『=メシア−黄昏色の時−=』作者:結衣華 / t@^W[ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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―序―

紅い……何もかも紅い。自分の周りには紅しかない……目をつむりたくなる程の紅しか。
建物の壁も、地面も、自分の体と剣も――

何があった?何が起こった?
青年は辺りを見渡す。
青年の容姿は、藍色の髪と目を持ったまだあどけなさが残る顔だった。
それでいて何処か悲しげな感情を持った顔。
見渡せば見渡す程、紅しかない。まるで……血の紅だ。
青年は歩き出した、人気のない街並みの中を。
歩けば歩く程紅が多くなっている気がする。
確かあっちの方には中央広場が……広場に行けば誰かがいるかもしれない。
青年は、微かな希望と緊張を持ちつつ走り出した。
誰かがいれば、少しはこの状況のことを聞けるかもしれない。
誰かがいれば――少しはこの寂しさも消えるかもしれない。

そんな希望を持った俺を、今は恨むしかなかった。
何故、あんな状況だったというのに希望を持った?
希望を持たなければ――あんな辛い思いをしなかったというのに……

「ウェイク…ウェイク・トールギス!!」

青年は、自分の名を叫ぶ。
教会独特の装飾を施した教壇を右手で叩きつけながら。
衝撃で壇に置いてあった蝋燭と飾りが落ちる。
だが彼はそのことにも気を向けずただ悔やむばかり。
あのような時に何もできなかった自分を。
誰一人助けられなかった自分を。
誰もいない教会で、今日も彼は何も語らぬ像に語りかけるばかり。
ただこの世で信じることのできる神の像へ……自分の贖罪を。
「何故俺はあの時……何もできなかった?俺は力があると思っていたというのに……」
青年は力なく膝をつき、ただ頭を抱え自分を責め続け……

外は雨――

青年は雨の音に気が付き、心の中で思っていたことを思わず口に漏らす。
「……あの雨に俺自身流されてしまえば、どれ程この気持ちが救われることだろうか」
黒い修道着を羽織り、そして彼は神の像へ。
神の像を見る彼の姿は、黒い修道着のせいかあまりにも罪を背負い過ぎているようにも見えた。
黒い修道着――彼にとってその修道着は自分への罪の象徴。
胸に手を当て十字を切り……そして雨が降りしきる外へと歩き出した。

何も宛のないまま――


一幕【雨―…見知らぬ地と】

ただ歩き続けるウェイク、何も目的などありはしなかった。
あの時、あの日から――生きる目的を失ってしまった。
自分は何のために生きれば良い?自分は何のために戦えば良い?
それに答えてくれる人など、もういないというのに。彼は何時も、探していた。
目的はなかった、だが無意識のうちに探して――……気が付けば旅をしていた。
もう、自分の故郷はない。帰る場所などないから。
何処か――……誰かを守ることができたら何時死んでもいいと。
ウェイクは日々、同じ事を考えるばかりだった。

先ほどから振り続いている雨が、体の熱を奪ってゆく。
空を見上げれば雨雲特有の色と形をした雲、それから振ってくる水の粒――
雨。
雨はいい、何もかも流してくれそうだから。
この雨のように、清らかに、そして儚く流れ消えゆくことができないものだろうか――……

「……いけないな、最近また同じことしか考えなくなってしまいがちだ」
ウェイクはふ、と何か意を込めたような笑みを浮かべた。
何故彼がそこで笑ったのかはわからない。彼さえも、何故笑ったのかわからなかった。
自然と――笑みが零れて、だけど悲しい笑み。
普通笑うように、楽しげな笑み、嬉しげな笑みではなかった。
『諦めの笑み』というものかもしれない――
自分の意を無視し、自然に漏れた笑みを消しさり彼はいつものあの顔に戻った。
生きることを諦めた、仮面のような顔に……

しばらく道なき道を歩いてきた、視界には既に街が見えている。だが、彼はこれ以上進むのを躊躇っていた。
他の街も、この世界では宗教活動が強いとよく耳にはしていた。
宗派の違いからくる小さな内乱を防ぐためでもあるが……ウェイクは別のことを恐れていた。
『また俺と関わった人を救えることができなかったら――?』
あの街も、俺と関わったばかりにあのようなできごとになってしまった。
だから、もう二度とあのようなことを起こしたくなかった。
だが――……

「あのぉ……どうかしましたか?」
「うわっ?!」

ウェイクはあまりの急なできごとに驚き、数歩後ずさってしまった。
声をかけた女性も思わず「きゃ……!」と声をあげてしまう。
一瞬の沈黙。
二人は相手を見続けたまま、止まってしまっていた。振っている雨の音がやけに大きく聞こえる。
声をかけた女性……いや少女は、申し訳なさそうに頭を下げ白い修道着のような服の裾を持ち上げ丁寧に挨拶をした。

「お、驚かせてしまったようで申し訳ありません。私の名前はエル……エル・イテシュリと申します。貴方様は旅の修道士様でしょうか?」

その少女はあまりに大人びていた。
顔立ちは未だに子供らしさが残っていたが、声や話し方、それに着ている修道着らしき服装のせいでよけいそう彼女を大人に見せているようだった。
そして何より大人びて見せているのは……銀色の髪と目のせいだったかもしれない。
あまりにも綺麗すぎるその髪と目は……どこか美しさが、彼女の柔らかな笑みによりより増していた。
ウェイクは思わずその彼女の容姿に見入ってしまった。
このように完璧に近い修道女はあまりいないだろう。
彼さえも今まで見たことがなかったのだから。

「……まぁそうゆう所だ。挨拶が遅れてしまって申し訳ない、俺の名はウェイク・トールギス。
 貴女こそ、旅の途中なのか?」

ウェイクは軽く頭を垂れながら、問いかけた。だがその問に彼女は、無垢な笑みを浮かべつつ手を軽く振り答える。
「いえ……私は違いますよ、あちらの方に街が見えるでしょう?彼処が私の住んでいる街なのです、今は巡礼を兼ねて散歩にでかけていたのですよ」
このような雨の日に……?
ウェイクは少々疑問に思ったが、口に出さないでおいた。変に聞いたりして、疑われるのはこっちの方だからな――
そのような事を考えていたら、何時の間にか雨が止んでいることに気が付いた。
彼女も今気が付いたのか、空を見上げ言う。
「あら……雨あがりましたね。ではウェイク様はこれからどちらに向かおうと思っているのです?」
「いや……特に何も向かおうとしている場所などない」
彼がそう答えると、彼女は満面の笑みを浮かべウェイクの手を引きながら街へと向け歩き出した。
「そうですか、なら是非私達の街へ案内いたします!」
ウェイクは一瞬あっけにとられたが、特に何処へ向かおうとも思っていなかったので彼女の街に行くことにした。

だが、彼は既に忘れかけていた。
あのような惨劇の原因になったのが、自分であったことを――

彼女の住んでいる街……ルフィオシアは彼が想像していた街よりも、酷かった。街全体はそれほど広くなかったが、その半数の建物などが壊れていた。
民家・店・倉庫など……形を完璧に成しているのは半数にも満たない。
だが、無事であった家などにも人気など全く感じることができなかった。人が住んでいた形跡も、あまり見られなかった。
試しに近くに立っていた小さな民家の中を覗いてみたが……想像以上だ。
暖炉や天井などの隅には蜘蛛の巣が張り、テーブルの上には何故か短剣が突き刺さったままで。
コート掛けには埃の溜まった古けた帽子とコート、そして更に床には首の紐が千切れ掛けているクマの人形……。

彼の中で、何かが蠢いた。
何故、このような街に人気がないのだろうか?
彼の中で、何かが語りかける。
何故、このような状況になっているというのに他の街に情報が行っていないのだろうか?
彼の中で、何かが思い出させる。
もしや……!

彼は自分の記憶の中に印象深く残っているあの状況と似ていることに、少し不安を覚えつつエルに問う。
「なぁ……最近この街で亡霊、もしくは亡者に由来する事件、事故などが起きなかったか?」
エルは急に問い掛けられ、少々戸惑ったようであったが少し先ほどまで笑顔を湛えていた表情を落とし……
「……すみません貴方様を巻き込みたくなかったのですが、あのように明るく振る舞ったのはこの街にどうしても来て欲しかったもので……。貴方様をはめるような真似をしてしまって申し訳ございません……」
彼女のその変わりように、思わず過去の記憶が今の状況と被った。自分が覚えているに、この後どうにかしないと二の舞に……!
ウェイクは、肩に担いでいた剣の柄を無意識のうちに握りしめ……彼女の方を向いた。
「いや、それは先に言ってもかまわなかった。だが……この街でやはり何かあったのだな?」
「はい、それ故に街の皆はほとんどこの街にある教会の地下に避難しています……。
 もうすぐ夜更けになってしまいます、早く教会に行かないとまた……!」
彼女は何かに怯えきった表情をし、顔を両手で塞いでウェイクにその顔を見せまいとした。
よっぽど彼女はその事件のせいで怖い思いをしたのであろう。ウェイクには身に染みるほど良くわかる気持ちであった、だからこそ彼女のことが心配になり……
「……兎に角今は皆がいるという所に急ごう、ここにいては気も辛いだろ」
剣を握りしめていた手を放し、彼女の肩を抱きながら導くように外へ歩き出した。
エルは一瞬驚き、言葉を失ってしまったのかのようだったが彼の優しさに助けられたのか、強張っていた表情を和らげ少し恥ずかしそうな表情をしつつ指差し言う。
「は…はい、教会はあっちの方です……」
彼等が民家を出た後、二人は普通じゃない異様な暗さの外に異変を感じた。
風は止み、雲が月を覆い隠し、そして動物たちが鳴かず。その時、教会へ向かう反対側の道から異様な音が。

カラカラカラカラ……

何かが鳴くような、何か固い物がぶつかり合うような音が。二人は恐る恐るその奇怪な音がした方を見た。
すると其処には……
「いやぁぁぁぁあ!!」
エルが恐怖に堪えられず叫び声を上げる。それは無理もない、何故なら彼等の前にいたのは。
完璧な程にまで白くなった骨……つまり骸骨が動いていたのだ。
それも一体だけではなく、何十体も。それぞれ手には剣や槍、そして中には弓を持つ怪物が。
「っち……アンデッドの一種か、エル済まないが少し目をつぶっていろ」
「……ぇ?」
そう言った瞬間、エルの視界が急に揺れた。ウェイクが彼女を抱きかかえ、教会の方へ素早く身を向け走り出したのだ。
それと同時にアンデッド達も普通では有り得ない程のスピードで彼等を追う。ウェイクも常人とは思えぬ程の速さで、攻撃を仕掛けてくるアンデッド達の間をすり抜け駆ける。
だがやはり逃げるだけでは敵を追い払うことなどできなかった、だから彼は。急に足を止めそして身を翻す、彼等が先ほどまで来ていた道からは敵が次々と。
ウェイクはエルを下ろすと、こう言いながら肩に下げていた剣を掴み、
「エル、よく見ておけ。修道士と言っても、ただ単に宗派の教えだけを広めていてはこの世界を救えないということを。
 そして、俺が人間ではないことを」
「ぇ…それってどうゆう意味です……?」
彼女の事を手で後ろに行くようにと合図を送りつつも、彼は敵を睨み付け。
「……この世界には四種の生きる者達がいると言われている。
 一つ、我等人間。二つ、彼奴等のようないわゆる怪物・化け物。三つ、獣や動物。
 そして……この世界の全てを作ったという、俺等人間が崇め・敬う神々……。」
ウェイクは語りながら、剣を少しづつ下ろし……そして剣を持っていない左手でアンデッド達へ向け手を翳した。

「……我等に抗う者達よ、その魂救われることなし。ただ汝等の魂を刈る者を神々は此処に遣わした。
 人々は恐れ、恐怖し、刈る者である我をこう呼ぶ――……血に汚れし救世主と」

翳していた手を横に切る。すると向かってきていたアンデッド達の前に光が一閃し……いとも簡単に飲み込んでしまう程の爆発が起こった。
轟々と燃え盛る炎、その中に倒れるアンデッド達、そして、
「……貴様等異教徒共には、この世界に居る場所など与えん」
恐るべき力で、アンデッド達を一掃した彼――ウェイクは燃え盛る炎の中に倒れる者達に向かってただ淡々と語るばかり。
聞こえないとわかっていても、答えないとわかっていても。彼は語る、今までの恨み……そして復讐の意を込めた言葉を。
エルは、そんな彼の後ろ姿を見る度不思議な気持ちになった。
彼は本当は……根の優しき、そして誰よりも平和を愛する。そう、まさに『救世主』にふさわしき人なのではと。
血に汚れているなんて、とても信じられなかった。今の彼からは、そんな雰囲気など微塵も感じられなかったから。
だが、優しさと共に別の感情も彼から捉えられたような気がした。
何故なのだろうか――?
エルは、燃える炎を見つめるばかりの彼に向かい手を伸ばそうとしたが―……
「ふぅーん、『あの』救世主様がこんなへんぴな所に居るなんてねぇ。あながち、利用したかいはあったかもねぇ」
「……誰だ?」
ウェイクが問うと同時に。
目の前の炎が一瞬にして消え去った、いや消された――あのような炎を一瞬にして?!
エルは信じられないと言いたげな驚いた感情を隠しきれなかったようだ。
彼女は目を見開き、そして手を口へ当てながら……だがウェイクだけは冷静に、且つ冷徹に。下ろしていた剣を肩に担いだかと思った瞬間――
目の前に現れた男に向かい駆け出していた、だが男は冷静に不適な笑みを浮かべながら。
右手を思いっきり引いたかと思った瞬間、なんと彼はその右手を突き出し降りかかってきた剣身を素手で受け止めた。
そして普通では有り得ない金属音……鉄と鉄がぶつかり合う音と共にウェイクの剣が弾かれる。
「――な……!」
「驚いたろ?救世主様、君はまだ自分だけが強く、そしてこの世界を救うために遣わされた人だと思っているだろぅ?
 だが時代は変わる、これからは僕等【四天使】と、君の変わりとしてこの世界を救うあのお方に任せれば良いのさ」
その言葉を聞いた瞬間―、ウェイクの脳裏にある光景が浮かぶ。
辺りは『紅』一色……そして、中央広場に居た彼奴の姿を。かつて、自分達の仲間であった彼奴……。
ウェイクは信じられなかった、だが思い浮かぶのは彼奴の名前だけ。
「まさか……それはゼロの事ではないだろうな」
相手の男は、ニッコリ笑みを浮かべながら剣身を掴みそしてウェイクの顔の近くに寄り。
「ご名答ー、さっすが救世主様だ。そう、ゼロ様が君の変わりにこの世界を救ってくださるのさ。
 だから―……この世に救世主など二人も要らないだろ?」
そう言った瞬間、男が右脚で踏み込み左脚でウェイクの腹部に思いっきり蹴りを喰らわす。とっさの出来事に、ウェイクは受け身を取れず真に受けてしまう。
男は隙を与えないかのように、素早く踏み出し……

 ……止まった。
「な……こ、これは」
彼の下には、蒼い術式紋章。
男は信じられないかのような表情をした。ウェイクも、何が起こったのか全くわからなかった。
だが、そんな彼等を裏腹に……

 雨――滴る者よ 風――流るる者よ
汝等自然に生きる者よ 我等非自然に生きる者よ
生きる者を司る者よ 死にし者を導く者よ

詠唱を唱えていたのは……エル。胸の前で印を切りながら、虚ろな目をしながら。
淡々と、そして恐怖を覚える程美しく冷たい声で。
詠唱が続く度、術式紋章が煌めきを増し、広がってゆく。

神よ 悪魔よ 愚かなる偽善者よ
私は今誓おう 貴方達を裏切りし者に
私が誓いし者よ 今―……滅びと惨劇の力を与えよ……

エルは詠唱を終えると共に、視線に力を込め男の方を向いた。そして、胸に当てていた手を翳し……
「ウェイク様を傷つけるような事をこれ以上するというのならば…私がお相手いたします」
時が止まったかのように感じられた。男も、ウェイクも。
ただ、エルだけが唱えた術式の力を弱めまいと詠唱を続けるばかり。
このまま、ずっと時が止まっているのだろうか――?
だが、そんな考えのように甘くはいかなかった。男が急に笑い出したのだ。
「く……あはは、ははははは!これはこれは、この僕にその程度の術で戦おうと思っているのかぃ?
 甘く見ない方が良いと思うんだけどねぇ」
そう言うと、彼は右手を勢い良く振った。瞬間――キィィンという耳鳴りのするような音と共にエルの唱えた術式の力が一気にかき消された。
「――な!」
エルは再び唱えようと構えた、だが……
「まだ抗うつもりかい?……やめておいた方がいいよ。
 僕は容赦しないからね――ウィンド・デイン」
男の周囲に激しく吹き荒れる風が生まれ、建物などいとも簡単に破壊される。
その被害のせいで、壊れた家屋の破片などがウェイク達に風と共に襲いかかり――……。

気が付いた時には、あの男の姿が見られなかった。目を閉じていたために、何処に行ったかさえわからない。
ウェイクは「っち……」と軽く舌打ち。逃がしてしまった……。
ようやく、あの惨劇の張本人である【ゼロ】に関わる情報を手に入れられると思ったというのに。エルが近づいて来た、少々先ほどの詠唱の疲労のせいか息を軽く切らしながら。
「あの……お怪我はありません?」
「……あぁ、少々彼奴に蹴られた腹が痛むけどな。
 だが、彼奴等は何をするためにこの街を利用したというんだ……」
彼等が悩んでいるとき、何処からか――……
「まぁ、その答えは直にわかる時が来るさ。
 それより――……君達こんな所でゆっくりしていても良いのかな?
 ここの街に来ているのは僕だけじゃないかもよ?」
ウェイク達が目差していた教会から、一閃――……
光が空へ向かって伸びたかと思った時、街全体を揺るがす程の衝撃と爆発。
ウェイクとエルの表情は一瞬にして蒼白になり……。


「――っち、クロノス・バースト!!」
「甘いわ、ダーク・トライアル」
時の気の流れによる力と、闇によって生まれた力がぶつかり合う。
だが、闇の方が力が強いに決まっていた。一瞬にして相殺され、押される。
 教会の中では、二人の女性が対峙していた。
一人は、蒼い髪と瞳を持った旅人のような格好をしたまだ若さが残る女性。
そしてもう一人は――…人間とは思えぬ程、冷め切った銀色の瞳と血のように紅い髪を持った。
まるで人形のような見事な程までに美しく、そして怖い程の顔を持った女。
二人とも、どうやら仲間ではないことは確かであった。
蒼い髪と瞳を持った女性が、腰に掛けていた剣を引き抜きながら問う。
「――……どうして、この街……いや教会を狙うの?
 ここを狙ったって、何もあんた達には特する事なんてないと思うけど」
紅い髪と銀の瞳を持った女性が答える。
「貴女達には関係のない事――ただ、私は貴女にここから去って貰えれば良いのよ。
 だけど……どうも簡単に引き下がってくれないようね」
答えた女性が右手を下に向けながら、同時に力を込めると腕に紋章が浮かび上がり…。
剣を構え、それに対峙するように蒼い女性が詠唱を始める。
「そうそう簡単にこっちだって引き下がれはしないわ。あんた達の方が去れば良い」
「……どうやら交渉は失敗のようね。残念だわ……貴女を殺すはめになってしまうなんて」
そう言うと、紅い髪の女性は右手に込めていた力を一気に強め……
「サヨウナラ、哀れなる神に捕らわれし者達よ」
右手を勢いよく地面へと当てる。
そして――……眩しい程の光が天へと伸び。だが、蒼い女性もただでは喰らおうとはしなかった。
とっさに構えていた剣を地面へ突き立て――
「蒼々たる蒼き輝きを持つ大空の神セレネよ!我が力、共に汝の力と響き合わん!」
真っ白な光と共に、蒼く澄んだ光が四方へ広がり――

同時に、二つの力が相殺し合った。


=一幕終・次回二幕=


第二幕【目的―…神々の意志に】


ウェイクとエルが教会の元へ着いたときには、既に敵が去った後のようだった。
――あまりにも、無惨な光景。
ウェイクは破壊される前の教会を間近で見た事がなかったため、よくわからなかったが。
だが、一目見ただけで酷い光景だと判断できた。
もう建物の形状を保ってさえいなかった。
エルは、目を見開いたままただ呆然と立っていた。
だが――

「……ユフィアっ!!」

ウェイクの知らぬ名を叫び、そして瓦礫の中へと走って行ってしまった。
ウェイクは急に血相を変えて走り出したエルに向かい「おい!何処に行く!」と話しかけるが、エルは聞いてさえいないのか。彼の言葉さえ、耳に入らないのか。
教会が建っていた、多分方向としては教会の奥辺りへと。
ウェイクは何があったかわからず、暫く考え込んだ。
だが彼女だけを行かせるわけにもいかなかった、渋々後を追った。

彼がエルを追う途中で見た物は、今まで旅をしてきた彼にとって、目を疑うものばかりであった。
ほとんど全壊の教会全体、宗派を信仰する者達の象徴である神々の像、それさえ跡形もなく。

「……っ」
思わず、あの時の光景と重なってしまう。もう、二度と思い出したくないあの光景と。
思い出したくもないというのに、頭の中の記憶が勝手に彼の思考を覆う。
まるで『忘れるな』と訴えかけているかのように。
そしてようやく、エルの姿を見つけることができた。

「ユフィア……大丈夫?」
エルは誰かに声をかけているようだった。ウェイクが駆け足で彼女等の所へ駆けつける。
そして――驚いた。
彼女が声をかけていた女性はそう、あの時の惨劇の。彼はしゃがみ込んで、その女性を見た。
やはり、あの時の唯一の生き残りの……!
今は、先ほどの衝撃のせいか体の至る所に怪我を負っていたが、彼の記憶に間違いがなければ。
あの惨劇が起こったのは数年前だったために、大分容姿は変わっていたが。
だが彼の記憶に唯一残る蒼い髪と瞳を持った少女。
生きていたのか……という安堵感と、複雑な気持ちが。
エルにユフィアと呼ばれていた女性が、ようやく顔を上げた。
大分、疲労していたみたいだった。
だが、エルの顔を見るなりふ……と笑みを作り。

「……ゴメン、守り切れなかった」
笑み、だったがなんとも後悔を隠せずにいる笑み。だが、エルはそんなことも気にしないかのように首を横に振る。
「いいえ、ユフィアが生きていてくれただけで私は良いの」
「でも、もしアレが奪われていたら……」
「アレ?アレとは何のことだ?」
ふいに、ウェイクが気になり思わず口を挟んでしまった。ユフィアが間を入れずに彼に問い掛ける。
「…所で、あんたは誰なの?」
「ぁ、すまない。先に名乗るのが礼儀というものだったな。俺の名はウェイク・トールギス。今はとある事情でエルと一緒にいる」
手を差し伸べ、座っている彼女の方へ手を向ける。
彼女は一瞬彼のことを疑うような目をしたが、ようやく気を許してくれたのか。
重い体を立ち上がらせながら、彼の手を握り返す。
「……私の名はユフィア、ユフィア・トライバル。ここにあった教会の護兵役だったのよ、だけど本当に守っていた物は違うの」
「本当に守っていた物?」
「!ユフィア!!」
あのおとなしいエルが、途端に話を遮るかのようにユフィアの名を叫んだ。
ウェイクには理由がわからなかったが、ユフィアは冷めた様な視線でエルを見る。
「エルについてくれてたってことは、話せば手伝ってくれるはずよ。もう、私達だけでは阻止できないわ」
「……っ、そうだけど」
ユフィアは彼女のことも気にしないかのように、ウェイクの方を向き。そして話し始めた。

「私達が本当に守っていた物は、【ユーフラテスの四天使】が持っていたとされる神器よ。それぞれ、【神銃ヴィシュヌ】【神斧シャドウスラスター】【神弓ハデス・ペンデュラム】【神手甲クレストグリッター】それ等神器が揃い、ある場所にて封印を解放される時。もう一つの――……それこそ、世界を破滅へと導く神の持つべき武器が目覚める。一つ混沌の世の中へ現れ、使う者に勝利を導く剣【アプカポリス】そして、世界の運命をも握る神の形見【ロンギヌスの槍】。その中の一つ、【神銃ヴィシュヌ】をこの教会で私とエルで守っていたのよ」

ウェイクは、彼女が話す内容がよく理解できなかった。
神器?ユーフラテスの四天使?神の持つべき武器?
それらの中の一つ、【神銃ヴィシュヌ】を彼女達が守っていた?
聞いた事のない……いや、一つだけ彼の脳裏にはひっかかるものがあった。
神器、その中の一つの【神斧シャドウスラスター】。
これだけ、何故か引っかかるものがあった。
何故か、よく思い出せない。何時か、何処かで聞いた事が……見た事があった。
だが、定かではない記憶に頼るのは少し後ろめたさがあり彼女達には言わないでおくことにした。

「……で、その神銃とかいうものは残っているのか?」
兎に角今は進む事だけを考えようと思い、思考を切り替え彼女達に問い掛けた。
「わからない、まだ見ていないから。残っているかもしれないし、もう彼奴等に持っていかれてしまっているかもしれない」
「でも、反応は消えてないわ。神銃の力はまだ【あの場所】から感じられる」
エルがそう言い教壇があったと思われる場所――その下辺りを指差す。
そこはもうほとんど瓦礫化としていたが、良く見ると地下に続くのだろうと思われる扉が見えた。
教会が壊された衝撃で、扉を隠していた教壇が吹き飛ばされたためだろう。
扉の場所を確認したユフィアは、二人の方を向く。
「扉開いてないから、だからまだ奪われてないみたい。――急いで行くわよっ!」
そう言うと彼女は身を素早く反転させ走り出した。一時遅れてエルが、そして彼女等が向かったのを確認したウェイク。
何か、周囲の空気が何時もと違く感じられた。
今は軽く小雨が降っている程度だったが何処か、何かが起こりそうな。そんな雰囲気が漂っていた。
ただの、思い違いかもしれないが……それならば、良いのだが。
そんな気持ちを抱きつつ、彼も後を追った。


扉の中へ入った彼等、其処は雨が降っていたせいかじめじめした空気が身にまとわりつく。
少々カビ臭さと、土特有の湿気と、地下のひんやりとした空気が。
如何にも自分等が地下へと降りているという気分にさせる。
教会の下ということもあるのか、霊的な感覚も微妙に働く。
三人は、先頭をウェイク、真ん中にエル、一番後ろをユフィアに任せ進む。
進んで行く事に、冷えた空気が更に体温を奪い、明かりが薄くなる。
先ほどまで沈黙を守っていた彼等が、急に口を開く。
「……そういやウェイクってどうして旅をしていたのよ?」
ユフィアが先を黙々と歩く彼に向かって問いかける。
エルも、
「そういえば……まだお聞きしていませんでしたね」
と便乗するような形で。
ウェイクは歩みを止めず、ただ歩くばかり。そんな彼の反応に、ユフィアが苛立ちを押さえ切れず思わず怒鳴る。
「ちょっと、どうして質問に答えてくれないの!」
今にも殴りかかりそうな彼女を必死にエルが宥める。
「ちょっ……ユフィアやめなって。すみません、彼女ちょっとすぐにかっとなってしまう性格なもので」
そんなエルの言葉を聞き、ウェイクは先ほどまで守っていた沈黙を破った。歩みを止めずに。
「いや、大丈夫だ。黙っていた俺が悪いのだからな……。だが話す前に一つ聞きたい」
急に真剣な口調になった彼に、疑問を覚えた二人。
だが此処で聞かなかったら、二度と機会はないだろうと感じ答えを返す。
「ええ、聞きたい事って何?」
先ほどまで歩みを止めなかった彼が急に立ち止まり、そして振り向かないまま。
「これから話す事を、疑いはしないだろうな?」
何の事だかよくわからなかった、だが今更引き返すわけにはいかない。
「いいわ、疑ったりも、そして反論もする気もないわ。エルもそうでしょ?」
「はい。ウェイク様、どうぞお話しください」
彼女等が答えたのを確認し、そして彼は語り出した。

「今から話すことは全て偽りではない、実際に起こったことだ。俺とある男が訪れていた街、そしてその街がある事故によって廃墟となってしまった。そう、今から五年前――」

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2005-07-17 17:53:47公開 / 作者:結衣華
■この作品の著作権は結衣華さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どもです―…お久し振りですね、覚えている方少ないと思いますが(w
結衣華と名乗っていた者です、暫く身を隠しておりました(違
いやですね、以前此処で書かせて貰っていた小説ですね、少々行きずまりまして…;
調子戻すために、今の作品(メシア)を書いている所望です。
やはり自分まだ全然未熟だなぁ……&ll
と、書いてる時何時も思ってしまいます(爆
感想など、頂けたら嬉しいですね……(暗いから
コメント(指摘)などは、少々軽くして頂けると助かります;
ではでは、つたない文章続くと思いますが更新も遅れてしまうかもしれませんが…
何ぞとよろしくお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
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