『泥人形』作者:一徹 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 この先に、なにがあるのだろう。
 この、大海原の先に。
 悪くは無いと、思うのだ。






 ひたひたと、彼の身は崩れる。
 すがろうと手を伸ばし、腕の自重で落ちそうになる。
 彼は泥として生まれ、泥として崩れる運命。
 泥人形は、己を見やって、嘆息する。


 ある時日照りになった。
 彼の体から水気が飛んで、歩けるようになった。
 泥人形は、己を見やって、嘆息する。


 ある時雨が振ってきた。
 彼の体には水気が染んで、崩れそうに、
 泥人形は回避する。崩れそうになるわが身を必死にこらえ風雨をしのぐべく民家へ入る。
 お願いです雨が止むまでとめてください、と。
 住民の女はひどく驚いたが、泥人形のひび割れた頬を見て、そうですか、と頷いた。
 女には娘がいて、泥人形を見つけると真っ直ぐに、無垢な笑顔を向けてきた。
 お嬢さん、怖くは無いのかい私が。
 娘は首を振り、泥人形を覗き込む。
「いいえあなたは優しいわ」
 ざあざあと、途切れず屋根打つ多量の水滴。
 暖炉を炊きましょうね、と泥人形は、一人火のそばにうずくまる。
 泥人形は娘の言葉を反芻していた。
 すると頬が崩れていく。
 触れると、水気だ。
 泥人形は、己を見やって、嘆息する。


 娘の父は猟師であった。
 だから、雨足が弱まったとき、迎えに行くといった。
 危ないですお嬢さん、と泥人形は言う。
「大丈夫よ、私たちは、泥じゃないもの」
 そういって娘は出かけていった。
 泥人形は、己を見やって、
 なにをやっているんだろう。
 すると頬が崩れていく、


 雨足は次第に強くなり、
 鉄砲水だ、と誰かが叫んだ。
 若い娘がさらわれた、と。
 泥人形は一人暖炉の傍ら。焦げる我が身が愛おしく、うずくまり、娘の言葉を反芻する。
 泥人形は、己を見やって、
 なにをやっているんだろう。
 決断して外へ出る。


 まず頭がとけていった。
 半ば無い頭で、腕が崩れていくのを理解する。
 半ば無い頭で、足がとけていくのを理解する。
 けれどそれでも歩けるだろう。
 けれどそれでも、細いその身を救うことができるはずだ。
 泥人形は何も言わず飛び込んだ。濁流の中、娘を捜す。
 果たして人外の彼の、一つになった瞳は、砂漠で針をすくうように、
 ああ、砂漠で生きればよかったのだ。
 だが針は要らない、と。
 このときだけは、崩れるな。
 命じる腕が掴む娘。
 岸で待つ、母に手渡して、
 泥人形は、己を見やって、嘆息する。
 なにをやっているんだろう、と嗤った直後。
 激流が、


2005-09-06 01:30:57公開 / 作者:一徹
■この作品の著作権は一徹さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 はい、ども。一徹です。
 先の作品の出来があまり芳しくなく、たぶん練りすぎた、あるいは練が局所すぎたせいかなあ、と反省し、今作品を作りました。設定素直じゃないとか終わりビミョーとか言われると悲しいですし、なんかUPするたび短くなってない? とかいうツッコミも、辛いです、ハイ。
 いやね、作品紹介と三百六十度ぐらいずれるんですが、長編となると、最後まで行けないんですよね。途中で投げ出すというか、この話面白無い、設定ビミョーくだらん平凡、とかけちを付けに付けて、放棄するのです。ムダは省く主義で、それが長編だと続かないというか。なんか、日常を描くのが出来ないなあ、と思う日々。
 まあ、とりあえずは率直なご意見・ご感想お待ちしております。

 ちょっと導入部が分かりにくかったかな、と反省。
 読点で終わってるのは、そりゃ激流に泥人形が巻かれたら、どうなるかなあ、と想像を膨らませていただきたい次第です、ハイ。
この作品に対する感想 - 昇順
拝読しました。うん、何とはなく此度は京雅の琴線に触れたようです、素直に面白かったと思います。しかし、情報の提示を簡略化・排斥しているのはやはりどうも味気なく感じる。それが書き手の意図ではなく気質であるなら、仕方の無いことやもしれませんが。ふむ。泥人形が優しいと言うのは曖昧に解りますけれど、何故、如何して、と繋がりを欲しますね。次回作御待ちしております。
2005-09-04 07:34:44【☆☆☆☆☆】京雅
[簡易感想]しんみりしました。良かったです。
2005-09-04 10:29:29【☆☆☆☆☆】灰猫
はじめまして。豆腐と申すものです。拝読させて頂きましたが、話全体の雰囲気は読んでいて心地良かったです。ですが、冒頭の文で「大海原」とありましたがあれは何かの比喩だったのでしょうか。私は海を漂流している話かなぁ、なんて思っていたのですが舞台は陸地のようでしたので読み進めていきながら少し戸惑いを覚えました。それから、本当に私的な感想になってしまいますが、最後が読点で終ってしまうというのはどうにも落ち着きませんでした。何か意図があって私がそれを読み取れていないだけだったら、勝手なことを言って本当に申し訳ありません。
 それでは、長々と失礼いたしました。
2005-09-04 11:47:11【☆☆☆☆☆】豆腐
私と考え方似ているなぁ。初めまして、猫舌ソーセージと申します。幼稚園児レベルの小説ばかりをいつも投稿させていただいてます。人外なる者の物語は数多くあり目新しいものはありませんでしたが、それゆえに安定していたと思います。印象に残ったのは、涙で頬が崩れるところですね。中々良い味のある作品だと思いました。ラストの終わり方はむず痒い。次回作楽しみにしてます
2005-09-04 14:45:43【☆☆☆☆☆】猫舌ソーセージ
語りがなんか不思議な感じですね。
記憶の片隅に残るような作品です。

ちなみに三百六十度違うと戻ってきてしまいませんか?
2005-09-04 19:01:29【☆☆☆☆☆】山吹
初めまして、ミノタウロスと申します。
先ず読んでいて、寓話的だなと思いました。自己犠牲の尊さを説いたお話(老人とサル、狐、ウサギの出てくるお話)を思い出しました。しばし作者の訴えは何処にあるのだろうと考えていました。問題提起されるととことん悩むの好きなんですが、勝手に想像したのは、一徹様は自己犠牲を冷ややかに見ている気がしました。自己犠牲は美しく見える時と愚かに見える時があると私は思う訳です。それは恐らく私が歳食ってスレてしまった為でしょう。この泥人形はこの結末に満足しているのであろうか、否か。大海原の向こうが見えただろうか。結局、ある境界線の向こう側なんて、何も無い事が多い……なんて思います。やたら書き込んでしまってすみません。この文体にかなり惹かれたもので。エッセイを読みふけった時期にであった書き物(ちょっと異常な感じで真似できる物じゃありません)の文体によく似ていて、この文章私は好きですね。褒めてるつもりなんですが、気分を悪くされましたらお許しを。では、又別の作品期待します。
2005-09-04 23:16:01【☆☆☆☆☆】ミノタウロス
[簡易感想]しんみりしました。良かったです。
2005-09-05 17:41:26【☆☆☆☆☆】ゅぇ
読ませていただきました。
あとひとつ何かグッとくるものがあったら2点入れてました。それが何であるか言うことができないんですが。余計なことをまったく考えず、あえて作者が何を伝えたいのかも無視して読ませてもらったのですが、そちら側から伸ばされる糸の力がとてもとても強いのにびっくり。泥人形の不可思議なビジュアルと、茫漠とした読み応えと。何か読み取ろうとすればすり抜けてしまうし、でもただ読み流すにはあまりにも強い、という不思議なものを読んだ気分です。好みを基準にすればこういうのは大好きです。これだけのものを練れるのは素直にうらやましいです。だからこそこの書き方で、この雰囲気で、もうひとつ完成度を上げていただきたかったと思います。ここからさらにあとひと山を苦しんで越えたなら、足りないものがすべて埋まってとんでもない作品になったかなと。って何言ってんだこの有栖川とか言うやつ。
次回作品お待ちしております。

これはホントにホントにわがまますぎるひとりごとですが、このお話をもう一度だけ推敲してもらえたなら非常に嬉しい。作り変えろなどと失礼なことを申し上げているのではなくて、剥落している部分を埋める作業のことです。
2005-09-05 17:56:51【★★★★☆】有栖川
読ませて頂きました。
適当な感想が思い浮かばないので、ん?な点を一つ。
私の幼少時代の経験から言わせていただきますと、
陽に照らされれば、水分が蒸発してカピカピにひび割れてしまうんじゃあないのか、と。え、細かいですか。そうですか。
2005-09-06 06:33:39【☆☆☆☆☆】一読者
初めまして、羽乃音(はのね)と申します。作品を読ませていただきました。なんともほのぼのとして、詩的な雰囲気といい童話的な流れといい、とても綺麗なお話でした。ただ、最後に切れてしまうのと途中の繋ぎがもう一歩欲しいというところでどうしても点が入れられません。言い訳みたいですみません。確かにこの設定で長編を書こうというのは少し無謀かもしれませんね。前作がどのような作品であったのかは失礼ながら知りませんが、でもセンスの素晴らしさはこの作品からも十分感じられました。感動に辿り着くには今一歩足りない、そんな涙腺のきつい物書きでございますのでどうかご容赦ください。それでは今後のご活躍を期待しております。
2005-09-06 19:50:18【☆☆☆☆☆】羽乃音
作品を読ませていただきました。すーっと読めて良いのですが、ラストがちょっと弱かった感じです。泥人形が歩けることに対して嘆息した理由がわからず、その後の展開も理解できないまま読んでいたのが実情かな。移動できない状況なら泥人形は泥に還ってしまう。だから嘆息するのは理解できるのですが、身体が固化して移動できたことは喜んで良いことではないのでしょうか? その後の雨宿りのシーンを見ると泥に戻りたくないようだし……作品の情報が少なすぎますねぇ。辛口の感想ですみませんでした。では、次回作品を期待しています。
2005-09-06 23:50:09【☆☆☆☆☆】甘木
どうも初めまして。菖蒲と申します。しばらく登竜門さんにお邪魔していなかったので、一徹さんの作品を拝読させていただくのもこの【泥人形】が初回となります。よろしくお願い致しますね。さて、感銘と言ったら伝わるかどうかはわからないのですけれども、私の今までの経験の中で、こんなに感情にうったえかけられた作品は、これもまた初めてかなと思います。大げさ、とか思われてしまいましたら、逆に申し訳ないのですが、題材から何までとても好きなお話でした。自分の存在に嘆息し、その行動や衝動に嘆息する。その場面ずつが切なくて、まるで絵本のように温かくぬくもり深く、見方を変えれば長い長い小説のように世界観や物語を広げることもできるほど魅力がありますね。初めは詩のようなものなのかと印象を抱いたのですが、段々とそれに肉がつき足がつき、最後の閉め方には工夫があります。暖色に包まれる暖炉の元で、独り座り込む人形の姿が目に浮かびました。ただ少し気になりましたのは、冒頭のあおりととれる三行とその後に続く本編の区別をもう少しわかりやすく分断していたのなら、ということ。素敵なのに、まだどこか未完成のような。これからそれらの穴を文章というかたちで埋めていかれたのなら、より良い作品となると感じました。長々と書きましたが、次回作もお待ちしております。
2005-09-08 21:00:20【★★★★☆】菖蒲
計:8点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。