『山神様【ショート】』作者:樂大和 / V[g*2 - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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 …俺はもしかしたら、人を殺したのかもしれない。
 いや、別に刺し殺すとか、殴り殺すとか恨みがあるとか、その逆があるわけでもない。 ただ、遠い記憶のそこに眠っている不思議な感覚、あれは人だったのか、それとも何かの化け物だったのか。あの場にいた、少年数人はみな違う事を口にした。たぶん、まともに状況を判断した奴なんて居ないのだろう。
 ずっと、喉の奥に刺さった小骨ような罪悪感。なぜ、今頃蒸し返すのか?

 九州の片田舎にある名もない小さな村、そこに俺の実家はある。なんてことはない平凡な農家だった。ごく普通のちっぽけな村だったが、それなりに伝説、風習などは残っていた。その中の一つに「山神様の開かずの祠」があった。山神様とは村の伝説にある妖怪の類で山奥の祠に住み、何も知らずに入ってきた旅人を喰らってしまう…というような如何にもありがちな妖怪伝説だった。村人は妖怪に畏れを込めて山神様と呼んだそうだ。
 しかし、俺が生まれた当時は既にバブル絶頂期前、そんな伝説は近所の爺さん、婆さんが子供を早く寝付かせる為のおとぎ話に過ぎなかった。山神様の祠なるものもちゃんと存在したが、戦時中は防空壕として使用されたりして、俺の少年時代では既に構造が脆くなっており立ち入り禁止区域に指定されていた。実際、俺が生まれる前には何人か行方不明になるような事件が起きており、社会的にも危険な場所と認定されていたようである。相変わらず、「爺さん達は山神様の神隠しじゃ」と俺たち子供を怖がらせていたが…。
 山神様の祠には、大きな石の扉があり、そこに鎖してある巨大なカンヌキにはなにやら梵字のような模様が施されていた。確かに、端から見たら結構不気味である。基本的に子供だけで近づくのはタブーとされており近くで遊んでいるのを観られただけでも大人達から酷く怒られた。…村人達のどこかにやはり山神様に対して畏れがあったのかもしれない。
 そんな夏のある日、近所の悪ガキ数名と俺たち数名が祠で肝試しをする羽目になってしまったのである。原因は悪ガキグループと俺らグループの簡単な喧嘩で、ヒートアップしていくうちに流れで肝試し決着という運びになってしまったのである。
 ルールは至って簡単、先に悪ガキグループが祠に入り宝物を隠す、それを後から入った俺たちが探して戻ってくれば俺たちの勝ち、と言うものだった。勝負は夜中の0時ジャスト、こっそり、家から抜け出して祠に集合。集まらなければそいつは腰抜け野郎として、今後相手をしてもらえなくなる。子供の思考回路は実に単純である。夜の闇より、親父の雷より、目の前のプライドと立場が最優先だった。月の灯りすらまともに届かない森の中、不気味な祠を前に、一人残らず集まった短絡的なお子様の数は悪ガキ4人、こっちも4人だった。
 まず、ルールに則り悪ガキ共が先に祠に入って行く。とても子供一人じゃ動かせないような石の扉。巨大なカンヌキを外し扉を四人がかりで動かして、開けるはずだった。しかし、目の前の扉はぽっかり口を開けていた。
 …誰かが中にいる?こんな時間に?
 8人の勇敢なお子様たちは誰もがきっと逃げ出したかったのだろう。しかし、単純な思考回路はプライドと好奇心の前では恐怖をも噛み砕いた。
 夜の闇とは違った陰湿さを持った闇が待ち受けていた。カビの臭いだろうか、それとも埃だろうか、むせ返るような淀んだ空気が外のモノとは違うのは入り口に立ってるだけの俺たちにも分かった。悪ガキ共が隠すのは万年筆。悪ガキにリーダー格が親父に買って貰った宝物らしい。今考えれば、偉くオッサンな宝物だ。四人の姿がネットリとした闇の中に懐中電灯を照らして消えて行き、
 5分…10分…
 過ぎた頃だろうか、奥から数人の足音が近づいて来た。明らかに全力疾走だろう。息を切らして出てきた悪ガキ数名がニヤニヤしながら、お前らの番だ、と懐中電灯を手渡す。取っ手の部分が汗でベトベトする気持ちの悪い懐中電灯を受け取り、俺たちは漆黒の闇の中に足を踏み入れた。生暖かい空気と闇がまるで、体中の毛穴で感知してるかのようにねっとりと体にまとわりついた。がカビだか埃の臭いが入り口にいるより更に酷くなってゆく、最後尾の友達が堪らず咳き込んだ。音のない空間に咳が吸収され、また、静けさが子供たちを押しつぶそうとする。祠の中をどのくらい歩いただろうか…時間の感覚が無くなったかのようにすら感じた。
 その時、懐中電灯の前を何かが横切った。
 我が目を疑った。いや、見間違いであって欲しかった。だからこそ、俺は仲間に何も言わずに歩を止めた。山神様なんて居やしない。迷信だ。俺は懐中電灯を一箇所から動かすことが出来なかった。音の無い漆黒の闇、そこに吸い込まれていく一筋の光、祠はまだ奥まで続いている。さすがに、様子がおかしいと感じた仲間の一人が俺の肩に手をかけた時、闇の奥から、聞こえる筈の無い音がした
 …ズル、…ズル…ズザザ
 その場の全員の動きが止まった。いや、呼吸すら止めたのかもしれない。地面を這いずる音?いや、何かを引きずる音?そんな事はどうでもよかった。まさか、万年筆がこんな音を立てるはずがない。
 …何かがいる。
 全員の脳裏に同じ考えが浮かんだのだろう。肩に置かれた手が力の限り俺を握る。一箇所を照らした懐中電灯の光が上下に激しく揺れる。震えが止まらない。渾身の力を込めて、音の方に光を向け…
 突然、闇の奥から甲高い泣き声。人間のものではない事は瞬時に脳が理解する。同時にその場に居た4人の本能が同じ行動を、全身の筋肉に伝達する。懐中電灯を叩きつけるように闇に投げ捨て、その場の地をありったけの力で蹴り走った。全員が、もと来た道を駆け抜けた。悲鳴すら上げる余裕もない。ただただ、走った。
 気がつくと、入り口の石扉を悪ガキどもと力を合わせて閉じていた。悪ガキのリーダー格は万年筆の事など忘れ、俺も家から持ってきた「木下」とマジックで書いた懐中電灯の事など頭から吹っ飛んでいた。俺たち8人にはその日の事を忘れなければいけない暗黙のルール出来ていた。誰もその日から祠の話はしなくなった。懐中電灯の事は母から相当聞かれたが、知らぬ存ぜぬで通した。
 これは俺の中で、幼い頃の不思議な体験として割り切ってきた事だが、最近俺の中で微かな疑問がふつふつと湧き始めたのである。俺たちはもしかしてとんでもない事をしでかしたのではないか?あれは、本当に化け物だったのだろうか?まさかとは思うが本当は人間だったとか。いや、悪ガキどもが最初に入った時には何もいなかった…らしい。そもそも、あいつらは本当に奥まで行ったのか?あいつらも「アレ」を見て逃げて来たんじゃないのか。

 どうしてだろう?何故、十何年も昔の怪奇体験がここまで不安になるんだ。胸の奥にしまった筈の過去が罪悪感を刺激する。その、積み重ねられた罪悪感がピークになったとき俺は再び石の扉の前に立っていた。
 …馬鹿らしい、確認するだけだ。
自分に言い聞かせる。頭では理解している。確かに、ここは村人はだれも近づかないが、誰かが閉じ込められたなんて噂聞いた事もない。でも、アレから誰も近づいていないとしたら…。最悪な想像だけが頭を駆け巡る。
 …馬鹿馬鹿しい。
そんな事は分かっている!!さっさと調べてみれば分かることだ。早く済ましてとっとと帰るんだ。明日には大事な会議が入ってるというのに。
 大人になった今でも扉の不気味さは変わらず、変わったのはカンヌキを一人で外せるようになったことくらいか。石の扉も今なら楽々と開く。
しかし、扉の奥はやはり昔と変わらぬ闇が巣食う気持ちの悪い空間だった。カビと埃の匂いは相変わらず凄まじい。子供のころより耐性が無くなったのかすぐに気分が悪くなり軽く眩暈がする。有毒ガスでも出てんじゃないか、こりゃ。よろめきながらも、前に進んだが、ものの10分も経たない間に耐えられなくなり座りこんでしまった。
 …変だ、こんな…に体力が落…ちるものか?ん?、指先…が痺れる?いや、足も…?
 何だ…体が痺れて?…きた。ち…畜…生!!やっぱり来…るんじゃ…なか…った!瞼も重…くなって…。ま…さか…山…神さ…ま…呪い?
 目の前が…歪んで見え…


 どれくらい、気を失っていたのだろう?どうやら、俺はまだ生きてるらしい。足音、いや人の気配がする。なんてこった、体の自由がきかない。まだ痺れてやがる。瞼も痺れて開かない。
 …誰だ?
 と言おうとしたが満足に口も開きゃしない。しかし、足音は確実にこっちに近づいてくる。嫌な感じがする。体を芋虫のようにくねらせて移動を試みるが情けないくらいに意味のない行動。
 …山神さま…
 嫌な言葉が頭をよぎる。息を殺して瞼の裏から闇を見据えた。次の動きが感じられようとした時、
 ポケットから甲高い機械音。
 闇の向こうから伝わる驚きと動揺。同時に、入り口に向かう無数の足音。機械音により呪縛が解けたかのように手が動きを取り戻した。瞼がゆっくりと開く。眩しい。闇の中に一筋の光源がある。腕の力だけで光源まで這いずった。辛うじて手にした光源、うっすらとした光で照らされた手元を見て目を疑う。
 …まさか…
 嫌な汗が噴出し、意識は朦朧とする。
油性のインクで「木下」と書かれた懐中電灯が無駄に闇を照らす。ポケットでは帰りの電車の発車時刻10分前にセットしておいた携帯のアラームが空しく機械音を放出しつづけている。
 幼い記憶が、リアルに蘇る、身を翻して逃げようとしたあの時、投げ出した懐中電灯の光が一瞬照らした光景。俺の目は確かに捉えていた。床に這いつくばる人影、蘇る罪悪感の正体を。
 
 …遠くで扉の閉まる音がした。
2005-04-04 23:46:53公開 / 作者:樂大和
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■作者からのメッセージ
珍しく、ちょっと頑張ってみました。
そこで、痛感。俺、体力ねぇ…。
なんだか、最後の方はグダグダ感丸出しですね。この文の体力ナシの樂大和なりに頑張ってみた作品です。どうか……
思いっきりたたっ斬っちゃって下さい(笑)
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