る。
「いや……それは」
「……ウチを追って来よったんやね?」
 少し語調を強めて言い直すアインに、恭亜は心臓が潰されるかと思った。
 アインの眼は、まるで見咎めるような怒った視線な気がして、酷い罪悪感で満たされた。
 なんとも言えない距離を保ちながら、アインはまた呟くように喋る。
「もうえぇ、そんなことは別にどぉでもいい話やから」微妙に突き放した空気が痛いことを理解せずに、「見たんやね」
「見た、って……」
「あの、銃のことや……」
 どこか言い難そうにアインは訊く。
 はっきり銃と言ってる時点でどこかカミングアウトしている気がするが、恭亜は頷いた。
「見た……ていうか、思いっきり突きつけられた」
 さりとなくトドメを刺してることに、自分も気付いていない恭亜を見て、アインは苦々しそうに後退りする。
「……っ」
 アインは振り返ってしゃがみ込み、地面に『の』の字を書き始める。
「え、と……蓮杖?」
「あかん、むっちゃとちってもぉたぁ……またプリシラにどやされる」
 さも悲しそうに縮こまるアイン。
 なんだか、いきなりしおらしくなる姿に恭亜は怪訝な顔をした。銃を突きつけて冷徹な視線を向けていたのが嘘のようだ。
 どうしたのかと首を傾げていると、突如立ち上がりアインは恭亜に詰め寄る。
 アインの身長は実際かなり低い。一六八センチある恭亜から見て、逢音や美弥乃は頭一個分差がある。何が言いたいのかと言うのは無粋だろう。詰め寄ったつもりのアインが、実はさりげなく爪先立ちしているのは内緒ということだ。
 それでもアインの場合、その顔立ちが違う。
 芸能人を場末のホステスにするだけの美貌をなんの予兆なしに近づけられると、さすがの恭亜もドキっとした。
 濡れそぼった白い肌、ほんのりと桃色に潤む唇、なんだか紅潮している耳朶。どこをとっても可愛らしい。ただでさえぼさぼさの髪で目元が隠れているのに、雨で濡れて余計に見えない。吐息が掛かる距離で、初めて寝ぼけ眼が判る。
 ふっと甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「一つだけ約束して」
「え……?」
「約束して、さっきアンタが見たことを他人に口外せんといて」
 その凛とした相貌が、切望の表情に変わる。
 心臓が嫌な鼓動を繰り返していたが、恭亜は今度は意志を以って頷いた。
「判った、誰にも言わない。ただ説明してくれ、こんなところで何をしていたんだ? あの銃は?」
 アインは表情を曖昧なものにする。口外されないことへの安堵と、説明への躊躇が混じっている。
 恭亜の真摯な眼差しに気圧され、思わずアインは視線を逸らす。
「……、ガンサバイバル大好きっ娘属性ってことで」
「拳銃の音ぐらい聞き分けがつく、明らかに本物だった」
 ぐ、と押し黙るアイン。
 恭亜は強めに訊き返す。
「どういうことなんだ。アレで一体、何を撃ったんだ?」
 目下、恭亜の懸念はそれだ。まさかクラスメイト、それも隣りの席の生徒が人殺しなんてしていたら洒落では済まされない。
「まさか、人を……」
「ちゃう、そんなんやないっ」
 少し焦ったようにアインは否定した。
 それからしばし逡巡し、小さく吐息を漏らした。
「……わかった、このこと言わへんでくれるなら教えてもえぇ。ただし、口外しようとしたらアンタを殺す。そん時は撃つで」
 といっても、今彼女は手ぶらだ。あの大きな銃はどこにも見当たらない。
 アインはそれに気付いたのか、すっと右腕を上げる。
「ごめんな、もういっちょだけ出てきて。ファイノメイナ」
 不審そうに恭亜が目を細めた瞬間、暗闇が閃光によって破られる。
 淡く清い、白銀の光。恭亜は驚いて腕で顔を覆う。
 閃光弾のような光の奔流はすぐに止み、また暗闇が訪れる。不意の打撃に目をぱちぱちさせながらアインを見る。
 慣れた瞳孔に、突きつけられている大口径の銀の銃。恭亜は呼吸を忘れた。
「……これは、日常為らざる存在を深淵に還す力」
 いきなり、可愛らしい顔に似合わない突拍子もない言葉が出た。
 どうしていいか判らずに、とりあえず銃口が恐くて固まったままの恭亜を見つめてアインは続ける。
「ウチは普通やない。この日常から外れた世界と契約して、人でない存在になってしまったモンや」
「……………あのー」
 だんだん飛躍した言葉についていけなくなった恭亜は両手を挙げて降参のポーズをしながら声をかける。
「なんや」
「……いや、判らなくもないけどよ。人それぞれだから、な」
「なんのこと?」
「……………電波?」
 人に向かって言うのは失礼かと思うが、言わずにはいられなかった。
 は? とアインはきょとん顔。
「日常為らざる存在? 人でない存在になった? なに言ってんの?」
 さすがに非難めいた視線を向ける恭亜。
 つまり、『足りない人間』と思ったのだ。
 そう思われているのに気付いたアインは、すっと表情を殺す。
「まぁ判ったから、その銃捨てて早く寮に帰るべきだ。送るから行こう、な?」
 恭亜は突きつけられている銃を、その折れてしまいそうな華奢な腕に手を掛けようとしたとき、

 ドン!!

 いきなり銃口から火が吹いた。
 ブォン、という風と共に左頬が熱くなる。
 直後に背後で壁が穿たれる音が聴こえるが、恭亜は振り返ることも出来ずにまた硬直した。
 たらり、と。雨水とは違う液体の伝う感触に、そっと触れる。指先に、血。
 撃たれた、と理解するのに数秒掛かった。
 静かにアインが口を開く。
「本気で言うとんのに、冗談めかして笑われるんは嫌いや」
 そこでやっと、恭亜は今本物の銃を向けられていることを深く気付かされる。
「なんならほんまに撃たれて、ウチが本気かどうかよぉ確かめる?」
 冷たい双眸に見据えられ、恭亜は一歩退く。
 彼女の眼には迷いがない。もしかしたら、平気で撃っていたかもしれない。
「で、聞く気になった? 本当なら命令調でもえぇんや、大人しぃ聞いて」
「……わか、た。とりあえず銃を下ろしてくれ」
 せめてもの頼みに、アインはゆっくりと銃を下ろす。
 改めて見ると凄い銃だ。白銀に煌く銃身、逢音の細い指では不釣合いなずっしりとした重みが判る。大口径の銃口から放たれる銃弾は、きっと頭部に直撃すると粉々に砕いてしまう威力があるだろう。
 何より、そんな殺傷力の有り得る兵器を平然と持っているのが奇妙な光景に思える。
 どこかとろんとした視線を向けながら、アインは口を開く。
「信じてくれるならはっきり言う、ウチはこの世に存在するはずのない異形を殺し、『初めからこっちの世界には来なかった』ことにする。事象を元に戻して修正するのがウチの仕事なんや」
 疑ってまた撃たれたくない恭亜は、不承不承にも頷く。
「その、異形ってなんなんだ?」
 アインは一度呼吸を置いてから、答えた。
「……ABYSS」
「あびす?」
 アインは頷いて振り向くと、ゆっくり歩き出す。
「本来この世に居るはずのない存在である彼らABYSSは、時折出来てまう次元の亀裂に呑まれてやってきてまう。ウチらはそれを退治するのが仕事。どぅゆあんだーすたん?」
 物凄く拙い英語で訊いてくる逢音。
 なんだか拍子抜けしかねないが、恭亜は一つずつ確認してゆく。
「とにかく、お前はその……あびす、ってのを倒していたと」
「うん、そう。ABYSSは深淵に存在すべき異端。こことは外れた世界に居るべき者。つまり、この世界に来てはいけないモンや。それがABYSS。深淵を意味する者」
「……、」
「信じられへんのは仕方ない。でも信じるほかない、コイツを見れば解るはずや」
 銃口を天井に向けるようにして、その銀の銃を見せる。鮮やかで人の目を惹く銀を、恭亜は見て頷く。
「それは……?」
「ABYSSは人間の手では殺せへん。核弾頭でも使えばできるかも知れへんけど、それが限界や。せやからウチら人間の中に極稀にいる適正者を、こことは違う世界の支配者として契約することで新たな存在を創る」
「適正?」
「世界から逸脱できる適正」アインは答えた。「言い方を変えれば、『その世界と同一になる適正』。そうして生まれ変わった人間を、オーラム・チルドレンと呼んどる」
「オーラム・チルドレン……」
 呟いてから恭亜は恐る恐る訊いてみる。
「まさか、お前もその……」
 アインは、また溜息をついてから答える。
「ウチもオーラム・チルドレン。真名は?星天蓋?、そしてこの子が契約した神器……ファイノメイナ」
 銃を見せる。どうやら銃の名前がファイノメイナと呼ぶらしい。
 ぽつりと呟いた直後、呼応するように銃が淡く煌いて虚空に消える。
「オーラム・チルドレンは持つ人智を超えた能力を使ぉてABYSSを倒すことができる」
「……じゃあ、さっきも」
 アインはこくりと頷く。
「二体、倒した」
 ぽつぽつ、とどこかで雨の漏れる音が聴こえる。
 安心とは程遠い沈痛なまでの静寂が支配する。
 やがて、恭亜は口を開いた。
「……戦ってる、っていうのか?」
 疲れたような声を出されて、アインは小首を傾げた。
 恭亜は、恐かった。
 こんな戦いがあったことをじゃない。
 彼の知った蓮杖アインが、戦場に居ることをなんら異常と思わないことに、畏怖を感じた。
 目の前に居る逢音から、得体の知れない重圧を感じる。空気を吸うだけで、肺を内側から破壊されそうな、そんな感覚。
 ぶるりと震えてその現実に怯える恭亜に気付けず、アインは何事もないかのように答えた。
「それが、ウチの仕事やから」
 恭亜は、なんの返事も出来やしなかった。





 青年は一人、夜の雨の中で佇んでいた。
 廃ビルの屋上。当然のように雨に打たれそれでも彼はそこから動こうとしなかった。
 黒いスーツは長時間水を吸いすぎて重くなってしまっている。スーツだけではない、ズボンも肌も後ろで束ねた金糸の髪もすっかり重量感を満たしてしまっていた。ずぶ濡れのポケットに、両手を入れて屹立している。
 いくら夏の入りとはいえ、小一時間雨を浴び続ければ肌寒い。
 なのに、青年は微動だにしない。
 サングラスの下にある口元は、歓喜の嘲笑。
「最悪に最高だ。《ツクヨミ》のオーラム・チルドレンが東京に居るとは誤算だったな」
 面白そうに、まるで祝福するかのように笑みを浮かべ続けた。
 屋上から、車道を見つめる青年。
 そこはさっき、一人の少女がABYSSと呼ばれる異形を撃ち殺した惨劇の場所。ところどころのコンクリートが砕けている。
 くつくつと込み上げる笑みに肩が震える。
「でも凄いな、ABYSSを二体も倒すとは。よほど戦闘に自信があるのかな?」
 いや、それはどうでもいい問題だ。
 もし彼女と彼が接触したら、どうなるのだろう。
 彼が言うには、世界を構築する根源となったのはクラスメイトの男子生徒だとか。
 青年としては、ただの素人を殺すのは少しつまらないことではある。そうでなければ、なんの気変わりがあって彼に懇切丁寧に?こちら側?の構造を教えたのか分かりやしない。
 とにかく、面白くなるように自分の世界に馴れてもらわなければ話にならない。
 青年は露垂れるサングラスを掛け直して、灰の空を見上げた。
「……彼はなんて言ってたかな……確か、姫宮?」
 独り言は雨の叩く音に紛れて消えた。





 ――第二章――
2006-02-02 22:43:03公開 / 作者:祠堂 崇
■この作品の著作権は祠堂 崇さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どうも、諸星です。
いきなりの投稿ですが、もうすでに書き上げたものを一気に投稿することにしました。稚拙な上に長い文章で大変恐縮ですが、指摘感想、お願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
 拝読候。
 いやあ、面白い面白い。こんなものが読めるとは、毎日毎日登竜門にへばりついている甲斐があったというものです。限りなく私の趣味に合致している書き物ですね。いや、客観的に見ても面白いと思いますが。
 キャラクター間のやり取りはこのぐらいの緊張感が一番惹かれます。舞台設定がやや既製品を拭いきれていないのと、進行具合が単調であることが多少の難点ですけれど、人物造形や語り口のスピードは私もあやかりたいですね。モノクルが個人的にクリーンヒットしてます。
 既製品の話を挙げましたけれど、これはライトノベルのノリなのでしょうか。一般よりかは知っているつもりでも、登竜門の中ではそれほど詳しくはないので(もう、ティーン’sじゃないし)、これがどれほど新鮮な物語なのか正しくはわからず。でも、読んだ印象ではいくつかのライトノベル的要素を複合的に取り扱っているようですね。基本的には、能力者ものが多いのかな。今、読んだまででは設定が明かされていないので判断は早計な気もしますが。こういったものは出版社に応募したりなどしているのでしょうか。送っているのであれば、これでどの程度通用しているのか教えていただきたいです。どのあたりだと作品の埋没を避けられるのか非常に関心があります。
 流れが気になったのはアインがファイノメイナの説明をするくだり。恭亜が「電波?」と聞くのは真面目に問うているのでしょうか。互いに齟齬が生じているのなら、そこをもう少し書き込んでほしいですね。
 あ、あと。生徒会長がオヤジ思考とありますが、書き物全体的に萌え思考で書かれていると感じました(ライト系なら当然なのだろうか)。
2006-02-03 00:32:55【★★★★☆】clown-crown
clown-crown様、早々なる感想、まことに有難う御座います。
いくつかの指摘があるも、面白いと言っていただけて諸星は至福であります(泣)。
確かにベースにしたものに近寄りすぎて、類似点がちらほらと見えてしまっています。オリジナリティを追及すべきとはわかってますが、勢い勢いと言っている内にこんな終わり方をしてしまいました。ファイノメイナの下りは特に『やっちゃった感』が出てしまってますね。善処というか、注意します。
すでに書き上げたと書いてますが、実際はまだ出版社には出していないものです。ただ、受けが良ければ修正して出そうかなとは思っている作品です。
指摘と感想、とても感謝する所存です。
ただ、書き物全体に萌え思考はビックリしました(笑)。
2006-02-03 15:00:26【☆☆☆☆☆】諸星 崇
素晴らしい。誠に素晴らしいと切に思うのです。
片仮名が多いので、全てを覚えられるかどうかが非常に不安ですが。
恭亜の女の子に対する性格がいまいち不確定な気がしますが、確かにおなごの上目遣いはポイント高いので特につっこむべき処ではないのでしょう。それはそうと、今は中学生でも160後半ぐらいでは小さい部類です。現在俺が168ですが、前から四番目なので。
敬われることから逃げる恭亜。謎めいた銀髪電波娘(違)アイン。そして檜山はどうなったのか。てーかあの、グラサンやろーは一体誰だ。会長、取り巻き影薄三兄弟、忘れちゃいけない美弥乃ちゃん。濃いキャラが大量出現していやすが、それぞれが独立しており、互いに打ち消しあっていないあたりは素晴らしいの一言です。
中・下は、また別の日に読もうと思うのですが、一ヶ月後には高校入試も控える俺。読めるのか?読むべきなのか?まったくどうするべきなのだろう。いや、読むべきだろう。きっとそうだ。うん。
……眠くて、文章が構成できないという緊急事態です。ボロが出る前に撤退させていただきます。
2006-02-07 00:56:54【★★★★☆】むぅ
拝読しました。遣り取りと、物語の流れ方のテンポが良く楽しめました。面白かったです。全体的に読み易くはあったのですが、所所地の文章の流れが悪くも感じ、文末や表現等を若干広い視野で読んでみると解消されると思います。後半、恭亜がアインを追っている辺りの心情の推移が能く解らなかったです。純粋に、何故か、という点で。次回作御待ちしております。
2006-02-09 05:13:27【★★★★☆】京雅
計:12点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。