『巻き戻した夏』作者:月夜野 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 七夕の日。ちょっと洒落ていないスーツ姿で僕と君は神社の境内を歩く。
夏の日差しが緩んで、神社の石灯籠も君の頬も、淡いオレンジ色に見事に染まりつつあった。
 既視感というものなのかな。こんな恰好ではないけれど、ここの石畳を君と並んで歩いている構図を、僕は一度どこかで体験したことがある気がする。
 でも、そんなことは間違いなくありえないことだった。君には以前恋人がいて、そしてその後の君の数年間の出来事を、僕は何一つ知らないのだから。

 高校や大学の友人たちに数年遅れて、僕は就職をした。その就職先に偶然君がいた。
高校の同級生だった君は既に社会人として先輩であって、僕は君の忠実な後輩兼部下として仕事をしている。

「七夕の夜、仕事帰りに縁日でビールと洒落込んでみない?」
 君から七夕の日の縁日に誘われたのは、6月の半ばの朝から雨が降りしきる日の、じめじめとした昼休みの時であった。
「前にも行ったじゃない? ほら、高校のときに部活のみんなと」
「前……?」
僕はその日のことをほとんど覚えていない。もう10年近くも前のことだった。
まだ僕らがお酒を飲むことが出来ず、車を運転することも出来ない頃のことだ。

 きっかけは突然だったけれど、今この並んで歩いてる時間がなんだかとても懐かしい。なにかが新しく始まる感覚と同時に、どこか大切な時へと巻き戻された心地がするんだ。
「笛の音がする。ああいうのって今はテープで流してるだけなんだね。ムード無いなあ」
口をとがらせて誰かに抗議するかのような言いっぷりの君を見て、僕は笑いそうになるのをこらえる。
「祭りにもBGMが必要ってことなのかもね」
君はそんな僕の一言なんて聞いていない様で、ちょうど通りかかったわたあめ屋に目を奪われたみたいだ。
「ビール、飲まないの?」
「ビールよりこれでしょう?」
君はくるくる回転する器械を指差して言った。
「懐かしい、ほんと懐かしい。私、大学のころはこの縁日に行かなかったから。わたあめも高校のとき以来かな」
君はそう言って、頼んでもいないのに僕の分までわたあめを注文した。

<そっか、アイツとわたあめを買っていたんだった>
 出来上がりを待つ君の後ろ姿を見ているうちに、あの夏の日の夜のことが、映写フィルムがカタカタと回るように一気に思い出されてきた。
「前回」は、仲間たち大勢で、制服姿でこの石畳を歩いていたんだ。そして君は、部活で一緒だった僕の親友と、途中からみんなと離れて2人きりで行動していたんだっけ。そんな些細な行動がなんだか眩しくて、部活のみんなは結構本気で羨ましがっていた気がする。
 あの頃の僕らは全てが不器用で、何もかもを思い通りにさせようとして、でも何もかもが上手くはいかなくて、そんな小さな自分たちを愛おしく思ってしまうほど、心の中は子供だった。

「空気が澄んでる。仕事帰りに縁日っていうのも、悪くないね」
 君はそう言って、微笑んだ。
 そして僕と君は、再会してから初めて、高校のころの思い出話をした。

 ――笑い泣きしちゃいそうな懐かしさと、今このときの新鮮な楽しさ。僕も君も、どっちが勝っているのだろう?
 そんな問いかけを自分にしてみた。そして、君にもそっと問いかけてみたかった。
2005-06-29 15:25:21公開 / 作者:月夜野
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■作者からのメッセージ
4作目です。
もうすぐ七夕ですね。夏祭り、というと少し規模が大きい祭りも入ってしまうので、縁日が個人的には好きです。型抜きとか今の若い人はやったことがあるのかな??(いや私もまだ20代ではありますが)
どなたかお勧めの学園恋愛小説をご紹介ください…… 学園ものの恋愛小説を書こうとしたら頭の中がすっかり歳とってイメージが湧いてきませんでした
この作品に対する感想 - 昇順
軽く読めてよかったです。 (簡易感想)
2005-06-29 20:10:58【☆☆☆☆☆】イヨ
読ませていただきました。
ちょっと複雑な気持ちになりますよね。同級生なのに社会人では先輩なんて…。大学で何故か同年代の人間を先輩と呼ぶときなみにいやです(おそらく呼びはしませんが…)昔のことを、彼女はよく覚えていましたね。やはり女性はそういうのをよく覚えているものなのでしょうか(いや、小説の中の話だからね)子供の頃にやっていた祭りが大人になってもやっているとき、何故かその頃に戻ってしまうような気がしますね〜♪それでは、意味のわからないことをいいすぎたのでそろそろ失礼します。次回も楽しみにしています
2005-06-29 23:27:45【☆☆☆☆☆】上下 左右
羽堕です(o*。_。)o読ませて頂きました♪縁日かぁー最近は、全然、近所の盆踊りとかもいかなくなってしまいました(゜ー゜)(。_。)「どっちが勝っているのだろう?」勝手に深いなぁ〜などと思ってしまうのですが、同じが理想なのかな?いや、女の子が勝っている方がいいのかな?うーん、それともと、堂々巡りしてしまったりして(^^;)二人の今の仕事以外での関係をもう少し書いてあると嬉しかったかもです♪では次回作、楽しみしています(。・_・。)ノ
2005-06-30 00:01:40【☆☆☆☆☆】羽堕
作品読ませていただきました。祭の風情が滲み出ていて良いですね。私も祭が好きなので作品の雰囲気に酔っていました。でも、異端者の甘木は祭は独りで行きます。独りで行って周りの幸せそうな状況の中で孤独を楽しんでいます(難儀な趣味だなぁ)。関係ないですが年齢が同じで立場が違う状況は普通の人は嫌なのかなぁ? 私は浪人して大学に入ったので同級生は年下です。同級生が私を呼び捨てにしても気になりませんけど。でもなぜだか、大学のサークルでは先輩もOBも私のことを「さん」付けして呼びます(なぜ俺だけを「さん」付けするのだろう? 関係ないことばかり書いてすみません。では、次回更新を期待しています。
2005-06-30 00:10:50【☆☆☆☆☆】甘木
拝読しました。一場面を切り取るのが巧いなぁと思います。文量がもう少しあればなぁとは思ってしまいますが、それはまあ京雅の我が儘で御座いますね。私は勝手に昔の記憶から引っ張り出した情景と重ねておりました。学園恋愛小説……ふむ。恋愛小説は読みますけれど学園ものとなると出ませんね。すみません。次回作も期待しております。
2005-06-30 06:40:22【☆☆☆☆☆】京雅
初めましてこんにちは。菖蒲と申します。
ほのぼのとしていて、人間味というものを短いストーリーの中にしっかりと感じました。何だか着眼点が優れていて、巧みに切り取られた恋愛模様が温かいですね。お祭りとか、何だか懐かしいなぁと思ってしまいます。近頃はそういった行事も減りましたし…。やはり男性が思い出に浸る場面は可哀想な気もすれば、転機が巡ってきたなぁとも思いました。それでは、次回作も期待です。
2005-07-01 22:14:23【☆☆☆☆☆】菖蒲
計:0点
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