『『Past Unlock〜過去の鍵を開ける〜』4』作者:満月 / - 創作小説 投稿掲示板『登竜門』
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『Past Unlock〜過去の鍵を開ける〜』

(4)


 記憶を失った男は鏡子のボディーガードとして働く事になった。深い闇に朝日の光がさしこみ、だんだんと明るくなってきた。
「それじゃあ、今日からよろしくね。私の名前は、三原 鏡子。この“Past Unlock”のオーナー……と言っても、このお店には私一人しかいないけどね。あなたは……記憶がないから、名前が分からないのよね?」
 鏡子の質問に男はこくんと頷いた。
「そうねぇ…じゃあ、マサキでいいかしら?」
 記憶を失った男はマサキと名づけられた。
「じゃあ、マサキ。そろそろお店を閉める時間だから、片付けを手伝ってちょうだい」
 椅子から立ち上がり、片付けを始めようとする鏡子にマサキは少し不安の浮かんだ瞳で問いかけた。
「あの…鏡子さん。このお店ではいったいどんな事をしているんですか? ボディーガードって、あなたみたいな女性がそんなに危険なお仕事をしていらっしゃるんですか?」
 マサキの疑問はもっともと言っていいほどだった。確かに他人から見た鏡子の印象というものはいかにもかよわく、線の細い美しい女性というものだ。
 そんな彼女がボディーガードをつけなければならないほどの仕事をしていると言うのだから、誰でも不思議に思うだろう。
 鏡子はマサキの質問に一度上げたお尻を再び椅子に戻し、彼の瞳を見つめた。
「そうね。ここで働いてもらう以上はやっぱりお店の事を知ってもらってなければいけないわね。私が経営するこのお店“Past Unlock”は夜中の零時から開店するの」
「どうして、そんな遅い時間からやるんですか?」
 マサキの言葉に鏡子は軽く微笑んだ。
「このお店はね、遅い時間からしかお客がはいらないの。このお店にはね、過去を捜しているお客がやってくるのよ」


――過去を捜しているお客?


 マサキには鏡子の言っている事があまり理解出来なかった。その様子に気がついたのか、鏡子は再び話しを続けた。
「ねぇ、マサキ。例えばあなたが生きるうえで耐え切れないほどの恐ろしい出来事があったら、あなたはどうなると思う?」
「…耐え切れないほどの恐ろしい出来事…? すみません、分かりません…」
「鍵をしてしまうのよ。つまり、忘れてしまうって事。人間はね、弱い生き物なのよ。自分を傷つけるもの、見たくないものには鍵をしてしまいまるでその事を最初から知らないものにしてしまうの」
「その事と、このお店とどういったつながりがあるんですか?」
「さっきも言ったでしょう? 鍵をかけるって…人間の心にはいくつもの部屋があるの。楽しかった事悲しかった事…つまり、思い出をその部屋の中にしまっているの


――心の中にある部屋? 


「人は自分の心を守るためにその部屋をつくりだした。そして、自分を傷つける過去には鍵をしてしまうの。忘れていれば、傷つく事はないもの……でもね、鍵をした事すら忘れてしまう人がたまにいるの。そんな人達がこのお店に来るのよ。つまり、私の仕事はその人達の鍵を見つけて扉を開ける事」
 マサキは鏡子の説明を聞いてますます意味が分からなくなってしまった。そして頭を抱えながら、一つずつ理解していこうとした。
「……つまり、辛い過去から逃げるために心に鍵をかける。しかし、鍵をかけた本人がその事も忘れてしまい自分でかけた鍵をまた再び開けるために鏡子さんのところへ訪れる……という事ですか?」
 マサキはしどろもどろになりながらも自分なりに理解した事を話した。そんなマサキに対して鏡子は「まぁ、そんなところかしら」と軽く返事を返した。
「でも、一体どうやって人の心の中にある鍵を開けるんですか?」
「どうやって…? さっきあなたにもやってあげたでしょ? 」
 マサキはさっきの鏡子の不思議な行動を思い出した。自分の顔の輪郭をゆっくりとたどるように動く鏡子の細い指……
 マサキはあの時奇妙な感覚に襲われていた。確かに鏡子の手は自分の顔を触っていたのだが、しかしどこか胸の奥底がざわざわするのを感じたのだった。
「私には人にはない力があるの。人に触れて心の中に入るって集中すると、相手の心の中に自分の意識を飛ばす事ができるの。信じられないでしょ? でも出来るのよ…人の心に入って後は簡単。自分で部屋に鍵をしたんだもの、当然鍵は自分の中に存在する。私はそれを見つけて扉を開けてあげるだけ…」
 薄笑いを浮かべて、鏡子は椅子から立ち上がった。そしてお店の片付けを始めた。話をしている鏡子の姿にマサキは背中に冷たいものを感じた。
「最後にもう一ついいですか? 人の……人の心の中ってどんな感じなんですか?」
 マサキの質問に鏡子は背を向けて一言呟いた……



――本当の闇だ……と


 続く
2005-01-25 21:41:02公開 / 作者:満月
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