『物語の紡ぐ世界と子供【読みきり】』作者:輝月 黎 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 死んじゃえ。
 もう、何もかも死んじゃえ。
 私なんて死んじゃえ。

 心の奥底で、そうやって、ひとりの私が痛いくらいに跳ね回ってた。

 消えちゃえ。
 世界中の全てが消えちゃえ。
 何もかもなくなっちゃえ。

 恐ろしい筈であるその言葉は、深く響かない。
 ただ淡白に胸に溜まって、閉塞感ばかりを生み出す。
 苦しいよ。やめてよ。
 自分自身に嘆願してみて、あまりの馬鹿らしさに吐く息が震えた。

 もういらない。
 こんな世界、いらない。
 かつては私が愛しつくり育てた世界。
 でも今はもう、いらない。
 昔……遙か昔。
 最初はあんなにも美しかったのに。
 今はこんなにも汚い。醜い。
 見ているだけで心が苦しい、こんな世界なんて。
 死んで。
 消えて。
 なくなって。
 リセットして。
 何もない、あの心地よい混沌の状態に戻して。
 白くも、黒くも、熱くも、寒くも、丸くも、四角くも、光も、闇も、物も、空間も、おおよそ感じるものがなにもない、あの状態に。
 帰りたいよ。
 ……返してよ。
 汚くなった世界、あの状態に、還してよ。

 
 一人の子供が、そんな残酷なことを願って、膝を抱えて俯いていた。
 性別すら分からない、ひとりの子供。
 粗末な衣に包まれる肌は、滑らかな白。
 深く悲しみの色を宿しているのに涙のこぼれない瞳は、陽光の黄金色。
 歪む表情を覆い隠す肩口までの髪は、夜闇の漆黒。
 その小さな子供は、細い腕に、一冊の本を抱えていた。

 子供がいるのは深い深い緑の森。
 植物以外の命など存在しない、深すぎる森。
 煩い筈の精霊も介入できない、“不可侵”の結界の森。
 現実社会と表裏一体でありながら……全く別の、禁忌の場。
 子供はずっとここにいた。
 光と闇がひっそりと巡っては消える、この緑の中で。
 永遠にも似た時間を、ずっとここで過ごした。
 ずっと、ひとりで。

 ――現実社会の言葉で言えば、子供は『神』だった。
 世界を構成し、そして徐々に育み、見守る――創造神。
 現実社会では、子供はいつでも祈りの対象であり、至高の存在である。
 だが、その『祈り』も『畏敬』も、子供には届かなかった。
 ……何しろ、『現実社会』は。
 子供の抱える、本に書かれていることでしかないのだから。



 昔。
 子供は、何もない世界……感覚に訴えるものが何もない場所に、ただあった。
 何もないところに、何もしないで、ただ存在していた。
 いい加減退屈だったが、それが当たり前だったから、さして何をしようとも思わなかった。
 そんな状態が一体どの位続いた頃だろう……いや、時間すら存在しなかったのだから、それが、“始まり”。
 不意に、それまで全く役割のなかった五感が働き出したのだ。
 一冊の……ある一文以外には何も記されていないまっしろな本が、目の前に現れたから。
 その一文は、こう言っていた。
  “物語を記せ”
 面白い。
 そう思った。
 ただいざ何か書こうと思っても、この何もない所では書くものがないと、自然に……そう思っただけなのだ。
 だから、つくった。
 どこをどう、と言うはっきりしたことは分からないが……
 退屈しない、世界をつくった。無いから、つくった。それは子供らしい単純な発想だった。
 まずは『空間』を。
 次には『時間』を。
 そして、大地を、海を、空を、風を、炎を、水を、次々と美しい形で生み出した。
 そんな中で、子供は考えたのだ。
 ――自分以外の、意志を持つものを作りたいと。
 それが“精霊”や“元素神”の誕生。
 単純に、生み出したものに意志を与えたらそれが出来上がった。
 そして、そんな『命』の成功に考えた。
 ――元素の力の無い、ただ純粋な意志を持った、『命』が欲しい。
 それが純粋な『命』の誕生。
 それによって次第に……自分が手を下さずとも、命によって自然に彩りが増える世界。
 それはとても、楽しかった。日々変化に富んでいて、『命』等が毎日新しい発見をするのを、わくわくして見ていた。
 とても、美しくて、楽しい世界。

 ……だから子供は純粋に、それだけを記した。
 物語を記せと言われた、まっさらな本に。
 題名の所に、記したのだ。
 『命の意志で紡がれる世界の物語』と。


 それが、
 間違いだった。


 “世界にある命が紡ぐ物語”。
 ……それ即ち、子供にその『物語』に干渉する権利を完全に消し去ったと言うこと。
 子供が望むことによって『命』が生まれたのだ……、子供自身は、『命』ではなかったのだ。
 だから、暴走した。
 子供は作り出しただけだった。
 ……だから、それ以上の。自分の抱える『世界を思う心』を、与えるのを忘れていた。
 だから……だから、美しい、子供の愛した世界は。

 愛した筈の命によって、狂い、均衡を崩し、汚れていった。



 死んじゃえ。
 命なんか死んじゃえ。
 汚い世界なんか死んじゃえ。

 物語が紡がれ終わることはない。
 ……それは、子供の『不満』を紛らわせる為に、生まれたものだから。
 決してもう愛せない世界の物語を綴り続けても、子供を楽しませることは出来ないから、だから終わりなき物語は日々紡がれて行くのだ。
 子供が望まないからこそ。
 物語は終わらない。

 
 死んじゃえ。
 命なんか死んじゃえ。
 世界なんか消えちゃえ。
 私なんか死んじゃえ。


 思うが、自分は死ねない。
 世界にある命ではないから、『果て』がない。
 だからこの狂った世界は……物語は、ずっと綴られ続けるのだ。


 だから、涙すら忘れ、子供は思うのだ。
 世界よ果ててしまえ、死んでしまえと。

 だが、『現実社会』の命等の『祈り』が届かないように。
 子供の祈りも、『物語』に届かない。



 明日も、物語は進むのだ。
 狂ったまま。
 つくった子供の意志など関係なく。
2005-05-07 16:35:12公開 / 作者:輝月 黎
■この作品の著作権は輝月 黎さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
以前雑談板で話題になっていた、『何もない空間』ってのを書いてみたかったので。

……すんません、意味不明でしかもこれっきりの単発です。続きは在り得ませんので悪しからず……(涙
ってか本気で訳分からないんですけど……。何が言いたいんだか……。
この作品に対する感想 - 昇順
読み切りで短いので、オチのつく話かなぁと勘違いして読んでいました(これは私の責任で御座います)。孤独(彼は初め孤独を知らなかったようですけど)な子供が作った世界諸諸云云。確かに短編の物語としては意味不明かもしれませんが、題材が「何もない空間」だと言う事ですし、個人的には読み進めるだけで面白かったのでよしとします。え、偉そうな私をどうかお許し下さい。意識だけが存在する空間、それは何もないとは言えずとも、その意識にとっては何もない空間であり云云……。語ると長くなるので抑えておきます。では次回作と連載のほう、期待して待ってます。
2005-05-07 16:55:22【☆☆☆☆☆】京雅
『何もない空間』何となく判るなぁって感じでしょうか。感想は書きにくいというか、何を書けばいいのか書き始めてから慌ててるユズキです。感想を書かせて頂くのははじめましてです。「汚くなった世界」つくってしまったのは私達人間なんですよね。ときどき考えること、人はどうして生まれたのか。世界が壊れるのを世界は望んでいるのか。そしてこの作品を読んで最後に思うことは「このまま進み続け世界はどうなるのか」でした。あ、作品自体の感想書いてないですね。えっと、全体通して自分の好きな雰囲気でした。考えさせられる作品でしたし、子供の悲鳴がいい雰囲気だしてると思いました。
p.s 何だか意味不明な感想になってしまい申し訳ないです。
2005-05-07 16:57:52【☆☆☆☆☆】ユズキ
読ませていただきました。創造神が子供だというところで、面白い設定だなぁとうんうん頷いてました(笑 これが現実の片隅であれば面白いよなぁと勝手に想像膨らませてます(マテ 何もない空間と言うのは、本当に想像できない。全くわからない空間です。おそらく人間には想像不可能だと、勝手に影舞踊は思っております。次回も頑張って下さい。
2005-05-07 21:45:55【☆☆☆☆☆】影舞踊
【現実社会】が【物語】だって? 物書きらしい発想ですな。なんだかRPGの取説の冒頭にある世界観を知るためにあるけど誰も読まないような、あの文章に似ている。いい意味でも悪い意味でもなく、ただ、歌のようでした。
2005-05-07 23:10:34【☆☆☆☆☆】clown-crown
やっかいな作品だ。感想が書き辛いですよ。冒頭は詩のように美しいのに後半は意図しないで創ってしまった世界への恨み。一種、至高の無への回帰願望のようにも感じられ、異端系キリスト教の世界創設神話を読んだ気分です。では、連載並びに新作を期待しています。
2005-05-07 23:44:19【☆☆☆☆☆】甘木
計:0点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。