『異国の少女』作者:宣芳まゆり / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約5.78枚
薄暗い部屋だった,床の大理石が白色に輝いている.
「さぁ,ミドリ・・・.」
少年の真摯な紫紺の瞳が,少女を促がす.
どんどん眩しくなる光に目を細めながら,少女は少年を見つめた.
「手を・・・.」
差し伸べられた少年の手を取って,これが最初で最後の触れ合いだと,少女は涙を流した.

次に気が付いたとき,水鳥(みどり)は緩やかな坂を下っていた.
つと足をとめ,周りを見回す.
道の左右には常緑樹の街路樹,少し行けば,駅前の商店街.
ここは・・・日本・・・,そう水鳥は帰ってきたのだ,こっちの世界に.
あの,中世ヨーロッパの面影を残すあっちの世界から.
この道は水鳥の通っていた中学校から家に帰る道・・・.
そう思うが早いか,少女は家へと駆け出していた.

父は,母は,妹はどうなったのだろうか?
水鳥は,1000日間もあっちの世界に囚われていたのだ.
「ミドリ・・・」
聞き慣れないイントネーションで少女の名を呼ぶ少年の声.
少女は漆黒の髪を揺らし,痛む胸に気付かないように,がむしゃらに走った.

家は,水鳥の家は,少女の記憶するところにあった.
チャイムを押し,ドアを叩く.
「お父さん!お父さん!」
道行く人々が奇異な視線を送ってくる,水鳥はそれにかまわずにドアを叩き続けた.
「水鳥・・・.」
ドアの向こう,現れた父は記憶よりもやせていた・・・.

「いったい今までどこにいたんだ?・・・その,服装はなんだ?何をしていたんだ?」
父は,3年ぶりに帰ってきた,奇妙な服装をした娘を問い詰めた.
しかし,少女は質問に質問を返した.
「お父さん,その,お母さんと萌葱(もえぎ)は?」
「あぁ,結局離婚したよ.萌葱はお母さんの方へついていった.そうだ,それよりお母さんに電話しなさい,九州の実家にいるから.」
父は一呼吸置いて,言った.
「話はそれからにしよう・・・.」

久しぶりに聞いた母の声はヒステリックなものだった.
どこにいたのか,何をしていたのか,何を考えているのか,これからどうするのか・・・.
「あなた,中学校はどうするの?いったい3年間も何をやっていたの?本来なら,萌葱と同じく高校生のはずなのに・・・.」

母と電話をする少女の姿を眺めながら,父は言い知れない不安な気持ちになっていた.
ここにいるこの少女は本当に自分の娘なのだろうか・・・.
少女の着ているその変な服装のせいか,ずいぶん雰囲気が違ってみえる.
まるで最近はやりのファンタジー映画に出てくる登場人物のような服装だ.
いや,服だけではなく,その髪飾りもペンダントも,履いていた靴までも,まるで中世ヨーロッパの姫君のようではないか!

電話を切った少女が父に向き合った,すると彼は思わず,娘に対して構えてしまった.
少女の瞳が哀しみに彩られる.
「水鳥,私は・・・.」
「お父さん,私,信じられないかもしれないけど・・・.」
・・・私は3年間,異世界にいたの・・・.
少女はぐっと言葉を飲み込んだ.
もう,言葉にならない,父親のその硬い表情を見ただけで.

少年の瞳は,そばにいてほしいと,いつも少女に訴えてかけていた.
少年がそれを口にすることは決してなかったが,少女にはそれが分かった.
なぜなら,少女も同じ想いだったからだ.

「水鳥!!」
父親の声を背に受けて,水鳥は家を飛び出した.
商店街では,すれ違う人々が不思議そうな顔を少女に向ける.
ふと,ショウウインドウで自分の姿を確認すれば,それもそのはず,この日本では,水鳥はまるで異国の少女だ.
まったく風景と溶け合わない.

「ミドリ,約束の1000日目だ.」
悲しいのか,安堵しているのか,少年の紺色の眼は揺らめいていた.
「君を故郷に帰すよ.」

日本に帰ってきたのは,家族が恋しかったからではなかった.
そのことに少女は気づいてしまった.
少年がそう望むから,帰ってきたのだ.
少年が,故郷で安楽な一生を送ってほしいと望んだから,少年と別れたのだ.

「父上はきっとこの戦争が終わったら,私とミドリを殺すだろう」
「私とミドリは武勲を立てすぎたのだ,父王が不快に思うのもしかたない・・・.」

ならば,決して離れない.
一緒に殺されよう.

そのときの少年の悲しい笑顔を一生忘れない.

「ガロード!」
「ガロード!ガロード!ガロード!」
少女は力の限り,泣き叫んだ,まるで少年に許しを請うかのように.

「水鳥・・・.」
ふと眼を上げると,困惑しきった父親の顔・・・.
「こんな街中で・・・.」

「しあわせに生きてくれ,それだけでいい.」

少年が願わなかったら,きっと家には帰らなかった.
「ごめんなさい,お父さん・・・!」
泣きじゃくる少女に,彼は手を差し伸べようとした.

しかし,その刹那.
白い光が,アスファルトの地面から現れた.
「なんだ,これは?!」
しかし,少女は,彼の娘はその光の中心へと向かって走ってゆく.
「水鳥!!」
振り返った娘は泣き笑いの顔をしていた.
「ごめんなさい,お父さん.」
光の向こうにかすかに人影が見える・・・.
それは遠慮がちな視線を送ってくる少年の姿をしていた.
「さようなら・・・.」

やがて,光は消え,少女も消えた・・・.


2003-11-02 22:48:40公開 / 作者:宣芳まゆり
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■作者からのメッセージ
Senyoshi Mayuri。異世界純愛ファンタジーです.
異世界へ連れ去られていた少女が帰ってきた,そんなところから物語りは始まります.

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