『涙雨』作者:あいね。 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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泣いている。

外で誰かが泣いている。
哀という深みに落ちたように、重く…そしてどこか切なげに泣いている。
何故に泣く?
そっと窓の外を覗く。
…違う。雨だ。雨が葉を叩き、泣いているように聞こえていたのだ。



今日は何曜日だ?
佐宮(サノミヤ)はカレンダーを見上げた。しかし、日にちさえわかっていない佐宮に曜日がわかる筈もない。
どうでもよくなり寝転ぶ。いくら185cmあるという佐宮でも十分すぎる大きさのベッド。
佐宮は無性に気持悪くなり、ベッドから下りると、風に当たろうと外に出た。
マンションの裏に広がる、いわゆる散歩道に出てみる。人通りはなく、とても静かだった。
台風が近付いているせいか風は強く、体にねっとりとまとわりついてきた。

昔はこの風が怖かった。自分から全てを奪ってしまいそうで…。でも今は逆に心地よかった。
いっそこのまま風にまかれて何処かへ行ってしまいたかった。もう自分には失うものさえない…。
ふとそう思った自分に佐宮は嘲笑(ワラ)えてきた。

通りの隅にあるベンチに腰を下ろした。
風が、伸びた髪を揺らす。

あれから幾日経ったのだろう。あれから自分はどう過ごして来たのだろう。
佐宮はふと考えた。
最初のうちはまだよかった。仕事も、がむしゃらにだが課せられたコトはこなしていった。
何も考えていたくない。何も思い出したくない。
ただその気持ちだけが佐宮を支えていた。
そして、家に帰ることなく会社に泊まる日が続いたのだが、無理がたたったのか、ついには倒れてしまった。
給湯室で倒れていたところを同僚の凪下(ナギシタ)に発見され、自宅療養を勧められた。
だが、家に一人でいると言い知れない不安が押し寄せてきて・・・ひどい虚無感を感じた。
佐宮は自分が失(ナ)くなる気がした。

それからは堕ちる一方だった。
何もかもが無意味に見えてきた。
朝目覚めても何もする気になれず、ただ座っているだけでも半日は過ごせた。
空腹感はあるものの何かを口にするのも面倒くさかった。
それでも凪下に食事だけは摂るよう再三言われ、凪下の妻、優衣(ユイ)が食事を持って来てくれる二日に一回だけが佐宮の食事の時間だった。
今も自宅療養の最中だが、もう会社なんかどうでもよくなっていた。
もっと言えば生きることさえどうでもよくなっていた。
生への執着などなくなっていたのだ。



―なんで俺はまだ生きているんだろう…?


この疑問ばかり浮かんでくる。
もうこの腕にアイツを感じることはないというのに…。
佐宮はうつむくと目の前に手を広げてみた。長身のおかげか大きな手だった。
ふと、どこからか懐かしい匂いがした。

―アタシ、由貴(ユタカ)の手、大っきくて好きよ!

佐宮は驚いて顔をあげた。声が聞こえた。とても懐かしい声が…。
いや…そんなはずはない。
佐宮は首を振ると、自分に言い聞かせるように呟いた。
「アイツはもう…ココにはいないんだ。」
すると、目の前を一人の女性が通った。
あの果物の甘酸っぱい香水の香り…短く切り揃えた髪…真っ直ぐに背中を伸ばして歩く姿…。
「咲貴!」
とっさに佐宮は叫んで走り寄ると、その女の腕を掴んだ。
動悸がして、手はいつのまにか汗ばんでいた。
「誰ですか?」
女はびっくりして振り向いた後、怪訝そうな顔で佐宮を見た。
佐宮の体格が手伝ったのか、怯えた表情が隠せない。
よく見ると年頃も背丈も違うし、何より佐宮が一番好きだった瞳が違う…。
なんで見間違えたんだよ。
大切な人を間違えた自分に可笑しくなった佐宮はふっと笑い、一つのことに気づいた。

――アイツがここにいるわけないじゃないか。

佐宮は肩を落とし、手を離すと、詫びもせずベンチへと戻った。
女は佐宮を訝しんだ目でしばらく見ていたが、大して害もないと思ったのか去っていった。
「はぁ…。」
佐宮は音にならないため息を洩らすと頭を抱えた。
自分の惨めな姿があまりにも滑稽で自嘲の笑みがこみあげてくる。
「何やってんだ、俺は。」


気がつくと小さな女の子が目の前に立っていた。
不思議そうに佐宮の顔を覗きこむ。歳の頃は7才か。
佐宮を見上げるその黒い瞳は、くるくると動き、せわしない。
その目がとても愛らしく、どこか安らぎをくれるようで佐宮は優しく微笑みかけた。
「こんにちは。」
話しかけてくると思っていなかったのか、女の子は少々驚いていたが、すぐに満面の笑みで応えた。
「こんにちは!オニイチャンの手、大っきいのね!ホラ、あたしの手なんてこんなに小っちゃいのよ。」
そう言うと、女の子は佐宮の左の掌と自分の左の掌を合わせて見せた。
佐宮はドキッとした。
目を見開いて動けないでいると、いつのまにか隣に座っていた女の子がポツリと言った。
「オニイチャンの手、お父さんのみたい…。」
そう言いながら自分の小さな手を握りしめていた。
肩を震わせながら、力いっぱい目をつむる様子は、こみあげてくる熱いものを必死に堪えているようだった。
おかっぱに切り揃えられた髪が風に揺れた。
佐宮はかける言葉も見当たらず、ただじっと少女を見ていた。
しばらくすると少女は、少し落ち着いたのか話し始めた。
「アタシのお父さんね、お空のお星さまになったの。アタシがお姉ちゃんだから、泣かなかったから、お星さまになったの。」
そう言うと一旦呼吸を置くように言葉を切った。
佐宮には言っている意味がまったくわからなかった。
「お母さんが言ってたの。」
少女はまた口を開いた。
「お母さんがね、アタシが泣くと赤ちゃんも泣いてお母さんも泣いちゃうから、泣いちゃダメって言ったの。」
話の筋からすると、この子の父親は死んだのかな。
黙って耳を傾けながら、佐宮は考えた。
少女は続けた。
「それでね、みんなが泣いちゃうとお父さんも泣いちゃうんだって。
 お父さんも悲しくなって泣いちゃうんだって。」
佐宮は訳がわからなくなった。
泣いちゃう?父親は死んだんじゃないのか?
「お父さんは…どこにいるの?」
「お父さんはお空にいるの。それでお星さまになったの。」
「どうしてお父さんが泣いてるってわかるの?」
「雨。雨が降るのはお父さんが泣いてるからなんだって。あのね、お父さんは風になったの。」
お父さんがなったのはお星さまじゃないのか?
佐宮はますます訳がわからなくなったが、黙って聞くことにした。
「お父さんは風になって、お空に行く準備をするの。
 でもね、その間にアタシたちが泣いちゃうとお父さんも悲しくなってお空に行けなくなるの。
 お空に行けなかったらずっと悲しいままで笑えなくなっちゃうんだって。
 お父さんが泣いちゃうと雨が降ってばかりで晴れないの。
 雨はお父さんの涙なんだって。
 お父さんには笑ってほしいから、だから、アタシたちは泣いちゃいけないの。」
やはり父親は死んでいるようだ。
大切な人を失った…。
こんなに小さいのに泣けないなんて、どれだけの努力が要ったのだろう。
佐宮は胸が熱くなった。
少女は言葉を続けた。
「でもね、泣かないだけじゃ駄目なの。
 アタシたちの心の中が暗いままでもお父さんはお空に行けないんだって。
 だからアタシたちは笑っていないといけないの。
 最初のうちは難しかったけど今はお父さんのこと思い出しても悲しくないのよ。」
悲しくない…?ナゼ?大切な人を失ったのに?
いつの間にか佐宮は、この幼い少女の話に惹かれていた。
「お父さんがいなくて寂しくないの?」
「寂しい時もあるけどそれは違うの!お母さんが言ってたの。
 それは寂しさじゃなくて恋しさだって。」
『寂しさ』じゃなくて『恋しさ』…。
佐宮は口の中で反芻してみた後、ふと思ったことを尋ねてみた。
「お父さん、いつからいないの?」
少女は瞳だけを上に向けて指を折り、数えた。
「えっとね、8月21日!1年前の8月21日に…お父さんとバイバイしたの。」
佐宮は驚いた。うるさいぐらいに心臓が鳴る。
1年前の8月21日…まさかな、と自分に言い聞かせ、心を落ち着かせようとした。
「交通事故だって。自動車に乗ってたら、ぶつかっちゃったんだって。」
交通事故!?
佐宮の心臓は壊れそうなぐらい激しく脈打った。
8月21日…交通事故…。
驚愕の表情の佐宮を少女は不思議そうに見上げた。
「オニイチャン?」
その瞳を見て、何かが分かった気がした。
落ち着いた佐宮は自分に問うた。
…こんな小さな子でさえ前向きに生きているのに俺は何をしているんだ?
この子が必死に涙を堪えている間に俺は何をしていた?
凪下に迷惑をかけて、一体俺は…。

「ねぇ、君の名前は何て言うの?」
佐宮はまさか、と思いながらも尋ねてみた。
「アタシ?サキって言うの!お花が咲くっていう字に貴いっていう字を書くの!オニイチャンは?」
同じ名前…それでも、もう佐宮は驚かなかった。なんとなくそんな気がしていた。
あの仕草、笑顔、瞳…そっくりだ。
「俺は、ユタカ。タカは咲貴ちゃんの貴と同じ字だよ。」
「本当!?じゃあアタシたちは気高く生きなきゃね!お母さんがそう言ってたの!」
咲貴はそう言って笑った。
その笑顔に佐宮は何かを諭された気がした。
どこまで少女は自分が口にしている言葉の意味をわかっているのだろう。
どれだけ、自分が大変なことをしているとわかっているのだろう。
それでも言い慣れない言葉を一生懸命口にして、前向きに生きようとしている。
きっとこの子は…咲貴は、気高いの意味を知らないだろう。
だけど、十分立派に、気高く生きているんだ。
『俺も気高く生きていきたい』
あの日、そう思った。なのに、いつの間に忘れていたんだろう…。

「オニイチャン。アタシもう行かなきゃいけないの。とても遠くに…。
 帰って来たらまたお話してくれる?」
「いいよ。帰って来たらまた話そう。」
佐宮が笑って言うと、咲貴はニッコリ笑うと右手を差し出した。
「これ、オニイチャンにあげる!お母さんにあげようと思ってたんだけど!
 お母さんより、オニイチャンの方が泣きそうな顔してる。」
その右手には、さっきから咲貴が握り締めていた、何処かで摘んで来たらしい花が、体温のせいか少し疲れたように握られていた。
「アリガトウ」
そう言って受け取ると、咲貴は、またね!と言って走り去っていった。
『さようなら』じゃなくて『またね』なんて、どこまでアイツに似てるんだ?
佐宮は可笑しくなった。



何かが頬を伝わる感触で佐宮は気がついた。

夢だったのか?あの子は…あの『咲貴』という子は一体…?
何なのだろう、この安堵感は…。この、言葉では言い表せない安らぎは…。

佐宮はさっきまで自分が見ていた夢の余韻に浸っていたが、自分の手に握られている花に気づいた。
「夢じゃない。」
そう呟いた時、佐宮の手に1つ、滴が落ちた。
雨か?
空を見上げるも、灰色の雲が空を覆うだけで雨は降っていない。


涙だった。


アイツが…咲貴が死んでから1年経つというのに…今さら泣くのか。
佐宮は笑った。
違う。俺は…ずっと泣きたかったんだ。


咲貴が死んだ日から佐宮は今まで一度も泣かなかった。
泣いたら咲貴の死を認めてしまうようで怖かったからだ。
結婚式を控えた1週間前、突然の別れが2人を襲った。
交通事故――。
咲貴は式の準備のために式場に向かう途中、事故に遭ったのだ。
今から1年前の8月21日のことだった。
それからは佐宮の心を黒い雨雲が覆い、虚無感ばかりが襲ってきた。
2人で同棲していた佐宮のマンションに戻るのは苦痛だった。
あの1人じゃ大きすぎるベッドに寝るのは怖かった。
咲貴の部屋から何も音がしないのに気づくのが嫌だった。

佐宮はじっと目をつむりると先ほどの『咲貴』という少女との話しを考えた。
もしかしたら、あの『咲貴』という子の父親と咲貴が事故を起こしたのかもしれない。
そうしたら、あの子と俺の中で過ぎていった時間は同じ筈だ。
なのに、俺はあの時のまま止まっているのかもしれない。
あの子と違って…前に進めれてなかったのかもしれない。

佐宮は自分の手を見つめ微笑んだ。
アイツが好きだと言ってくれた手…。
いつも自分の手と比べては、大っきいねと笑っていた。
俺もこの手が好きさ。
お前に触れることが許されて、お前を感じることのできたこの手が。

佐宮は心の中で、咲貴に話しかけた。
…あの子は…あの『咲貴』と、お前と同じ名前を名乗った女の子は、何なんだ?
あの日のことを思い出させるために、お前が会わせてくれたのか?
あの日…初めて出会った日に、2人気高く生きていこうって約束したことを思い出させるために…。
だったら、ありがとうな。
なぁ咲貴…お前がいなくなったあの日の雨は、やっぱりお前が泣いていたんだな。
あれから雨が降る度、泣き声に聞こえてたんだ。
咲貴、もういいよ。俺、ちゃんと前を見るからさ。
お前は笑ってる方が可愛いんだから、お前の笑顔が好きだから、だから空に行って笑ってろよ。
お前、笑ってる方が好きなんだろ?もう…泣かなくていいんだよ…。


その時、優しい風が吹いた。
それは佐宮を包み込むようで、佐宮はそこに咲貴の笑顔を見た気がした。
温かい涙が、頬を濡らす。

佐宮はそっと呟いた。



――咲貴、愛してる。




    終




2005-05-04 14:27:47公開 / 作者:あいね。
■この作品の著作権はあいね。さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
初投稿です。

突然雨に降られ、びしょ濡れになって道の上に立っている時、
ふと思ったのです。
「この雨は、誰かの涙じゃないだろうか・・?」

そうしてできたわけですが…文章力ないなぁ。。。ρ(・_∂o)


辛口でも評価をいただけたらな、と思います!
この作品に対する感想 - 昇順
初めまして、京雅と申します。改行が多くて一寸読み難いというのもありましたが、何より文章に、想いや思考が多く場面を想像するに難しかったです。でもきちんと整った言葉でつづられた箇所もあり、その比率をもっと偏らない様にすればもっと読み易く感情移入も背景の想像もし易くなると思います。心の内面を知るにはよかったですけどね。偉そうに語ってしまいすみません、でも淡い感じは充分伝わってきました。次回作も頑張って下さい。ちなみに私、雨の日憂鬱になります。雨に溶け込んだ憂鬱が身体に沁み込んでいく感じがするからです。
2005-05-03 23:59:03【☆☆☆☆☆】京雅
…ええとこの時間の場合はおはようございます(何 はじめましてですね。
 うーん。京雅さんのおっしゃったとおり、確かに改行が多いですね。利用規約かどこかにも改行はいらないと書いてますので、控えた方がよろしいと思います。
 作品自体は大分キレイでした。いやえらそうに言える立場じゃないですが(汗 夢の中に出てきたサキさんがどういう存在なのか。死んでしまったサキさんの幽霊が姿を変えて夢枕に立ったのかもしれませんし。もしかしたら一種の生まれ変わりなのかもしれませんし。
 結構心に染みました。
 でわでわー。
2005-05-04 01:50:34【★★★★☆】ベル
こういうお話はとても大好きです〜。あぁいいですねぇ。心にとても染みてきました。文章力は心配なさらずに!私のほうが文章力ありませんw次回作待ってます〜またこういうお話がありましたらぜひ読みたいものです〜
それでは
キ、キエリュ・・・(´ω` *)(´ω:;.:... (´:;....::;.:. :::;..::;.:
2005-05-04 02:20:04【☆☆☆☆☆】チェリー
初めまして甘木と申します。作品拝読させていただきました。綺麗で余韻の残る作品で良かったです。感情(心情)ばかりが目立って、それを補完してくれるはずの背景描写がなかったため、せっかくの文章の美しさが表層だけのもののように感じられ残念です。読者の想像力に頼りすぎている印象がありますので、次書かれる時はもう少し読者サイドに寄った書き方をされてはいかがでしょう。長々と辛口で書いてしまいすみませんでした。では、次回作品を期待しています。
2005-05-04 07:22:22【☆☆☆☆☆】甘木
ありがとうございました!
改行の方は、私の思い違いがあったせいで、たくさんしてしまったみたいで…。
なので、ちょっと手を加え、直しておきました。

国語の先生にも、心情描写はしっかりやるのに背景描写はできないよな、とよく言われるんですよね(;´∀`)
感情の赴くままの人生を送っているせいでしょうか…_| ̄|○||鬱||
次からは、皆さんの言葉をしっかりと受け止めて背景描写をがんばって盛り込みたいと思います!
期待しててください(笑)

本当にありがとうございました。
2005-05-04 14:38:08【☆☆☆☆☆】あいねo
計:4点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。