『dread』作者:山本有栖 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
みのの元へ差し出されたのは、刃物が写された奇妙な写真。それは、ちまたで話題の連続誘拐事件の犯人が被害者へ犯行の予告をするときの手口と同じだった───。連続中高生誘拐事件にまつわる短編連作第一話目。
全角8942文字
容量17884 bytes
原稿用紙約22.36枚
 雪は、黙ってそれを手に取った。そこに映されているモノ全てを丁寧に追っていく彼の目は、光を受け、少し潤んでいる。彼の瞳は第一印象から、澄んでいるな、と感じさせた。彼は大人にはあまり見かけることのない、濁りの無い瞳をしている。少しぞっとするほど生気を感じさせない青白い肌や、普段あまり動かすことのない顔の筋肉などとは、まるで正反対の印象である。
 私にはその印象のアンバランスさが逆に彼の魅力のように感じられた。だがクラスでそう感じているのは私だけのようだった。クラスメイト達は、とにかく目立つ子に気を取られていて、彼のことなど見ている余裕はない、といった感じである。
「この写真、どう思う?」
 彼は、私を無視した。写真を顔と平行の位置に置き、じいっと、それを眺めている。あんまり眺めているので聞いてみたのだが、彼は何かに夢中になると、とにかく声を掛けても無視をする。それが本当に聞こえていないのか、わざとなのかは謎である。
「殺すって予告してるつもりかもね」
 もう一度呼びかけようとすると、ふいに雪は言った。写真と両手が顔を隠して、雪がどんな表情をしているのかは分からない。
「やっぱり、そう思う?」
 私の言葉は空気に触れ、白く、広がって、やがてこの町と同化していく。私の存在も、こんなふうに静かに、この世界から消えて行くのだろうか。
「もしかして、死ぬの、怖いのかい」
 雪が淡々とした様子で聞いてきた。
「どうしてそんな事聞くの?」
「なんとなく。僕の勘が、君は怖がってるって言ってる」
「……そう」
 悪寒がした。一瞬、この世界が、現実なのか夢の中なのか分からなくなった。だが、絶対に今抱いている感情に気づかれないようにと細心の注意を払い、私は口を開ける。
「あなたの勘、狂っちゃったのよ」
「……そうかも」
 彼は冷えて少しかさついた手で、写真を私に差し出した。私はそれを受け取る。
 
 
「みのちゃん……」
 同じクラスの大野渉は、放課後、私のところへやってきた。
 彼女の髪は、先生にばれない程度に髪を染める、いわゆるビビり染めと呼ばれるやり方でこげ茶色に染まっている。楽しそうに会話をしながら帰る準備をしている生徒達の中を、ごく自然に、目立たず、すり抜けてきた。私はそれを見て少し感心してしまった。私の場合、人の波を通過しようとすると必ずその波と反発し合い、結果、行く先を塞がれてしまう。そして、一旦立ち止まらなければならない。こういう状態になるのは、もしかして、私が知らない間に放っている波動が他の子達のそれとどこかずれているからなのかもしれない、と思ったりする。
 自分と違う波動が近づいてくることを無意識の内に感じると、敵から身を守るかのように、その波動が周囲を流れるのを拒み、弾こうとする。そして、この無意識の防衛反応が、私のように上手く人ごみの中を渡れない人間を作るのだ。
 その点、大野渉は、波長を人に合わせるという能力に長けている。
「元気ないね。何かあった?」
 そんなことを考えながら声を掛けると、大野渉はぎこちなく微笑した。私の様子を窺っているようだ。
「……さっき、掃除のとき、偶然、見つけちゃって」
 毎日十分程度の掃除が、その日の全授業を終えると、ある。彼女の掃除区域は、下駄箱付近である。
「何を?」
「これ」
 そういって、一枚の写真を私に差し出す。私はそれを見た。漆黒の布生地が全体に広げてあり、その上に果物ナイフが乗せられている。ナイフの刃は銀色に光っていて、艶がある。まだ新しい。
 大野渉は私の席の横に、見下ろす形で立っていた。私は彼女を見上げる。
「みのちゃんの下駄箱、空きっぱなしになってたの。だから閉めてあげようと思って手を伸ばしたら、中にこれが入ってた」
 大野渉はそう言った。この学校の下駄箱は、一つ一つに扉が付いている。どうやら私の下駄箱だけ開いたままになっていたのが、目立ったらしい。大野渉はそのまま話を続けた。
「誰かのいたずらかもしれないけど……もしかしたら、これ……」
 そう言いかけて、彼女は押し黙る。私は彼女が言おうとしている事を把握した。
「分かった。私が、次の被害者になるかもしれないって言いたいんだね」
「……まさかとは思うんだけど」
 近頃、私達はよくローカルテレビである事件のニュースを耳にしていた。何者かが男女問わず中高生を狙い、誘拐するという事件だ。そして数日後、誘拐された高校生はほぼ無傷の状態で、誘拐現場とは異なる土地にて発見される。
 この事件の犯人は、決まって、被害者にあらかじめ予告するように、凶器の写真を送りつけている。テレビで流されていた被害者の話によると、送りつけられた写真に映っていた木製バットで殴られ、気絶させられた上で誘拐されたのだそうだ。だが、そのあとのことは、話したくないの一点張りで、取材拒否をしているらしい。被害者は他にも数人いるのだが、全員ほぼ無傷で取材拒否をするため、犯人の目的が分からない、と報道されていた。被害者がこの学校の周辺に頻出しているため、私の住んでいるこの町ではとても有名な話だった。大野渉は、その手口と、今回の私の下駄箱に入っていた写真が「凶器」であるという意味で類似していたため、私が狙われているのではないかと言いたかったようだ。
とはいえ、今までの被害者の写真に写っていたと発表されているのは、木製バットばかりである。木製バットと果物ナイフでは殺傷能力にずいぶんな差が生じる。だから彼女が、私が殺されるのではないかといった意味合いを込めて言っている気がした。
「わたし、みのちゃんが心配よ。みのちゃんは、大切な人なの」
 彼女はそう言って、唇を噛んだ。
 大野渉は、世渡りの上手い性格である。クラスの中心にいるような子達の輪に入るのが上手で、友達も多い。にも拘らず、他人に調子を合わせることが出来ないでいる私によくなついた。彼女には私が、自由奔放で人に流されることのない、強い人間に見えているようだった。彼女は「外側から見た私の内面」に憧れているのだろう。だが、私にしてみれば、多くの人々と上手く付き合っていける大野渉のほうがよっぽど憧れである。
 彼女は心配だから私を家まで送る、と言ってきたが、私は自分の持ち得る最大限の丁寧さを駆使して断った。それは、雪と早く会話がしたいがためだった。雪は私と同じで、他人に合わせることの下手な人間である。他人に合わせる事の出来ない人間は、逆に言えば、他人に合わせられない人間を受け入れることが出来る。私と雪は、お互いを受け入れていた。会話をしたくなった時はそばに近づき、1人になりたい時には、相手がこちらへ来ない限り放っておく。私には、何にも縛られていないこの関係が心地良かった。この心地良さを、誰かが中に入ってくることで、崩されたくなかったのだ。
 
 
「あの事件って、写真を送りつけてから、何日後に誘拐するんだっけ」
 鞄の中に写真を戻していると、雪が私に尋ねた。私は、紺色の、スクールバックのふたを閉じる。
「……翌日」
「じゃあ、明日?早いな」
 私達は少しの間、黙り込んだ。
「やっぱり、一ノ瀬もこの写真、あの事件の犯人からだと思ってるのね」
 私が切り出した。
「思ってるよ」
 雪はきっぱりと言った。
「どうして?」
「どうしてって……森山さんは、きみに悪ふざけでこんなもの送りつけるような怖いもの知らず、いると思ってるわけ?」
 そう言って彼は、以前学校に変質者が現れたときの話を持ち出した。変質者の存在を確認すると、生徒達は興奮した声で叫び、騒ぎながら逃げ惑った。そんな中ただ一人、恐ろしい言葉を発し、落ち着いた様子で変質者を追い払った私の恐ろしさを、明確に私に伝えた。
「あれは落ち着いてたわけじゃなくて、愕然としてたの。私だって、急に変質者が現れれば怖いのよ。まあ、ほんの少しよ、少しだけど」
「へえ、そうなの。怖いのによく頑張ったね」
「………そう、頑張ったわ」
 すると、雪は話の流れに任せたように、口を開いた。
「……明日には、森山さん、いなくなるのかな」
 普段通り、無表情で少しうつむいている。
 私はさあ、としか言えなかった。雪は続ける。
「これがいい機会だと思ってる? でも、他人に殺されるっていうのは、怖くないかい」
「……人に殺されることは、やっぱり、怖いことだと思うわ」
 殺され方にもよるけど、と私は言った。
 バス停の前に差し掛かった。私と雪は立ち止まる。
「じゃあ、これでさようなら、かもしれないね」
「翌日っていっても、今までの犯行が行われたのは放課後だったはずだから、また学校で会うことになるかもしれないわ」
「ああ、そうなんだ」
「……じゃあね」
「もし生きてたら、また明日」
「そうね」
 彼はやってきたバスに乗り込んだ。私はその姿を見送らず、バス停を通り過ぎた。
 私達は、いつもと変わらない調子で、生きて会うのが最後かもしれないという日を過ごしたのだ。
 

*後編*


 朝、私は普段通りに教室にたどり着いた。
 私の姿を確認すると、大野渉がこちらにやってくる。
「おはよう、みのちゃん」
 彼女、私が今日にでも犯人に誘拐されると予感しているのだろうか。どこか切羽詰った表情をしている。
 私もあいさつを返した。
 彼女は、なんとか私に微笑を返すと、席へと戻っていった。
 始業のチャイムが鳴る。明日から、このチャイムは聞けなくなるのか……。学校は嫌いなはずなのにそう思うと、何故か少しだけ寂しいと思えた。
 この日も滞りなく一日の授業は終わった。今日は雪と一言も交わさなかった。
 雪と話をしないまま死ぬなんて絶対に後悔するに決まっている。なのに、私の足は雪の元へは動かなかった。私達は、今までありがとう、楽しかったよ、なんて言い合う間柄ではない。そんなことを言うのは逆に不自然に感じる。どんな言葉を掛けたらいいのか私には分からなかったのだ。それは、きっと雪も同じなのだろう。 刻々と、最後の時は近づいている。
 
 
「みのちゃん」
 帰ろうとすると、すぐに大野渉は声を掛けてきた。
 やっぱり心配だから一緒に帰ろう、というようなことを私に言った。私といれば誘拐犯が襲ってくるかもしれないと感じているだろうに、勇気があるなあ、と思った。同時に、危険を冒してまで私と一緒にいようとしてくれることが嬉しかった。だから私は、彼女と一緒に帰ることにした。
 すると彼女は安堵したように微笑んだ。
「良かった。実は返さなきゃいけない本があるんだけど、帰る前に図書室寄ってもいい?」
 私はうなずく。このとき、誰かの鋭い視線を感じた。私はとっさに雪を見た。雪は帰る準備をしているようだ。首にマフラーを巻こうと、少しうつむいている。私の方を向いてはいなかった。
 大野渉が行こう、というように口を動かし、歩き出した。それにならい私はついていく。心の中でひそかに雪に「さよなら」と告げながら、私は教室を出た。
 図書室は最上階にあるため、私達は階段をのぼる。大野渉の隣を歩きながら、彼女ともお別れだな、とぼんやり思った。
 最上階には、図書室と普段使われていない教室が数個ある。教室が普段利用される事の無いため、図書室を利用する生徒以外はここにはいない。その上図書室を利用する生徒はあまり多くないため、人が寄りつかない場所だった。だから、私は気軽に図書室を利用することが出来た。ここが好きだった。
 図書室は最上階の突き当たりにある。彼女は戸を開けて私の手を引くと、中へ招き入れた。
 その教室は「多目的ルーム」と書かれている。そこは、図書室ではなかった。
 中はがらんとしていて、少し埃っぽい。片足が欠けている椅子や、落書きをあちこちに書かれている机などが数個、辺りに転がっている。
 私は動揺した。
生徒達と話し声が遠くから聞こえる。かちゃかちゃ………。私の目の前では、金属のぶつかり合う音が響いた。
 
 
 彼女は鍵を掛けると、振り向き、私の方を見た。
「私、図書室に用なんてないんだ。嘘ついてごめん」
 彼女は、そう言って床に座り込む。私も彼女の真正面に座った。
「じゃあ、どうして……?」
 彼女は何て言うのだろう。私は緊張しながら聞いた。すると彼女は意外、という顔をした。
「分かってると思ってた」
「分からないよ、そんなの」
「そう……。じゃあ、言うけど」 彼女は息を潜めた。
「一ノ瀬君、みのちゃんのこと殺す気なんだよ」
 大野渉は、静かに、そう断言した。
 私は呆然としてしまった。
 ……一ノ瀬が、私を殺す?そんな馬鹿な。

「……有り得ない」
「なんで有り得ないと思うわけ?」
 私は少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「……まず、一ノ瀬にとっての私は、殺すほどの価値があるとは思えない」
 私のこの言葉に、彼女は眉をひそめた。
「なに、それ」
「……とにかく、一ノ瀬は私を殺したりしない」
「みのちゃん…… でもわたしね、本当はあの写真、入れられるところを見てたの。……一ノ瀬君が入れてるのをね」
「……えっ?!」
 私は頭が混乱した。
 一ノ瀬、私が見せたとき何も言わなかったと思うけど……。
 まさか、私が写真を見せる前に、すでに一ノ瀬が見ていた………?
 私は動揺を隠せなかった。
「……いつ、入れてたの?」
「掃除に行くときよ。まだ私は教室を出たばかりで下駄箱からは少し遠かったけど、扉が開いている下駄箱の前に一人、立ってたの。すぐ去って行っちゃったけど、あれは間違いない。一之瀬君だった」
「……どうして、昨日、すぐ教えてくれなかったの?」
 私の声は、震えていた。
「だって、早く帰りたそうな顔してたじゃない……。それに、犯行が行われるのは翌日だと決め込んでたから」
「そう……」
「一ノ瀬くんが帰るまで、ここで隠れてようよ。鍵掛けておけば大丈夫だよ、きっと」
 
 
校門を出ると、人の気配がした。雪が、門の壁にもたれて私を見ていた。
「大野さんと帰らないの?」
 雪が聞いてきた。
「まあね。どうしてそこにいるの?」
「分かってるくせに」
「……私を待ってた?」
「そうだよ」
 私と雪は、肩を並べて歩き出した。
 私は、もうこれで雪と帰るのは最後になるのか、などとぼんやり考えていた。おかげで、彼が私を無理やり脇道に押し込んだ事に反応できなかった。
 彼は、私の腕を普段の彼からは想像できないほどの強さで引っ張った。何が何だか分からなくなった。私はされるがままに脇道の奥へと押し込まれる。そこは、間隔が狭くなっていて薄暗い場所になっている。
 肩を押さえ込まれて、身動きが出来ない。彼は真っ直ぐ私を見ている。
「……森山さん」
 雪の声は、静かで、落ち着いている。
「なに……?」
 そう言うと、彼は片方の手を、私の肩から首へゆっくりと移動させた。
「果物ナイフで殺されたかったの?」
「…………」
 私は何も答えなかった。
「言ってくれないと分からないよ」
 もう片方の手も私の首へと移動する。彼の両手に力が加わり、首が少し絞まった。私は思わず彼の両手首を掴んだが、抵抗はしなかった。
 ただ、彼の顔を眺める。目が合った。……やはり、彼の瞳は雪を連想させた。
 何故なのかは分からないが、今まで彼を見てきた中で今が一番、強く雪を思い起こした。
 雪に殺されるなら本望だと、本気でそう思った。
「…………雪……」
 私は思わず、ずっと言わないようにしていた名前を言ってしまった。
 彼の動きが止まった。
 彼の手の力が、すっと緩むのが分かった。
 
 
 
「分かってると思うけど、僕の名前はユキではないよ……」
 彼の瞳が、ユキというのは誰なのかと聞いている。
 彼の手は、未だ私の首を掴んでいる。私は、答える事にした。
「私の、弟よ……。去年、交通事故で死んだの」
「どうして弟さんの名前を今、言ったわけ」
「……あなたによく、似てるのよ…………」
 彼は少しの間黙った。
「……僕を、きみの弟さんと重ねたのかい」
 彼は、両手に力を加えた。私の肩が思わず上がる。
 喉が圧迫されて少し痛んだ。
「わたしを……殺すの?」
 呼吸はかろうじて出来たが、圧迫されていて上手く話せない。
 それでも必死に彼に聞いた。
 彼はかろうじて手の力を抜いて、私が普通に話せるようにした。そして言った。
「きみが死ぬのを黙ってみなきゃいけないなら、僕がきみを殺す」
 今の言葉で私はばれていると確信した。最後の確認のつもりで、私は聞いた。
「あなたが……犯人なの……?」
 一ノ瀬は、はっきりと答えた。
「写真をきみに出したのは僕じゃない。分かっているだろう……きみ自身だよ」
 やっぱり、ばれてしまっていた。
 
 
 
「一ノ瀬、やっぱり、頭良いのね」
 私が言うと、彼は真顔でこう言った。
「ちなみに今のは、はったりだけどね」
「…………え? うそ」
「ただの推測。何の証拠もないのに、分かるわけが無いでしょう」
 そしてこう付け足した。
「森山さんは、結構ばかだね」
 あっさりと彼は言う。こんな混乱した状況ではったりかますとは、やってくれる………。
「どうして、こんなことしたわけ」
 案の定、聞いてきた。
 今更、教えなーい、などと言えるわけがない。仕方が無い……。私は諦めた。
「……雪がいなくなってから、私……家族がいないのよ。私と雪は、元々施設出身で、養子だったから」
 一ノ瀬は黙って聞いている。私は続けた。
「育ての親は、いい人たちだった……だけど、私達が引き取られた後、2人に子供が出来たのよ」
 一ノ瀬は納得したようにうなずいた。
「なるほど。大体、分かった」
「……まあ、一ノ瀬の想像通りだと思うけど、私達は以来、邪魔者扱いってわけ」
「それで、唯一の希望だった弟さんががいなくなって、もう生きる希望がないから自殺しようとしたってことかい」
 私は、頷いて後に続けた。
「……ほんとは一ノ瀬に写真を見せた時、心配してくれたら、死ぬなんて考えるのよそうって思ってた」
 一ノ瀬は、それを聞いて意外そうな顔をした。
「え、そうなの? 全く勝手な話だなあ……僕はそんなに甘くない」
「そうみたいね」
 一ノ瀬は、ゆっくり、私から手を離した。そして、私を置いて元の道を辿って歩いていく。私はそれについていった。
「冗談だよ……。僕はきみが死ぬのを怖がっているのなら、助けてあげようと思っていたよ」
 一ノ瀬は、私の半歩前を歩きながらそう言った。
 私は驚いた。だって彼はそんなそぶり少しも見せなかったのだ。
「でもきみは僕の勘が狂っている、と言ったから」
「あれは、私の考えが読まれていると思って怖かったのよ。だから絶対ばれないようにと必死で、怖がっていないふりをしたの」
 一ノ瀬はそれに続けた。
「そう……だから僕には、きみが死にたがっているように見えた。僕が死ぬのを止めようとして、きみから拒絶されるのがけっこう怖かった」
「………うそ」
 彼は私に死んで欲しくなかったのだ。私はそのことに全く気づかなかった。
「森山さんは、本当に世話の焼ける人だね………」
 そう言って彼は、私をじと、と睨んだ。「ねえ、どうして私がやったって思ったの?」
「それは、大野さんと図書室へ行ったにも関わらず、きみが僕のところに来たときに大体確信を持った」
 彼は、私と大野さんが図書室に行こうと話していたのを聞いていたのだ。やはりあのときの視線は、一ノ瀬のものだった。
「僕は、大野さんよりも前にあの写真を目にしていた。そのことを大野さんが目撃した事も、気づいていたから」
「そうだったのね」
「大野さんは絶対僕の事を疑って、きみにそのことを伝えると思ったんだ。それを聞けば命の危険を感じて僕に近づかないのが、普通でしょう」
 私は素直に一ノ瀬に感心した。
「へえ、けっこう考えてたのね。でも残念ながら、たとえ犯人だと思っても私はあなたのところに行ったと思うわ」
「そうだろうね。まあ今回は、運が良かった」
 バスがやって来た。それに乗り込もうとしている一ノ瀬の制服の裾を少し引っ張った。
「……ありがとう」
 礼を言うのはあまり慣れていなかった。そのため思わず、一ノ瀬とはまるで違う方向を向いてお礼を言った。
「これからはあんまり世話掛けないでくれると嬉しいです」
 一ノ瀬はその後何か言っていたが、あまり聞き取れなかった。
 じゃあ、と言って彼はバスに乗った。私はいつもと同じように、その姿を見送らす、バス停を通り過ぎる。
 さっき一ノ瀬、なんて言ったんだろう………?
 あの手口の真似だけはやめてほしい、みたいなこと入った気がするけど……。
 あれ? そういえば、どうして私が真似しただけで犯人じゃないと分かったのだろう?
 私はそんなことを捕まらずにやってのける器ではないと思ったのだろうか。まあその通りなのだけれど。
 …………よく分からない。まあどうでもいいか。
 明日からはもっと違う気持ちで生活が出来る気がする。私はそんなことを考えながら、空を見上げた。
   

2005-12-11 19:43:09公開 / 作者:山本有栖
■この作品の著作権は山本有栖さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
後編も更新しました。
読んで頂けて光栄です。
まだまだ未熟で至らない点があるかと思いますが、ご指摘、アドバイスなどお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
感想記事の投稿は現在ありません。
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。