『ある月の夜【読みきり】』作者:深海 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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月が支配する夜は嫌いじゃない。
月の上品な灯りに包まれるのは好きだから
それに
そう…
灯りの届かぬ場所で身を隠せる。
太陽
アレは駄目。
太陽の灯りは強すぎて見えなくてもいいものまで暴き出して焼いてしまう。
だから
朝は嫌い。隠れる場所がなくて、私の存在までも焼かれてしまいそうだから。
それでも
そう…
どこかで惹かれてしまうのだろう
近づきすぎて身を焼かれてしまう恐ろしさにも勝る程の――強い光に―――。






秋の夜
時計は10時を回っている。
薄暗い闇を吸い取る街灯
風が木をせかせる音
行き急ぐ雲達
そして
何かを待ち続ける…月…
私はいつもと変わることのないこの公園のベンチに座った。




「お嬢さん」
見知らぬ男に声をかけられた。

「お嬢さん」
しばらく無視していると男は私の座っているベンチの横に座ってきた。
…なんてずうずうしい人なんだろう。
それでもずっと無視していたら男は小さくため息をついて
ベンチから立ち上がり一人で語り始めた。


「月が綺麗ですね。とてもやわらかな灯りでどんな人間でも平等に包んでくれます。
星達もそれにまけないようにと一生懸命輝いている。僕はそんな灯りが好きなんです。
貴女も…夜が好きなんですか?」

無視し続ければいい
そう思った
だけど
何故だろう…無性にこの男と話してみたくなった。

「夜は好き。必要以上に照らさないから」

男は満足そうに笑った…そう私には見えた。
男はまた私のとなりに座った。今度はもっと近づいて。
それでも、さっきほどの嫌な気持ちにはならなかった。
それは
きっと
男も夜が好きだからなのだろう。

「お嬢さんは何故ここにいるのです…夜の公園なんて不気味だとは思わないのですか?」

優しく微笑みながらとなりに座る男は聞いてきた。
私は黙って空を見上げた。今日も月が綺麗―――

「僕は不気味だとは思いません。こんなに上品な灯りを浴びることができるのに
何故世界の人たちは夜になると眠ってしまうのでしょう…おかしいと思いませんか?」

私が黙っていると男は勝手に自分の質問に答え始めた。
いままでも声をかけてきた男はいたが
こんなにおかしな男は初めてだ。
こんなに…
不思議な男は初めてだ。

「そう、不思議なんです。夜に眠って朝に起きる。僕には理解できない。
なんてもったいないことをするのだろう―――なんて恐ろしいことをするのだろう…」

一瞬、自分の考えていることが読まれてしまったのかとドキッとした。
けれど
なおも一人喋り続ける男の声が急に小さくなったので
聞き逃さないように耳を傾ける。

「何が恐ろしいことなの?」

私はつい男に聞いてしまった。
何故だかいけないことを聞いてしまったように思えて目線をそらした。

そんな私を見て男は悲しそうに笑った。

「太陽は…苦手なんです。強すぎる灯りは身を滅ぼされてしまいそうで…。
怖いんです。見たくないものまで見えてしまいそうで。」

「私も…!」

気づかないあいだに唇から声がこぼれでていた。
しかも、かなりの大声で。
男は少し驚いた顔をしていたけれど
私の唇はとまらなかった。

「見たくないし、見られたくない。そう思っているものを全部
暴き出してしまう。だから、私も…太陽は嫌いなの…。」

男は少し黙って
すぐに
小さい小さい声で喋り始めた

「僕は貴女の事をずっと前から知っていたのですよ。お嬢さん。夜になるといつもこの公園で貴女はなにをするでもなくベンチに座っていた。そんな貴女を見かけるたびに僕の好奇心は擽られて…今夜――僕は貴女に声をかけることにした。これでも僕にとっては相当勇気がいったんですよ。」

くすりと笑って
それから男はなにも喋らなかった。

聞こえるのは風の吹く音と遠くで聞こえる車の走る音。

「私は…私はね、生まれてからずっと太陽の光を浴びられないの。そうゆう病気なのよ。」
沈黙を破ったのは私だった。
耐えられないわけじゃなかった…
ただ
何故だろう
この男なら、話してもいい気がして
きっと
月の光が私を大胆にしてしまったのだろう。

「それでも別に、私は自分の体を恨んだりはしないわ。こうやって太陽の眠った夜なら出歩くこともできるもの。困ることもそんなにないし結構、満足してるつもりなの…でも…
見られたくない…この異常に白い肌を、やせ細った体を…
見たくない…私のことを責め立てる…あの瞳を…」

私が口ごもると男は月に手を翳しながら呟いた。

「虫達は強い光に集まり翅を焼かれアスファルトに落ちる。
たとえ羽が焼かれても、この身が滅びようとも…
死ぬことが分かっていても、無性に惹かれてしまう…輝く魅力的な光に…。」

男はそういうと悲しそうな…だけど、どこか満足そうな顔をして私をみつめた。

「お嬢さん。私にとって貴方は太陽にも勝る強い光だった。
いつも、一人でこのベンチに座っている。悲しそうで壊れそうで…そしてとても強い人だ。」

「…なによそれ?まるで告白ね…それに私が光なら貴方は虫ってことかしら??」
くすくすと笑う私をみて男は満足そうに笑ってベンチから腰を上げた。

「貴方の笑顔が見られてよかった…お嬢さん、強くおなりなさい。もっと強く。
貴方の光が何処までも届くように。前を向いて胸をはりなさい。
貴方はとても魅力的な人です。私が保証しましょう。」
やけに真剣な眼差しに一瞬目を奪われた。
それでも、少し照れくさくなってすぐに目線をそらす。

「保証…ね…。そんなに言われると頑張らなくちゃいけなくなっちゃうじゃない。
変な人…でも、ありがとう。」
お礼を言う。
きっと白い肌に似合わないほど頬が赤くなっているだろう
目の前の男には見えているだろうか…
そう考えるとますます恥ずかしくなる。

「さぁ、お嬢さん。もう帰る時間なのではないですか?」
唐突に、男は別れの時刻を告げた。
時計の針はもうすぐ12時を指そうとしている。
「私が、12時前に帰ることをよく…貴方って本当に私のことをよく見ていたのね。」
私がそういうと、男は少しだけ照れたような苦笑いをした。

「それじゃあ、私は帰るわね。今夜は有り難う…楽しかったわ。またね!」
そう言って私はベンチから腰を上げた。
本当はもっと喋っていたかった…そう思う気持ちを押し殺して私は男をみつめた。

「お嬢さん、私も貴方とお話できて良かった。やはり貴方は強い光でした。
ずっと、私は貴方に惹かれていたのです。貴方の光に…ありがとう…さようなら。」
そういうと男は左手を伸ばして私の髪を掠めた。
甘い香りがした…かいだこともない甘い香り…。
男は微笑んでまたベンチにすわりなおした。

それいらいお互い声をかけるでもなく、私たちの距離が広がっていった。



次の日の夜

昨夜のように私はいつもと変わらないこの公園のベンチに座った。
また、あの男に出会えるんじゃないかと期待しながら…
それでも
時間だけが経って…
時計は帰宅の時間をとうに回ってしまっていた。
「なによ…来ないなら来ないっていいなさいよ…」
そんな理不尽なことを呟いてベンチから立ち上がると足元に時期外れの蝶が息絶えていた。
私はしゃがんでその蝶をみつめた…
左の翅が焼かれている。私はその蝶をすくいあげた。
そのとき
覚えのある香りが私を包み込んだ…甘い香り…。


死ぬことが分かっていても、無性に惹かれてしまう…輝く魅力的な光に…。


お嬢さん。私にとって貴方は太陽にも勝る強い光だった。


お嬢さん、強くおなりなさい。もっと強く。


私は貴方に惹かれていたのです。貴方の光に…ありがとう…さようなら。


何故だろう…無償に涙が止まらなかった。
ただ
ただ…悲しくて仕様がなかった。


何も変わらない公園

薄暗い闇を吸い取る街灯
風が木をせかせる音
行き急ぐ雲達
そして
何かを待ち続ける…月…


私の泣く声だけが
ずっと
公園に響き続けた――――。





2005-03-26 16:33:45公開 / 作者:深海
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■作者からのメッセージ
久しぶりに書いてみました。
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