『大切なもの・守るもの』作者:スマイル / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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原稿用紙約25.08枚
               プロローグ

 八月十五日。夏休みのちょうど中間に当たる日。
 通常の学校であれば、私立、公立含め校舎そのものは閉まっており、校舎内には人影は見あたらない。このクソ暑い中、学校に来るのは部活熱心な生徒だけであろう。
 文化部の中でも夏休みに活動のある唯一の部、吹奏楽部はこの『市間高校(いちまこうこう)』には存在しない。よって、校舎内には人影は在るはずもなく、むしろ、在ってはならない存在であろう。なぜなら、締め切った校舎に影があるとすれば不審人物である可能性は高い。ところが、市間高の東棟の三階に、四つの動く影があった。
 そのうちの三つは教室の席に座っており、残りの一つは教卓前にたたずんでいた。
 夏休みの校舎に人影がある理由として考えられるものは四つある。
 『部活』『見回り教員』『不審者』そして、いつの時代でも学生達の敵である

 『補習』

 そう、勉強が出来なくてどうしようもない生徒達だけが受けるという特別授業である。
 補習はクソ暑い中勉強するだけに飽きたらず、一ヶ月と言う休みをむざむざと勉強で潰してしまう。だから必死で勉強する。でも、合格点に届かない。そんな生徒達が受けているのだ。
 教卓の目の前の席に座る影が二つ。教卓から見て右側が『門間 桔平(もんま きっぺい)』外見は一つの学校に一人はいるであろうさわやか系で、いつでも、どんなときでもニコニコ微笑んでいる強者である。
 教卓から見て左側に座っているのが『板本 裕(いたもと ゆたか)』オシャレ眼鏡をしたなかなかハンサムな男ではある――が、情報による世界征服なる野望を持つ、危険思想人物として周りからは危険視されている。
 そして、教室の一番のロッカーに腰掛けている、なんとも不真面目そうなものが居る。名を『佐伯 恭哉(さえき きょうや)』金の髪に、金色の瞳をしている。祖父が欧米人で、孫である恭哉に隔世遺伝したのだ。
 この三人のうち、二人は実は頭が悪くない。桔平はいつも学年順位三百人中百位以内には入っているし、裕に至っては時に一桁になることも珍しくない。本来なら家でごろごろしているか、何処かへ行って遊びに行っているはずなのだ。
 ――が。恭哉だけは別である。恭哉はいわゆる不良で、授業など全く聞いている様子もなく、寝ているか、ボーッとしているかだった。当然のごとく成績も悪い。学年では最下位。指導室に呼ばれることもしばしば。しかし、恭哉には取り柄があった。運動である。腕・足力両方ともずば抜けていて、運動会では常にトップに立っていた。ところが、恭哉にも不良になった理由がある。不良になる理由は人それぞれだが、一般的な理由は、環境である。恭哉もそんな一人であった。
 恭哉はその外見から、いじめられていた。幼稚園の時に、砂場に、浅くではあったが、埋められたこともあった。小学生の時には、ドッチボールの時、ガキ大将がどこからかボールを数球持ち出してきて、八方から何十発も当てられたこともあった。
 そして事件は恭哉が中学に入学して数日たった時に起こった。恭哉がいくら地毛だと言ってもあからさまに信じない先生が居た。その先生は指導室に恭哉を呼び出し、いびった。髪をつかみあげられ、宙に浮かされたり、殴り、蹴り。実にやりたい放題だった。その先生はストレスの発散のために、わざと恭哉の髪が地毛じゃない、染めたのだ、と言い続け、それを理由に発散し続けた。
 ある日、ついに恭哉はキレた。
 先生のいじめが始まって数回目の時だった。
 いつもの様にまず腹に当て身を一撃、恭哉に喰らわせたときだった。恭哉の頭の中で何かが音を立ててキレるような感じがしたのだ。その感じは糸が切れるような生やさしい音ではなかった。限界まで張りつめていたギターの弦が、いきなりナイフで切られたような、そんな感じだった。
 もともと、欧米人の血が流れている恭哉には腕力があった。やろうと思えばいつでも反撃できたのに。だが、恭哉はそれをやらなかった。やれば出来る、やればその場は凌ぐことが出来た――が。やればそれと同じ位、自分にも跳ね返って来る。それが幼い恭哉には本能的に理解できた。だからやらなかった。
 ところが、今、その枷が無くなったのだ。枷を外せば、どれだけ自分に返ってこようと受け止めることが出来る。俺にはその力がある。それが、体が成長しさらに腕力が日本人離れしてきた恭哉に理解することが出来た。
 そして、

 殴った。

 その先生を。力の限り。憎い、痩せこけたその頬にめがけて。一撃。
 先生は壁に打ち付けられた。何が起きたのか理解していない様子だった。そこへさらに

 一撃。

 利き足である右足で。つま先で。本当に大人なのかと疑わせるような細い腹に。
 その一撃で先生は血を吐いた。初めて見る、自分の力で吐かせた血。それがさらに拍車をかけた。
 その後。数十分に渡り、殴り、蹴り続けた。今までやられた分を一撃、一撃にこめて。
 そして、最後の一撃。これを喰らわせれば恐らくこの先生は死に絶えるであろう。そのことが頭では分かっていた。だが、止められない。頭の中の考えと、体は相反して動いた。最後の一撃を与えるために、肘を後ろに引き、高く上げ、拳を作る。左手は先生の胸ぐらをつかんで離さない。離してなるものか、と手が蒼くなるほどに服をつかんでいた。
 そして、右手を突き出――さなかった。否。出せなかった。恭哉の右肘をつかむ手。顔だけを振り向かせ、手の持ち主を確認しようとした。目線は手から肘へ、肩へ、そして、顔へ。
 恭哉の手を止めたのは学校一の秀才であり、小学校からの知り合いである門間桔平だった。知り合いであり、友達ではない。クラスがずっと一緒だったが、決して話すことはなかった。だが、いじめることもなかった。恭哉もその頭が羨ましかったぐらいであった。クラスの女子からは人気者で、頭も良く、顔もさわやかで格好良かった。だれもが羨んだ。恭哉もその一人。俺も桔平のように友達と話せたら――。などと淡い思いも抱いたこともあった。スポーツは出来たが腕力は強い方ではなく、腕相撲ではいつも負けていた。唯一勝てる腕相撲で勝ちまくり、桔平に勝った、と鼻にかける奴もいた。
 その桔平が今、恭哉の右肘をつかんでいる。それも、信じられないような力で。ぴくりとも動かない。
 桔平はしばらく右肘をつかんでいると、一言。こういった。
「殺す気か?」
 無論。殺す気など毛頭になかった。だが、止められない。だから、誰かに止めてほしかった。そして、止めてくれたのは桔平だった。
 その日から桔平と恭哉は親友になった。恭哉をいじめていた先生は恭哉に半殺しにされこそしたが、自分の暴力がバレるのを恐れ、辞職。
 親友の出来た恭哉は変わった。人と話すようになり、わずかではあるが勉強もするようになった。人と話すようになったもの桔平のおかげである。桔平は自分の友達に恭哉の家系のことを話し、不良ではないと主張した。秀才である桔平の言葉を皆が信じ、向こうから話しかけてくることも多くなった。運動能力が人よりずば抜けている恭哉は、初めて、純粋な尊敬のまなざしを受けた。まんざらではなかった。
 そして、恭哉は思った。

「親友とはいいものだ」

 、と。
 そして、現在に至る。
 
 教壇の上に立つ長身の教師、『小野田 武二(おのだ たけじ)』は、今年七十三になる高齢教師だ。外見は白髪に、少し長くのびた白い髭。彼には“ダンディー”という言葉がよく似合う。生徒に対し、いつも生徒側になって考えてくれるいい教師だ。“あの事件”が起きてから大の教師嫌いになった恭哉すらも認めるほどにいい教師だ。
 その小野田教諭がついにしびれを切らした。
「あ〜、佐伯君? そろそろ補習を始めたいので、ロッカーではなく、椅子に座ってほしいんだがね?」
 のびりとした、しかし、はっきりとした声で「命令」ではなく「お願い」をした。ここで立場を、教師>生徒ではなく、教師=生徒、として話しかけるのは流石と言えようか。
 流石の恭哉も認めた教師だけあって「言うこと」ではなく「お願い」を聞くことにした。
 ロッカーから降り、一番後ろの席に腰掛ける恭哉を見て、小野田教諭はにっこりと微笑んだ。この時、恭哉と小野田教諭と目が合い、照れを覚えた恭哉は即座に、目線をずらした。
「あ〜、二人とも済まないね。では、早々に補習を始めるとしよう」
 アブラゼミの鳴き声が教室中に響き渡る。


 ? 広場と少女  


 ♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪
     人は皆誰かのために生きている
      どんなに孤独の人生でも
    僕は確かに誰かのために生きている
         理由はない
        心がそう感じる
     守るべきものが見つかったとき
      僕はさらに強くなれる
     “それ”を守ろうと強くなる
       どこまでもどこまでも
      例え自分が傷ついたとしても
        忘れることはない
    大切なものを守ると言う気持ちだけは
 ♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪



 恭哉の好きな曲の中のワンフレーズだ。恭哉はなぜかこの曲が大好きである。何故かは分からない。たが、見当は付く。
 “守るべきもの”
 この言葉がやけに頭の中に響いた。それはきっと、恭哉が心の何処かで探しているから。なにか、命をかけて守れるような、大切な何かを。



 補習が終わり、用事があるという桔平と裕と別れ、一息つこうと恭哉は近くの公園に向かっていた。夏場の公園はいい避暑地である。緑が多いので日陰も多く、気温も二、三度低い。一息つくには格好の場所って訳である。
 恭哉が向かっているのは『市間第五公園』である。そこは、第八公園まである市間公園の中で一番緑が多い公園である。――というか公園の外周の半分は森に面しているのである。よって、公園と外の気温差は二、三度どころか五、六度は低い。
 公園に面している森の中には恭哉のお気に入りの場所がある。そこは、少し開けていて野草も伸びていなく、芝生くらいの短さである。日当たりも良く、地面もふさふさとなればそこはもうベッド。時々、本気で寝入ってしまい、起きたら十時近くなっていたこともあった。
 補習で疲れたので今日はゆっくりと寝よう、などと考えつつも森の中へ入って行く。緩やかな登り道になっているところを数分歩いたところで、草の向こうに少し明るい場所が見えてきた。
 やっと着いた。
 そう考え、この草をかき分ければ広場が見えてくる、という草を両手を使って左右にかき分けた。
 普段ならばそこは何もない広場。恭哉が三人寝ることが出来るか否かと言うだけのスペースにいつもならば何もない。時々野良犬が寝ていることが在るぐらいのことある。だが、その狭い広場の中に白い影が一つ。
 少女がそこに寝ていた。
 身長から察するに年齢は一桁後半がいいとこであろう。白髪に紫がかった人形のような感じである。草の上に好き放題に広がっている長髪は、少女が立てば腰辺りまで来そう長さだ。白いワンピースに、茶色いチェックのストールを羽織っている。
 恭哉の思考が数秒間停止する。その間、様々な思考が繰り広げられる。
 ――先客? 否。此処は誰も知らないはずだ。
 ――ならば迷い込んだ? それも否。少女が何故一人で此処にいて、しかも眠っている?
 ――捨て子? これも否。捨て子にしては服装がきれいすぎる。
 ――家出か? さらに否。家出ならばこんなに安らかな寝顔で寝ては居まい。図太い奴ならばありえそうだが、外見からして考えづらい。

 ――結論。 邪魔であることに変わりなし。
 ――どかすか。

 草をかき分けたまま停止していた手を動かし、広場のなかに一歩踏み出した。そのときだった。
 恭哉の踏み出した右足が何かを踏んだ。細い糸らしきものだった。
 恭哉がひもらしきものを踏むと同時に空き缶の音らしき、独特の空洞音が響き渡る。石でも入れてあるのだろうか、石同士がぶつかり合う音も微かだが聞こえる。
 その音に安らかな寝顔で寝ていた少女が目を覚まし、飛び起きた。
「!!」
 少女は飛び起きるや否やにとがった石を恭哉めがけて投げてきた。
「ちっ!」
 これを恭哉は左足を大きく後ろに回し、体をひねり、回避する。小柄な少女からは見当も付かないスピードだった。恭哉の左を通り過ぎた石は恭哉の後ろにあった木へと突き刺さる。否。めり込むと言った方が正しい。親指一つくらいの小さな石ではあったが、完全に木に隠れてしまっている。
 ――これを……こいつが投げたのか? あいつの背後に誰か居る気配もない。間違いなくこいつが投げた。だが……この威力、あたれば多々では済まないぞ。
「何のつもりだ? ガキが」
 灸を据えてやろうと、少し脅しの入った声で問う。
「っ!! ……私を捕まえに来たんじゃないの?」
「――生憎と、ガキをとらえて楽しむ趣味は持ち合わせていない。俺はただそこで寝たいだけだ」
「……寝る?」
「ああ。そこは俺の寝場所だ。下らねぇ勘違いはよせ」
 恭哉のあまりにも少女に対する関心のない態度に安心したのか、鋭い目つきが徐々に薄れていく。しかし、まだ警戒を解ききってはいない。確認のために再度質問をした。
「私が不思議じゃないの? 年端もいかない私がこんなところにいるなんて」
「興味ねぇな。失せな。安眠の邪魔だ」
 質問を強制的の終了させ、少女のいる広場のちょうど真ん中にあたるところへと歩んで行く。
「っこ、こないで!」
 躊躇もなく向かってくる恭哉に恐れたのか、足下にあった石を拾い上げ、振りかぶった状態で止める。これが通常の少女であったのならば何とも思わない。そばに行き、取り上げて終わりだ。だが、先ほどのものを見せられてはそうはいかない。木にめり込むほどの速度だ。人間など下手したら貫通する。
「何故貴様の言うことを聞かねばならない? お前がどけばいい。俺はお前がいる場所に用がある。お前などに用はない」
 そう言うと、恭哉は尚も歩いた。
「…………」
 恭哉が一歩近づくと、少女も一歩下がった。そして、最後には少女が寝ていた場所に恭哉が寝転がった。
「……ねぇ」
 恭哉から数歩離れたところで、恭哉の行動を観察していた少女は、不意に訪ねた。
「隣で……寝てもいい?」
 この問いに、恭哉は左目だけを明けて少女を見た。しばらくそうしているとやっと、こう答えた。
「……俺の安眠を妨害しないのなら、好きにするがいい」
 その言葉に少しだけ、ほんの少しだけ、少女の顔が明るくなった。その後、ゆっくりと恭哉の傍まで歩み寄り、同じように寝転がった。
「名前……なんて言うの?」
「安眠の妨害をするなと言ったはずだ」
 少女の言葉にも冷たくあしらった。
「そう……だね。ごめんなさい」
 その声からは、心の底から謝る感じであった。まるで、やっと会えた親しい人に冷たく扱われたときのように。
「……ちっ。恭哉だ」
「え?」
「佐伯恭哉だ。もう言わねぇ」
 目をつぶりながらも、面倒くさがりながらも恭哉は少女に名前を教えた。そのことが相当うれしかったのだろう。少女の顔には笑みが浮かんでいた。その顔はとても美しく、少女とはとうてい思えないほど美しかった。
「あたしの名前はね。『ミシア=メドーラーク』って言うの。変わってるでっしょ?」
 自分の名前の説明ごときでとてもうれしそうにするミシア。恭哉はどう接したらいいのか分からなかった。
 だから、一言、こう言った。
「興味ねぇ」
 ミシアはしばらくくすくすと笑っていた。



 目を覚ますと、そこは闇。辺りには何も見えない。かろうじて見えるのは自分の手のみ。
「……また寝入ったか」
 右手の腕時計に目をやる。時刻はPM十時五分。どうやら大分寝入ってしまったらしい。時間にしておおよそ六時間。恭哉の通常の睡眠一回分に相当する。疲れた状態でここに来ると時々こういう事がよく起こる。その後は大抵徹夜になる。――と言うより眠れないので起きているだけだ。
 流石に十時ともなると、腹部に空腹を感じた。当然だ、昼飯を食べたのが十二時半前後。十時間近く何も口にしていないことになる。
 ふと、自分の左側に目を向ける。何もいない。先刻此処で出会った謎の少女、ミシア=メドーラークは帰ったようだ。帰ったところを見ると、どうやら家出少女ではないらしい。
 ――どうでもいいんだがな。
「……そろそろ帰るか。腹も減ったしな」
 半身だけ起こしていた体を、下半身ともに全部起こし、立った。
 ――……? なんだ?
 体に妙な違和感を覚えた。足がふらつく。今までにこんな事はなかった。生まれてこの方、けがをしたことは数多いけれども、体そのものは健康そのものだった。風邪を引いたこともなかった。周りからしてみれば以上なのかも知れないが、恭哉はただ体が頑丈なだけだと思っていた。
 二、三分ジッとしているとふらつきもなくなって来た。
 ――……寝過ぎたか?
 それほど気にとめるわけでもなく、恭哉は広場を後にした。

 広場と公園は八百メートルほど離れている。そこを進むには歩いて数分。走って一、二分程度はかかる。
 別段急ぐわけでもないので歩いて進む。森と言っても別に険しい道なわけではない。ただ、ちょっと面倒なほどに伸びきった草が邪魔になるだけである。それさえ手でかき分けてしまえば楽に進むことが出来る。
 ちょうど中間あたりまで進んだ頃だろうか。ふと、公園の方の空を見上げるとうっすらと灰色の煙が見えた。暗いので良くは見えないが、確かに煙と確認できるものではあった。
 ――……火事か?
 面倒なことは避けようといつも通り無視して進もうと決めた。
 公園まであと数十メートルの辺りまで来たときだった。草の隙間から公園が見えた。見えたものは公園の遊具である滑り台、ブランコ、最近はあまり見かけなくなったシーソー、そして、“白い影”。恐らくそれは――。
 ――ミシアとか言ったか。
 恭哉の視力は三. 二。そして、動体視力は時速二百キロ以内ならはっきりと見ることが出来る、驚異的な眼力である。その恭哉の目に写るのは、白のワンピースに、茶色いストール。間違いない。
「……帰ったんじゃなかったのか」
 気にせず森から出、一歩踏み出したときだった。
 ミシアの奥に見える複数の黒い影。その異形は外国の特殊部隊を彷彿させるものであった。暗すぎてはっきりとは分からないが、黒タイツのようなぴっしりとした服でほぼ全身を覆っていて、特殊ゴーグルを身につけ、なおかつ、此処が日本ではない、と錯覚させるようなごつい銃。
「こちら――班。未確認の――を捕捉。恐ら――のもの―思わ―ます」
「了解――もろとも――せ」
「任務―解」
 これも遠くてよく聞こえないが、多少なりは聞き取ることが出来た。
 ――何の話だ?
 そう考えた瞬間。
 銃声。
「!! ちっ」
 恭哉の足下に数発の銃弾が撃ち込まれた。威嚇射撃だったのか、よける必要もなかった。
「!? 恭哉!? なんでここに!?」
「……」
 沈黙と同時に黒い影をにらみつける。恐ろしいほどの殺気を込めて。
「……ケンカなら――」
 黒い影に見えたのは恭哉がしゃがんでこっちに向かおうとした瞬間のみ。瞬きをし、目を閉じ、開けたときには、恭哉が目の前にいた。
「――買うぞ?」
 そう言うか否やの一撃。 
 恭哉の右拳は見事に黒い影の一人の顔面にあたった。恭哉の一撃をもらった黒い影は数メートル奥へと吹き飛ばされる。左右にいた黒い影は唖然とし、銃をさっきまで恭哉がいた場所に向けたままで動かない。
 恭哉から見て、さっき殴り飛ばした黒い影の右側にいた奴を、勢い余って浮いている右足でかかと落としを喰らわす。これも一撃の下に撃沈。
「三人目」
 即座に体制を立て直し、左拳を左にいる黒い影の土手っ腹にぶち込む。角度的に斜めから拳が入ったので、体は“飛ぶ”のではなく“浮いた”。
「次は、と」
 三人目を飛ばしたあと、すでに後ろ側にいるミシアの方向を向く。そして、先ほどと同じような体制を作り、今度はミシアの方へと走り出す。
「きょ、恭哉?」
 ミシアが言葉を言い終わる前に恭哉はミシアの横を過ぎていた。ミシアの横を通り過ぎた恭哉は森の方へと突っ込む――と思いきや、近くの木に登った。否。駆け上がった。手を使わずに、勢いのみで。
 登り切った直後、恭哉と入れ替わるように落ちてきた黒い影。恭哉がたたき落としたのだろう。自慢のゴーグルが原型をと止めていなかった。木から落ちた黒い影の所有していた無線機から声が聞こえる。
『な、何なんだこいつは! こんな奴がいるなんて聞いていないぞ!』
『と、とにかく! 少女だけは捕らえろ! バケモノは放っておけ!』
「次」
 今度は瞬時に木から飛び降り、またミシアの方へと向かう。黒い影が直接ミシアを狙ってきたからだ。
 黒い影がミシアの元にたどり着く前に、恭哉が立ちはだかった。体を後ろにひねり、その反動で右膝を振り上げ、蹴る。向かってきた黒い影が、今度は十数メートル吹っ飛んだ。
『ダ、ダメだ! 勝てない! なんなんだあいつは!? ぜ、全員退避! いったん体勢を立て直す!』
 よほどあわてているのだろう。無線機を通さずとも地声が公園中に響き渡った。
「……逃がすと思うか?」
 ミシアの視界から瞬時にして恭哉が消える。やっと恭哉を確認したとき、恭哉は公園出口付近で黒い影の一人の頭を踏んでいた。
「ケンカ……。売っておいて逃げるな……。それと……俺を襲った理由も聞かせて貰おうか」
 ヤクザ顔負けの気迫と、ドスのきいた声だ。この声で一体何人の人を脅すことが出来るだろうか。そう思わせる気迫だった。
「バ、バケモノめが……き、貴様に教えることなど何一つ無い……グッ!」
 最後のうめき声のあとに、口の端しからどす黒いものが流れ出てきた。
「……舌をかみ切ったか。バカな奴だ。……おい」
 頭から足をおろし、ミシアの方へと向き直った。そして、問う。
「どう考えてもお前が関係していそうだな。本来なら、『どうでもいい』で済ませるが、俺まで襲われた。この落とし前はつけさせて貰う。何時間かかってもいい。説明しろ」
 恭哉の問いにミシアは表情を暗くした。両手を胸元で組み、顔をうつむかせる。
「今なら……今なら無かったことに出来る。今後あたしに関わらなきゃ大丈夫だから。だから……」
「俺が……いつお前に関わると言った? 売られたケンカは買う。それが俺の主義だ」
「……」
 それでもミシアは黙り続ける。関わることをどうしても拒むかのように。
「……ちっ。明日だ」
 しばらく時間が過ぎ、先に恭哉の方が折れた。もともと恭哉は気が長い方ではない。
「――え?」
「明日話せ。今日のところは俺のアパートに泊めてやる」
 ミシアの顔に戸惑いが見える。当然だ。恭哉とは会って六時間ちょっと。話した時間は数分程度。信用しろという方が無理である。挙げ句に、泊まるなんて出来るはずもなかった。
「で、でも……」
「だから。俺がいつお前の意志を聞いた? 有無を言わず来ればいい」
 そう言うと、強制的にミシアの腕をつかみ、連れ出す。ミシアもあまり抵抗はしなかった。何故かは分からないが、何故か信用できる気がした。恭哉ならば……。
 公園の出口で、ふと公園を振り返った。
「…………消えている?」
 恭哉が倒した六人の黒い影は消えていた。銃痕も見あたらない。
「……ちっ。長い話になりそうだな、ミシアよ」
「…………」
 アパートについてもミシアは一言もしゃべろうとはしなかった。
 
 
2005-05-16 23:44:42公開 / 作者:スマイル
■この作品の著作権はスマイルさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
――はい。スマイルです。えっと……ごめんなさい。皆さんの言いたいことは分かります。前の作品をとっとと仕上げろ、と。でもごめんなさい! 構成は出来ているものの、文才が足りなく、書き上げるに至っておりません。スマイルという存在を忘れられないためにも、倉庫に入っていた作品を少しずつ載せていこうかな、と。改良も加えますが……。なので感想&指摘も受け付けております。ブーイングは受けませんw 前作の方はできあがり次第載せたいと思います! 部活が始まってしまったので長引きそうですが……。けれども、失踪だけはしないように頑張りますので、どうか、見捨てないでいてやってください!
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、京雅と申します。指摘と言うか、気になった事を連ねます。若しかすると読解力に劣る私の誤認という事もあるので、その時は謝罪します。先ず恭哉以外の二人が補習を受けていた理由が解りませんでした。そしてそのシーンがあるからなのか、その後の展開と恭哉の性格に違和感を覚えてしまっております。異常な強さとか、まあそういうのは続きを読んでいけば解っていきますよね?失礼な事を語って申し訳御座いません。(おそらく)かっこいい恭哉がこれからどうなっていくのか、楽しみにしつつ次回更新を待ちます。
2005-05-17 00:06:24【☆☆☆☆☆】京雅
作品拝読させて頂きました。オープニングの緩やかさから途中からのスピード感ある展開は小気味良いですね。朝っぱらから面白かったと余韻に浸っています。プロローグのため世界観のようなものははっきり見えませんが、これからの展開が期待されます。でも、恭哉は強すぎないでしょうか。もし特殊な力があるのなら前の部分で示唆する描写があっても良かったと思います。でも、この力がミシアによって与えられた物なら、このままでも一向に構いませんが。ところで連載の方はどうなったんです? 読んでいたんですよ。では、次回更新と前作の更新も期待しています。
2005-05-17 08:11:20【☆☆☆☆☆】甘木
甘木さん・京雅さん。読んでくださってどうもです。
【甘木さん】
 すいません。プロローグの方でもう少し描写をしておけば良かったと後悔しております。連載中の方については、「作者からのメッセージ」を読んでいただければ分かると思います(マテコラ
【京雅さん】
 補習の方は今後の展開に利用しようと思っていたらしいんですがなにぶん過去の作品のもので(ぇ 思い出しつつも利用していこうと思います。にしても、やはり突拍子過ぎましたね。読みにくくて申し訳ありませんm(_ _)m
2005-05-17 21:19:07【☆☆☆☆☆】スマイル
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。