『36度』作者:月明 光 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約5.79枚
 とある夏の日。
 僕は、家に帰ってすぐ、エアコンをつけた。
 エアコンが吐き出す冷たい風が、じわじわと部屋を冷ましていく。
「まったく……あいつってば、
人が見てるのに平気で抱き付いてきやがって……ちょっとは恥ずかしがれっての」
 愚痴の様な、言い訳の様な、惚気話の様な独り言を呟いて、僕は冷風に身体を晒した。
 あいつと一日を共にすると、必ずこうだ。
 あいつと一日を共にするようになってから、ずっとこうだ。
 それでも、この暑さ……いや、熱さは嫌いじゃない。
 この熱の持ち主が、世界で一番大切な人だから。
「……今月は、電気代高そうだな……」


 とある残暑が厳しい日。
 僕は、家に帰ってすぐ、溜め息を吐きながらエアコンをつけた。
 部屋を漂うジメジメした空気を、エアコンが飲み込んでいく。
「……女心って、難しいな……」
 自嘲気味に呟いて、僕はベッドに身を預けた。
「『思い切って髪切ったのに!』って言われても……あれだけじゃ気付かないよな、普通……」
 愚痴の様な、言い訳の様な、自己防衛の様な独り言を呟いて、僕はベッドに沈んでいく。
 ――あの時、素直に謝っていれば良かった……。
 ついムキになってしまって、言い争いになって、そのまま帰ってきてしまった。
 あの時の、あいつの泣きそうな顔を思い出し、僕は溜め息を吐く。
 そのままの姿勢で、数分を過ごした後、
「……許してくれるかな……?」
 僕は電話を手にした。


「……と言う訳で、これが僕の彼女だ」
 とある季節の変わり目。
 ベッドに横たわったまま、僕はエアコンを話し相手にする。
 季節の変化に身体が付いていかず、体調を崩した為だ。
 ベッドの傍では、僕の看病に疲れた彼女が、上半身をベッドに預けて眠っている。
 デートを断るメールをしてから、すぐに駆け付けてくれて、
一日中僕の世話をしていたのだ。疲れて当然だろう。
 お陰で、僕はずいぶん楽になった。
 僕は、彼女を起こさないようにベッドを抜け出し、
予備の毛布を彼女に掛け、再びベッドに戻った。
「多分、『起きるなって言ったでしょ!』って怒られるだろうな……」
 誰にでもなく呟き、念の為、弱めに暖房もつける。
 効くかどうかは判らないけど、空気清浄もやってみる。
 一通り彼女の面倒を済ませると、僕は一息吐いた。
 彼女は、相変わらずすやすやと眠っている。
「まったく、病人の傍で寝やがって……移ったらどうするんだよ……」
 聞こえていないからこそ言える事を、そっと呟く。
 そして、僕は彼女の髪を優しく撫で、
「その時は……僕が一日中面倒見てやるからな……」
 聞かれるには余りに恥ずかしい台詞を言った。
 部屋には、僕と、彼女と、エアコンの稼働音だけ。
 それだけでも、今の僕には十分だった。
「うわっ!? お、起きてたなら言えよ! ……どの辺から起きてた?」


 とある冬の日。
 僕は、家に帰ってすぐにエアコンをつけた。
 エアコンが吐き出す暖かい風が、凍て付いた部屋を溶かしていく。
「……ちょっと前までは、あいつが温めてくれたんだけどな……」
 自嘲気味に呟きながら、僕は厚着を脱ぎ捨てた。
 思い出したくなくても、ふとした拍子に思い出してしまう。
 あいつから『終わり』を告げられた瞬間を。
 黙って受け入れるしか無かった僕を。
 その度に、僕は激しい虚無感に襲われる。
 今の僕は、只生きているだけだ。
 ……いや、生きている様に見えるだけで、同じ毎日を同じ様に淡々とこなしているだけだ。
 似ているけれど、『生かされる』のは、決して『生きている』とは言わない。
 冷たくなった僕の手を、『温めてあげるね』と言って、
更に冷たい両手で包んでくれたあいつの温かさは、今は別の手の為にある。
 判っている筈なのに。
 解っている筈なのに。
 あいつを失って、尚更電気代は高くなった。


 とある夕暮れ。
 ふと僕は思い立って、エアコンをつける。
 設定温度は、あいつの体温。
 部屋が、たちまちあいつと同じ温かさに満たされた。
「こ……こんなに暑かったのか……」
 ようやく、僕は当たり前の事に気付く。
 全身から汗が噴き出し、全身が鉛の様に重くなり、意識が霞んだ。
 これ以上は不味い、と本能が訴え、僕は設定温度を元に戻した。
 それでも、僕の心の中で、何かが満たされた気がする。
 空いていた穴が埋まる様な、止まっていた何かが動いた様な、そんな感覚だった。
 けどそれは、一時的な物でしかないと、何となく判った。


 とある夜。
 僕は、朝の七時に、あいつの体温でタイマー設定をした。
 愚かな行為である事は、判っている。
 未練がましい事も、判っている。
 何もかも、判っている。
 でも、それでも、僕はあいつの事を忘れる事が出来なかった。
 あいつの居ない日々を、正常に過ごす事が出来なくなった。
 始めから有った訳じゃないのに、喪失感が消えなかった。
 だから、僕は、あいつに会いたい。
 もう一度、あいつの体温を感じたい。
 あいつと二人で迎えた朝を、もう暫く忘れないでいたい。
 仮初でも良いから。形が無くても良いから。心が無くても良いから。
 僕の中に残っているあいつに、もう少し寄り掛かっていたい。


 電気代が元に戻るのは、果たしていつになるだろうか。
2005-12-03 20:15:53公開 / 作者:月明 光
■この作品の著作権は月明 光さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ショートショートの長さなのかは調べてませんが(ぁ

『暑さも寒さも彼岸まで』の傍らで書いた短編です。
「人の体温って、気温だとかなり暑いな……」と思ったのが切っ掛けで書きました。
コメディ以外の小説、久しぶりに書きましたね……。

もうすぐテスト(ですが、クリスマス間近)なので(寧ろ執筆の方を)頑張ります。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、恋羽(ここは)という者です。読ませて頂きました。一文一文が淡々と綴られている為か、ストーリーに移入することができませんでした。融け込んでいる個人を象徴する要素が少ない為に、その一室で起こる小さな出来事に深みが感じられなかったように思います。それゆえ、最後の一文に入り込むことが出来ず不完全燃焼に終わってしまったように思います。纏まり具合は問題なかったのですが。それでは失礼致します。
2005-12-03 20:35:32【☆☆☆☆☆】恋羽
 こんばんわ。はじめまして、ゆるぎの 暁(あき)と申します。私としては題名のインパクトと、その話の根幹にあるクーラーと人という温度には随分差があるのだということを考えさせらてなかなか興味深かったです。しかし、もう少し主人公の心の揺れ動きや風景の描写などを入れてみると心にひびくものになったのではないかなと思います。読んでいると、主人公が居る場所はおそらく自分の部屋なのだというのは理解できるのですが、どうしてもイメージする言葉が足りないために「白く何もない空間」しか浮かんでこないのです。私も描写するのは苦手なものですから、あまり偉そうなことは言えないのですが。本当に「36度」という設定をもってくる月明さんの着眼点は素晴らしいと思いました。新作、楽しみにしています。
2005-12-03 22:22:23【☆☆☆☆☆】ゆるぎの 暁
こんにちは。夜天 深月(ヤアマ ミヅキ)という者です。拝読させて頂きました。まず、ゆるぎの 暁様が仰っているとおり、題名に惹かれましたね。読んでみると、題名の奥深さという物が感じました。後はもう、ゆるぎの 暁様、恋羽様が仰っているとおりなんで(お二人のように深く分析は出来ませんでしたが)、同じことを言っても仕様がないと思いますので失礼させて頂きます。新作、楽しみにしています。
2005-12-04 16:36:18【☆☆☆☆☆】夜天深月
読ませていただきました。正しくは知りませんがSSの根幹となるのはやはりアイディア(切っ掛け)なのでしょうか。今作の切っ掛けは「体温と気温」とのこと。私も疑問に思ったことがあります。少し視点は違いますが。気温が1、2℃上下するだけでは、暑い寒いの感覚に大きな影響はありませんね。つまり、人間は温度(気温)を肌で感じるのは鈍感であるといえます。しかし、体温では、1、2℃の差はとても大きい。平温を36℃とすれば、37℃でだるい、38℃できつい、39℃で死にそう。と、このように身体の反応は敏感です。おもしろいですね。気温と体温は別物。人の温もりの特別さというのはそういう違いからきているのかもしれません。エアコンでは再現できない、と。長くて失礼。つまり、もう少し練ればアイディアが活きたのではないでしょうか、と。最後に?な点としてはエアコン(暖房)の設定温度で36℃が可能なのかという点。うちのは30℃が上限でした。が、室温ならいけるか?暑すぎです。
2005-12-05 01:24:35【☆☆☆☆☆】一読者
拝読しました。流れは滞らず読めたのですが、大半が独白且つ断片的であり感情移入出来得なかったのが残念です。恋愛の中身ではなく、切れ端のみ見せられても「そうなんだろうなぁ」程度の読後感でした。ただ、決して、私はこの雰囲気や言葉は嫌いになれず、短く纏められなければ良かったなと思います。次回作御待ちしております。
2005-12-05 06:52:16【☆☆☆☆☆】京雅
読ませていただきました。う〜ん、なんというか、一つの固まりでぶつんと切れてしまっていて一連の滑らかな文章へと繋がっていないのではないのでしょうか。そのため感情移入をしにくく、尚且つ描写が見えてこないという状況に陥るのではないでしょうか。文章力は在ると思えるだけに、少し残念です。酷評をすいませんでした。次回作を待っています。
2005-12-05 17:46:16【☆☆☆☆☆】緋陽
作品を読ませていただきました。一つの事象事象が独立しているようで、やや前後のつながりが弱かった感じがしました。一つ一つは雰囲気があって良いですが、それゆえ映像の断片という感じがしました。読者が入り込む余地が少なく、感情移入がちょっとし辛かったです。前後のつながりをスムーズにすればより素晴らしい作品になったと思います。では、次回作品を期待しています。
2005-12-06 08:14:12【☆☆☆☆☆】甘木
皆さん、感想有り難うございます。
厳しいお言葉も、苦笑いしながら読ませて頂きました。
「段落の繋がりが弱い」が主な問題点の様ですね。
原型が詩だったのを、少し無理して小説化した影響でしょうか。
その時は夏と冬しかありませんでしたからね……。

>設定温度で36℃が可能なのか
……無理でした。流して下さい(ぁ
2005-12-08 11:54:58【☆☆☆☆☆】月明 光
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。