『いつもと違う日』作者:ずっぽぱ / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約7.9枚
 二十七歳のごく平凡なサラリーマン、高山祐二は、先程起床し、五分経って未だベッドに腰掛ている。
「おかしい。おかしいなあ。いつもはちゃんと布団の中にいるのに、なんで今日は布団から落ちてたんだろう……」
 そう、いつもはきちんと布団に入り、寝相も良く、鼾や歯軋りや寝言もない祐二は、今日に限ってベッドから落ちていた。
 祐二が目覚めると、いつもより天井が遠かった。それにより、ベッドから落ちた事が分かったのである。目覚めて、それに気付く人はあまりいないだろうが、祐二は、天井がいつもより遠いことに気付いたのである。
「我ながら、気付くとは凄いなあ。家を愛してるからな。ははは」
 祐二は自分で言って笑った。必要最低限の家具しか置いていない(正しくは置けない)狭い安アパートに、もちろん一人で暮らしている。笑い声は、その虚しさと寂しさを象徴するように、誰にも受け取られる事無く消えていった。
 それで頭が冷えたのか、祐二はずっと組んでいた腕を左右に開き、ベッドについて「よいしょ」と、歳のわりに老けたような声を出して立ち上がった。そのまま窓の方に目をやる。向かいに建つビルに反射してくる太陽の光をうけて、目を細める。
「あ、今何時だろ。遅れると課長から雷を落とされちまうよ」
 祐二のいる課には、社内でも評判の鬼課長がいる。でんと窓を背にしたデスクにつき、ミスを見つけたり遅刻したりすると老若男女お構いなしに怒鳴りつける。それが、同僚の間では雷と比喩されているのである。
 出社時間は朝の八時。しかし、時計は既に十二時を回っており、祐二の体は冷や汗で一瞬冷たくなり、すぐに気持ち悪い温かみに変わった。
「やばい。やばいぞ? どうしようか……病欠ってことに……や、でも嘘つくのは気が引けるし、かといって雷も……」
 祐二は到底大人とは思えない自問自答を繰り返していた。その間にどんどん時間は流れていき、それがまた迷いを増長させる。最悪の悪循環だ。
「いいや。休もう! なんか体だるいし、うん。いいさ!」
 祐二は今更、自分の不調に気づき、それを理由にした。体が思う様に動かないというか、地に足がついてない、ふわふわした感じがする。それは理由を見つけた安堵感と共に、不安を生んだ。
「そうか……そういえば、昨日、高校の仲間と会って、酒飲んだんだ。大して強くないくせに、無理するモンじゃないな、やっぱし」
 暫く考えていた祐二だが、これはもう会社へ電話するよりも、先に病院へ行こう。という結論をだし、ゆっくりと着替えをした。
 着替え終わって、時間は十二時半すぎ。祐二は戸締りを確認し、病院へ向かった。


「おおお!?」
 祐二は、自分が相当きていることに驚いて少し大きい声を出してしまった。通りには何人か歩いていたが、気付かなかったのか、そのまま行ってしまう。
「これはやばいぞ。真っ直ぐ歩けないじゃないか!」
 祐二は、歩き出すと、右へ左へフラフラと、いわゆる千鳥足になってしまうのだ。道の端から端まで、何人もの人の前を、敵の進行を阻むディフェンダーの如く横切っていく。意識があるから、尚の事ドキドキする。酔っ払っていれば、気にしなくて済むのだろうが、酔ってはいないのでそうはいかない。
 幸い、誰にも何にもぶつかる事無く病院への道を進んでいく。「我ながら凄い」と祐二はまた言った。病院と言っても、歩いて十五分程のところにある、小さな何とかクリニックというやつのことだ。


 五分ほど歩いて、祐二は、また違う異変に気付いた。千鳥足で歩いている自分のことを、誰も見ようとしないのだ。これだけ右へ左へうろちょろと、ジグザグに歩いているのだから、おばさんが「やーねぇ」とか、サボってる高校生が「うぜえ」とか言っても良さそうなのに、誰も話し掛けるどころか、振り向きも、睨みもしないのだ。
「どうなってんだ? 俺、無視されてるのか? 何か悪い事して、世界中の嫌われ者になっちまったのか? ……いや、そんなら誰かぶん殴ってきそうなもんだ。これだけ無防備な格好してるんだ。武器を持ってるようには見えねえよなあ……」
 祐二は自分の服装を確かめた。ごくありふれた、白いTシャツと青いジーパン。ポケットはもちろんついているが、何かが入っているような膨らみは無い。
「悪者じゃねえとすると……まさか、すごく善い事して、周りの人が声をかけるのを躊躇って? いやいや、それなら振り向くはずだ。じゃあ、どうなってんだ?」
 祐二は得意の自問自答を繰り返した。得体の知れぬ不安に、祐二の顎から、照りつける太陽の所為ばかりではない汗が滴り、地面に痕をつけ直ぐに消える。この汗の痕のように、この不安が消えてくれたらと、祐二は困惑する頭で願った。もちろんそうは行かず、不安は増すばかりである。


 家を出てから十分ほど、角を曲がれば病院が見えるところまで来た時、祐二は不意に、ポンと肩を叩かれた。今日、初めての会話になるのかと、祐二は嬉しさのあまりものすごい勢いで振り返った。その先にいたのは、金髪で、瞳の青い、二十代半ばほどの青年であった。この暑い中、ローブのような黒い布を体に巻いている。その上には、屈託の無い笑顔があった。
「やっと見つけた。えっと、高山祐二さんですよね?」
 青年は流暢な日本語で聞いてきた。祐二は、嘘つく理由も無いので、正直に「はい」と答えた。
「よかったー! もう駄目かと思いましたよ。じゃあ、ここにサインをお願いします。あと、住所は県名から。他の項目も正直に書いてくださいね」
 青年は、笑顔のまま、懐から紙とペンとバインダーを取り出し、器用にセットして祐二に手渡した。紙には、住所、氏名、電話番号、職業のほか、家族構成、その家族の年齢、職業、特に仲の良い男友達、女友達、さらには意中の女性の名前を書く欄まであった。
「ちょっと君、これは随分と行き過ぎているよ。なんで家族や好きな子の事まで教えなきゃいけないんだ?」
「すいません。規則なもんで、答えてもらわなきゃ照合ができないんですよ。お願いします!」
 青年は深々と頭を下げた。金髪が、太陽の光をうけてキラリと光った。照合という言葉が気になったが、青年の素直で丁寧な対応に心打たれ、祐二はすらすらとペンを走らせた。
「これでいいかい?」
 祐二がバインダーを青年の方に向けると、青年は礼を言って受け取り、機械を取り出してなにやら打ち込んでいる。
「……よかった。本人ですね、間違いなく」
「そうだって、言ってるでしょう」
「はは、すいません。では、行きましょうか」
「え? 行くって、どこにだい?」
 青年に手を引かれたとき、祐二には忘れていた不安が一気に戻って来た。冷や汗が出たが、冷たくも、温かくもならなかった。
「どこって、決まってるでしょう。地獄ですよ」
 祐二は恐怖で声が出なかった。青年の背中から、黒い羽が現れたからだ。青年は、やはり懐から大きな鎌を取り出し、祐二の足を切断した。足を切られた祐二は、吸盤から外れた風船のように、宙に浮いた。祐二には恐怖はあったが、痛みは無かった。次第に、意識も薄れていく。
「あなたは、昨日飲みすぎて、中毒で死んだんですよ。気付いて無かったんですか? ……そりゃそうですね。昨日の夜、僕が取り損ねて落っこどしちゃったんです。それで浮遊霊になってしまったんですね。すいません。でも、もう大丈夫ですよ。今日は人間界に来てまで取りに来たんですから、もう落としません。地獄でたっぷり苦しんでくださいね! それが僕ら死神の主食なんですから!」
2005-06-05 00:50:47公開 / 作者:ずっぽぱ
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■作者からのメッセージ
こんばんは。めっちゃ遅いですね。皆さん、夜は早く寝ましょう。 これも他のと同じようにふとした思いつきなんですが、なるべく描写を増やしたつもりです。誤字脱字・指摘があれば、易しい言葉でお願いします。
この作品に対する感想 - 昇順
ま、ペーペーにこんなこと言われても嬉しくないかと思いますが、描写は良く書けていたと思いますよ。簡潔にそれでいて映像が浮かんでくる、真似したいです。んで、ショートなのでやはりオチに注目してしまうわけですが、う〜ん正直弱かったです。そこまでがうまく書かれていたので、オチまでにわかってしまいました。でもちょっとわからなかったのがラスト、何で地獄行きなのかです。これはもう死神に選ばれたらしょうがないってことですかね? それとも飲みすぎで死ぬと言うことが悪いことなのか。その辺がちょっと気になりました(ショートなのに気にするとこじゃないだろって話(すいません 次回作も頑張って下さい。
2005-06-05 02:23:43【☆☆☆☆☆】影舞踊
トロサーモンです。読ませて頂きました。
うーん・・・。なんだかなあ・・・ってなるような作品で・・・。強いて言えばやはりオチが弱いという事です。
でわ次回作も頑張って下さい。
2005-06-05 02:37:48【☆☆☆☆☆】トロサーモン
拝読しました、夜更かし京雅で御座います。もう既に書きたい事は書かれてしまっているのですが、まあ綴ります(気に障ったらすみません)。整った文章は読み易くて、すらすら読み進める事ができました。ただ、ふつうにオチまでいってしまった感じがして、期待していたよりは呆気なく終わってしまったと言うのが正直な意見です。まあ、愚か者な私の一感想と思ってやってください。次回作期待しております。
2005-06-05 03:43:31【☆☆☆☆☆】京雅
えっと、ずっぽぱさんの作品に感想つけさせて頂くのは2度目になりますかな?
読み始めてまず感じたことはいびきってこう書くんだぁとバカなユズキです。
うーん、先に書かれている方もおっしゃられておりますがオチが確かに弱かったと。あと途中でこの人生きてないんだろうなぁと気付いてしまったのも残念でした。自分的になので役に立ちそうにないですが、青年の最後のセリフの後に何か描写が欲しいかなと。その他の描写については読みやすくて良かったと思います。それでは次回作も楽しみにしております。
2005-06-05 09:29:04【☆☆☆☆☆】ユズキ
計:0点
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