『本気で生きる』作者:上下 左右 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角1916文字
容量3832 bytes
原稿用紙約4.79枚







――なあ、お前って本気で生きたことある?

 全ての不要な物を排除した後のような真っ青な空。一組のカップルをまるで見守るかのように晴れ晴れとしている。
 季節はそれほど暑い時期ではないのだが、今日の太陽は二人の肌を焼くような勢いで照らしている。
 公園のベンチに座る二人。
 近くには日陰があるというのに、わざわざ二人はそこに座っている。
 暑いとはいっても汗を流すことはない。
 時折吹く風は太陽熱で温められた体を冷ますかのように、かといってそれほど強くはない心地のよいものだ。それによって二人はちょうど良い体温を保っている。
 そのまさに散歩日和な天気の中、男性が自分の彼女にそのような質問を投げかけた。
 彼氏と同じように空を眺めていた彼女は突然のその問いかけに驚いたが、すぐには答えることができない。

――本気で生きる?私は今も本気で生きているわよ。

 女は彼氏のほうを向き、そう返答した。
 それはとても軽い返事だったかもしれない。笑いながら答えた彼女は、珍しく見る彼の真剣な顔に少し後悔する。

――それは違う。本気で生きているんじゃなくてただ単に生きているだけだ。

 まるで、全てを見透かしているような目で見つめられた彼女は顔を真っ赤にして顔を逸らした。
 女の方はまた空を見て、今度は反撃とばかりの男に聞いてみた。
 
――じゃあ、あなたはどうなのよ。今まで本気で生きていたの?

 自分を見ていないことを確認しながらもまだ彼女のことを見つめていた男は一度下を向き、空よりもさらに上の、宇宙を見ようとしているかのごとき目で空を見た。そして、静かな声で答える。

――俺は、本気どころか普通に生きているのかどうかもわからない。
 彼女のほうは、一瞬男が何処かで頭を打ってしまったのかと考えた。
 今まではこんなことを言うどころか、普通に話をするときも真面目さが見られなかった男が、まるで哲学者のようなことを言い出したのだ。そう思ってもおかしくはない。それが普通の反応だろう。

――なんなのよ、その答え……。

 もっと立派な答えが返ってくるのかと思い期待していた彼女は拍子抜けしてしまった。
 二人の会話はそこで終了してしまい、風が吹きぬける音のみが二人の間を支配していた。




 一組の老夫婦が、綺麗に掃除された部屋の中にいた。
 真っ白なベッドに真っ白な壁。周りには医者と、何人かの看護士が囲んでいる。
 その何人もの人間に囲まれているベッドに寝ているのは男性のほうだ。老女は自分の夫の手を握っている。
 周りでは忙しそうに働いている医者も看護士も無視して、ただ握り締めている。とくに話しかけるということもしない。
 昏睡状態に入っている老人は目を覚まそうともしない。ずっと眠っているだけだ。
 心拍数が弱まっている。だからこうして医学の心得のあるものがこの部屋に集合しているのだ。
 老婆には何もすることができない。
 横で心拍数を教えてくれる機械が音をたてながら生存を確認させている。しかし、それは刻々と死へと向かっているのも同時に承知させる。
 
――なあ、本気で生きたことはあるか?

 寝たきりになっている老人は目を瞑ったまま、まるで眠っているかのごとき表情で自分の妻に尋ねた。
何十年も前に言われた言葉を彼女はまた同じ人物から聞いた。
 医者達は意識を取り戻したことに驚いたが、老婆はそれ以上にまたもその質問が飛んできた事に驚く。
 だが、今回は困ることなくはっきりと答える。

――私はこの数十年本気で生きていました。貴方を愛していた。それが本気で生きていたということ。
 
 まるで、今までの日常を思い出すかのような目で見つめながら老婆はそう言った。
 若き日を思い出している彼女。
 涙を流しているのに笑っている。喜んでいるのか悲しんでいるのかわからない状態。
 もう、ここにいる全員がわかっている。彼が目を覚ましたこと自体が奇跡。彼の命ももう、永くは保たない。
 男はそれ以上何も発することはない。それが彼の最後の言葉となった。
 静かに目を覚ました彼の顔は憑き物が全て取れたようなすっきりした、そして今までで最もやさしい笑顔だった。
 その安らかな表情を残したまま彼の心臓は停止し、先ほどからうるさかった医者も静かに黙祷を行う。
 部屋には唯一、心拍数を表示していた機械が音をたてているだけだった。 






2005-09-17 17:15:12公開 / 作者:上下 左右
■この作品の著作権は上下 左右さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんにちは〜。他の方々に感想を書くのはいいが、なんか変なことしか書く事ができない上下です。迷惑かけた方々すみません……。
さてさて、どうも少し長い小説を書いているとSSが思いついてしまうものですね。今回の作品もそのときに生まれたものです。しかし、そのせいでなんだか中途半端な出来というか、題材に対してこれでは少しもったいないような気がしてならないのですよ、自分では。できれば時間があるときにこれの長編を書いてみたくなってしまいます。それでは、こんな作品を読んでくださった皆様、有難う御座います。
この作品に対する感想 - 昇順
タイトルに興味を惹かれて読んでみました。本気で生きるってなんだろう。本気で生きる……うーん、果たして本気で生きる事が大事なのかどうか。気軽に生きるのも有りだと思う。生き方は人それぞれ自由で、正解なんてないという答えを私は導き出しました。愛ってなんだろう、上辺だけの軽い愛と呼べる代物じゃないものしか感じた事ない私には分からない。誰か愛を下さい(笑)色々と考えさせられる作品でした。
2005-09-17 17:58:13【☆☆☆☆☆】猫舌ソーセージ
buchiMです。う〜んと考えさせられる内容ですね。(極論ですが)生きることに意味はないのに、人間のみが意味を見出したような錯覚をおこしてるのでは?自分がいなくても時は変わらず刻まれるのだろうからなどと物凄く暗い考えを抱いてしまいました。話自体はどこか物悲しくもすっきりしていて、僕は好きです。最後の言葉を最期の言葉にしてくれたら、余韻がでて、いいかな〜と思いました。長々とすみません。次回作を期待してます。
2005-09-17 20:55:29【☆☆☆☆☆】buchiM
こんにちは。ミノタウロスです。これは、棺桶に片足突っ込んだ私には泣ける話でした。本気で愛し合ったこと、配偶者との生活を紆余曲折乗り越えた人に是非読んで頂きたい作品ですね。きっと賛同、あるいは心底ぐっとくる何かを感じるはずです。これを上下様が経験もなく想像のみでお書きになったのであれば、その感受性は如何なる物から教授したのか知りたいものです。大変よい作品です。これを読んだら確実に涙を流す人を私は知っています。今宵、その人にも読ませる事と致しましょう。ちなみに私、ウルウルしながら読みました。
では、連載頑張ってくださいね。
2005-09-18 12:45:08【★★★★☆】ミノタウロス
緋智柚樹としてははじめまして。
――本気で生きる。考えると私は本当ただ生きてるだけな気がしますね。目標もなく、したいこともなく。ただ生きてる。けども死んでるワケじゃない。まぁ、そんな私のことは置いておきまして。
とても好きな話でした。最後の一文は特に好きでした。静かで悲しい場面だけどもどこかほんわかとした暖かな雰囲気がただよっているようで。私もいつか本気で生きてると胸を張っていえるようになりたいものです。次回作も期待しておりますね。では。
2005-09-18 16:38:19【★★★★☆】緋智柚樹
老婆の決めのセリフですが、抽象的なので二人の絆や老婆の生き様が見えてきません(読み手の想像任せになってしまっていると思います)。伝えたいメッセージが漠然としすぎていると思いました。
2005-09-18 20:34:10【☆☆☆☆☆】メイルマン
ども、読ませてもらいました。本気で生きてきたかどうか、その問いを夫が妻に問い掛け、最後の最後に答える。道筋は良いんですが、何か物足りない感があります。夫はともかく、妻がどう夫を本気で愛したのか、その辺が欲しいかなーと思ったり。道筋が良いだけに、ちょっと惜しいです。

ではでは〜
2005-09-18 21:06:50【☆☆☆☆☆】rathi
生きているか。それはとても深く、意味深な言葉なのだと痛感しました。ですが、もう少し長い話で、深く内容を詰めてみても良いのではないかと思いました。お話自体は良かったので、あとはどれだけ充実させるかだと、僕は思います。次回も期待しています!!
2005-09-19 00:02:20【☆☆☆☆☆】聖藤斗
猫舌ソーセージさん>
この作品はある意味自分が何をしているのかわからない、ある意味自分の本当に思ったことを書いたのでございます。半プー太郎のような生活をしている自分がいて、「俺って何をしてるんだろう……」って思ったら、ふと、この題材が生まれてきました。本当に、本気で生きるってなんなんでしょうね。自分も、気軽に生きるっていうのは全然いいと思うはです。自分が本気で生きていると思えばそうですし、そう思わない人はそうなのでしょう。上下は……。多分まだ生きてはおりません。それでは、読んでいただきありがとうございます。

buchiMさん>
人間というのは、考える強力すぎる故に大変な生き物でございますよね。動物などは、どうして自分が生きているかなどは考えていないでしょう(おそらく)ただただ子孫を繁栄させればいい。それを第一に考えて生きております(これもおそらくです)でも、地球環境をこれほどまでに壊している人間はどうして生きているのでしょうね。おっと、どんどん話がずれていっていますね。これ以上それる前に止めておきましょう。読んでいただき有難うございました。

ミノタウロスさん>
読んでいただきありがとうございました。もちろん、上下にはこのような経験をしたことはありませんよ。もしも、ミノタウロスさんがいう方々がこれを読んでくれて、その様に思ってくれればもう、本望でございますよ。ぶっちゃけてしまうと、そこら辺のことはまったくなにも考えることなく書いておりますので、知らず知らずのうちにそうなっているのであれば、それはもう……才能!!(んなわけなかろう!!)すいません、調子乗ってました。自分でもわかりませんね〜。どこからこのような発想がでてくるのでしょうね。まさか、神様が上下に電波を!?すみません、だんだん脳がわけのわからない方向に向かっておりますので、失礼します。

緋智柚樹さん>
大丈夫です緋智柚樹さん。私上下も同じようなものです。ただただ毎日をぼーっとするか小説を書くか、しか行っておりません。いや〜、人生というものに、一回や二回はこのような時期があるのでしょう。そして、ある時が来ると本気で生きるという時期が繰るのではないのでしょうか?上下はそう考えて降ります。人生も人間関係も時間が全て解決できると思っている危険人物です。緋智柚樹はそんなふうに思わないでくださいね。それでは、読んでくださってありがとうございます。

メイルマンさん>

あ痛た〜!物凄い痛いところをつかれてしまいました。ふとこの作品を思いつき、書きおわったあと、どう考えてもみじかいだろうな〜っとも思ったのですけどね〜。あまり具体的に中を書いてしまうととても長くなってしまいます。だからといって何十年もの生活をちょくちょく削ってしまうと本当に中途半端になってしまう。だったらこの際、全てなくしてしまい、読者さん方に任せるのもいいかなっと考えたんですよ。それでも、どうも上手くはいかなかったみたいですね。感想有難うございました〜。

rathiさん>
猫舌さんのときも言わせてもらいましたが、中身を書くにはあまりにも力量と時間の足らなかった上下で御座います。下手に書けば皆様の想像を壊し、これほどまでにいい評価はもらえなかったでしょう。だから、どちらかといえば読者様が各々想像、或いは理想図(たぶん、体験談は無理でしょう)を入れてもらえればよいかな〜っと……。できれば長編としては出したかったんですけどね〜。ご拝読ありがとうございました〜♪

聖藤斗さん>
そうなんですよ。なんか題材に対してこれだけだと物凄くもったいないと思ったんですよ。もしも、他の物書きさんにこの題材で書いてくれ〜っと頼めばもっともっといいものに仕上がっていたでしょう。上下に思い疲れて物凄く哀れな題材ですこと……。しかたがありません。運が無かったと思ってあきらめなさい!!でも、話だけはよかったと言っていただければ満足です(見事な自己満)どうも、読んでいただいて有難うございました。
2005-09-19 01:31:33【☆☆☆☆☆】上下 左右
作品を読ませていただきました。感想が遅くなって済みません。問いかけの重さに対して、作品の中で提示される情報量が少なく、正に勿体ない感じを受けました。読者の想像力だけでは補えない部分だけでも記述していたら、余韻と老婆の言葉の温かさが生きた素晴らしい作品になったと思います。でも、老婆の言葉は本当に温かく、心に染みる言葉でした。では、次回作品を期待しています。
2005-09-19 23:57:27【☆☆☆☆☆】甘木
甘木さん>
うう〜、みなさま方に同じことを言われ続けているのでもう書く事が……。しかし、それほどまでに中身がなかったことが大打撃だったようですね。こういう作品を書いていて思うのですが、こういうのってどこまで書けばいいのでしょうね?今までにあった大きな行事を書いていけばいいのでしょうか?でも、それだと淡々と書かれているだけだったような気がするんですよ。だったら飛び飛びに書く?それもそれでいいのですが何か中途半端な気が……。そう思った最終結論です。本当は時間がなかったのが一番の理由ですが。さっき述べたことは全て後付けです(苦笑)しかし、本当にもったいないな〜(-_-;) それでは、読んでいただき有難うございました
2005-09-20 22:42:10【☆☆☆☆☆】上下 左右
こんばんわぁ。烈沙です。拝読させていただきました。そうですねぇ、コレが長編だったら若者時代から老後間の話が出来て最後の感動がより一層深まるのでしょう。でも、ショートとしては中身の薄さもこれぐらいな物ではないでしょうか?偉そうにすいません(^^;) 僕はこんな感動作書くことなんて出来ないのでその文才は羨ましい限りですよw良い勉強にもさせていただきました。では、自作を期待してます。
2005-09-20 22:50:30【☆☆☆☆☆】烈沙
烈沙さん>
こんなに下にある作品を読んでいただいてありがとう御座います。元々はふと思いついただけの作品なのでこんなものなのですよ、きっと。もっと時間があるときに思いついていればもっとながくなったんでしょうけどね〜。ちなみに、これは偶然の産物であって上下事態にはほとんど文才能力というものはありません(おそらく)それでは、読んでいただいて本当に有難う御座います。
2005-09-21 12:42:40【☆☆☆☆☆】上下 左右
こんにちは、時貞です。遅ればせながら拝読させていただきました。連載物を書いているとついSSのネタを思いついてしまう。上下 左右様のメッセージに妙に共感してしまう時貞です(笑)本気で生きる・・・・・・大きなテーマですね。最初はなんだかシニカルな男女の会話ではじまりましたが、彼らの年老いた時代にシフトする、場面転換が効果的でしたね。静かにじわじわと感動が沸いてくるような、深い味のあるSSであったと思います。このようなタイプのSSは自分には書けそうもないので、とても参考になりました。上下様の連載作の更新、並びに新作を心よりお待ちいたします。
2005-09-21 13:07:11【☆☆☆☆☆】時貞
時貞さん>
おお〜、この気持ちをわかってくださりますか!うれしいです。途中でSSを思いつくということはその作品に集中できていないという証拠なのでしょうかね〜。だから毎度毎度中途半端な作品に……。いえいえ、これは上下の話ですよ。自分もこのような人生を送ることができればどれほど幸せなことでしょうか。不幸の代名詞といわれているから、まあそれはないでしょうが……。それでは、読んでいただきありがとうございました。
2005-09-21 16:28:02【☆☆☆☆☆】上下 左右
計:8点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。