『青き水菓子』作者:芦刈 / AE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約6.23枚
 紫煙が天井の色を歪めている。
 あたしは昇っていくそれを右目に、モトキの肘にあるでっぱりや皺、そこから腕へ伸びている血管の筋を左目に映しながらぼんやりと愛おしんでいた。モトキといると、あたしは全てが愛しく思えてくる。モトキに触られた箇所の温かさや、くっついている事での温かさ、そこから伝わる心臓の脈動が愛しい。溢れかえった愛の感情で吐きそうになる程、胸が一杯になる。あたしはその感覚も好きだった。
 ついと眼球を動かしてモトキの顔を見ると、モトキは事もなく煙草をふかしていた。セヴンスターの先はぢりぢりと焼け、煙となってモトキの鼻の穴や口から上がっていく。
 あたしなど気にも留めていないような、無関心な横顔を見ていたら突然の欲望が膨れ上がってきた。膨れ上がってきた欲望が頭の中で文章になったところで、あたしはふっと自嘲する。そんな事を言ったらモトキはひくだろう。
 しかしあたしは唇を動かしてしまったりするのだ。



「あたし、あなたを食べちゃいたくなる」



 ふっ。
 煙が止められるように吐かれてから、ぢりぢり焼けるセヴンスターは灰皿に押し付けられ、そこであたしはモトキの興味が向いた事を知る。
 モトキはあたしを見てから、嗤うでもない目をつくった。それからひどく真面目な顔でこう言う。『だからお前はこんなに噛みつくのか』。モトキの身体には、肩口からはじまりあらゆる所にあたしの噛み痕がつくられていた。そういうつもりじゃなかったんだけどと考えながら、それでもそうなのかもしれないとあたしは思う。知らない内に、欲望があたしにそうさせていたのかもしれない。
 噛みついたモトキの肌は固く、塩辛かった。

「そういうのじゃなくて、あたしは……あっ、ねぇ煙草やめてよ」
「なんで」
「いいから」

 あたしはモトキの手から新しく出された煙草を、煙草の箱ごと取り上げる。モトキは不満そうだったが、しょうがない事だろう。モトキは煙草を始めるとそれに集中してしまうのだ。あたしの話など聞いてくれはしない。
 煙草を取り上げられたモトキは、それなら早く話せとばかり、あたしを見据えていた。そこであたしは戸惑ってしまう。ああ、やっぱり唇を動かさなければ、あんな事を言い出さなければ善かった等と。
 唇を動かす努力をしてみたが、巧く動かせそうにはなかった。気まずくなり沈黙の中、視線をモトキから外す。と、モトキは焦れたのか、唇を窄めるとあたしの手の中から煙草を奪い取ってしまった。モトキは煙草に火をつけ、またふかしはじめる。
 ああ善くない事をしたとあたしは少し後悔するが、しかし言ってしまった時より後悔は薄いだろうと考え、少し胸を休める。
 モトキはもう、あたしなど気にも留めていないような無関心な横顔だった。その目は紫煙へ、その唇はセヴンスターのフィルターへ、その鼻は煙草の煙と関知していて、寄せられた眉や少し強ばった頬、長い睫毛はセヴンスターのために稼動されている。そこには嫉妬という、溢れる欲望があった。あたしは叫びたくて堪らなくなる。

 『ねえモトキ、』

 ―――叫びたい欲望を振り切ってモトキを眺める。煙草を持つ骨張った指やそこにある皮膚、刻まれた皺の格好の一つ一つ、産毛や爪の鋭さを。
 振り切ることは容易ではなかったけれど、溢れた愛が頭に綴らせた文章は余りに滑稽な話だったから、振り切るしかなかった。だが、その横顔や指の格好、筋肉や骨、皮膚の下にへばり付いている血管の線に、あたしは強い欲望をまた覚える。
 『ねえモトキ、そんなもの見ていないで、そんなものに口付けていないで。あたしだけを見ていて、あたしだけに口付けていて。あたしだけのものになって頂戴、あなたの時間の一秒も、他のものの為に割いたりしないで頂戴。もしも明日あたしが死んだらどうするの、あなたが死んだらどうするの、きっと残された人はこの時間を死ぬほど後悔するでしょう、あたしはそんなのぜったい厭よ』――――嫉妬を伴った欲情の言葉など、当然言えるわけがない。
 だからあたしは代わりにこう言う。『好きよ』。

「好き、大好きよ。好き、好き、大好き。モトキ、好きよ。本当に、食べちゃいたくなるくらい好きなの」

 モトキは、俺も好きだよと、さして感情のこもっていない声で返してくるけれど、ああ解っていない。あたしは軽々しく言ったわけではないというのに。
 ねぇ、もっと真摯な言葉で返してきてよ。
 あたしは愛で溢れている胸の中でそう呟き、煙草に集中している彼の横、あたしはあたしになったモトキを考える。想像は容易で、浮かばせれば恍惚の実感に陶酔を覚えた。それはとても気持ちがよく素敵な事かもしれない。
 ああでも、とあたしは眼球を動かす。モトキの姿をじっと見る。数秒して、『何』とモトキが言う。そこであたしは、あたしはあなたを食べてしまえないと思うのだ。

 だってあたしは、あなたの声やその腕や、貴方の器官があって動かされる深い胎動が好き、快活な笑顔が好き。食べてあなたがあたしになってしまったら、その全てが目に見えなくなってしまう。『あたしはそんなのぜったい厭よ』。あたしは煙草をふかすモトキに寄りかかる。モトキが片方の手をあたしに回した。あたしはうっとりして目を閉じる。
 モトキに触られた箇所の温かさや、くっついている事での温かさ、そこから伝わる心臓の脈動が愛しい。
 もう片方の手も、その胸や太股の裏側、頬やお腹まであたしとくっついていればいい、あたしのものになったらいいのに。
 膨れ上がってくる嫉妬を伴った欲情の言葉に、あたしはふっと自嘲する。
 ああ、愛おしい。



「あたし、あなたを食べちゃいたくなる」



 そこであなたが真摯な言葉を返してくれたなら、あたしはあなたに食べられちゃってもいいのに。
 セヴンスターの煙が、モトキの口から止められるように吐かれた。


2005-12-05 21:56:42公開 / 作者:芦刈
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■作者からのメッセージ
サイトにも載せものなのですが、いかなものでも評価が頂きたく投稿してみました。
はじめまして、よろしくおねがいします。
この作品に対する感想 - 昇順
 こんばんわ、はじめまして。ゆるぎの 暁(あき)と申します。まず題名に惹かれて、物語を読ませて頂きました。とても素敵な題名ですね。そして、女性のちょっと驚きな発言と愛しいという気持ちがとても可愛いというか綺麗というか、可愛く綺麗でした。まさに合体。そしてモトキさんがカッコよかった。渋いのか、それとも不精なのか、どちらでも素敵な事には変わりはありません。これからも頑張って下さいね。あ。できたら、彼女とモトキの馴れ初めなどがありましたら読んでみたいです。二人の温度差の違い、いいですね。
2005-12-05 23:14:58【★★★★☆】ゆるぎの 暁
初めまして、ミノタウロスと申します。狂おしい程に一方的な感情の激流に、苦笑いが出てしまいました。彼女がとってもモトキが好きなのは分かりましたが、相手は……。何だか、見ようによってはホラーチックな彼女の激白。ふわふわとかかれた文章。面白い内容でしたが、するりと終わってしまったので、物足りなさも感じました。では、次回作お待ちしております。
2005-12-06 05:50:20【☆☆☆☆☆】ミノタウロス
拝読しました。読みきりなのか続くのか判然としないのですが、丁寧に綴られた語り部の心情描写は結構読みごたえがありました。読みきりならば物語性に欠けると思うのですが、続くのなら読んでみたいです。これだけなら、本編と題の関係性もいまいち判りませんでした。次回作若しくは次回更新御待ちしております。
2005-12-06 06:38:48【☆☆☆☆☆】京雅
作品を読ませていただきました。誰かを好きになった狂おしいほどの独占欲は良くでていると思います。彼女の感情が丁寧だけに、モトキの人物像が弱く感じられました。文章が非常に読みやすく、感情を刺激するいい物でしたが、短すぎて物足りなかったです。読者に対する情報が少なくて、なんだか長編小説のワンシーンみたいな感じでした。では、次回作品を期待しています。
2005-12-08 08:09:55【☆☆☆☆☆】甘木
計:4点
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