- 『鍛冶屋 (読みきり)』作者：新羅龍華 / t@^W[ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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義足の男が訪ねてきたのは、店をたたもうと思った頃合いだった。
すすけた木戸をゆっくりと押し、義足を軽く引きずりつつ入ってくる。たくましい身体と比べて、あまりにも頼りなげな義足だったので、今にも折れはしまいかとはらはらしたほどだ。
男は無言で店に入ってくるなり、腰に吊していた長剣を、無造作に机へ置く。
まだ若い鍛冶屋は槌をおろし、突然の来客と、持ち込まれた長剣をまじまじと観察する。
初老になろうかという歳にしては筋肉のつきがよく、剥き出しの腕に刻まれた数々の傷からも、軍出身者か傭兵かと思われたが、片足が義足なので既に引退したのだろう。
剣の方も随分と使い込んだ物で、男と共に幾度も修羅場を潜り抜けたに違いない。
鍛え直しの依頼かと思い男の顔を仰いだが、説明をする様子はない。
こういう手合いは苦手なのだが、仕事なのだからそうも言っていられない。声をかけた。
「お客さん。これを鍛え直せばいいんですか？」
男はなおも沈黙を貫き通そうとしているかのように見えたが、やがてぐもぐもと口を動かした。
「いや……これで鍋を作って欲しい」
「はい？」
剣から鍋を？ そんな話は聞いたことがない。
第一この剣は実際に使っていたように見えるのに、気持悪くないのだろうか。
「こんなに立派な剣を潰すのはしのびありません。今は金属も安いですから、新しい鉄で作られることをお勧めしますよ」
男は再び沈黙し、ゆるゆると首を振った。
「……金がないわけではない」
それ以上を説明する気はないようで、前金を置くなり足を引きずりながら出ていった。
鍛冶屋は溜め息を吐き、なかば押し付けられた長剣を壁にかけた。
鍛冶屋はその晩夢を見た。
見渡す限りの草原で、完全武装した軍同士が睨み合っている。
季節は秋だろうか。遠くに見える山脈は、紅葉で赤や黄色に染め上げられていた。
彼ら兵士はその美しい景色を、今から壊そうとしている。
それは彼ら自身の意志ではなかったかもしれないが、戦を仕掛けたのが誰であれその事実は変わらないのだから、植物立ちに人の言葉を喋る能力があったのなら「人間には人間の、植物には植物の領分があるのだから、ここを踏みにじる心積もりなのであれば出ていってくれ」とでも言ったかもしれない。
両軍の長い睨み合いの末、緊張に耐えられなくなった一人の兵士が矢を放った。
……それを発端に、戦が始まった。
殺さねば殺されるのだ。相手に情けなどかけている暇はない。
鍛冶屋はどこかで見たことのある剣を握っている自分に気が付いたが、注意はすぐに敵の方へそれた。
襲いかかってくる者を端から切り伏せ、敵軍指令官の方へ猛然と突撃していく。
派手な房飾りの兜をつけた指令官は何かを叫んだようだったが、そんなものは頭から無視した。
指令官の首を取ればこの戦は終結するのだ。
あちこちで飛び散る鮮血のせいか、それとも己の視覚がおかしくなったのか目の前は赤く染まり、心なしか感情も麻痺し、恐怖が薄れてくるように思えた。
斬りかかる相手が自分と同じ人間なのだという意識さえもが薄れてきて、現実感が乏しくなってくる。
何のための戦なのか、相手は、自分は誰なのか、そのような思いは闇の彼方へと葬り去られていく。
必死に抵抗する敵軍をがむしゃらに切り倒し、大きく剣を振りかぶった。
指令官はその手に握る槍を構えもせず、奇妙な格好で硬直したまま振り下ろされた剣に倒れた。
その瞬間周りで戦っていた者たちが動きを止め、それは波紋のように広がり辺り一面が静寂に包まれた。
判っている。自分は指令官の首級を掲げなくてはならない。
相手が簡単に倒れたことに困惑しつつも兜から頭を取り出し、髪をわしづかみにして天高く掲げた。
次の瞬間うめき声と歓声が爆発した。
しかし首を掲げる張本人は、愕然とした面持ちで己が掲げるものを凝視していた。興奮は疾うに去り、胸の奥にわだかまりが生まれるのを感じた。
それは……他国で傭兵をしているはずの、親友の顔だった。
鍛冶屋はびくりと体を震わせると恐る恐る目を開き、安堵の息を吐いた。
そこにはこちらを睨む濁った目ではなく、穴だらけの天井があった。
またか、と思う。
なぜだか判らないが、依頼を受けた品物に特別な過去があると、それを夢に見ることがある。
そうすると彼はいつも、依頼を受けた品に最良と思われる処置を施す。
昨日受け取った長剣を抜き放ち、刀身を観察した。
長い両刃の、戦に耐えられる程度に丈夫な刀身。確かに夢のなかで自分が――今は義足をつけている男が握っていた剣だ。
親友を斬った時についた深い傷も、当時のまま刻まれていた。
深く、溜め息をつく。
剣と共に夢の記憶も鞘に納めると気をとり直して朝食をとり、他の仕事に取り掛かった。
護身用の短剣作成から、へこんだ鍋の修理、誕生日に送るというペンダントの彫刻、嫁入り道具として持って行く洋服ダンスなどなど。
鍛冶屋はまだ二十歳そこそこだったが、腕がよかったので、常に仕事に追われる生活を送っている。
お気に入りのハーブティーをすすりつつ、実に手際よく仕事をこなしていく。
彼の仕事場は道具が散乱していたが不潔な感じはなく、人間味に溢れたその様は温かくさえ感じられた。
一心不乱に鎚を振り、昼食をとろうとしたところに義足の男がやってきた。
相変わらず口数少なく仕事のはかどり具合いをたずねてきた。
鍛冶屋は言う。
「このご依頼はお断りさせて頂きます」
「ものを鍛えるのが鍛冶屋の仕事だろう」
そう言われるのは判っていたので、臆せず答える。
「この剣を潰せば親友が戻ってくるわけではありません。それに、あなたのしたことは間違えではないと思います。親友は敵国に雇われ、指令官にまで出世し、結果的に国と戦をした。あの時あなたが剣を振り下ろさなくとも他の誰かが同じことをしていたでしょうし、最悪の場合この国は負けていたかも知れません。
そしてあなたが当時を悔いていたら、親友の生き方を否定しているのと変わりないのではありませんか」
「……」
鍛冶屋は剣と前金を机に出し、男の方へ押しやった。
男は不満そうな素振りも見せずに剣だけを受け取ると、踵を返した。
「……なぜです？」
視線は明るい表通りに向けながらも、男は歩みを止めた。
わらを満載した牛車が石畳をのんびりと進み、その周りを子供たちが走り回る。その様子は眩しくて、思わず目を細めた。
今でも自分の心を締めつけるあの戦など、まるで別世界で起きたことのように思える。それほど平和な情景だった。
「戦に行ったこともない僕がこんなことを言ったのに、なぜ怒らないのです？」
「俺自身がこの想いを確信するため、お前を利用したからだ。俺があの時親友を殺したのが間違えではなかったというな。……こんな話、平穏に暮らしている家族には言えなかったのでな。後悔に押し潰されそうなときお前の話を聞き、訪ねてきたのだ」
「僕の話？」
「金物にまつわる思い出で押し潰されそうなとき、お前を訪ねてみろとな」
そう言うなり帰ろうとする義足の男を、鍛冶屋は再び呼び止めた。
「お金忘れていますよ！」
「迷惑料だ」
男は今度こそ通りに姿を消した。
彼が眩しげに見つめていた、光に溢れる世界へと。
鍛冶屋は今日も人の思い出を夢に見る。
――自分には思い出がないことを、忘れたまま。
ＥＮＤ - 2005-06-10 10:24:49公開 / 作者：新羅龍華
■この作品の著作権は新羅龍華さんにあります。無断転載は禁止です。 - ■作者からのメッセージ
今回は短編を書かせて頂きました。好きなモチーフから膨らませて書くので、キャラクターの個性は薄めです。会話やナレーションの早さに不安が残るので、違和感がありましたら指摘していただければ幸いです！
次も懲りずに、ファンタジーで短編を書かせて頂こうと思っています。そのときはもう少し長めになるといいのですが……。
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拝読しました。文章も整っているし、鍛冶屋の設定と「それは……他国で傭兵をしているはずの、親友の顔だった。」までの流れは好みです。ただそこからの展開が、流れがいいせいなのか、敢えて悪く言えばインパクトに欠ける締め方だったような気がします。それと「植物立ちに」は誤字ですね。失礼な事を書き綴りました、申し訳御座いません。違和感はなかったので愚か者京雅の戯言だと聞き流してください。次回作と連載の続き期待しております。
2005-06-10 13:01:07【☆☆☆☆☆】京雅初めまして、神安と申します。作品、拝読させていただきました。きれいにまとまった作品と思います。ただ、段落の多さが少し気になりました。Web小説ではリズムや読みやすさを優先させることがありますので、これが正しいのかもしれませんが、逆にリズムを早くさせすぎているのではないかな？ と感じた次第です。もっとも、私の感性がマイノリティなのかもしれませんし、気になさる程度のものではないかも知れません。また、冒頭から目覚めまで、ずっと和風ファンタジーと勘違いしていたため、ハーブティーに戸惑いを感じました。もう少し、どちらかはっきりするような風景描写を冒頭に入れておくとよかったのではないか、と思います。
作品自体は、程よい長さにまとめられ、読みやすい良作に感じられました。好き勝手書いてしまいまして、申し訳ありませんでした。次回作を期待しております。2005-06-10 20:09:56【☆☆☆☆☆】神安 藤人初めましてこんにちは。菖蒲と申します。
話の設定と鍛冶屋の人間性が優しく深い温かな情を感じさせてとても好感を抱いた作品でした。読みやすく流れるようにつづられた文章と、剣の思い出を通して簡潔にまとめられた客人との関節的な触れ合い。魅力を感じますね。ただハーブティというのが少し想像していた物語の時代背景とずれていたので、誠に勝手ながら驚いたんですが、逆に意表をつく感じでおもしろかったです。ちょっと考えてしまいましたが…。締めくくりの「自分には思い出がないことを忘れたまま」というのは、最後まで気が張られていたように思われてなかなかに良かったと思います。静かな情景描写が特徴ですが、ただ鍋を作って欲しいと依頼してきたところは、どうして鍋だったのかなと疑問が残ったのでその部分の補足が欲しかったです。言い分が実に偉そうでしたが、どうかお気になさらず流してやってください。次回作も楽しみにしております。2005-06-10 20:59:20【☆☆☆☆☆】菖蒲羽堕です(o*。_。)o読ませて頂きました♪まさに天職なんだろうなぁーと思いました(*¨)(*・・)鍛冶屋の日常なども織り交ぜながら上手く書かれていると思いました(≧∇≦)ノ夢の部分をもっと引っ張っても良かったのかもと思います(・Θ・;)あとは、男のキャラを優先したのかもしれませんが、ラストでもう少し何かを語って貰えたら嬉しかったかもです(￣∇￣*)ゞでは次回作、頑張ってください(。・_・。)ノ2005-06-11 02:13:34【☆☆☆☆☆】羽堕作品読ませていただきました。簡潔に纏まっていて……簡潔すぎるかな。夢の部分と鍛冶屋が目覚めてからの余韻のようなものが欲しかったです。全然話は変わりますが、皆さんは和風テイストを感じていたのかぁ。私は読んでいて洋風テイストを感じていたのでハーブティーに違和感なかったんです。日本じゃ早い段階で両刃の剣はなくなっているし、刀に使う玉鋼から鍋作るのって大変だし（炭素含有量とか金属の伸展性とか）、なんとなく西洋をイメージしていたんですよ。戯れ言はおいて、では次回作品を期待しています。2005-06-11 09:11:15【☆☆☆☆☆】甘木拝読いたしました。語り出しに力があったと思います。書き出し部分と終わり方は通常かなり神経を使うところですが、これはいいと素直に思いました。ただちょっと残念だったのは、メリハリに欠けるような印象があったことでしょうか。淡々としすぎて、失礼ながら、文字を追っているうちに気づいたら読み終えてしまった気がいたしました。設定は面白いと思いますので、もっと構成を練り、話の深いところまで書き込んでいけばかなり高レベルな作品になったのではと思います。なんてあたしも人様に言えた義理ではないのですが（汗 それと失礼ついでに最後にひとつ、『間違えではないと思います』は『間違いではないと思います』のほうが語法的に正しいかな？
それでは好き勝手なことを申し上げまして失礼いたしました。次回作品をお待ちしております。2005-06-11 20:07:05【☆☆☆☆☆】有栖川京雅さま、神安 藤人さま、菖蒲さま、羽堕さま、甘木さま、有栖川さま。ご感想ありがとうございます。そうですね。ご指摘があったとおり、和風なのか洋風なのか、分かりにくいと思います。ちなみに本人は洋風のつもりで書いていました。普段は洋風ファンタジーを読んでばっかりいるので、物語が洋風であるという事実を提示しなくとも洋風に見えるだろうという思い込みがあったようです。これからはそのようなことにも気をつけ、独りよがりにならないよう気をつけたいです(>_<;) それとやはり、話自体の練が足りず、かなり短い物語になってしまったのはあまりよくなかったな、と思いました。次回作は今回頂いたご意見を参考にして、よりよいものを書きたいです。ありがとうございました。2005-06-14 15:17:36【☆☆☆☆☆】糀谷みそ計：0点 - お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。