『コロシアム―殺戮闘技場―』作者:四捨五入 / ِE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
「コロシアム」それは殺戮の闘技場。「殺るか殺られるか」それは世界の定理。「この世界」それは狂気に染まった黒い世界。私は今日も戦う。命を奪い合う。
全角10432文字
容量20864 bytes
原稿用紙約26.08枚
【1】

(この世界は狂ってる)
 何度心内で叫んだことか。何度口にした事か。
(この世界は狂ってる)
 今日で既に二回目。
(この世界は、そして私は――)
 逡巡するとなく、彼女は鯉口を切っていた鞘を抜いた。
 人間だった物体は、赤い液体を噴出する噴水と化す。
 苦しむ間は、恐らく小数点以下の間だっただろう。首は想像とは裏腹、実は刃物で斬ることを失敗する場合は多い。この場合即死とは完全に間逆、苦しみ、悶えた末に命を絶つことになる。
 彼女は一本の小枝を斬るかのように、一枚の紙を切るかののように、首を一瞬で断ち斬った、そんな芸当だった。
 噴水から発せられる赤い水飛沫が、命を一瞬で絶たせた彼女に僅かに降り頻る。赤い雨、それは血の雨。斬殺された者の、最後の抵抗に見えた。
「……狂い切ってる」
 独白、その言葉は捨て台詞。刀身を鞘に収め、顔面に付着した血を拭い、埃を被ったバッグを拾い上げてその場から立ち去った。
 人間だった物体。その右手には、死後硬直によって握られたままのナイフがある。
 この命の奪い合いは、陽気な朝に、何の変哲もないアスファルトの道端で行われた。そして、彼女はその奪い合いを、これから一時間も経たない内に何度も行う。行うことになる。
 目的地はコロシアム、別名にして殺戮闘技場と呼ばれる場所だった。これから向かうコロシアムは、世界に斑点と散らばっている、その一つだ。
 殺戮が歓迎される闘技場。生きるための闘技場。殺されるための闘技場。一国の勢力を指し示すための闘技場。娯楽を楽しむ闘技場。
 ――この世界の象徴と言える闘技場、彼女はそこへ向かう。
 彼女の年齢は十代の後半辺りと言ったところか。少女と言う、一つの枠を超えたか超えないか。これが適正な表現かもしれない。
 凛然とした顔付はしかし、性別すらを紛らわす。セミロングの黒髪が、それを辛うじて識別していた。黒髪には、先程の返り血によって赤く染まった部分が少々見られ、質感は決して艶(つや)やかではない。
 身に着けている黒いベストは金属で出来ており、類としては鎧になるだろう。ただ、鎧と言う単語では質量的に重い物を浮かばせるが、このベストは軽い。硬度を考えれば良質ではないが、質量的に軽い銅を素材としている。
 そして腰には帯刀された長刀が。紺の色をした鞘は朝日を反射し、その部分に限っては柄と同じ色だ。
 名は?シオン?長刀の名は?羅極一閃?どちらもシオン自身で名付けた名だった。

 半時間ほど歩き続け、シオンは目的地に着く。目的地、コロシアムは外見に至っては、通常の競技場にしか見えない。
 外見は穏やかだ。しかし入場した時、恐怖か興奮で理性を失う人間は多く、その場合大概が後者だが、初出場の人間はこれもまた大概、前者となる。
 シオンが闘技場内に入場するのはこれで通算二回目であり、この闘技場内に入場するのは初めてのこと(前述した通り、コロシアムは世界に数多く存在している)である。それでも緊張感が相当高ぶっていたが、それでも理性は失うことなく、冷静沈着だった。
 控え室は真っ白なタコ部屋で、十名ほどの参加者が無言で試合を控えていた。冷たい、張り詰めた空気。緊張感で充満し切っている空気だった。
(殺さないと駄目、か。当たり前のことを、何を今更私は……)
 シオンは胸襟で小さな戸惑いを口にする。物静かで、それが一見脆そうにも見える。が、それはあくまで一見であり、彼女は芯が強く、そして堅い。今までそうやって生き、戦ってきた。そんなシオンに走る小さな戸惑いは、呼吸をするかのように常時発生している。
(俺は死なねぇ!死ねねぇ!俺の帰りを待っている、アイツ等のためにも――)
 一人の青年は、一枚の写真をじっと見つめている。それ以外の物体がこの世に存在しない、それほど凝視する。指には無駄に力が込められ、写真は揺れ、身体は震える。
(国王様に認められれば、俺は大出世。ギャハハハ、俺の全てを変えられる!ちっ、それにしてもこの緊張は……クソがっ)
 一人の中年は椅子に座りながら、にんまりとした笑みを浮かべ、その後表情を固くする。緊張感を晴らしたい、震えを止めたい。勝ち抜き、栄光を手に入れたい。そんなことを胸一杯に浮かべている。
「それでは参加者を打ち切ります!」
 綺麗な司会のお姉さんが、意気揚々と言う。どうにも場違いだが、それを正そうとする者は当然皆無だった。
「一回戦は十人のバトルロワイヤル! 部屋番号を呼ばれた参加者の方は、フィールドに入場して下さい!」
 後に声援。応援と言う意味を持たない声援が、控え室までにも響いている。
 登録番号も一番最後、名が呼ばれる順序も一番最後、シオンはいわゆる遅刻寸前だった。
 司会の女性が言った十人のバトルロワイヤルとはつまり、この部屋に居る人間同士が殺し合いを行う、と言う意味を差す。
 参加者同士が挨拶の言葉を交わすことは、やはりなかった。むしろ威嚇をしておきたいところである。
 「おう姉チャン。こんな所で何してる? まさか参加者とか言わないよな……そうか、司会者の控え室と間違えたか?」
 中年に威嚇を受けるのはシオン。女性は男性に劣っている、と言う概念からの行動か。それとも、自分の緊張感を晴らしたいからか。どちらにしても、シオンにとっては迷惑の他にない。
「参加者よ」
 素っ気ない答えは、中年の怒りを買わせた。
「ギャハハハ! なんの冗談だよ! まぁラッキーか、ここだけ九人のバトルロワイヤルだもんなぁ!」
 皮肉、こちらは煩い。ただ、それだけ。
「……確かに、試合開始から五秒以内に、参加者は九人になる。それが誰かは言わないけどね」
 皮肉、こちらは静かで、強い。
「ハッ!試合開始を楽しみにしてるぜ!」
 楽しみにする、と言ったもののそれは本心か。小さな震えが、自身以外には気づかないものの確かに襲う。
「私は楽しみじゃない」
 一部の震えも見せず、これは本心だった。時の流れを呪うかのように、試合開始の時を拒んでいる。
 この場にシオンが居るのは自発的か、強制的か。それは両方の答えを兼用しているのだった。
 それは深い闇、背負う闇。
「部屋番号十五! 入場して下さい!」
 時間を迎える。それを拒絶することは、やはり出来なかった。控え室、廊下、その先は殺戮のフィールド。
 障害物も何もなく、それこそ地面の他に何もない、茶色一色だったフィールド上は既に血で染まっている。悪臭……それは血生臭い。この臭いは人を狂気に誘う、強力な媚薬だった。
「選手が入場しました!」
 無意味な歓声。それは控え室で聞いたそれよりはるかに煩い。
 この時点では、シオンを注目する理由は完全に?女性?それのみだった。
 それが間違いであることを証明するのに、それほど時間はかからなかった。数字で表せば丁度五秒。
 その五秒間の間に、一人の参加者が命を落とし、一人の参加者が命を奪った。
「ほら、ね」
 観客の狂気の声援が一瞬止まり、この独白を聞いて再び騒ぎ出す。
 刀身を血に染めた?羅極一閃?。そしてまたも返り血によって、黒髪が真紅に染まるシオン。その真紅がさらに広がり続け、半時間もしない内に、その場で立っているのは彼女の他には居なくなる。
 黒髪は完全に真紅の色をしていた。



【2】

 息一つ乱さず、シオンは無言でフィールドから退場する。人を殺めた感触は未だに残り続け、それは虚無感に満たされた余韻だった。
 歓客は相変わらず、ただただ叫ぶだけ。?女性で途轍もなく強い?と言う印象は相当大きく、歓声を上げられずにはいないのだろう。もっとも、当人は全くの無関心なのだが。
 予選を軽く突破したシオンに、喜びの色はまるで見えない。これは「あの程度の敵に負けるはずもない」と言う、自信の表れにも見える。少なくとも無言で退場した彼女を見送った、狂気の観客達にはそう見えただろう。
(なんで、あの人達は参加したんだろう。やっぱり国の命令か……)
 間接的に「あの程度の実力で参加していた」と言う侮辱にも見えるが、それ以上に相手を労っているのだ。自分の意思ではなく、参加を余儀なくされた者達への、それはつまり、自信の苦痛を共有している者達に対しての労り、と言える。
 人の命を殺めた事に対し、後悔は絶対にしない。そうシオンは、初めて人を殺めた時から心に決めていた。命を奪うのに、生半端な覚悟で行うことは、相手に対する最大の侮辱であるからだ。ちなみにその覚悟を心に灯すのは、実際に殺しを行うその寸前でもある。
 控え室に戻り、本戦の試合開始まで、木製で出来た椅子に座りながら時を待つ。先程は十人いたこの控え室も、今はシオンただ一人、十人の無言とは異なる、静寂が控え室を包んでいた。
「…………」
 眼を瞑り、ひたすら沈黙が続く。その目を瞑る先に写る物は、一筋の明るい光、それは希望だった。
 その一筋の光を求めるために、彼女はここに居るのだ。それが紛れもない理由であり、同時にそれは深い闇と背負う闇を表す。
「それでは本戦を開始します!本戦は一対一ですので、それぞれ部屋番号の勝者は、部屋番号が呼ばれたら入場して下さい!」
 放送が入る。瞼を開けた時、希望の光ではなく、人工的な光がシオンを出迎えた。その光は温かみをまるで持ってなく、逆に冷たささえ感じさせる。
(私は殺しを望まない)
 愛刀?羅極一閃?を見つめる。
(この狂っている世界、この大会を望まない)
 見つめる先は変わらない。
(でも、だけどこのままじゃ答えは変わらない。私は戦い、命を奪う。そうしなければ――何も救えない。変えられない)
 柄を強く握り、ゆっくりと立ち上がった。自分が呼ばれる時間はそう遠くはない。案の定、部屋番号十五番が呼ばれるのはこの三分後だった。
「勝ち残らなければ、何も始まらない。……救えない」
 苦痛と気負いを乗せた言葉を聞いてくれる者は、誰一人としていなかった。この場に限った事ではない。いつも、今まで、そしてこれからも、それは無常にも永遠に続くのだろうか。
 命の凌ぎ合いの戦いが、また始まろうとしている。本戦は勝ち残った十五人がそれぞれトーナメント式の一対一で戦い、本戦第一回戦の最終戦であるこの戦いは、その例外として一対一対一で行われる。ここで人数調整を行うため、勝ち残るには三人の中で一人を、蹴落とさなければならない。
 不運なことに、この最終戦を戦う参加者は、参加者中でも突出した実力者達ばかりなのである。この内の一人が人生のリタイアを辿る……それはいずれ起こるものなのだが、それを迎えるにはどう見ても早い。だが、所詮は不運と言う一単語で事は終わるのだが。

「来ましたー! 今大会で屈指の組み合わせの一回戦最終戦! その参加者の入場です! まず始めに入場したのは……シオン選手! 予選でかかった時間は僅か十九分と言う、女性ながらの強者です!」
 距離が等しい、三つある入場口から現れるシオンに対し、どっと歓声が起こる。それをやはりシオンは無言で応えた。愛想がないのは証明済みだ。
「次に入場したのはクラエス選手! 自慢の狙撃力は、この戦いでも炸裂するのか!? 期待がかかります!」
 クラエスと呼ばれた男性は、二十台後半の男性だった。鍛えられた肉体、さらに顔面の至る所に傷があり、それは百戦錬磨であることを十分に語る。クラエスは大げさに両手を振り、観客に応えようとするが、そもそも歓声自体がシオンと比べると明らかに味気ない。さらに追い討ちをかけるように、未だにシオンの名を叫ぶ観客すらいた。もっとも、それを自分の歓声と勘違いする者も若干一名いるのだが。
「観客の皆さんサンキュー。皆の熱い応援は、僕の勝利という形でお返しするよ」
 と、格好の良い台詞を述べる始末だった。この勘違いでどこか抜けているクラエスは、しかし戦闘においてはその姿はまるで違っている。予選、彼が使用した弾数は十二発、つまり狙撃率七割超を示しているのだ。
 少なくとも接近戦を好む、刀使いのシオンにとって使用武器の相性は相当悪い。拳銃と言う武器は、それだけで刀使いにとっては威嚇となる。迂闊に間合いを詰められないのだ。間合いが詰められないならば、殺傷力が高いとされる刀でも、所詮は宝の持ち腐れと言うことになる。
 しかし、シオンもそんなことは百も承知していた。これまで幾度となく、拳銃使いとの戦闘は経験している。それもその筈、この世界において、主流的傾向が見える武器は拳銃なのだから。その戦ってきた拳銃使いの誰でも良い、クラエスに勝っている者は一人としていたかどうか、それは現段階では分からない。
(あの人は恐らく、相当な使い手ね)
 それが確証かどうかは。
 シオンが三つ目の、誰もいない入場口を瞥見する。その同時、最後の参加者がゆっくりと歩んでいるのが見えた。
「そして堂々と最後に入場する、アーヴィン選手! 小柄な体格から繰り出されるスピーディな動き、そして巧みなナイフ使い! ちなみに今大会最年少です!」
 司会の女性が述べた通り、アーヴィンは華奢な体格だった。女性の中では平均程度である、シオンよりも身長が低い。が、これは年齢によるもので、どう見てもアーヴィンは十歳の前半程度なのだ。
 この幼い少年ですら、殺しを覚えてしまっている。その現状はやはり酷い。何が悲しくて、その年に似合った遊びをせず、殺しをしなくてはならないのだ。
 勿論深い理由はあるのだろう。だとしても、そもそもその理由があること自体、許せないのは世界、国、そして政府だった。
(私と同じ、か)
 同じ境遇に立たれた少年、アーヴィン。だからと言って、シオンが躊躇するはずもない。背負うものは皆、同じなのだから。それを覚悟して、ここにいるのだから。
 アーヴィンに対する歓声は大きく、それに対するアーヴィンの対応も大きい。十歳前半の少年にとって、自分が騒がれているのを見て、気分が良くなるのも当然か。
「っしゃー! 勝つぞー!」
 緊張感の欠片もない、あどけない声で言った。歓声にも負けない、そんな大声である。
 クラエスと比べると、一見実力的に劣っているかのように見える。だが、子供がコロシアムの予選勝ち残れ、しかも傷一つ見せていないからには実力者であることは間違いない。
 試合開始はもう秒読みだ。司会者の選手紹介によって、使用武器についてはお互いが認識されている状態、つまり様子見に神経を集中させる必要はなくなっている。
 三人の内一人が落ちるこのルール、集中攻撃等が発生する確率も高い。一見仲間的な立場を見せておき、そこからの奇襲も考えられる。一人?だけ?が落ちる、と言うのは基本的に頭から除外するのがこの戦いの鉄則と言えるだろう。
「それでは試合開始です!」
 司会者の試合宣告を聞いた時、?羅極一閃?の鞘は無造作に地面に置かれていた。
「……負けない」
「ふふっ、楽しめそうだ」
「行くぜっ!」
 それぞれの宣戦布告も終え、命の凌ぎ合いの戦いの幕は切って落とされる。蒼すぎる空は、この闘技場にはどうしても似合わないものだった。


【3】

 試合開始の宣言から一分間が経過したにもかかわらず、三人に動きは見受けられない。間隔で作られる正三角形は、未だ形を崩していなかった。
 前述したが、このコロシアムのフィールドには、岩等の障害物がない。障害物に身を隠し、それによって徐々に接近と言う戦法が使用できないのだ。短時間で勝負を決めさせる、これが大会側の意図だろう。確かにこの方が、殺戮を楽しむ観客達にとっては、よりよい面白味を感じられる。しかし参加者側から見れば、このフィールドはやはり、不公平さを感じられずにはいなかった。もっとも、これ幸いと感じる参加者も少なくはなかったが。
 その幸いを受けたのが、この三人の内では唯一の拳銃使い、クラエスだった。隠れる物もない以上、敵は格好の餌食なのだから。この一分間で二人の無駄な動きを誘ったが、予想通りない。この一分間は、敵が相当の使い手であることを、確認するものとなった。その確認は終結し、
「さーて。ショーの始まりだ!」
 右手に握られるリボルバー型の銃口が、シオンに牙を向く。その小さな穴は地獄に通ずる入り口か、はたまた天国に通じる穴か。
 そしてその穴から、架け橋たる銃弾が発せられた。五十メートルほどの距離を、一瞬の内に詰め寄る銃弾に意思はなく、込められた殺気のみをそのまま写している。狙うはシオンの眉間、まさにミリ単位のズレさえ感じさせない狙撃だった。
 しかし、シオンには銃弾の軌道を確かに捉え、頭を小さく右に動かす、そんな僅かな動きで回避する。標的を通り越した銃弾はなおも邁進し、灰色の壁に埋め込まれた。
「……へぇ、やるじゃないか」
 感嘆と、加えて甚大の言葉を漏らした。アーヴィンもまた、短い口笛を鳴らす。この小さなやり取りも、一瞬の休止に過ぎず、戦いは再開され
「ふふっ踊るのは彼女だけではないさ!」
 狙撃の瞬間までは、目線、銃口は完全にシオンに向かれていた。しかし狙撃の瞬間、銃口が向かう先はクラエスから見て、大分左側に立つアーヴィンだった。彼の視界は百八十度を越えているのだろうか。先程と同じく、アーヴィンの眉間へと銃弾が発砲されている。やはり同じく、寸分の狂いも見せていない。
 目線を利用した?偽装狙撃(フェイクショット)?は、クラエスが得意とする狙撃術である。「自分は狙われていない」と言う先入観を持たせ、その油断を付け入る。これは距離を置いた集団戦に大いに効果的だった。つまり、この戦闘に置いてもそれは言えるのだ。
 が、アーヴィンもまた、膝を曲げて全身を亀のように縮め込ませ、華麗……とは言えないが、銃弾を見事にかわした。偶然とは思えないが、今の?偽装狙撃(フェイクショット)?を見破るのは相当難儀だった筈。偶然ではないとすれば異常な視力、そして動体視力の高さが、アーヴィンには備わっていることになる。もっとも、シオンに対しても十分にそれは言えるのだが。常人ならば、拳銃の発砲の回避などそう易々と出来るものではない。
「甘い甘いー!こっちを一瞬チラ見してんの、バレてるよ」
 嘲笑を浮かべながらアーヴィンは言い放つ。やはり偶然ではない、正真正銘の彼の実力だった。
 この二つの攻防、あたかも二人が実力が上であることを証明したかのようにも見える。しかし戦況を有利としているのは紛れもない、クラエスだ。
 あれ程の狙撃力を見せ付けられた以上、いかに俊敏な動きを可能とする二人と言えど、接近と回避の両方を行うことは相当難しい。戦闘前の予想は的中、確信へと姿を変えた。クラエスは、今まで戦った全ての拳銃使いを凌駕する力量を持っている。
「そうかい。ふふっ。だが、君達はそこに釘付けさ。死ぬまで踊り続けるが良い!」
 発砲音が四度、連続して響く。各銃弾の時間差は一秒ともないだろう、それら全てがシオンを襲撃する。それぞれの銃弾は順に、眉間上の正面、左右、下部を標的としていた。「かわし」の道を削除させ、銃弾を命中させる乱れ撃ちは、文字に似合わない精密そのものだった。「かわし」の道は途絶えたシオン。だが、結果的に彼女は回避を成功させる。愛刀、?等極一閃?が全ての銃弾を薙ぎ払い、銃弾の行き場を失わせた。
 その同時、シオンはクラエスに猛スピードで接近する。接近と回避の同時行動は不可能だが、接近と遮断ならば、彼女は可能である、そう判断した。躊躇はない、一心不乱で走る。
「ちっ」
 舌打が聞こえるころには、シオンは元合った距離の半分の地点には到達していた。二連射、今度は眉間、心臓を狙う。
(――集中!)
 これから先、信じられない行動にシオンは出る。剣先を左手で握り、右手で握られた柄とで身体の前に、?羅極一閃?を心臓側に傾き気味見の縦上に差し出し、盾を作ったのだ。刀身は腹を見せているものの、それでも細すぎる。金属音が鳴り響き、二つの銃弾を?羅極一閃?で作った盾で防いだその時、言うまでもないがクラエス、アーヴィン、そして観客、それら全ての人間が驚愕した。
 左手からは血が流れる。剣先を握ったのだから当然だろう、だがその痛みを感じることはない。研ぎ澄まされた五感の全てが、先程は?羅極一閃?を利用した回避に、今に至っては次に繰り出す一撃に集中していた。
(――集中!)
 クラエスとの距離は既に十メートルともない。接近には成功したが、それが勝利を手中に収めた、とは結びつかない。この距離から発砲されてしまっては、いかにシオンと言えど回避は今度こそ不可能だ。徐々に距離が縮まるが、クラエスは冷静さを乱さない。シオンの間合いに詰めるその前に、またも眉間に狙いを定めて拳銃を撃った……その筈だった。そう思った。そう確信した。
「ぐ……がはっ」
 大量の血を吐血し、その場で倒れこんだ。腹部に刺さった異物それは?羅極一閃?そう、倒れこんだのはクラエスだった。リボルバー式の拳銃は、既に自重によって地面に叩き付けられている。
 間合いに入らないで刀で負傷を負わせる。そのために、シオンは?羅極一閃?を間髪入れずに投げ付けたのだった。当然ながらリスクは高い、ある意味一つの賭けでもあるだろう。結果として見事命中し、この負傷は致命傷、放って置いても時間の問題となった。……末期を迎える時間までは。勝負の決着が時間までは。
 コロシアムに?棄権?と言う二文字は実在しない。勝負の行方を決定付けるもの、それはどちらかが死ぬまで。これは絶対のルールでもあった。
 観客の狂気の声援が、一段と高鳴る。この芸術的な殺しを見ることが出来たのは、ある意味幸いだったのかもしれない。
「へへっ、凄いなーお姉ちゃん。でもね、俺もそんな感じのこと、出来るんだぜ」
 死闘であるにもかかわらず、実に暇そうに見物をしていたアーヴィンが言う。倒れているクラエスとの距離は二十メートル程度、その距離から、ベルトから取り出したスローイングナイフを流れるようなアンダースローで投じた。
それは皮肉にも、クラエスが執拗に狙い続けた眉間に命中する。音もなく事切れるクラエスは、顰蹙の表情のままで固まっていた。対するアーヴィンの表情は、雲一つない快晴そのものである。
「……私に手の内をバラすのが、そんなに嬉しいの?」
 腹部に刺さった異物を抜きながら、シオンは皮肉交じりの台詞を言い放つ。表情は曇天であり、そこには心地よい風も吹いていない。
「ん?いや、別にそんなつもりじゃないよー。このおっさんが俺等にしたことを、俺がお 返ししてやっただけさ。それに止めをさしておかないと、何があるか分からないじゃん」
 確かに腹部に刺さった?羅極一閃?による刃傷は致命傷だったが、それでもクラエスに息はあった。それが虫の息とは言え、最後の抵抗を見せる可能性もないとは言い切れない。つまりアーヴィンは、
「私を助けてくれた、のね。……ありがとう」
 余計なお世話よ、と言えば良かったのかもしれない。あくまでアーヴィンは敵であり、この大会内でもう一度戦うことは十分に予想できる。それなのに「ありがとう」などと不意に言ってしまった自分に、正直驚きの色を見せていた。
(不思議な子ね……。彼は殺しを何度もしてるって言うのに、思わず仲間意識が生まれる。そんな温かみがあの子にはある)
 そう。先程の戦闘時についても、自分はアーヴィンに対して無意識に仲間意識を持っていた。クラエスが二人同時に攻撃をしていたからかもしれないが、逆に言えばクラエス側に衝いていることだって可能だった。戦況のリスクを考慮した上でも、クラエス側に衝く方が効果的だったとも言える程なのに、それなのにあえて、シオンはクラエスを狙っていた。
 命の奪い合いにおいて、感情は常に二の次、数字上の確立を取るのが常套なのはシオンは了承している。この件に関しては、感情、とは言い難いかもしれないが、どちらにしろ確立を捨てていたのは事実だった。不思議な少年……それが率直の感想であり、自分を納得させる言葉となった。
「へへっ。どういたしまして。出来ればお姉ちゃんとは戦いたくないけど、でも、その時は……」
 温かみが冷たい、冷たすぎる氷に変わっていることを肌で感じる。
「えぇ。私も遠慮なんてしない」
 温もった物が、氷に触発して冷たくなっている。そう感じさせる一言。
「クラエス選手死亡!これにて予選最終戦を終了とします!勝ち残った二名に大きな声援をお願いします!」
 その以前から十分大きすぎる声援は、さらにも増して大きくなる。何も考えずに大きな声を出すことに精一杯な観客を見て、シオンは思わず小さなため息をつき、?羅極一閃?を鞘に収めた後にゆっくりと退場した。
 その強い背中を、アーヴィンが暫時見つめていることに、シオンは全く気付きはしない。気づく由もない。
 相変わらず、観客の騒ぎは収まらないままだった。陽気な風が、それに便乗したかのように強く吹き付けた。
2005-12-13 20:56:46公開 / 作者:四捨五入
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■作者からのメッセージ
読んで頂いて光栄です。
初めまして。四捨五入と言う者です。
サイトの雰囲気に惹かれ、温めていた作品を投稿しました。
腕を磨きたいので、感想やアドバイス(辛口も勿論可。むしろ歓迎)が送られると大変嬉しい次第です。

それでは何卒宜しくお願いします。


〓更新履歴〓
12/13 第三話更新、微修正
12/10 修正
12/06 第二話更新、微修正
12/03 第一話更新


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