『Warring States Period 『壱〜伍』』作者:みのもんや / Ej - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角10046文字
容量20092 bytes
原稿用紙約25.12枚


 「……これを、長篠の戦といい、織田信長は三千丁の鉄砲を使ったと伝えられています」
眼鏡をかけた先生が黒板に文字を書きながら喋っている。
ここは中学校、そして、このクラスでは誰もやりたくないと思っている歴史の授業をしている。
真面目にノートにメモったりしているのは優等生だけ、他の生徒達はこそこそ話をしている。
多分、これが日常風景なのであろう、誰も注意も何もしない、ただ自分のする事をしているだけである。
 「はい、竜島、織田信長は誰との連合軍で武田勝頼と戦った?」
先生が窓際のボーっとしている少年に問いかけた。
しかし、その少年は答えない、先生の話すら耳に入っていない様だ。
先生はイライラし始め、チョークで教壇をトントン叩いている。そろそろ限界らしい。
「もう一度言う!織田信長は誰との連合軍で武田勝頼と戦った?」
先生は大声で叫んだ。
 しかし、少年は全く答えようとしない。周りの生徒はクスクス笑っている。
ボキッ 先生が握り締めていた赤いチョークがとうとう折れた。その怒りもプラスされ、先生の怒りは最大まで上げられた。
 先生は大きな足音を響かせながら、少年の元へ歩いて行く。少年は全く反応せず、窓の外を見ていた。
「竜島!」
先生が思いっきり声を出した。隣のクラスの生徒が何人か駆けつけた位、大きな声だった。
「はい! 先生! 何でしょうか!」
少年は席から立つと、少し大きい声で言った。
この瞬間、クラス中の生徒が笑い出した。「こいつ馬鹿すぎるぞ」という声も何処からか聞こえてくる。
この少年の言葉は先生の怒りに油を注いだらしく、先生は手に持っていたチョークの破片を少年に向かって思いっきり投げた。
そのチョークの破片は見事、少年に当たり、少年は椅子に座りながら転んだ。
 それを見ると、先生は教壇へと戻っていった。
少年は「何なんだ?」と言いたそうな顔で先生をジッと見ていた。
 先生が授業を再開しようとした時、ちょうど授業終わりのベルが学校に鳴り響いた。
「宿題だ! 長篠の戦をノートに2ページでまとめて来い!」
先生はそう言うと、教室から出て行った。
 授業が終わると、早速、少年の所に人が集った。
「竜島! お前また片山を怒らせちまったな! 内申書やばいと思うぜえ。」
集った中の一人がニヤニヤ笑いながら言った。
 少年はそれには耳を傾けず、次の授業の準備をした。しかし、周りの人はニヤニヤ笑いながらイヤミを言ってくる。
それがムカついたのか、少年は殴る構えを見せた。
「てめえらいい加減にしろよ、人を馬鹿にしてそんなに嬉しいか!」
少年はそう言うとイヤミグループのリーダーと思われる奴にアッパーを喰らわせた。
「竜島を殴れ! 皆で一斉にかかればあの喧嘩強い竜島だって…」
リーダーがそう叫ぶと、イヤミグループが一斉に少年に殴りかかった。
少年は全く動じず殴りかかってきた奴ら一人一人に蹴りを喰らわせ、席に着いた。
イヤミグループ達は半べそをかきながら逃げ帰っていった。
少し経つと次の授業が始まった。どうやら少年はこの授業が好きらしく、真剣にやっていた。
 こうして一日の授業が終わり、少年は部室へ向かって歩き始めた。
「ど〜も歴史の授業はボーっとしちまうんだよな〜」
少年は歩きながらブツブツ呟いていた。
ゴロゴロゴロ… 雨も降っていないのに空から雷の音が聞こえてきた。
少年が空を見たその時だった。空から雷が落ちてきたのだ。
「うわああああ!」
雷は少年に直撃し、辺りの物を吹き飛ばした。
辺りにいた生徒が少年がいた筈の所へ急いで駆け寄ったが、そこには何も無く、特別な事といえば地面から煙が出ていた事ぐらいだった―

 天正一年 この年、戦乱の世を揺るがす大事件が起こった。
「そうか、信玄が死んだか」一人の男が呟いた―




 天正一年 四月 上洛を目指した武田信玄が、労咳のため帰国途中に伊那駒場で病歿。享年53歳。
信玄は、勝頼に遺言の一つとして「自分が死んでもしばらくは公開するな」と言っていたそうだが、勝頼は少し迷うとすぐに公開した。
この時から武田崩壊の歯車が回り始めてしまったのだろう。
天正一年 九月 徳川家康が長篠城を攻め、長篠城を落とした。
しかし、武田軍も黙ってじっと見ていたわけではない。
天正二年 2月 武田勝頼が美濃の明智城をおとす。
     3月 勝頼、三河の足助口より徳川領に侵入。
     6月 勝頼、遠江(静岡)の徳川方の高天神城をおとす。
この後、織田信長、徳川家康が武田勝頼の軍と戦う事になるのである。
つまり、織田信長と徳川家康の連合軍と武田勝頼の武田軍が戦うのが長篠の戦である。

 天正三年 二月  三河 長篠城
「なんでこんな時に城の修復なんだろうなぁ…」一人の男が呟いた。
どうやら男達は家康が攻め、おとした時に傷ついた長篠城を修復しているようだ。
この長篠城の修築は家康が武田軍の来襲に備えてした事である。
「馬鹿だなぁ、お前。家康様が合戦に備えて、長篠城の整備を始めろと命令をなされたと奥平九八郎信昌殿がさっき言っていたではないか、人の話は聞くものだぞ」
さっきの男の質問にもう一人の男が答えた。
さっきの男は「なるほど」と言いたそうな顔をした後、また仕事を始めた。
 話を聞いて武田軍が来月に来るかもしれないと考えたからであろう。
「暗くなってきたな…」
さっきの男が空を見上げながら呟いた。
もうすぐ夕方になり、そして夜になる。そんな時間帯だった。
さっさと終わらせるかと男達が気合を入れた。


 「うわあああああ!」
少年が泣きながら思いっきり叫んだ。
体がクルクル回転しながら何所かへ引っ張られていくのである。
 周りは変な光景が広がっていて、下には何もない。まるで永久に続いている様だった。
 この異空間に入って大体二時間位、経つのであろうか。
雷に当たったと思ったらこの異空間の入り口に立っていたのである。
中に入ってみたらいきなり何かに引っ張られ、二時間の間ずっと何かに引っ張られているのである。
 「誰か助けてくれ〜!」
少年がいくら叫んでも何も返事がない。
周りからは何も音がしないのである。鼠が動く音すら聞こえてこない。
少年はその音がしない事に対して、かなりの恐怖を感じた。少年はいつも人がいて、騒がしい所で育ってきた。
それが理由なのだろう。全く音がしないという事は少年にとって幽霊が出る等という事よりも恐怖を感じることだったのである。
 その時、周りの風景が突然変わり始めた。
テレビの様な形をした画面が周り中に現れたのだ。
「何だコリャ?戦争?槍?農民?」
画面の中にはそういう物が映されていた。
テレビの画面は段々具体的になっていく。そして異空間に出口が見え始めた。
「よし!出れるぞ!」
少年はそう叫ぶと、出口へ飛び込んだ。
それが大冒険の始まりとは知らずに―

 ドン! 少年は地面に叩きつけられた。
「何所だよ。ここ…」
少年が周りを見渡すと時代劇のセットの様な感じの道が広がっていた。
 通っていく人達も時代劇の様な格好をしている。つまりずっと昔の様な風景なのである。
「時代劇…ではないよな…」
少年は呟くと、歩き始めた。
もう一度、辺りを見渡していると西の方から歩いてくる男がいる。
米俵を背負っているようだ。時代劇で見たことがある。
「農民?」
どうやら歴史についてはからっきしの少年も農民ぐらいは知っているらしい。
街の店に米を売りに来たのであろう。
それらを見ると、少年はまさかまさかと思っていたことを呟いた。
「俺って・・タイムスリップしている?」




 「まあいいや、歩き出すか」少年は不安な気持ちを切り捨てて歩き始めた。
しかし、少年の格好がそんなに目立つのか周りを歩いていた人は歩きながら少年をじろじろ見ている。
少年は思わず下を向きながら歩き始めた。周りの人が自分を馬鹿にしているように感じたからだ。
周りの人達は「変な奴がいるぞー」等と叫んだりして、自分の存在を周りの人に知らせている。
これがこの上なく恥ずかしかったのだ。少年は目立つのが大嫌いで、学芸会でも脇役しかやらないというタイプなのである。
 その時だった。何所からかグニャアアアという音がし始めたのである。周りの人の歩くスピードや雲の動きが急激に速くなる。
「嘘…・何が起こっているんだ?」少年はさっきから連続して起こる出来事のスピードに付いていけなかった。
かなり多い馬が走る音も聞こえた。周りの景色も変わって、さっきまで何も無かった田んぼに苗が植えられている。
 ピタ その様な音が聞こえると周りがいつものスピードに戻った。しかし人が誰もいない。
「何なんだよ!この世界!」少年が叫んだ。
 少年はさっきから起こっている変な出来事をまだ、ちゃんと受け入れられていなかった。
というより受け入れたくなかったのだ。もしも自分が本当にこんな変な世界にいるのなら、どうやって帰ったらいいのか等、色々な疑問が沸いてくるからだった。
少年は、この光景をまだ受け入れられなかった。




 天正三年 勝頼、大兵を率いて長篠城を囲む。
長篠城の城将は元武田軍の奥平貞昌だった為、武田軍側も一層気合が入った。
 武田軍の兵は約15,000人、しかし長篠城にいる兵士はどう見ても約500人程度だ。
奥平が降参しても、武田を裏切ったとして奥平の命は無いだろう。
奥平は本軍の徳川家康に救援を求めた。しかし、家康も単独で武田軍とやり合える程の強さは持っていない。
それ程武田軍は強かったのである。家康は織田軍だったら武田とやり合えるだろうと思い、家康は織田信長に救援を求めた。


 少年はまた歩き出した。もしかしたら現代へ帰るヒントがあるかもしれないと思ったからである。
 すると、眼の前に辺りを見回している多分、陣の見張りであろう兵士が少年に近づいた。
「待て! お主、何しに来た!」
見張りをしていた兵士は物凄い剣幕で少年に向け、叫んだ。
しかし、少年はその言葉をまるで聞かなかったかの様に兵士の前を通り過ぎた。
それを見た兵士はかなり怒り、腰にある鞘から剣を抜き、構えた。
少年は本能的に命の危険を感じた。少年はこの瞬間、全走力で走り出した。死にたくない、その一心で走り出したのである。
もちろん兵士もそれを追い駆ける。しかし、兵士は結局、少年に追いつけなかった。
少年は後ろから誰も来ないのを確認すると、「もういいだろう」と思い、そこで一旦、休憩した。
「しょうがない、人のいなそうな所を進むか」
少年はそう言うと人がいなそうな森へと向かって歩き出した。いや、走り出した。また見つかったらエライ事になるからである。

少年がしばらく走っていると目の前に垂れ幕の様な物が見えた。好奇心で少年は近づいていく。
後一メートル位の所に来たときだった。垂れ幕の奥にいた誰かが立ち上がって叫んだ。
「何奴!」少年は逃げようと思ったが足がすくんで動けない。
心臓の音が耳に聞こえた。汗が滝の様に流れる。それ位、命の危険を感じたのである。
「もしかしたら徳川の忍びかも知れぬ 雑兵ども、捕まえて来い!」垂れ幕の向こうの誰かが叫んだ。
「はい!勝頼様!」そんな声が聞こえたかと思うと垂れ幕の向こうから兵士が何人も現れた。
少年は本能で逃げ始めた。「死ぬ」そう感じた途端スピードがとんでもなく速くなる。
「何だ、わっぱじゃないか、二人で十分だ。追い駆けろ。」そう誰かが言うと、二人の兵士が少年を追い駆け始めた。
少年は全速力で突き進んだ。後ろから兵士が追い駆けてくる音が聞こえる。
「死にたくない」その思いだけで彼は逃げていた。しかし、少年のスピードが急に弱まった。
体力がきれてきたのである。その瞬間、二人の兵士が剣を振り回しながら飛び掛ってきた。
少年は自分でも考えもしない内に動いていた。少年は兵士が剣を持っている手を思いっきり殴った。
兵士が悲鳴を上げた途端、刀が兵士の手から落ちた。少年はそれをキャッチし、構えた。
「こんなわっぱに何やっているんだ」もう片方の兵士がそう言うと少年が飛び掛った。
もう片方の兵士も同じ様に剣を手放した。少年は二本の剣を握り締めながら、武田軍から逃げ出した―




 ドクン…ドクン… 心臓の鼓動がいつもの数倍、いやそれ以上に早くなっていた。
少年は逃げていた。少年の両手には武田軍の足軽から奪ってきた二つの刀が握られている。
そして後ろから追い駆けてくるのはその二つの刀の持ち主、武田軍の足軽であった。
 「捕まったら殺される」少年は本能的にそう感じていた。だから今走っているスピードがとんでもない速さなのであろう。
 そして、数十分走っている内に疲れてきた足軽はここで捕まえようと物凄い勢いで少年へ突進した。
その時、少年が急停止をし、自分の真横へと走り出した。とても鋭い曲がりで雑兵二人はそのまま3メートル程、前へ走っていってしまった。
少年は真横の方を隠れながら走り、武田の陣から脱出した―

 カツ、カツ、カツ… 武田の軍から何kmか離れている道に、長篠城へと向かっている織田軍がいた。
織田軍が歩いていたその道の左右にはキレイに整備された田が広がっている。
ほとんどいつもと変わらない例年通りの、普通の光景であった。
しかし、本当は普通の光景なんかでは無い。巨大勢力同士の戦争が起こるのだ。
 その巨大勢力、織田軍の中で、いつもでは起こらないこんな会話が見られた。
「信長様はわしらにこんな棒と縄を持たせて何をやる気なんだろうなぁ…」
一人の足軽がまるで「何で何で」と大人に聞いてくる子供の様な顔で言った。
確かにそうだった。長篠城へ向かっている織田軍の足軽達の中に棒と縄を持っている足軽がいるのだ。
他の人が持っている銃と火薬は戦う為と分かるが、一部の足軽が持っている棒と縄は一見戦いには使えないと思われる。
「信長様のお考えだから、きっとさぞ素晴らしい戦法に役立つのだろう。愚痴等言わないで、さっさと運ぼうや」
質問を言ってから少し間を空けると銃を持っている他の足軽が答えた。
それを聞くと、足軽達は静かになり、黙々と物を運ぶようになった。
 織田軍は長篠城兵士救出へ向け、行進して行った―

 少年は田の少し育った稲の陰で荒い息をたてながら隠れていた。
少年は武田軍の足軽が見えなくなってからも走り続け、ここで力尽きたのである。
もう体力がほぼ限界となっている少年の周りに急に足音が聞こえてきた。
カツ、カツ、カツ… その音はあの足軽が走る時たてていた足音と似ていた。
「……ここまで追い駆けてきたのか? それなら……やべぇな」
 少年は走れないのはもちろん、速く歩くのすら危ない状態だった。
そんな時だった。少年が隠れている田の近くの道から少し高い、大人の声が聞こえてきた。
「何じゃ? お主は」
そう少年を見ながら話しかけてきたのは銃の弾を持っている織田軍の足軽であった。
 少年は攻撃されるんじゃないかという恐怖といきなり話しかけられた驚きのせいか言葉にならない言葉を発し始めた。
それを聞いて少年の存在に気づいたさっき話しかけてきた足軽とは別の足軽が少年に近づき、叫び始めた。
「なんだこのわっぱは! 髷もない、着物もおかしい。剣を持っているんだからおぬしは武士の息子じゃろ! 武士の誇りが無いのかぁ!」
少年はそれを聞いてもよく意味が分からなく、まだ言葉にならない言葉を発していたが、さっき話しかけてきた足軽はさっき叫んだ足軽を睨んでいた。
彼の正義感に彼の行動がむかついたのか、他の足軽を睨んだ足軽は鞘から剣を抜いた。
 「武士の誇りだと…? お前がそんな事を言う資格は無いはずだ。拙者の父を…特に理由が無いくせに殺した…武士のクズが、そんな事を言えるのか」
剣を構えた足軽は叫んだ足軽を斬ろうと、その足軽に近づいた。それを見た叫んだ足軽は臆病風に吹かれたのか、後ろの方へと逃げ出した。
その剣を構えた足軽はそれを見るとため息をつき、剣を鞘に収めた。
少年はこの展開の意味がよく分からないらしく、辺りを見回し、オロオロしていた。
 足軽は田に隠れている少年を少し見て、少年に話しかけた。
「お主が持っている剣、まさか武田の剣ではないか?」
少年はまだオロオロしながら大きく頷いた。すると、足軽は田から少年を道へと引き上げ、剣を構えた。
「お主、剣を構えてみろ。」
 少年は言われるがまま、鞘から剣を抜き、見よう見まねで剣を構えた。
その時だった。足軽は剣を構えた少年へ攻撃をし始めた。
カチィン! 少年の剣と足軽の剣が火花を散らせながらぶつかり合った。
少年は覚悟していなかった事と、足軽の力が強かったせいで体が少しよろけた。
だが、喧嘩なれている少年は体勢を崩しても、すぐに体勢を立て直した。
「(強い…この兵士、めちゃくちゃ強い、てか初めて会った人に攻撃するなよ…)」
少年は心の中でそう思ったが、それを口に出す程の勇気は無かった。
 カチィン! 少年がそう思っている間にまた足軽は攻撃を仕掛けてきた。
二回目なので、少年はさすがに体勢を崩さなかったが、その攻撃はかなり効いていた。
その後も少年と足軽は戦っていたが、少年は一度も攻撃をしなかった、いや出来なかったのだ。
「くそぉ!」
 少年はやけになったのか、思いっきり叫んだ。
それを聞くと、足軽は驚いたのか一瞬、ほんの一瞬だけ動きを止めた。
喧嘩のプロの少年はその一瞬の隙を逃さず、足軽の剣を弾いた。
 カラァン 足軽の剣は道の横にある田に叩きつけられた。
足軽は信じられないという顔でその場に立ち尽くしていた。少し経つと、足軽は田の中から剣を拾い上げ、少年へ近づいた。
「完敗じゃ。お主、何所の流派じゃ?わしの名前は陣の助、覚えといてくれ」
 足軽、いや陣の助は少年へ問いかけた。だが、少年もその答えは分からなかった。
少年の家は代々武将や武士の家系でも無く、剣道も柔道も習っていない。
「何故?」自分でも自分に質問をしたい気持ちであった。

 天正三年 織田軍、設楽郷の極楽寺山に陣をおく。
     武田軍、医王寺から陣を前進させる。
武田と織田の激突は間近だった―



 「……………………」
二人は何も喋らず、十分程その場に立ち尽くしていた。
少年は何度か動こうかと思ったが、陣の助が何か考えている様子だったのでやめにしていた。
もうしばらく経つと陣の助は軽い足音をたてながら少年へと一歩一歩近づき、口を開いた。
「お主、織田軍の足軽になってみないか?」
 少年は驚いた。本物の戦国兵士が自分を戦国時代の、しかも織田信長の軍に誘っているのだ。
少年はまた、今度はさらに言葉にならない言葉を発し始めた。少年の眼は文字通りまるで点の様になっていた。
しかし、少年は驚きと同時に期待も持った。兵士になればしばらくは食料に困らない、そう考えたのだ。
少年はその考えで、兵士になればいいと思いコクリと頷いてしまった。
陣の助はそれを見ると少年の手を掴み、長篠城へと向かっている織田軍の中に入っていった。
 設楽郷の極楽寺山に陣をおいていた織田軍は近い内に戦が起こるのを感じ、ほとんどの兵が力を蓄えていた。
相手は武田の騎馬軍、そう考えると兵士達は力を蓄えとかなきゃと思い静かになるのである。
 そんな静かな織田軍に、一つの声が響いた。
「陣の助、足軽隊長殿がお呼びだぞ」
鎧を着けた織田軍のの中の一人が、座っていた陣の助に向けて叫んだ。
「足軽隊長が!?」
陣の助はそう言うと立ち上がり、足軽隊長がいる所へと駆けて行った。
 陣の助は足軽隊長、つまり陣の助達が所属している足軽部隊の隊長の前に堂々と参上した。
「足軽隊長、何のご用でしょうか」
陣の助は真剣な顔つきで、足軽隊長にはっきりとした声で問いかけた。
それを聞くと、足軽隊長は静かにそっと笑い、その問いに答えた。
「聞く所によると、わぬしは数え年20才にも満たぬ少年をこの織田軍の中に紛れ込ませたというではないか、それはどういう事だ?」
陣の助は少しため息をつくと、足軽隊長がまた出した問いに答えた。
「危険だや、武士の誇りやなんだと言うのならば、その少年と足軽の誰かを戦わせてはいかがでしょうか」
「うむ」
足軽隊長は少し頷くと、近くにいた足軽に少年とその戦う相手を呼ぶように頼んだ。
足軽はそれを聞くと、急いで少年と足軽を呼びに行った。
 しばらく経つと、さっきの足軽は少し荒い息をたてながら少年と、一人の足軽を呼んできた。
足軽が呼んできた足軽は、少年が陣の助に出会った時、少年にちょっかいをかけたあの足軽だった。
「さて陣の助殿、お主が肩を持つこのわっぱがどうなるか見ているが良い」
足軽はニヤニヤ笑いながら、腰にある鞘から勢い良く刀を抜いた。
少年は黙ったまま、武田軍の足軽から奪ってきた刀を構えた。
 足軽隊長が戦いの始まりと思われる合図をすると足軽は猛スピードで少年に突進した。
その突進の早さを気にせずに、少年は足軽に向けて刀を振り上げた。
突進してくる足軽はそれに気づくとその刀を交わし、少年に刀の一撃を喰らわした。
少年は前と同じ様に何所で覚えたか知らない技でなんとか急所に当たらないようにし、足軽から遠ざかった。
「臆病者が!わしから逃げる気かぁ!武士の風上にも置けぬ奴じゃ!」
 少年はその挑発に全く乗らずにノラリクラリと刀を構えた。
急所ではないからまだ良いがが、少年の左肩からは血が流れている。
足軽はそれを見ると、こっちが有利だと思ったのか、さっきと同じ様に少年に突進した。
それを足軽隊長はもう少年の終わりだとゲラゲラと笑っていた。
 カツン…・ 鉄と鉄がぶつかる音が聞こえたかと思うと、足軽がその場に崩れ落ちていた。
おどろくべき事に足軽の鎧は少しだけ傷ついていたが、足軽本人からは全く血が流れていなかった。
 その場にいた全ての兵士がその光景を受け入れる事が出来なかった。
少年が足軽に勝ったなんて― しばらく経つと、そんな話が織田軍に見られた。
 それを見届けると、陣の助は唖然としている足軽隊長に話しかけた。
「さて、これで近々起こると思われる武田勝頼との戦いには少年が出てもいいですよね?」
陣の助の声は勝ち誇った様に元気な声だった。
眼の前の光景を見た足軽隊長はただそれに頷く事しか出来なかったのだ―
 「ほらよ」
しばらく経つと、陣の助は少年に足軽が身に着けていた鎧を手渡した。
「あっありがとうございます」
少年も今起こったことをまだ信じられない様子でその鎧を受け取った。
鉄の鎧はずっしりとして重かった。その鎧を少年は一度身に着けてみる事にした。
 少年が鎧を着けたその瞬間だった。少年の体から正体が分からない謎の光が放たれた。。
周りの人間は何故だか知らないがその光を浴びるとバタバタと倒れていった。
そして、少年の脳内に、昔の戦国時代では無い時代の映像が映し出された。
 その映像には白い、帽子とはちょっと違う物を被った大男と一人の美青年が表示されていた。
何故だか少年はそれを見ると、少し懐かしい様な悲しい気持ちになった。
まるで昔、その美青年の悲劇を体験した様な気持ちになったのだ。
「うわあああああ!」
少年は何故だか知らないが頭を抱えながらその場にうずくまった―
 『我が魂を継ぐ者よ…』
少年は激しい頭痛を感じる中さっきの美青年の声を聞いた。
その美青年の声も、どことなく悲しい感じがする声だった。
『我の名は源義経…・』
そんな声が聞こえたかと思うと、いきなり美青年の声が聞こえなくなり、そして少年の頭痛も治まった―
2005-08-01 10:47:17公開 / 作者:みのもんや
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■作者からのメッセージ
歴史物を書こうとしたらこのような作品になりました。
マンネリとした展開になるかもしれませんが、よろしくお願いします。
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