『運命の人(?)』作者:つん / RfB/΂ - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 運命の人〜ギャグ短編〜


 涙が出そうなくらい、俺のプライドはズタボロにされた。
 もう人前に出られない。一生山奥で暮らすんだ!
 なんて、一瞬本気で思ってしまったくらい動転した。
 四方八方から向けられる嘲りの視線が悔しい。
 表情の選択に困って、オドオドしている彼女の様子が恥ずかしい。
 薄く笑った男の仕草が心臓に悪い。
 凍りついた時間の中、ギクシャクと鞄を取り上げる。
 そして一目散に走り出した。
 背に張り付いた視線を引き剥がすように、必死で駆け抜けた。
 授業なんて、学校なんてもうどうでもよかった。


 出てきたばかりの筈の家に帰り着くと、半ばやけくそでノブに手をかけた。
 乱暴に扉を開閉し、乱雑に靴を脱ぎ捨てる。
 驚いた様子で話し掛けてくる妹は完全無視。
 自分の部屋に直行する。
 途中の階段で滑り、頭を酷く打ちつけた。
 鮮血が溢れる。
 患部を押さえながらやっと部屋に辿り着き、苛々とした声を上げる。
「このっ!」
 八つ当たり気味に鞄を投げつける。
 物凄い音がして、その中身が床に散らばった。
 プリントが舞い散り、床に広がる。
 コロコロと転がってきた十円玉が、つま先に当たりパタンと倒れた。
「何で、なんで全部出るんだよ……」
 後で掃除しなくちゃならない。そんなつもりで投げたわけでもないのに。
「っはぁ……」
 盛大なため息をつきながら鍵を閉め、力なくベットに寝そべる。
 だくだくと溢れる血が目や口に入り込むが、それどころではない。
 途端に嗚咽が漏れた。
 きっと頭の痛みのせいだ。そうに決まっている。酷くぶつけすぎた。
 もしかしたら明日には死んでいるかもしれない。
 そうだ、死んだ方がいい。
 その方が、いくらかマシだ。
 学校になんて絶対、何があっても行けない。
 塚田に会うことができない!
「ああッ! くっそぉ!」
 唐突に上体を跳ね起こし、手近にあった枕を殴りつける。
「くそっ! くそっ! くそっ! …ずひっ」
 手応えのない感触と、空虚に響く自分の奇声に、また新しい涙が流れた。
 情けない水玉模様と、おどろおどろしい血の化粧が、ベットシーツを汚す。
 それを手で隠すように、シーツを殴りつけた。
 ゴキョ。
 そんな嫌な音がして、俺は悶絶するくらい酷く、手首を捻った。

 叫びたくなるような痛みのおかげで、少しは冷静になれた。
 右手を、鉛筆と包帯とで構成された即席ギブスが覆っている。
 そう言えば、俺が前こうやって怪我した時、彼女は傷口を舐めて、包帯を捲いてくれたなぁ……。
 それはまだ恋に落ちる前の話。
「ぐすっ……」
 この頃になると溢れる涙と垂れ流しの鼻水が気になりだして来た。
 目線だけ動かしてティッシュを探したが、見当たらない。
 新しい箱は下階にあるはずだ。
 ベッドから身を起す。マヌケな鼻水が垂れ下がり、俺の動きに一拍遅れて付いてきた。
 下に行く前に垂れ落ちることは確実だ。
「………」
 早くも腫れぼったい目元が痒かった。
 一気にやる気を喪い、着ていた制服を脱いで、その布で思い切り鼻をかんだ。
 妙な爽快感がある。
 これはいいかもしれない。
 ついでに目も拭い、言い表せないほど酷い状態になったボロキレを投げ捨てた。
 いいんだ、どうせ学校に行くことなんてないんだから。
「……うっ……ぐす」
 淡い失恋の痛みが、鼓動のリズムをめちゃめちゃにする。
 拭ったばかりの目元を、塩辛い液体がつたった。
 腫れは当分引きそうに無かった。


 それは今より数十分も前の事。
 俺はいつものように独りで学校の門をくぐった。
 申し訳程度に植えてある校門脇の桜の木が、風も無いのに花を散らせている。
 今は綺麗なこの花びらも数日経てば干乾びて、茶色く醜く変色し、周囲の道路を汚すんだ。
 足元の花びらを踏みしめて進む。
 そのとき、俺は後ろに立つ少女のことなど、微塵も気に止めていなかった。
「あの……つき合って下さい……」
 遠慮がちに投げかけられた言葉に、思わず歩みを止めた。
 今……なんて?
 ゆっくりと振り返る。
 同じクラスの塚田エミが、そこに居た。
 恥かしげに俯いて、片手で耳元にかかる髪の一房をつまんでいる。
 その頬は薄く色づいて、眉元が緊張している。
 まちがいなく、一世一代の告白であった。
 そして、俺の顔も彼女に負けないくらい赤くなっていたに違いない。
 ……こ、告白されたっ!?
 カァと首まで熱くなった。
 初めて告白された!
 これまでの生活で、別段塚田を意識していた訳ではないが、よくみれば可愛い。
 いや、素晴らしい美女だ。世界にまたといない、俺の女だ。
 告白された途端に、俺の中で塚田は塚田じゃなくなった。
 俺の運命の人!
 おずおずと手を伸ばして、彼女の手を握り締める。
 はっとなって、彼女は顔を上げた。
「そ、その突然のことで驚いたけど……」
 俺は必死に言葉をつむぐ。
「俺でよければ……つきあうよ」

 ……静寂が、桜の降る校門前を支配した。

 そばを通り過ぎようとしていた他生徒も、歩みを止めて俺たちを眺める。
 ざぁと一陣の風が吹き抜け……。
「あ、あの、違うんだけど」
 彼女はなんともいえない複雑な顔でそう言い放った。
 そして慌てて手を引っ込める。
 とても落ちつかなげな様子だ。
 とりのこされた俺の手は宙ぶらりん……。
「え……違う?」
「う、うん」
 何が違うんだ? 俺は混乱して彼女の顔を見詰めた。
 塚田も困惑したようにもじもじしている。
 その視線が一瞬、俺の背にそそがれた。
「!」
 慌てて振り返ると、そこには見知らぬ男が立っていた。
 俺より頭一つ分高い。加えて容姿端麗。
 そいつの目が、俺になにかを訴えかけていた。
「え……」
 塚田と男を交互に見やる。
 まさか……。
「つ、塚田さん。まさか告白したのって俺じゃなくて……こいつ?」
 戸惑いながらもはっきりと頷いた彼女の姿を、一生忘れられない。
 俺は鞄を取り落とし、硬直した。

 そしてここまで逃げ帰ってきたわけであるが……。

「うごーっ! 恥い! つーか何やってんだ俺の馬鹿馬鹿、勘違い野郎ーっ!」
 一気に捲し立てたが、それに対する反応はない。
 虚しい。
 しかしあんなに大勢に見られてしまった。
 俺の中学校生活終わったも同然である。
「ううっ、せめて塚田と恋人になれたら……」
 もし、そうなれたら今日のことは返上できるかもしれない。
 とんでもない考えが頭の中に浮かんだ。
 結局は、俺は塚田に惚れてしまったのだ。
 今でも首筋が熱い。
 告られたと感違いした。最悪のタイミングで。ただそれだけで塚田に夢中。
 男の脳の働きが嫌になる。
 本能と直感の都合のいいようにしか動いてくれない。
 しかし。
「そうだよ、あのスカした野郎が塚田の告白受けたともかぎらねぇし……」
 ここはどんでん返しを狙うか。
「よし、俺から塚田に告白しよう!」
 なんでそうなるんだ。
 心の片隅で、理性がそう呟いたが、今は無視。
 運命に身を任せ、いざ実行あるのみである。

 ベッドから飛び降り、投げ出した制服を着、空っぽの鞄を拾い上げた。
 右手や頭の負傷もあるし、今日はもう学校どころじゃない。
 そう思ってたけど。
「塚田に告白する!」
 誰もいない部屋でそう宣言すると、俺は家を飛び出した。
 本日二度目の登校は、なんだかじれったくって、むず痒かった。

 校舎内ですれ違う生徒は、皆一様に俺を振り返る。
 朝の茶番のお陰だろう。
 もちろん恥かしかったが、あえて気にせず教室に向かった。
 教室前にたどりつくと、案の定、塚田は浮かない顔をしていた。
 いかにもモテそうなあの男には、きっとふさわしい女性がいたのだろう。
「うう、塚田かわいそうに……。でも待ってろ、今俺が告白してやるから!」
 小声でぼそぼそと決意を固める俺。
 塚田は自分の机につっぷし、数人の女子生徒に慰められていた。
 よーし。
「塚田っ!」
 俺は息を切らし、今辿り着いたような態を装って教室に飛び込んだ。
 クラス中の視線が、俺の上へ集まった。
 皆、驚愕に目を見開いている。
 俺はその中をモデル気分で歩きながら、塚田に詰め寄った。
「朝の奴には振られたんだろう……?」
 塚田は青褪めた表情で俺を見上げていた。
 囲っていた女子達も、血の気を失って離れる。
 いくらなんでも、おかしい。
 しかし、その異常に俺は気付かなかった。
「お、俺と付き合ってくれないか?」
 早口に言うと塚田の手を取る。そう、朝のように……。
 ああ、顔が熱い。
 気分が昂ぶっている。
 頭の血管が切れちまいそうだ。
 ああ、頭が、頭が熱い……溶けちまう。
 そう思った時。
 ……ポタ
 俺の右手のギブスの上に、赤い波紋が広がった。
「え……」
 自分で声を上げる。
 教室は死のように重い静寂につつまれていた。
 血だった。
 ギブスの上に、後から後から降り注ぐ。
 興奮のし過ぎで、頭の傷が開いたのだ。
 そこで俺はやっと気付いた。
 自分のかっこうに。
 顔半分に乾いた血の痕を残し、鼻水と涙まみれのぐしゃぐしゃの制服を着込み、右手を包帯にくるまき、鮮血を垂れ流す。
 その上泣きはらした後だから、顔面もガビガビだ。
 こんな状態での告白……。
 俺は塚田に劣らず蒼白になった。
 嫌な汗が噴き出る。
 ムリだ。こんな告白。
 絶対にムリムリムリムリムリムリムリムリ!

 滴る血液の音のみが教室を支配した。
 その血をじっと見詰め、塚田が決意の色をその目に宿す。
 俺はきつく双眼を閉じた。
 彼女は答えを出した。

 ……風も無いのに散る桜。
 春によりそう寂寥の気配。
 あれからもう二年余りが過ぎ去って、俺は今日この学校を卒業する。
 入学当初から比べれば、皆少しは成長した。
 彼らの通り過ぎる姿を、感慨深く眺める。
 校門脇の桜の下で黄昏ていた俺は、いつかのように、降り積もる色の芳香に包まれていた。
 ふと腕を差し出せば、一片の花弁が手の内に落ちてきた。
「あの日の朝も……こんな桜だったな……」
 知らなさ過ぎた。
 俺は恋というものを甘く見ていたのかもしれない。
 白い光の中、目を閉じる。
 おしよせた感情の起伏が、形となって頬を伝う。
「塚田……」
 俺は呟くようにその言葉を口にした。
「塚田、お前がここまで強烈なSだったとは……あの頃は微塵も思ってなかったよ」
 泣きださんばかりに、悲痛な声音。
 俺は四つん這いでいた。
 首にはやけに重い首輪がかかっている。
 それから伸びる縄を辿れば、塚田の笑顔があった。
「あら、そうだったの」
 飼い主の優位を表すかのように、斜め前に立ちふさがっている。
「ああ、そもそも告白受けてくれるとは思ってなかったし」
 そう。
 あの日の告白は受け入れられたのだ。
 塚田は俺のギブスを思い切り握り返し、俺に散々悲鳴を上げさせたあと、告白を受け入れた。
 そのとき口元に浮かんでいた笑みは、獲物を見つけた野獣そのもので……。
「だって、あの時のポチ凄く魅力的だったんだもの。頭から血を流して……」
 目をきらめかせる彼女に、俺は脱力した。
 ポチ……それが校内での公認の呼び名になっている。
 決して二足歩行を許されない。
「さぁ、ポチ、そろそろ帰るよ。帰りにドックフード買ってあげるからね」
 彼女が桜の木から離れた。
 地面に張り付いた花弁を踏みにじる。
「ねぇ、新作のフードなんて結構美味しそうじゃない? ……あらぁ? ポチ、お返事は?」
「わ……わんわん!」
 俺の返事に満足した彼女は、極上の笑みを浮かべると、ロープを引っ張って容赦なく歩き出した。
 首が絞まり、呼吸が難しくなる。


 恋は唐突に訪れた。
 彼らは甘い青春。苦い青春をこれから過ごしてゆくのだろう。
 ……ポチの運命の人は本当に塚田だったのか。
 それこそ運命の神のみぞ知るというものであった。
 恋人選びは慎重に。
2005-05-01 23:32:17公開 / 作者:つん
■この作品の著作権はつんさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ギャグに挑戦してみました。
一人称ですっ飛ばしすぎた感がありますが
よろしくお願いいたします
この作品に対する感想 - 昇順
拝読しました。軽く読む分には面白かったですよ。すぱっと始まってすぱっと終わる、まあ、オチの部分を気に入る人と気に入らない人は分かれると思いますけどね。ちなみに個人的には後者ぎみです。ぎみ、なのでそこまで偏ってはいません。と言うか私はMではないので。文章もそこまで飛ばし過ぎているわけではなく、読み易かったです。では次回作も頑張って下さい。
2005-05-02 00:07:13【☆☆☆☆☆】京雅
京雅 さん感想を有難うございました。あはは、私もMじゃないですよ。そうですよねぇ、もう少し深みを出したかったんですけれど、ギャグで行こうとすると如何してもすぱっとなってしまいます。私の修業不足です。はい、次回も頑張らせていただきます。それでは
2005-05-02 00:28:06【☆☆☆☆☆】つん
作品読ませていただきました。笑えましたよ。途中の主人公の混乱ぶりもいいですが、ラストのポチ状態にニヤニヤ。ちょっとラスト部分を長く書かれすぎている感じがしました。「だって、あの時のポチ凄く魅力的だったんだもの。頭から血を流して……」で終わっても十分笑えたと思います。では、次回作品を期待しています。
2005-05-02 00:48:28【★★★★☆】甘木
読ませていただきました。面白かった。笑えました。勝手に暴走してる主人公が可笑しかった。ラストのオチは特になんともだったのですが、そこまでの過程が良かったです。すらすら流れて、余計な部分は描かない、一人称語りの強みだなぁとも思えました。塚田さんが強烈なSであると同時に、主人公も強烈なMですね。自分で傷ついたときにそういう感情がうっすらとでも書かれていれば伏線となってより面白かったかもです。次回作も頑張って下さい。
2005-05-02 01:55:23【★★★★☆】影舞踊
甘木さん、影舞踊さん、感想と指摘を有難うございました
笑えたようなので嬉しいです。
たしかにラスト少し長かったですかね、もうすこしストンと落としても良かったかもしれません。
ポチのMさ加減について…ポチは別にMではなかったのですけれど……
Mっぽかったですか?
ああ〜、でも自分を追い込む感じは確かにMっぽいかもしれません。
お二方とも
これからもよろしくおねがいいたします
2005-05-02 16:43:54【☆☆☆☆☆】つん
計:8点
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