『楽園 【読みきり】』作者:流浪人 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 『楽園』

「ここが例の『楽園』か……」
 私立探偵の緋村哲夫(ヒムラ テツオ)は、ようやく目にした『楽園』を見て、ポツリとつぶやいた。
 青い海、青い空。超一流のホテルにレストラン。ここに暮らせば、死ぬまで働かなくて済むだろう。ましてや、無料で住ませてくれるのだから。

 ホテルに入り、エレベーターに乗った。最上階へと登る間、ここに至るまでの過程を思い出していた。

 事の発端は一ヶ月前にさかのぼる。東京都内で中年の男性会社員が行方不明になった。毎晩定時に帰ってくる夫がその日は帰って来ず、翌朝妻が警察に届け出たという。
「携帯電話にかけてもつながらなくて……今までこんなこと無かったから、私どうすればいいのか……」
 妻の悲痛な叫びを皮切りに、毎日のように大都市で行方不明者が続出した。年齢層は様々で、共通点を見い出すことは不可能なように思われた。
 ほとんど仕事の依頼が無かった緋村は、新聞でこの事件を見て心を大きく揺さぶられた。それは行方不明者たちの何人かが消える前に家族や友人に残した、あるメッセージを見たからであった。
『楽園に行ってくるよ』
 警察にいる高校時代の友人から情報を流してもらい、独自の捜査を続けた結果、緋村はある結論に辿り着いた。そしてこの事件に危険性は無いと判断すると、単身『楽園』に上陸したというわけだった。

 最上階には、大きな部屋が一つだけあった。チャイムを鳴らすと、若い女の声が聞こえた。
「どちら様?」
 カメラを見据えながら、緋村は名乗った。「どうも、私立探偵をやっている緋村という者です」
 少しの間があって、ガチャリという音とともにドアが開いた。
「へえ、私立探偵っていう職業は、中年男性がやるものだと思っていたわ」
 女はそうつぶやくと、緋村を従えて再びエレベーターに乗り、ホテルを出た。

「私を捕まえにきたの? 探偵さん」
 砂浜を歩きながら、女が言う。海では多くの人々が楽しそうに泳いでいる。
「いえ、この事件に事件性はありませんよ。法律上、あなたは罪に問われるかもしれませんがね」
「……そう」
 女はふと立ち止まり、砂浜に横たわった。緋村も同じように、隣に横たわった。青い空が無限に広がり、太陽の光が眩しい。
「どうやってこの島を?」
「簡単なことですよ」
 緋村は微笑んだ。「おれも行方不明者になったんですよ」
 スカウトの人選ミスね、と女はつぶやいた。女は大都市にスカウトを派遣し、『楽園』に行きたい人を募っていたのだった。
「おれからも聞いていいですか」
 女の正体は、今話題のIT企業の若手女社長だった。両親は大企業を経営しており、今まで完璧な人生を歩んできているのだろう。
「どうしてこんなことを?」
 女は笑った。「ただの道楽よ、寂しい金持ちのね」
 人生に疲れた者。何かを変えたいと思っていた者。きっかけが欲しかった者。そういう人々に、女は『楽園』を用意した。
「神様にでもなったつもりか?」
 急に語気を強めた緋村を、女は驚いた表情で見つめた。
「楽園なんてのはな、人生に疲れたり諦めた連中の見る、ただの幻想に過ぎねえんだよ!!」
 きっと女は、今まで一度も怒られたことはない。失敗したことはない。ポカンとした表情で緋村を見ている。
「すいません、取り乱してしまいました」
 この瞬間が、何度見てもたまらない。気取った金持ち連中に、現実の厳しさを教えてやるこの瞬間が。
「……そんな簡単に誰かが用意してしまったら、つまらないですよ。楽園ってのは、自分で創り出すものじゃないんですかねえ?」
 緋村は笑った。風が、快く吹いた。
2005-05-31 21:54:52公開 / 作者:流浪人
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■作者からのメッセージ
どもども、ものすごく久しぶりの投稿です!
ちょくちょく顔を出してはいるのですが、忙しくて感想がかけず申し訳ないですm(__)m
さて、そんな中での久々の作品。今回は人が死なないミステリーが書きたいと思いまして書いたわけなんですが、ちょっと盛り上がりに欠けたような気が……汗
のんびり雰囲気を出したかったんですが、逆にただの盛り上がりに欠ける作品に思われてしまうかもしれません。とりあえずこれから良い作品を書けるように頑張りますので、皆様の感想・批評などお待ちしています!!
この作品に対する感想 - 昇順
拝読いたしました。楽園かあ、あるものならあたしも行きた……いえその。
ん〜とですね、失礼を覚悟で申し上げてしまいます。短いなぁと。もうちょっと長めにしてきちんと最後、『オチ』をつけてもらったほうが読み手としては落ち着けたかな?なんて思ってしまいました。緋村が女社長の居所をつきとめて、さあどうなる、と物語にいよいよ入り込んだその瞬間に終わっちゃったような気がしたのですね。置いてけぼり感のようなものが。続くならむしろ次回が楽しみなんですが、SSということはこれで終わりなのですよね?ちょっと消化不良かな――なんてつぶやいてしまう失礼な読者でしたっ。失礼なこと言ってごめんなさい。設定は面白かったです。ただ緋村と女社長のやりとりを見せてもらいたかったかな、と。ああ、本当にごめんなさいえらそうな口をききまして。それでは次回作をお待ちしております。フォローするわけじゃないですが面白かったですっ。
2005-05-31 22:02:44【☆☆☆☆☆】有栖川
拝読しました。偶に何もしたくないなぁと全てを放り出しかねない京雅で御座います。うーん、有栖川様が既に書かれておりますけれど、短過ぎてミステリーって感じもしなければオチもないし……。と言うかですね、金持ちが自分の資産でただ暮らしてあげている(これが未成年なら問題はありますけど)なら、それが自分の意思である以上事件性の前に犯罪ですらないような気もするんですけど。失礼な事を書き綴りました、申し訳御座いません。もっと長編で読みたかったなぁと欲求をぶつけ、次回作に期待しております。
2005-05-31 22:24:48【☆☆☆☆☆】京雅
ミステリがどんなものなのかと言うのをはっきりとは認識していないわけですが、これはミステリじゃないのでは? 短かったのも要因ですが、物足りなさを感じました(オチも曖昧な気がしますし(読み取れてないのかもですが 結局緋村が何をしたかったのかなぁとかなり考え込む馬鹿読者でした。次回作を期待してお待ちします。
p.s 辛口すいません(ぺこ
2005-05-31 23:37:21【☆☆☆☆☆】影舞踊
羽堕です(o*。_。)o読ませて頂きました♪楽園かぁーそんな所があれば、ちょとだけ覗いてみたい気はしますね(〃'∇'〃)ゝ緋村が女社長と同じぐらい、私の方もポカンとしていたかも知れません(^-^;でも、女社長は酷い人だとは、私も思いましたね!人生に疲れてる人はまだしも、何かを変えたい、きっかけが欲しいと言う人間のやる気を無くさせているんだから(/ー ̄;)緋村は、本当にその顔を見るためだけにお金にもならない事をしたのか?という疑問も少し持ちました(゜o゜;文章全体としては楽しく読めました(>o<")では次回作、頑張ってください(。・_・。)ノ
2005-05-31 23:44:27【☆☆☆☆☆】羽堕
ミステリ好きなのであえて感想書こうか悩んだところですが。しゃしゃり出るのもなんだしなあ。まあ、そこには触れずに書こう。人が消える理由としては意外性あったんじゃないかな、と。読者が推理するまでもないほどに展開が早すぎる気もしますが。そんでもって緋村が語りだすのも唐突に感じました。楽園らしい描写があればもっとゆったりとした、のんびりした雰囲気が出せたと思いますよ。
2005-06-01 00:20:53【☆☆☆☆☆】clown-crown
金持ちの道楽でもいいから楽園があるなら誘って欲しいと思ったドンベです。拝読いたしました。とりあえずミステリ云々について(僕はミステリ好きなもので)、推理の材料を全て提示、その上で推理という物語の流れにすればミステリらしくなるのではと思います。そう言った意味で、今作はややミステリという言葉からは外れる気もいたします。しかし、単純に短編小説として捉えるなら、魅力的ではありました。惜しむらくは、中盤以降の物語の流れた急だったことかと思います。主人公が楽園にたどり着く過程をもう少し詳細に描いてもよかったのでは、と。最後の場面、主人公が声を荒げる部分についても、少し唐突な気がしました。主人公の心情をもう少し文章にすれば、この唐突感は消せるのではないかと思います。それから、「法律上」などの言葉をあまり簡単に使ってしまうと、物語が軽くなってしまう気もしました(自分にも言えることですが)。以上、楽園があったら誘っていただきたいドンベの感想でした。
2005-06-01 00:23:57【☆☆☆☆☆】ドンベ
皆様読んでいただきありがとうございました。非常にためになる感想が多く、次回作に生かせそうです。もともとこの作品は長編として書く予定だったのですが、如何せん時間が無いもので、以前から短い文章の中に伝えたいことを凝縮するという手法を会得したいと思っていたのでやってみたのですが、失敗でした。もしかしたらこの失敗を生かしていずれこのテーマで長編を書くかもしれません。それとミステリーうんぬんについてですが、一応自分も本格派と呼ばれる作品はあらかた読んでいるのでミステリーたるものが何なのかはわかっているつもりです。本当はもう少し長くする予定だったので、ミステリーという言葉を使ってしまったのですが、ちょっと失敗でしたね。申し訳ないです。次回作は懲りずに短編か、もしくは長編か……。けど次の長編を書く前に、以前の未完の作品を完結させたいとも思っています。皆様色々と参考になる意見をありがとうございました!
2005-06-01 21:22:49【☆☆☆☆☆】流浪人
読ませていただきました。正直に申しますと、「あれっ?」って感じで終わってしまいました。主人公が楽園に来て、さあ、これから物語が展開されるぞ。と言う所で終わってしまった感じ。変かな?と思った所は、主人公の容姿等が書かれていないのに「探偵は中年男が〜」と言うところと、「この事件に事件性は無い」というところ。「俺も行方不明になったんだ」というところ。ラストをキメて、それを活かす過程を。次回作も期待しています。
2005-06-01 21:47:05【☆☆☆☆☆】ずっぽぱ
作品読ませていただきました。短いですねぇ……オチも弱い感じがしました。もう少し女社長と緋村とのやりとりが欲しかったです。女社長が楽園に逃げた理由、緋村がどう探したかなど過程をもっと詳しく語って欲しかったです。そして緋村はもっと毒のある言い方をして欲しかったです。辛口の感想になってしまい済みませんでした。では、次回作品を期待しています。
2005-06-01 22:42:14【☆☆☆☆☆】甘木
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。