『小旅行』作者:神安 藤人 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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1.坂道の向こう側



 汗が、滝のように流れてくる。あごの先から流れ落ちた汗は、真夏の太陽に焼かれたフレームの表面で蒸発して、なくなってしまった。さっきから、僕の視界に入る風景といえばそればかり。後は、変わり映えのしないアスファルトの坂道だけだ。それはどうやら、僕が下を向いて自転車を漕いでいるからなのだろう。でも、もう頭が上がらなかった。何で、こんなにしんどい事をしているんだろう。遅々として進まない僕の自転車を、恨みを込めて睨んだところで、不意にバランスを崩して僕は落車した。


 僕がこの小旅行を始めた理由は、大した事じゃない。高校二年の夏休み、何かをやらなきゃいけないという思いが積もり積もって、田舎の婆ちゃん家まで自転車で行こうと決めた。ただ、それだけの事だった。
 そもそも、田舎の婆ちゃん家に行く、というイベント自体が久々だった。まだ、僕が小学校にも入っていなかった頃に行ったのが最後だったと思う。それが、今年の夏は、親父の親族みんなで婆ちゃん家に集まろう、という事になったらしい。当然、僕の家族も参加する事になった。
 でも、久々に婆ちゃん家に行くから自転車で旅行するんだ、というわけじゃない。ただ、なんとなく、僕には自転車で旅行しなくてはならない、そんな気がした。
 両親の車が婆ちゃん家に向かって出発したのは、親父の盆休みの初日。午前十時を過ぎ、太陽がようやく重たい腰を上げて地面にエネルギーを送り出した頃だった。
「しんどくなったら、携帯で連絡して来いよ。迎えにいってやるからな」
皮肉っぽい笑顔で親父は僕をからかい、母はと言えば、
「ちゃんと、おにぎり食べるのよ」
なんて、心配そうにしていた。自転車にまたがっていた僕は、うん、とぶっきらぼうに頭を下げ、手を振って答えた。親父はそれを見て、「じゃ」と僕に声をかけると、車にエンジンをかけてそのまま走り去ってしまった。
 それを見送ってから、僕はおもむろに自転車のペダルに足をかけ、そして軽快に走り出した。日差しがまぶしい。「暑くなりそうだな」なんて、映画のようなセリフをボソッと呟いて、僕は一人でテンションを上げた。
 婆ちゃん家まで、国道を通ればおよそ八十?。人が歩く速後は大体時速四?で、自転車の場合は、ゆっくり漕いでその三倍程度。素人でも、ちょっとがんばれば時速二十?は出る。四時間から五時間も走れば、婆ちゃん家に着く計算だ。遅くても、五時過ぎには到着しているだろう。そう、僕は考えていた。
 初めは、快調だった。家から十分もペダルを漕げば、大きな川にぶつかる。そこから一時間程、僕は川沿いの堤防を走った。暑く照りつける日差しと、川面を流れる冷たい風が心地よかった。
 僕の横を流れていた川は、やがて海につながって太平洋にたどり着く。世界の広がりを感じて、僕の気分は否が応でも高揚していった。ペダルを踏む足に自然と力が入り、僕を乗せた自転車のスピードも上がる。少しオーバーペースだったけど、何のことは無い。婆ちゃん家に着くのが早くなるだけだ。僕は、気にせずにスピードを上げていった。
 犬の散歩をしているおじさんが後方へと消えていく。川の上を飛ぶ鳥が、しばらくの間、僕の隣を滑空した。まるで、僕までが風に乗って飛んでいるかのような錯覚を覚えて、僕の心は再び世界に繋がった。今になって考えると、この時の僕は何も考えていなかった。ただ、旅行の楽しいイメージだけを膨らませて、僕は自転車を漕ぎ続けたんだ。
 いいペースで、僕は自転車を走らせて、やがて大きな国道と交差する地点にたどり着いた。ここからは、ちょっとした山に向かっての行程になる。お盆ということもあって、車の行き交いは激しかった。誰もが、渋滞気味の車の群れの中で、ちょっとうんざりした顔をしている。楽しそうにしているのは子供たちだけだったけど、彼らも後三十分もすれば、自分たちの現状を認識して、車に酔い、退屈し、黙り込むはずだ。楽しいのは自分だけ、なんて浮かれた想像をしながら、僕は颯爽と車たちを抜き去っていった。
 おかしいな、そう思い出したのは、国道を走り出してから三十分もした頃だった。街中を抜けて、国道脇の風景がパチンコ屋や郊外型のファミリーレストランから畑や田んぼに変わりだし、渋滞気味だった車もだんだんと動き出していた。僕はといえば、さっき抜いたはずの家族に再び抜かされ、だんだんと苛立ち始めていた。
 僕の計算では、幸せ家族たちの渋滞はまだまだ続いて優越感が消えることはなく、そして僕の行程はそろそろ山に差し掛かるはずだったのだ。それなのに。第一目標の山は、未だに僕にとっては風景の一部でしかなく、まったくもって近づいてくる手ごたえを感じることができなかった。そろそろ、正午を回ろうとしているというのに、僕は旅程の半分も進んでいない事実に愕然としていた。
 国道に入ってからの優越感が、僕にペース配分を誤らせたのだろう。国道に入ってからの細かなアップダウンは確実に僕のペースを狂わし、僕の体力は確実に消耗し始めていた。
 それでも、僕はまだ楽観的に考えていた。少なくとも、ここまで休憩をしていたわけではない。確実に、前へと進んでいることは間違いないのだ。はるか遠くにあるように見えるあの山も、もう少しすれば捉えることができるはずだ、と。まぁ、その考え自体は間違いではなかったのだけれど、根本的に僕の考えは甘かった。
 やっとのことで山道に入れたのは、十二時半過ぎだった。この山道を越えると、全行程の三分の一を終えることになる。つまり、出発から二時間が経過していたのに、僕はまだ全行程の三分の一も越えていない、ということだ。あせる気持ちが抑えきれなかった。飯を食っている暇なんか、無い。僕は疲れた体に鞭を入れて、山道を登り始めた。
 照りつける日差しは、時間が経つにつれてきつくなっていた。ジリジリと肌を焼かれ、汗が額からこぼれて目に入る。目に入った汗を手でぬぐおうとするのだけれど、急勾配を上っている時はハンドルから手を離せない。仕方なしに、汗の入った方の目をつぶって僕はペダルを踏んだ。
 山に入ってすぐの間、僕は立ち漕ぎで坂道を登っていた。座っていては、この坂は上れないと思ったからだ。
 上半身を大きく左右に振って、その反動を足に伝えてペダルを踏む。ちょっとでも気を抜くと、すぐにペダルが抵抗して僕の足を押し返そうとする。また僕は必死で体を振って、再びペダルに力を込める。
 坂を登るのは、坂と僕との戦いだ。戦いは常に坂の方が優勢で、僕は油断することができない。そして、決して僕は負けることが許されていない。実際、一度足をつけてしまうと、僕はもうこの坂を自転車に乗って登り切ることはできないだろうと思えた。
 でも、体力を消耗しやすい立ち漕ぎがそう長く続くはずも無い。僕はすぐにサドルに腰を下ろしてしまった。坂のてっぺんを向いて、顔を上げていなければならないはずなのに、すぐに頭は下がってしまう。左右の森は僕の目には入ってくることは無く、ただ、ゆっくりと後方へと流れていくアスファルトの道路が見えるばかり。それでも、僕はシャカリキにペダルを漕いで、少しずつ坂を登った。
 二十分も坂を登っただろうか。僕には、一時間にも、二時間にも感じられたその間に、僕は少しずつ坂を登っていた。たまに襲ってくる急勾配の度に僕の自転車はバランスを崩し、僕は立ち漕ぎに戻って何とかバランスを立て直した。でも、僕は少なからず限界を感じていたんだ。もう駄目だ。何で、僕はこんなことを始めてしまったんだろう、と。
 そして、山に入ってから数度目の急勾配で、僕はこの急な坂と、言うことを聞かない自転車、何より僕自身に恨みを込めて、落車した。


 落車によって気を失うことは無かった。けど、体の節々が――落車した時に打ったのか、脛の辺りが特に――痛く、僕はその場で大の字になって天を仰いだ。いや、正確には、起き上がることができなかったんだ。
 不意に、目から涙がこぼれた。脛が痛かったわけじゃない。もちろん、照りつける太陽がまぶしかったというわけでも無い。今までに感じたことの無い感情に襲われて、僕の目からはとめどなく涙が流れ出てくる。
 このまま、死んでしまうのかな。そう、一瞬考えたけど、あまりにも馬鹿馬鹿しい想像だと思うと、すぐにその考えは消えた。その次に浮かんできたのは、「負けた」という思いだ。何に、と聞かれると困るのだけど、あえて言うなら、坂と、そして自分に、だろうか。よくは、わからない。
 よく考えると、今までこんなにがんばって、失敗した事って無い。高校の受験だって、少し勉強した程度で、根を詰めて勉強をした覚えは無い。それどころか、そういう奴らを見て鼻で笑っていた。中学の頃は水泳部でそれなりの活躍をしたけれど、負けたからといって悔しい思いをしたことは無かった。それなりに練習をして、それなりに努力をしていたけど、でもそれだけの事だったのだろう。
 この旅行にしても、「自分なら簡単にこなせるさ」と、根拠の無い自信を持ってなんとなく始めてしまった。その結果が、このざまだ。結局、僕はこの程度で駄目になる人間だったのか。僕は尻ポケットに手をやって、携帯電話の位置を確かめた。もう、いいじゃないか。どうせ、僕はこんなものさ。親父に連絡して、迎えに来てもらおう。仰向けのまま携帯を取り出し、そして親父の携帯の番号を表示させる。
 へらへら笑いながら、迎えに来た親父に頭を下げる僕の姿が、頭に浮かんだ。「たいしたこと無いな、お前も」なんて、親父が言いながら、トランクに自転車を積み込む。想像の中の僕は、それをやっぱりへらへらしながら見ているだけだった。そのだらしの無い笑顔のまま、僕が僕に聞く。
 ――これで、終わりか?
 ――これで、いいのか?
 「いいわけが、無いじゃないか!」
 思わず、僕の口から叫びが漏れる。いいわけが、無いんだ。でも、もう体が動かない……。しょうがない。そのまま、目をつぶり、僕はこの旅行で初めての休憩に入ることにした。
 幸い、車どおりは少なく、こけたのも側道だった為、誰かに迷惑をかけることは無いようだ。涙はいつの間にか止まっていて、頬に軽く跡を残していた。日差しはきついままだったし、背中は鉄板のようなアスファルトにあぶられて、ステーキにでもなったような気分だったけど、そよそよと吹く風が心地よかった。耳を澄ませば、遠くの方で鳥が鳴いているのが聞こえる。野鳥に詳しいわけではないので、その鳥がなんという鳥かはわからない。だけど、きっと綺麗な鳥なんだろうな、と思う。
 風に揺られてざわめく木々の音。少し甲高い、鳥の鳴き声。太陽が地面を焦がす音まで、聞こえる気がした。さっきまでは、こんなことを感じる余裕すらなかったのか。
 僕は一つ、長い息を吐いて、そして笑い出した。さっきまで泣いていたというのに、今度は、なぜか笑いが止まらない。不意に、旅行に出て、坂を上って、よかった。そう思った。
「大丈夫か?」
 突然、僕の顔に影が差し、頭の上の方から声が振ってきた。びっくりして跳ね起きた僕の頭が、ちょうど僕を不思議そうに覗き込んでいた頭とぶつかって、二人同時に声にもならない声を上げる。それでも、僕の笑いは止まらなかった。それを見て、声をかけてきた男の人も笑い出した。
「なんや、これ」
「なんでしょうね、これって」
 二人で顔を見合わせ、さらに笑う。本当に、何なのだろう。何が面白くて、僕は笑っているんだろう。いや、そもそも、その前は、何で泣いていたんだろう。もう、訳がわからない。とにかく、僕は笑い続けた。
 ひとしきり笑ったところで、男の人が僕に手を差し伸べてくれた。
「立てる?」
 はい、という僕の返事はかすれてしまって、うまく声にならなかった。だけど、その代わりに僕は彼の手を取って、立ち上がった。今まで地面に焼かれていた背中が、風に吹かれて涼しい。
「脛、血出てるし、落車したんか?」
 そう言いながら、男の人は消毒液を取り出し、僕の脛にかけてくれる。
「イタッ」
 脛の怪我に今更ながらに気が付いて、それと同時に襲ってくる痛みに加えて消毒液が事の他、しみる。思わず、僕は声を上げてしまった。
「我慢しな、男の子やろ」
 言いながらも、男の人の顔はまだ少し笑っている。何が、そんなに面白いのか。少し腹が立ったけど、笑いながら僕の手当てをしている彼を見ていると、まぁ、いいかと思った。少し関西弁のイントネーションがある、男の人。山道の脇で大の字になって寝転がって、大声で笑っている僕に声をかけてくれるような人だ。きっと、悪い人じゃない。
 脛の手当てを終えると、男の人は自転車に縛ってある荷物に消毒液をしまった。そこで、ようやく彼が自転車に乗ってきた事がわかった。落車から今まで、いろんな事が起こって、彼の事を気にすることが無かったから、気が付かなかったのだ。
 男の人の格好は真っ黒に日焼けした肌に、白いTシャツと赤いレーサーパンツ。後ろには、ガードレールに銀色のフレームのロードレース用の自転車が立てかけてあって、少な目の荷物が縛り付けてある。いかにもっ、て感じの自転車旅行者だった。
「まぁ、ただの擦り傷みたいやし、心配することは無さそうやね。
 もう少しで頂上やし、何やったら俺が上までペースメーカーしたろか? ちょっとは楽に登れるよ?」
 消毒液を片付けて荷物をまとめなおすと、男の人は自分の自転車にまたがって、そう聞いてくれた。確かに、彼にこの坂を先導して登ってもらえれば、もっと楽に頂上まで登りきることができるのだろう。それに、一人で旅をするよりも、何倍も楽しそうに思える。
 「助かります」そう、言おうとして、でも僕は口を閉じた。なんとなく、それでは自分の力でこの山を登りきったという事にならない気がしたからだ。誰かの世話になるのが嫌だ、というわけじゃない。ただ、この山だけは自分だけで登りきってしまいたかった。
 そう、僕が考えて黙り込んだのを、男の人は肯定の返事と受け取ったのだろうか。
「よっしゃ、ほな行こか」
 僕に声をかけると、自転車を漕ぎ出そうとしていた。僕はといえば、どうしていいのかわからなくて、まだ自転車にまたがる事すらしていない。
「どうしんたん? まだ、足痛いんか?」
 男の人が心配そうにこっちを見ている。脚の痛みなんか、どうでもよかった。彼に頂上に連れて行ってもらえれば、きっと楽に行ける。そこまで、楽しく運んでくれる。でも、それで僕は満足するんだろうか。考えて、そして、僕は口を開いた。
「助かります。でも、遠慮しておきますよ」
 そう言ってしまってから、僕は少し後悔した。彼が親切で言ってくれたのに、こんな返事をしてしまうなんて。怒らせてしまうだろうか。でも、もう言葉を止めることはできない。
「できるだけ、自分の力で登ってみたいと思うんです。お誘いはありがたいんですけど」
 そこまで言って、僕は男の人に笑って見せた。無理に笑ったから、きっと妙な顔になっているんだろう。でも、それは僕にできる精一杯の笑顔だった。
「そうか」
 それを見て、男の人も僕に向かって笑ってくれる。怒ってはいないようだ。
「そうやって言うんやったら、しゃーないな。がんばりや」
 それだけ言うと、男の人は自転車を漕ぎ出した。ひと漕ぎ、ひと漕ぎ、その背中が離れていく。何か、言わなければ。そう思うのだけど、上手い言葉が出てこない。僕がようやく声をかけたのは、彼がすぐ先のカーブに差し掛かったときだった。
「あの……、気を付けて!」
 僕が叫ぶと、男の人は振り向きざまに右手を高く突き出して、
「君もな!」
と叫んだ。そして、そのままカーブの向こう側へと消えていってしまった。その途端、なぜだかとても寂しさが襲ってきた。今からでも遅くないし、追いかけようか、とまで思ってしまう。でも、それはできない。僕が一緒に行くことを断ったんだ。
「よし!」
 僕は気合を入れると、荷物の中から母が握ってくれたおにぎりを取り出して頬張った。寂しがっては、いられないんだ。まずは体力をできる限り戻して、それからこの坂に挑まなければ。
 坂を上っているときには気が付かなかったんだけど、僕はよほど腹が減っていたらしい。母の用意した大き目のおにぎり三つは、瞬く間に僕の胃袋の中に収められた。おかげで、腹が一杯で動けそうに無い。そのまま、僕は少し食休みを入れた。
 そして僕は、自転車にまたがると、再びペダルを漕ぎ出す。
 ちょっとでも休憩したからだろうか。それとも、多少なりとも坂の上り方のコツをつかんだのだろうか。一度足を付いてしまったら、二度と登ることはできないと思われたこの坂を、僕は順調に登ることができた。体力は、もう限界に近いように思える。でも、僕は必死でペダルを漕いで坂を上ることが楽しくなり始めていたんだ。
 坂を登るにつれて、周りの風景にも変化があった。両脇の木々がだんだんとまばらになって、日差しがますますきつくなってきた。カーブの周期はだんだんと小さくなっていて、それは僕に、坂の終わりである頂上を予感させる。カーブを越える度、僕は頂上を探して坂の上を見るようになっていた。
 そして、その瞬間がやってきた。
 カーブを曲がって坂の上を見ると、そこはちょっと長めのまっすぐな坂道だった。周りには、もうほとんど木が無い。日光が、直接、僕の肌を焦がす。太陽の光がまっすぐに僕の目に入ってきて、僕は思わず目をつぶった。
 目を開けて、目の中に残った黒い影が消えたとき、僕は今までと何かが違うことに気が付いた。少し考えて、違和感の正体がわかる。坂の先に、何も無いんだ。今までは、カーブを曲がって坂の上を見ても、次のカーブの入り口が見えるだけだったのに。まばらな木立が僕の道を塞いでるかのように見えていたのに。それなのに、この坂道の向こう側には、青く抜けるような空しか見えなかった。
「頂上……か?」
 思わず、声が出た。それから僕は、最後の力を振り絞ってペダルを踏み続けた。だんだんと、空が近づいてくる。スピード自体は大した事ないんだろう。でも、真っ青な空が勢いよく迫ってくるように感じる。手を伸ばせば、届きそうだ。僕は、空に向かって右手を伸ばした。
 その瞬間、不意に、ペダルにかかっていた力が無くなった。僕の右手は、空に向かって突き上げられている。届くはずの無い空を、掴んだ気がした。
「おおぉー!」
 僕の中から何かが湧き出して、そして口から飛び出す。
 上を見ると、そこにはどこまでも続く空。振り返って下を見下ろすと、そこには僕が登ってきた坂道がある。ここを、僕は登ってきたんだ。僕が、登ったんだ。あの男の人には申し訳ないけど、やっぱり誘いを断ってよかった。きっと、一人で登りきらなかったら、ここまで感動することは無かったと思う。
 僕は、そのまましばらく登ってきた道を眺めていた。そうしていると、まるでこの坂道が自分のものになったような、それどころか空さえも自分のものになったような、そんな気分になれた。もったいなくって、僕は動けなかったんだ。
 でも、いつまでもそうしているわけにはいかない。まだ、旅程は三分の一しか終わっていないんだ。僕は、もう一度だけ坂道を見下ろして、それから空を見上げた。そして、僕は坂を下り始める。坂道の向こう側へ。


続く
2005-06-16 01:11:41公開 / 作者:神安 藤人
■この作品の著作権は神安 藤人さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 三作目の投稿は、ちょっと長めのものになりました、神安です。こんばんわ。
 いつも2000〜4000字のものを書いている神安ですが、今回は長さ制限をやめて書いてみました。まさか、こんなに長くなった上に、終わらす事ができなくなるとは……まったくもって、計算外でした。ただ、せめて一話毎に読みきれる形にして行こう、とは思っております。
 ということで、今回の投稿は前編分となります。後2回程度にまとめてしまおう、などとは考えておりますが、さて……。
 しかし、長さ制限をしなかったことで、逆にまとまりの無い文章になってしまった気もします。句読点のバランスも前半と後半で違ってきてしまったかも……。よいアドバイスなどいただければ、幸いです。その他、ご意見ご感想などもどうぞ、よろしくお願いいたします。
この作品に対する感想 - 昇順
羽堕です(o*。_。)o読ませて頂きました♪自分でも自転車旅行をしているような清々しい気分になれました(*¨)(*・・)これから、主人公がどう旅を続けるのか楽しみです( ̄∇ ̄*)ゞうーん、また色んな人達に出会ったりするのかな?((((o゜▽゜)o)))旅を終わりにしようかどうするかと言う葛藤の部分をもう少し長かったら良かったかなって思いました(^-^;では続き頑張ってください(。・_・。)ノ
2005-06-16 13:59:28【☆☆☆☆☆】羽堕
作品読ませていただきました。甘木は自転車が好きです(歩くのも好きですが)。知らない道を自転車で走るのは凄く好きです。ですから、この作品は好きです。自分が主人公になって山を目指して走っている気持ちにさせてもらいました。でも、本当のことを書くと、以前1日で150キロほど走った時は頭の中が真っ白になっていて、風景を楽しむ余裕も色々考えることもなかったんですよね。ただひたすら目的地向かって機械のようにペダルを漕いでいた思い出しかないんです。主人公のように感じられたら凄く良い思い出になったろうに……。私が得られなかった分も含めて、主人公には色々と感じて欲しいです。では、次回更新を楽しみにしています。
2005-06-17 01:32:08【☆☆☆☆☆】甘木
拝読しました。私は歩くのが一番好きですね。遠出も時折徒歩です。しかし方向音痴なんで易易と帰ってこれない時がありますね。自転車に乗って進んでゆく、それをこんな風に長く(そこまで長くはないが、純文学風に)、京雅には書けませんね。日常的な文章は好印象、これからどう展開していくのか楽しみで御座います。自転車にのって風をうける、想像すると外に出たくなってきました。なんとなく、自転車に乗ったり歩いたりしたくなりますよね。
2005-06-17 02:17:30【☆☆☆☆☆】京雅
"元"自転車旅行者の神安です。こんばんわ。とはいっても、ここ数年は旅行どころか遊びに行くことすらほとんどしていないわけで。……あの頃の情熱とパワーを返して! とか、叫んでみたり。
さて、返信など。

>羽堕さま
 まだ始まったばかりの小旅行。どうなっていくかは作者にも今ひとつわかっていないのですが、期待を裏切らないようにしたいとは思っております。
 葛藤の部分ですが、確かにここはもっと掘り下げるべきだった、とは思っております。しかし。主人公を早く山頂にたどり着かせてやりたくて、つい、あせってしまいました。作者として、そういうことではイカンのですが……。
 あと一歩が足りないようですね、私の作品は。しかし、それが大きな一歩だったり。

>甘木さま
 私は一日100キロを目標に旅行をすることが多かったので、150キロは未知の領域です。もっとも、100キロ走るだけでもしんどくて、次の日の旅程が厳しかったのは間違いないのですが……。それでも、実際のところ、私も鮮明に覚えている風景は少ないです。だからこそ、主人公の少年にはいい体験をさせてあげたいですね。稚拙な文章ではありますが、できる限り、空の青、山の香り、人々の暖かさといった旅行の楽しさを彼と共に表現していきたいなぁ、と思っております。

>京雅さま
 私も方向音痴な為、旅行中は地図が手放せませんでした。地図を見ずに走ったせいで、二時間走ってもとの場所に帰ってきた、何てこともありました。あれは、しんどかった……。
 びっくりしたのが、「純文風」という評価。私から、最も遠い分野の小説っぽいものを書いていたとは! ちょっとうれしい反面、なんだか不思議なプレッシャーを感じます。まぁ、私の書くものですので、この先どんどんくだけていってしまうとは思われるんですが。彼の日常を感じさせながら、なんとなく書き進めていけたらいいなぁ、なんて思っております。
 「自転車に乗ってみたくなる」とのお言葉は、この作品にしてみれば最高級の褒め言葉です! 願わくば、続きからもそう、受け取ってもらえますように。がんばりますです、ハイ。
2005-06-17 23:17:01【☆☆☆☆☆】神安 藤人
計:0点
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