『不条理』作者:時貞 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 残暑が続く中、珍しく初秋を感じさせる涼風が爽やかな、日曜日の午前のことであった。
 休日ということもあり、市内のほぼ中央に位置する市民公園は、朝早くから多くの人々で賑わっている。
 幼い子供を連れた若い夫婦、ジョギングで汗を流す青年、ゲートボールを楽しむ老人たち、そして、いかにも楽しそうに笑い転げている少年たち――。
 そんな中、周囲にせわしなく目を配る、少し挙動が怪しい青年の姿があった。
 擦り切れたジーパンに鮮やかな黄色いティーシャツ、黒ぶちの眼鏡を掛けて、水色と白のストライプのバンダナを頭に巻いている。
 彼の名は、香取剛(かとりつよし)。
 今年の大学受験に失敗した浪人生である。彼は今、来年の受験勉強もそっちのけで、ある事に熱心になっていた。それは、ボランティア活動である。
 毎年夏の終わりに放送される、某テレビ局の二十四時間番組――この番組を今回はじめて二十四時間ぶっ通しで見た彼は、この番組の主旨であるボランティア精神にすっかり感化され、自らもボランティア活動をはじめることにしたのだった。
 募金団体に寄付できるほど経済的余裕の無かった彼は、まずは自分でも出来ることからと、近所の困った人たちに手助けをする事を決めたのである。
 ところが彼のボランティア精神は、相手にとってはかえってはた迷惑な事もしばしばであった。
 犬の散歩を引き受けたはいいが、途中でその犬に逃げられ、飼い主とともに何時間も探し回ったこともあったし、近所の老人の入浴を手伝おうとして、危うくその老人を溺死させそうになったこともあった。物干し竿から落ちていた洗濯物を拾ってあげようとして、下着泥棒に間違えられた事もある。
 しかし思い込みの激しい彼は、毎回人の役に立っていると自己満足していた。考えようによっては、ひどく厄介な人物ともいえる。
 そんな彼の今日のテーマは、公園で困っている人たちに愛の手を――である。
 彼自身、今日は何故かしら特別な予感がしていた。これまでの活動とはまったく違う体験が待ち受けているような、なにかこう、自分が特別な存在となるような予感をひしひしと感じていた。

 大きく深呼吸をし、イキイキとした表情で活動を開始する。
「お、あの人困ってそうだな」
 彼の目がきらりと光った。
 大きな松の木の下で、幼い女の子とその母親らしい女性が上を見上げている。どうやら女の子が手放してしまった風船が、松の木の枝に引っ掛かっているようだ。
「おーい、いまから助けてあげますよ――!」
 彼は大声でそう叫びながら母子の元へと駆けて行った。がしかし、そんな彼の接近を目にして、母親は急に顔色を変えると女の子の手を取り、その場から逃げるように去っていってしまった。どうやら彼は、ちょっと危険な人物だと判断されてしまったらしい。
「おやおや、どうしちゃったんだい? 風船取ってあげようと思ったのに」
 風船を取ろうにも今まで一度も木登り経験の無い彼であったが、さも不思議そうにそう呟くのであった。
 
「お、あそこにもいらっしゃるじゃあーりませんか! 困ってらっしゃる人が」
 彼の目が再び輝く。
 見ると、園内にある大きな砂場で子供たちに交じり、一人の男性が足元をしきりに手で掻いていた。どうやら何か落し物をしてしまったらしい。
 彼はすかさず駆け寄って行った。
「何かお困りのようですが、どうされました?」
 そう声を掛けると、男性は目をしょぼつかせながら口を開いた。
「いや、コンタクトレンズを落としてしまったようで」
「それは大変だ! 僕も一緒に探してあげますよ」
 彼はそう言うと、男性と一緒になって砂場に落ちたコンタクトレンズを探しはじめた。
 さらさらとした砂に手を這わせてから十分ほど経ったとき、彼の手に小さな円形のプラスティックのような感触が伝わった。
「あ、あった! ありましたよ!」
「え、本当ですか?」
 彼は、右手の指につまんだコンタクトレンズを取り上げて見せた。
 汗に濡れた男性の顔に、安堵とともに感謝の表情がひろがる。
「あ、ありがとうございます。本当にありがとうございます」
「はっはっは! いえいえ、どういたしまして。人間、助け合いですから」
 そう言ってコンタクトレンズを手渡そうとした瞬間、「ペキッ!」と乾いた音を立てて、彼の指に挟まれたコンタクトレンズが二つに割れた。

 逃げるように砂場を去った彼は、次のターゲットを探しはじめた。
 ボランティアと言うよりももはや嫌がらせとしか見えないのだが、彼にはまったくそういった自覚はない。ただひたすらに、困っている人を探し求めるのであった。
「ふぅ――どっかにまた困ってる人いないかなあ」
 ため息をつきながらそう呟いた彼に、背後から声を掛けてきた者があった。
「おい、あんた。さっきから何を探してるんだ?」
 ふり向くと、一目でホームレスと見受けられるような初老の男が立っていた。ぼさぼさに縮れた髪は伸び放題で、細かいごみや埃にまみれている。ひげも胸の辺りまで伸びており、ぼろ雑巾のような汚い綿ズボンの上に黄色い染みだらけのティーシャツを着ていた。身体も木の枝のように痩せ細っているのだが、眼光だけはやけに鋭い。話し掛けてきた声もどっしりと響くような声であった。
 真っ黒に日焼けしたその肌は、見ようによっては日本人でないようにも思える。
 彼――香取剛は口を開いた。
「はぁ、実は困っている人を探しているんですよ」
「――あ? 困っている人?」
「ええ、実は僕、いまボランティア活動を行なってまして」
 彼がそう言うとホームレス風の男はにやりと笑って、「じゃあ、困ってる俺をなんとか助けてくれよ」と言った。
 話しを聞くと、ここ数日間ほとんど水以外口にしていないらしい。
「腹が減ってたまらねえんだ。ボランティアをやってるんだったら、俺に何かめぐんでくれよ」
 男の言葉を受けて、彼は財布を取り出すと中を覗いた。小銭ばかりしか入っておらず、なんとか五百円になるかならないかといった程度の額である。これを全額渡してしまうと、彼の今日の昼飯代がなくなってしまうのだ。
 寸時悩んだ彼であったが、大きくため息つくと爽やかにこう言った。
「少ししかありませんけど、よかったらこれ使ってください」
 そう言って、ホームレス風の男に財布の中の小銭を全部手渡す。
「ほ、本当にいいのかい?」
「はい。人間、助け合いですから!」
 ホームレス風の男の目に、きらりと光るものがあった。
 男はたずねる。
「しかしこれ、今の君の持ち金ぜんぶだろう? 歩いて帰れるのかい?」
「いえ、バスに乗って帰りますけど、定期券を持ってますから大丈夫です」
 ホームレス風の男はしげしげと彼を見つめていたが、やがてにっこり微笑むと、背中に背負った大きなバッグを下ろした。バッグの口を開け、中から丁寧に包装された包みを取り出す。ちょうどお中元などで見かける、ビールセットくらいの大きさの包みであった。
「あんたいい人だから、これ、あんたにやるよ」
 そう言って、ホームレス風の男は包みを差し出した。
「いえいえ、そんな。僕はボランティアでやっているんで、こんな物をいただくわけにはいきませんよ。……それにこれ、大切な物じゃないんですか?」
「ああ、俺にとって、これはとっても大切な物だ。でも、あんたに会って優しくしてもらって……なんだか照れくさいが、とても嬉しくなっちまってな。他人からこんな風に接してもらったの、本当に久しぶりだったからさ。だから、ちょっと包みが汚れてるかもしれないが、あんたにもらってほしいんだよ」
 ホームレス風の男の熱心な口調に、彼は大きく頷いた。
「わかりました! ありがたくいただきます」
「ああ、じゃあな。ちょっと重いかもしれんが、しっかり持って帰ってくれよ」
「はい! ……あ、ちょうどバスが来る時間ですね。それでは失礼します! ありがとうございました」
 ずしりと思い包みを脇に抱え、彼は満足げに公園を後にしたのであった。

 彼が帰りのバスに乗り込んでから、約十分ほど経ったときのことである。
 ――彼の周囲の全てが吹っ飛んだ。
 激しい爆音と爆風、灼熱、そして――。
 あのホームレス風の男からもらった包みが、凄まじい爆裂音をあげてバス一台を爆破したのであった。

 その日の夕刊記事――。
「都内で自爆テロ発生! ――今日午前十一時四十分頃、東京都S区を走行中の路線バスが、突如爆破炎上した。運転手を含む乗員二十六名が死亡、付近を歩いていた八名が重軽傷を負った。(一部略)……なお、警察では都内S区在住であった十九歳の浪人生を、この自爆テロの容疑者として捜査を進めており……」


   了
2005-09-02 15:51:37公開 / 作者:時貞
■この作品の著作権は時貞さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
お読みくださりまして、誠にありがとうございました!!
今回は今までとは違う作風を目指したのですが、やはりいつものように投稿する時点になるとひどく緊張してしまいます(汗)これはあくまでブラックジョークとして、軽くお読みいただけたのならホっとするのですが……。他の皆様の作品を読むにつれ、ますます圧倒されてしまっております。こんな拙作ですが、ご感想・アドバイスなどをいただけましたら幸いです。よろしくお願い致します!!
この作品に対する感想 - 昇順
うわぁ……不条理だ。ほんと不条理だ。有栖川です。まぁ、善行に善行が必ずしも帰ってくるわけではないですしね。大人になるにつれてそういうことって身に染みてわかるようになるんですよ。自分じゃないミスをさも自分がやったみたいに言われたりとかね……ぐちぐち。この程度のブラックジョークなら理想的な苦笑いの範囲で読めますし、全体的な印象も適度に軽くていいと思います。微妙にネタもタイムリーですしね。
楽しく読めました。時貞さんのSSをそのうちまとめて小さい本にでもしたらけっこう面白いんじゃないかなぁなんて思います。次回作楽しみにしてますね。
2005-09-02 17:37:22【☆☆☆☆☆】有栖川
どうも、緋陽です。こんばんわ。読ませて頂きました感想をば。
恩を仇で返された主人公に同情。ブラックジョークとしては多分軽いのでそんなに気分を害すことはありませんし、いいところに止まってますね〜。
こういうのもありだな、と思いました。いや、思わされた?
感想が短いですがこれで失礼します。次回作を楽しみにしています。では。
2005-09-02 18:42:42【☆☆☆☆☆】緋陽
こんばんは、感想を書かせて頂くのは初めてですね。浅月です。
題名通り、なんとも不条理ですね。主人公の性格に親しみを持っていただけに、オチに入った時の衝撃はひとしおでした。自爆テロの実行犯を務めてしまったことも、実はボランティアっぽいなあ……と、阿呆なことを考えておりました。
オチに向かって一直線、さらさらととても読みやすかったです。それでは、失礼します。
2005-09-02 19:48:30【★★★★☆】浅月
やばい。これはやばい。てか予測不能な落ちが僕の中でかなりグー。ひどいおっさんだよな〜。不条理だな〜。時限式だったのなら、おっさんが自爆テロする予定だったのだろうか?人にゆだねていいのか?まあ、こんな細かな事はどうでもいいですね。とにかく次回作期待してます。
2005-09-02 19:52:38【★★★★☆】buchiM
こんばんは、おんもうじですー(^○^)
読ませていただきました。スリリングだー!この老人一体何者だ!?なんで爆弾を???笑 すごい話だなあ。短いながらも内容はすんなり飲めこめました。
しかし題名とマッチですね!(^_^メ)それでは次回作期待しております〜
2005-09-02 19:54:51【☆☆☆☆☆】おんもうじ
皆様口をそろえて不条理だと仰っているので、違うことを。

不条理だ……。

あれ!? あぁ……、気にしないでいきましょう。はい、些細なことを気にしているようではこのご時世生きていけません。
主人公が何故ボランティア精神に目覚めたのかなど分かりやすくまとめられていたので、すんなりと納得し世界感に浸れることが出来ました。
ありがた迷惑がちょっと切なく感じてきて、しかし読み手としてはそんな彼に親しみをもったところで、ドカンですか。
唐突な展開、楽しかったです。
2005-09-03 00:11:07【☆☆☆☆☆】turugi
こんにちは。作品拝見させていただきました。うん。不条理というか理不尽だ!!! 善行だと思ったことが必ず善行にならない事なんて今まで腐るほどありましたが、此処まで来ると凄いなぁと思います。しかもサラリと読めてしまって……あぁ楽しかった。次回も期待してますv
2005-09-03 14:35:30【★★★★☆】水芭蕉猫
拝読しました。メッセージ性は曖昧に感じられますけれど、先入観のせいかインパクトに欠けております。題名のセンス、これ、ストレート過ぎましょうや。これでなかったなら、伝えたい言葉が「不条理」になって、よい均衡になったかなと。しかし、心地好かったとは思います。ブラックジョークとは微妙な位置の(心の)接触度合で御座いますね。次回作御待ちしております。
2005-09-04 03:47:16【☆☆☆☆☆】京雅
作品を読ませていただきました。前半の物語のおかしみ、ラストでニヤリとさせるオチ。良い感じですね。でも、題名がちょっとストレートすぎるかなぁ。読む前からどんでん返しを予測してしまうため、せっかくのオチのインパクトが弱くなってしまった感がありますね。でも、物語そのものはテンポも文章も良く面白かったです。では、次回作品を期待しています。
2005-09-04 14:01:35【☆☆☆☆☆】甘木
今晩は。いやあ、嫌な落ちですね。ジョークにならない;;ブラックネタが異常に好きなくせに、今回は受け入れられなかった、レアケースです。普段ならポイント入れてる勢いのストーリー展開であろうに……。これはストーリーはいいのに私がテロに過剰反応してしまった為でしょう。変な感想ですみません。自分自身、素直に楽しめなかったのが残念で;;
時貞様の作品は毎回楽しみにしていますので、次回投稿も期待してお待ちしております。
2005-09-05 01:52:50【☆☆☆☆☆】ミノタウロス
有栖川様、緋陽様、浅月様、buchiM様、おんもうじ様、turugi様、水芭蕉猫様、京雅様、甘木様、ミノタウロス様、お読みくださった皆様、誠にありがとうございました!!
お返事が遅れてしまい、大変申し訳ございません(汗)
昨日までキャンプに行っていたのですが、帰りに凄まじい大雨に見舞われ、ずぶ濡れで帰宅した時貞なのでした(汗)
皆様からいただいたご感想、大変興味深く拝読させていただきました。
毎回の事ながら、やはりまだまだ現在の自分の甘さを実感するとともに、今後への大きな励みともなりました。本当に頭が下がる思いです。
京雅様や甘木様の仰るとおり、少しタイトルが短絡的過ぎましたね(汗)いつもタイトルを最後に考えるのですが、この作業が最も苦手だったりします。自分のセンスの無さが恨めしいです(汗)ご指摘ありがとうございました!!
そしてミノタウロス様、仰るとおり、軽軽しく扱うテーマではございませんでしたね。お気を悪くされてしまったのでしたら心より謝罪いたします。そして、今作にもご感想をくださりまして誠にありがとうございました。本当に感謝しております。
有栖川様、緋陽様、浅月様、buchiM様、おんもうじ様、turugi様、水芭蕉猫様、京雅様、甘木様、ミノタウロス様、貴重なご意見を本当にありがとうございました!!これからもがんばります!!
2005-09-05 10:38:35【☆☆☆☆☆】時貞
今晩は。すみません。私の言葉が足りなかったようです。気を悪くなど全くしていません。私の感想に対し、謝罪をされているのを見て、私の方こそ、謝罪したいぐらいです。こんな誤解を招くような感想なら書かなければいいのに、心惹かれた展開だったので思った事を書いてしまいました。確かに物を書いて発表すると言う事は、心ならず差別や偏見等で読み手に不快感を与えてしまう時があります。ただ、私はそんな物を怖がっていては何も書けなく、何も発表できなくなってしまうと危惧します。ですから私の意見はあくまでもそう感じる人もいるのだと言う位にとって下さい。そして、何でも自由に書いていいとは言いませんし、気を付ける事はとても大切ですが、臆病にはならないで頂きたいのです。どうか、今回の事は気になさらずに、時貞様の良き感性を伸び伸びとこの場で発揮し続けて欲しいです。注目させて頂いてるのですから。
そろそろ、長編にチャレンジしてみては? お待ちしております。
2005-09-05 22:12:02【☆☆☆☆☆】ミノタウロス
ミノタウロス様>
たいへん親身になったお言葉、誠にありがとうございます。これまでにもミノタウロス様からいただいたご感想は、とても参考になるとともに非常に大きな励みともなってきましたが、今回いただいたお言葉を読ませていただいて、またひとつ目から鱗が落ちた思いであります。本当に感謝の念が絶えません。いただいたお言葉の数々に応えられるよう、これからも精一杯がんばっていきたいと思っております。本当にありがとうございました!!
2005-09-06 12:29:53【☆☆☆☆☆】時貞
計:12点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。