『命日 【読みきり】』作者:夜行地球 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
全角2471文字
容量4942 bytes
原稿用紙約6.18枚



 今日が彼の命日だと知っている人はどの位いるのだろうか?
 信念を貫いた彼は、最期に何を思ったのだろうか?
 僕には分からない。
 僕に出来る事といったらただ一つ。
 彼が何をしたか、それを人に伝えることだけだ。
 
   ◇◇◇

 僕の中学時代の友人に高岡大輔という奴がいた。
 高岡は実に可哀想な男だった。
 下駄箱のなかに物が入れられているのなんて日常茶飯事。
 上級生に呼び出されるのも珍しくなく、下級生に囲まれた事さえある。
 学校中で高岡の事を知らない奴はいなかった。

 まだ寒さの厳しい二月のある朝、高岡は下駄箱の前で立ち尽くしていた。
 見ると、その手には一通の手紙。
 呆然とした顔で手紙を広げている。
 僕がこっそり横から覗き込むと、その手紙には『昼休みに屋上に来るように』という内容と『宮島』という名前が書かれていた。
「遂に宮島からのお呼び出しか……頑張れよ」
 僕の呟きが聞こえたらしく、高岡が虚ろな目を僕に向けた。
「佐藤……俺、どうしたらいいんだろう?」
 その声には絶望感が溢れていた。
「どうするも何も、行くしかないだろ? 屋上に」
 僕の無慈悲な言葉を聞いて、高岡はさらに顔を青くした。
「一人で行くのが怖いんだ。一緒に行ってくれないか?」
「嫌だよ」
「ねえ、お願いだから」
 高岡は哀れさが滲み出ている目を僕に向けてきた。
 ここまで頼まれたなら仕方が無い。
「わかったよ、宮島に見えない場所から高岡の事を見守ってやるよ。本当にやばそうだったら、助けに行くからさ」
 高岡の顔に少しだけ安堵の色が浮かぶ。
「ありがとう。俺……頑張って行ってみるよ」
 高岡は悲壮な顔をして、下駄箱に詰められていたその他の不審物の山を抱えて教室に向かった。

 教室に行っても高岡の災難は続いていた。
 机の中には脅迫状と不審物がぎっしり。
 勉強道具を入れるスペースさえ無さそうだった。
 そんな状況には慣れっこなので、高岡はそれらを淡々と片付けていく。
 そう、いつもは動揺なんてしない奴なんだ。
 それが、宮島から呼び出されただけであの態度。
 高岡の中での宮島の存在の大きさを改めて感じた。

 そして、昼休み。
 屋上で宮島に対面する高岡を、僕は屋上のドアの陰から見守っていた。
 遠目にも高岡が緊張していることは明白だった。
 お互いに何も言わない、じれったいまでの均衡。
 先に口を開いたのは、宮島だった。
 離れているので何を言ったのかは分からなかったが、動揺した高岡の態度を見れば大体の予想はついた。
 宮島は後ろに隠し持っていた凶器を高岡に向け、高岡はソレを受け入れた。
 崩れ落ちる高岡と驚いた顔をした宮島。
 僕はドアを勢い良く開け、高岡の元に駆け寄った。
「大丈夫か?」
 と尋ねる僕に対して、高岡は顔を赤く染めたまま、
「俺は何て幸せ者なんだろう」
 と呟いていた。

 つまり、全てが上手くいったという事だった。
 やれやれ、世話のかかる馬鹿だ。
 事情が分からず、呆然としている宮島美奈子に僕は声をかけた。
「ごめん、この馬鹿が驚かせちゃったみたいだね」
 宮島は心配そうな顔をしている。
「あの、高岡君、大丈夫なんですか?」
「大丈夫、大丈夫。幸せの余りに軽く失神しちゃっただけだよ」
 その言葉を聞いて、宮島が顔を赤くする。
 実に可愛い。
 流石は学園のアイドルだ。
 こんな子から告白されたなら、高岡ならずともクラクラしてしまうだろう。
 とどめに手作りチョコレートなんて凶器を渡された日には気を失ってもおかしくは無い。
 悔しいけれど、この馬鹿の気持ちは痛いほど良く分かる。

 どれほど他の女の子達に好意を寄せられても、決して屈しなかった高岡。
 ラブレターという名の脅迫状、プレゼントという名の不審物。
 それらの誘惑の山を宮島への思いを胸に潜り抜けてきた。
 いつか振り向いて貰えると信じて。
「自分から告白しろよ」と忠告したことも何度もあったが、高岡は「そんな勇気は無い」の一点張り。
 度胸があるんだか、ないんだかイマイチ良く分からない奴だった。

 高岡大輔はこの日をもって、哀れな片思い野郎から脱却した。
 学校のアイドル・宮島と色男・高岡のカップルの成立は、学校中の生徒をガッカリとさせると同時に安心させた。
 一番人気の彼らが恋愛戦線から離脱したことで、大好きなあの人が自分を見てくれるチャンスが回ってくるんじゃないか、そんな期待が膨らんでいたんだろうね。
 ほら、中学生って割と単純だから。
 ま、僕もそうだったんだけどね。

 ん、話にオチが無いって?
 別に無いよ、そんなもの。
 ただ、これから話そうとした内容に関して、ちょっと昔話を思い出してみただけだよ。
 テーマにはあまり関わりの無い単なる遊び。
 そういうのがあってもいいでしょ?
 多分、どこにでもありふれている、二月十四日の思い出。

   ◇◇◇

 その昔、ローマ帝国では戦地に向かう気力を削ぐという理由で、若い兵士と女性の結婚を禁じていた。
 結ばれぬ男女を哀れに思った一人の神父。
 彼は隠れて若い二人の結婚を祝福する事にした。
 しかし、その事実は帝国に漏れ、彼は処刑される事になる。
 二月十四日の事だった。

 彼の行為は滑稽なものだったかも知れない。
 結婚を祝福することに命を張るまでの価値があったのかも疑問だ。
 しかし、彼の行為が人々の心をうった事だけは確かだ。
 時と場所を越えて、現代の日本でもその名が知られているのだから。

 今日はヴァレンタインデー。
 若い二人を祝福し続けたヴァレンタイン神父の命日。



   <終わり>
2005-02-13 16:52:25公開 / 作者:夜行地球
■この作品の著作権は夜行地球さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
読み切りを書くのは久々な夜行地球です。
投稿に当たってまずは謝罪を。
すいません、最後の数行が書きたかっただけなんです。許してください。
これを読んで、無駄に過ごした時間を返せ、と叫びたい方は感想欄に思いのたけをぶつけて下さい。
感想や批評を書いてもらえると、作者は非常に喜びます。
この作品に対する感想 - 昇順
読ませていただきました。たぶん他の読者様は、この話のオチなんかにすぐ気付くのかもしれませんが、あたしは何回やられても何回でも騙されるんですよね(爆笑)だって普通に「高岡くん殺されたの!?」って思ったし。ダメな読者なのかも……(汗)最後まで読んでしまえばものすごく単純で(言い方が悪かったらごめんなさい)、読みやすかったと思います。そういえば今のローマ法皇の容態はよくなったんでしょうかね。確かインフルエンザで寝込んでたはず。
2005-02-13 17:26:47【☆☆☆☆☆】ゅぇ
面白かったです。オチもわかりませんでした。と言うか、いつ死ぬんだいつ死ぬんだと思いながら読んでいたり(不心得者です、すみません)。全体を通して楽しめました。命日の使い方も良かったと思いました。ただ、中間部とラストのつなぎ方がやや強引な気もし、そこが少し残念ではありました。夜行地球さんの短編は久しぶりに読みましたが、以前と変わらず楽しめました。次回作にも期待しております。
2005-02-13 17:48:23【★★★★☆】ドンベ
面白かったです。前半まではずっと緊張して読んでいました。真ん中の場面でこちらの胸にポッと温かい灯がともり、最後の締めは厳粛な気持ちになりました。この短さの中で色んな気持ちを体験できました。面白かったですっ!
2005-02-13 18:08:52【★★★★☆】紗原桂嘉
<下駄箱のなかに物が>からの二行で、ここは例を具体的に言うところじゃないのかなと違和感を感じたので、その後のくだりから展開が読めてしまったのですが、それにしてもラストが浮いている印象を受けてしまいました。
 
2005-02-13 19:40:05【☆☆☆☆☆】メイルマン
巧い。特筆すべきはタイトルの付け方です。メイントリック自体は実にシンプルな人物トリックなのですが、このタイトルから受けた”先入観”にものの見事に誘導され、まんまと騙されてしまいました。ただ、このタイトルでこのまま終わってしまったら腑に落ちないぞと思っていたのですが、落して終わりではなく、しっかりと納得のいくラストが用意されていたところに拍手です。正直言ってメインのオチ自体には衝撃を受けるまでには至らなかったのですが、全編を通して読んでみて、二重に張られていた罠に爽快感を覚えました。時期的にもタイムリーなネタで、そこが余計に説得力を生んでいたように思えます。個人的に夜行地球さんの書かれるショートには触発される部分が非常に多いので、今回も存分に勉強させて頂くことが出来ました。
2005-02-13 20:34:26【★★★★☆】卍丸
あっはっはっは(マテコラ) 面白いなあ、これ。細かいことはすべて抜きにして普通に笑った。何かもう、オチらしいオチではなく、不完全燃焼のままズルズルと最後まで引っ張り込まれるこの展開にただ純粋に笑いました。オチに同調したのではなく、「なんだこれ、いろんな意味でチャレンジャーだ」みたいな(笑) 夜行地球さんのまたのショートをお待ちしております
2005-02-13 20:39:26【★★★★☆】神夜
やられたー!(あっ痛っ!(額を叩いた いやぁやられました。かなり斬新な発想に胸打たれました。題名からして悲しいお話なのかなと思い読んだのですが、全然違うし(笑 真ん中の関係ないと言う昔話も、きちんと関係してますし。昔話の流れは読めたのですが、そんなことは関係ないですね。本筋はラストですし。いやぁ、楽しく斬新なお話でした!
2005-02-13 23:19:50【★★★★☆】影舞踊
どうも、始めまして。楽しく読ませていただきました。不審物というのを見て、速攻でナイフとか爆弾を思い浮かべました。宮島という人も凄くごつくて怖い人を思い浮かべていました。まぁつまり、その後はあっさりとスッテンとやられました。あぁ、上手いですね。夜行地球さんの方が上手でした。短さの中に素晴らしいテクニックが隠されていました。そして、私は本編(どっち?)も良い話やなと思いました。では、これからの執筆頑張ってください。
2005-02-14 16:54:02【★★★★☆】うしゃ
本編はのほほんとして快適でした。宮島嬢の正体も、ラスト直前まですっかりだまされていたり。最後のエピソードも、ほとんど義理チョコにしか縁のない自分には、初耳で感動的でした。これで本編語り手のドラマ参加が気迫に満ちていたりしたら、より相乗効果が期待できたと思います。
2005-02-15 03:33:36【★★★★☆】バニラダヌキ
皆さん感想ありがとうございました。楽しんで頂けたなら幸いです。ラストが先に書きあがってから前の部分を書いた為に、つなぎの部分がかなり強引になってしまった事は大いなる反省材料です。もっと頑張ればもうちょっと上手く着地できたんじゃないかなーと。結局は自分の技量不足なのですが。最初の予定では中間の話も割と感動路線で行こうかと思っていたのですが、自分には無理だと三行で諦め、今回のような作品になってしまいました。 それでは、ゅぇさん、ドンベさん、紗原桂嘉さん、メイルマンさん、卍丸さん、神夜さん、影舞踊さん、うしゃさん、バニラダヌキさん、ありがとうございました。
2005-02-15 21:28:53【☆☆☆☆☆】夜行地球
そういう落ちかよ!と思わずビシっと手が動きました。やられた感が楽しめた、いい作品だと私は思います。凶器=チョコレートの解説は、みんなわかるからむしろ省いたほうがしつこくない気もしました。ラブレターが脅迫状なのはともかく、プレゼントが不審物なのは後半への無理やり感が出ているように思えました。心温まるコメディータッチは親しみ深くて私は好きです。それにしても、私は女のクセにバレンタイン神父の話なんて知りませんでした。そうだったのか・・・へぇ。
2005-02-16 01:38:09【★★★★☆】笑子
そっかぁ〜そーゆーおちなんですね 笑
面白かったです♪ヴァレンタインに関して自分は、バイト先のパートのおばさんから貰っただけなんですげぇ〜悲しい日々でした(笑)
んで〜もやっぱチョコもいいですが、こちらの文章……美味っすねぇい(マテ
それでわぁ〜ねふみでした♪次回もメッサ期待しております^^
2005-02-16 10:51:28【★★★★☆】ねこふみ
笑子さん、ねこふみさん、ご感想ありがとうございました。 笑子さん>ヴァレンタイン神父について知ってもらえれば、作者としては十分満足です。 ねこふみさん>僕がヴァレンタインデーに貰ったチョコは……いや、やっぱり言いません悲しくなるから(笑) 
2005-02-16 22:23:11【☆☆☆☆☆】夜行地球
はじめまして。弥由姫です。すごい怖いと思った、というか緊張しました。オチはないといっていたけど、あれで十分オチですよ^^
2005-02-18 22:40:39【☆☆☆☆☆】弥由姫
 おもしろかったです。笑わせてもらいました。
2007-01-09 14:54:11【★★★★☆】座席
計:40点
お手数ですが、作品の感想は旧版でお願いします。