『人間到る所青山あり』作者:†蒼†い道化 / t@^W[ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 人間到る所青山あり



「君はどっちだ?」
 太陽が眠り、月が目覚める。光は薄らいでいき、変わりに光よりも速度を上げて、闇が世界を侵食しだした時だった。
「それだけの場所に立っていながら、君は自らの存在を保っている。しかし、君は選ばなければならない。君が本当に生きるべき世界を、ね」
 闇を跳ね除けるような白い装飾。現在の世界から見たら、まるでそこだけが異界のそれに近い。その男は何度でも問う。いったい、どちらが自身の生きる世界であるのか、と。
「俺は、おそらくオマエが思っているような人間じゃない。オマエが期待しているような人間でもない。毎日死んでいく自分。常に死んでいっている自分。そこに在るだけで死んでいく自分。そんな俺が、確固たる意思を持っているわけがないだろ?」
 白い男は、俺の回答に満足していない。どう考えたって何も答えは出ていないのだ。出たものは、答えが出ていないという答えだけ。それで納得できるような存在ではないだろう。
「ふむ、君は…アレ、だろ。アレだ。つまり答えが無いと? だとしたら、とんだ勘違いだな。既に答えは持っているのではないか? 君にとって、殺人がどういった影響をもたらすのかは知らないが、君がそれを行った理由は簡単だ。逸脱したかったんだろう? この日常から」
 そんな事は判らない。毎日を死んでいる自分にとって、過去の自分の考えなど理解できない。あるのは現在だけなのだ。今の自分が生きているのは現在だけで、そして、未来に生きる自分がどうなろうと知った事ではない。
「そうか、仕方が無いな。君が毎日死んでいるというのなら、本当に仕方が無い」
 それは不可解な現象だった。
 喋り終えた白い男が、縦に腕を振ったのだ。これだけならば、別段不可解なことではない。しかし、その後、一瞬遅れてから、俺の横にあった車が真っ二つになってしまったのだ。
「”異端審判者”として、君を重罪とする。そこまで踏み込みながら、留まろうとするなんてのは重罪すぎる。そんな君はここで死ね」
「くだらないな。俺は罪を背負わない。背負ったとしても、それは過去の別人の俺だ。今の俺には関係ない」
 相手が誰であろうとも、結局は変わらない。俺がするべき行為は殺人のみで、他には在りえないのだから。
 相手が動く前、その筋肉が軋む瞬間を直感で反応し、先手を打って敵に向かう。

 かくて、殺人鬼が一人誕生した時、一人の異端審判者が裁判を行った夜だった。



 知っている。いや、知っていた。それを見たことがあるし、それを行った事があったはずだ。そう、僕はこれを知っていた。
「”異端審判者”」
 呟いてから、背筋に悪寒が走る。なんとか逃げ帰った僕は、今こうして学校に来ている。
「とても、素晴らしい。あれが、異端者…」
 化け物だった。人間などと表現できるはずのない、圧倒的な化け物だった。しかし、悪寒と一緒に快感が混じっていた。次こそ絶対に言える回答。
「僕は、あっち側なんだ。僕が憧れていた、日常を逸する異常の世界」
 何故、昨日の僕があんな回答をしたのか解からないが、今の僕は歓喜に打ち震えている。だってそうだろう。僕が行った殺人は、日常を生きる人でも充分に行える行為だ。そんな行為に憧れるほうがどうかしている。もっと望むべきものは、昨日のような異端こそが相応しい。
「今日の夜だ。いや、今すぐにでも、あの白い男に…」
「白い男って、いったい君は何を言っているんだ?」
 とっさに顔を上げてみれば、そこにはクラスメイトの三条 四音(サンジョウ シオン)が立っていた。手にはプリントを大量に持っている。
「さっさと出してくれないか? 俺はさっさとプリント集めたいんだよ。君がどういった夢を見ていたかは知らないが、さっさと集めないと俺が先生に色々言われるじゃないか」
 現在は数学の授業中だった。しかし、普通の声を出していても関係ないほど、教室中は五月蝿かった。そういった学校であり、そういった教育の場でもある。それに、問題はそこではなく、シオン君が”白い男”に反応したわけではなく、ただ単に授業で使ったプリントを回収したいだけらしい。
「あ、ああ。これはすまなかったね。はい、どうぞ」
 プリント持った先生は、チャイムが鳴ったと同時に教室を出て行った。それに続く生徒もいれば、教室に留まる生徒もいる。
 そうだ。これはツマラナイ日常の繰り返し。普段から繰り返し、飽き飽きしている世界だった。
「でも、それも白い男と会えば変わる」



 ひたすら夜の世界を歩き回った。
 月がキレイな夜だった。星がキレイな空だった。闇が美しい闇だった。この散歩のゴールは一つだけ。昨日の白い男に会うためだけに、僕はひたすら徘徊する。昨日の問いの答えを、ただ伝えるためだけに。
 歩き続けて、走り回って、僕は、ようやく昨日異端を体感した場所に到達した。昨日と変わらない風景がそこにはある。
「ようやく、会えた」
 昨日と同じ風景に、昨日と変わらぬ人が立っていた。”異端審判者”が。
「君は…」
「僕は、答えを持ってきました。”どっち”だと、貴方の昨日の問いに答えるのなら、僕は貴方のような異端を選ぶ。ずっとその世界に憧れ続けてきたのだから」
 男は一瞬、怪訝な顔をした。しかし、一瞬だけ、その次には笑顔になって、両手を広げた。
「ふむ、そうか、君は…アレ、だろ。アレだ。昨日の答えを言いに来たという訳だな? 昨日の私の問いに」
 大きく、そして力強く首を縦に振る。
「そうか、ふむ。これは…アレだな。実に面白い。こんな能力も存在するのか。いや、当然だな。それゆえの異端だ」
 一人ブツブツと呟いてから、白い男は僕の前まで歩み寄って、立ち止まる。
「いいだろう。君は今、自ら選択したのだ。異端である事を。君は今、自ら選択したのだ。こっちの世界に生きるという事を」
 しばらくの間、白い男は目を硬く瞑りながら、天を仰ぎ見ていたが、視点をこっちに移す。
「ついてきなさい。君には異端を教えてあげよう。君が持つ力も。そして、君が成すべき事を。だから、君も教えてくれ。君の名前を」
「黄櫨 歩(ハゼ アユム)。僕の名前です」
 白い男はにっこり、と頷いてから、
「私は”異端審判者”、東(アズマ)と名乗っている」



 人は基盤こそ変わらないものの、毎日死んでいるようなものなのではないだろうか。物理的な死ではなく、概念としての死に近いそれを毎日、毎日感じていた。そして、ある時のことだった。今までただ漠然と感じていただけのそれが、だんだんと膨れ上がっていき、ついにそれを確固たるものとして考え始めた。それから、自身はずっと日常と非日常の境界を歩いている。
 
「この世界には、自分がどっちに生きるべきなのか、決めていない人間が多い。それは、とても危険なことなのだよ。なぜなら、日常に隠れ潜む非日常は、いずれだんだんと膨れ上がり、挙句の果てには暴走して終る。私は、そんな者達に道をはっきりさせるために生きている」
 アズマと名乗った男は、淡々と語ってくれる。その隠れ潜む非日常こそが、世界の破滅に導くものであり、とても危険なものであると。そして、僕自身もそうなりかけていたらしい。
「アズマ。そういった話も参考になりますが、僕が知りたいのは、どうやったらアズマの様な異端者になれるかって事なんですよ。僕は、異常な力を手に入れたいんだ」
 そのために選んだ道であり、そのために答えた答えなのだ。
 日常を逸脱するための、非日常の始まり。それはとても心躍らせる心境。まるで、生まれ変わって新しい自分へと進化したような、そんな気分さえなってしまえる。日常の中にいたら破裂してしまう異常でも、日常という殻の外にさえ出てしまえば、破裂することはない。
「君の能力は…アレ、だよ。そうアレだ。無意識に起こっていることなんだろう。君は今現在まで生きてきた過程で、絶対に一回くらいは能力を使っているはずだ。だが、それは無意識、無自覚で起こっていることであるから、使えるものだ。その正体を知ってしまえば、君は異常ではなく日常の世界に戻ってしまわなければならないだろう。もちろん、戻れればだがね」
 無自覚、無意識の能力。つまり自身の意思では使うことは出来ず、さらにその正体を知ってしまえば、日常に戻らなくてはならないだって? 冗談じゃない。
「判りました。それでも、能力があるというなら、僕が異常の世界にいる事が出来るというのなら、僕は能力なんて知らなくていい」
「ふむ、それでも覚悟があるというわけだな? ならば、よろしい。それでは行こうか」
「どこへ?」
 アズマは歩き始めていた。しかし、その歩いている場所は既に、自分がさっきまで居た日常なんかではなく、非日常という異常の世界。
「決まっているだろう? 君がいるべき世界へ、だよ」
 


 簡単だった。
 それはとても簡単な行為だった。当然の事ながら、そう考えてしまう。それは当然、何度も繰り返していれば実感していくものだからだろうが、しかしそれにしても簡単なものだと思えたのは確かだった。
 アズマに教えられたとおり、僕は僕がしてきた今まで同じ行動をしていた。つまり、殺人という行為を繰り返していた。これは敵をおびき寄せるための罠であるとアズマは言っていたが、僕には意味が判らない。しかし、どうでもいい事だ。既に異端となったこの身だ。しばらくの間はアズマと一緒に行動していたほうがいいだろう。こっちの世界の事を、まだよく理解していないからな。
「これで、三人目か。さすがに今日はこの程度でいいか」
 一晩でこれだけ殺したのは初めてだったが、別に気にする事は無いだろう。どうせ、既に僕は法や秩序になんか縛られる事は無いのだから。それらで束縛されている世界には、僕は既にいないのだ。気にする必要さえない。
 手についた血を振り払うでもなく、歩き始める。血の匂いが充満しているこの場所は、別に嫌いではないが、好きでもないのだ。
「そういえば、なんで僕は人殺しなんてしたんだっけ?」
 自分の内に現れた殺人理由がない。最初に犯した殺人など覚えていないし、その次の殺人だって覚えていない。鮮明に、唯一思い出せるのはアズマと出会ったあの日の記憶だけだ。それ以外は、思い出そうとしても思い出せなかった。靄がかかっているとか、曇っているとか、そんな感じではなく、ただ単純に知らないだけ。そんな感覚が内に残留しているような気がする。確かにこの身には、殺人をしていたという実感があるというのに。
「考えても仕方が無い。さっさと帰るとするか」
 家になど帰らない。現在アズマが借りているホテルの部屋に寝泊りする事になったのだ。家に帰る必要など無い。あんな日常に帰ったところで、異常を失ってしまうだけだ。僕は異端者であり、選ばれた存在でもあるのだ。”こっち”の世界を選択できるだけの選択肢を持っていたのだ。これを特別といわずなんと言うのか。
 真夜中だというのに、月が酷く眩しく思えた。光を遠くに感じるくらいの世界を選んだからなのか、それとも闇に沈んでいっているからなのか。答えが出ない思考を停止させて、僕はホテルに向けて歩き出す。
 ああ、とてもキレイな月は、明日で満月となるだろう。もちろん、そんな月の形なんて関係なく、僕は人を殺し続ける。



「やあ、しばらく学校を休んでいるみたいだが、君はいったい、どこで何をやっているのかな?」
 殺人をするために夜まで時間を潰そうと外に出たのが悪かったようだ。こんなホテル街のような、一般の人間が近づかないような場所で、クラスメイトであるサンジョウ シオンに出会ってしまった。
「君がいったいどんなモノに巻き込まれているかは知らないが、ちゃんと学校に行かないとダメじゃないか。出席日数をちゃんと確保しないと進級に響くぞ。今の時代はそういったことに酷く目ざといからね。少しでも素行の悪い奴を教師たちは嫌い、疎遠して、授業の迷惑がかかるからと授業の枠から外そうとする。君もそうならないように、ちゃんと出席するべきだと俺は思うんだけどね。その辺を君はいったいどう思っているのかな?」
 こいつの饒舌はいつもの事だ。それに既に日常を捨てている僕に対して、そんな日常の平常を語った所で無意味で無価値なものである。
「ふん、僕がどう在ろうと君の知った事ではないじゃないですか。君のそんなことを説かれる筋合いはないし、諭される義務もない。君の僕への心配は感謝するが、君と僕じゃ、今や存在してる世界が違う。僕には構わないほうがいい。君だって死にたくはないだろう? 今の僕に関わるって事はそういうことだ。判っただろ? 判ったら僕に構うな。さっさと僕の前から消えてくれませんかねぇ」
 これだけ言っておけば、大半の人間は近寄らないだろう。こんな事を言われて、そいつが異常だと察知するのは容易い事だ。しかし、サンジョウ シオンは薄く笑った。大半と区別した人間の中に自分は含まれないとでも言いたげに、笑ったのだ。
「そうか、そうだね。俺はまだ死ぬ気はない。なら、今はまだ君に構わない事にしよう。うん、そうだね。誰だって命は惜しいしね。判った。判ったよ。ああ、そうだ。去る前に一つ警告をしておいてあげるよ。今、話題になっているアノ話さ。ん? その顔はまるで何も知らないって顔だね。いや、別にそれは悪い事ではない。むしろ、だからこそ警告しがいがあるって事だね、うん。その警告ってのは、今世間さんを騒がしている殺人鬼の話だよ。なんでも昨日も四人の人間が殺害されたらしい。男女構わずって所が怖いね。まったく、殺された意図が分からないような殺人だ。君が夜も外に出歩くというのなら、気をつけた方がいい」
 そんな警告を聞いて、僕は、笑っていた。
「そうかい。気を付けることにしますよ。ご警告、ありがとうございます」
 そんなものに、警戒する必要なまるっきりないのだから。たとえ、密閉された空間内での殺人が起こったとしても、その犯人が自分であるのなら何の心配もいらない。計画する必要などこれっぽっちもないのだ。それを、他人から警告されているんだから、滑稽すぎて笑いがこぼれる。
 サンジョウ シオンをその場に残して、僕はどこかで時間を潰す。こんな街中でも、さすがに昼間に殺人を犯すわけにはいかない。日常を守るための異常が存在しないとは限らないし、その行為をしている場面を目撃されるのは少々厄介なのだ。
 しばらく距離を得てから、後ろを振り向いた。別に何かを感じたわけじゃない。単なる気紛れだ。しかし、その視覚に、こちらを見て笑っているサンジョウ シオンを捉えて、ドキリとした。さっきの位置からまったく動かないで、こちらを見て笑っている。それはとても普通じゃない。だが、普通じゃないと言えば、既に自分は異常な存在なのだ。ならば、あんな不気味な奴に臆する事は無い。
「………臆する、だって?」
 この僕が? あんな奴に? ただ単に。不気味ってだけじゃないか。なぜ、そんな奴に一瞬だけとはいえ、”臆する”なんて言葉を使って表現してしまったのだろうか。
「まぁ、いいさ。さっさと殺人に適した場所を見つけておこう。警察の警戒も、殺人が増すごとに幅広く、固くなっていくはずだからな」
 歩き出す。さっきまで向いていた方向とは逆の方向に歩きだす。ほんの一瞬、目を離した隙にサンジョウ シオンは姿を消していた。



 満月だった。とても丸い、とても不気味な。しかし、確かにキレイと思わせるそれは、妖しくも空に存在していた。闇を照らそうとしているのか、闇を侵食しようとしているのか。そして、そんなことに関係なく、僕はまた、このアズマと出会ったこの場所で、殺人を始める。
「しかし、さすがに昨日の殺人の影響が強いらしいな。まったく人が来る気配がない。まるでゴーストタウンか人類最後の生き残りみたいだな」
 静か、いや、静か過ぎる程の静寂だった。噂になっているくらいの事件だ。この町では殺人という行為を行うのは、既に困難なものであると分かる。こんな状況では、おそらくアズマの言っている敵とやらも現れないのではないだろうか。だとすると、あまり好ましくない。これは僕の失態と言えるものになってしまうのではないだろうか。
「いや、そんなわけはない。僕はただ、アズマに人を殺し続けてくれって言われただけ。なら、この結果を引き起こしたのは僕は原因じゃない」
「なら、オマエは過程に過ぎないというわけだな?」
 と、自分の声以外の言葉が、この静寂を打ち破った。
「なっ!?」
 後ろを振るかえる。さっきまで誰も居なかったはずのそこには、一人の男が立っていた。全身を黒の服で包んでいるその男は、闇の溶けているようさえ見える。そんな影のような奴が、確実に一歩一歩、足音を立ててこちらに向かってくる。
「もし、オマエが過程に過ぎないとするなら、やはり黒幕はあの白い男か。うん? これは白幕と言ったほうがいいのか? いや、そんな事は今は関係がないな。そんな事よりも今は、この過程だ。過程…つまり、そこに居るオマエの事だが、何故こんなことを始めたんだ? 俺のほうが先だったはずなのに、オマエが割り込んできたせいで、俺の動きが制限されてしまったじゃないか。この責任、どう取ってくる?」
 過程? 俺のほうが先だった? 責任? 意味が判らない。何を言っているのか分からない。こいつが誰なのか判らない。しかし、はっきりしているのは白い男。つまりアズマを知っているという事だ。つまり、こいつも異端者であるということだろう。
「何故こんな事を始めたか、だって? そんな事は決まって………」
 決まって、いるのだろうか。そもそも、自分が何で殺人を始めたか記憶にないのだ。それなのに殺人動機を捻り出すのは不可能ではないだろうか。虚言の理由ならいくらでも出せるが、真実の理由。つまり、根底にある殺人動機が、頭の中、今自分が思いだせる範囲のどこにも見当たらない。それは…。
「ふん、自分でも分からないって顔してやがるな、オマエ。だとすると、それはオマエの意思じゃなかったって事だろ? 何らかの異常が起こって、オマエは自分の意思がそれであると認識してしまったんだろうよ。だが、それだったら間違いだろ? だって、それはオマエじゃない。 今のオマエは誰の延長線の上に居座ってやがると思っているんだ?」
 目の前の男は、鋭い目で僕を捉える。しかし、その目線はすぐに僕の後ろへと変更させる。
「やはり、オマエが関与していたか。異端審判者」
「ふむ、やはり、君の方こそ生きていたみたいだな。罪人よ。君は…アレ、だろ。アレだ。逃げ切れると思っていたのだろうが、私がそう簡単に重罪人である君を見逃すわけがないだろう? 君の意思がどうであれ、君は私におびき出されたというわけだよ」
 後ろにはアズマが居た。まるでここに居ることが当然であるのかのように、そこに佇んでいた。もちろん、僕には意味が分からない。アズマがここに居る理由が分からないのだ。
「そう不思議そうな顔をする事はないだろう? ハゼ アユム君。これは、君のおかげであるのだよ。ああ、そうだ。君は自分の能力について知りたかったのだったな。なら、ちょうど良い機会だ。今、ここで全てを教えてあげよう。きっかけである殺人鬼君もこの場にはいるのだしな」
 そう言ってから、アズマは当然であるかのように腕を縦に振った。それは、最初に出会った時にもされた行為。僕を殺すための、無駄のない動作だった。
「ギ?」
 分けも分からず、口から暖かいものを吐いて、地面に寝転がっていた。身体に力が入らない。
「君の能力とは、簡単に言うと…アレだな、そうアレだ。既視感、というモノに近い。デジャビュ、という言葉を聞いたことがあるかな? まさしくアレは君に相応しい言葉だよ。君はそれまで一度も体験した事がないモノを、かつて経験した事があるかのように感じる事が出来るんだ。既視体験という奴だな」
 ああ、とても赤くてとても熱い。身体から出てくる赤い何かがとても熱い。それが口からも出てくるから気味が悪い。だんだんと意識がはっきりしなくなって、まるで集合していたはずの大きな何かが、辺り散開していくような感覚だ。そんな感覚を感じた事がないはずなのに、僕はそれを知っている。知っていた。それを見たことがあって、それを行った事があるはずだ。
「だが、君はその効果が強すぎた。強すぎたあまり、君はその本人がしているはずの出来事を、”体験したような感覚”程度では処理できずに、自分が行ったものと納得して、理解して認めてしまったんだ。それは紛れもなく、君がそれを望んでいたに過ぎないが、まさしく、きっかけはそれである。つまりは、ハゼ アユム、君の心にも問題はあったのだよ」
 知っている知っている知っている知っている知っている知っている知っている知っている知っている知っている知っている知っている知っている知っている知っている。僕は紛れもなく、この感覚を知っている。この熱を失っていく体が、赤く熱い何かを流していく意味を、知っている。そう、これは、”死”だ。紛れもない、逃れる事の出来ない、でも確実に全ての生物に例外なく訪れる終焉という名の死なんだ。そして、この感覚を知らないはずの僕が、これを知っているって事はつまり…。
「当然、君には審判をくだせるわけがない。何故かって? 当然だろう? 君には最初から選べる道がなかったからだ。君は最初からどちらでもなかったのだよ。どちらでもない、何でもない。何にもなれない。故に君には選択など無かった。この”異端審判者”である私でさえ、君をどうこうする事は出来なかった。なぜなら君は対象外だったからだ。君は異端でも異常でもない。単なる心の弱い人間だったという訳だったんだ。ほら、…アレ、だろ。アレだ。そんな君を裁けるのは私ではない。私と君とでは初めから住む世界が違ったのだから」
 きっと、そうだったのだろう。ここで殺された人は、これを死だと理解して逝ったに違いない。それが僕に流れてきて、僕は今、とっても恐怖している。この終わりに、この世界に。僕はどうしてこんな異常の世界に来てしまったのだろうと。
「さて、それでは、目的を果たそうとするか。異端審判者の名において、貴様を殺す。名の無き殺人鬼よ」



 辺りは静かになった。誰かが発していた雑音も、さっきまで聞こえていた叫びも聞こえない。ただ酷く耳に入ってくるのは、鬱陶しい風邪を引いて、喉をやられた時のような呼吸音だけだ。しかし、そればかりは止められない。それが止ってしまえば、その自分の呼吸が止ってしまえば、僕は死ぬ。
「だから、言ったんだよ。 ハゼ アユム君」
 聞こえてくる。
「素直に、学校という日常の箱に戻っていれば、君は日常を逸する事はなかったんだ」
 それはまるで僕の頭に直喋っている様に聞こえてくる。
「ちゃんと警告もしてあげたじゃないか。殺人鬼には気をつけろってね。君の前、つまり延長線の基盤となった殺人鬼の思考は君に理解できるものではない。その自らがこの世に在るからには、その一瞬一瞬に死んでいるなんて、誰が理解できるだろうね。現に君は理解できなかった。殺人動機を聞かれて答えられなかった君にはね」
 何で? こんな異常の世界で、何でクラスメイトの声が聞こえてくるのだろうか。サンジョウ シオンという、日常に生きている奴の声が…。
「まぁ、所詮は他者の思想だ。別に人には似せる事が出来ても、それとまるっきり同じ思想を持つ事ができない。君は無意識の内に勝手に納得して、勝手に思い違いをしていた。これは致命的だ。とても致命的だよ。君は敵だ。日常の敵だ。異端の奴から敵と見なされなくとも、異端の奴に見放されていたとして、君は確実に日常の敵なんだ」
 そんな事は関係ない。僕が誰の敵であろうとも。そんな事は関係ないのだ。だってそうだろう? 他の奴らとは別の世界に僕は生きているんだぞ? そんな僕が責任とか法律とかに縛られるはずないじゃないか。そんなのは可笑しい。僕は日常から脱したんだ。僕は…!
「ああ、そうだね。君は日常から脱した。だが、選べる立場でもなかったのさ。君は異常にもなれないし、日常にもいられないし、ましてや境界に立っている訳でもない。君は何処にも居なかったんだ。既に、ハゼ アユムという存在は居なかったんだよ。殺人鬼の延長線上に乗った時から。ハゼ アユムは消えて、ただの殺人鬼になってしまっただけなんだ。今、死んでいくのは名の無い殺人鬼だ。ハゼ アユムはあの”自称・異端審判者”に出会った時から既に死んでいたんだ」
 ………。僕が、既に死んでいるって? 僕が、既に存在していないだって? 僕が既に消えてしまったって?
 それはおかしい。それはおかしい。だっておかしいじゃないか。僕はただ、つまらない日常の殻を破りたかっただけなのに。それだけなのに、僕は死んでしまったのか?
「ああ」
 それで、サンジョウ シオン。お前は僕を殺すのか?
「ああ」
 そうか。
 衝撃。
 胸に突き刺さった鉄柱は、僕の身体を破壊するには充分すぎるものだった。そして、突き刺さった瞬間に大きく開いた目は、空に佇む満月を捉えた。自分が死ぬときだっていうのに、空に浮かぶそれを直視した。その美しさに見入ったのか、その寛大さに驚いたのか。でも、きっと恐れたんだと思う。冷たく、そこに在り続けるその月を。
「さよなら。君は間違っていなかった。けど、過程と結果が間違っていただけだ。俺と同じようにね」
 訪れた死は、急速に自分を包んでいった。まるで、闇に溶けていくようだった。



 感触は死だった。確実に敵の心臓を貫いた。
「ぐっ!」
 敵は地面に倒れて、傷口から血が噴出している。それは見慣れている光景であり、特に感慨がある行為なわけでもない。白が赤に染まっていくのをただ見ているだけだった。
「はははは、まさか…な。私が、こんな奴に負けるとは、思いもよらなんだ」
「人が予想できない事態なんて腐るほど存在するだろうよ。オマエにも、俺にだってな」
 そうか、と笑ってから、白い男はため息をついた。
「私が死ぬ。だが、貴様もまた、どちらか、決めなければ、ならない。そうだろう? 君は…アレ、だな。アレ、だ。私を殺した、事によって、否応でもこっちの世界に居なくてはならないのだから。君は確実に、選択しなくては、ならなくなる。その時に、邂逅することが残念ではあるが、そうなった君を想像するだけで、私はとっても楽しいよ。他人の不幸は何とやら、だ」
 ああ、きっとそんな日は来ないだろう。自分を少し過大評価してはいないだろうか。
「オマエは過信しすぎだ。オマエが死んだところで、世界は何も変わらない」
「君の世界は、別だろう? 君は背負わなくてはならない。殺した、者達の、死を…。そして、きみ、は、…。
 その果てに後悔を、そして、懺悔をすると。
「ふん、クダラナイな。それを背負ったとしても、それは既に過去の別人の自分だろ?」
 邪魔は消えた。敵も消えた。残るのは、何だ?
「敵じゃないのは確かだよ、殺人鬼君」
 学生服を身に纏った少年が立っていた。そこには殺意や敵意を感じさせない。
「君と俺は敵じゃない。共に共通の敵を持つ同士じゃないか。ああいった奴らは君にとっての敵だろ? 俺もまた、ああいった奴らは敵なんだよ。ほら、敵の敵は味方って言うじゃないか。なにより、僕たちは日常を重んじている。その中で、こういった内に潜む異常を押さえ込んでいるんだ。そういった人たちを危険から守るのが自分の使命だと思っているんだがね。君も使命こそ違えど、同じようなものだろ? 日常に適応するための死だ。君が瞬間瞬間で迎える死には、そういった意味合いも含まれているんだろ? 日常と異常の境界線を進み続けるために」
 それに答えることはなく、空を見上げる。やけに明るいと思えば、月明かりが普段よりも闇を侵食していたからだった。
 どいつもこいつもクソくらえだ。無理やり人に道を選択させようとしてきやがる。”人間到る所青山あり”って言葉があるが、そんなものは間違いだ。道を行き過ぎて、自分を失ってしまった事にさえ気付かずに死んだ奴だっているのだ。こんな世界ばかりの場所で、活動をしていく事自体が異常である。だから、俺は境界線を進む。その世界と世界との合間。その両方であって、そのどちらでもない、その道を。



 進み続ける果てにあるものが、どこにも到らない殺人動機
2005-06-05 14:46:13公開 / 作者:†蒼†い道化
■この作品の著作権は†蒼†い道化さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
はじめまして、†蒼†い道化といいます。
初めて投稿させてもらいます。
至らない作品だと思いますが、感想などいただけたら嬉しいです。
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、京雅と申します。私なんかは愚か者なわけでして、読解力も劣るしそのせいで読み間違えもしたりする。ほんとにだめな読者なんですけれど、それをふまえて書き込ませてください。この作品は文章好きな京雅には面白い、けれどその内容はと言えば難しい。少少ひとりよがりのような気もする(いい意味と悪い意味で)。私もまだまだですね。失礼な事を書き連ねました、申し訳御座いません。次回作期待しております。
2005-06-06 04:17:10【☆☆☆☆☆】京雅
計:0点
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