『人工太陽鉄の空』作者:一徹 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角3262文字
容量6524 bytes
原稿用紙約8.16枚
 空は、空のホログラム。
 その向こうにあるのは、無機質の天井だ。
 そこから一本の糸が、下へスゥーと降りていて、さんさんと輝く球体につながっている。


 太陽を研くものがいる。
 二人。
 若者と、老人だ。
「あ〜、なんかダリイっすねえ」
 若者は太陽の周囲に作られた足場に座り込み、煙草を吸う。
「何を休んどる。とっとと終わらせるぞ」
 老人は若者を蹴り飛ばし、自らは太陽に向かった。
「だってなんか目に悪いじゃないすか」
「そのためのゴーグルだろう」
 強烈な太陽光から目を護るため彼らは斜光ゴーグルを付けていた。
「あ〜、ダリイ」
 そういいながらも、若者は立ち上がり、老人と同じように太陽を研く。
「ホントーに、研かなくちゃ、いけないんすかァ?」
「ずぅっと研かかんと、黒ずんでくる」
「化学の力も万能じゃねえな」
 下げるぞ、と老人は言い、手近にあるボタンを押して足場を下降させた。
「どれどうれ、下の世界はどうなってますかな?」
 鼻歌交じりに双眼鏡を取り出し、下を見る。
「あー、クソ、見えねえな」
「……なにを見ておる」
「いやあね、確かここらへんに温泉街が……」
 無言で殴る。
「イテ」
「バカやっとらんで、とっとと拭けい」


 作業が終わり、黒ずみを示す必要が無くなった。
 これより、世界は黄昏に沈む。

「終わりましたねぇ」
「そうだろ? とっととやれば、こうやって休めるのだ」
 太陽を研いた二人は、足場に腰掛け下界を見やる。
「あー、なんか、オレ本で見たことありますわ」
「なにを?」
「こういうの」
「そりゃ毎日見てるから当たり前だろ」
「いや違いますよ。えと、なんだったかなぁ」
 若者は呻り、はと気付く。
「あ! 夜空っすよ」
 ふむ、と老人は相槌を打ち、再び見下ろす。
「……確かになア」
「でしょ? 結構古臭い写真だったんすけど、確か昔の空って、こんな感じだったらしいっす」
「お主に言われるまでも無い。わしは、実際この目で見たことがある」
 突然の告白に、若者は目を輝かせた。
「もしかして……実は三百歳を超えるご高齢……」
「バカモン、まだ完全に外殻が張られる前に、隙間から見上げただけだ」
「それじゃ見たことにならんすよ」
「いやいや、見たよ、あれは、見たと言える」
「言えませんよ」
「言える」
「言えません」
「言える」
「言えま……」
 ふと、若者は返す言葉を止めた。
「どうした?」
「よーするに、それほどイイモンだったってことっすか……」
 チカチカと、乱雑にうごめく夕暮れのホログラムを見上げる。
 ふつと、朱が途切れ、夜空となる。
 若者は眼を背けた。


「いやな、わし、明日死ぬらしい」
 研きながら、突然老人は言った。
「遺伝子検査したんすか」
「一年前にな。で、結果が昨日来た」
「珍しいすね〜、グッドタイミングじゃないすか」
「お前もやっておいたほうがいいぞ。分かるのは、いいことだ」
「あ、オレはもうやってますよ」
「いつ?」
「来年。なんか先祖が紫外線浴びすぎで、遺伝子ぶっ壊れて、一族短命なんす」
「はあ、たいへんだな」
「でもま、知るってことはいいことだとは思いますよ?」
 太陽は研かず、いつかと同じように双眼鏡で下のほうを見る。
「ヤメロと言っておる」
 蹴った。
「いいじゃないすか、減るもんでないし」
 愚痴りながらも、老人に倣い太陽を研く。
「なんつーか、便利になりましたねえ」
「なんだいきなり。いや待て、この間は化学はダメだとか言っておったろ」
「人の考えは日々変わっていくもんすよ。それに、ほら」
 目の前の“人工”太陽を叩いた。
「本物だったら一瞬でジョウハツっすよ? それを、こんな、素手で触れるなんて」
「赤外線は無いからな」
「光量だけってやつっすよね」
 直径およそ十メートル。これ一つで、この地区一帯――半径百キロメートルの円形――を照らしている。
「ハア、ホント、便利だ」
 吐き捨てるように、言った。
「不満そうだな」
「不満つーか……なァんか、ねえ」
「物足りない?」
「まあ……そんなところでしょ」
 老人はふうむ、と呻り、
「君は、小説というもの読んだことがあるか?」
「バカにしてるんすか? ありますよ、当然」
「書いたことはあるかね」
「いや、ないです」
「わしは書いたことがある。若いころにな、何作品か書いて、一つ本にもなった。結構売れたよ」
「面白かったんすね」
「周りはな。だが、わしは、ちっとも面白く感じなかった。なんでこんなくだらんものが出版されて、他の力作が受け入れられないのか、気に食わなかった」
「くだらん? いやでも本になったんでしょ」
「今でも思う。あれはまぐれだ。あんでテキトーに書いたものが受け入れられたのか」
 その意味を若者は考え、思い至った。
「爺さんのことだから、他のやつは設定とか書式とか、ぜェんぶガッチガチだったんじゃないすか?」
「そういうことだ。分かるな、小僧」
「自由が無かった、と?」
「登場人物が動いていなかった。わしが、動かしておった」
「じゃあツマランに決まってます」
 蹴られた。
「イテッ」
「ふん」
 鼻息荒く、老人は手すりにもたれ、
「まあ、な、わしほどの偏屈が凝りに凝れば、動きが取れなくなるのは当然だった」
「この世界も同じこと、と?」
 老人は頷き、
「では訊く。これは、悪いことかね?」
 若者は考えた。
 答えを待たず老人は続ける。
「太陽を見上げるものでなく、資源として扱うことで、科学は発展した。今の地球は、まさしく宇宙船地球号と成り果てた」
 では訊こう、と再び老人は尋ねる。
「あらゆる自然現象を科学の下に押さえ込み、あらゆる災害を回避した。この世界の全てが分かる。いつ地震が津波が干害が冷害が洪水が起こるか、遺伝子から人間関数を編み出し、性格行動そして死、人間の行き着く限界を知り世界の“果て”を知り、終焉すらも予測している。予想、ではない。予測だ」
「その結果、世界に面白みがなくなっても仕方ない、と?」
「そういう道を辿ってきたのだから、しょうがないとは思わないか?」
「それは――先代が決めたから……」
 だがしかし安全だ。
 老人の小説のように、がんじがらめ、拘束されているわけでも動かされているわけでもない。自然に、自由を、謳歌している。
 だから若者は、こう言った。
「悪くは、ない」








































































「わし、生きてた」
 翌日、老人はそういって若者の前に現れた。
「九十九・九九パーセント、わしは死ぬはずだったのだ」
 あいにくピンピンしている。
 若者は笑った。心底笑った。
「葬式代がパァだ。昨日、やっておいたのに」
「バッカでえ、マジ、バッカでえ」
 腹の底から、大爆笑した。


 掃除が終わり、太陽は眠りに付いた。
 黄昏も終わり、夜が訪れる。
「帰るぞ」
「いや、ホント、お元気ですなあ」
「ふん」
 足場が上昇していく。
 双眼鏡を覗き、思いついたように地平を見やる。
 ぼう、と隣の太陽が上っているように、見えなくも無い。
 それはさながらダイヤの指輪のようで。
「まあ、今んところはこんなもんで勘弁しといてやるさ」
2005-08-31 01:35:20公開 / 作者:一徹
■この作品の著作権は一徹さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 はい、ども、一徹です。
 今回はSF風にまとめてみましたが、どうでしたでしょうか? 予備知識も無い若造が、と怒られるかもしれませんが、あくまでテーマ重視、SF知識を満たすものでないということだけ、頭に置いてもらえたら嬉しい限りです。
 テーマは……まあ皆さんでどうかお考えお願いいただきたい。いやね、書いてるときはあいまいながらあるのですが、書いた後見てみると……うーん、言葉にするのって難しい。怒らないでくださいね、ホント。
 虚偽王よりも短くなってしまいました。SSだから、関係ないのかな? 一応終わってますが、破綻しまくりとも取れて……そこは、率直なご意見ご感想お待ちしております。
この作品に対する感想 - 昇順
率直な意見感想でいいですか。ではGO!笑) 台詞多っ!! 最初はワケわかんない!!――と、思いつつどんどん読み進めてしまいました(笑)台詞多すぎ、と思ったのは思ったんですけど、面白かったんです。何がどう面白いっていわれても、言葉にはちょっとしにくいんだけれども。人工の太陽を研くっていうのも面白かったです。さてこれはあたしの勘違いか否か、若者はこの老人のことが大好きなのかなぁ、と思ったわけですよ。で、もしもそれが外れていないとしたら、ひとつひとつの台詞の中にこのふたりの絆みたいなものが窺えてよかった。おじいちゃん死ななくて良かったっ!と思ったのはあたしだけでしょうか。さてさて、ではこれくらいで。申し遅れましたが、初めましてのゅぇでした。
2005-08-31 09:56:36【☆☆☆☆☆】ゅぇ
はじめまして。時貞(ときさだ)と申します。よろしくお願い致します。
作品、拝読させていただきました。なんともシュールな感覚のSF作品ですね。ゅぇさんも仰っているとおり、地の分に比して台詞がかなり多く見受けられましたが、テンポが良いので楽しく読み進むことが出来ました。文体の魅力とでも言いますか、独特な面白味を感じさせますね。自分もSF系の小説が書いてみたくなりました。空白の後の最後、老人が生きていて良かったです。反モダニズム的な側面も感じられますね。一徹さんの次回作も楽しみにお待ちしております!!
2005-08-31 11:07:56【☆☆☆☆☆】時貞
はじめまして、浅月と申します。作品、読ませて頂きました。
あっさりとして無駄の無い描写で、台詞が存分に生きているなあ、と思いました。太陽を研ぐ、という仕事がはじめはまったく想像できなかったのですが、読み進めるうちに「ああ、なるほど」と勢い良く納得できました。SFと言うものに驚くほどぴったりですよね。発想の意外性がとても面白かったです。最後の、老人と若者の掛け合いにほのぼのさせて頂きました。それでは、失礼します。
2005-08-31 14:35:20【★★★★☆】浅月
拝見させていただきました。上下と申すものでございます。これだけ台詞が多いのに頭の中でこれだけの想像をさせるとは凄いですね。静かに進んで突然死を宣告。しかし結局死ななかったと、静かに進んでおりますね。少ない描写でこれだけだせるのであるならかなり凄いと思います。次回も楽しみにしています
2005-08-31 18:18:13【☆☆☆☆☆】上下 左右
SFな世界を短い中でうまく描写していることで、その中で生きている二人の魅力に読み手がぐっと接近できていると思います。素敵です。
2005-08-31 19:29:35【★★★★☆】メイルマン
始めまして。水芭蕉猫と申します。
作品拝読させていただきました。感想、批評は苦手なので、率直に思ったことだけ書かせていただきます。何か良かったです。元々こういうセリフ同士の掛け合いみたいなのが好きなせいかもしれませんが、良かったです。死ぬと思ってたのに生きていた。楽しい話じゃないですか。のんびりまったり生きようと思います。
2005-09-01 00:27:09【☆☆☆☆☆】水芭蕉猫
拝読しました。物語性は凝縮され、SSとして巧く(軽く)纏められていたと思います。まあ、濁ってはおりませんけれど、鮮明ではないかな。細かな設定・描写の排斥は御座いますね。読みきりではなく中編・長編で、この感性を読んでみたいです。ふたりの掛け合い等、うん、面白かったですよ。次回作御待ちしております。
2005-09-02 09:54:30【☆☆☆☆☆】京雅
作品を読ませていただきました。設定やSFの知識なんて関係ないですよ。素直に作られていて読みやすく、爺さんと若者の会話が何とも言えない良い雰囲気をだしていました。ほぼ会話だけなのに情景が浮かんでくるような書き方は見習いたいです(……私じゃ無理だな)。では、次回作品を期待しています。
2005-09-03 20:04:51【☆☆☆☆☆】甘木
計:8点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。