『僕がいた空』作者:もろQ / ِE - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約2.8枚
 キイチを追って丘を登り切ると、そこには見たこともないような青空が広がっていた。その青はどこまでも続いているようにも、ドーム状のガラスのようにも見えた。視界の端っこに浮かんでいる雲が空との遠近感を際立てて、僕の目は思わず吸い込まれそうになる。青色は地平線へ向かって段々水色になり、白に変わっていく。さらに下へ目をやるとそこには町が見下ろせる。
「すげえだろ。ここ連れてきたのお前が初めてだぜ」
キイチは得意げな顔をして隣に立っていた。僕はその横顔を見て心底驚いた。あの急斜面を登ったにも関わらず汗ひとつかいていないらしい。一方僕は心身共に疲れ果て、呼吸もさっきから乱れっぱなしである。ちょっと強い風が吹くだけで身体がすぐよろけてしまうから、僕は両足に無駄な力を入れて立っている。ベージュ色のコートがはたはた揺れた。
 しばらくして、キイチは草に寝転んだ。僕が息を整えるのに精一杯でいると、キイチは自分と同じようにするように僕にせがんだ。この疲れ切った状態で体制を変えるのはかなり苦痛だと思ったが、仕方ないので自分も草の上に身体を預ける事にした。
「疑似体験、ってヤツだよな」
キイチが突然話しかけた。ようやく呼吸の整ってきた僕は、その言葉の意味を尋ねた。
「いや、だってさ、こんなすげえ空は見れるし、気持ちいい風は吹いてるし、これって空飛んでるときとまるっきり一緒なんじゃねえかな」
空を飛ぶというフレーズが言葉の意味をさらに難解にしたので、僕は考える事をやめて目を閉じた。確かに風は気持ちよかった。
 
 僕はどこにいるんだろう。今何をしているんだろう。さっきまで何をしていたんだろう。
 隣の人は誰。ここは一体どこだ。僕は何をしているんだろう。隣の人は誰? ……分からない。

 「あっ、ヒコーキ雲」
突然発せられた声に飛び起きて、僕は辺りをきょろきょろした。つい眠ってしまったらしい。声の持ち主はいつの間にか立ち上がっていて、青い空の一点を集中して見つめている。僕も立ち上がってキイチの視線を追った。漂う雲の中から確かに一本、白く細い線がすっと伸び出ている。
「俺もあれを作ってやるんだ……」
キイチが呟いた。僕はまたはっとしてその横顔を見つめた。
「おおい、待ってろよ」
「明後日には、絶対飛んでやるからなっ」
唐突に発せられたキイチの言葉にあたふたとし、その影で劣等感のような、自分だけ取り残された感覚が身体の中で生まれた。風は相変わらずびゅうびゅう吹いている。
 やがて、キイチは僕を振り返って言った。
「さて、そろそろ戻るか」
帰り道、僕が再び疲労困憊したのは言うまでもない。

 
2005-10-31 00:37:52公開 / 作者:もろQ
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■作者からのメッセージ
ちょっと長くなるかもしれないので一旦切ります。今回はとりあえず、プロローグという感じで読んで頂けたらと思います。
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。おもしろそうですね。これからの展開に期待させていただきます。が、「視界の端っこに浮かんでいる雲が空との遠近感を際立てて」この一文だけが、よく分かりませんでした。前後の「ドーム状」、「吸い込まれる」をふくめて読めば、感覚的にはどういう状況なのか想像できますが。切り取ってみるとよく分からない。「遠近感(手前にある物とその向こうにある物:奥行き)」というより、なんといいましょうか、「広がり」ということでしょうか。ドーム状の広がり、空間の広がり、それに吸い込まれる。星空を見上げた時のような。把握できないあまりに巨大な空間の広がり、頭をのけぞらせて見入っているうちに、後頭部をククッと引っ張られるような感覚、足を踏ん張っていないとひっくり返ってしまいそうな。
2005-10-31 01:58:51【☆☆☆☆☆】一読者
拝読いたしました。
始まりの数行といい、表現がとても面白く思いました。
あと、つまるところ無く心地よく読ませていただくことが出来ました。
次の更新を楽しみにしています。
2005-10-31 07:16:45【☆☆☆☆☆】一輝
拝読させていただきました。時貞です。短編の名手、モロQさんの新作ということでさっそく読ませていただいたわけですが、個人的な希望としましてはいっそ長編作品に仕上げていただきたいと思ってしまいますね(笑)今回は分量的には短かったですが、爽やかなオープニング、そしてこの先の展開が気になる繋ぎ方であると思いました。この独特な雰囲気が心地よいです。それでは、次回の更新を楽しみにお待ちしております。
2005-10-31 13:41:19【☆☆☆☆☆】時貞
拝読しました。プロローグと言うことですし、まだ物語の方向性は判らないのですが、清清しい雰囲気が心地好かったです。ただ、幼さは何となく感じるのに、実際景色以外のものが殆ど見えてきませんでした。情景を魅せる箇所であると思えるだけに、シルエットだけでは物足りなかったです。また、「体制」は誤字でしょうか。次回更新御待ちしております。
2005-11-02 10:42:03【☆☆☆☆☆】京雅
作品を読ませていただきました。広い場所で風に吹かれているような爽快感があり、プロローグとしてはよかったです。この作品がどのような方向に向かうのかは解りませんが、このような爽快感が続くとしたら気持ちのよい作品でしょうね。では、次回更新を期待しています。
2005-11-03 09:37:32【☆☆☆☆☆】甘木
計:0点
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